胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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7.独特コミュニケーション

「………」

 

「………ん」

 

「………」

 

「……?」

 

「………」

 

「ん……!」

 

 

 

「……相変わらず、あの2人が並んでいると何をしているのかサッパリ分かりませんね」

 

「それでも意思疎通できてるのが不思議よねぇ〜、そんな2人も可愛いのだけど♪」

 

鍛錬場の中で無言の意思疎通を行う2人を見守るアオイとカナエ。

言葉もなく雪那のしようとしていることをカナヲは読み取り、殆どなんとなくとかその場のノリとかそんな感じで互いに技を出し合い、その度に謎のジェスチャーで指摘し合う2人の姿。

アオイから見ればもう何をやっているのかすらもサッパリ分からないし、そんなことをしているのに技の精度自体はどんどん増していくことについてはカナエでさえも理解ができない。

 

とにかく2人の世界で2人の独特な鍛錬方法によって間違い無く2人は成長している。

カナヲは未だに自主性がカケラも無いので主導は雪那であるのだが、雪那が無言で提案したことをカナヲは実直に遂行するので、鍛錬に支障は全く無い。

どころか目の良いカナヲは雪那の技に対する指摘をよく行うので(もちろん指摘を行うことも指示されている)、雪那の成長に非常に有益であった。

 

「………」

 

「………?」

 

「………」

 

「………うん」

 

 

 

「あの、カナエ様。カナヲが今やってるあれは、花の呼吸ではありませんよね?」

 

「そ、そうね。まだ技にもなっていないけれど、あれは炎の呼吸 壱ノ型 不知火 の真似かしら?煉獄さんと会ったこともないあの子がどうして……」

 

 

 

 

「………」

 

「………?」

 

「………」

 

「………??」

 

「あの、カナエ様。雪那が今やってるあれも、雪の呼吸ではありませんよね?」

 

「そ、そうね。しのぶのと比べれば見劣りするけれど、あれはこの前試しに見せて貰った蟲の呼吸の技に似ているのかしら?まだ考案段階の呼吸をどうして……」

 

と、この様に最近ではどこから学んで来たのかカナヲが炎の呼吸の様なものを学び始めたり、雪那が現在しのぶが絶賛開発中の蟲の呼吸の様なものを真似し始めたりと、彼女達2人がいったいどこで何をしてどこに向かっているのか、師であるはずのカナエですら分からない。

既に実力だけでなら最終選別を余裕で突破できる程の能力を身につけている2人は、それでも更なる高みを目指して日々鍛錬を続けている。

 

「ん〜、流石にそろそろ私も2人の相手をするのは難しいかしら」

 

「え、カナエ様でもですか……!?」

 

「今の私は呼吸が使えないし、呼吸なしではきっと2人の技を受け止めることもできないわ。こうやって言葉でアドバイスするくらいしかもう出来ないわね、もどかしいなぁ」

 

最近のカナエの悩みは専らそれだった。

最初は呼吸なしでも少しの間であれば2人の相手ができたのだが、今ではもう無理だ。しのぶが2人の相手が出来たらいいのだが、彼女も最近は部屋にこもって必死に研究に打ち込んでいる。それが分かっているので妹に頼むわけにもいかず、偶に尋ねてくる暇そうな隊士にお願いしたりもしているのだが、それでもそんな暇な人間が頻繁に来るわけがない。

成長を続ける2人に何か刺激が与えられればと思うのに、あまり良い案が思い付かず、カナエはこれからのことに悩んでいた。

 

 

「あ〜、疲れた……けどもう少し、もう少しだから……」

 

そうこうカナエが頭を悩ませていると、丁度妹の部屋の扉が開き、目の下にクマを作り寝不足でゲッソリとしたしのぶが現れた。

ふらふらと覚束ない足取りで彼女は食堂に向かって歩いていく。

どうやらかなり根を詰めていたらしい。

まるで亡者の様に猫背になりながら歩いていく。

 

しかし……

 

 

きゅぴーん☆

 

 

2組の眼光がそんな彼女を見逃しはしなかった。

 

 

ダダダダダッ!!

 

「ん?雪那とカナヲ?そんなに走ってどうし……ぐふっ!?」

 

「しのぶ……!」

「………!」

 

「きゃぁぁあぁあ!!」

 

「「しのぶぅぅ(様ぁぁぁ)!?」」

 

ドンガラガッシャァァン!!

全力疾走からのダブル抱き付き攻撃に、体の小さなしのぶは襖の向こう側へと大きく吹き飛んで行く。

 

今日まで数日、殆ど自分の部屋に引きこもっていたしのぶ。

寝るときには大抵雪那(と偶にカナヲ)と一緒だったにも関わず、最近は会うことも難しく、鍛錬にも付き合ってくれなかった。

代わりにカナヲと共にカナエの隣で眠っていた雪那だが、一緒に勉強する時間まで削られてしまえばもう我慢はできない。

 

雪那の中で溜まっていたフラストレーションは尋常なものではなく、同時にカナヲの中にも多少モヤモヤとしたものがあったのか、彼女まで雪那の提案に即ノリしてしまいこの有様である。

寂しさ溢れる乙女心は恐ろしい。

 

「しのぶ……しのぶ……」

「………」

 

久しぶりのしのぶとの再会に嬉しくなったのか、名前を連呼しながら仰向けに倒れているしのぶの右腕にしがみつく雪那と、特に何も言わないがジッと顔を見つめながら左腕にしがみつくカナヲ。

一方でしのぶはと言えば、「死ぬ……ほんとに死ぬ……」と焦点の合わない目で何かをぶつぶつと呟いていた。

 

「し、しのぶ!?大丈夫!?」

 

「ね、姉さん……無理、死んじゃう。お腹空いたし眠いし頭痛いしフラフラするしチカチカするし……とにかく、もう無理……」

 

「ア、アオイちゃん!布団の用意して!」

 

「は、はい!」

 

あまりに酷いしのぶの様子に珍しく焦るカナエ。

これはまずいとアオイも必死の顔つきで布団の用意をし始める。

しかし寝不足空腹頭痛に軽い脳震盪と、いったいどこからどう手をつければ分からない。

カナエもまずは2人を引き離すことが先決かとアタフタとしていたのだが……

 

「んぅ」

 

「………っ!?」

 

「雪那ちゃん!?」

 

突然雪那がしのぶに接吻したことによって事態は更に混沌と化した。

 

「ゆ、ゆ、ゆ、雪那ちゃん!?なななな何してるの!?」

 

「!?!?!?!?!?」

 

「んぅ……」

 

困惑するカナエ、混乱するしのぶ、呆然とするアオイ、無表情のカナヲ。胡蝶姉妹のファーストキスが雪那によって両方とも奪われた瞬間であった。

 

 

(……あれ、けどそういえば)

 

 

ファーストキスという単語にカナエはふと思い出す。

そういえば自分が雪那にキスをされた時、いったい何が起きたのかと。

 

(あの時は確か息が出来ないくらい傷ついた肺が修復されて、全身の傷や疲労も回復して……ってことは、もしかして?)

 

「っ!?っ!?」

 

今も顔を真っ赤にして力の無い手で雪那を引き離そうとしているしのぶであるが、彼女の顔をよく見ると段々と悪かった顔色が戻り始め、クマも薄くなってきていることが分かる。

段々と雪那を引き離そうとする力も強くなってきており、そしてその反面、雪那の力はどんどん弱くなっていく。

 

「しのぶ!ストップ!ストーップ!」

 

「!?」

 

姉の突然の叫びに一瞬『裏切られた!?』と驚愕したしのぶだったが、一瞬だけ冷静になったこともあって直ぐに気付くことができた。

つい先程まであれほど辛く感じていた眠気も、痛みも倦怠感も、朦朧としていた意識すらもマシになっていて、こうして頭で冷静に考えることもできるようになっていることに?

