第86話
スラッシャーの暴走のせいで引きずり込まれた。「白玉楼」の中は今までかんじたことの無い気配に満ちていた
(なんだこれは……自分がどこに居るのか判らない)
上下左右の感覚がどこかおかしい。それに周りに誰の気配も感じないのにあちこちから視線を感じる
(幽霊と言う奴なのか……)
白玉楼の中は謎に満ちていると聞いていたけど……
「雪か……信じられないね」
外は青空なのにこの庭の中には雪が降っている。積もっては居ないが、それでも若干視界が悪い
(……スラッシャーはどこだ)
あれだけの濃いネクロの気配を感じ取る事ができない……そのくせ周囲には濃い魔力の気配がある……
(どうしたものか……)
サイガスを身につけゆっくりとすり足で前に進む……どこから襲ってくるか判らないし、この場所の事を考えると警戒はいくらしても足りないくらいだ
「貴方がアルハリム?」
後ろから突然声を掛けられ振り返るとそこには水色の変わった服を着込んだ。桃色の髪の女性が私を見ていた
(この気配は人間じゃない。かといってネクロでもない)
なんというか、生きている人間ではないと判るのだが。彼女が何者なのかがわからない
「急いで、化け物が妖夢の墓に向かっているの……私では何も出来ない」
その女性はある1点を指差して言う。そこだけは雪が降ってない場所だった……そしてそこからはスラッシャーの気配を感じる
「妖夢をゆっくり休ませて上げて、もう彼女は戦わせたくないの」
「……判った。私に任せておいてくれ。巻き込まれたら危ない、貴女は隠れていて欲しい」
こうして向かい合っていて判るが、彼女も中々の実力者のようだ。彼女まで取り込まれるとただでさえ低い勝率が更に下がる
「判ったわ。妖夢をお願いします」
そう笑って消えていく女性を見つめながら私はサイガスに加えて、メビウスを展開してゆっくりと前に進むのだった
(ここは……多重結界の中か?)
外を見ることも出来ない上に、周囲は静寂……結界の中に更に結界を展開し、この世界を完全に外から隔離しているようだ。ゆっくりと歩みを進めるとじゃりっと砂を踏む音だけが響く
(どこにいるんだ)
向こうは恐らくこの世界の英雄「魂魄妖夢」の魂を取り込むことを考えているのだろう。いや……しかしそれにしても仕掛けてこない理由が判らない……
(なんにせよ、警戒しながら進むしかない)
スラッシャーは間違いなくリーエの攻撃で大ダメージを受けている。そう簡単に行動には出れないはずだと思いながら、わたしはゆっくりと歩みを進めたのだった……
「ひゃ……ヒャはアア……」
アルハリムが周囲を警戒しながらスラッシャーの姿を探している頃。スラッシャーは瀕死の身体を引きずりながら、この場所に眠る高密度の魂を求めて這いずり回っていた
「まだだぁ……あたしには使命がある……」
スラッシャーはその一念だけで消滅に瀕していた自分の身体を維持し、この結界の中に眠る魂を求めそして
「見つけたああああ!!!!」
墓の前に突き刺さる剣を見つけ、ここがそうだと確信したスラッシャーは墓に残っていた魂をその身に取り込み
「ッギギャアアアアアアア!?」
圧倒的なまでの魂のキャパシティの差に破れ、魂を取り込むのではなく逆に取り込まれ消滅したのだった……
「これは最悪な事になったかもしれないね」
今のスラッシャーの悲鳴を聞いて走ってきたのは良いけど、目の前にいるスラッシャーだった者を見て私は冷や汗を流した。
真紅の髪をしていたスラッシャーの髪は白に染まり、その身体を覆うのは緑色のワンピース。そして両手にはアシラの持つ退魔刀に似た作りの刀が2本。魂の許容量が妖夢の方が上で取り込まれてしまったようなのだが
「あは!あはは!!あっははははははははッ!!!!」
「完全に逝ってしまってるね」
妖夢の魂の容量とスラッシャーのネクロの因士が合致せず。暴走状態になっている、その瞳に意思の色は見えず狂ったように笑うその表情を見る限り、味方になってくれるとは思えず。そして
「あはは……お前。殺しても良いよね?」
「やれやれ……最悪の展開だよ。全く」
私のことを敵として認識している。多分この世界の霊夢達を見ても同じ反応をするだろう。そうなれば霊夢たちは動揺するだろう
「ここで何とか倒すしかないね」
メビウスでは駄目だと判断し、反発するとわかっているがヒュぺリオンを鞘から抜き放ち構えると同時に
「あはははは!!!」
狂ったように笑いながら飛び掛ってきた妖夢の一撃をヒュぺリオンで受け止めたのだった……それが合図となり、私と妖夢の戦いは幕を開けたのだった……
