胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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67.2つの襲撃

『緊急招集ゥー!緊急招集ゥー!産屋敷邸襲撃ッ……産屋敷邸襲撃ィィ!!』

 

その日は雪那の訓練が行われていなかった。

体調の優れない雪那の元にしのぶも居り、カナヲも彼女に寄り添って座っていたのだ。

そんな折に響き渡った鴉の報告に、しのぶは思わず立ち上がり、カナヲは雪那の肩を抱き、雪那は静かに目を閉じて心を落ち着ける。

恐れていた日が遂に来てしまった。

 

「しのぶちゃん!今の!」

 

「姉さん、屋敷のことお願いしていい?私はお館様の所に走るから」

 

「ええ、お館様のことお願いね!お屋敷のことは私に任せて!」

 

まだ着替えていない時間だったことが幸いした。刀も手元にあり、しのぶだけなら今すぐにでも行動に移すことができる。

カナヲも既に雪那と汗を流していたものの、いつも手元に刀だけは持ち歩いている。もし今襲撃があっても体と刀さえあればどうとでもなる。

 

「雪那ちゃんに、何か言っていかなくても大丈夫……?」

 

「……今日までに話しておくべきことは話しておいたもの。だから、『いってきます』。これで大丈夫でしょう?雪那」

 

「うん、待ってるから……気をつけて」

 

雪那のその言葉に笑みを返して、しのぶは走り出す。後ろ髪に惹かれるものはあるが、信頼されているのだから信頼して託すしかない。今は自分のできることを精一杯しなければ、雪那に怒られてしまう。

 

カナヲもまた、雪那のことを気にしながら準備を始めた。

あらかじめ決めてあった事だが、カナヲの仕事は雪那の護衛だ。

恐らく全ての隊士の中で断トツに狙われやすいであろう雪那を、柱に近い実力を持つカナヲが守るのは当然の話だ。そこに上弦レベルの強い鬼が現れる可能性があるのだから。

……もちろん、雪那ももしもの時の為に刀だけは携帯している。使えるかどうかはさておき。

 

「雪那ちゃん、大丈夫?動かすわよ?」

 

「ん、大丈夫だから……気にしないで、動かして。ごめんね」

 

「謝る必要なんてないわよ!……よし。カナヲ、今から私は看護師と隠を集めて指示を出してくるから!雪那ちゃんのことお願いね!」

 

「うん、大丈夫。雪那は私が守るから」

 

カナエもそう言うと部屋を飛び出していく。

きっとここだけではなく、至る所で同じ様に色々な人達が決められていた自分の役割を果たす為に動き出しているだろう。

誰一人として遊んでいられる状況ではない。

今日が全てを決する日に間違いないのだから。

 

カナヲは雪那を背負って、産屋敷輝利哉とその護衛達の待つ小さな小屋に向かって走り出す。

このところ、雪那の周囲を嗅ぎ回ろうとしていた目の様な鬼の破片をカナヲは破壊して回っていた。

雪那の正確な位置まではバレていない筈だ。

今のカナヲならば逃げることくらいなら造作もないし、例えそこそこ強い鬼が来たところでカナヲならば勝てる。

 

 

血鬼術・結晶ノ御子 瞬解

 

「なっ……!」

 

突如として3方向からカナヲに遅いかかった氷像が触れた瞬間に溶解と氷結を行い、完全な氷塊となってカナヲの身体を固定した。

それを雪那が溶かそうとした瞬間、正にそれを狙っていたかのように彼女はカナヲの身体から引き離される。

カナヲの氷を溶かすことはできたが、その代償として雪那は完全に奪われてしまった。今の雪那にまともな抵抗などできる筈もない。

カナヲもまた、見覚えのあるその姿に怒りを隠すことができない。

 

……本当に、相手がこの鬼でさえなければ、どうにでも出来ていただろうに。

 

「童磨……!!」

 

「離、して……!」

 

「はい、それじゃあ鳴女ちゃん。まずは俺達とそこの子を分断するようにお願いね」

 

瞬間、何処からともなく響き渡った弦の音と共に、雪那の背後に障子戸のようなものが現れる。

2人を受け入れるかの様に現れたそれに、雪那とかつて童磨と名乗った上弦の鬼は消えていった。

カナヲもまた足元に突如として開いた戸の中へと落ちていく。

 

伸ばし合う2人の手は繋がれることは無かった。

これがどうしようもない悲劇への分かれ道なのだと、カナヲは一瞬であるが見てしまった光景に確信してしまった。

悲しそうにしつつも何処か諦めたような雪那の表情と、しかしその瞳の奥に宿った確かな決意がカナヲにどうしようもない不安を与えていた。

 

 

 

 

静かな夜空を照らすような莫大な光の放射と内臓まで震わすほどに響き渡る音の嵐、そして直後に濃く不快な硝煙と鉄の臭いが漂ってくる。

爆心地は他でもない自分の向かっている方向からだ。こんなものを見せられてしまえばどんな馬鹿でも今何が起き、どういう状況になっているのかを察することができる。

 

「お館様……!あまね様……!!」

 

今のしのぶになら分かる。

あれを引き起こしたのは耀哉だ、自分の命を囮にして敵を巻き込んだのだ。そしてあの莫大な光は、間違いなくここに人を呼ぶためのもの。きっとあそこには鬼舞辻無惨が居る。

……それに、自分の命を賭けようとする耀哉の側にあまねが居ない筈がない。間違いなく彼女も夫と共にあの爆発に巻き込まれている。あれほどの規模の爆発の中心に居て、もう生きている筈がない。

 

「……っ!母親としてのこと、教えてくれるって言ってたじゃないですか!あまね様……!」

 

色々な本を貰った。

あまねが娘達に使っていた道具や玩具も譲って貰った。

あんなにも嬉しそうな顔で、子を持つ幸福について色々な話をしてくれた。

今思えば、あれはこうなることが分かっていたからなのかもしれない。

彼女もまた、何かを残そうとしてくれていたのだ。未来のために。

 

流れそうになる涙を堪えて、しのぶは灼熱の燃え盛る産屋敷邸跡地へと飛び込んだ。

そこに見えたのは頭を再生させながら抵抗を行う半裸の男と、その男の腹部に腕を突き込む珠世。そして男に追い討ちを掛けようとするも異様な術を使われ阻まれる岩柱: 悲鳴嶼の姿。

男の頭が再生されているということは、一度は破壊されているということだ。

悲鳴嶼の攻撃を頭に喰らっておいて死ぬことなく再生をするような鬼など、1人しか存在しない。

そしてしのぶは一度見ている。

あの忌々しい男の顔を。

 

「鬼舞辻無惨……!!」

 

「貴様……!雪女は何処だ……!!」

 

「あの子の名前も知らないような奴に教える訳がない!!」

 

蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ

 

「ぅぐっ、貴様等ァァア!!!!」

 

しのぶの最高速の"戯れ"は今の無惨では完全に相殺することができない。数発の攻撃が無惨の関節を破壊し、一時的に行動を阻害した。

そしてそれを皮切りに駆け付けていた柱達も彼女に続くようにして各々の技で無惨に迫る。

首を斬っても死なないことは悲鳴嶼が既に証明している。

それならば全身を破壊し尽くし、2度と再生できなくなるまで粉々にして、朝日が昇るまで肉片一つ残らず潰してしまえばいい。

この最大の機会を逃すことのない様に、柱達は自分達の最大の技をそれぞれに放った。義勇と共にいた炭治郎もまた以前よりずっと安定し威力の上がったヒノカミ神楽で鬼舞辻無惨に斬りかかる。

 

「チィッ、鳴女!!」

 

しかし、相手は鬼舞辻無惨だ。

仮にも千年生きた鬼の頭領であり、生きることに全てを費やしてきた真の愚者。この程度の状況、脱する術は当然のように用意している。

無惨の言葉と同時に響き渡る弦の音、そして柱達の足元や目の前に突如として口を開けた障子戸の群列が現れる。

いくら柱とは言え、空中を走れるほど人間をやめた者はここには居ない。彼等は最も原始的な方法で攻撃を中断させれてしまい、抵抗虚しく遥か下方へと落下させられるのだった。

 

「何度も何度も何度も何度もしつこい鬼狩共め!!そこまで言うのならば望み通り、今宵貴様等全員を皆殺しにしてやろう!!全員まとめて地獄へ叩き落としてやる!!」

 

「ふざけるな!!地獄に行くのはお前だ無惨!絶対に逃がさない!必ず倒す!」

 

「やってみろ竈門炭治郎!!所詮人間の貴様に!できるものならな!!」

 

柱達が分断される。

無惨にまた逃げられる。

だが、間違いなく今日で全てが終わる。

無惨は今日で鬼殺隊を殲滅するつもりだ。

だがこちらも、無惨を倒すために様々な準備をしてきた。

あの男を逃すことは絶対に無い。

落ちていく柱達の目から炎が消えることは無い。

 

……ただ、しのぶどころか無惨ですら気付いていないことが一つだけあった。

それは既に雪那が連れ去られていることと、それについての報告が未だに無惨のところへとされていないことだった。

 

 

 

「じゃあ鳴女ちゃん、無惨様には適当に言っておいてよ。俺は今から、無惨様を裏切るからさ」

 

 

 

 


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