「ああぁぁあぁあ!?勝てねぇぇぇ!!」
「伊之助うるさい」
「うるせェェ!!俺はテメェどころかこいつにも勝てねぇんだぞ!?こんなことやってられっかァ!もう無理だ!俺は帰る!俺は帰る!!」
「伊之助のへたれ」
「……やってやろうじゃねえかクソ女ゴルァァァ!!」
「るっせぇんだよテメェオラァ!札遊びに集中できねぇだろうがゴルァ!!」
「なんか不死川が派手に面白いこと言ってんな」
雪那の訓練が始まって5日目。
雪那の元には炭治郎と伊之助もやってきた。
人数も増え、悲鳴嶼と無一郎、宇髄と伊黒が雪那に2勝1分と合格ラインに達したこともあり、この場にも色々な変化があった。
最初から勝たせる気など毛頭無かったカナヲは今は雪那に変わって1段階目の門番を行なっており、雪那はと言えばカナヲを突破した者との対戦と2段階目の指導を行なっている。
柱達は着実に雪那から技術を吸い上げ、特に無一郎は既に2段階目の合格ラインにまで迫っていた。最初は全敗だった義勇も尻上がり的に勝率を伸ばしている。
鍛錬は順調に進んでいた。
「にしても、まさか柱同士で将棋を指すことになるとは思わなかったぜ。それもこんな派手なやり方で」
「そもそもの将棋を知らない者も居たが、これは確かによき鍛錬になる。他の隊士達にも勧めたいものだ」
「時透はマジで知らなかったしな。……ってか悲鳴嶼さんは何で見えてないのにそんなに強ぇんだ?また派手に負けたし」
「よし!カナヲ女子に勝ったぞ!!」
「煉獄さん凄い!」
「雪那、ごめん。今、大丈夫?」
「ん、待っててカナヲ。あと少しで終わるから」
「あと少しで負けるのか俺は……」
「はい、お疲れ様でした」
「本当に少しだな!」
「伊黒、次は僕の相手をして欲しい。今雪那がやっていたのを真似したいんだ」
「俺にも自尊心はあるのだぞ!」
第二段階の訓練、それは将棋をすることであった。
ただ、勿論普通に将棋をするわけではない。
1手1手を一定のテンポで鳴る器具の音に合わせて指していくというものだ。
そのテンポもかなり早く、本来将棋をする上で当然行われる数手先までの想定どころか、場面の把握すら困難となっている。
「うぇ、派手に間違えた。どう修正すっかなこれ……」
「むぅ、むしろそれは想定していなかったな。もっと柔軟にならなければ」
「……雪那の真似、難しい。手を考えるのに必死でそんな余裕がまず無いし」
「そもそも情報の整理が出来ん、これに相手の心理も加えるのは無理だろう」
雪那がこの訓練で一体何をしたいのか。
それは戦闘中という余裕の無い状況で、周囲の情報をより多く処理できるようにさせるということだ。
瞬間的な状況の把握、正常な判断力の維持、最適な行動の模索、判断ミスをした際の修正、より広い視野の獲得、それ等全ての情報の整理……上げればキリがないが、雪那はこれらの上に更に1段階目で会得した"相手の行動の読み"まで要求している。
1段階目で相手から得られる情報が少ない中でもある程度の読みができるようになった。
2段階目では1段階目よりも相手から得られる情報が格段に増えているが、今度はその情報を整理する時間と余裕が消えている。
これらを乗り越えた時にようやく"読み"という力を戦闘中でも活かせるようになるのだ。
雪那は出来るならば柱達全員にここまで至って欲しいと考えている。
なかなか難しいとは思っているが。
「……ん、煉獄さんも合格。義勇も見てたけどもう大丈夫、2人とも将棋の方に行っていいよ」
「よし!さあ冨岡!将棋の時間だ!」
「分かったから引っ張るな……」
「カナヲ、一度変わるから炭治郎達に教えてきてあげて?なんだか困ってるみたいだから」
「……!う、うん!分かった!任せて!」
「オイ!次は俺だ!相手しろクソガキ!」
「違う、次は蜜璃。順番は守って」
「ああぁぁあぁあ!?」
雪那の訓練はとても順調に進んでいた。
ある意味で彼等にとっての交流の機会にもなり、柱達の中での信頼関係も強くなり始めていた。
あとどれだけこの機会を作ることができるかは分からないが、こうして皆で笑い合った時間は、きっと訓練で得た以上の力を彼等にもたらしてくれる事は間違いない。
「雪女、ですか……?」
「ええ、鬼舞辻無惨はどうやら雪女に相当な執着を持っているみたいで。もしかしたらその理由が分からないかと思ったのですが」
産屋敷から貸し出された一室で、しのぶと珠世は薬作りに励みながらそんな会話をしていた。
2人とも徹夜は当然の様に行っているが、そんなことも慣れたように作業を続行している。
目的の薬も完成が近い。
珠世が炭治郎を通じて集め続けていた十二鬼月の血は、しのぶやカナエの知識と合わせることで確かな成果を上げていた。
「……そう言えば、以前に噂で聞いたことがあります。鬼舞辻が絶対に勝てないと断言したほどの妖が居たとか」
「それはまた、随分と消極的な話ですね。あの男ならば実力で劣っていても死ぬまで待てば自分の勝ちだ、とか言いそうですが」
「いえ、実際にそう言っていましたよ。ですから私はその噂話は信じていなかったんです、そもそも妖という存在自体が半信半疑でしたし」
