ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~《完結》   作:暇犬

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天昇篇 08

 

 伝説の不死鳥が空を行く。

 

 遥か彼方へと放り出されたドラッケン達を追って北へと飛んだボク達は、古い宮殿跡が霞のように消え去り、現れた台座とともに草原にぽつりと立ちつくす二人の姿を見つけて安堵した。

 

『今、世界は『火の理』とともに繋がりました』

 

 深紅の台座に《レッドオーブ》を収めたボク達の傍らでそう告げるブリスさんの事よりも、ずいぶんと雰囲気の変わったドラッケンの方にボク達は興味津々だった。

 今、力と輝きに満ち溢れた新たな装備に身を包んだドラッケンは、実にご機嫌な様子でラーミアの背の上にデンと座っている。

 

「ドラッケンのヤツ、どうしちゃったんだよ!」

「ふむ、主よ、気をつけることじゃ。あの手の輩は、調子に乗っていずれ手ひどいしっぺ返しを食らうものと相場がきまっておるからの。巻き込まれぬようにせんと……」

 

 背後からわざと聞こえるように言ったゾーニャの言葉を、ドラッケンは鼻歌交じりに聞き流す。

 

 ――ふっふっふっ、力を極めし天竜王様はその程度の陰口で動ずる事はないのだよ、愚かな魔王め!

 

 輝かんばかりの自信に満ち溢れた背中が語る。

 ボクの傍らで、ぐぬーとばかりに、チビッ娘魔王が口をへの字に曲げていた。いつもと勝手の違う喧嘩相手の姿がどうにも面白くないらしい。

 

 ――ボクに八つ当たりはしないでね。

 

 ボクの心情を読み取ったらしく、今度はボクを睨みつける。

 そんなボク達とブリスさんを乗せ、ラーミアは再び南へと飛んでいた。

 険しい山々を越え、草原を越え、海に出たラーミアはさらに南へと飛び再び、見覚えのある砂漠の上をとぶ。さらに南下すれば再び、元来たネクロゴンドに辿りつく事になる。

 

 ――一体どこへ連れて行くつもりなのだろう?

 

 何気なく不安に思ったボクの思いを感じ取ったかのようにラーミアは高度を下げて行く。やがて、視界に一面の砂の海が広がり蜃気楼のようにうかびあがるオアシスが現れた。

 ゆらゆらと揺れるように浮かぶオアシスの側に佇む街と宮殿。ラーミアはボク達をその場所に下ろして甲高く一声鳴いた。

 

「参りましょう。次なる台座はこの場所に……」

 

 ブリスさんの言葉に従いボクは街へと歩みを進める。その場所はやはり他の街と同じように幻影の箱庭だった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 遥か古に滅び去ったという街の姿。ブリスさんによれば、かつて《イシス》と呼ばれた国だという。

 そこに暮らす人々の生活はどこか不自然だった。

 ぎすぎすした表情を浮かべる女達と元気のない男達。決して貧しくは見えぬ街並みではあったが、遥か古の幻像の中に映る人々の姿は、どこか不幸せに見えた。

 些細な事でおきる小さな諍いが街のあちらこちらで繰り広げられる。まなじりを吊り上げ、鬼の形相となって叫ぶ女達と拳を振り上げる男達。

 

「ふん、胸糞悪い光景だな……」

「まったくじゃ……。見苦しいほどにいがみ合っておるのう」

 

 珍しく意見が合った二人が、フンと顔をそむけ合う。

 

「二人とも、他人のふり見て我がふり直そうとか思わないの?」

 

 何気ないボクの突っ込みは、華麗にスルーされた。

 只、その事でボクは気付いた。

 この街の男達と女達は、視線も視点も合っていない。助け合う事も尊敬し合うこともない。一方的な価値観を押し付けあって利用しあう。双方の間にあるのは、ぎすぎすした空気だけだった。

 

「行こうぜ、ユーノ。こんな卑しいものを眺めさせられてたら、気が変になりそうだ!」

 