 

「ん……」

 

「えっ、雪那!?」

 

自分が上半身を上げると共に崩れ落ちる雪那の身体、しかしそれをカナヲが素早く慣れた身のこなしでサッと受け止める。

よくよく見てみると彼女は寝息を立てており、顔を青くさせ、力なくグッタリとカナヲに身体を預けているのだから、立場がすっかり逆になっているというもの。

 

「い、いったい何が……」

 

驚愕の出来事の連続に、しのぶは完全に混乱していた。

 

 

 

 

 

カプリ、と眠った雪那に指を噛ませるカナヲ。

するとみるみるうちに顔色を戻していく雪那と、フラッと頭を揺らして雪那の横に倒れ込んでしまうカナヲ。

そんな世にも不思議な光景を見ていた胡蝶姉妹は(この2人はいつもこんなことをしていたのか……?)という疑問も持ちつつ、この現象の分析をしていた。

 

「つまり、雪那が口経由で受け渡しをしてるのは人間の生命力ってこと?姉さん」

 

「生命力というのも曖昧な定義だけれど……致命傷を負った私を治したり、しのぶの寝不足、疲労、頭痛その他諸々を一瞬で緩和させるなんて、そうでもないと説明できないじゃない?」

 

「じゃあカナヲが今やったのは……」

 

「自分のものを分け与えたんじゃないかしら。雪那ちゃんは食も細くて身体も強くないのにとっても頑張り屋さんだし、もしかしたら時々同じようなことをしてたりして」

 

「そうなの?カナヲ……?」

 

「………」

 

しのぶの問い掛けに布団の上に倒れながらもカナヲは一度だけコクリと頷く。

 

カナエの一件から雪那が他人に口経由で何かを分け与えることができるということは分かっていたが、実際にこうして目にしたことは無く、どころか今日まで2人はそのことをすっかり忘れていたため話題にも上がらなかった。

雪那の持つ様々な不思議な体質を最も理解していたのは、カナエでもしのぶでもなく、カナヲであった。そもそも体力が少なく身体の弱い雪那が連日継子としての鍛錬を繰り返し続けることなど、本来ならば不可能だったのだ。それでもこれまで続けて来られたのは、自身の体力の少なさを時々こうしてカナヲにカバーして貰っていたからで。

 

……まあ、それについてもカナヲは特に今2人から聞かれている訳でもないので特に説明することもなく、この事実が周囲に伝わることは一切ないのだが。

 

「それにしても、まさかカナヲまでしのぶに抱き付きに行くなんて思いもしなかったわ。やっぱり少しずつ自主性が生まれてきているのかしら」

 

「それに関しては私もビックリよ。なあに?カナヲも私に甘えたかったの?」

 

 

 

「……ん……」

 

 

 

「「………」」

 

まるで雪那の様に小さな返事。

けれど間違いなく、カナヲが自らの意思で、自らの言葉で示した甘えの言葉。

そのたった一言を聞いただけで、カナエとしのぶの心がどれだけ満たされたことか。

 

そしてきっとそれも、彼女が雪那と関わる様になったことが与えた小さな影響で……

 

「「カナヲ!!」

 

「っ!?……!?!?」

 

蝶屋敷に来て以来、こんな風に胡蝶姉妹揃って抱き付かれたことのなかったカナヲは、珍しく表情に出してしまうくらいに……困惑した。

 




カナヲは実質的に2人分の体力をまかなっているため、どんどん体力がつき、回復力も早くなっていきます。
一方で雪那はカバーをしてくれるカナヲのためにも必死に頭を使って効率を追求し、どんどん技術と知識力を上げながらカナヲのサポートを充実させていきます。

その結果、本編開始前の段階でカナヲが常中を学び始めました。
雪那ちゃんは体力が無いのでキツイです。

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