第2話
「ああ。そうか……すまん。後は頼む」
『あまりそう気に病むな。今回の事件は全てが後手に回ってしまったのが原因だ』
レジアスの言葉に私は
「それでもだ。また犠牲者を出してしまった……また救えなかった」
『龍也。お前……いや六課は頑張った』
「ふっ……そう言われると多少は気が楽だ。じゃあな」
電話を切り。執務室に机に深く腰掛け。大きく溜息を吐く、突然の事とは言え犠牲者が余りに多すぎる。ゲンヤさんから回ってきた報告書を見る
『研究所での死者99名 周囲1キロの死者600名 重軽傷者は800人』
合計して699名もの死者が出ている。しかもまだ増える可能性がある……それにネクロの数は
(300体近く確認されている)
ヴェルガディオスが死に、奴に操られていたジオガディスも居なくなり。ネクロの目撃情報も無いので油断していた。だがそれは報告が届いていなかっただけで、あの戦いの後にもネクロの目撃情報は多数あったのだ。今回の事件の一件で滞っていたネクロの目撃情報が正しく私の元へと届けられた
それは管理内・管理外両方の世界でのネクロの目撃情報に加え。ネクロが関係しているであろう行方不明事件。その数は明らかに以前より増していたのだ
(どういうことなんだ。私の知らない所でネクロが動いているとでも言うのか)
納得の行かない事ばかりに苛立ちだけが募る。クレアが淹れてくれた紅茶を飲んで
「……不味い」
冷め切ってしまった。紅茶に思わずそう呟き
(全てを救うなんて出来ないのにな)
神だ、なんだの言われたところで私は1人の人間にしか過ぎない。出来る事は限られる、それでも……
(全てを救いたいと願ってしまう……)
判っている。判っているんだ……全てを救うことなど出来はしないと……
まだ六課に戻る前……私は独善とも言える正義を貫いていた……
100人を救う為に1つの街を破壊した……まだ生き残りがいたと知っていて……
1000人を救う為にネクロに操られた100人を殺した……
救える命
切り捨てる命
それはどちらも尊い物の筈なのに、私は救えぬ者を切り捨ててきた……だが私が欲しかったのは、望んでいたのは
(誰も涙を流す事のない世界……なのに……)
今回の事件で死んだ699人の為に涙を流す者達が居る……それを見て私はまた思う
(また救えなかった……また救いたい命は私の手から零れ落ちた)
そのつど自身の無力さを知る……それでも私はまた願う
(今度こそと……全てを護ると……)
出来ないと、届かぬ理想と知ってもそれでも……全てを護りたいと。全てを救いたいと願ってしまう
「こんな私を見てお前ならなんて言ってくれる? セレス……」
どこまでも透き通る青空を見ながら私はそう呟いた……
龍也が保護した少女の検査のデータを纏め終え。それにもう一度目を通して、私は顔を歪めた
(なんと言うことだ……こんなことがありえるのか?)
今までこんな事は一度も無かった、だから信じがたいが目の前の事実から目をそらす事は出来ない。少女の検査を一緒にしていた。シャルナ君に
「すまないが。この部屋に入室禁止を出しておいて欲しい、なのは君達が面会に来ても同じことだ」
暫くの間。六課の皆にも面会の許可は出せない。それだけの現象がこの少女に起こっている
「ええ。判りました、ウーノにも連絡を通しておきます」
治癒のスペシャリストのシャルナ君も私と同じ結果を出したようだ……
「今から龍也に報告してくる。後の判断は龍也に任せるしかない」
「まぁ結果は判ってますがね」
にこりと笑うシャルナ君に私もそうだと思うよ、と返事を返し龍也の執務室に向かい。扉の前で気付いた
(また落ち込んでるな。龍也の奴)
龍也の良い所は誰にでも優しい所だ。だがその優しさゆえに自分を追い詰めてしまう癖がある。こういう時は下手に慰めると逆効果だということを長い付き合いの私は知っている、だから今また悩ませるのは気がひけるが
(余計に悩ませるのもどうかと思うが。問題を先送りにすることも出来ないしな)
早いうちにあの少女をどうするか? 龍也に確認を取らないといけない。私はそう判断し検査結果を小脇に抱えなおしてから
コンコン
「入ってきていいぞ」
龍也から入室の許可を得てから。執務室に入る
「ジェイル? 結果が出たのか?」
遠い目をして窓の外を見ていた龍也は、私を見てそう尋ねてくる
「ああ。そうだ、そしてこれからの判断をお前に仰ぎたい」
「何かあったのか?」
龍也の怪訝そうな顔に私は少し間を置いてから
「……彼女は人間とネクロの中間点になっている」
「なに? どう言うことだ?」
龍也の前に検査データをおいてから
