ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 06

 

 

《ロマリア》の地から飛び立ったラーミアは南へと向かっていた。海を越え、砂漠をこえ、《ロンダルキア》を思い起こさせるような険しい峰のつづく山々を飛び越える。上空の風は強く冷たいものの、不死鳥の身体の熱がボク達を守り、凍えることはない。

 ラーミアの背から少しだけ乗り出して下を覗いて下界の様子を眺めていたボク達の視界に、巨大な口を開く大穴が見えた。

 まるで闇につながっているかのように口を広げるその大穴を、ボク達はおそるおそる覗く。

 

「これは《ギアガの大穴》。かつては貴方達の世界とつながる唯一の場所であったと言われています。伝説の勇者とその仲間達はこの場所を通って《アレフガルド》に辿りつきました」

 

 ボク達の背後に座っていたブリスさんが説明する。

 

「じゃあ、この穴に飛び込めば、ボク達は元の世界に帰れるんですか?」

 

 ボクの問いに彼女は小さく首を横に振る。

 

「大魔王との決戦において勇者が勝利し、闇の世界に光がもたらされたことで、精霊ルビスはこの穴を閉じたといわれています。何故、そうしたかは……、分かりませんが……」

 

 彼女はそっと目を伏せる。

 

「なあ、本当にこの穴、閉じられてるのかよ?」

 

 ボク達の前に座っていたドラッケンが振り返った。

 

「私はそう理解していますが……」

 

 今一つ、要領を得ないブリスさんの答えに眉を潜めた。

 

「どうかしたのかい、ドラッケン?」

 

 ボクの問いに彼は険しい表情を浮かべたままで答えた。

 

「《アレフガルド》に時折現れる強力な魔物達。オレ達の世界のものとは違う魔物共……、実はこの世界からやってきてるんじゃないかと思ってな……」

「じゃが、穴は閉じられておるんじゃろう?」

「確かじゃない。そうだろ、ブリスさん?」

 

 その問いに彼女は答えなかった。

 

「まあ、飛び込んでみたら分かる事だから、考えたって仕方ないんだろうけど……」

 

 ドラッケンは口ごもる。

 確かに彼の仮説が真実であれば様々な事に納得がいくような気がした。何故、精霊様によって閉ざされたはずの大穴でそういう現象がおこるのかは謎である。だが、もしもきちんと穴が閉じていたのなら、そこで暮らす人達は故郷を失う事もなく、人間と竜族、そして《ルプガナ》で暮らすアレフガルド人達の末裔の今は違ったものだったのかもしれない。ドラッケンは決して言葉にせぬものの、そう考えているような気がした。

 

「ドラ王、穴に飛び込むのは全てが終わった後にせい!」

「分かってるさ、そのくらい……」

「閉じてるかもしれない穴に飛び込んで、帰れなかったらどうするんだよ……」

 

 まだまだ先は長いというのに、帰りの算段をするボク達。元の世界とは似て非なるこの場所で過ごすうちに、三人とも少しばかり元の世界が恋しくなりはじめているようだった。

 しばらくして、ラーミアが徐々に高度を下とし始めた。

 大穴の近くにある険しい高台には、城らしき遺跡が見える。

 

「あれが次の目的地、《ネクロゴンド城》です」

 

 城の上空を旋回し、適度な場所を見つけたラーミアはその場所に静かに降りたち、ボク達を背から下ろした。

 不気味な静けさに包まれたその遺跡の前で気を引き締め直すと、ボク達は慎重な足取りで、中へと入っていった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

《ネクロゴンド城》内は複雑に入り組んだ迷路だった。

 強力な魔物達と対峙しながら何度も行き止まりにつきあたっては引き返す、という繰り返しの中で、ボク達は時折、ぼんやりとした輪郭の人々とすれ違った。

 

「さっきから、どうしたのじゃ、主よ?」

 

 すれ違う人々の姿が何となく気になっていたボクに、左腕に抱き上げたゾーニャが問う。

 アリアハンの住人達と同じようにぼんやりとした姿ではあるが、その姿には全く統一性がない。兵士と老婆と神父が連れ立って歩いていたり、牛をつれた王様がいたりと、違和感ありまくりの組み合わせだった。人間の世界の事情には疎いのか、ゾーニャ達には気にならないのだろう。

 

「なんじゃ、その事か」

 

 落ち着かぬ光景に首をかしげるボクに、ゾーニャが一つ頷いた。

 

「ふむ、よう見とれ、ユーノよ」

 

 指先にゾーニャが小さな炎を浮かべる。旅人、おばさん、お妃様の姿で正面から歩いてくるおかしな三人組の目の前でポンと炎を弾けさせた。

 小さな悲鳴のようなものを上げて三人組の姿が消え、代わりにゆらゆらと今にも消えてしまいそうな頼りない魔物達の姿が現れた。

「《さまようたましい》じゃな。おそらくモシャスで姿をかえておったのじゃろう」

「モシャス?」

「はるか古に失われた姿を変える魔法じゃよ。魔力の強い者が使えば、寸分たがわぬ姿だけでなく、その能力までも写し取る事ができたそうじゃ。こやつらは大して力もない上に、元となった姿をただ真似ておるだけじゃから、主から見るとトンチキにみえるんじゃろう。放っておいても害はないはずじゃ」

 本来の姿に戻った《さまようたましい》達はまごまごしている。しばらくすると、再びモシャスを唱えて、また別の姿になった。相変わらず統一性のない姿で、何事もなかったかのように歩いて行く。

 相変わらず違和感ありまくりの景色を前に、害が無いなら問題はないか、と小さくため息をつくと、ボクはさらに城の奥を目指して歩き続けた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 時折現れては、行く手を遮る凶悪な面構えの魔物達を軽く蹴散らす事にも飽き始めた頃、ボク達は異様に強力な魔力の気配が宿る区画の前で立ち止まった。

 

「どうやらここが目的地らしいの」

 

 ボクの腕から下りたゾーニャの傍らで、ドラッケンが無言のまま《破壊の鉄球》を構える。魔王と竜王の直感をブリスさんが後押しする。扉を開いて慎重に中へと入っていく。

 暗い室内には少なくない数の何者かが確かに蠢く気配がある。ゾーニャがレミーラを唱えようとしたその時だった。

 景気のいいファンファーレが鳴り響き、スポットライトが室内の一角を照らす。そこに現れたのは一匹の魔物の姿。その形状から、おそらく先程の《さまようたましい》達と同族であると思われた。

 だが、今にも消えてなくなりそうな儚さだった《さまようたましい》達とは異なり、その魔物は異様にギラギラと輝いている。

 

「ウェルカム・トゥ・ザ・マネマネ劇場! 今宵、お送りするのは華麗なるマネマネ・ステージ。一度見たなら二度と忘れられなくなること間違いなし。そしてそのステージを彩る名プレーヤー達は!」

 

 スポットライトが部屋の四隅に当たる。光の中に現れたのはやはりマネマネ達だった。

「トー」という掛け声と共に四体のマネマネが宙を飛び、スポットライトがそれを追う。シュタっと飛び降りるや否や、ライトが消えた。

 

すかさず暗闇の中に指を鳴らす音とタップのリズムが聞こえ始める。

 

「オレたちゃ、マネマネ♪ 取り柄なしのモノマネ野郎♪」

「パクリ、オマージュ、なんとでも言え♪ 大声上げてやったもん勝ち♪」

「都合の悪い雑音は、耳を塞いで叫ぶのさ♪ アーアー、聞こえない♪」

「信義、誠実、すでに死語♪」

「個性、オリジナリティ、なにそれ、美味しいの♪」

「おいしいとこだけいいとこ取り♪ 厄介事は押しつけろ♪」 

「所詮、世の中、バカばかり♪ 紛い物で十分なのさ♪」

「要領だけがものいう良い世界♪ マジなヤツはバカを見ろ♪」

 

 ワンフレーズ毎にスポットライトがそれぞれを照らし出し、ステージと思しき場所でマネマネ達が踊りながら歌っている。

 

「マネマネ・エース!」

「マネマネ・ジャック!」

「マネマネ・クイーン!」

「マネマネ・ジョーカー!」

 

 四体のマネマネが唱和する。

 

「モノマネ一筋、幾星霜! 歌って踊ってモノマネ極めた我らの事を、人は呼ぶ、『マネマネ四天王』と!」

 

 シュタっと決めポーズのマネマネ達。

 

「そして我ら四天王を束ねるこの方こそ、マスター・オブ・モノマネにして、真のモノマネ王! その名も『マネマネ・キング』様だ!」

 

 室内が一斉に明るくなる。最も奥まった場所にある玉座の上に、王冠をかぶりガウンを纏ったマネマネが座っていた。どこかコミカルな見てくれではあるが、異様な魔力の気配を感じ取る。

 足をくんだように見せかけ玉座に肘をついたマネマネ・キングは、葉巻をふかしながら横柄な態度でボク達を見下ろす。踊り終わった四天王達が傍らに立った。

 

「フン、よくぞ来た。どこの馬の骨とも知れぬ旅人共よ!」

 

 ドラッケンとゾーニャのこめかみにびしりと青筋がたった。いやしくも二人は本物の王様、しかも伝説の覇王達の末裔の前で、恐れ知らずなふるまいである。

 

「おい、そこの間抜なモノマネ一座、邪魔だ! どけ!」

 

 相変わらず殺る気満々のドラッケンの言葉に、今度はマネマネ・キングのこめかみに青筋が立つ。仮にも王様同士ならば、まずは穏便に事を荒立てず、ウィットの効いたジョークでやり過ごすという技術を学ぶべきだろう。

 

「ほう、この偉大なる我に向かって不届きな振る舞い。許せぬな! 時に本物をも食いつくすモノマネの真の恐ろしさその身で味わうがよい。我が精鋭なるマネマネ四天王共よ、やっちまいな!」

「おう!」

 

 キングの言葉を合図に四天王達が飛び出し、一斉にモシャスを唱える。ポンと音を立てて、その姿が変わった。

 ボク達の目の前に現れたのは、ドラッケンもどきとゾーニャもどき、そしてボクもどきとマネマネだった。

 

「アレ?」

 

 変身に失敗した一匹のマネマネが首をかしげる。

 

「なにやってんだ、ジョーカー」

「主、気合が足りないんじゃ、気合が!」

「たるんでるよ、キミ」

 

 ボク達もどきがそれぞれの口調を真似てジョーカーを責める。再びモシャスを唱えたジョーカーだったが、さらに変身は失敗した。おそらくブリスさんに変身しようとしたのだろう。

 

「ええい、このヘタクソめ、かまわんからやってしまえ!」

 

 少しばかりいら立ったキングの言葉に変身した四天王達が身構える。瞬間、室内の明かりが全て消えた。

 僅かの後、再び室内の明かりがともるとボクは小さく驚いた。ボクの目の前に二人のゾーニャが立っていた。

 

「主、何をしておる!」

「妾が分からんのかや、情けない!」

 

 ボクに本物である事を訴えた二人のゾーニャが、互いに睨み合う。

 

「ええと、その……」

 

 目の前にいるのは本物のゾーニャとそのモノマネをしているマネマネだった。背格好から装備まで寸分たがわぬ二人を前にして、ボクは戸惑い溜息をつく。

 実のところ……。

 どちらが本物かなんてことは一目了然だった。二人の差は歴然としていた。

 仮にもゾーニャは魔王である。確かに見てくれこそ全く同じだったが、その身体から発する生命の輝きには圧倒的な差があった。

 

 モノマネは所詮、モノマネ。

 

 ゾーニャやドラッケン自身に備わった王様としての威厳や生き生きとした魅力まで、マネる事はできない。地力もないのに体裁を繕ったところで、モドキは所詮、表面だけの薄っぺらいモドキなのである。

 けれども……、手にした《稲妻の剣》でゾーニャもどきに斬りかかるのには躊躇いがあった。

 たとえモドキとはいえ、いつも抱き上げて側にいる彼女に酷似した姿に向かって斬りかかるのに抵抗を覚えるのは、当然だろう。そんなボクにゾーニャは不満げな視線を送る。

 ボク達二人の様子から、なんとなく己の不利を見てとったゾーニャもどきは、素早く戦術を変更した。トテトテとボクの傍らに歩み寄り、うるうるとした目でボクを見上げて両手を伸ばし、懸命に訴える。

 

「おにいちゃん!」

 

「グハッ」と精神に激しい衝撃を受けて倒れ伏す。

 

 兄弟姉妹が全くいない一人っ子のボクに、その言葉に対する免疫はない。

 口こそ悪いものの、もともと整った美幼……否、美少女であるゾーニャの魅力に加えて、あざといまでに可愛らしさを強調し、さらに、本物が口がさけても絶対に言わない台詞の強烈な破壊力。ボクの精神面に対する攻撃の効果は抜群だった。

 醜態を演じるボクの傍らで、本物のゾーニャがわなわなと肩を震わせている。再びメラゾーニャと化すのは時間の問題だった。

 

「おい、ユーノ! いつまでもバカやってんじゃない!」

 

 若干、病み気味の妹分を許嫁に持つお兄様ことドラッケンが、《破壊の鉄球》を振り回し、ゾーニャもどきと傍らのマネマネ・ジョーカーを攻撃する。現実の妹像に鍛え上げられた者に幻は通用しないようだ。《マネマネ》達は姿形をまねる事のみに全魔力を使ったらしく、その防御力は皆無だった。ドラッケンの攻撃を受けて、魔物達はあえなく本性を現して消滅する。

 

「何をするか、危ないであろうが、ドラ王!」

 

《破壊の鉄球》の攻撃に巻き込まれそうになったゾーニャが、今度は《グリンガムの鞭》を振り回し、ドラッケンもどきを仕留めた。ついでにドラッケンも巻き込まれる。

 味方の姿をした敵を容赦なく、むしろ生き生きとした表情で仕留める非情な王達の振る舞いの傍らで、どうにか精神攻撃から立ち直ったボクだったが、その前にボクの姿を模したボクもどきが立ちはだかる。

 互いに《稲妻の剣》を抜き放ってはいるが、どうにかボクの貫録勝ちだった。ボクとて伊達に勇者を名乗っている訳ではない。幾度も潜り抜けてきた修羅場の経験が、頼りない少年だったボクを逞しく……。

 

「ところで、どっちが本物じゃ?」

「さあな? 頼りなさそうなのは同じくらいか……。おい、ユーノ、オレ達じゃ見分けがつかんから、そいつの始末は自分で頼む!」

 

 頼もしい仲間達の言葉に涙する。

 ボクは一目で本物を見分けたというのに……といじけるボクの目の前で、力量差を感じ取ったボクもどきがまごまごしている。ボクと目が合うや否や何を思ったか、ボクもどきは手にした剣を捨て、両手を大きく広げた。

 

「おにいちゃん!」

「なんでやねん!」

 

 間髪いれぬ突っ込み代わりのボクの一撃で、ボクもどきは消滅する。時と場合を選ばぬモノマネは《両刃の剣》。四天王最後の刺客との戦いは実にあっけない幕切れだった。

 

「己の仲間を躊躇なく葬り去るとは……、なんと恐ろしい奴らだ……。貴様らに正義はないのか?」

 

 けしかけた部下達をあっさり眼前で葬られ、マネマネ・キングが呆然とする。

 

「ビッグネームの後ろに隠れたところで、それに潰される程度の力量じゃ、結果は当然だろ!」

「人のモノマネやパクリで修羅場を切り抜けられるほど、世の中は甘くないということじゃ!」

 

 竜王に魔王。

 かつては悪の象徴だったその称号を持つ彼らに、正義を期待するのは無茶無謀というものである。

 

「さて、後はお前だけだな!」

「あの程度のモノマネで妾を謀れると思っておったのか、主よ!」

 

 期待に反さぬ邪悪な笑みを浮かべた二人の王が、モノマネ王に歩み寄る。偽物では決して出せぬ本物の迫力にすっかり怯えたキングが立ち上がり慌てて言い放った。

 

「ま、まだだ! 我が部下はあの者達だけではないぞ。ええい、皆の者、であえ、であえ! この狼藉者どもを始末するのじゃ!」

 

 キングの言葉に応えるかのように室内のあちらこちらからワラワラと魔物達が現れた。ゆらゆらと揺らめく姿が特徴的な同族の魔物達《メラゴースト》。その数は百体近くに上る。

 おそらくマネマネ劇場の裏方として、照明係を始めとした様々な雑務に携わっていたのだろう。

 メラメラと燃える炎をゆらゆらと揺らしながら、わらわらと集まってくる魔物達の姿を目にしてマネマネ・キングが勢いづく。

 

「フハハ、戦とは所詮数よ! 行けぃ! わがゴースト共よ。」

 

 わらわら、おろおろとボク達を取り囲むものの襲いかかってくる気配はない。

 フンと一つ笑ったドラッケンが、竜化して大きく威嚇する。その圧倒的な迫力に《メラゴースト》達が再びわらわらとざわめいた。彼我の実力差に気づき、キングの命令に従う事に躊躇いを覚えているようだ。

 

「何をしているお前達! モノマネ一つ出来ぬ無能なお前達を、今日まで誰が飼ってやったと思っている! こんな時こそ我が恩に報いぬか!」

 

 マネマネ・キングの一喝に《メラゴースト》達のざわめきがさらに大きくなる。なんだかメラメラと炎の勢いが強くなり始めたのは気のせいではないようだ。だが、その矛先はボク達にではなく、キングに向かっているように思えた。

 

「行け、ゴースト共よ! 我が野望の達成こそが貴様らの幸せ! その命を我が為に捧げよ! それこそが代わりなどいくらでもきく貴様達ゴーストの唯一無二の存在意義なり!」

 

 わらわらがぴたりと治まった。メラメラがさらに強くなる。おろおろはギラギラになっていく。

 そして《メラゴースト》達が……、一斉に背を向けて、その場から去っていった。

 

 ――冗談じゃねえ。さんざんバカに付き合わされて、もうへとへとなんだよ!

 ――テメエなんぞの為に、くだらん戦いに巻き込まれて命まで張れるか!

 ――たいして報酬もよこさねえくせに、こき使うだけこき使いやがって!

 ――今まで誰がテメエらのバカ騒ぎを支えてやったと思ってんだよ!

 ――後は一人でやりな! オレ達の代わりはいくらでもいるんだろ!

 

 去っていくその背中から、ゴースト達の嘆きが聞こえるようだった。

 

「待てー、貴様達、どこへ行く? 我なしでやっていけると思っているのか?」

 

 玉座の前で慌てふためくキングの姿を振り返る者は無い。

 

『オレたちゃ、ゴースト♪ 取り柄なしの根無し草♪』

『無能、脳無し、なんとでも言え♪ ヤバくなったら、逃げ出すだけさ♪』

 

 陽気な歌とともに《メラゴースト》達は去っていく。いつしか熱気も冷めやり、室内には虚しさだけが残った。

 

「まあ、そのなんだな……。部下はこき使いながらもそれなりに大事にしないとな」

裏方(ゴースト)を大事にせぬ者は手痛いしっぺ返しを食らう、という教訓じゃな……」

 

 妙に実感のこもった王様二人が、モノマネ王に説教する。呆然自失のモノマネ王の頭から、王冠がズリ落ちた。やがて、ふるふると全身が小刻みに震え始める。

 

「おのれ、ならば……、我自ら、究極のモノマネを見せてやる!」

 

 ガウンのポケットから何やら取り出し、握りしめる。異様な魔力の気配がさらに高まり、ボク達は反射的に身構えた。

 

「ふっふっふっ、これなるは伝説の聖遺物。これにモシャスを極めた者の真の力を合わせれば……!」

 

 モシャスを唱えたマネマネ・キングの姿が変化する。眩しい輝きの中に、一匹の大型の魔物の姿が現れた。ボクの頭三つ分くらい大きいだろうか? 巨大な口に一本角。ひらひらとマントをはためかせる醜い外見の上級魔族からは、先ほどのモドキ達とは全く異なる巨大な魔力の気配が立ち昇る。ボク達は顔色を変えた。

 閉じていた眼をかっと見開き、ボク達をじろりと一睨みした魔物は徐に口を開いた。

 

「ついに蘇る事ができたか。あれからずいぶんと長い時が過ぎたようじゃな」

 

 マネマネ・キングとは全く異なる凶悪な気配にボク達は驚き、その場を大きく飛び下がる。

 

「ほう、何やら覚えのある者達によう似た波動がするのう。多少、ふ抜けておるようだがその顔、見覚えがあるぞ。小僧、貴様、さては勇者の末裔か! この魔王《バラモス》様に楯突こうなどと相変わらず身の程をわきまえぬな!」

 

 現れた魔物の言葉に戦慄する。

 

「《バラモス》じゃと。バカな。貴様たちは一族もろとも、遥か古に勇者に滅ぼされたはずじゃ!」

 

 ゾーニャの言葉に《バラモス》はカッと口を開いて笑った。

 

「ほう、小娘、貴様、闇の帝王の末裔か。感じるぞ、あの傲慢で忌々しき闇の波動に似たモノを。いかにもかつて我が一族は忌々しき勇者どもに滅ぼされた。だが、こうして何者かの召喚に応じて蘇ったのだ!」

 

 マネマネ・キングが使った聖遺物とやらは、《バラモス》所縁の品だったのだろう。

 

「我が前に立った事を悔やむがよい。ふたたび生き返らぬようそなたらのハラワタを喰らいつくしてくれるわっ! 小僧、小娘、貴様らの祖先達への怨念もろとも喰いつくし、名実ともに真の大魔王《バラモス》の復活じゃ」

 

 問答無用の戦闘開始である。

 開始早々、《バラモス》はマホカンタを唱えた。呪文をはじき返す光の壁が現れ、《バラモス》の身を守る。

 

「同じ失敗をせんのが、真の魔王というものよ!」

 

 魔法での攻撃と牽制を封じられたゾーニャは、ボク達の強化と防御に専念する。

 バイキルトで強化されたボクとドラッケンが左右から《バラモス》を挟み込む。

《破壊の鉄球》の容赦ない一撃を受けても《バラモス》に怯む様子はない。鋭い爪の攻撃を盾で防ぎながら斬りつけたボクに、間髪をいれず激しい炎を吐きつける。怯んだ所にメラゾーマが飛ぶ。

 直撃を受けて吹き飛んだボクを、ブリスさんがベホマで回復させた。

 

 ――強い。

 

 伝説の勇者と死闘を繰り広げ、さんざんに苦しめたという魔王の力にボクは舌を巻く。

 

「さすがは、魔王、だね……」

 

 回復し、再び戦闘に復帰したボクの言葉に、ゾーニャが忌々しげに舌打ちする。

 

「ふん、あの程度、本来の妾の力があれば造作もないというに……」

 

 かつて、闇の帝王と呼ばれ、《バラモス》よりもさらに強大な力を誇ったという《大魔王》の末裔である彼女にしてみれば、バラモス如きはねっかえりの自称魔王など、物の数ではないらしい。ただし、チビッ娘でなければの話だが……。

 

「おい、お前ら、無駄口叩いてばかりいないでどうにかしろ。オレにばっか、押し付けてんじゃねえ!」

 

《破壊の鉄球》と《力の盾》を巧みに使い分け、《バラモス》を足止めしているドラッケンが怒鳴った。慌ててボクは加勢する。

 マホカンタのせいでゾーニャの魔法が使えぬ以上、地道に力で押しつぶすしかないだろう。

 ゾーニャとブリスさんの回復魔法の援護を受けながら、コツコツとダメージを積み重ねて行く戦術に切り替えたボク達に、《バラモス》は小さく眉を潜める。

 

「成程。そこそこの修羅場を潜り抜け、実戦慣れしておるようじゃ。さすがは勇者の末裔といったところか。ならばこちらも、とっておきを見せてやろう!」

 

 言葉と同時に魔力を集中する。

 

「気をつけよ! 何やら怪しげな技を使うようじゃ!」

「だったら、やらせなけりゃいいだけだ!」

 

 ゾーニャの忠告にドラッケンが猛攻で応える。

 激しい攻撃をその身に受けながらも十分に魔力を練り上げた《バラモス》が、その奥の手をさらした。

 

「バシルーラ!」

 

 聞きなれぬ呪文を詠唱する。だが、すぐには効果は現れなかった。不発か、と誰もが安堵しようとしたその時、ドラッケンとブリスさんの周囲の空間に奇妙な歪みが生まれた。

 

「な、なんだ?」

 

 慌てるドラッケンの姿にゾーニャが顔色を変える。

 

「しもうた!」

 

 歪んだ空間の中で二人の姿が薄らぎ、僅かに揺らいで唐突に消え去った。

 

「クックッ。これで小うるさいのは消え去った。当分は戻ってこれまい。さて、ゆっくりと主らをいたぶってくれようか!」

 

 残されたボクとゾーニャに《バラモス》が向き直る。

 頼もしい仲間であり、いつもボクを勇気づけてくれるドラッケンがいなくなった事でボクは大きく動揺する。背後にいるのはチビッ娘一人。彼女を守りながらの攻撃では、長期戦は免れず、そうなると体力に不安のある彼女の存在が、パーティー全体の大きな足かせとなる。回復と防御優先の戦い方ではおそらく、すぐに消耗しチェックメイトとなるだろう。

 

「主よ! しっかりせぬか! たかがドラ王の一人や二人いなくなったところで大事ではないわ!」

「そ、そんなこと言ったって……」

 

 心の中に生じた不安から目に見えて動きの悪くなるボクの背後から、ゾーニャが檄を飛ばす。

 

「忘れたのか、主よ。主は勇者。そして妾は正統な魔王の末裔ぞ。妾達が力を合わせて戦えば、恐ろしいものなどある訳なかろうが!」

 

 その言葉に息をのむ。

 ゾーニャはボクの事を信じてくれている。ならばボクも又、彼女とボク自身の力を信じてこの難局を乗り越えなければならない。まずは目の前の危険をどうにかせねば、ドラッケンを心配することなどできはしない。

 

「そうだったね……ゾーニャ。ありがとう」

 

《稲妻の剣》を手に、ボクは《バラモス》と正面から対峙する。どこかすっきりとした気分で、ボクは魔王に挑んだ。

 

「背中は任せるがよい、ユーノよ!」

 

 彼女の頼もしい魔法の援護を受けつつ。ボクは全力で《バラモス》に斬りつける。それまで余裕があった《バラモス》の顔色が変わる。爪の一撃を盾で受け流し、呪文を詠唱しようとする巨大な口に斬りつける。よろよろと後退する《バラモス》にボクはさらに怒涛の攻撃を加えた。

 

「バ、バカな。なんだ、この強さは!」

 

 どうやらボクは追い詰められて力を発揮するタイプらしい。バイキルトで倍加した力を叩きつけるボクに後方から声が飛んだ。

 

「ユーノ、下がりや!」

 

 ボクがその言葉に従うや否や、後方から巨大な火の玉が放たれ《バラモス》を直撃する。いつの間にかマホカンタの効力が切れていたようだ。

ゾーニャ渾身のメラゾーマを全身で受け止める《バラモス》が苦悶する。だが、さすがというべきか、全身をクロコゲにしながらも《バラモス》はそれを耐えきった。

 

「こ、小娘、よくも……」

 

 憤怒を伴うその言葉は、最後まで続けられなかった。全力全開の力を剣に乗せたボクが、《バラモス》の目の前に飛び込んでいた。雷撃の力を限界にまで高めた《稲妻の剣》が眩しく輝く。魔王の懐に飛び込んだボクは、容赦なくトドメの一撃を放った。

 

「終わりだ! ギガ・スラッシュ!」

 

 剣と魔法の力を同時に放つ勇者最強の一撃が魔王の身体を切り裂いた。

 

「グワーー!」

 

 大技を連続で受けた魔王がついに断末魔の絶叫とともに倒れた。

 

「お、おのれ、またしても、勇者か…………」

 

 その言葉を残してバラモスは消滅する。元となったマネマネ・キングも同時に消滅したようだ。

 室内から禍々しい魔の気配が一掃され、玉座が緑色に輝く台座に変貌する。

《グリーンオーブ》を取り出し、台座に嵌めこんだボク達の頭の上を、どこに隠れていたのかコシドーがパタパタと飛んでいた。

 周囲の景色が揺らぎ始め、《ネクロゴンド城》が消えて行く。

 

「ドラッケンとブリスさんはどこに行ったんだろ?」

 

 戦闘中に消えてしまった二人の心配をするボクにゾーニャが答えた。

 

「さてな、バシルーラは対象を遥か彼方に飛ばしてしまうトンデモ呪文じゃからな……」

「それって、どこに行ったか分からないってこと……。大変じゃないか!」

 

 この世界はボク達の世界と同じかそれ以上に広い。広大な世界の中でどこに飛ばされたかも分からぬ二人を探すのは不可能に近い。だが、ゾーニャは冷静だった。

 

「落ちつけ、ユーノよ。飛ばされたのは、ドラ王一人ではない事を忘れたのか」

「そりゃ、ブリスさんも一緒だってことは分かってるよ」

「一つ所にじっとしておれんドラ王一人ならば確かに問題じゃが、あやつ……、ブリスがおるなら話は別じゃ。それに、ホレ」

 

 指差すその先にはボク達の前に下りてきたラーミアの姿があった。

 

「彼の聖鳥が導いてくれるやもしれん。ブリスとこの鳥は繋がっておるようじゃからな」

「そうか……、じゃあ、どうにかなるんだね……」

「確実というわけではないじゃろうが、決して悲観的になる必要はなかろうてよ……」

 

 ゾーニャの言葉に胸をなでおろす。どことも分からぬ場所に放り出された仲間達の為に一刻も早く飛び立とうと、ゾーニャをかっさらうように抱き上げて、下りてきたラーミアの元に駆け寄ろうとする。

 

「待つがよい、主よ!」

「どうしたんだよ。話ならラーミアの背の上でも……」

「大事な話じゃ!」

 

 ボクの腕の中のゾーニャが両手でボクの頬を挟み、何時になく真面目な顔でボクを見据える。コホンと一つ咳払いして彼女は続けた。

 

「主よ、先程、妾の偽物が現れた時、躊躇うたな!」

「えっ、まあ……それは……」

「主、本気で妾の事が分からんかったのかえ?」

 

 ゾーニャの髪がゆらゆらと揺れ始め、抱き上げた身体が熱を持ち始める。チビッ娘魔王は何やらお怒りの御様子だ。

 

「ち、違うよ、キミ達の見分けなんてすぐについたさ」

「だったら、何故、とっとと止めを刺さんか! 戦いの最中、つまらん躊躇いは己が身を危険にさらすことくらい分かろうが!」

 

 詰問するゾーニャにボクはうろたえる。

 例え偽物とはいえ、いつも抱き上げている身近な彼女と同じ姿の者を躊躇いなく斬り捨てるなど、ボクにはまず無理である。どうにかこうにかそれを説明すると、彼女は暫し呆気にとられた。

 

「全く……、本当に……、こやつは……」

 

 両頬にあてられた手を離し、ボクに聞き取れぬかのような小さな声で暫しぶつぶつと呟きながら、ゾーニャは溜息をついたり顔を赤くしたりしている。暫しの百面相の後、彼女は再びボクの両頬を両手で挟み、ボクの瞳をまじまじと見据えた。

 

「よいか、ユーノよ!」

「は、はい、なんでしょう!」

 

 マジな目をしたチビッ娘魔王の迫力に、ボクは大きくたじろいだ。

 

「主、今後、二度と妾以外の者に気を取られることは許さんぞ! そうじゃ、一つまじないをかけてやろう……」

 

 そして……。

 コホンと一つ咳払いをした彼女は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、あろうことか、『あの言葉』をボクの耳元で囁いた。

 

「グハッ!」

 

 ニセモノなど足元にも及ばぬ過去最大級の凶悪な精神攻撃を受け、ボクはゾーニャを抱え上げたままその場に倒れ伏す。

 

「これ、たわけめ! しっかりせぬか、ユーノよ!」

 

 倒れたボクに巻き込まれたゾーニャが腕の中で暴れている。

 

 ――こいつら、世界の危機が迫ったこの大変な時に、何やってんだよ!

 

 コシドーとラーミアの冷ややかな視線を感じながら、ボクは気絶する。昇天するとはきっとこういうことなのだろう。

 戯れとはいえ、まごう事なき『本物』の言葉に心の底からうち震えながら……。

 

 

 

2014/06/29 初稿

 

 

 

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