無音状態だから良く聞こえてくる……激しい剣同士のぶつかる音……私は使い魔が見ている視界と自分の視界をリンクさせて様子を窺っていたが
(アルハリム様が劣勢だ。相当な腕前だ)
狂ってこそいるがその技術は相当な物で、そして魔術師との戦い方もしっかりと理解している。詠唱をさせる隙を与えず、全方位からの攻撃に徹底している
「そらそらそら!!!」
剣先から桜の花弁を模した魔力の刃が何重にも飛び出す
「ヒムドラ!」
即座に全てを砕くという能力を宿した岩の斧ヒムドラでその斬撃を受け止めるアリハリム様だが
「魔神剣ッ!!」
「くっ!早い!?」
地面を走る魔力の刃をきっかけに凄まじい勢いで切り込んでいくネクロ。アルハリム様は騎士ではあるが剣士ではない……万全の状態なら取るに足らない相手だが、今のアルハリム様では不利だ
(これは不味いな)
記憶の封印に加えて身体能力まで低下しているアルハリム様では不利だ。そして一緒に旅をしている半ネクロが合流するのも時間が掛かりそうだ。結界に阻まれてこの場所に入ってこれない様だし……
(下手に動く事は出来ないが、このまま見ているだけと言うのも出来ないな)
このままアルハリム様が怪我や死なれてしまうのは私としては認められることではない。しかし私が出て一緒に戦うのも問題がある
(あのネクロはただのネクロじゃない)
ただのネクロならば今すぐにでも共同戦線を張るが、あのネクロの魔力の波動は黒龍皇の物に類似している。黒龍皇の端末の可能性がある以上、私が表立って動くわけには行かない。私が記憶している本当の歴史を語られるわけには行かないと、私を必要以上に警戒しているのだから……
(少しだけならば……)
戦うのではなくアドバイスをして直ぐに消えれば大丈夫だろうか?多少のリスクはあるが、そうでもしなければアルハリム様のみが危ない……
(まだ私自身も目覚めたばかりだしな)
仮に戦闘したとしても今の私では足手纏いになる可能性があるし、私の研究室が黒龍皇達に見つかり、施設を破壊されても困る。こうしてアルハリム様の顔を見ることも出来たのだし、そろそろ私の本来の役割のために動き出したほうが良いはずだ……
「行くとするか」
地面を蹴りそのまま飛行魔法を発動させて、アルハリム様の下に向かったのだった……
これは不味い……私はスラッシャーの猛攻撃を何とかいなしながら勝機を見出そうとしていたのだが……
「スペルカード『桜花絢爛』ッ!」
「またそれか!?」
四方八方から襲い掛かってくる攻撃。即座にシャウトの能力で影の中に潜りその一撃を回避するが
(出ると同時に強烈な一撃を叩き込まれる)
私の防御の特性を理解したスラッシャーの戦術は徹底してこれだ。回避するにはシャウトの中に隠れるしかない状況を作り出し、シャウトの中から出ると同時に強烈な一撃を叩き込んでくる
(ディアノの能力を使えば……いや駄目だな)
世界のときを止めるディアノの力は強すぎる。仮に使って攻撃を回避できたとしても、反撃に出るだけの魔力でさえもつかいきってしまうかもしれない、そうなると使うに使えない
(そろそろ限界か)
シャウトの中の世界は長時間は維持できない。いや、出来なくも無いのだがシャウトは魔力を大量に消費する……自分と同格かそれ以上の相手を前に少しの魔力の差は後々大きな差となりかねない。私の周りをおおうプロテクションを発動させてシャウトの中から出るがスラッシャーの姿はない。どこへと思った瞬間
「今度こそ殺す!鳳凰天駆っ!!」
魔力で漆黒の不死鳥の姿となったスラッシャーが上空から降下して来る。
(くっしまった)
また剣による強烈な一撃だと思っていたのが、まさかの魔力と併用した突撃技。あれを直撃で貰うと不味い!プロテクションを解除してバックステップをしようとした瞬間
「な?なにい!?」
「え?」
私の前にローブを纏った何者かが現われ手にしていた鞭でスラッシャーの不死鳥を破壊する。その何者かの背中を見て
(誰だ……知らないはずなのに知っている)
何者か判らないのに私は何故かその人物を知っているような気がした。不思議なことに初めて会うはずなのにどこか懐かしいと思えた……
「覇の技を使うんだ。この空間ならば大丈夫だ……あのネクロを倒すには強大な力が必要になる」
その人物はそう告げると同時に溶けるように消えて行った……幻覚……いや、違う。高密度の幻術か……しかし私の切り札の事を知っているという事は
(アズタミアの民なのか……?)
