「上原くん、はじめまして。」
と、歳の頃は20半ばくらいか新人教師と思われる前川先生は頭を下げながら自分のクラスのメンバーとなる上原の顔を覗き込む。
匿名で上原 遥が日常的に虐待を受けているという通報があり、本人に確認したところ否定したが、痣や火傷の痕など、次々と証拠となる写真が本庁に送られ無根拠であった匿名通報が真実である可能性が露呈してくる。
ついに追い詰められた両親は容疑を認め、逮捕。
未成年の身で独り身となった上原は施設に引き取られる話になり、本人もそれを了承していたが、扶養を申し出た親戚の叔父の身元に引き取られることとなった。
そんな複雑な事情を持つ生徒にどう接すればいいのか、新米教師の前川には分からない、大方過去のトラウマからPTSDやらを抱えているのではなかろうか、正直言ってしまうと彼の担当はしたくなかったのだがこれも学校側の作為あってのものらしい。
しかし、教師になるにはそれなりの理由があった。
自分一人では世界を変えられないけど、少年少女に道を示して世界をよりいい方向に導く一要素にはなれるはずの考えたためである。
その為、上原を拒絶するのは自分の美学に泥を塗ることとなる。
前川は「はぁ……」とため息をつきながらも休日の家、飼い猫を後にして家を出たのだ。
「どうも」
上原は天然なのか、思慮が浅く先生の配慮に気付かない様子で、素で挨拶を返している。
しかし、それは先程の経験の賜物であった。
魔法を具象化するとかで幼少より実父と義母に体に焼印を入れられたり針で刺されたりした、ハードな時は腕をナイフで斬られたり背中にアニメ漫画に出てくる典型的な六芒星の魔法陣を掘られたり。
だがそれらは上原にとって怯え逃げようとする恐怖の象徴ではなく、乗り越えるべき試練として立ちはだかっていた。
例えるならばいい歳した大人にとっての予防接種の注射の痛苦のような。
上原は父の目指すものの理窟を解すことはついになかったが、その姿勢には共感していた。
自分は好奇心に乏しく、行動力にも欠ける。
だから、父の姿勢は自分にとってとても輝いて見えていた、正直なところを言うと後半からはほぼ惰性であったが。
「大変だったみないだけど、私達と楽しくやっていきましょう!」
前川はここにおいて、自分には言語センスがないと思った。
こんなの被害者に安直に向ける言葉じゃないだろう、過去のトラウマを再認させてしまう。
あ〜クソやってしまった、思わず机の下で正座を組んでいた脚を抓る。
「はい、これから一年間よろしくお願いします」
しかし、前川の予想に反して上原は自然な笑顔でそう返した。
当人にとっては軽いものだが、一般的に虐待被害者というのはそういうものを掘り返されるのは好ましくないだろう。
先生はおそらくそこに気付いて青い顔をしたのだと思い、不慣れな笑顔でそう言ったのだった。
「ちょっと先生のボールペン貸してもらっていいーすか?見つかんないんで」
その緊張を完全に押し殺す叔父 賢司の呆け芸が炸裂する。
この人はボールペンを無くすようなこの家で今までどうやって生きてきたのだろう。
前川と上原の頭に大きな疑問を残した。