「……そうか、足が使えなくなったのか」
「ごめん、義勇……」
「お前を責めるつもりはない。水柱候補が減ったことは残念だが、それは気にするな。よく戻ってきた」
「……ん、ただいま」
この日、雪那の部屋を訪ねて来たのは義勇であった。
彼女にとっては3人目の師匠というべき存在であり、彼女が柱となることを誰よりも期待していた人間でもあった。
そんな彼に自分がもう刀を振れないということを伝えるのは雪那も少しだけ申し訳なさがあったが、彼は悲しそうな顔はしたものの、なにより雪那の無事を喜んでくれた。
2人の間の関係こそ、もしかしたら正しい師弟関係と言えるのかもしれない。
「……そういえば、雪那も稽古を開くと聞いたが」
「ん、しのぶの代わりに。柱じゃないから自由参加だけど、役には立てると思う」
「……参加人数が多そうだな」
「???でも、私の稽古の参加条件は全稽古の突破だから。そんなに来ないと思う」
「まあ、その辺りはその日になれば分かるだろう」
それよりも、雪那としては義勇が素直に柱稽古を開いていることの方が驚きである。
彼はこういったことをあまりしたくないように考えていると思っていたが、誰に鼓舞されたのか今はしっかり隊士達を教えている。
それも噂では、なかなか厳しいということだ。
それも水の呼吸を使える隊士にはより集中的に鍛錬を課しているとか……
「炭治郎達は、どう?少し前に稽古に参加したって聞いた、まだ会えてないけど」
「ああ、今は霧柱の所にいる。10日で宇髄のところを抜けたそうだ、出遅れを取り戻すのも時間の問題だろう。実力も付いてきた」
「……きっともう、私より強くなってる。炭治郎は頑張り屋だから」
「お前の努力は俺が知っている。お前も炭治郎に負けず劣らずの努力家だ」
「そんな努力も、こうして無駄になったけど」
「………」
「……ん、冗談。あの努力のおかげで今があるのは分かってるから、義勇には感謝してる」
「……そうか」
義勇にとって雪那は初めての弟子だ。
正式なものではないが、自分の力を認め、自分に教えを請い、自分の技を受け継ぎ、それで弟子と言わない方がおかしいだろう。
彼女は本当に熱心で、自分の技を模倣するために血の滲むような訓練を重ねていた。義勇はそれを一番近くで見ていたし、彼女がその努力の末に他の誰もが習得できなかった自分独自の技を再現した時には喜びすら得た。
自分だけの何かを受け継いだ弟子というのは、それだけで特別に感じてしまうものだ。
彼女ならきっと自分を超える、仮の柱である自分なんか簡単に過去のものにしてしまう程に優秀な柱になってくれる。
そう期待していて、可愛がっていたところもあるのだろう。
だから、その期待が裏切られてしまった時には悲しく思ったが、それ以上に心配になったのだ。彼女と比べれば自分の悲しみなどちっぽけなものでしかないと知っていたから。
そこにどんな理由があったかは知らない。
そこにどんな始まりがあったかは知らない。
けれど、あれだけ必死になって身に付けたものが突然失われてしまえば、人がまともで居られる筈が無いのだ。自暴自棄になって自殺を考える者だっているだろう。
煉獄や宇髄は一つの目的を成し遂げた末に代償として力を失ったが、雪那は代償ですら無い。その理不尽な略奪は人を簡単に破壊する。
義勇はそれだけが気掛かりだった。
「戦えなくなったことは、悔しいか……?」
「……悔しい。本当はもっと、みんなの役に立ちたかった。もっとたくさん救える人が居た。倒さないといけない鬼も居た。鬼舞辻無惨との決着もまだ付いてない。しのぶや義勇と一緒に戦ってみたかった。カナヲと力を合わせて鬼を倒したりしたかった。やり残したことはいっぱいある」
「……ああ、そうだな。俺も実を言えばお前と肩を並べて戦えた煉獄を羨ましく思う」
「けど、もうどうしようもないから。落ち込んでる時間も、後悔してる時間も、抗う時間も、私には無い。だから、私は自分にできることを精一杯する。落ち込むのも悔しがるのも、後からいくらでもできるから」
「……それが稽古か」
「私が残せるのは、多分もうそれくらい。
薬の研究も、全部アオイに引き継いだ。私の思いも、カナヲが受け入れてくれた。私の人生を、しのぶが受け取ってくれた。
だからあと少し、頑張らないと」
「そうか……」
ああ、やはり自分の目は間違っていなかったと、義勇は思う。
この子に強さを見出した自分は決して間違っていなかったと、彼女が誰よりも強い人間になると判断したのは少しも外れては居なかったと。
「お前は強い……俺はお前を、生涯忘れることはないだろう」
「!!……ありがと、義勇。今の私には、その言葉が一番嬉しい」
どうしていつも、生きるべき人間から先に死んでしまうのか。義勇はかつて自身の隣にいた2人のことを思い出し、胸が苦しくなった。
「雪那、これでいい?」
「ん、ありがとう。……カナヲはもう、訓練いいの?」
「私はもう終わってるから、雪那の稽古で最後」
「流石、カナヲはすごい」
夕方、蝶屋敷の鍛錬場にて2人は雪那の開く稽古の準備をしていた。
日数的にも最速で岩柱の稽古を終えた者が出て来る頃、実際にこうしてカナヲという例が居る。
どれくらいの人間が来れるかは分からないが、取り敢えず1時間後には予定していたとおりに始めるつもりだ。
例え参加者がカナヲだけであったとしても、仕事は最後まで責任を持って果たす。
雪那はそう決めていた、が……
「雪那少女!久しぶりだな!」
「お?マジでいんじゃねぇか。相変わらず派手な女だな」
「……煉獄さんと、宇髄さん?」
最初の訪問者はまさかの怪我人2人組であった。
あれ以来リハビリに明け暮れながら多くの隊士達に稽古をつけ、この柱稽古にも熱心に取り組んでいた煉獄。杖が無ければ歩けない彼だが、その元気の良さは今でも変わりない。
そして同様に負傷の末に柱を引退した後も隊士達の質の向上のために柱稽古の最初の関門としてしごき上げる宇髄。
彼等2人が珍しく稽古を早めに終了させて、ここに駆けつけてくれたのだ。
忙しい中でもこうして駆け付けてくれたことには感謝しかない。
「雪那少女が稽古を開くと聞いたのでな!気になって飛んで来たというわけだ!」
「また派手なことやろうとしてんだろ?そこに俺を呼ばねぇなんてこと許されねぇよ」
「ん、大丈夫。私の稽古は怪我してる人でも出来るものだから、ゆっくりしていって?」
「うむ、それは助かるな!ならば是非参加させて貰おう!」
岩柱の稽古を突破したのはカナヲが最初だ。その時点で今日の参加者は彼女1人だと予想していたので、増えるならば大歓迎である。
カナヲが慌てて座布団を用意してくれるので、雪那は茶を入れて時間を待つ。
もしかしたら他にも人が来てくれるのではないかと期待を隠して。
「ほらほら伊黒さん!こっちこっち!……あ!雪那ちゃんにカナヲちゃん!久しぶり〜!」
「……久しぶりだな」
「蜜璃と伊黒さん……?2人も来てくれたの?」
「雪那ちゃんの稽古と聞いたら来るしかないでしょう!そう思わない?伊黒さん」
「……まあ、お前はよく分からないことばかりをするそうだからな。そのよく分からなさも時には武器になると考えた、それだけだ」
次に現れたのは鬼殺隊非公認カップルもといコンビの蜜璃と伊黒であった。
蜜璃とはかつてのこともあり会えばよく話をする様な仲なのだが、実は雪那と伊黒の接触というものはあまりない。
だがそれでも、互いに互いの話くらいは(蜜璃経由で)聞いていた。
実際にこうして会ってみると、互いに奇妙な容姿に目を惹かれつつも、それを特段意にも留めないという共通点があった。相手に普通の人間を見るのと同じ目で見られていることに2人が気付くと、謎の親近感が湧いた。
もちろん2人とも無表情なので周囲の人間にとっては2人が睨み合っているようにしか見えていないが。
「ねえ、ここで柱に向けた訓練が行われるって聞いたんだけど……」
「ああ、ここで間違いない。ここは胡蝶の弟子達がよく使っていた鍛錬場、私は覚えている」
「……また柱が増えた」
そしてこうなっては最早当然のように現れる霧柱:時透無一郎と岩柱: 悲鳴嶼行冥。
ここまで揃ってしまえば間違いない、あとの2人も来るのだろう。
一体どこの誰が触れ回っていたのか……それは次の2人を見た時点で解決した。
「テメェ冨岡ァ!離せつってんだろうが!袖引っ張んじゃねぇ!!」
「雪那が無理をしてでも開いた稽古だ、嫌っても構わないが参加して貰いたい」
「だァから!誰も参加しねぇなんて言ってねぇだろうが!!話聞けやテメェゴルァ!!」
胸元がいつもの1.5倍くらい露出した風柱:不死川実弥が水柱:冨岡義勇に引きずられているという世にも珍しいその光景に、思わずその場にいた者達は固まった。
義勇がここまで積極的に動くのはとても珍しいことで、不死川もまたこのことに驚きを隠せないようだ。
そしてそんな義勇を見て先にここに来ていた柱達が呟く。
「よもや!冨岡は不死川にも声をかけていたか!これほど積極的な冨岡は初めて見た!」
「私達もそうなんですよ!ね、伊黒さん?」
「ついに脳がイカれたかと思ったがな」
「ああ、心の成長というものはいつの世も素晴らしい……」
「あん?肝心の胡蝶はどうした?」
「胡蝶なら産屋敷家に居る。雪那は胡蝶の弟子だ、今更学ぶことも無いだろう」
「……チィッ、今日はよく喋りやがるじゃねぇか冨岡ァ」
互いに思い思いの言葉を述べる柱達に座布団を一度に6枚も並べることになったカナヲはあたふたとしているが、雪那はそれを嬉しそうに見ていた。
柱合会議でもないのに柱達がここまで集まるということはそうそうない。それも彼等は雪那の開いた稽古に参加するために来てくれたのだ。時間の少ない彼等だ、それは情けではなく心から期待してくれているということに違いない。
主催にとってこれほど嬉しいこともない筈だ。
「……ところでそろそろ時間なんだけど、何するか聞いてもいい?ある程度実力のある隊士でも絶対に強くなれるって聞いて来たんだけど」
「ん……そこまでは言ってない。誰?そんなこと言ってた人」
「水柱」
「……すまん」
「ふぅ……大丈夫、無駄にはならないと思うから。カナヲ、お願い」
「うん、任せて」
雪那の指示でカナヲは柱達に3枚の板を配り始めた。
その板はそれぞれに○×△の記号が書かれている以外には何の変哲もなく、柱達も何か仕掛けがあるのかと観察するが、本当にただの木の板であった。
同じ板を雪那もまた持っていて、最後にカナヲが雪那の背後にある一枚の絵を飾り付けた。
○→△→×→○→……と三角関係を表すその絵を見れば、これから一体何をするのかというのも容易く想像できるだろう。
準備を終えたカナヲに雪那はお礼を言って柱達にこれから始める訓練の第一段階の説明を始めたた。
そしてそれは意外にもあまりにも簡単なもので……
「札遊びで私に3回連続で負けなかったら一段階目は合格。掛け声は"たん、たん、たん"でお願い」
未来の世界ではジャンケンと呼ばれるそれで、雪那は柱達に勝負を挑んだ。