雪那としのぶが旅立ってから様々なことがあった。
吉原へと向かった炭治郎達が上弦の陸と遭遇し、音柱:宇髄天元が左手左目を失ったために引退。
しかし禰豆子の覚醒等もあり、見事に上弦の鬼の討伐という偉業を成し遂げた。
その後、炭治郎が刀の修復のために訪れた刀鍛冶において、今度は突如として現れた上弦の伍、上弦の肆の襲撃を受ける。
偶然居合わせた霧柱: 時透無一郎と恋柱:甘露寺蜜璃が痣を発現したこともあり、なんとかこの討伐に成功した。
そしてその際に禰豆子が太陽の光を克服し、言葉を話せるようになったりと、様々な出来事が起きたことによって一時期鬼殺隊は小規模の混乱に陥ったりもした。
「はぁ……」
そんなこんなで、カナエは只今疲労困憊の最中である。
元々考えることが多く手一杯だったにも関わらず、更にするべきことや考えるべきことが増えてしまった。
鬼の活動は以前にも増して活発化しており、本来ならば滅多に表舞台に出てこない筈の上弦の鬼達まで積極的にこちらを責めてきている。
鬼舞辻無惨との決戦は近い。
その為に柱稽古が現在準備されており、更にある鬼を呼んで鬼舞辻無惨の対策をするという話まで出てきたのだ。
早くしのぶに帰ってきて欲しいと思う反面、あちらはあちらで色々と大変なことは分かっているし、かといって蝶屋敷にはいつも以上に多くの仕事が舞い込んで来てアオイ達も手一杯、人手が明らかに足りていない。
今もこうして縁側に座って月を見上げているが、それだって気分転換ではなく眠れないからだ。
カナエとてまだまだ若い、様々な問題が一気に押し寄せてくれば処理できなくなることだってある。
「姉さん」
「……え?」
「ただいま」「カナエ、ただいま」
「〜っ!しのぶ!雪那ちゃん!!」
そんな折の雪那としのぶの帰還がカナエにとってどれだけ喜ばしいものだったか。
2人の旅が一体どれほど先まで続くのか分からず、定期的に来るしのぶからの連絡も最近では頻度が下がっていた。
だからこそ、もう少しだけ帰ってくるのに時間がかかると思っていたのだ。
積もる話は色々とあれど、とりあえずカナエは2人との再会を喜んだ。
荷物の整理は後回しにし、2人もまたカナエの隣に座って簡単な報告をする。
「……なんだか、とんでもない状態になってるのね。ごめんね、姉さん。こんな忙しい時に留守にしちゃって」
「いいの!2人ともまた帰ってきてくれたんだもの!私はそれだけで十分よ!」
「けどしのぶ、仕事の分担しないと」
「ええ、そうね。……う〜ん、お館様から紹介のあった鬼との共同研究は姉さんに任せちゃおうかしら。鬼の治療薬に関しては姉さんの方が詳しいと思うし」
「しのぶちゃんはどうするの?」
「私は私で別口で調べ物をしないといけないものができちゃって……それに柱の欠員が増えてきたし、痣についても考えないといけないから。細かい仕事の処理と調べ物、屋敷の維持も含めたらそれで手一杯かも」
チラッと視線を動かすと、開いている戸の隙間から見える、しのぶの机の上に置かれた大量の書類の山。
見ているだけで胃が痛くなりそうなそれは、思わず腕の中の雪那に甘えてぎゅ〜っとしたくなるほどの絶望感を放っていた。
あの町で受け取った芙美の遺産も調べなければならないし、雪那との時間も取りたい。とてもじゃないがこれ以上なにかを引き受けることはできないだろう。
……ただ、それはそれとしてあの鬼舞辻無惨を裏切った鬼の協力者という存在については色々と気になるところはある。
話を聞くに、その鬼はかなりの年月を生き、一時期は無惨と行動を共にしていたという。もしかすれば、妖についても知っているかもしれない。
既にしのぶからは、かつてあった鬼に対する激しい憎悪が薄くなっていた。
それは見方を変えれば両親や継子達への裏切りかもしれないが、彼女のこれまでの心の中での葛藤を知っている者ならばその変化を否定することは出来ない筈だ。
この旅は、なによりもしのぶの心を変えた。
今の彼女に、もう迷いはない。
「ごめんね、姉さん。明日からは私も頑張るから」
「ううん、明日くらいは休んでもいいのよ。……ところで、柱稽古の方はどうするの?しのぶちゃんにも一応打診は来てるけど」
「柱稽古かぁ……とは言っても、姉さんならまだしも私の戦い方は普通の隊士には参考にならないと思うし。煉獄さんや宇髄さんも開いてくれるのでしょう?だったら私が無理にしなくても……」
「代わりに私がする?」
「え、雪那ちゃんが?」
「……まあ、確かに雪那なら。柱稽古とは言えないかもしれないけど、ある程度実力の高まった隊士の上限叩きには丁度いいかも。けど、体調は大丈夫?」
「ん、座っててもいいなら。それに、何もしないで寝てるのも嫌だから」
「ん〜……それじゃあ順番を最後にして、そもそも受けに来る人数を減らす様にしましょうか。稽古の内容は考えられる?」
「もう思いついてるから大丈夫」
身体的にも呼吸の精度的にも伸び代の無くなってきた者達に他の観点を与える、そういう意味では雪那ほど適任な者も居ない。これはそもそもの伸び代があまりにも無かった彼女にだからこそ出来る役割だ。名目を"自由参加"にしておけば否定する者も出ないだろう。
「それにしても、2人とも無事に帰ってきてくれて本当に嬉しいわ。雪那ちゃんも、改めておかえりなさい」
「ん、ただいま。……また迷惑かけるけど、ごめんね」
「何言ってるの!家族に迷惑かけないで誰に迷惑かけるの!全部全部お姉ちゃんに任せなさい!」
「ふふ、それは姉さんの言う通りね。……とりあえず姉さん、雪那を部屋に運んでもいいかしら?雪那もそろそろ眠いだろうし、色々と話しておきたいこともあるから」
「……分かったわ、私は食堂で待ってるから。それとアオイちゃんとカナヲならまだ起きてると思うから、2人にも教えてあげて。ついでにアオイちゃんも連れてきて欲しいの」
「うん、分かったわ。雪那はその間、カナヲとお話ししててくれる?姉さんには全部私から話しておくから」
「ん、お願い」
「………」
しのぶと雪那はそう言って部屋の中へと入っていった。これからきっと楽しくない話をすることになるだろうというのに、2人の表情は何故か晴れやかなもので……
「……なんだか随分と置いてかちゃった気分」
正直なことを言えば、カナエの内心は平静ではない。今の会話の最中もなんとか笑顔を装っていたが、妹のしのぶにはきっとそれすらバレていただろう。
それも当然だ、雪那の寿命の話については予想していたし、しのぶが焦っていたことから長くは無いと察していたが、まさかこの数ヶ月の間で満足に歩けなくなるほどに悪化するとは誰が思うものか。
もしこの速度で進行するというのなら、一年どころか半年保つかどうかも分からない。
それが分かってしまったからこそ、一眼見た途端に溢れ出た嬉しさなど簡単に押し流されてしまった。
雪那と直接目が合わせられなくて、無理矢理笑顔を作って誤魔化した。
「あの時はあんな風に偉そうなことを言っちゃったけど、私しのぶちゃんの辛さがほとんど分かっていなかったのかもしれない」
いつの間にか自分よりもずっと先を歩いていた妹の姿を見て、カナエは辛さと同時に寂しさも覚えた。
前話の後にあったお話をまたそのうち書きたいと思っています。