 ドラッケンの言葉に一つ頷き、ボクはゾーニャを抱き上げたまま足早に歩いて行く彼の後を追う。ボクに抱きあげられたまま、ゾーニャは後ろを振り返り、街の様子を黙って眺めていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 街のはずれにある宮殿にボク達は足を向ける。壮麗な作りのその場所は、街以上にぎすぎすした空気に満ち満ちていた。

 

『いやあ! 男よ! 汚らわしい!』

『私達の女王様に不埒な真似をしようとしてるにちがいないわ!』

『このような醜い生き物、叩き出せ!』

 

 女官や女兵士たちによって次々に叩き出される男達。有能な官吏も兵士も男というだけで、理不尽な言いがかりをつけられ、まとめて叩き出される。人の目につかぬ仕事を受け持っていた彼らが放逐される事で、城は徐々に荒廃していく。

 それに気付かず目の前の事だけに狂奔する女達は、美しい女王を囲み、口先だけのおべんちゃら合戦に興じていた。

 

『まあ、女王様の黄金の豹の毛並みはとても美しいですわ』

『ああ、なんと凛々しい爪の形、やはり側に置くなら断然、猫ですわね』

 

 女王の傍らに寝転ぶ幼い豹を次々にほめそやす女官達。ふと一人の女官が口を開いた。

 

『でも、猫も可愛らしいですが、生まれたての子犬も又、可愛らしくてよ……』

 

 瞬間、周囲の空気が凍る。

 

『貴女、女王様に楯突こうというの?』

『だれか、この者を牢にぶち込みなさい。神聖なる女王様への反逆を企てる者にちがいありませんわ』

『ま、待って下さい、私はそんなつもりでは……』

 

 弁解の余地を与えられる間もなく、女官は女兵士に引っ立てられ投獄されていく。

 

 さらに時は流れ、女王の周囲からは一人、又一人と陰湿な争いの末に人が消え、やがて誰もいなくなった。

 無人となった女王の間には、獣の骨だけが虚しく転がる。

 

「憐れじゃのう。己と違う価値観を認めず、弾き続け、最後は誰もいなくなったか……」

「つくづく愚かな女どもだな」

「女が愚かなのではなかろう。ここにいた者達がそうであっただけじゃ」

 

 全ての幻影が消え去った廃墟の中にボク達は立ち尽くす。ボク達の前には、ほとんど原型をとどめぬ玉座だけが残っていた。

 

「なあ、ここが次の台座のはずじゃ、ないのか?」

「確かに、この地に次の台座があるはずなのですが……」

 

 ドラッケンの問いにブリスはあいまいな表情を浮かべる。ふいにゾーニャがぽつりと呟いた。

 

「下じゃな……」

「下?」

 

 ボクの問いに彼女は小さく頷く。

 

「うむ、何やら、この階下から妙な気配が漂ってくるようじゃ……。ただこれは……」

 

 僅かに眉を潜め、彼女は口を閉ざす。

 顔を見合わせあったボク達は階下を目指す事にした。一階からさらに地下へと続く階段を降りる。レミーラの輝きに照らし出される廃墟の中には、時折、怪しげな影が浮かび上がりボク達に襲いかかる。

 それらを跳ね除け、さらに先に進んだボク達は地下二階への階段を下りた。

 暗い闇が広がる広大な空間。やがて彼方から闇よりも濃い一つの影が近づいてくる。暗い室内が魔法の光で照らされ、室内の様子と影の主の正体が同時に浮かびあがる。

 無数の墓石が散在するその場所はおそらくこの国の墓所なのだろう。そして近づいて来た人影の持つ圧倒的に巨大な魔力の気配にボク達は息をのむ。

 堂々たる魔力を秘めた《闇の衣》に身を包む圧倒的な魔人。

 

『ほう、わが生贄の祭壇へよくぞ来た! 我こそは全てを滅ぼす者。全ての命を我が生贄とし、絶望で世界を覆い尽くしてやろう!』

「まさか……とは思ったが。やはり妾が祖にして偉大なる大魔王《ゾーマ》か……」

 

 ボクの腕から下りたゾーニャが呆然と呟いた。小さな肩が僅かに震えたように見えた。庇うようにボクは彼女の前に立ちはだかる。

 

「おもしれえ、この天竜王ドラッケン様の新たな力を試すには絶好の相手だな!」

 

 殺る気満々のドラッケンが新たな槍と盾を構えた。

 

「ゾーニャ、大丈夫かい?」

 

 振り返ることなくボクは彼女に尋ねる。

 

「見くびるでない。妾を誰だと思うておる、当代の魔王ゾーニャであるぞ! 遥か古の祖先の幻影などに負けはせん!」

 

 背後から聞こえる己を鼓舞するかの如き声の中に、僅かな安堵を感じる。ボク達仲間の力を信じてくれているのだろう。

 

『なにゆえもがき生きるのか? 滅びこそわが喜び。死にゆく者こそ美しい。我が腕の中で息絶えるがよい』

 

 巨大な魔力が凝集していく。

 ゾーニャとブリスさんが立て続けにスクルトとフバーハでボク達の守りを固める。さらにルカナンを唱えて大魔王の守備力を下げ、ボク達は万全の形でゾーマに最初の攻撃を仕掛けようとした。

 不意にゾーマが大きく広げた指先から、いてつく波動が放たれる。

 力なき魔力の衝撃がボク達の身体を通り抜け、全ての呪文を無効化する。

 思わぬ攻撃に動揺したボク達の攻撃をゾーマはあっさりとかわした。

 ちっと舌打ちしてドラッケンが飛び下がる。敵味方拘わらずあらゆる呪文効果を消し去るいてつく波動は、おそらくドラッケンの竜化も無効化することに気づいたのだろう。

 

「おい、ゾーニャ! お前、《光の玉》を持ってないのか? あれは確かお前達魔王の一族の力を封じることができた筈だろ?」

 

 ドラッケンの問いにゾーニャは顔色を変えることなく答えた。

 

「あんな物騒な代物、とうに妾が叩き割ったに決まっておろうが……」

 

 ボクとドラッケンがずっこける。

 たしかに、あの玉のせいで力を封じられ、ハーゴン四世に幽閉されてしまったのだから、彼女の性格からすれば当然の事ではある。とはいえ、伝説級の宝珠をいともたやすく破壊してしまう豪快な彼女の所業に、ボクはすっかりあきれ果てた。

 

「フン、つい、カッとなってやった。後悔はしておらぬ。むしろせいせいしたわ!」

「そ、そうですか……」

 

 どうやら最強の大魔王相手に、小細工なしのガチンコバトルを挑まねばならぬらしい。

 

《大魔王ゾーマ》――。

 

 はるか古の時代に御先祖様達が倒した時は、光の玉で力を封じた状態でやっとのことだったという。濃い闇の波動に満ちた《闇の衣》で身を守り、圧倒的な魔力の気配を全身から立ち昇らせる最強の大魔王がボク達の前に立ち塞がっていた。

 

「ダメ元じゃ!」

 

 効果を打ち消される事を覚悟して、バイキルトをかけるゾーニャに習い、ブリスさんがフバーハをかける。攻撃力を上げて襲いかかるボク達を凍える吹雪で迎え撃ち、さらにマヒャドを唱えた。素早い連続攻撃で、ボク達は動きを鈍らせる。凍てつくような冷たい闇の力を叩きつけられ、凍えるボク達の身体をベホマラーの暖かい波動が包む。

 ドラッケンの槍とボクの剣が同時に斬りかかりダメージを与えるもゾーマに怯む様子はない。表情一つ変えずに更にマヒャドを連発する。

 

「……ったく、なんとも冷たい御先祖様よな!」

 

