胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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64.雪那の訓練-2

「札遊び、だとォ?」

 

雪那が提示した札遊びという名の訓練。

最初にそれに強く反発したのはもちろんこの男、風柱:不死川実弥であった。

 

「よせ、不死川」

 

「テメェは黙ってろ冨岡ァ。……オイ、俺達も暇じゃねぇんだよ。ガキのお遊びに付き合いにここまで来たんじゃねぇんだぞオラ」

 

「そう言うのは分かってた、話すのも面倒だからここに来て?……それとも、やり方が分からなかったならカナヲが見本を見せるけど」

 

「……上等じゃねぇかクソガキが」

 

乗せられやすい男、不死川実弥。

雪那の挑発に5秒で完落ちである。

いかにも強面な彼が少女と札遊びをするという絵面はなんとも面白い部分があるが、今はそれは置いておく。

 

この遊びのルールは簡単だ。

互いに合図に合わせて板を一枚出し、

○は△に強い

△は×に強い

×は○に強い

という相性にしたがって勝敗を決める、それだけ。

ややこしいルールは存在しない、人が見れば完全に運に任せたお遊びだ。

子供でもできる。

 

「最初だから特別に10回勝負、10回のうち2回負けなかったら合格でいい」

 

「……テメェ、あんま年上馬鹿にすんのも大概にしろよ?」

 

「そういうのは勝ててから言って」

 

「上等じゃねぇかオラァ!!オイ!そこの机持ってこい!5秒で終わらせて帰ってやるよ!!」

 

既に勝負に乗ってしまった今や完全に不死川の負けなのだが、それでも雪那は煽り続けた。

言い方は悪いが、彼女にとって不死川は丁度良い見せ物なのだ。

何にするにしても、最初に教える側の実力を見せておくことは何よりも重要なことである。

柱達にこれは時間の無駄ではないと、そう伝えるためにも。

 

「カナヲ、掛け声お願い」

 

「わかった、任せて」

 

不死川と雪那が小さな机を挟んで睨み合う。

柱達はそれを不死川の後ろから興味深そうに覗き込み、カナヲは手拍子をしながら掛け声を始めた。

 

「それでは、いきます……たん、たん、たん」

 

雪那:△ 勝ち

不死川:× 負け

 

「チィッ!時間が勿体無ェ!さっさと次の掛け声しやがれ!」

 

「は、はい。いきます……たん、たん、たん」

 

雪那:× 勝ち

不死川:○ 負け

 

「おお!また雪那少女が勝った!」

 

「ぐ、偶然だ!次だ次!」

 

「はい……たん、たん、たん」

 

雪那:△ 勝ち

不死川:× 負け

 

「おお、地味だが派手だな」

 

「次だ!次!次!次!!」

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:× 勝ち

不死川:○ 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:○ 勝ち

不死川:△ 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:△ 勝ち

不死川:× 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:○ 勝ち

不死川:△ 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:○ 勝ち

不死川:△ 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:○ 勝ち

不死川:△ 負け

 

「たん、たん、たん」

 

雪那:○+△ 勝ち

不死川:△+× 負け

 

最終結果

雪那 10戦11勝0敗

不死川 10戦0勝11敗

 

「はい、おしまい」

 

「ぬァァァ!!!どうしてだ!どうして勝てねェェ!!」

 

勝負は1分経たず雪那の完全勝利で終わった。

それどころか最後は不死川が2枚同時に出すという大人気ないルール破りをしたにも関わらず、雪那はそれすら予想して両方に勝つ手札を出した。

ここまでされてはぐうの音も出ない。

不死川は悲痛な叫びと共に頭を抱えた。

 

「これは……偶然とは、言えないだろうな」

 

「おいおい、派手過ぎるぜ雪那」

 

「雪那少女!次は俺がやらせてもらう!」

 

「僕はその次でいいよ」

 

「じゃあ伊黒さん!待ってる間に私と練習しましょう!」

 

「あ、ああ……」

 

雪那の掴みは十分に大成功と言ってもいい結果となった。

もちろんこの後、一番熱くなった男は不死川であることは言うまでもない。

 

 

 

「……ん、今日は遅いからここまで」

 

雪那の訓練は大体2時間ほどで終了した。

というか、参加者の柱達がそれ以上の時間を取れないというのが正しいかもしれない。

 

今日の最高記録は悲鳴嶼の1勝1分。

次に無一郎とカナヲ、宇髄と伊黒の1勝。

最後に煉獄と蜜璃の1分。

不死川と義勇は文句なしの全敗である。

これには他の柱達も笑うしかない。

 

「鍛錬は2段階まであるから、次も付き合ってくれると嬉しい」

 

「ああ!清々しく!負けた!」

 

「乗せられたぜ!」

 

「伊黒さん1勝凄い!」

 

「……甘露寺も1分だろう」

 

「ほんとに驚いた、全然勝てなかったや」

 

「ああ、やはりこの身は未だ未熟。自分を見つめ直す良い機会を得た」

 

この札遊び、一見すると単純な遊びに見えるが、それを雪那が相手することで全く違う遊びへと変貌していた。

それに最初に気付いたのが悲鳴嶼であり、それに気付けた者から順調に勝率を伸ばしている。

 

「1度も勝てなかった1度も勝てなかった1度も勝てなかった1度も勝てなかった1度も勝てなかった1度も勝てなかった……」

 

「……師として鼻が高い」

 

「その鼻は派手に折られたけどな!冨岡!」

 

そして逆にこの2人はそれに全く気付けなかった2人である。

とは言え、義勇はどちらかと言うとスロースターターな努力型。一度気付けば堅実な基盤の上に確かな実力を付けることになるだろう。

不死川は頭に血が上っているので、まずは落ち着くことが先決だ。

 

「でも、明日には2勝できる人も増えてくると思う。みんな普段から無意識にしてることだから、私なんか直ぐ追い越せる」

 

「それは、無理だな!」

 

「……認めたくはないが、この分野に関してはお前が先達だ。一朝一夕で追い付けはしない」

 

「それに多分これ、見て盗めってことだよね。わざと大袈裟に動いてくれてる気がする」

 

「雪那に追い付くのら絶対無理……」

 

「カナヲちゃんが白目剥いてるわ……」

 

柱達は口々にそう言うが、彼等にしてみればそう言いたくなるのも当然の話。

特に今日だけで一勝以上できていた者達は、雪那がさらりとやっていることに若干の恐怖すら抱いた程だ。

人はある程度の実力を付け始めた頃に、ようやく上級者の本当の凄さ理解し始めるという話はよくあるが、今の彼等は正にそれだ。

雪那の観察・分析・自己変換という才能と確かな努力に裏付けされた人外の域に足を踏み入れたその"読み"は、こうして対峙している間にも淡々と9人の情報を更新し続け、着実に成長をし続けている。

しかし彼女はある一定のラインの読みまでしか行わず、あくまで彼等に最初に引いたラインに達することまでしか要求していない。

 

手加減をされている。

 

普段ならば酷く屈辱的に思うことだが、ここまで開きがあればいっそ清々しい程だ。

普段自分達が一般の隊士に稽古をつける時に相手の実力に合わせているのと同じだと考えれば、それも当然だと考えられる。

 

……ちなみに、カナヲに至っては普段から一緒に修行していることもあり、雪那は完全に全力でボコボコにしている。

きっと最初の一線でカナヲが1勝をもぎ取った事も理由の一つなのだろう。

それ以降は容赦無く情報を更新し続け、完全に『最終的にはこれくらいできるようになりますよ』と示すための見せしめにされている。

この中でも情報の扱いに長け、成長速度も早い伊黒と宇髄は、カナヲの番が来る度にとても可哀想な目で彼女を見ていた程だ。

『たん、たん、たん』の合図の前に目を瞑り、予め札を伏せられていたにも関わらず、それでも引き分けにすらならず3連敗した時には、思わず肩を叩いて慰めた。

 

今の雪那は完全に化け物だ。

時代が時代なら予言者だ神の子だなんてもてはやされていただろう。

 

「ちなみにこれは大して派手でもない質問なんだが、お前は人の心まで読めるのか?普段からそいつが何を考えているのか、とか」

 

「ん……今でもやれば大まかには分かると思うけど、心はその人のものだから。そっちの使い方は学んでないし、やらない。知られたくないことくらい、誰にでもある」

 

「ちなみに雪那はそこまで達するのにどれくらいかかったの?」

 

「……3年?色んな本を読みながら、カナヲに毎日試してた。だからその気になればカナヲのことは何でも分かる、やらないけど」

 

「なるほどなるほど、ちなみにカナヲちゃん的にはその辺りどう思ってるのかしら?」

 

「体格も筋力も技も私の方が上なのに、戦えば戦うほど勝ち難くなるから気が抜けない……雪那のせいで自主練が増えた」

 

「私もカナヲに負けたくなくて始めたところもあるから、大体カナヲのおかげ」

 

「次期花柱の強さの秘訣ということだな!」

 

「ああ、鬼殺隊の未来は明るい……」

 

「花柱だなんて、そんな……」

 

恥じらうカナヲを柱達が可愛がる。

そんな彼女の姿を見て、雪那は満ち足りた表情をしていた。

カナヲの実力が認められている、期待されている、きっと今直ぐ柱となっても彼女は皆に受け入れられる。

彼女が柱の文字を背負い、あの優しい柱達に混じって自分の役割をしっかりと果たしている姿を想像すれば、それだけで雪那はとても嬉しくなった。

 

 


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