「まず住民データに残っている彼女の髪は金髪。両目は緑だ、だが今の彼女の髪は紅。両目は蒼となり。左目の瞳孔だけ縦に割れている」
今の写真と過去の写真を比較するが、同一人物には思えないほど雰囲気が変わっている
「そして彼女の体にはリンカーコアとネクロのコアが半分ずつ存在している。そして体組織の半分はネクロの細胞に近く。それに伴い筋力が数百倍に跳ね上がっている。それと……ネクロに近い再生能力も発現している」
悲鳴を上げ続けたことで潰れた声帯が僅か6時間で再生してる。とは言え喋る事はまだ出来ないだろうが……それに加え視力を失った両目はゆっくりと再生している。恐らく2・3ヶ月で完全に再生するだろう
「……彼女を元に戻す事は?」
「不可能だ。もう彼女は半ネクロとも呼べる段階で完全に安定してる」
もうどうしようもない。完全にネクロの細胞と一体化してる、だからこそ龍也に判断を仰ぎに来たのだ
「……凶暴性は?」
ネクロ特有の闘争本能と殺戮衝動について尋ねてくる龍也に、検査結果と観察結果から……
「無いだろうな。あくまでネクロのコアによる。再生能力の付加と筋力上昇くらいだろうな、魔力を使うと若干の性格の変化があるかもしれないが。基本的には変わっていないだろう」
さっき数分だけ目覚めたが、年相応の寝惚けた雰囲気を見せてまた眠ってしまった、多分だがネクロ特有の闘争本能と殺戮衝動は無いだろう。
「彼女の名前は?」
「リーエ。リーエ・シュバイツァーと言う。そして彼女の父はフェイクライド家の人間だ」
フェイクライド家 ベルカ自治区ではそれなりの地位を持つ貴族の家系で。思いやりがあり慈善家として有名で、私財で孤児院や病院を建てるなど社会に貢献していたが。それは何年も前のはなし、今はその祖父母や先祖が作った病院や孤児院の収益で私服を肥やし。血筋を盾に好き勝手やってる嫌われ者だ。そんな一族のやり方が嫌だったのか、リーエ君の父は家を出て同じベルカ自治区の一般人女性と結婚したらしい。私の話を聞いた龍也は検査書を見ながら
「フェイクライド家はなんと?」
多分怒ると思ったが。私は自分の事では無いし良いかと思って
「六課で預かってくれと。それとフェイクライドの家の名を名乗るなとも言っていたな」
ようは厄介払いだ。半ネクロと化したリーエ君はもうフェイクライド家の人間ではない、とでも言いたげに吐き捨てるように言われた。
「で、どうする? 龍也。リーエ君は「六課で面倒を見る。それに色々とリハビリをしないといかんのだろう」
ペラペラと検査結果を見る龍也だが、明らかに怒っている……雰囲気が変わって来てるから良く判る
「ああ、今のままでは日常生活に支障が出るな」
色々と面倒を見てやらねばならないだろう。自分の身体について、力の使い方。そして喋り方や身を護る方法。色々と教えてやらねばならない
「当面は医療室の周囲を立ち入り禁止にして……クレアをつける」
クレア君か、面倒見のいい彼女ならリーエ君のメンタルケアにはうってつけだろう。私がうんうんと頷いていると龍也はコートを着込み。外に出ようとしている
「どこに行くんだ?」
私が訪ねると龍也は長い付き合いの私でも、ぞっとするような笑みを浮かべ
「フェイクライド家を……潰す」
あーらら……龍也超怒ってる……まぁ無理も無いか。親を失ったばかりのリーエ君に面会を希望するところか。名を名乗るななんて言ったと龍也が知れば、黙っているわけが無い
「じゃあ。ちょっと行って来る」
ちょっと? ちょっとという割には身体に纏う魔力がとんでもないことになってるし。手の骨とかべきべき鳴らしてるし……明らかにあれだ殺る気満々という感じに見えなくも無い
「いってらっしゃい。ある程度は手加減するんだよ?」
部屋を出て行こうとするその後ろ背にそう言うが
「……まぁ気が向いたらな」
うん。多分フェイクライド家は物理的にも社会的にも消滅するだろうね。
翌朝 神王陛下の粛清! という見出しで更地となったフェイクライド家の屋敷の写真が新聞に載る事となる……
なおこれは全くの余談だが、龍也によってフェイクライド家に対してありとあらゆる援助が禁止され。フェイクライド家の人間は真面目に汗水流して働く事となり、数年後には生来の生真面目さと勤勉さを取り戻し。更にその数年後には慈善事業家として有名となる。そして頭首は
「あの時、神王陛下に殴られて目が覚めました。 衝撃で10Mほど吹っ飛びましたがね」
それ。どっか頭打ったのが原因なんじゃ? とそのインタビューを見た全員が思うこととなる……
(ここは……)
暖かい温もりを感じながら身を起し首を傾げる
(何も見えない?)