 巨大な火球が放たれる。ゾーニャの放ったメラゾーマの圧倒的な熱量が大魔王を直撃したものの、身にまとった《闇の衣》が威力を半減させ、あっさりと耐えきられた。

 すかさずゾーマが再びマホカンタを唱え、光の壁が生まれた。

 攻撃魔法を封じられ、ゾーニャは悔しげに唇をかみしめる。

 

「怯むな、ユーノ! いつも通りで行くぞ!」

 

 着実に小さなダメージを積み重ね、より大きなチャンスをモノにする。幾度も繰り返してきた強敵相手のセオリーを思い出し、ボクは剣を振う。

 

「天竜王様の力を見せてやろう」

 

 ドラッケンがさみだれ突きを連続で放つ。計八回の連続攻撃にゾーマが一瞬、翻弄される。その隙をついたボクの攻撃を、ゾーマは鮮やかな体さばきでかわし、ボクはひっくり返った。

 伝説の大魔王は偉大な魔法使いであるだけでなく、優れた体術使いでもあるようだ。攻撃は最大の防御とばかりに魔法の援護を受けたボク達は、なおも果敢にゾーマを攻め立てる。

 だが、再びいてつく波動が放たれ、凍える吹雪に翻弄され、お返しとばかりに強烈な素手の一撃でボクは再び吹き飛ばされる。

 竜人のままの状態で放たれたドラッケンの灼熱と冷たく輝く息を受けたゾーマが後ずさる間に、ボクは再び後方からの回復魔法で窮地を脱した。

 大魔王として伝説になるだけのゾーマの実力に舌を巻く。幾つもの修羅場の中で勇者として、かなり鍛えられたつもりだったが、戦闘においては、天竜王を名乗るドラッケンの足手纏いになりかけている。

 

 ――今、出来る事を最大限に。

 

 そう考えたボクは剣を収めて先頭に立つ。

 

「お、おい、ユーノ」

「ドラッケン、ここはキミに任せた!」

 

 すっかり手になじんだ《水鏡の盾》を正面に構え、驚くドラッケンにボクは壁役に徹する事を宣言する。

 

「相変わらず、無茶な事を考えるな、お前」

 

 ボクを盾にして背後に立つドラッケンが呆れたように言う。お互いさまさ、と答え、戦闘再開する。

 皆の先頭に立って防御に徹するボクに次々に容赦のない攻撃が浴びせられる。盾越しに幾度も加えられる強烈な衝撃に歯を食いしばって耐えるボクには、背後からの魔法の援護はなによりも有り難かった。

 壁役に徹するボクのお陰か、余裕の出来たドラッケンの攻撃が冴え始める。

今まで隙の全く見えなかったゾーマに、バイキルトで増強した攻撃を的確に当てて、ダメージを蓄積させていく。

 防御に徹する事で相手の状態が見えるようになったボクには、ゾーマの動きが徐々に鈍くなっていくように感じられた。

 

「効いてるよ! その調子だ!」

 

 冴え渡る槍の妙技を見せるドラッケンがさらに果敢に攻め立てる。

 

 薙ぎ払い、突き抜き、叩きつける。

 

 神秘的な力を秘めた《竜神王の槍》の刃を受けたゾーマの身体から幾筋もの闇が煙のようにたなびき始めた。

 それはかつて見たことのある光景――。

 闇の力を己のものとしたルザロの身に起きた現象と同様に、蓄積されたダメージを回復させているらしい。それまでゾーマを守っていたマホカンタの光の壁もいつの間にか消えている。

 

「そうはさせぬ! コシドー、妾に少しばかり力を貸せ!」

「あいあいさー。しょうがねえなぁ」

 

 背後のやり取りが終わると同時に、巨大な魔力が湧き上がる。ゾーマの動きが鈍る事で、余裕の生まれた力をため続けたゾーニャが渾身の一撃を放つつもりらしい。

 

「メラゾーマ!」

 

 初めて見た時よりもさらに巨大な炎の玉がゾーマに襲いかかる。ゾーマの身体を取り巻こうとする闇を一瞬で蒸発させたその一撃が、ゾーマの本体をも焼き尽くす。《闇の衣》がズタズタになり、ゾーマが初めて片膝をついた。

 

「ここで決めるぞ!」

 

 ドラッケンの槍が閃光と化して、槍の穂先でゾーマを突き抜いた。

 

「決めろ、ユーノ!」

 

 言葉を身体で受け止めたボクが真正面から大魔王の懐に飛び込んだ。

 抜き放たれた《稲妻の剣》の力を発動させ、さらに渾身の魔力を練り上げる。

 

「くらえ、ギガ・スラッシュ!」

 

 突き刺さったままの槍を手放して飛び下がるドラッケンと入れ替わる様にして放たれたボクの渾身の一撃が、伝説の大魔王の身体を捉えた。

 会心の一撃の手ごたえと共に、大魔王の身体が大きくのけぞる。

 そして……、声にならぬ悲鳴と共に魔力が暴発し、ゾーマの身体が漆黒の闇と化して宙に広がった。黒い煙のようになって宙を漂う闇の姿にボク達は言葉を失う。

 

「ユーノ、ドラッケンよ。下がるがよい。戦いは終わりじゃ。ここからは妾に任せよ」

 

 コシドーを肩にのせたゾーニャがボク達の前に進み出る。ふわふわと宙に漂う闇に向かって彼女はさらに歩を進めた。

 やがて足を止め闇に向かって大きく手を広げて語りかける。

 

「偉大なる先達にして大魔王ゾーマよ。妾は、遥かなる時を隔てた主の子孫である誇り高き魔王ゾーニャじゃ」

 

 ゾーニャの呼びかけに闇が震えるように応えた。

 

「遥か古の時代に、主が何故、光の世界を求めたのか……。闇の眷族として生まれた妾には良く分かるつもりじゃ」

 

『怨……』と闇が震えた。

 

「そうじゃな、闇に生まれた者が光に憧れ、光を渇望し、それを阻まれ再び闇に封じられる。それはまさに怨念となる程の未練であったろう。じゃがな、それでも妾はあえて言おう。主のやり方は間違っておったのじゃ」

 

 静かな口調を変えることなくゾーニャは言葉を紡ぐ。いつもの生意気なチビッ娘の姿はなりを潜め、古き魔王に語りかける現代の魔王の姿がそこにあった。

 

「時は流れ、人も時代も変わった。今や、主が渇望した光の世界は滅び、我らの愛しの故郷すらも同じ危機に瀕しておる。いつまでも古き理に縛られ、怨念となって漂っても、決して報われることはないのじゃ」

 

 闇が小さく震えた。

 

「偉大なる我が祖、ゾーマよ。主の意思を受け継がんとする妾に全てを委ね、安らかに眠るがよい。危機を救ったその先の未来において、我ら魔族は新たなる生き方を模索しようぞ。暇さえあれば、何事かといがみ合うておる情けなき眷族達ではあるが、それでも妾はその未来を信じておる……」

 

 瞬間、ゾーニャのティアラに嵌めこまれた《魔王石》が強く輝いた。

 代々の魔王の力が封じられたというその石が、宙を漂う膨大な闇を飲み込み始めた。闇を飲み込む勢いはさらに強くなり、やがて渦となった闇がゾーニャの身体を覆い尽くす。広大な地下二階の空間を照らし出していた魔法の光が一斉に消え、ボク達は真っ暗な中に、突然放り出された。

 

「ゾーニャ! 大丈夫?」

 

 暗がりの中、手探りで声をかけようとするボクを暗闇の中から聞きなれた声が制した。

 

「大仰に心配するでない! それよりも主よ。こちらに《道具袋》を放るがよい!」

「う、うん……」

 

 疑問符を浮かべながら、ボクは言われたとおりに声のする方向に腰の《道具袋》を放った。闇の中に衣擦れの音が聞こえる。さらにパチンと何かを弾くような音が間隔を置いて二度聞こえた。

「ふむ、まあまあかの……。妾にぴったりじゃ。さて、それでは復活の明かりを照らすとするか……」

 少しだけうきうきとしたゾーニャの声と共に、レミーラの明かりが宙を照らす。これまでとは比べ物にならぬほどの明るさが、広大な室内の隅々まで眩しく照らし出した。

 その中心に立った者の姿に、ボクはあっと驚きの声を上げる。

 

 豊かな紅蓮の髪に、燃え上がるような深紅の瞳。生命力あふれる強烈な存在感と透き通るような白磁の肌に圧倒的な美貌。「ボン・キュッ・ボン」という言葉が馬鹿馬鹿しく聞こえるほどにグラマラスな身体を《光と闇のドレス》に包んだ美少女、否、美女が悠然と佇んでいる。

 その迫力にボクは圧倒され、言葉を失った。

 

「どうした、主よ、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして……。何ぞ、妾の姿が可笑しいかや?」

 

 きつめの美貌の彼女は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

 

「なんだ……。ようやく元に戻ったのか」

 

 傍らに立ったドラッケンの言葉でようやく状況を理解する。

 

「えーと、もしかして……、ゾーニャなの……かい?」

 

 答えは分かり切っているものの、ボクは間抜けに問いかける。

 

「妾の他に誰がおるのじゃ? 主よ。相変わらず間抜けじゃな!」

 

 コロコロと笑いながら手にした《道具袋》を、ボクに向かってぽいっと放り投げる。慌てて受け止めたボクはふとある事に思い至る。ゾーニャは破壊神召喚の生贄にされた為にこれまでその身体が小さくなっていた。その身体が元に戻ったということは……。

 

「オイラならここにいるぞ……」

 

 ボクの心配に応えるかのようにコシドーがパタパタと宙を飛び、ゾーニャの肩に止まった。その外見に大きな変化はない。

 

「お前、ゾーマを食ったのか?」

 

 ドラッケンの問いにゾーニャが小さく笑った。

 

「食ったとは失礼じゃな、ドラ王よ。我が祖ゾーマの魂とその想いは、代々の魔王と共にこの《魔王石》の中でようやく眠りについたのじゃ。未来を妾に委ねてな……。今の妾は《大魔王》の力を受け継ぎし者……《大魔王》ゾーニャ様じゃ。頭が高いぞよ、ドラ王、控えぬか!」

 

 コロコロと笑いながら冗談を飛ばすゾーニャに、ドラッケンが顔をしかめる。

 

《グリンガムの鞭》。《光と闇のドレス》。《メタルキングの盾》。《魔王石のティアラ》。

 

 復活した大魔王にふさわしい装備に身を包み、艶やかに佇む彼女の背後で、不意に紫色の輝きが生まれた。室内に散在する無数の墓石が一斉に消滅し、代わって紫色の台座が現れる。そこに《パープルオーブ》を収めたボクにブリスさんが告げた。

 

「今、世界は『闇の理』と共に繋がりました」

 

 周囲の景色が変わり始め、ボク達は、気付けば水の枯れかけたオアシスの傍らに立っていた。

 大魔王の称号を堂々と名乗ったゾーニャが、さらりとした砂地の上を優雅な足取りでボクに向かって歩いてくる。

 艶やかな美女の姿にふと慣れ親しんだチビッ娘の姿が重なり、ボクは一抹の淋しさを感じた。今やすっかり当たり前のようにボクの身体になじんだ彼女の心地良い重さと温もりを感じる事は、もうできないのだろう。

 とはいえ、縮んだ身体でボク達が気付かぬ苦労を重ねてきた仲間がめでたく元の姿を取り戻した事に、今は喜んであげるべき時である。小さな淋しさを心の内に隠して微笑みかけるボクの側にやってきた彼女は……、あろうことか……、両手を大きく広げた。あたかも当然であるかのようなその仕草に、ボクは大きく戸惑った。

 

「えーと……、ゾーニャ……、これはどういう事……かな?」

 

 すぐ間近に迫る圧倒的な美貌と豊かな胸の迫力に気圧されながらも、ボクは努めて平穏に振舞おうと試みる。だが、当の彼女は、そんなボクの努力をあざ笑うかのようにボクにすり寄り、豊かな胸を押し付け、挑発する。

 

「何をしておる、主よ。いつも通り、早う抱き上げぬか! 妾を抱き上げて運ぶのは、主の役割じゃろう?」

「はい?」

 

 疑問符で頭を埋めつくされたボクは、唖然として立ち尽くす。

 これまで彼女を抱き上げてきたのは、身体の縮んだ彼女がボク達に合わせて行動する事が困難だったためであり、元の姿を取り戻した今、その必要は全くないはずだった。戸惑うボクのことなど眼中にないかのように、大きく広げた両手をボクの首に回し、抱きつくようにして彼女は続けた。

 

「なんじゃ、ユーノよ、もはや妾の事を抱き上げてくれぬのかえ? それとも主、もしや、小さな子供にしか興味を示さぬ『ロリコン』とかいう嗜好なのかや?」

 

 少しだけ意地悪く微笑んだ彼女は、こつんと額を合わせてボクを全身で挑発する。あらぬ疑いをかけられ、ブンブンと首を横に振ったボクは、慌てて弁解する。

 

「ちょっと待ってよ。キミはもう、元の姿を取り戻したんだから……」

 

 そこから先の言葉は出なかった。間近でニコニコと微笑む美貌の迫力が、ボクを問答無用で黙らせる。どうにも抜き差しならぬ状況に周囲に助けを求めようとしたボクの両頬を、彼女はふわりと両手で挟んだ。

 

「これ、ユーノ! よそ見をするでない。しっかり妾だけを見ぬか!」

 

 圧倒的な美貌は時に暴力となる。そんな言葉を思い浮かべたボクに、ゾーニャは続けた。

 

「実をいうとのう、主よ……。これまで主に無理を言って妾を抱きあげさせたのは、ゴロンの策略なのじゃ」

「はい?」

 

 元気者の迷惑老人がボクの脳裏をVサインしながら走り抜ける。

 

「主とドラ王の関係が実に親しげであったのでな、魔族の覇者としては、人間族との関係が竜族側に傾いてもろうては、ちと都合が悪うての……。そこで主のお人よしを利用して、妾の存在を常に身近に置かせ、主に妾のことを強く意識させようと考えたのじゃ。ホレ、昔から言うじゃろう? 人と人の親しさは物理的な距離の近さに比例すると……」

 

 全く悪びれる事無しに、ころころと美人大魔王が笑う。

 

「ったく、相変わらず腹黒い女だぜ……」

「ふんっ、主も最初から気付いておったくせに……、同罪じゃよ」

 

 ドラッケンの呆れたような言葉にゾーニャが切り返す。

 

「じゃがのう、妾とて別に打算ばかりで主の心を籠絡しようとした訳ではないぞよ。まだいろいろと物足りなくはあるが、それでも主はなかなかによい男になりうる資質を持っておるからのう。何より、初めて抱きあげられた時より変わらず、主の腕の中は居心地がよい。実を言うと、今の妾は主の温もりなしでは少々物足りんところなのじゃ。主と共におるうちに籠絡されてしまったのは、どうやら妾の方らしい。ミイラ取りがミイラになるという奴じゃな……」

 

 楽しげに微笑む美人大魔王。すっかり翻弄され混乱したボクは、あわあわと慌てふためいていた。ここぞとばかりに、ゾーニャは更なる過激な手段を行使する。

 

「どうじゃ、主よ、妾は美しかろう? それにほれ、見てみよ、主が後生大事に隠し持っていた《夜の三種の神器》とやら、実にぴったりと妾に似合うておるのじゃ。主が望むならば存分に目の保養をさせてやってもよいのじゃぞ?」

「はっ、キミ、いつの間に……」

 

 実のところ、危険と隣り合わせの日々の中、ボクは《道具袋》の《荷袋》の中に押し込んだそれらの存在をすっかり忘れ去っていた。長い旅路の中で、退屈を持て余したゾーニャが時折、面白半分に《道具袋》をかき回していた事があったので、おそらくその時に見つけたのだろう。

 僅かにはだけた《光と闇のドレス》の胸元に、見覚えのある淫靡な装飾がチラリとのぞいた。悪戯っぽく艶やかに笑う彼女の言葉にボクはさらに混乱する。これはもしや勇者に対する新たな魔王の策略か、などという頓珍漢な陰謀論が脳裏をよぎる。

 

 ――この状況を如何に切り抜けるべきか。

 

 そんな事を考えながらも、身体は正直にその慣れ親しんだ温もりを求めている。気付かぬうちにボクも又籠絡されていたようだ。

 

 ――ふ、不覚……。

 

 己の間抜けさに呆れつつ、それでもボクは心のどこかでこの状況を喜んでいた。

 そして、ふと、ボクは気付いた。

 ボクを懸命に挑発する彼女の、魔族特有の少しだけとがった色白の耳の先がほんのりと赤く染まり、ボクの頬を挟む手のひらが僅かに震えている事に。そして、押しつけられた豊かな胸から感じられる鼓動がずいぶんと早くなっていることにも。

 一見、堂々と自信に満ち溢れた美貌でボクの事を翻弄しようとしている彼女も、実は、見た目通りの余裕がないのでは……。

 そして、その一連の行動は、魔王という立場に置かれ、ちょっとばかりひねくれた彼女なりの精一杯の好意の示し方なのだと……。

 すっかり翻弄されてしまった艶やかなその姿に、いつも抱き上げていた憎まれチビッ娘の姿がふと重なった。

 不意に彼女の事が少しばかり可愛らしく感じられ、ボクの口元に小さな笑みが浮かんだ。

 

「な、なんじゃ、主よ! 何を笑うておるかや?」

 

 目の前で動揺するゾーニャが、また少しだけ、可愛く思えた。すっかり大人びた外見の中に、ボクより少しだけ年長の歳相応の少女の顔がチラリとのぞく。腕を伸ばし、そのキュッとくびれたウエストをそっと優しく抱いて引き寄せる。

 

「な、なんじゃ、主よ! こ、このようなことで……、妾はごまかされぬぞよ!」

 

 自分から抱きあげろと言っておきながら、腕の中で暴れる困った美人大魔王様に構わず、ボクは彼女の耳元に口を寄せ、小さく囁いた。瞬間、彼女の耳だけでなく顔までもが真っ赤に染まる。

 

「タ、タワケ! この女誑しめ!」

 

 憎まれ口を叩きながらも、いつしか美人大魔王様はボクの腕の中ですっかりおとなしくなっていた。不意に僅かに顔を傾け、ボクの頬にその柔らかな唇が軽く触れた。

 

「主にはこれまでずいぶんと守ってもろうたからのう。これからは復活した妾の力で、主をしっかり守ってやろうぞ。ドラ王なぞ、もはやお払い箱じゃ」

「なにバカ言ってやがる。おい、ユーノ。腹黒い女に誑かされ……」

 

 ドラッケンの呆れたような抗議の声が少しずつ遠くなる。紅蓮の炎の如き美貌を誇る魅力的な大魔王の魔の手に、今、当代の勇者は落ちようとしていた。

 

 

 

 それは――。

 はるか、古の時代から続いた勇者と魔王の争いが真の終焉を迎えた一瞬であり、両者の新しい未来への最初の一歩だった……のかもしれない。

 

 

 

2014/07/13 初稿

 

 

 

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