ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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激闘篇 10

 

 

 突然、予期せぬ方角で巨大な魔力が爆発するかのように膨れ上がり、ついで部屋の隅に転がっていた筺体が音をたてて砕け散った。濛々と立ち込める煙の中から、伸びのあるアルトが聞こえた。

 

「やれやれ、実に情けないのう。それが当代の勇者と竜王の実力かえ?」

 

 人影が一つ現れた。その姿にボクは驚き、息をのむ。

 豊かな紅蓮の髪に、燃え上がるような深紅の瞳。生命力あふれる圧倒的な存在感をふりまきながら、透き通るような白磁の肌を手近な薄布で覆い隠した姿で現れたのは……、美しい魔族の幼、否、少女だった。十歳前後かと思える彼女の予期せぬ出現にボクは大きく戸惑った。

 

「このチビッ()……、誰?」

「さあ……、知らんな……」 

 

 ボクの問いにドラッケンが首をかしげる。チビッ娘が憤慨した。足元の石を拾い上げ放り投げる。それは見事なコントロールでドラッケンの頭にぶつかった。

 

「誰が、チビッ娘じゃ、無礼者め! それからそこの脳筋ドラ王、妾が分からぬと申すか、この痴れ者が!」

「その口の悪さと手の早さ。お前、もしかしてゾーニャか……」

「当然じゃ、他に誰がおるというのかや?」

「でも、お前、その姿……」

「やかましい! それよりも前を向かぬか。戦闘中であろうが、このたわけ!」

 

『ボン・キュッ・ボン』の美しい魔族の姫、ゾーニャ。

 ボクが勝手に想像していた囚われのたおやかな姫のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れて行く。代わりにいるのは『ツル・ペタ・ストン』の口の悪いチビッ娘一人。現実とは、かくも残酷なものなのか……。

 

「再会の挨拶が終わったら、そろそろボクの事を思い出してくれると嬉しいね。それに、ゾーニャ殿、しばらくぶりですね。ずいぶんと可愛らしい御姿になって……」

「ほう、しばらく見ぬうちに、狂いっぷりに一段と磨きがかかったのう、黒き勇者。主、妾の忠告を聞かずに、とうとう人間を捨てたか……」

「ボクは正常ですよ、あの時も今も。召喚の生贄となりながら、御命は取り留められたようで何より。申し訳ありませんが、ボクがユーノ君を倒すまで、しばらく傍観していただけませんか?」

「断る!」

 

 にべもなく、チビッ娘が断じた。パタパタと音を立てて飛んできた手のひらサイズのシドーが、その頭の上に停まった。薄い胸を堂々と張って、チビッ娘は宣言する。

 

「色々と問題山積みであるとはいえ、それでも我が城と愛する故郷を荒らした主には、相応の礼をするのが王たる者の務め。これより、この戦、妾も参戦させてもらおう! よいな、そこな勇者よ!」

 

 ビシリとボクを指さし、チビッ娘は高らかに宣言する。勢いにのまれコクコクと頷くボクに、彼女は続けた。

 

「当代の勇者よ! 主、男ならもうちっとシャキッとせぬか。そこな二本目の矢があまりに頼りなさすぎるというのはあるが……。まあよい、この三本目の矢は一味違うぞよ!」

「うるせえ、誰が頼りないんだよ!」

 

 二本目の矢が憤慨する。それを放置して、すかさず三本目の矢が放たれた。

 バイキルト、フバーハ、スクルト。

 次々にとなえられる呪文の力によってボク達の身体に力がみなぎり、身の守りが強固になる。さらにベホマラーでボク達の身体の傷が癒されていく。

 

「当代の勇者よ。守りと回復は妾に任せるがよい。そうそう、そこな黒き勇者のこと。確かにその闇の力は強力すぎるものなれど、所詮は曾孫と同じで借りものじゃ。狂気とともに無理を重ねてもその実体は一つ。それを全力でもって貫くがよいぞ!」

 

 その言葉でルザロの顔色が変わった。僅かに表情を険しくし、突然、ジゴスパークが放たれる。慌てて放ったボクのライデインで相殺し切れなかったエネルギーが、チビッ娘に向かって牙をむいた。

 危ない、と顔色を変えたボクの眼前で、チビッ娘の正面に光の壁が生まれ、ジゴスパークはあっさり跳ね返された。

 

「あっぶねーな……。オイラまで巻き込む気かよ……」

「フン、主には妾の魂の力を分け与えておるのじゃ、少しは役に立つがよい」

「あいあいさー」

 

 頭の上の邪神とチビッ娘の間には、共存関係があるらしい。防具らしい防具を何一つ身につけていない彼女の心配は必要ないようだ。

 

「行け、当代の勇者よ! 妾の前で、見事その務めを果たして見せよ! そこなドラ王! その者の剣となり盾となって見事砕け散ってみせい!」

 

 再編されたボク達のパーティは、新入りにすっかりペースを握られつつ、再びルザロに挑む。

 スクルトを重ねがけされた身体で強引に正面突破し、バイキルトでみなぎる力を武器に乗せ、あらん限りに叩きつける。激しい打ち合いの末、再びルザロの剣が腕ごと砕け散る。ルザロは闇の力を使って腕を再生させると同時に、二枚の《死神の盾》を生み出した。防御力を上げてボク達に対抗するつもりらしい。

 呪文を使う暇を与えぬようにボクとドラッケンが果敢に攻め、一進一退の攻防が続く。背後からのゾーニャの回復呪文とスクルトが何よりも有り難かった。

 しっかりと背中を支えられたボクが攻撃に専念する事で、ボクだけでなくドラッケンの動きも格段に変わる。先ほどまでのあまりに一方的すぎた展開が嘘のように、ボク達はルザロと互角に渡り合っていた。

 とはいえ、砕かれ斬り飛ばされても直ぐに再生される腕と武器の存在が厄介な事は、変わりない。ゾーニャの魔力も決して無限ではないだろうから、いつかは回復魔法が途切れるだろう。

 

 ――その前にどうにかしなければ!

 

 一瞬、ドラッケンとボクの視線があった。

 彼が無茶をして、ボクがさらにその上をいく無茶をする。

 瞬時に意思を疎通させ、ボクがルザロの正面に立ち、ドラッケンが後退した。

 ルザロの猛攻に耐えるボクの背後でドラッケンは、振り向くことなくチビッ娘に言い放った。

 

「おい、ゾーニャ!」

「なんじゃ、ドラ王!」

「お前、まさか、後ろからちょこちょこ小細工するだけで、この場をどうにかしよう、なんて思ってるんじゃないだろうな?」

 

 一瞬、黙りこんだが、直ぐに彼女は返事する。

 

「相変わらず、アホウじゃのう。一発でいいんじゃな?」

「特大でな!」

 

 すぐさま巨大な魔力の気配がボク達の背後に生まれた。それに気付いたボクが横に飛びのき、ルザロが慌てて身を守った。

 

「メラゾーマ!」

 

 生み出された巨大な火の玉がルザロに襲いかかる。これまでに見た中で最大級のメラゾーマだった。その圧倒的な熱量が防御するルザロの二本の左腕を焼く。もうもうと立ちこめる煙の中、腕を二本失いながらもルザロはどうにかこらえきった。そこに竜化したドラッケンが不意をついて襲いかかる。反射的につきだした二本の剣がドラッケンの身体を捉えた。己の身体をおとりにルザロの二本の腕を封じたドラッケン。

 

 それは、ボク達にとってこの戦い最大のチャンスだった。

 

 ドラッケンの影から飛び出したボクが渾身の力を込めて《稲妻の剣》を突き出した。刃が《悪魔の鎧》を砕き、肉を抉る感触を確かに感じ取る。

 

「やれ、ユーノ!」

 

 一瞬、躊躇ったものの、ボクはすぐさま決断する。ここが勝負どころだった。

《稲妻の剣》をルザロの身体に突き刺したまま、ボクは渾身の魔法を発動させる。

 

「ギガ……デイン!」

 

《稲妻の剣》の刃を媒体に発動させたギガデインが、鎧に守られていたルザロ自身の身体を中から直接焼いた。さらに《稲妻の剣》そのものの力が加わり、その威力は絶大な物となった。

 ルザロの絶叫とドラッケンの咆哮が響き渡る。ボクのギガデインはルザロだけでなく、その刃を身体に受けたままのドラッケンをも焼いていた。

 ブスブスと焦げたにおいが周囲に立ちこめる。それらが晴れた時、全てが終わった。

 ルザロの身体から急速に闇の気配が薄れ、《破壊の剣》が消滅する。刃に刺し貫かれたままだったドラッケンの竜化が解け、ばたりとその場に崩れ落ちる。

 ルザロの身体を纏っていた《悪魔の鎧》が消滅し、さらに《不幸の兜》も消え去った。左腕を失い、やせ衰えた身体に稲妻の剣を突き立てられたルザロも又、その場に崩れ落ちる。

 それを慌てて抱きとめ、ボクは彼を横たわらせた。その身体はあまりにも軽すぎた。ルザロの身体の中に潜んでいた闇の気配は、途切れることなく立ち昇り続けていた。まるで、その命を吸い上げていくように……。

 戦闘の終結を確認したゾーニャが歩み寄り、ドラッケンにベホマをかけている。命の心配はないようだった。

 

「ルザロ!」

 

 ボクの呼びかけに、ルザロは閉じていた目をうっすらと開ける。

 

「やあ、ユーノ君。お見事だったよ」

 

 弱々しく彼は言った。

 

「キミが勝って、ボクが負けた。栄光の勝者は……、もっと堂々としてなきゃ駄目だよ」

「そんな事どうだっていい。キミはどうして……」

 

 それ以上の言葉は出なかった。今や、すっかり面変わりしていたルザロだったが、彼はあの頃の彼らしい懐かしい穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ユーノ君。ボクは自分の選んだ道にも自分の見た世界にも後悔なんてしてない。今でも正しかったと思っている。もし、ボクの敗因を上げるとするなら、きっと非情に徹しきれなかったことだろうよ。ボクの心の中に残った弱さが、キミに光を望み、そのキミに倒される事を望んでいた……」

「キミはバカだよ。力を合わせる事だって出来た筈なのに……」

「キミはきっとそれを難なくやってしまうんだろうね。でもボクがそうするには……、ボクは余りに色々なしがらみに縛られ過ぎていた。自由なキミがずっと……、とても羨ましかったんだ、ボクは……」

 

 彼の想いの全てを理解する事は、おそらくボクには出来ないだろう。所詮、人は皆違うものなのだから……。

 

「ユーノ君、これを……」

 

 残された右手に持っていたのは、オーブだった。闇と光が混ざり合うかのような輝きのそれから、さらに闇が立ち昇り、徐々に元の銀色の輝きを取り戻して行く。

 

「オーブは世界の最後の希望。それがボクの家に伝わる古い言い伝えだ。後はキミに任せるよ……」

 

 オーブを受け取ったボクの手を、彼は強く握りしめる。

 

「ユーノ君、ボクの旅はここまで。キミが《真の勇者》を目指すんだ。この世界に残された時間は少ないようだ。そして、キミこそが世界を……」

 

 ルザロの身体が闇に染まり、徐々に消えて行く。驚くボクに彼はそっと微笑んだ。

 

「これが闇に身を預けたものの末路さ。闇に身体を蝕まれそして魂すらも……。でもボクは怖くない。ボクの思いを、生きた証を、ボクのたった一人の友達が引き継いでくれるんだから……」

 

 少し離れた場所に放置されたままの伝説の武具に、彼は目を向ける。

 

「あれを持っていくんだ。いずれキミの役に立つはずだ……」

「ルザロ、ボクは……」

 

 涙ぐんで言葉に詰まるボクに、彼は続けた。

 

「そうそう。今日が何の日だか、知ってるかい……」

 

 その問いにボクは一瞬戸惑った。闘争と冒険の日々に明け暮れここ暫くは、日付けの感覚など皆無だった。首を横に振ったボクにルザロは教えてくれた。

 

「今日はね、キミとボクが《ローレシア城》を出発してからちょうど一年目に当たる日なんだよ。ずっと数えていたんだから間違いないさ」

 

 その言葉に目を見張る。それはボクが十六歳になった事を意味していた。

 

「誕生日おめでとう。じゃあね、ユーノ君。ボクは一足先に故郷に帰って、世界の危機を救ったキミの帰還を待ってるよ……。そして周りの人達に自慢するんだ。彼はボクのたった一人の友達だ、ってね……」

 

 それが彼の最後の言葉だった。目を閉じた彼の身体を闇が覆う。そして彼の重さと存在が完全に消滅した。

 闇をすっかり吐き出して、手の中の銀色に輝く《シルバーオーブ》の重さだけが、彼がこの世に存在した事を示す唯一の証だった。手の中の僅かな重さを抱きしめ、ボクは湧きあがる涙をこらえられなかった。

 

 ――もっと違う方法があったはずだ。

 ――こんな結末、誰も望んでいなかったのに……。

 

 言葉にならぬ思いがボクの中から次々に湧きあがり、泣き声と共に勢いよく溢れだす。

 静寂を取り戻し、廃墟となったその場所で、二人の王に見守られ、ボクは暫し泣き崩れていた。

 不意に、強い揺れが襲った。定期的に訪れる大地の大揺れに、塔全体が大きくきしむ。

 

「まずいのう、この場所は、もう持ちそうにないようじゃ」

「おい、ユーノ、立て! 逃げるぞ!」

 

 泣き崩れたままのボクの腕を、ドラッケンが引きよせる。

 

「あれはどうするのじゃ?」

 

 ゾーニャが指し示したのは放置されたままの伝説の武具。二人は顔を見合わせ、慌てて回収しようとした。その瞬間、錆ついた伝説の武具が輝き、小さな光の玉となって、道具袋の中に次々飛び込んだ。

 

「なんともはや……」

 

 言葉を失った二人だったが、さらなる塔の崩壊を導く強い揺れに、はっと気を取り直す。

 ゾーニャがリレミトを唱え、生まれた輝きがボク達三人と小さな破壊神を飲み込み、塔の外へと送り出した。

 無人となったその場所はすぐに音を立てて崩れ始めた。やがて邪神の塔が大きな音を立てて崩落し、さらに《ロンダルキア城》全体をも巻き込んだ。

 激しい戦いの爪後を幾つも残した戦場跡は、巨大な崩壊音の中で、まるで泡沫の夢のように消え去っていった。

 

 

 

 そして――。

 十六歳になったその日。

 ボクは友達を一人失うことと引き換えに、ようやく旅の目的を一つ果たしたのだった。

 

 

 

 

2014/05/25 初稿

 

 

 

 

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