胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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72.氷の世界

「胡蝶!」

 

「っ、冨岡さんと炭治郎くんは先に!あの鬼は私達で追います!」

 

「だが……!」

 

「行きましょう義勇さん!猗窩座はもう大丈夫です、俺もそう思います!」

 

「無惨が復活する前に!急いでください冨岡さん!」

 

「っ、分かった。行くぞ炭治郎!」

 

「はい!」

 

突如として崩壊しかかった身体を再生させ、凄まじい破壊と共に壁に空けた大穴の向こうへと飛び去って行った猗窩座を見て、カナヲとしのぶは即座にそれを追った。

義勇も反射的に追い掛けようとしたが、それを炭治郎とが引き止める。

猗窩座がこうまでして復活した理由が、炭治郎にはなんとなく分かっていたからだ。

そしてきっと、もしこの場に彼女が居るのならば、追い掛けようとする自分を咎める筈だ。

"炭治郎には他にするべきことがある"と。

それを押し切ってまで彼女を助けに行くほど炭治郎も周りが見えていないわけではないし、周りが見えないほど取り乱してはいるわけではない。

少しでも状況を良くするために、彼等は心を押さえつけ、無茶を承知で戦力を分ける。

 

「……城の形が」

 

「あの部屋を残して、大きな広間の様になっていますね。童磨の存在は敵側からしても厄介だということでしょうか」

 

猗窩座が残した穴を2人が進んでいくと、周囲の風景がどんどん変わっていくのが分かった。

遠くの方で真っ白に染まった部屋を一つ残し、その他の部屋は逃げる様にして離れていく。

敵の本拠地であるにも関わらず、これでは敵同士で争っている様なものだ。

それも、あの猗窩座という鬼は感情的に動いている様に見えたのに、この城自体はその彼に従って動いている様に見える。

だとすれば、この状況をどう考えればいいのかしのぶは迷っていた。

 

雪那を童磨から救い出すために首の弱点を克服した猗窩座。

一見これはこちらに有利な状況に見えるが、敵の本拠地たる城がその行動に従って動いているということは、この場合、敵勢力にとって都合の良い動きをしているのは猗窩座ということになる。

これではもしこのまま童磨を倒すことができたとしても、弱点の無くなった猗窩座が雪那をそのまま無惨の元へ奪い去ってしまう可能性があるというわけだ。

決して楽観的に今の状況を見ることはできない。

 

しのぶがそう考えながら暫く走っていると、2人はようやく長く続いた穴を抜けた。

そこから目的の部屋まではまだかなりの距離があるにも関わらず、既にこの場に居るだけで息が白い。

あの山に行ってから大分寒さに強くなったしのぶでさえも肌寒さを感じるのだから、更に近付くとなれば本当にどうなるか分からない。

 

「どうすれば……っ!?」

 

そうしてしのぶが頭を回し始めた時、突如として上空から凄まじい轟音が鳴り響いた。

複数の高速の連撃音、上空から地上に突風を巻き起こすほどの威力、それ等を引き起こした者は先程嫌というほど見たしのぶならば直ぐにでも分かる。

 

脚式 流閃群光

 

降り落ちてくる氷の散弾、2人から離れた位置にそれらは凄まじい勢いで着弾する。

そして同時に地上に落ちてくる上弦の参: 猗窩座。

彼の目は今尚、遥か彼方の氷漬けの部屋を見詰めている。

 

「……下がっていろ、次が来る」

 

「次?」

 

「……なるほど、あれですか」

 

猗窩座の見つめる先から現れた五体の氷人形。

それが何なのか、2人はよく知っている。

かつての義勇をたった2体で完封した、本体と同等の威力の技を放つ小さな化け物達。

それが5体もまとめてこちらへと走ってきている。

そしてしのぶは気付いた。

先程上空から降り注いだ氷の散弾は、猗窩座によって見事に破壊されたこれ等であったのだと。

 

血鬼術 散り蓮華

血鬼術 蓮葉氷

血鬼術 寒烈の白姫

血鬼術 蔓蓮華

血鬼術 冬ざれ氷柱

 

5種の凄まじい威力の技達が、様々な形状を伴って3人の元へと殺到する。

どれもが直撃すれば必殺の一撃、即座に行動を止められ、身体を損壊させられ、肺を破壊され、剣士どころか人としての生涯を終わらせるほどのものだ。

……だが、

 

「今の俺を人形遊びで止められると思うなよ、童磨」

 

破壊殺 狛式 錦銀冠(にしきぎんかむろ)

 

そんな必殺の技の複合体は、猗窩座のより凄まじい密度の衝撃波によって粉雪のごとく消し飛ばされた。

まるで空間ごと破壊しているのではないかと思うほどの威力の衝撃、1発すらも目で追うことが叶わない。

氷人形達もまた、何が起きているのか理解出来ずに空中で一瞬停止した。

そしてその隙をこの武人が逃す筈がない。

 

