胡蝶の雪   作:ねをんゆう

63 / 86
62.あまねとしのぶ

「……そうですか、お二人は鬼舞辻と」

 

「はい、その時には幸い戦闘になることは無かったのですが……やはりどこか様子がおかしかった様に思います。あの男の平静を知る訳ではないのですが、どこか冷静さを失っているような」

 

しのぶは帰宅した次の朝、早速その足で産屋敷家へと向かった。

朝と言っても昼近い時間帯だが、旅の疲れと結局深夜までアオイとカナエに報告を行っていたら気絶するように眠ってしまったため、それはそれで仕方ないだろう。

ちなみに雪那とカナヲは部屋を覗けば2人で抱き合いながら眠っていた。久しぶりに見た2人の微笑ましい姿に、ほっこりとして出てきたのは秘密だ。

 

「現状を考えると、鬼舞辻無惨が焦っているという可能性は十分にあると思われます。既にこの数ヶ月の間に我々は下弦を5つ、上弦を3つ落としていますから。残った下弦も鬼舞辻自身の手で処分している可能性が高いでしょう」

 

「この数十年1度も落とすことの叶わなかった上弦を3つ、下弦は全滅……確かにこれまでに例のない快進撃ではありますし、焦る理由としては十分か」

 

「加えて、雪那様の影響で更に2つ上弦が裏返っているという話があります。それが白か灰かはさておき、事実ならば既に敵側は壊滅状態と言っても過言ではないでしょう」

 

「……なるほど、あの場に鬼舞辻本人が現れた理由がなんとなく分かりました。もうあれは手下が足りていないどころか、信用することもできていないのですね」

 

「輝哉はそう考えています。そして、太陽を克服した禰豆子様、鬼殺隊から引き離したい雪那様、このお二人を狙って近いうちに必ず大規模な総力戦を起こしにくるということも」

 

そうなった時、どうしても対処に困るのが残りの上弦の鬼達だろう。

上弦の壱は未だ未知数。

上弦の参はあれ以来の動向が掴めず。

上弦の弐に至っては鬼舞辻の行動とは別に雪那を狙ってくる可能性がある。

そしてその3人のどれもが凄まじい実力を持ち、柱が3人居たとしても負ける可能性のある化け物達だ。

それぞれの鬼と相対した時の対処方法程度は完全に詰めておかなければなるまい。

 

そして、鬼と戦うとなれば忘れてはいけないのがあの話題。炭治郎が発端となった鬼殺隊士の新たな可能性。

 

「あまねさま、例の痣の件についてなのですが、姉から大方の条件は聞きました。私もこれから会得のために動こうと思っているのですが……」

 

「いえ、胡蝶様はお止めになった方がよろしいかと。少なくとも私はお勧めしません」

 

「えっと、なぜですか?」

 

「痣の発生条件を思い返してみて下さい」

 

あまねの言う通り、しのぶはカナエから聞いた時透無一郎から提供された痣の条件について思い返す。

・200を超える心拍数

・体が燃える様な感覚

・39度以上の体温

・その中でも死なずに生き残る者

そんな常識外れの状態で戦える人間のみが痣を発症し、一時的に限界を超えた力を手に入れることができるというのだ。

今はそれは炭治郎と蜜璃、無一郎と禰豆子しか使えてはいないが、柱ほど実力がある人間ならば誰しもが使えてもおかしくないはずだ。

その中でもしのぶだけかどうしても使うべきでない理由と言えば……

 

「……胡蝶様。仮に体温を39度まで上げた状態を維持して活動するとして、果たして体内の生命は無事でいられるでしょうか?」

 

「なっ」

 

「そうでなくとも胡蝶様もご存知の通り、痣を発現させた者は例外なく25歳で命を終えます。母親がそう早く命を費すべきではありません」

 

「………あまねさんは、知っていたのですか?」

 

「いいえ、私は何も聞いておりません。ですが、私もこれで5人の子を産んだ母親ですから。胡蝶様の目を見た時に分かりました、貴女が輝哉の子を成す時と同じ目をしていたことに」

 

「そう、なんですか……」

 

あまねはそれまでの当主代理としての雰囲気を解き、しのぶの手を取って目を合わせる。

無表情なことの多い彼女にしては珍しく微笑んでしのぶに語りかけた。

 

「もう、お腹の中にいるのですか?」

 

「いえ、その……私もよくわからないというか……」

 

「でも、覚悟はできているのですね?」

 

「……はい」

 

「それなら、貴女はこれから他の何よりも自分の体を大切にしなければなりません。他の何よりも、例え鬼舞辻無惨が襲ってきたとしても、なによりも先に自分の安全を」

 

しのぶの両手を握るあまねの手は、その一言で更に強く握られた。

彼女から感じられるその熱は決してただの母親という立場の共感というものだけではなく、他に何か、同じくらい強い感情がもう一つ宿っているようで。

 

「あまね様……?」

 

「……申し訳ありません、少々取り乱しました。ただ、私達産屋敷の人間にとって、隊士達が子を成すということは本当に喜ばしいことなのです。耀哉もきっと、この話を聞けば涙を流して喜ぶことでしょう」

 

「そう、なのですか?」

 

「ええ。……私達は立場上、毎日のように隊士達が、耀哉が我が子と思って大切にしている彼等が命を落とす報告ばかりを受け取ります。悲しい報告、辛い報告、嬉しい報告など滅多にありません。人の命が失われていくことばかり知らされます」

 

「………」

 

「ですが、そんな中で命が生まれるという事が、それも大切な我が子達が子を成すということが、私達にとって一体どれほど嬉しいことか。それに胡蝶様のことは何年も前から見ていましたから、あの頃の少女が母親になると考えると思わず涙が出てしまいそうになるのです」

 

「あまね様……私のこと、そんな風に」

 

「……いいですか、胡蝶様。子を産むということは、ただ命が増えるというだけではないのです。子は幸せの象徴。ただ一つのその命が、周りに希望を与え、勇気を与え、笑顔を与える。貴女のお腹の中には、1つの命が宿り、2人の愛が包み、もっともっとたくさんの期待が集まるのです。貴女の子供が皆の希望になる、もう自分だけの命ではないというのは、そういう意味でもあるのですよ」

 

「私の子供が、皆の希望になる……」

 

「産屋敷だけではありません。隊士達もまた暗い知らせばかりの世界で生きています。そんな彼等にも、希望を見せてあげてください。

柱としての責任を感じることもあるでしょうが、それよりも母親としての責任を優先して下さい。……母親として困ったことがあれば、先達として私もお力になりますから」

 

「……ありがとうございます、あまね様。私も、本当は子を育てることに少し不安なところもあったんです。こればかりは姉にも甘露寺さんにも相談できないことですから、とても頼もしいです」

 

そう表情を崩して笑うしのぶに、あまねは優しげな顔で頭を撫でた。

 

思い返せば、あまねが最初にしのぶを見た時は彼女はまだまだ子供だった。

自分の小さな体格を気にしていて、姉の世話を焼いて大人ぶろうとしているけれど、やっぱりその精神までは大人になりきれず、うまくいかない自分の成果に日々心を荒ぶらせていた。

あの頃のしのぶは確かに姉の言う通り可愛い娘だった。

そう、どれだけ大人の振りをしても、可愛い少女だったのだ。

 

それが今や、背丈はあの頃とそんなに変わっていないのに、目の前にいるのは間違いなく大人の女だ。

可愛いという言葉ももう似合わないだろう。

そして、そんな彼女が今、女としての幸せを掴もうとしている。

鬼への復讐に人生を尽くすのではなく、彼女は今居る人間との愛に人生を尽くすことを決意したのだ。どちらが正しいかは分からないが、あまねにとってはその決断が何よりも嬉しい。

 

「もし時間がありましたら、この屋敷から幼児用の品々を持って行って下さい。ここに残しておいても、仕方がありませんので」

 

「ありがとうございます。……きっと、あまね様にも希望を見せてみせますから。その時は、また色々と教えてください」

 

「……はい、その時が来れば。必ず」

 

女としての幸福を得る。

確かにそれで戦力は減るだろうが、それを責める者など、ここには居ない。それを祝福しない者など、ここにはいない。

それは彼等が失ってしまったものだから。

その幸福を守るために必死になる者達ならば、ここにはたくさん居るのだ。




「ところで胡蝶様。お相手は、その……雪那様、なのですよね?」

「………はい」

「私もその、一般的な行いについての知識はあるのですが、女性どうしの営みというのにはどうにも詳しくなくてですね……」

「ま、まあ、そうですよね。普通は」

「本来ならば好奇心でこのような事を聞くべきではないとは思うのですが……
一体その、どのようにして行うのですか……?」

「……あ〜。それは、ええと」

「雪那様は体の方は普通の女性と変わらないと聞いたので、行為の内容があまり想像ができないと言いますか」

「……し、正直な事を言えばですね、その、私もあんまり覚えていないんです。よく分からないというのはそれが原因でもありまして」

「覚えていない、ですか」

「あまね様の前でこういう話をするのも複雑なのですが……雪女とのアレって、凄いんですよ。それこそあの本にかなり強調して書かれていたくらい」

「……?」

「私自身、挑発された後のことは記憶にあまり無いのですが……ひたすら頭の中が真っ白で、何も考えられなくて、気付いたら朝になっていました。周囲も筆舌に尽くし難い光景で、私も疲労で立てなくなっていたんです」

「こ、胡蝶様が立てなく……そんなにもその、激しい、のですか……?」

「い、いえ、雪那は今は足が悪いですし、あの子は基本受け身なので激しいということはないのですが……その、こちらが我を忘れるといいますか……」

「………あっ」

「やめて下さいあまね様やめて下さいそんな目で私のことを見ないでください私だってそんなつもりじゃなかったんです床に伏してる少女に襲いかかるなんてそんな外道な真似をしたくなかったんですけどあの子の煽り方があまりにもあまりにもでいつの間にか呼吸も忘れてあの子しか見えなくなってあーあーあー!!」

「お、落ち着いてください、胡蝶様」

「あー、あー、あぁぁぁ……最初の頃に抱いていた同性愛への抵抗感なんて今や見る影もありませんよ。何があの子に抱いてるのは家族の愛だからですか、我を忘れるくらい煽られて襲いかかるなんてもう自分が信じられません。思い出すだけで顔が熱くなります……」

「……ですが、もし雪那様に同じ煽られ方をされたら?」

「……襲いかかると思います」

「……難儀ですね」

「なんであの子あんなに誘惑と煽りと乗せるのが上手なの……うぅ、勝てる気がしない」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。