緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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010.二人の夜

 佐々野宅は近年よく見る、モダンな一軒家だ。

 立派なカーポートには車がなく、美夜は遠慮なくそこへ停めていいとエレノアへ言った。甘える形で車を停車させ、美夜の後について家へ入る。

 

「ただいまーって、居ないか」

 

 まだワックスも剥げていない綺麗なフローリングの廊下。リビングへ続く廊下は真っ暗で、その先から灯りが漏れている事もない。

 しん、とした静かで寂しげな空気は家が無人であることを改めて二人に突き付ける。

 

「いつもこんな?」

 

 高校生とはいえ、まだ一年。一人で暮らすにはまだ少し早くもある。だが、雰囲気はもはや放任だ。

 エレノアが訊ねると、美夜は頷いた。

 

「仕事、仕事。たまに旅行。私のことなんて頭に無いやろ」

「美夜……」

 

 実の親にネガティブな感情を抱く。それは親の姿を見たことがないエレノアには良く分からなかったが、寂しげに伏せられた瞳を見れば、どういった状態かは理解できた。

 引っ張らなければ。エレノアはぱっと空気を入れ換えるようにして、声をあげる。

 

「さて、美夜。何しよっか?」

「そうだなぁ……まず、軽く冷蔵庫見よー。少し食わんとなー」

 

 ぱたぱたと玄関から上がっていく美夜の背中を見て、エレノアも後へ続いた。靴を揃えて、灯りのついたリビングへ入る。

 LEDの灯りは目に優しく、だが明るい。食卓に薄型テレビ、家具類などは一般家庭らしいもので揃えられている。

 

「おっ、飯は作れそうやん。エリー、好き嫌いなかったよな?」

「食べられる時に食べないと。武偵足るものね。何か手伝う?」

「いや、頼むから座ってて。前に消し炭錬成しおったしな、お前」

 

 ギャグ漫画じゃあるまいに、と少々厳しめに美夜が返した。こういうゴタゴタがあっても、きちんと食事を作るのは美夜の優れた点だった。

 食事を疎かにすれば、武偵の任務への即応性に悪影響が出る。空腹で動けないなどと、前線に出た兵士ならまだしも普段は自由な武偵が口にしてはならない。

 だから美夜は、他より抜きん出ている。例え狙撃の腕が無かったとしても、心構えは出来ているのだ。

 

 リビングで待っているエレノア。暇潰しにスマートフォンを取り出すと、ちょうど車輌科から電話が掛かってくる。

 迷うこともなく電話に出ると、電話口から武藤の声がした。

 

『今いいか、ボンド』

「少しなら」

 

 美夜は調理に夢中だ。数分なら問題ない。

 武藤は彼女の返答に、「よし」と声を漏らす。

 

『ヴァンテージのエンジンについて話してる時に、装備科の連中が来てな。本物の007の車だって知ったら、ヒートアップしちまってよ』

「話したんですか?」

『わりぃ、押し切られちまってな……』

 

 申し訳なさそうに武藤は謝罪するが、車のオーナーからすれば堪ったものではない。

 装備科はあらゆる意味で変人の集まりだ。何をされるか、エレノアにだって分かりはしない。

 

『それで、提案だ。ヴァンテージのエンジンを、V8から直6にダウンサイジングする。OS技研チューンのRB26改RB30DETTが、いい感じに手に入りそうなんだ』

 

 待ってくれ。エレノアは思わず制止する。V8ヴァンテージだからV8を使う。その拘りを、今になって捨てると言われても許可は出来ない。

 アストンマーティンは確かにV8以前のモデルは直6──直列六気筒エンジンを使用していたが、それではまるっきり性格の違う車になってしまう。

 そうするならするで明確な理由をエレノアは欲した。

 

「どうしてRB型に?」

『装備科が、ヴァンテージを本物のボンドカーに変えたいらしい。エンジンスペースを空けるために、エンジンを小型化する。アストンマーティンは直6使ってたからな。本当は直4にしろとか言われたんだぜ?』

 

 電話を持ったまま、エレノアは頭を抱えた。

 とんだ巻き込み事故だ、と。

 

『ただ、予定してるのはフルチューンのRBでな。ローブーストでも600馬力はいくし、なにしろ前が軽くなる。軽量化にもなるぜ』

「そうですけど……」

『安心しろ、元のエンジンは残しとく。気にくわなかったら、俺らも車輌科の先輩方も責任持って再加工するように話はついてる』

 

 武藤は言うが、エレノアの心はざわついて仕方ない。

 電話口が騒がしい。どうやら装備科も場にいるようだ。ミサイルがどうだ、などと物騒な単語が聴こえたがエレノアは聴こえなかった事にした。

 

「なら、一度試します。先輩方を信じます」

『あぁ、任せろ。極力オリジナルは残すようにしてやる。そこは装備科とも話がついてんだ。007らしく、だからな』

 

 じゃあな。武藤はそう言い残し、通話を切った。

 

「なんや、悩ましそうやな」

 

 出来立てのシチューを食卓にならべつつ、美夜はエレノアは語る。心配していそうには見えないが、気に掛けてはいるようだ。

 

「なんか、いよいよ周りの期待が恐ろしくなってきたわ」

「ん? まぁ、そうやろな。──よし、食おう食おう!」

 

 美夜はそれ以上の追求をやめた。エプロンを脱ぎ捨て、エレノアの横の椅子に腰掛けて手を合わせる。

 

「いっただきまーす」

「いただきます。ありがとう美夜。今度は押し掛けたの、私なのに」

「えーってえーって。泊まってってくれんのやろ? だったら良いよ」

 

 そう言って、はにかんで見せる美夜。少なくとも、寂しさは無いように見えた。

 食事中も会話は弾み、エレノアの愛車についても話をすることがあった。美夜は車に詳しくはないが、聞き上手だ。横槍を入れることもなく、黙って聞いていた。

 

 □

 

 美夜の自室は、シンプルに纏まっていた。散らかっている様子もなければ、趣味のものが埋め尽くしている様子もない。

 ガンラックと弾薬ケース、そこにサブのスナイパーライフルが数挺。ただ、あくまでもバリスタ一筋なのだろう。箱は開けられたのだろうが、袋は被ったままだ。

 

「なーんもないだろ」

「意外ね。もっとこう……前衛的かと」

「散らかしとる思うとったんかー?」

 

 美夜の普段の接し方を考えれば、仕方ない。むしろ綺麗に纏めている几帳面さは、スナイパーらしいといえばらしい。

 銃の手入れ、下見。全てを確実にこなせてこそ、プロの狙撃手だ。当たり前を当たり前にこなす、という意味では正しい。

 

「あー、パジャマどうすっかな。エリー、意外と背でっかいからな」

 

 衣装ケースを上から下まで引っ張り開けていた美夜が、エレノアを振り返りつつ悩んでいる。

 

「別に、制服で寝るけど?」

「アホ! そんなんで疲れがとれるか!」

 

 まさか怒られるとは。エレノアは思わず萎縮した。

 確かに制服では休んだ気にはならないだろう。身体が楽になった気はしない。

 

「うーん。ちょっとこれ、着てみ。私にはでかかったパジャマなんだけど」

 

 ほい。美夜が放って寄越したパジャマを受け取り、制服と着替える。

 可愛らしい柄ということもなく、普通の軽い生地で出来たシャツとパンツだ。

 

「キツくないか?」

「うーん……制服で寝るよりはマシかな」

「締め付けられるとか」

「胸はちょっと……」

「裸で寝るかー? このヤロウ」

 

 胸囲格差。美夜よりエレノアの方がバストサイズがある。双方ともにスレンダーだが、それでもエレノアはよりモデル体型に近いと言えた。

 六花からもCVRへスカウトを受けたことがあったが、ハニートラップはエレノアの趣味ではなかった。車を運転できればそれでいい。そう思っていた。

 ジェームズからの手紙を読むまでは。

 

「よーし、まあ寝間着も決まったな。風呂沸かすか」

「いいの?」

「エリー相手に今さら遠慮なんかするか。だから、そっちも遠慮せんで来たらええよ」

 

 美夜はエレノアに部屋で待つよう告げると、風呂を沸かすために部屋を出ていった。

 一人残されるエレノア。きょろきょろと周囲を見渡すが、何かあるわけでもない。

 

「勝手に漁るのも良くないか……」

 

