二つの世界を繋ぎ支える六色の柱が、少しずつその長さを縮めていく。
オーブの輝きによって繋がれた二つの世界は徐々にその距離を縮め、かつて精霊ルビス様によって分かたれた二つの世界は、ついに一つになろうとしていた。
全てを出しきって疲労したままの身体で虚無の空間を漂いながら、壮大な天地創造の瞬間を、ボク達は目の当たりにする。
重なり合う二つの大地は、元の世界とは大きく異なる姿となって生まれ変わろうとしていた。そこに暮らす人たちは一体どうなったのか? ボク達は大いに不安を覚えた。
天地創造、否、天地再生を終えるや否や、生み出された新世界はその輪郭が徐々にぼやけ、まるで霞がかかったようになった。新世界の思わぬ姿にボク達は眉を潜め、互いに顔を見合わせる。
不意にボク達の身体を暖かな波動が包み、まるで《世界樹の朝露》を振りかけられた時のように気力と体力が回復していった。
自由になった身体を起こしたボク達の前に、眩しい光が現れる。
「御苦労さまでした。《真の勇者》よ。《天竜王》よ。《大魔王》よ。貴方達のお陰で今、世界は新たな姿となって生まれ変わりました」
光の中に女性の姿が浮かび上がる。ブリスさんによく似たその姿を一目見て、ボク達はそれが精霊ルビス様であると直感した。
「あの、ルビス様」
「おい、ルビス」
「精霊よ!」
三人が同時に口を開いて顔を見合わせる。聞きたい事は皆、同じなのだろう。それを見抜いたかのようにルビス様は、厳かにおっしゃられた。
「安心なさい。貴方がたの暮らす大地も人々も皆、健在です。二つの世界が合わさって生まれた新世界に、二つの世界の記憶が上書きされた事で、決して小さくはない変化がもたらされていますが……、それは世界が十分に許容できる齟齬の筈です」
再びボク達は顔を見合わせる。
神様とか世界などという壮大なスケールの物が許容できる齟齬を、果たして、人間、竜族、魔族が一体どうやりくりできるのか、甚だ疑問である。
ボク達の前で厳かな姿を見せる精霊ルビス様ではあるが、ついさっきまで、悠久の時の中で積み重ねたストレスに耐えきれず、ヒステリーを起こし、真っ黒に染まって世界滅亡寸前まで暴れ回っていた事は記憶に新しい。とてつもないドジっ子女神様が自信満々に押した太鼓判に、ボク達は大いに不安を覚えた。
顔を見合わせたボク達は頷き合い、再びルビス様に尋ねた。
「精霊よ、あの新世界、妾には未だに完全なものに見えぬが……」
ゾーニャの問いにルビス様が答えた。
「その通りです。《大魔王》よ。あの世界は確かに生まれ変わりましたが、世界の守護者であり観察者たる神が未だ不在の在り様です」
ボク達は眉を潜めた。
「それはアンタの役目じゃないのかよ、ルビス!」
ドラッケンの問いにルビス様は首を横に振った。
「私の生み出した理によって生まれた世界はすでに滅び去り、今、あの場所にあるのは、新たな理によって築かれた世界です。新たな世界には、私の奇跡が介在する余地はありません」
「バカな事を。神のおらぬ世界と申すか。それでは……」
顔色を変えるゾーニャの言葉を、ルビス様は途中で押し止める。
「安心なさい。あの世界に相応しき理を備えた次なる新たな神を、新世界はもう決めております。その者に世界を引き継がせ、古き神である私がこの場所から去ることで、世界の再生は完全に果たされるのです」
「新たな神だと……」
怪訝な表情を浮かべるボク達三人に構うことなく、ルビス様はその者の名を呼んだ。
「シドー、そこにいますね。私は貴方にこの新たな世界をお任せしたいと思います」
思わぬ名が呼ばれる事で、ボク達は唖然とする。少しばかり時をおいて、聞き覚えのある声が面倒臭そうに答えた。
「うるせーなあ。オイラに、一体、何の用だよ?」
ボク達の目の前に更なる別の輝きが現れる。まるで魂のようにゆらゆらと揺らぐ輝きの中から、コシドーの声が聞こえた。
「シドー、私は貴方にこの新たなる世界を任せたいと思います。引き受けてくれますね?」
驚天動地のルビス様の提案にボク達は呆然とする。どうやら、コシドーも同じらしい。
「オ、オメエ、何考えてんだよ! オイラ、破壊神だぞ! 壊す事こそがオイラの本分。そんなオイラに世界を一つ預けるなんて正気か? もしかして、まだ鬱憤溜めてんのかよ、ルビス!」
酷い言い草ではあるが、的を射た反論である。かつて、ボク達の仲間であっただけに、コシドーはボク達の気持ちを率直に表現する。ルビス様は少しばかり決まり悪そうな空気を醸し出しながらも、つとめて冷静に答えた。
「確かに、以前のあなたならば、私もこのようなことは言いません。ですが、貴方の内面は、この三人と旅をして大きく変わったはずです。特に《大魔王》と魂を分かち合った事で、貴方自身の中に新しい理が芽吹いたのはないですか?」
「そ、それは……」
コシドーが口ごもる。
「本来なら、貴方は新たな《大魔王》が生まれた時に、その存在の理を失い、召喚された世界から切り離されるはずだった。ですが、あなたは消滅することなく存在し続け、己が理に反する行動をとり続けた。力を失い世界から切り離されても尚……。それは《大魔王》の中に芽生えた《真の勇者》への暖かな感情があなたをも変えたからです。シドー、あなたも神ならばとっくに気付いているはず。全ては世界によって定められていた必然であり、この事態はあなたにとって当然の帰結である事に……」
コシドーは何かを言いかけようとして、再び口ごもる。
「ルビス様、ボク達の世界にはあなたの存在をよりどころにする人達もたくさんいます。貴方はそれを放り出してしまわれるのですか?」
ボクの問いにルビス様は少しだけ淋しげな笑みを浮かべた。
「いいえ、《真の勇者》よ。私が新たな世界から切り離された事もまた、世界によって定められた必然なのです。実を言えば……」
しばし、言葉を濁した後でルビス様は続けた。
「今、こうして私の前に立っているはずの者達は、本来、私が導き世界の行く末を任せようと願った者達とは異なるのです。私の理では今、ここに立っているのは、かつての勇者の末裔たち――運命の子らだけのはずだった。だが、新たなる世界は全く別の選択をした。遥か古の時代から争いあった者達の末裔同士が手を組み、新たな神すらも選び出して次なる世界の理を導きだした……。かつて私が生み出した世界は、今、大きな生まれ変わりの時を経て、新たなる神を迎え、新たな理の元に別の世界へと変わる事を選んだのです。親元を巣立つひな鳥のように……」
「でもよ、いくら新たな理が芽吹いたとはいえ、オイラやっぱり破壊神でもあるんだぞ。それでもいいのかよ?」
コシドーの問いにルビス様は小さく頷いた。
「私は世界を生み出し、そのあり方をあるがままに眺めるだけでした。だが世に生まれ出ずるもの全てが、常に世界の理にとって有益な存在とはなりえない。その結末に貴方達は立ち会ったはずです。時にその理を守るために断固たる意思を以て、無慈悲に破壊する――その必要性を新たな世界は望んでいる。私はそう考えます」
ゾーニャとドラッケンが小さく頷いた。そして、ボクも又、それが真実である事を長い旅の経験の中から感じ取る。
暫しの沈黙の時が流れる。やがてコシドーは徐に口を開いた。
「分かったよ、ルビス、オイラが新たな世界を見守る事にしよう。でも気に入らなかったら、本気で壊すからな!」
「きっとその時には、かつての貴方の仲間達、あるいはその子孫達が立ち向かう事でしょう」
「オメエ、実は厄介事をオイラに押し付けて、楽しんでるだろ?」
「まあ……、愛する世界に一方的に別れを告げられ、傷心の私が楽しんでいる、と?」
なんだか神様同士の間にも、色々と駆け引きがあるようだ。コシドーと楽しげに言葉を交わすルビス様が、不意にボクに向き直った。
「《真の勇者》よ、貴方に最後の仕事をお願いしたいのです」
「えっ、ボクに……?」
何となく嫌な予感はするが、女神様たっての頼みである。無碍にすれば、どんな罰が当たるか知れたものではない。グレた彼女とのガチンコバトルは金輪際もうこりごり。ドジっ子女神様がへそを曲げぬよう穏便に事をやり過ごすのが、《真の勇者》としての正しいマナーのようだ。
「《真の勇者》よ。この新たな世界を、新たな理を以て見守る新たな神に、新たな名を与えて欲しいのです。そうする事で、新たなる世界は再び時を刻み始めます」
「新たな名前?」
目の前で実体をもたずにぼんやりと揺れるコシドーに、新しい名前を付けろ、とルビス様はおっしゃられているようだ。
「成程、新たな名を付ける事で、新たな姿を得た新たな神の誕生ということかや?」
「さすがに、『コシドー』じゃ、カッコ悪いよな……」
「コシドー、いうな!」
ゆらりと輝く光がドラッケンに衝突する。きっとコシドーキックを放ったのだろう。
「ボクが付けてもいいのかい、コシドー?」
「新しい世界ってのは、オメエが切り開いたんだ。オメエ以外に誰が居るんだよ?」
再度のコシドーキックをかわしながらのボクの問いに、コシドーがぶっきらぼうに答えた。
「そうだね……、それじゃあ……」
新たな神の名前について、ボクが思案することはほとんどなかった。まるで初めから用意されていたかのように、最もふさわしいと思われる名前がすぐさま思い浮かんだ。
ボクの提案に、周囲の誰もが暫し沈黙し、すぐに賛同した。
「成程のう」
「なかなか、洒落が効いてるな……」
「うう、なんか複雑な気分だけど、至極当然のような気もするな……」
新たな名を付けられた新たな神は、それに相応しき新たな姿を得ようとしていた。その誕生によって、新世界が時を刻み始める。霞がかかった世界が瞬く間にはっきりと姿を現し、光に照らされた。世界再生の過程の全てが完了した事を見届け、ルビス様がにこやかに微笑んだ。
「では、私も最後の役目を果たしましょう……。ラーミア!」
彼女の呼びかけで伝説の不死鳥がボク達の前に姿を現し、その背を差し出した。懐かしい故郷に帰るべく、ボク達はその背に乗る。四人を背に乗せたラーミアは大きく羽ばたいた。
「ああっ、ルビス! ずるいぞ、オメエ!」
一人、虚無の空間においてけぼりをくった新たな神が、抗議の声を上げる。
振り返れば、いつの間にかボク達と共にラーミアの背の最後尾に座っているブリスさんの姿があった。暫し、ジト目のボク達に、ブリスさんの姿をした精霊ルビス様は朗らかに笑う。
「生まれ変わった世界がどのように移り変わっていくのか、私自身で感じ取ってみたいのですよ」
ボク達を背にのせ新世界に向かってはばたくラーミアを一人見送る事になった新たな神が、ふくれっ面で言う。
「フン、別にいいさ、どうせ、オイラの世界だ! 退屈になったらいつでも遊びに行くからな!」
世界の守護者であり観察者である神が度々、降臨するという。一体どんな事態になるのやら……。
どうやら新たな世界は退屈とは無縁の世界になりそうだ。
「さあ、帰ろう! ボク達の世界に!」
「うむ、これからは妾達の輝かしき未来の為に忙しい日々が待っておるぞ!」
「オレはしばらくのんびりさせてもらうぜ。あれ? なんか……忘れてるような気がするな……」
それぞれの未来への希望を胸に、ボク達はラーミアと共に故郷へ飛ぶ。
そんなボク達の姿を名残惜しそうに見送る新たな神の姿は、徐々に遠ざかっていった。新世界がボク達の眼前に大きく広がり、ラーミアが一声、甲高く鳴く。
美しいグラデーションに彩られた空に飛び込んだボク達は、緑の大地と真っ青な海の広がる、懐かしく、そして、新しい故郷にようやく帰りついたのだった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥達がさえずり、獣達が走り、草木が勢いよく芽吹く、広大な大地と豊かな緑、万物を生み出す大海と大いなる命の鼓動に満たされた新世界。
そこに暮らす人間が、竜族が、魔族が……、それぞれの在り方をもって、日々の営みは延々と繰り返されていく。
時に笑い、涙し、怒り、絶望する。
けれども明けない夜は来ぬように。
あるいは、止まない雨など無いように。
再び希望と共に立ち上がった彼らは、前に向かって歩き始める。互いに手を携え合いながら……。
そして――。
その光と闇の混在する世界を守護する神の名を問われれば、誰もが皆、このように答えるだろう。
「其は右半身に慈愛と希望を宿し、左半身に破壊と絶望を宿す偉大なる者。其の名を『聖邪神ロト』と……」
ドラゴンクエストⅡ.ⅴ~勇気の足跡~ 完
2014/08/03 初稿