目を開いてる筈なのに何も見えず。思わず目を触ると
(ほーたい? なんで)
どうやら私の目には包帯が巻かれているようだ。そのせいで周りが見えないんだと納得していると
「目が覚めたかね?」
低く落ち着いた声に驚き。誰ですか? と声を掛けようとして気付いた
「……?……??」
(こ、声が出ない!?)
何でか判らないが。声が出ない事に困惑していると。
「……喋れないよな? 念話の心得は?」
それくらいなら判ると頷くと頭の中に直接声がした
『何処まで覚えているかね?』
確認するかのようなその言葉を聞いて。唐突に思い出した。
『ネクロに攫われて……ネクロ化を……』
そうだ私はネクロ化をさせられて……じゃあ、今の私は手が震えだす……いや。それだけではなく自分が普通の人間じゃなくなったことに恐怖し震えていると、暖かい大きな手が頭の上に載せられる。
『すまない。私が遅れたからだ。私のせいで人間とネクロの中間の存在になってしまっている。全ては私が遅れたからだ、申し訳ない……私が君の未来を壊してしまった』
本当に申し訳無さそうに言うその人に
『……いいえ。そんなことない……です。 助けてくれてどうもありがとうございました』
記憶を失う瞬間にみたあの顔、それを見てこの人を責めれるほど私は残酷じゃない。きっとこの人は私以上に傷つき涙を流したに違いないから
『そういってもらえると多少は気が楽だ。 ではまた来るよ、暫くはここで養生するといい……所で自分の名前は判るかね』
そう尋ねられ名前を言おうとするが
(あれ? 私の名前ってなんだっけ?)
自分の名前がわからないだけじゃない。両親の名前も顔も、何もかも判らない。僅かに覚えているのは魔法に関する知識だけだった……必死に頭を抱え名前を思い出そうとする
『判らないのか?』
心配そうに尋ねてくるその声を聞きながら。必死に自分の名前を思い出し告げた
『……リーエ。リーエです』
思い出せたのは自分の名前だけだったが、なんとか名乗ることが出来た
『そうか、ではまた来るよ、リーエ』
そういって遠ざかっていく気配を感じながら
『あ……名前聞いてなかった』
自分の名前を思い出すのに必死で、相手の名前を聞くのを忘れていた。でもまあいっか、また来るって言っていたし。私はそう考えまた布団に潜り込み
『私これからどうなるのかな……』
両親の顔も名前も思い出せない。それどころか自分がどんな人生を送ってきたのかさえ思い出せない……だがそれが怖ろしいとも思えない自分が居る。胸に残る唯1つの光景……
私を抱きしめて泣いてくれたあの優しい青年が自分の傍に居てくれる。それだけで恐怖も何も感じなかった……
『もう……寝よう』
凄く眠い……私は抗い難い睡魔に呑まれ眠りに落ちた……
第3話に続く
龍也さん 怒るでした。外道貴族に制裁がありましたね。なおこの話以降フェイクライド家は2度と出てきません、この為だけに考えた家系なのでもう2度と出る事は無いでしょう
それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします