ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 05

 

 そこは魔物達の楽園だった。

 はるか古にその地に繁栄した人間達は滅び去り、すっかり遺跡と化した古の街並みの中で、数多くの魔物達が争う事なく平和に暮らしていた。

 大カラス族、一角兎族、フロッグ族、芋虫族、バンパイア族などなど、果てしなく古の時代に置き去りにされていった、多様なザコモンスター達が、のんびりと日々を送っていた。

 ある者は小さな小石をお金代わりに、商売ごっこに興じ、又ある者は棒きれを武器に模して、かつての傲慢な支配者に抵抗する革命ごっこに興じている。

 

 延々と、永遠に続くのどかな日々――。

 だがそんなある日、事件は突然に起こった。

 

 使われなくなって久しい、錆ついたまま開きっぱなしの正門の向こうから、荒々しい足音ともに侵入者の一団が現れた。その姿を一目見て、魔物達は恐れ慄いた。遥か古の時代に自分達の祖先を支配し使役した者達の末裔である事を、彼らは本能的に感じ取った。

 

 ――ここは我らの楽園。もう二度と我らの自由を何人にも侵させはしない!

 

 悠久の時の中で、自由に染まり切った雑魚モンスター達には、支配という名の牢獄に繋がれ、鞭うたれ、理不尽に束縛されることなど、二度と許容できるものではない。

 本能の赴くままに凶暴さを取り戻し、問答無用で侵入者達に襲いかかる。

 だが、平和ボケした世界でのんびりとしてきたツケは大きく、彼らはあっさりと返り討ちにあってしまった。

 同胞をやられた魔物達は、臆することなくさらに侵入者に襲いかかる。その数は五十から百へ、さらに二百から三百と増え続け、ついには千に達しようとしていた。

 けれども、僅か三人の侵入者たちは数の不利をものともしない。先頭に立つ男が凶悪な表情を浮かべるや否や、巨大なドラゴンと化し、激しい炎で蹂躙した。数十匹があっさりと焼き尽くされる。

 

『と、父ちゃん!』

『すまん、息子よ、オ、オレはもう駄目だ!』

『そんな、しっかりしてよ、父ちゃん!』

『息子よ。死ぬ前にお前に伝えておかねばならぬ事がある。実はお前は俺の本当の息子ではない』

『そ、そんなこと……。じゃあ、まさかボクは伝説の……』

『お、お前は、俺が山に山菜取りに行っている間にできた、母ちゃんと隣のおじさんの子供だ! たしかに伝えたぞ、グフッ!』

『そ、そんな、父ちゃん、いきなりヘビーすぎるよ!』

 

 爆炎が彼らを吹き飛ばす。周囲も容赦なく巻き込んだ。

 

『ああ! それは私が隠しておいたキラキラ光る石!』

『じ、自分だけで先に一人占めしようとしてたんじゃないの、お互い様よ!』

 

 掴みあいの喧嘩になる魔物達を、暴風が吹き飛ばした。

 

『行けー、怯むな! ぼくらの楽園を守るんだ!』

『後ろで騒いで煽ってばかりいないで、自分で立ち向かえよ!』

『ぼ、ぼくは指揮官だ! ぼくの言う事を聞いてれば間違いなく勝てる!』

 

 氷雪が辺りを凍りつかせ、魔物達をも巻き込んだ。

 

『くそー。よくも俺の友達を……』

 

 無謀な突進はあっさりと蹴散らされる。

 

『戦いは無意味だ。話し合えばわかる。ボク達はわかりあえるはずなんだ……』

 

 雷撃がはじけ、物陰からの平和の訴えごとクロコゲと化した。

 

『うう、もうこの世の終わりよ。せめて最後くらい好きな物をたらふく食べないと……』

 

 逃げ込んだ先の食料庫は爆発と共に吹き飛んだ。

 

 つい先ほどまで笑いの溢れていたはずの楽園は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 誰もが平和だったはずのその場所は、一瞬にしてメッキがはがれ、心地良いウソの中で、互いの欠点を見ぬふりしあっていた魔物達は、醜い本性をさらけ出し、なすりつけ合い、侵入者達によって尽く返り討ちに遭う。

 

 いかに徒党を組もうとザコはザコ。

 凶悪極まりない支配者達の末裔には及びもつかない。千匹近い雑魚集団はあっさりと壊滅し、累々たる躯が街を埋め尽くした。

 ふと一匹の魔物がよろよろと立ち上がる。

 

『まだだ、まだ、終わらん! 例え、我らが倒れても、あの方たちがいる。我らザコの希望の星。その姿故に軽んじられながら、それでも永遠のアイドルの地位を勝ち取ったあの方たちが……、ザコモンスターに栄光あれ! グハッ』

 

 ドウと音を立てて倒れ、そのまま絶命する。吹き寄せる風の音と共にようやく静寂が訪れた。

 

 戦いは終わり、再び平穏が訪れた。

 侵入者達は、少しだけ当惑した表情を浮かべると直ぐに先へと進んでいった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「まったく、凶暴で無謀な奴らだ。いきなり問答無用で襲いかかってきやがって……」

 

 ドラッケンがぶつぶつと呟いている。

 

「きっと主の顔が恐ろしくて、怯えたんじゃろう」

「何言ってやがる。オレは弱い者いじめは嫌いなんだ。せっかく友好的な笑顔を向けてやったってのに……。そんな事よりもお前の力でどうにか出来なかったのかよ。魔物の支配はお前の領分だろう」

「残念じゃが、この世界の魔物は妾の支配下にはおけんようじゃ、何を言いたいのかもさっぱり分からぬ。どうも妾達のものとは違う理に支配されておるようじゃな……」

 強力な魔法を連続で行使し、少し疲れた表情のゾーニャが言った。

 

 ラーミアとブリスさんの導きで《アリアハン》から遥か北の大陸へと飛んだボク達は、とある遺跡の前に降り立った。

《ロマリア》という場所であるとブリスさんに教わり、遥か古に滅び去ったはずの城の城門を潜ったボク達を、待ち受けていたかのように大量の魔物達が、問答無用で怒涛の如く襲いかかってきた。

 ドラッケンの火炎攻撃とゾーニャの魔法、そして突然の襲撃に驚いたボクのギガデインで事なきを得たものの、油断はできなかった。これほどの量の魔物をボク達に差し向けた者の存在が当然予想され、いずれボク達の障害となって立ちはだかる事は間違いないだろう。

 

「なんにしても気を付けた方がいいみたいだね」

 

 これから訪れる事になる宮殿跡に目をやりながら、ボクは手の中の剣を握りしめる。

 警戒しながら先を進むドラッケン、ゾーニャ、ボクの後を、ブリスさんとパタパタと宙を飛ぶコシドーが続いた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ロマリア城跡に踏み込んだボク達の周囲の物陰を、小さな影が絶えず動き、ボク達の様子を窺っているようだった。

 さほどの敵意は感じられなかったため、ボク達はそれに構わず、階段を上り玉座の間へと向かった。ブリスさんによれば、ボク達の求めるオーブの台座は、そこにあるという。

 玉座の間へと踏み込んだボク達は、その場所の様子に戸惑った。

 室内の至る所でぴょんぴょん飛び跳ねるモンスター達。なじみ深い姿も多い。

 雑魚中の雑魚。キング・オブ・ザコの《スライム》だった。

 勇者ごっこをしていた頃から顔見知りの《スライム》に混じって赤色の《スライムべス》、ホイミスライムとその眷族達、さらには《バブルスライム》の姿もある。奥の方にある玉座の周囲には、王冠をかぶった《メタルキング》の姿があった。

 ピキピキと一斉にざわめきながら飛び跳ねる彼らは、突然の侵入者達にパニック状態といったところだろう。

 

「皆、少し下がっておれ。武器を抜くでないぞ。妾が話を聞いてみるでな……」

「大丈夫なのかい?」

「妾を誰だと思っておるのじゃ。拳で語るだけしか能のない、そこな脳筋ドラ王と一緒にするでない」

「誰が脳筋だ、誰が!」

 

 文句を言うドラッケンを放置し、由緒正しきチビッ娘魔王ゾーニャが一人歩み出る。

 ピキピキ、ぴょんぴょん、とび跳ねて騒ぐ《スライム》達の注意が、一斉に彼女だけに注がれる。ボクはハラハラしながら成行きを見守った。

 

「主達、すまぬが道をあけてくれぬかや。妾は主らと争いに来たのではない。この場所にあるものに用があるだけなのじゃ」

 

 薄い胸を堂々と張り、魔王の威厳とともにゾーニャは穏やかに語りかける。と、数匹のバブルスライムが現れ、ゾーニャの周囲をぴょんぴょんと囲んだ。

 まるで、たわむれるかのように彼女の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる様子にゾーニャも表情を崩す。

 

「おーおー、主ら元気じゃのう。妾は主らと争うつもりはない。すこしばかり探し物をしておるだけじゃ」

 

 警戒しているか、友好の挨拶をしているのか分からぬスライム達にゾーニャは穏やかに語りかける。君主の作法とは本来このようなものなのだろう。

 不意に、一匹の《バブルスライム》がゾーニャにじゃれついた。それを合図に瞬く間に全ての《バブルスライム》が彼女にじゃれつき、《バブルスライム》達は一斉にチビッ娘魔王の《虹の羽衣》の中に潜り込んでいた。

 

「こ、これ、主ら、どこに潜り込んでおるかや、そ、そこは……ひゃ、ひゃい!」

 

 奇妙な悲鳴を上げて座り込む。もぞもぞと服の中で動き回っていた《バブルスライム》達だったが、不意にピタリと動きを止めた。

 

「よく分からない親愛表現だね」

「いや、あれはもしかして、『スライムプレイ』という奴じゃないのか? たしか、毒液で着ている服を溶かすとかなんとか……」

「ちょ、それって、まずいんじゃ……」

 

 なんだかとんでもない事を呑気に呟くドラッケン。

 

「こ、これ、主ら。何を呑気に鼻の下をのばしておるのかや? わ、妾を助けぬか!」

 

 顔を真っ赤にして襟元と裾を抑えるチビッ子魔王の言葉に、ドラッケンが面倒臭そうに溜息をつく。

 と、一匹、又一匹と《バブルスライム》達は服の中から這い出て、ゾーニャから離れていく。顔を真っ赤に染めてその場に崩れ落ちたゾーニャから離れた《バブルスライム》達は、溜息をつき悲しげな顔をして去っていった。

 

「まあ、その……なんだな……。『ツル・ペタ・ストン』じゃ、同情して悪さする気にならなかったんだろうな……」

「なんだ、そうだったのか。チビッ娘のペッタンコも悪いことばかりじゃないね」

 

 耳を真っ赤に染め上げ、わなわなと肩を震わせるチビッ娘魔王の後ろで、ボク達は他愛もない感想を述べて大事に至らなかった事に胸をなでおろす。

 如何に口が悪く、なりが縮んだ魔王とはいえ、彼女も年頃の女の子。あられもない姿にされてしまっては何かと傷つきやすい難しい年頃の彼女には酷であろう。

 だが、ボク達の慰めは、彼女に届かなかったようだ。

 羞恥で真っ赤に染まっていた顔がさらに赤く染まり、圧倒的な魔力が爆発する。豊かな紅蓮の髪が風もないのに大きく揺らめき、巨大な熱の塊と化す。

 

 そして、ゾーニャが……、

 メラゾーニャと化した。

 

 両手に巨大な炎を同時に生み出し、所構わず投げ付ける。

 

「だーれが、チビッ娘のペッタンコじゃ! この無礼者共が!」

 

 メラゾーニャと化したゾーニャのメラゾーマが、はじけ飛ぶ。さらに燃えあがった怒りは灼熱と化し、ベギラゴンが周囲一帯を焼き尽くす。

 逃げ遅れたスライム達は恐慌をきたしたが、出口の無いその場所で逃げ場を失い、次々に蒸発した。ゾーニャの生み出す巨大な炎は、スライム達だけでなくボク達にも襲いかかる。

 

「ゾ、ゾーニャ、落ち着いて! 話し合うんだろ!」

「やかましい! 身体の縮んだ他人の苦労も知らずに、どいつもこいつも言いたい放題のやりたい放題しおってからに! 話し合いなぞ、もうやめじゃ! まとめて灰にしてくれるわ!」

 実に魔王らしい言葉と共に、敵味方構わず襲いかかる容赦ない怒りの炎を、ボク達は慌てて防御する。てんやわんやの大騒ぎをしているボク達の背後で、コシドーを肩にのせたブリスさんは、その力で事なきを得ているようだ。

 

「わー、なんだかよく分からないけど、悪かったよ!」

「よく分からない……じゃと? 主、まだ己の無礼の程が分からぬと申すか!」

 

 さらに増幅した怒りが、イオナズンとなって爆発する。

 暫しの後、彼女の怒りがようやくおさまった頃、クロコゲになって倒れているドラッケンの隣でボクは懸命に謝り倒し、室内に溢れんばかりにいたスライム達は、《メタルキング》を残して全て蒸発していた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「全く、いきなり無茶なキレ方しやがって。もう少しオトナになれよな……、オトナに!」

「やかましい、今の妾をコドモ扱いしたのは主じゃろうが! もう少し、(おなご)への気配りというものを学ばんか、ドラ王!」

「もういいだろ! 喧嘩は止めようよ!」

 

 ブリスさんのベホマで復活したドラッケンとゾーニャが再び小さな火花を散らし、その間に立たされたボクは、おろおろしている。きっとブリスさんは、こんな奴らに世界の運命を任せていいのだろうか、と頭を抱えていることだろう。

 盛大に内輪もめをしながらも、ボク達は玉座に残った最後の魔物《メタルキング》をゆっくりと取り囲む。

 

「どうやら、主が、一連の騒ぎの大本のようじゃな……」

「手間掛けさせやがって……」

 

 まったく無実の罪であるのだが、言葉の壁は意思の疎通を困難とし、双方から真実を遠ざけていた。

 ぶるぶると身を震わせた《メタルキング》は、突然、逃げ出した。だが、すばやくゾーニャがまわりこんだ。

 

「主、知らんのかや? 『魔王からは逃げられぬ』という有名な故事を……」

 

 さらに《メタルキング》は逃げ出した。すばやくドラッケンがまわりこんだ。

 

「知らなかったのか? 竜王からも逃げられないんだぜ!」

「邪神もだぞ!」

 

 パタパタと宙を飛ぶコシドーまでもが逃げ道を塞ぐ。

 再び身を翻した《メタルキング》とボクの目が合った。

 

「勇者からもね!」

 

 空気を読んで胸を張ったボクに周囲から一斉につっこみが入った。あろうことか《メタルキング》からも……。

 

「お前の家系(トコ)は、逃げられっぱなしだろ!」

 

 至る所でヤンチャ三昧の伝説を残した御先祖様達にも、意外なドジっ子の一面があったらしい。

 

 ――ああ、ご先祖様。詰めが甘いです。

 

 思わずずっこける。

 その拍子に手を離れた武器が《メタルキング》に当たって会心の一撃となった。ボスンと音を立ててつぶれたメタルキングは、平たく丸い板と化した。ボクの会心の一撃で、一枚の《盾》を残して《メタルキング》が消滅すると、玉座が輝き、台座が現れた。

黄色く輝くそれに《イエローオーブ》を嵌めこむや否や、なぜか全身を疲労感が襲った。

 

「今、世界は『大地の理』とともに繋がりました」

 

 ブリスさんの声が、妙に遠くに聞こえた。

 

「大した事したわけでもないのに、なんだか、とても疲れたな……」

「全くじゃ……」

「あと、四つもあるのかよ……」

 

 うんざりとした表情を浮かべたボク達は、周囲の景色が野原へと変わっていくのを目にしながら、その場にずるずると崩れ落ちたのだった。

 

 

 

2014/06/25 初稿

 

 

 

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