胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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76.集う力

「っ、鳴女ちゃんが死んじゃったみたいだね」

 

「直ぐに貴様も跡を追うことになる」

 

「え〜、鳴女ちゃんは俺が追うよりも無惨様が追ってくれる方が嬉しいんじゃ無いかなぁ?ほら、あの子も俺のこと嫌いみたいだったし」

 

「貴様を好む人間など居るか!!」

 

破壊殺 狛式 昇龍万華鏡

血鬼術 霧氷・春裂の氷龍

 

足場が崩れ、徐々に浮き上がるその空間の中で、頭部だけでも成人男性程ある巨大な氷龍とそれを凄まじい速度で殴り削る男の姿があった。

城の浮かび上がるよりも早く上へ上へと昇っていく。

そしてその現象に巻き込まれているのはこの2人だけでは無い、雪那を救う為に一堂に集められた者達もまた凄まじい地形の変動から生き残ろうと足掻いていた。

 

「気張れよテメェ等ァ!んなくだらねぇことで戦力削る余裕は無ェからなァ!」

 

「は、はい!」

 

「ぬぁぁぁ!床や柱に捕まれええ!!」

 

「生きて帰る生きて帰る生きて帰るゥゥ!!」

 

「玄弥ァ!上見ろ!上ェ!」

 

「うわぁぁ!ありがとう兄ちゃん!」

 

「うるせェェェェ!!」

 

「なんで!?」

 

黒死牟との戦いを経て2人の間に立ち塞がっていた壁は破壊され、互いにその本心を知ることができた不死川兄弟。

しかし、兄の実弥の中にはまだどうしても気恥ずかしさが残っていたり残っていなかったり……それもそのうち実弥の陥落という形で取り払われることは誰もが分かっている。

故にそんな2人を見て微笑ましそうな顔をして床や柱にしがみつく者達も居た。

 

だがその一方で、今もまだ最大の問題が少しも解消できていないカナヲとしのぶは、この荒れの中でもただ只管に童磨や猗窩座と同様に破壊の進む城の中を登っていた。

そしてついに、それまで目には見えなかった巨大な城は、ようやく地上にその一端を見せる事となる。

 

「出た……!」

 

「っ!胡蝶、カナヲ女子!」

 

「煉獄さん!炎の使い手をあちら側に!雪那には絶対に近付かないで下さい!今の倍は距離を取る様にお願いします!」

 

「よもやそれほどの……!あい分かった!残りの隊士達の指示を頼む!」

 

「はい!」

 

童磨と猗窩座に続いて地上に現れたしのぶ、そして丁度その近くに父親に支えられながらも立っていた煉獄杏寿郎が猗窩座の存在に一瞬気を取られながらも即座に情報の交流を行い、行動に移す。

炎の隊士達が北側に、風の隊士達が南側に、そしてその他の隊士達は各々の呼吸の種別ごとに集まり、その後ろに付いている。

それぞれの呼吸毎に色分けされた旗を持った指揮者の元に、地上に出てきた者達もまた即座にその旗の下へと走った。

たった1人の少女を助ける為だけに、彼等はこうして手を取り合っている。

 

「上弦の鬼には絶対に勝てないし!その親玉とか話にならないし!けどそんな俺でも役に立てる!やってやるぜ!」

 

「ってか美人の女の子を助けるのに理由なんていらないだろ!それにあわよくば!あわよくば……!!」

 

「最低だな。テメェ白い幽女様に手ぇ出したらぶっ殺すからな?俺ァあの方に命救われたてんだ、その借りの一部を今日返す。絶対ェ助ける」

 

「胡蝶様のお弟子様……羨ましいけど、胡蝶様のためだから、手伝わないと」

 

「胡蝶様と雪那様ってそういう関係なんですよね?……ふふ、すごくいいと思う。やっぱり性別って愛の前では関係無いのよ。ああ、いい、すごくいい。あんなに綺麗なお二人が身体を重ねて唇を重ねて……見たい!壁になりたい!あわよくばお二人に挟まれて可愛がられたい!」