確信はないがアズタミアの民でなければ覇技のことは知らないはず
「あーむかつく……あいつも後で殺してやる、まずはお前だけどな」
にやりと笑うスラッシャーを見据える。徐々に魔力が上昇していることを考えると……今ここでしとめるしかない
「やれやれ……リーエ達がいなくて良かったよ」
シャウトの中に手をいれ、そこに眠る私の最大最強の剣を引きずり出す……それと同時に体内のネクロの因士が活性化するのを感じる……
「へえ?いい気配だね……」
スラッシャーがニヤリと獣のような笑みを浮かべる。私はそんなスラッシャーを見て
「そんなことを行っている余裕は直ぐになくなるよ」
手の中の覇剣ガラグディからは信じられないほどの魔力の波長が流れ込んでくる……
(長くは持たないか……)
余りに強大すぎるガラグディの魔力は余りに危険すぎた。いくら私が完全にネクロの因士を制御しているとは言え、余りに強大な魔力に引っ張られる形で力を増している
「これで戦いを楽しめ「悪いね。私に戦いを楽しむ趣味はない」あっ?あああああッ!!!!腕!?私の腕がぁ!?」
ガラグディの神速の刃がスラッシャーの左腕を斬り飛ばす。歯を食いしばり、暴走しかけるネクロの因士を意思で捻じ伏せ
「うおおおお!!!」
「舐めるなあ!!」
私とスラッシャーが何度も何度も交差する。だがスラッシャーの刃はガラグディの強大な魔力に弾かれ私の身体に当たらず、2合。たった2合の打ち合いでスラッシャーの身体は既に満身創痍になっていた
「悪いね、こんな形でなければ貴女の魂を本当の意味で救えたかもしれない」
リーエの力を借りて半ネクロに転生させることも出来ただろう、だが霊夢や紫の望みで妖夢を安らかに眠らせて欲しいと言われている。だから
「これで終わりだよ。お休み、英雄魂魄妖夢。響く声」
ガラグディを地面に討ちつけると同時に黄金色の衝撃波が走り、スラッシャーの動きを縛る。覇鳴・咆哮(はめい・ほうこう)魂のキャパシティが一定以上ない相手を強制消滅させる技だが、流石英雄と呼ばれた存在。動きは出来ないが、消滅はしなかった
「絶を絶つ」
神覇・星斬(しんは・ほしきり)。ガラグディの切っ先から伸びた魔力刃が妖夢の魂を取り込もうとしているスラッシャーの魂を引き裂き、ついでに白玉楼の結界も粉々に粉砕したのだった……
突然結界の中から放たれた強大な魔力と共に白玉楼の結界が消え去る
「終わったのか!?」
まずはアルハリムと合流する事を考え、白玉楼の中に飛び込む。後からついてきたリーエとアシラと共に白玉楼の中を進むと
「……」
「さすがに疲れたよ」
へたり込むアリハリムとアルハリムを見つめる少女の魂……あれが恐らく妖夢なのだろう。彼女は小さく微笑むと消え、変わりに刀が現れ地面に突き刺さった
「お疲れ様。大丈夫?」
「あまり大丈夫ではないね。疲れた……あと後で謝らないといけないね」
そう笑うアルハリム。その視線の先には更地となっている白玉楼の庭
「……これはアルハリムさんが?」
「必要な事でね。まぁそのせいで暫くは動けそうに無いよ。魔力を完全に使いきったからね」
そう苦笑するアルハリムに背を向け、更地に触れる……
(完全に消失している……アルハリムは何をしたんだ)
空間ごと存在したという記録が消失している。これは何をしたところでもと荷が戻らないだろう……
「クー」
「……良いですよ。スザク……あとで紫さんに連れてきてもらいますから」
スザクと会話しているリーエを見ながら立ち上がり、アルハリムを見る。伝承にある覇の技でも使ったのだろうか?と思い尋ねようとすると人差し指を口に当てる。黙っておいてくれと言う事か……俺は了解したと頷くと
「に、庭が……」
虚空から現れ項垂れている女。その顔は悲壮感に満ちているが、仕方ないネクロ相手にこのくらいで済んだのなら御の字だろう
「ショックを受けているところ悪いが、休めるところは無いか?そろそろ限界なんだ」
スラッシャーに止めを刺したのはアルハリムだが、俺たちも相当魔力を消費している。出来れば休みたいと言うと
「あ、ああ……ごめんなさい。こっちよ」
陰を背負っている女に案内されながら俺達は白玉楼の中に足を踏み入れたのだった……
「アルハリム様とあの男が行動を共にしているとは」
白玉楼の中に入って行ったアルハリムたちを見つめる女性はジオを見て、若干驚いた表情をした物の
「時が迫っているという事か、急がねば……あと3人。あと3人揃わなければ黒龍皇には勝てない」
沈痛そうな顔をした女性は白玉楼の中に運び込まれているアルハリムを見て
「今は失礼します。いずれまたお会いしましょう」
深々と頭を下げ、この世界から消えたのだった……彼女が言ったあと3人……その言葉が何を意味しているのか?それは誰にもわからない……判っているのはジオ・アルハリム。そしてあの女性の共通点。それは黒龍皇の存在と言うだけなのだった……
第87話に続く
今後のフラグを若干用意させていただきました。アルハリム様の全力は今は時間制限があります、その内それもなくなる予定ですけどね。次回は少しほのぼの出進めていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします