ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

2 / 34
試練篇 02

 ローレシア――という名のこの国は二つの大陸にまたがる巨大な国である。今の王様が暮らすローレシア城は、遥か昔、三人の勇者が破壊神を倒した時代には、サマルトリアと呼ばれていた。

 三人の勇者のその後については、様々な伝説が語り継がれている。

 

 最も一般受けするのは、ローレシアの王子とサマルトリアの王女が、サマルトリアの王子とムーンブルクの王女が、それぞれ結婚し、繁栄したというものである。

 だが少しばかり大人になると、男達はローレシアの王子が悪の道へと走ったサマルトリアの王子を打ち倒し、国を統一して、二人の王女を娶ったという結末を好む。破壊神に魔法も使わずに肉体一つでガチンコ勝負を挑んだそのタフさを誇る絶倫王子の伝説は、このあたりから生まれている。逆に女達は心優しいサマルトリアの王子を巡っての王女二人のドロドロとした愛憎劇を好む。さらに上級者になると王子同士の……、いやこのあたりでやめておこう。上級者の考える事は、ボクのような凡人にはとても理解できるものではない。

 

 ともあれ、三百年もたった今となっては、真実は分からず、当時のムーンブルク城とローレシア城はとっくに遺跡と化し、唯一サマルトリアと呼ばれた地に、ローレシア城と呼ばれるものが建っているのが現実である。

 

 さらに今の王家には勇者ロトの血を引く者はいないとされている。

 過去、三つの王家の血筋か交わることで生まれた膨大な数の子孫たちによって、王座を巡る争いが幾度となく起こったという。屋台骨を揺るがしかねぬ国難は、ロンダルキアの台地に根付いた魔族達の再度の侵略を呼びこみかけた。

 とある時代にこのような不安定を嫌った人々によって、王家からロトの血を引く者はすべて追放され、ローレシアという一つの国へと統一された。新たな玉座には遥か昔からローレシアで大臣職を務めていた者の一族が迎えられ、今や、ロトの血筋は伝説と民衆の名の中にのみ、ひっそりと息づく。当然、己の血筋をねつ造する者も現れ、石を投げればロトの子孫にあたるという現状を生み出していた。そのような者達には絶倫王子の征服伝説を利用する事は、実に都合がよいのである。

 

 いつの時代から始まったか、誰も知らない勇者の試練は、ローレシア城のはるか東にある勇者の泉を目指し孤独に旅をするという勇者の故事を元にしているのはご存知のとおり。

 だが、この試練、長い年月を経る間に様々な抜け道が考え出された。いつの時代も、楽して名誉だけは掴みたいという腐った輩はいるものだ。

 

 例えば武器について――。

 

 もともと、ローレシアの少年たちは、勇者病に侵される年頃になると勇者ごっこと称して武器を持ち、連れだって魔物退治に精を出す。何を隠そう、ボクもそんな一人である。魔物虐待などというなかれ。

 遭遇率こそ低いながらも、時にキャラバンを襲うこともある魔物達を、災いの芽が小さいうちに刈り取る事は大切なことなのだ。

 とはいえ、魔物は魔物。

 十人がかりで竹やりやこん棒を持っても、子供達がなかなか倒せるものではない。そのうち、大抵の少年は現実を知り、勇者ごっこに飽きて、当たり前の大人になるべく身の振り方を考える。だが、中には魔物退治のコツをつかみ、初期魔法が使えるようになると、魔物達が時折落とす《魔物鉱石》を集めて、せっせと小遣い稼ぎをするようになる。集めた金で武器や防具をあらかじめ買っておき、街の外に隠したり、協力者から受け取って、試練に向かうのだ。

 だが、勇者の試練は片道でも一月程度はかるくかかる長丁場。如何に優れた武装を整えたところで、要求されるのはサバイバル技術と厳しい環境下での長丁場で孤独に耐えられる強い意思。嫌なことから目をそらして最初から楽をしようなどと考えるヘボ見習いには、命がけの場面が次々に訪れる道中は過酷すぎるのだ。

 

 次に仲間について――。

 

 勇者とは本来孤高の存在。故にその試練の旅路も孤独でなくてはならない。

 だが、一人旅は何かと不安なもの。そこで旅の傭兵を雇って勇者見習いの護衛にあてようと考える親達が現れた。ただ、このような手段は、協力者への雇用料と口止め料など何かとカネのかかるもの。そこらの一般家庭には、なかなかマネのできるものではない。

 そこで勇者見習い同士でパーティを組めばいいんじゃない、という案が生まれた。

 かつて破壊神に挑んだ三勇者の故事に則った一見、合理的な案にも思えるが、ところがどっこいである。

 本来試練の旅路は、孤独であることが大前提。徒党を組んでそれを覆す行為は、発覚し次第、見習い資格の取り消しに至る。だが、それでも『ばれなければいいのさ』と考える者は必ず存在する。

 互いの利害が一致しているだけに始めのうちは上手くいくものの、日が経つにつれ、少しずつパーティ内に不協和音が生まれる。元来、我こそは世界を救う只一人の……などと考える者が集まっているのだから、最後まで力を合わせて、などという発想は生まれようがない。試練の成功の暁には、当然利害が対立するのだから、仲間であると同時に敵でもある者達との関係が良好になろうはずもない。もともと、旅の目的が滅びゆく世界を救うなどという壮大なものではなく、極めて私的な利益の為である事もさらに影響する。

 長い旅の道中、時に体調を崩すこともあって、所詮利害のみが一致しただけのパーティはあっさりと空中分解し、脱落者による密告が次々に行われるのは当然のこと。不正が発覚し次第、すぐさまその者は勇者見習い資格を失う事になる。

 不様に醜い争いを繰り広げる末裔たちの姿に、伝説の勇者達もきっとあきれ果てているに違いない。

 

 ともあれ――。

 

 様々に工夫された抜け道の甲斐もなく、ここ百年以上、勇者の試練を無事に乗り越えて、勇者と認められた者は全くといっていいほど現れていないのが実情だった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《リリザの街》――。

 

 多くの勇者見習い達が、その街の宿屋を拠点にして数日時を過ごす。《勇者のバッジ》をつけているものには割引特典があり、宿賃が格安になる。金策に苦労する序盤はローレシア城周辺で《スライム》や《おおナメクジ》を追っかけまわしては、自宅に帰る者も多いが、ボクの場合は事情が事情である。《破壊の剣》の一件で両親によけいな心配をかけたくなかった事もあって、《ローレシア城》からすぐに南下して、《リリザの街》の周辺で暫くの間、せっせと魔物狩りに精を出した。

 

 手にしているのは一撃必殺の《破壊の剣》。

 だが、呪いのせいで頻繁に身体が動かなくなり、魔物の群れにボコられて逃げ出す場面も多かった。装備さえしていなければ、《破壊の剣》を売り飛ばして、最高の装備をそろえられたのだが、世の中そんなに甘くない。高額の解呪費用を払って、素手で魔物とやり合う度胸もなかったボクは、結局、呪いが掛かったままの状態で魔物たちと戦い、飛ぶように消えていく薬草代と宿代に頭を抱える状態が続いていた。

 どうにかこうにかお金をためて、《皮の盾》を手に入れた時には思わず涙ぐんだものだ。防具屋の店主がそんなボクの事を覚えていたのか、次に訪れて《皮の帽子》を買ったときには気前よく仕入れ値で売ってくれたことは、きっと忘れられない思い出になるだろう。

 

《リリザの街》はローレシア城下街を除けば、この近辺で最も大きな街である。南の大陸からの旅人も多く、様々な人々が行き交っている。そんな人々の中に、ボクはふと気になる者の姿を目にして足を止めた。

 おそらくは精霊教の巡礼者なのだろう。

 ただ、どことなく陰気な空気をふりまいて歩くその姿は、ローレシア城下街でも近頃、たまに目にする事がある。大きな街に必ず一つはある精霊教会の神父たちとはどこか違う雰囲気を持つ彼らに、父さんが何故か腹を立てていた事を思い出す。

 

『アイツらには関わるな!』

 

 人の悪口が嫌いな父さんにしては珍しく激しい言葉は、強く印象に残っている。

 

「世界の安寧の為に、祈りを捧げさせて下さい」

 

 托鉢の常とう句を並べる不気味な彼らの傍らをそっとすり抜け、ボクは先を急ぐことにした。

 結局、《リリザの街》で《皮の鎧》を横目に《旅人の服》を購入し、ようやく《布の服》に別れを告げる事ができるようになった頃、街を離れ、勇者の泉に向かう事を決めたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 のどかな風の揺らぐ草原の真っただ中で、ボクは魔物達と対峙する。

《アイアンアント》に《やまねずみ》。リリザの街の周辺ではずいぶんといじめられたものの、今やさほどの脅威ではない。当たりさえすれば一撃で仕留められる《破壊の剣》を振り回して、魔物達を追い散らす。

 

「もらった!」

 

 剣を振りかぶった瞬間に、身体が動かなくなる。

 

 ――また、ですか。

 

《やまねずみ》の頭突きを尻に受け、前のめりにつんのめる。ここぞとばかりに襲いかかる魔物達の攻撃を盾で受け、動くようになった身体で地面をごろごろ転がってどうにか態勢を立て直す。再びの攻防と突然の金縛り。はたから見るとどうにもコミカルな戦闘を繰り広げつつ、ボクは道を先に進んでいた。

 装備がある程度整い、魔物達の攻撃がさほど脅威とならなくなったことで、ボクは目的地に向けて一路、まい進していた。

 欲を言えば、《皮の鎧》くらいは欲しかったのだが、すでに予定の倍の日数を消費していたこともあって購入をあきらめ、先に進む事をボクは選んだ。

 

 勇者の試練が許される期間は出発の日から三カ月。

 片道一月程度はかかる事を考慮すれば、あまりのんびりとしている時間はない。同じ日に出発したはずのルザロは、すでにはるか先をいっているはずである。

 とはいえ、ここから先に出現する魔物はこのあたりとさほど変わらぬと聞いているので、もはや金策の苦労はなかった。道中点在する名もなき村や兵士の詰所で薬草を分けてもらうのに十分すぎるお金はある。無駄な戦闘を極力控え、リリザから東のローレシアの遺跡に向かって先に進む。

 魔物達がときおり落とす《魔物鉱石》は換金性が高く魅力的ではあるが、数を持てば持つ程、魔物達との遭遇率が上がってしまうので、必要最低限にしておかねばならない。

 野草や果実、時に野生動物を狩って食料を確保しつつ、海沿いの道を東に進む。ローレシア遺跡からさらに東の山脈を迂回し、北へ歩き続けて辿りつく勇者の泉は、まだまだはるか彼方である。

 長い道中、命をおとすこともあるこの試練はここからが本番だった。伝説の勇者ともなれば精霊の加護で、例え死んでも復活する事が可能らしいが、勇者見習いの身では他の旅人や兵士たちとなんら変わりはない。《キメラの翼》を一度でも使えば、勇者のバッジの効力でローレシア城門前へと転送され、そこで試練は終わりとなる。

 

 慎重にそして大胆に。さらには運の要素も影響するのだろう。

 気候もよく野宿に適したこの時期に生まれたのは幸運といえた。寒い季節ならば、さらに周囲の環境までもが試練の厳しさに拍車をかける。この点は両親に感謝すべきだろう。

 

 潮騒を耳に、森を抜け、丘を越え、毒の沼地でずっこけ、ボクは先を急ぐ。

 数日の野宿のあとでようやく、ボクの目の前に寂れた佇まいのローレシア遺跡が現れた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《ローレシア遺跡》――。

 

 伝説の始まりの地には今やかつての面影はない。これまで多くの見習い勇者や、勇者の泉へと向かう警備兵の一団がここを訪れ、一晩を過ごした野営の跡が至る所に残っている。ボクも又、そんな彼らと同じようにここで一晩明かす事にした。

 僅かに残る聖なる結界の影響か、この遺跡周辺に魔物達の気配はない。久しぶりに緊張を緩めたボクは焚火の傍らに寝転んで、しんと佇む古い石積みを眺めていた。雨風にさらされ、人の住む場所というにはもはや程遠いものの、この場所にはどこか懐かしさを感じる。ボクの中に流れる勇者の血がそう感じさせるのだろうか?

 そんな事を考えながら、ボクはいつの間にかウトウトと眠りに落ちていた。

 

 暗闇の中、ふとボクは気付いた。どこからか激しい剣戟の音が鳴り響く。

 闇に目をこらすボクの前に、やがて、見知らぬ装飾の防具を身に纏って戦う男と彼の仲間達と思しき一団の姿が浮かび上がった。対峙するのは凶悪な顔の魔物。

 数の差を全くものともせずに、強力な火炎を吐き、呪文を操って、男とその一団を追い詰めていく。徐々に劣勢になっていく彼とその仲間達だったが、彼らの闘志には微塵のゆるぎもない。

 不意に男が剣を鞘にしまい、何かを叫んだ。

 すぐさま彼とその仲間達の身体が鋼鉄の塊と化し、魔物のいかなる攻撃も受け付けなくなる。件の魔物は戸惑いの表情を浮かべつつ、躍起になって強力な攻撃を加えるものの、鉄の塊と化した彼らはそれらをものともしなかった。

 やがて攻撃に疲れ、魔物が息切れしかけたその時、男と仲間達にかかっていた効果が途切れ、彼らは反撃を開始した。力を合わせた猛攻の前に、魔物はあえなく倒れ絶命する。

 仲間と共に勝利の雄叫びをあげる男と一瞬、目があったような気がした時、ボクの意識は暗転した。

 

 立っていたのは、眠りについていたはずのローレシア遺跡の中だった。

 先ほどの出来事はきっと夢だったのだろうと納得したボクの前に、今度は光に満ち溢れた女性のシルエットが生まれた。眩しさに目を細めるボクの事を、眩しい輝きの中に身を置く謎の女性は手招きするように導いた。彼女に誘われるかのように遺跡を歩く。やがて立ち止まった彼女は崩れかけた壁を指さし、小さく微笑んだように見えた。

「待って」とボクが言おうとした瞬間、眩しい輝きと共に彼女の姿も消えた。

 指さされた場所を覗き込もうとしたその時、ボクの意識は再び暗転した。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 目が覚めると、周囲は朝の気配に包まれていた。

 焚火はすっかり燃え尽き、わずかな肌寒さを感じてボクは思わず身震いした。メラを唱えて、燃え残った薪に火をつけるとぼんやりとしたままの頭で、夢でみた光景を反芻する。

 凶悪な魔物と五分に渡り合っていた男とその仲間達。伝説の勇者達の戦いとはあのように激しいものだったのだろうか? 

そんな事を考えていたボクの脳裏に、さらに光に包まれた女性の姿が浮かんだ。

 

「そういえば……」

 

 夢の中で見た廃墟の光景を思い浮かべ、あわてて立ち上がる。

 驚いたことに、夢の中の景色が、昨夜初めて辿りついたはずのこの場所と全く同じことに気づいた。夢の残滓を頼りにボクは遺跡の中に踏み入り、女性が指さした場所を覗き込む。夢の中では見えなかったその場所は、壁が崩れ暗い地下室のような構造になっている。思い切って飛び降り、指先に火の玉を浮かび上がらせて、中の様子を見まわした。おそらくは倉庫だったのだろう。割れた壺や壊れた荷箱か散乱する中に古ぼけた宝箱が一つあった。

 ボクはおそるおそる箱に近づき、注意深く調べてみた。魔物の中には宝箱によく似た形状で、近づく者にいきなり襲いかかるなどというとんでもない習性を持つヤツもいるという。こんな場所にポツンと一つ置かれた怪し過ぎる宝箱だったが、それでも中身が気になった。

《破壊の剣》を構えて運を天に任せ、ボクは宝箱のふたを蹴り開ける。蹴った反動で濛々と埃が立ち込め、涙目になって咳こむボクだったが、宝箱が襲いかかってくる様子はない。おそるおそる中を覗き込んだボクは、開いた箱の中に少しばかり古ぼけた鎧らしき物を見つけた。それは《うろこの鎧》だった。

 盗賊の隠したものだろうか、あるいは別の旅人がこの中に入っていたもっといい品と交換してこれを残していったのか……。

 兎にも角にもそれを取り出し、地下室を出て太陽の光のもとで丹念に調べてみる。大きな損傷もなく、しっかりとした造りの鎧を手にして、周囲をきょろきょろと伺う。持ち主が絶対に名乗り出そうもないこの状況。周囲の景色と鎧を暫し、見比べた後で、ボクは有り難く勇者見習い特権で、それを活用させてもらう事にした。

 

「《うろこの鎧》を手に入れた!」

 

 あつらえたようにぴったりなそれを身につけ、ボクは嬉しさのあまり、思わず大きな声で叫んでいた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 それから二週間くらいたった頃だろうか?

 その時のボクは、初めて見る景色の物珍しさにもすっかり慣れ、話相手の全くいない孤独な旅路に、人恋しさを感じていた。そんな時、山道で同い年くらいの少年に出会った。

 

 ――ルザロかな?

 

 なんとなく苦手な相手の顔を思い浮かべていたボクの姿に気づいたのか、見知らぬ少年は人懐っこい笑みを浮かべて近づいて来た。顔は知らないが、胸の《勇者のバッジ》を目にして、彼がボクと同じ勇者の試練の最中である事が分かった。

 

「やあ、一人かい?」

「まあね」

 

 短いやりとりの後に僅かな沈黙が生まれた。彼は思い切ったように続けた。

 

「もし、よかったらさ。このまま一緒に泉まで行かないかい?」

 

 戦闘と過酷な道のりのせいでくたびれきった姿の彼の言葉に、人恋しさを感じ始めていたボクの心が大きく揺れた。暫くの間、彼を見つめた後で、ボクは首を横に振った。

 

「キミ、真面目なんだね」

「そういう訳じゃないさ」

 

 別段、勇者になりたいわけじゃない。

 ただ、自分がこの試練でどこまでいけるかを知りたいだけだ。せめて、父さんと同じように片道だけでも一人で歩きとおしてみたいというのがささやかなボクの目標だった。

 ボクの拒絶に少年は少し、残念そうな表情を浮かべた。せっかくの申し出を拒絶したボクの心に、小さな後悔の念が浮かんだ。

 

「よかったらさ、今晩だけでも一緒に野宿をしようか?」

 

 ローレシアの遺跡を離れて以来、深く眠れた試しはない。夜の闇の中、風のざわめきや獣の遠吠えがボクの本能を刺激し、周囲を警戒しつつウトウトしては、はっと目覚めるという日々が続いていた。ボクの申し出に少年の顔に明るい色が浮かんだ。

 

「そうだね、じゃあ、お願いしようかな」

 

 かくして、ボクと彼は、旅の道中の様々な失敗談を互いに披露しながら焚火を囲み、久しぶりに他人と言葉を交わす喜びに浸っていた。

 

 夜の森の中、ちろちろと燃える焚火の傍らで眠っていたボクは、何かが動く気配で目を覚ました。手にしていた《破壊の剣》をしっかりと握りしめ、うっすらと目を開く。仄明るい焚火の光の中に浮かびあがっていたのは、ごそごそとボクの荷袋を漁っている少年の姿だった。

 

「何……、してるんだい?」

 

《破壊の剣》を手に、彼の背後にそっと立ち、ボクは静かに尋ねた。荷物漁りに夢中になっていた彼は、眠り込んでいたはずのボクが声をかけた事に仰天し、飛び上がった。

 

「い、いや、その……、キ、キミの荷袋に穴が空いているようだから、そ、その、しゅ、修理しとこうと……思ってさ」

 

 ここまでの道中でずいぶんと乱暴に扱い、すっかり汚れきっているが、ボクの荷袋には穴など空いていない。見え透いた嘘をつく少年の姿を、黙ったまま睨みつけるボクの視線に耐えきれなくなったのか、彼は突然、声を荒げた。

 

「いいじゃねえかよ、これくらい! 誰だってやってることじゃねえか!」

「ボクはやらないよ。こんな事してるのを見たのは、キミが初めてだ」

 

 裏切られたという思いから湧き出る怒りに反して、ボクの口調は極めて冷静だった。

 

「な、なんだ。やろうってのかよ!」

 

 彼は怯えながらも《鎖鎌》を構えた。これまでの道中、魔物相手には数え切れぬほどに戦ってきたのだろうが、いざ人間に武器を向けるのにはまだ躊躇いがあるようだ。勿論、それはボクとて同じである。加えて、ボクの手にした《破壊の剣》の見てくれの禍々しさが、彼の怯えに拍車をかけているようである。

 しばし睨み合っていたボク達だったが、やがて、ボクは自分から剣を下ろした。自分の荷袋を取り上げ、手早く身支度を済ませると、薪を取り上げて松明を作り、暗闇の中へと歩き出そうとした。

 

「お、お前、行っちまうつもりかよ」

「当然だろ。キミのようなヤツと、いつまでもいる方がどうかしてる」

 

 たまたま彼の目的がボクの荷袋だったから、事なきを得た。眠り込んでいるところを一息にグサリと……、などという状況もありえたのだ。

 

「甘ちゃんが、いい子ぶりやがって……。この程度のことで腹立ててんじゃねえよ」

 

 己の無責任で卑劣な行為がさも当然であるかのようなその言葉に、ボクはさらなる怒りを覚えた。

 

「キミにとって勇者ってのは、一体、なんだい?」

 

 ボクの質問に彼は暫し、ぽかんとした表情を浮かべた後で、大声で嘲笑った。

 

「そんなの決まってるじゃねえか。勇者になれば、やりたい放題で一生安泰だ。汚い事を平気でやって家柄だのなんだのと威張り腐ってる奴らだって、オレの名前だけで黙らせられる。なんたって伝説の勇者様なんだからな。テメエみたいな甘いヤツが、なれるとでも思ってんのかよ!」

 

 彼の本心を理解する。

 彼にとって勇者とはステイタスなのだ。そして試練を受ける多くの者達が同じような物の考え方をしている事をも理解した。

 自分だけの未来の為に……。彼らにとって勇者とは、自らがなり上がっていくための手段でしかない。

 

「悪いけど、ボクは勇者なんかになるつもりはないよ」

 

 大声で笑い続ける彼に、ボクはぽつりと言った。ボクの言葉に彼の笑いが途切れた。まるで不思議な物を見るかのような目でボクを見ている。ボクは続けた。

 

「勇者になる事なんてどうだっていい。ボクは試練をとおして自分に何ができるかを知れればそれでいい。それが分かれば、きっときちんとした大人になれるはずだから……」

 

 店の工房で、日々黙々と靴を作り続ける父さんや、時折ウチにやってくる兵士長さんの姿が思い浮かぶ。必ず大人にならねばならぬのなら、いつかあんな風になりたいな、と思わせる実像の前には、ありもしない勇者の虚像などものの数ではない。それは所詮、幻想でしかないのだ。

 おそらく彼のような人間には、ボクの思いなど決して理解できないだろう。そんなボクの事を、珍獣でも見るかのような眼差しを向ける彼を一瞥すると、ボクは再び歩き始めた。

 

「テメエなんか、魔物に食われてくたばっちまえ! 」

 

 闇の中から悪態をつき続ける彼を無視して、ボクは歩き続ける。

 

『見ず知らずの者が押し付けてくる善意には気をつけろ』

 

 試練に出かけようとするボクに、父さんがした忠告を思い出す。あの時は人の善意を疑うなんて、と少しがっかりしたのだが、今、その言葉の意味がようやく分かったような気がした。

 正しさは大切なことだが、相手が常に自分と同じように考えているということは限らない。苦い教訓をかみしめながら、ボクは先を急いだ。

 

 勇者の泉の洞窟にようやく辿りついたのは、出発してから四十日くらい経ってからだった。

 幸いあの日以来、ボクと同じような勇者見習いに出くわす事はなかったが、それでも極力、人と交わらぬようにしながら、ボクはひたすら道を歩いていた。

 とはいえ、寝不足と疲労が重なり、十分な食べものも得られぬ日々はかなりの忍耐力を要した。常に魔物の襲撃を想定せねばならぬ危険と隣り合わせの環境下では、動物としての本能だけが研ぎ澄まされ、いつしか人間としての当たり前の感性が摩耗しかけていた。あの日、ボクの荷物を漁ろうとした彼のとった行動とその気持ちが、何となく分かるような気がした。

 それでも、どうにか理性を保ち、前だけを向いて歩くボクの前に、ついに勇者の泉の洞窟の近くまで来た事を示す看板が現れた。

 看板の向こうに見える山のふもとから立ち昇る一筋の煙を目にして、ボクの疲れ切った身体に気力がみなぎった。おそらくは番所の兵士たちの炊事の煙であろうそれを目掛けて、ボクは転がる様に駆け出した。ようやくの思いでたどりついた目的地を目の前にして、それまでの苦労の全てを忘れ去って、ボクの心が浮足立つ。

 かつて父さんはこの洞窟の泉に辿りついた後で、旅をやめたという。これで父さんに少しだけ追いつけたかな、という思いがふと脳裏をよぎる。

 

 勇者見習いとして目指す誰もが憧れ、ほんの一握りしか辿りつけぬその場所で、ボクの運命を変える出来事が待っていることになるなどとは、その時のボクは露ほどに思いもしなかった。

 

 

 

2014/02/09 初稿

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。