 

「うわ、気持ち悪。けど参加すれば貢献したことになって褒美の一つくらいはあるだろうし、やるけどさ。死にはしないだろうし、割と美味しい仕事だよね、これ」

 

「煉獄様の剣技を今一度見られるこの機会!逃すべからず!あの剣技を再び!この目と胸に刻み込みたい!」

 

「雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様雪那様ぁあ……!ああ、お美しい!そうして氷の中でお眠りになさっている姿もとてもお似合いです!本当に、本当にこの世の何よりも崇高なお方ですわ!貴女こそこの世界を統べる存在、貴女こそこの世界を正す存在……!ああぁあぁああ!!!雪那様ぁぁあ!!」

 

「鬼殺隊ってこんな異常者の集まりだったか……?」

 

思いは様々、心から雪那の心配をしている者だけでは無い。自己保身やこの場に居ることに理由を見出しているものだっている。

ただ、それでもこれだけの数の隊士達がここまでの規模で集うことなどそうそう無い。

遥か上空で争う二体の鬼に目を引かれる者も居るが、彼等の目標は既に定まっていた。

その冷気だけではなく周囲に降雪まで促し始めた巨大な氷塊、それ一つだ。

 

「テメェ等ァァ!中途半端な呼吸見せやがった奴はテメェ等の師に代わって俺がブッ飛ばす!この一撃にテメェ等の命賭けやがれ!」

 

「「「「は、はい!」」」

 

「うむ!残念だが俺は一撃しか撃てそうに無い!故に!この一撃に全てを賭ける!倒れるかもしれんが後は任せた!」

 

「「「はい!俺達も続きます!!」」」

 

「うん?……なんだか知らんがとにかくよし!いくぞ皆の者!」

 

「「「ウオォォ!!」

 

柱は鬼殺隊の象徴であり、希望であり、憧れであり、普通の隊士がそんな彼等の戦いをこうして目の前で見ることなどそうそうに無い。

それを至近距離で見られるどころか、一緒に肩を並べて一つの目標に取り組むことができる。

彼等に憧れる者達からすれば、こんな状況、やる気にならない筈がない。

 

「まずは冷気を吹き飛ばす!弐ノ型ァ!丙以上の奴等はこのまま俺に付いて来い!伍ノ型ァ!」

 

「「「はい!」」」

 

風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風

 

実弥に続いて数人の隊士が上空に飛び上がると、その下を潜る様にして数多の爪の様な風の斬撃が氷塊に向けて飛んで行く。

とは言え、いくら限界まで近付いていたとしても所詮は一般隊士の斬撃だ。本当にそこに至るまでの道を作ることしか出来ず、反対側で準備を行う隊士達のもとまで届くことすら有り得ない。

……だが、一瞬、その一瞬さえあれば道は広がる。

 

風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪

 

空中から地上へと叩きつける様な巨大な竜巻の様な破壊の渦が、次々と氷塊の周辺で爆発した。

丙は上から3番目の階級、柱が見えて来るほどの実力の者達だ。

そんな彼等でも上弦の鬼やその親玉が蔓延る今回ばかりは戦力にはならなかったが、その呼吸の精度は確かで。

勿論、実弥の呼吸が最も洗練されたものではあるが、中にはそれに近しいほどに力強い嵐を生み出している者も居た。

そして内側から周囲へと拡散された冷気は薄まり、ようやく彼等が突入できる程になる。

 

「さあ!付いてこい!不知火でいいぞ!」

 

「俺と杏寿郎は煉獄で道を作る」

 

「「「はい!」」」

 

炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

炎の呼吸のその奥義。

かつての猗窩座と同等の威力を誇ったその一撃が、2人の親子の手によって初めて二本の柱となってこの空間を貫いた。

地面すら抉る様な最速で最高の威力を誇る熱線の様なそれは、薄まった冷気を完全に霧散させた。

2人の親子はかなりの距離があったにも関わらず真逆の方向の隊士達の居る場所にまで一瞬で辿り着き、彼等に熱風を打ち当てた。

古より続く炎の呼吸の正当な継承者である煉獄、その凄まじい威力はその名に相応しく、見ている者達に衝撃を与えた。

それはもちろん、後ろから付いてきている煉獄に憧れる者達にさえも

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

一瞬で反対側まで貫いた2人に追いつける筈もなく、奥義を使える筈もなく、けれどもそんな2人の姿は彼等のその内に熱い炎を滾らせた。

最も基本である壱ノ型、それでも前の2人の様な熱量は発揮できない。

そんなことは分かっている。

それを補助するための外側からの雷と内側からの風の補助だ。

それでも、心が変われば技も変わる。

彼等の一撃は、確実に以前のものよりも精度の高い、なにより力強いものへと変わっていた。

 

「今だァァ!!!」

 

そして氷塊への道の開かれた今、すべきことは一つだけ。

少女を氷塊から取り返す為に、解放する為に、冷気の消え去ったそのタイミングで多くの隊士達が突入して、各々が最も威力の高い技を打ち付ける。

これで破壊できなければ次の瞬間に再び生まれる冷気に飲み込まれる、そうなっては全滅すらも危うい。

だがそれでも彼等は迷わなかった、自らと、自らの隣に居る者達の実力を知っているから。

 

「破壊しろ!取り返せ!これで終わりだ!!」

 

炎の呼吸 伍ノ型 炎虎

水の呼吸 拾ノ型 生生流転

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風

岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

全員が飛び掛かったわけではない、ある程度の実力を認められた者だけがここで技を振るった。

だからこそ、その一つ一つの技が決して他の技と相殺などせず、むしろ高め合うことによって最大以上の威力となって氷塊へと叩き付けられた。

下級の隊士から見ればそれは正に凄まじい天災の様で、これを人間達がなしている物だと考えられないほどの光景となっている。

こんなものをまともに受ければ鬼の頭領さえどうなるか分からない、それほどの攻撃であった。

 

……だが。

 

「これでも、駄目なのかよ……!!」

 

大きな亀裂が入った、確実にダメージは与えた。

だが、それでも氷は砕けない。

その氷の強度は普通ではなかった。

普通でないどころか、確実に異常なものだった。

これを破壊するには、同等の威力の物をあと3回は加えなければならないように見える。

だがそんなもの、用意できる筈がない。

今彼等で用意できるのはこれが全てだった。

ここで破壊できなかった時点で自分達は死ぬ、氷の修復も始まり全てが無駄になる。

彼等の表情に絶望が生まれ始める。

しかしその瞬間。

 

炎の呼吸 玖ノ型 煉獄・改

 

「なっ、煉獄……!?」

 

彼等の入れた大きな亀裂に、一本の巨大な炎柱が突き刺さる。

それは先ほど見た二本の煉獄と比べればどちらにも劣る様なものではあったが、今この瞬間に確実に必要なものであった。

たった1本のその炎柱は亀裂を更に大きなものへと広げ、明らかな破壊へと氷塊を導く。

だが、果たしてその煉獄は誰が放ったものなのか。それが彼等にとって何よりも知りたいことだった。

煉獄家の2人が放ったものではなく、放てる状態ではなく、それなのに煉獄家の者しか使えない筈のそれがここにある。

 

「雪那っ!!」

 

「っ、胡蝶のガキか!?なんでテメェが煉獄の技を使えんだ!?」

 

「煉獄さんに教わって、雪那に見て貰った……!私でも使える様に、こういう時のために!」

 

「……本気でイカれてやがるな、胡蝶のガキ共は。呼吸2つ極めるなんざ有り得無ェ」

 

栗花落カナヲが炎の呼吸を使う様になったのは、それこそ雪那と鍛錬をしていた頃にまで遡る。

連撃を主体とする花の呼吸ではどうしても一撃の威力に欠ける。

故に奇襲としても使える強力な手段が一つあると良いという雪那の言葉に従って、彼女は見様見真似で炎の呼吸を学び始めた。

二つの呼吸を使うなど基本的には推奨されない、両方を知ることで片方が崩れてしまったり、使い間違えてしまうことがあるからだ。

だが、彼女はそれを極にまで実現した。

どちらも奥に至るまでに身に付けた。

それは雪那の力ではなく、彼女自身の力で。

最初は雪那に追い抜かれない様に、そして今は雪那を救うために。

結果として彼女は想い人である竈門炭治郎と同じ2つの呼吸を操る剣士となった。

彼と違う点は、その2つを戦闘中に混合して使うことすら可能だと言うことか。

 

「チィッ!これでも足りてねェのか!!」

 

「このままじゃ本当に……!」

 

「大丈夫です!もう直ぐ師範が!」

 

「胡蝶だァ?あいつが今何の役に……っ」

 

あと一押し、その一押しをしのぶが担当する……訳ではない。

彼女には攻撃力が無い、故にこの場所において最初から煉獄や不死川のような役割は持てなかった。

だが、他に役割を持てる人物が居て、その人物が今どうしても手が離せない状況であればどうだろうか。ほんの一瞬でもその代わりとなって行動させることができるのならば、毒使いの彼女にとってこれ以上に適した役割はない。

 

「……なるほど、そういうことか鬼狩り」

 

「おいおい猗窩座殿、今余所見をしている暇はあるのかい?」

 

「チッ、だがお前は少しは余所見をするべきだ。巨大な力を得て慢心が生まれている。この戦いに割りいることができる者など存在しない、そんな勝手な想像をな」

 

「?猗窩座殿はなにを言って……ぐっ!?」

 

蟲の呼吸 雪蛍ノ舞 儚落静散(ぼうらくむさん)

 

威力なんて無い、本当にたった一つ傷跡を付けるだけの攻撃。けれど、それは空から落ちるほんの一粒の雪の様に静かで、儚く、その最初の一粒に気付ける者など存在しない。そしてそれが本物の雪では無いが為に、童磨でさえも全く気付くことが出来なかった。

他者との繋がりを己の強さに変える、それを成したのはカナヲだけでは無い。

自身よりもずっと強大な力を持つ相手が現れた時、それを倒すための毒があるだけでは意味が無い。どんな相手にも確実に一太刀を入れる。

毒と剣技の2つを極めてこその蟲の呼吸だ。

痣が無くとも、体格や筋力が無くとも、彼女は柱。

ただ見ていることしか出来ないなど、絶対に許されないし許さない。

 

「これは、ただの毒じゃない……?っ、まさか!」

 

「上弦の参……いや、猗窩座!貴方を信じます!だから、雪那を!」

 

「……!ああ、任された」

 

不意打ちとそこから伝わってくる異様な感覚に童磨が一瞬動きを止め、そしてその一瞬さえあれば彼にとっては十分だった。

"信じる"など、そんな言葉いつぶりだろうか。

たった一つのその言葉が、彼はどうしてか嬉しく感じた。

 

 

破壊殺 狛式 昇銀龍輝光桃芯

 

 

たった一突であの冷気を完全に突き破った煉獄をも超えるあの熱線が、猗窩座の身体と共に再び放たれる。

氷龍を足場にして、足場にされた氷龍は粉々に消し飛び、この暗く冷たい闇夜の中で氷塊に向けて一本の光の柱が聳え立った。

不死川実弥の指示と旋風によって無理矢理隊士達が氷塊から引き離されたことをいいことに、全力で放たれたそれは遂にあれほど堅牢であった氷塊を破壊した。

今や冷気は完全に消え去り、凍り付いていた空間そのものが強大な熱量によって溶かされていく。

粉々に砕け散った氷龍の残骸と共に童磨としのぶは落下していた。

ただ彼女が一つだけ見逃すことができなかったのは、そんな状況の中でも笑みを浮かべている童磨の表情だった。




あまりの難産で気付いたらGW終わってました

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