胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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75.団結の力

破壊と氷風の嵐が空間を覆う。

このあまりに大きな空間を中央部から凄まじい冷気が凍て尽くし、一方で端1辺では化物二匹が破壊の限りを尽くしているのだから、周辺の部屋や廊下すらも時間と共に崩れ落ち始めている。

そんな中でも何も手を出すことができず呆然と立ち尽くすことしか出来ないのがカナヲとしのぶの2人だった。

 

「師範……」

 

「…………」

 

しのぶの目線の先には今も白銀の世界を広げ続けている氷塊がある。

あの場に飛び込むのは不可能で、突入する方法すら思い付かなくて、突入したとしても助ける方法が思い付かない。

今この城に居る筈の柱達の誰の力を借りたとしてもどうにもならないのは間違いない。

必死になって頭を回してもあの場に突入できるのは実績もある猗窩座のみなのに、その猗窩座でなければ抑えられない敵もまたここに居るのだ。

柱であるしのぶが何も出来ることなど無いにも関わらずここにただ立っているのが間違っていることだって分かっている。

何かしたいのに何かしないといけないのに、何もすることができない。様々な感情と状況がしのぶを責め立て、彼女の内心は焦燥に満ちていた。

 

「胡蝶!」

 

「っ、不死川さん?どうしてここに……」

 

「輝利哉様……いや、お館様からのご命令だ。あのクソ生意気なガキを引き剥がす、テメェはどうすんだ?」

 

「ほ、方法があるんですか!?」

 

「んなこと聞いてねぇ。やるのかやらねぇのか聞いてんだ、それだけ答えてさっさと立て」

 

そんな彼女の元に真っ先にやってきた隊士が他ならぬ不死川実弥であったのは、もしかしたら最良の偶然であったかもしれない。

胸部を含め複数の怪我を負いながらも自身で自力で粗雑な手当てを行い、ここに来るまでに見かけた複数の隊員を連れてこの場に降り立った不死川。

彼はここに立った瞬間にこの場にで起きている全ての出来事を把握すると同時に、表情を大きく痙攣らせる程にこの絶望的な状況の深刻さを察した。

 

つい先程まで複数の柱と有望な隊士達と共に挑み、なんとか討伐に成功した上弦の壱。

だがここにはその上弦の壱すら超越しているのではないかと思ってしまう程にまた次元の違う鬼が争っている。

そしてその片方が行使している冷気より遥かに殺傷力の高いものを吐き続けているのが彼もよく知っている雪那だったのだ。

彼は胡蝶しのぶという女がその少女をどれほど大切に思っているのか知っていたし、その関係を今では自身の弟と重ねて見えてしまう。

 

だから彼は胡蝶しのぶに対してまず最初に決断を迫った。

余計な思考をさせることなく、ただ行動をさせる。

思考を働かせることは悪いことではないが、行動を止めてしまうほどの思考など邪魔なものでしかない。

それよりは行動を引き起こす感情の方がよっぽど有益だ。

胡蝶しのぶは確かに賢人ではあるが、感情の扱いに関しては不死川実弥の方がずっと長けている。

そんな彼が誰よりも先にこの場に現れたのは、やっぱり胡蝶しのぶにとってなによりも僥倖だったのだ。

 

「……やります!私は何をすれば!」

 

「あァ、今からこの城中の隊士共がここに来やがる。それから……」

 

雪那救出のための作戦は順調に進んでいく。

 

 

 

 

 

凄まじい速度と威力を持って振り払われる数多の管による攻撃、それは1発1発が直撃すれば致命的なものである上に、目で捉えることは当然、炭治郎達の持つ透き通る世界であっても完全に見切ることができない。

9もの数の管はその動きを無惨の背部のみによって操作され、威力だけではなく、掠っただけでも致命傷になり得るのだ。

それはこの場に現れた彼等が戦闘を始めた瞬間に未だ生存を続けていた珠世が叫んだ。

故に、この戦いはどれだけの人数を揃えても一方的なものになる、そう無惨は確信していた。

それを知ったところで、所詮ただの人間にこれから生き延びる方法など無いと思い込んでいたからだ。だが……

 

「炭治郎!」

 

「いくよ!」

 

「はい!」

 

水の呼吸 拾壱ノ型 凪

霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

「空を見ろ!間を縫え!即時撤退徹底!」

 

「分かってらァ!」

 

岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部

獣の呼吸 玖ノ牙 伸・うねり裂き

 

「攻めるな!引くな!今を保て!」

 

「勝とうとしない!隙を突かない!終わらせない!」

 

「目を顔を底を見ろ!ただ見て探せ!理解しろ!」

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

霞の呼吸 弐ノ型 八重霞

岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚

 

「っ!伊之助!」

 

「見えねえけど感じてるぜ!」

 

ヒノカミ神楽 火車

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

「チィッ、面倒な……!」

 

義勇、炭治郎に続くようにここに現れた行冥、無一郎、伊之助の3人。

それぞれに負傷をしており、無一郎に至っては片手を失っていた。

そんなもの等を相手に本気を出すまでもない、1人では上弦にすら勝てない者達が頭数を集めたところで自身に抗えるはずもない。

そう思っていたにも関わらずこのザマだ。

 

完成された肉体と熟練された技、そして視界の代わりに鋭敏な感を用いて立ち回る痣を発現させた最強の隊士である行冥。

人間離れした動きと行動指針に加え、その鋭敏な触覚を雪那の訓練によって更に鍛え上げ、透き通る世界の代わりにそれ単体で猗窩座の用いる羅針の如く自身への脅威を掴める程まで成長した伊之助。

そして、既に透き通る世界を会得し、雪那の訓練によって熟練し、自身の祖先であり剣士としての一つの完成形でもあった黒死牟との戦闘で更に一つ段階を登った無一郎。

 

行冥は純粋に強い。

それは黒死牟も認め、戦国の剣士に匹敵する程のものだ。

伊之助は特異な強さを得た。

彼の強さは彼だけのものであり、その強さは彼にしか無く、誰にも理解できない。

無一郎は人の域を超え始めた。

才と環境、人と経験を抱き、最大の壁を乗り越え、彼は着実に黒死牟ですら辿り着けなかった世界へと足を踏み入れていく。

 

鬼舞辻無惨がこれほど心乱されているのは、それが原因だ。

かつて自分を死の淵まで追いやった男と同じ技を使う炭治郎。

そしてその男と似た雰囲気を纏い、一振りごとにその男の剣筋に近付いていく無一郎。

 

なにより、そんな彼等を陰から支えていたのが冨岡義勇であった。

彼の力量はただ上に上にと伸ばされたものではなく、基盤から着実に、そして堅実に積み上げられたものだ。

天才ではない、特別な才や感覚も無かった、そんな彼だからこそ誰よりも雪那が伝えた"周囲を知り、識ること"を万全に使い熟す。

主役にはなれないし、主力にもなれないが、それを受け入れ、それでも立ち上がって来た彼だからこそ、この場の誰よりも無惨にとって厄介な相手となっていた。

自分以外の4人にとって最も厄介で困難な攻撃を、無惨が破壊を確信した確信の一撃を、尽く彼等に届く前に叩き潰す。

その隙の無い盤石な強さは、無惨にとってあまりに目障りで仕方が無い。

 

(……面倒だ、脚部の8本も加えて竈門炭治郎のみを狙うか。この管は背部のそれよりも更に速い、初見で見切ることなど出来ん)

 

とは言え、無惨は人間の脆さを知っている。

今この瞬間、勢いに乗っている今だからこそ、たった1人の死がその全てを殺す材料となってしまう。

いくら強い力を持っていたとしても所詮は人間、どれだけ強かろうとも心がある限り必ず動揺に隙は生まれる。

 

「引いて躱してまともに戦う気が無いのならば無理矢理にでも引き摺り出してやろう!」 

 

「っ、炭治郎!!」

 

「無一郎くん!」

 

「炭治郎!合わせる!」

 

霞の呼吸 漆ノ型 朧

ヒノカミ神楽 幻日虹

 

回避行動に特化した足運びにより、残像によるかく乱効果を持つ高速移動を行うヒノカミ神楽 幻日虹。

そして時透無一郎が霞の呼吸の中でも自身で編み出した漆ノ型 朧。まるで周囲が濃い霞に覆われた様に幻視してしまう程の技であり、様々な技術を応用することで不意打ちと撹乱を正面から向き合った状態からでも行えるという義勇の凪と同様に非常に再現の困難なものだ。

 

2人が互いに撹乱を得意としたこれ等の技を持っていることを知ったのは、雪那の訓練が終わった後の帰り道であった。

ちょっとした会話から発展し、それならばこの2つの技を組み合わせたりしてみれば面白い事になるのではないか?そんな単純で、けれどこうして互いのことを話す間柄になったからこそ実現したものであった。

 

「「"朧日"……!」」

 

「バカなっ!?」

 

無惨の放った17本もの管による超高速連撃が全て空を切る。

当たったはずの、当たった様に見えたにも関わらず、その1本にまでまるで手応えは無く、避けられる筈の無い攻撃を避けられた。

無一郎と炭治郎の姿がまるで分身でもしたかの様に複数に分かれ、その全てがそのまま無惨の元に走り寄る。

 

「その程度の速度で……っ!?」

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み

 

「全ての管を一箇所に纏めたのは」

 

「馬鹿かよテメェは!!」

 

炭治郎が居たはずの場所に集まった17本全ての管を2人がタイミング良く切断する。

元々の延長で考え薙ぎ払った管達は全てが元の半分程の短さになったが為に、どれも炭治郎や無一郎に届くことなくまたもや空振りをした。

いくら速度があるとは言え、2度の空振りは流石に笑えない。それだけの時間があれば2人は無惨の元まで来れてしまう。

 

(竈門炭治郎だけならばまだしも、こいつも加えた斬り合いは不味い……!衝撃波を使うしか……っ!)

 

一瞬、その一瞬の躊躇が彼にとっての命取りだった。

この場で唯一遠隔からの攻撃が出来る者。

そして全くの死角から敵を叩き潰すことができる者。

他があまりに異様な者達だったばかりに、無惨の意識から自然と影が薄くなっている者が居た。

彼こそが鬼殺隊最強の位に座る男だと言うのに。

 

岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

「しまっ……!」

 

それはただの陽動だ。

無惨が何かをしようとしていたのかなど想像はついていなかったが、それでも2人の攻撃を確実に無惨に当てる為に最高のタイミングで悲鳴嶼行冥が放った一撃だ。

そして無惨は耀哉を殺した直後にその一撃を受けて頭を吹き飛ばされていた経験があったからか、その技に対して必要以上に警戒をしてしまい、何よりその技を避ける様に動いてしまった。

 

「その首……!」

 

「ここで貰う!」

 

ヒノカミ神楽 灼骨炎陽

霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消

 

「貴様等ァァア!!!」

 

直後、無惨の持つ全ての管を根本から切り飛ばされた。




次号、反撃開始……!!

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