破壊殺 狛式 千輪群声(せんりんぐんせい)

 

たった1発の突き、しかしその一撃が正面の一体から周囲の四体にまで連鎖し、広がる様な凄まじい破裂音と共に全ての氷人形が崩壊する。

最早氷人形では猗窩座の足止めにもならない。

それがここに証明されていた。

 

いくら戦闘知識を蓄え共有することのできる末恐ろしい氷人形であっても、知覚できない速度で破壊されてしまえば、その成長は見込めない。

成長どころか、体力の無駄遣いでしかない。

割りに合わない。

それに童磨も気付いたのか、更に5体が破壊された時点で氷人形が出てくることは無くなった。

 

結局、引きこもっていれば猗窩座とて中心部には近づけないのだ。

いくら氷人形をけしかけても一定の範囲以上近付いてこないのがその証拠だ。

例え氷人形から戦闘に関する情報が得られなかろうが、童磨にとってもっとも知りたかったそれを知ることができたのならば問題は無い。

 

「お前ならばそう考えるだろうな」

 

その言葉と共に、これまでとは比べ物にならない凄まじい闘気が猗窩座から放たれる。

右手の拳を抱える様にして構え、この広い空間が震えるほどの凄まじい威圧感が周囲を包み込む。

その視線の先には当然あの氷の城があり、カナヲとしのぶは殆ど本能的に猗窩座から距離を取った。

しのぶは猗窩座の圧倒的な攻撃力を知っているが、これはもうあの時とは次元が違う。

それに気付いたのか童磨が咄嗟に再度氷人形をこちらへ走らせたが、もう遅かった。

焦ったかのような童磨のその行動に、猗窩座は明らかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「……そうか、守るものがあるだけで俺はここまで変わるのか」

 

 

 

破壊殺 狛式 昇銀龍輝光桃芯(のぼりぎんりゅうきこうとうしん)

 

 

 

五感全てを奪い去る様な破壊の嵐が世界を覆い尽くした。

 

 

 

 

爆音、爆風、閃光、衝撃波。

猗窩座がその瞬間一体何をしたのかは、無惨を含めても誰も理解することは出来ないだろう。

この冷気を熱気に変えるほどの爆発と、足が浮き上がる程の空気の嵐。

目を焼く様な光の筋は遠く離れた氷の城の一点を貫き、その熱と共に崩壊する。

カナヲがその目で視界を遮る蒸気と煙埃の遥か向こう側に捉えたのは、右の半身を吹き飛ばしながらも仇敵を押さえ付ける猗窩座と、その身体の8割を消し飛ばされながらもボロギレの様になった口を確かに動かしている童磨の姿だった。

そしてそれを見てカナヲは確信する。

あの瞬間、童磨もまた咄嗟に何かしらの防御手段を取り、自身が完全に消し去られるのを防いだのだと。

そうでなければあの攻撃を受けてほんの欠片でも身体が残る筈がない。

 

「っ、雪那!」

 

「はっ、そうだ雪那……!」

 

あの瞬間、咄嗟に自分を地面に押し倒したしのぶの悲鳴の様な叫びを聞いて、カナヲもまた立ち上がった。

その衝撃のあまり猗窩座の動向ばかりを気にしてしまっていたが、童磨の近くには雪那も居た筈だ。

茫然と一点を見つめるしのぶの視線を追う。

そこには全てが氷解し倒壊した残り跡があった。

そして煙の中でも光を反射する大きな影が一つ……あの熱量の中でも微量たりとも液体に変化せず、どころか再度冷気を放ち始め、徐々に周囲へ氷を張っていく巨大な氷塊。

雪那はその中で胎児の様に身体を丸めながら眠っていた。

 

「雪那!!」

 

「駄目です!師範!今行ったら師範まで凍らされてしまいます!!」

 

「なんで!なんで雪那から冷気が出てるの!?童磨の仕業じゃなかったの!?起きて、起きてよ雪那!離してカナヲ!!」

 

「絶対に駄目です!!」

 

しのぶの取り乱し様は異常なものだった。

だが、彼女からしてみればそれは当然の話だ。

氷の中に囚われている雪那の顔に苦痛の表情は見られず、本当にただ眠っている様な顔で微動たりともしない。

だが、そんな彼女自身から先程まで周囲を覆っていた凄まじい冷気が放たれており、童磨と猗窩座が居る場所にはそれは存在しないのだ。

雪那に何かしらの異変が起きているのは間違いないし、その状態に関してしのぶの頭には見たその瞬間から存在を主張し続けている最悪な知識があった。

 

"成熟した雪女は周囲を自然と凍て付かせる程の冷気を放出する。しかし、現在の雪女は雪女として成熟する前に人としての死を迎える。結果、雪女の死体は冷気を放つ氷塊となるため、必ず彼等の住む山奥へと埋葬しなければならない"

 

今の雪那の状態は、正にその通りの有様であった。


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