「あ、妖怪は実際に居ますよ。私の弟子が雪女の末裔ですし、今その子のための薬を個人的に作っているところです」
「……400年以上生きていても、知らないことはあるものですね」
しかし珠世は考える。
確かにあの鬼舞辻無惨とて最強では無い。
彼女は実際に目の前であの男が抵抗虚しく八裂きにされる所を見ているし、それに恐怖してそれを成した男が死ぬまで姿を隠していたのも事実だ。
だが、数百年あの男を追い続けてきたが、もし本当に鬼舞辻無惨ですら"何をしても絶対勝てない"と断言する様なそんな存在が居るならば、珠世が知らない筈が無い。
なぜならそれは、つまりその存在は今でもこの世界に存在しているということなのだから。
あの男を殺す為に何年も何年もその方法を模索してきたのに、珠世がそんな存在を見逃す筈が無い。今の時代に鬼舞辻無惨を単独で撃破できる程の力を持つ存在は居ない、それが珠世の結論だ。
「あの、その雪女の子は鬼舞辻無惨を倒せるほどに強かったりするのですか?」
「ええと、それは無理ですね。今は足を悪くして呼吸も使えない状態ですし、そうでなくとも1人では柱ほどの力はありませんでしあ。確かに状況次第で戦局を左右できる力はありましたが……」
「でしたら、他の妖の話だったんでしょうか。その子という例外が居る以上は他の妖が現存していてもおかしくありませんし」
「もしかしたらそうかもしれませんね。だとしたら、鬼舞辻がどうしてあれほど雪那に執着していたのかが分かりませんが……」
これに関してはきっともうこれ以上の推測は出来ないだろう。
今この世界に珠世ほど鬼舞辻無惨について知っている人物は残って居ない。産屋敷家ですらそこまで昔の記録は残っていない。
つまり、主に戦国時代以前に活動を行なっていた妖怪達と鬼舞辻無惨の関係を知る者は、他ならぬ当人以外には存在しないということだ。
しのぶと雪那が山頂で出会ったあの男ならば分からないが、あの男もまた"もう2度と会うことはない"と、"鬼舞辻無惨は自分でも倒せない"と言っていた。
"人間の問題は人間で解決しろ"とも。
それらを含めて考えると、鬼舞辻無惨を倒せる妖への期待は殆ど無意味だ。
推測すら必要がない、時間の無駄だ。
「……あぁ、そうだ。珠世さんは青い彼岸花についてもご存知無いですか?」
「青い彼岸花、ですか」
「ええ、その雪女の子を治す薬に必要だとされているものなのですが」
妖と鬼舞辻無惨との関係で忘れてはならない話に、青い彼岸花についてもあったことをしのぶは思い出した。
しのぶとてそれを見つけ出す希望はまだ捨てていない、例え現実的ではないとしても。
「……ごめんなさい。それについても私はずっと調べていたのですが、400年調査しても一向に手掛かりが掴めませんでした。そもそも本当にそんなものが存在しているのかすら怪しいくらいです」
「そう、ですか」
「ですが、しのぶさんはその記述を一体どこで?私は鬼舞辻無惨関係の話以外でその存在を示しているものを知らないのですが」
「雪女と生涯を共にした人間達が千年近く前から形を変えながらも、今日までずっと残し続けていた書物があるんです。そこに書かれていました。原典は最初の雪女が作ったものだということなので、信憑性は高いかと」
「その数百年のうちに改竄されたりした可能性は?」
「まず、考えられませんね。珠世さんも一度見れば分かると思いますが、あれは正しく愛と執念と悲痛の塊です。膨大な量の文字をその筆跡すら真似る程の精密さで完全に複製しています。むしろ恐ろしくなると思いますよ、人はこれほど愛に狂えるのかと」
「……しのぶさんもその一員になる、という話でしょうか」
「……否定はしません」
試験管を覗き込むしのぶの横顔。
対面している珠世には赤色の液体越しで見え難いが、その瞳には確かに少しの狂気が宿っている様に感じられる。
復讐に狂えど愛に狂えど、狂人の目はいつだって同じだ。誰にも救うことのできない光を失った壊れた硝子。
珠世はそれをよく知っている、他ならぬ自分自身が400年以上もそれを鏡越しに見続けてきたのだから。
「……しのぶさん。しのぶさんが作っているその薬、私にも見せて貰えませんか?」
「え?ですが」
「私とて今日までただ怠惰に過ごしてきた訳ではありません。もしかしたら、力になれることがあるかもしれません」
「……いいのですか?」
「救われる人は多い方が良いに決まっています。せっかく鬼舞辻を倒すという大事を成し遂げるのですから、その過程は誇れるものでありたい。……まあ、私の人生に誇れることなど何一つありませんでしたが」
しのぶとて、それを考えていなかった訳ではない。
だが、目的と全く関係の無い作業に今の状況で協力して貰えるとは思えず、今できることをしていち早くこの作業を終えて、それから相談しようとしていたのだ。
……誤解していたのだ、目の前の女性は例え鬼舞辻に反抗していたとしても、所詮は外道な鬼の仲間なのだと。無意識のうちにそんな印象を持っていてしまったのだ。自分の目的を終えてからでなければ他の話を聞いてはくれないのだと。
「ありがとう、ございます……」
そう言って頭を下げたしのぶの行動には、そんな謝罪の意図も含まれていた。