「胡蝶!」
「冨岡さん!炭治郎くん!」
しのぶが数多の鬼に襲われていたところを偶然に義勇と炭治郎が発見し助太刀に入った。
3人とも無残の前からこの何とも分からない不可思議な城に叩き落とされたのだが、今の今までそこまで強力な鬼と遭遇していない。
いくら下弦の鬼程度の力が持たされているとは言え、知能もなければ経験もない者達だ。そんな愚物が何匹居たところで柱の敵ではない。
……とは言え、無残の目的はあくまでそれ等を使った消耗戦。それにまともに付き合えば付き合うほど敵の思い通りなので、出来る限り楽に切り抜けたい。
四方を塞がれていたしのぶにとって、2人の助太刀は本当にラッキーな事だった。
2人が加わったことで殲滅速度は一気に上がり、あっという間に鬼の集団は灰と化した。炭治郎と義勇の連携もここに来て精度がかなり増してきていた。
「……ふぅ、助かりました。お二人だけですか?」
「ああ、他の隊士は見ていない。出口も見当がつかず、上弦や無惨の手掛かりもない。ただこの城が何者かの意思によって意図的に動いているのは間違いない」
「こちらも似たような状態です、何の手掛かりも得られていません。水に浸った如何にもな部屋も見つけましたが、そこには氷に閉じ込められた女性達が居ただけでした。恐らく上弦の弐の仕業だとは思いますが、本人はそこに居らず」
「……とにかく走りましょう!立ち止まっていても分断されるだけですから!」
炭治郎のその言葉に義勇としのぶは頷く。
上弦の鬼を倒すには柱が3人以上は必要だ、今の炭治郎ならば柱1人分の働きはしてみせる。
味方が多くなった今、ある程度は大きく動ける筈だ。
(……まあ、上弦の弐に関しては正攻法で挑めば3人どころか柱が5人居たところで勝てるかどうか分からないけれど)
上弦の弐の出すあの自信を象った氷の像。
あれ一体で本体と同等の力を持ち、常に情報を更新、共有し続けるという恐ろしいものだ。
あれを封じるか数で勝らなければこちらに勝機はまず無い。
本体自身も目で捕らえられないほどの速度を持ち、肺を攻撃する冷気や建物くらいの大きさの巨大な氷像を作ることもできる。
しのぶは間違いなくあの鬼を倒すことこそが、この戦いの大きな別れ目だと感じていた。
「……っ!義勇さん!この先に誰かが居ます!」
「他の隊士か!?それとも……」
「鬼です!それも……煉獄さんと戦っていた上弦の参: 猗窩座です!」
「っ、上弦の参……!」
しかし、しのぶがそう感じていたのは彼女が童磨と一度直接戦って知っているからであり、煉獄からすれば間違いなく上弦の参との戦いこそが勝負の分かれ目だと言うだろう。
敵の戦力は上弦の壱、弐、参、そのどれもが化け物で、これまでの上弦の鬼と比較しても別格であることは間違いない。
特に上弦の壱は今もまだ未知数だ。
あの童磨より上だと考えると頭が痛くなるが、今はそれどころではないとしのぶは頭から考えを振り払う。
「来るぞ!離れろ!」
「はい!!」
扉が凄まじい衝撃波と共に吹き飛ぶ。
廊下ごと破壊するような勢いに、3人は全力で近くの部屋に飛びこみ、なんとか難を逃れた。
巻き上がる煙埃に1つの人影が浮かび上がる。
その影を、この場の炭治郎だけが知っていた。
煉獄を真正面から打ち倒し、雪那との対話によって一瞬ではあるが無惨への反抗心を見せた上弦の鬼。
その鬼が今日までどこで何をしていたのか、それは全く分からなかった。
だが、その男は確かに今目の前にいる。
何を考えているのか分からない表情で、眉を潜めてこちらを睨み付けている。
「……余計な言葉は必要無い、つべこべ言わずにかかって来い」
術式展開
「……炭治郎、俺とお前で斬り込む。胡蝶、隙をついて援護を頼む。攻撃よりも生き残る方向でだ」
「分かりました。炭治郎くんも気を付けて下さい、以前と同じとは限りませんから」
「は、はい!」
「もういいだろう、纏めて吹き飛べ」
破壊殺・乱式
圧倒的な破壊の塊が、3人を丸ごと覆い尽くした。
「義勇としのぶ、炭治郎が上弦の参と接触した。周囲から隊士を遠ざけて、加勢に回れそうな人員は」
「居ません」
「上弦の参は3人に任せる。他に上弦と対峙しているのは」
「我妻隊士が上弦の陸と」
「時透隊士と悲鳴嶼隊士が上弦の壱と」
「更に近くに不死川兄弟が来ています」
「想定よりも柱達の連携が取れています」
「言われずとも2人1組で居る事を重視しているようです」
「それは良い知らせだね、雪那の訓練はやはり無駄では無かった。……それで、その肝心の雪那の居場所は?」
「以前不明です」
「ただし、大凡の予想は付いています」
「柱達の場所から遠く離れた地点に凄まじい冷気に包まれた空間を発見」
「恐らく上弦の弐と共にその中心部に居るかと」
「鴉が奥へと近付けない為、それ以上の情報はありません」
「栗花落隊士と嘴平隊士が比較的近い場所に居ますが、冷気によって救出はまず不可能です」
「………っ。カナヲをしのぶ達の元に、伊之助を無一郎達の元へ急がせるんだ。現状把握している鬼はその戦力で対処する。小芭内と蜜璃は城の主を探しつつ予備戦力として待機、突破した場所から無惨の所へ急がせる」
「承知しました」
「雪那隊士は……」
「……鴉達に一枚でも多く眼を撒くようにつたえるんだ、情報が足りない」
「……はい」
本来ならば雪那も避難する筈だったその家の下で残された産屋敷の子供達が新たな頭として懸命に働いていた。
鴉と眼を使い、情報を逐一更新記録しながら常に最適な行動を示し続ける。
彼等が一歩でも間違えればそれはこの戦局自体を大きく相手側に傾けてしまうことになるほどの重大な役割だ。
未だ子供の身でありながら家族を失った直後に鬼殺隊士全員の命を左右する立場に立たされながらも十分以上の働きを見せている彼等は、それこそ誰よりも称賛されるべきなのかもしれない。
実際、現状はかなり優勢だ。
上弦の鬼達に対してそれぞれに十分な人数の戦力を用意できているし、柱達の連携も強まっている。加えて相手側はこちらを無理矢理分断する様な焦った行動も多く、無惨も珠世から受けた薬を分解するために今は動くことができない。
上弦の鬼と一人で戦うことになった善逸の所にも頼りになる味方を向わせている。
それこそ、ある一点を除けば全てが順調に進んでいた。
(どうする、どうすれば雪那を助けられる……鴉が僅かに踏み込んだ瞬間に凍死する異常空間だ、その中心部に人間が入れる筈がない。周囲に鬼が居ないことを考えると、鬼ですらあの場所には立ち入ることができないのだろう。入れない以上は外部から間接的に干渉するしかないが、城が入り組んでいて正確な場所が掴めない。そもそも送り込める人員が居ない。どう考えてもどうしようもない)
今、隊士達は必死になって自分達の役割をこなしている。
そんな中で産屋敷輝利哉の役割は確実にこの戦いに勝利できる采配を行うこと、そしてその被害を出来る限り減らす策を立てることだ。
とは言え、どちらを重要視すべきか問われれば間違いなく勝利を優先することに他ならない。ここで勝てなければ全ての犠牲を無駄にしてしまうことになるのだから、勝ち以外は絶対に許されない。
父が家族ごと屋敷を爆破した様に、時には非情と思われる様な判断も必要だ。
全ては鬼舞辻無惨を倒すために……
(……正直に言えば、今こちらに上弦の弐を相手にする余裕は無い。雪那が上弦の弐を少しでも引き付けていてくれるのなら、こちらの立ち回りが楽になるのは事実だ。今もたくさんの隊士達が命をかけている、雪那一人のために大勢を危険に晒すのも違うと分かっている。産屋敷の当主として、隊士達の命を預かっている身として、ここは雪那を見捨てることが正しい判断だ。……けど)
母のあまねは常々語っていた。
雪那としのぶの2人は多くの隊士達の悲しみと死を見てきた産屋敷にとっての救いであると。彼女達には鬼の呪縛から解き放たれ、人としての幸福を掴み取って欲しいと。
父の耀哉はずっと願っていた。
無惨を倒した時、隊士達は自身の宿命を遂げ、新たに人としての自分と向き合うことになる。その時、人としての幸福を掴んだ彼女達の姿が他の隊士達にとっての道標となることを。
確かに雪那はこのままでは近いうちに死を迎えるだろう。
だが、今上弦の弐によって命を落とすか、それとも親しい者達に見守られながら息を引き取るのかでは何もかもが違う。
ここで彼女を見捨てて勝利を得たとして、その先に続く未来は本当に自分が望んでいるものなのだろうか。
鬼に対する勝利に喜んでも、その後に雪那の死を知ったしのぶの姿を見て、本当に隊士達は鬼の呪縛から逃れられるのか。
そんなことは無理だ、無理に決まっている。
打つける先の無くなった怒りと憎しみは彼等の中でただただ大きくなり続け、きっとしのぶは壊れてしまうだろう。
そんな勝利を本当に自分は望むのか?
それは本当に勝利と言えるのか?
鬼舞辻無惨を倒すことだけが本当に勝利の条件なのか?
命の価値は平等だ。
この戦いでもう命を落としてしまった者もいる。彼等と雪那の命の価値を分けるのは絶対に違う。
だが、それでも、諦めていい命も平等に無い筈だ。
(頭を回せ、情報を纏めろ、型にはまるな、視野を広げろ……!私は、僕は、そんな勝利に納得なんかできない……!)
考える、考える、必ず何処かに突破口がある。
妹達と柱達の頑張りもあり、今なら思考に割ける余裕がある。
貪欲でいい、欲張りでもいい。
確かに手を広げ過ぎれば本当に大切なものが擦り抜けることは往々にしてある。
けれどそれならば、その穴を埋めるくらいに自分が頭を使って優れた策を作ればいい。多くを救える様により思考と努力を積み重ねればいい。
「くいな、かなた、少しの間情報の整理をお願いしてもいいかな」
「!……わかりました」
「こちらはお任せ下さい、存分にご思考を」
「うん、任せたよ」
産屋敷輝利哉は父の耀哉に代わり、新たに鬼殺隊の隊士達の父となった。
だが、その在り方まで耀哉と同じものである必要はない。
彼は彼の意思で、思いで、彼等の父となればいい。
(死なせない、死なせてたまるものか……一人でも多く、一人でも無事に、絶対に皆を助けてみせる)
彼は間違いなく、立派な産屋敷の男子であった。