 ベッドに腰掛けていたエレノア。遠慮するな、という言葉に甘えてそのまま身を横たえる。

 疲れたわけでもないが、ふかふかに保たれたベッドはエレノアを眠りに誘おうとする。

 

「まずい、寝ちゃう」

 

 襲い来る睡魔を振り払うように、飛び起きる。

 ベッドのスプリングが激しくたわんだ。

 一瞬、車輌科でいじくり倒される自分の愛車が目に浮かんだ。車輌科が総出で手掛けるような雰囲気だった、恐らく明日にはエンジンに火が入る。車輌科全員の力が合わさるのなら、それすら容易い。

 各部を対応パーツに置き換えられて、どこまで原型が残るのか。武藤は問題なさそうに語ったが、やはり気になるなら向かうべきなのだろう。

 

「車は気になるけど……」

 

 車は単純に言えば、替えが利いてしまう。友人は替えなど無い。確かに美夜に、『今から学園島に行く』と言っても止めはしないだろう。

 ただ、彼女は弱さを表になかなか出さない。

 

「ダメだ。やっぱり美夜が優先」

 

 ノックダウンだ。再びベッドへ倒れ込む。

 

「何が優先だって? 風呂沸いたぞー」

 

 そしてナイスタイミングだった。美夜が扉を開け、怪訝そうにエレノアを眺めている。

 

「あれ、先入ったら良いのに」

「んー、ちょっとやることあるし後で良いわ。一番風呂譲ってやるよ」

「……? まぁ、それならお言葉に甘えようかな」

 

 美夜の言葉に何か含みがあるような気がした。しかし、それが何か分からない。噛みついて聞くような事ではないかもしれない。

 エレノアはベッドから起き上がって、美夜の案内で風呂場へ向かう。

 

 身体を洗い、湯船に浸かって一息吐く。

 身体をゆったりと伸ばせる、広い風呂。疲れがまるで湯に溶け出すようだった。

 

「ふぁぁ……」

 

 暖かさにエレノアの表情も蕩けていた。

 しっかりと手入れされ、湯水も綺麗に見える。匂いからして入浴剤も入っているだろう。

 

「日本が誇る最高の文化よね、やっぱ……」

 

 あとどのくらいで交代しようか。そう悩んだ時だった。

 浴室のすぐ外にある脱衣所に置いたスマートフォンが、周知メールの着信を告げる。

 

「こんな時に……!」

 

 少々乱暴気味に湯船から上がり、バスタオルで水気を取ってからスマートフォンを手に取る。

 周知コードは原則二年以上の行動を記していた。幸いとすることは出来ないが、少なくとも一年であるエレノアたちに出番は無さそうだった。

 

「おい、エリー! ──あー」

 

 閉め切られていた脱衣所の扉が開く。

 バスタオルを胸の前に当ててスマートフォンを眺めていたエレノアを視界に入れると、扉を開けた美夜は静かに戸を閉めた。

 

「別に良いのに」

 

 異性じゃあるまいに、そんなに気恥ずかしいものはない。恐らく扉の向こうにいるであろう美夜へ向けてエレノアは語るが、返答はない。

 

「う、さむっ……。もうちょっと暖まったら交替するからね、美夜」

 

 身体を震わせて、再び浴室に戻るエレノア。前回美夜が泊まりに来た時は鈴那からの依頼でゆっくり出来なかったが、今度は何もない。

 先輩方が解決するのを待つしか無く、一年生はゆっくり出来る。今は甘えるしかない。

 湯船で再び身体を暖め、エレノアは美夜と交替した。

 

 リビングに戻ると感じた涼やかな風は、エアコンによるものだ。

 ソファに寄りかかり、全身の力を抜く。気掛かりなのは、周知メールの内容が原則二年以上を記したことだ。

 つまるところ、相応の戦闘技能を有した生徒でなければ務まらない任務ということ。それだけの大事件だ、美夜が慌てたのもわかる。

 

「明日、少し聞いてみるか」

 

 今日は平日。明日も学校はある。

 ヴァンテージを見に行くついでに、幾らでも話を聞く機会はあるだろう。

 考えているうちに、エレノアはうつらうつらと眠りに落ち始めていた。




007シリーズで使用されたボンドカーは、実際にプロップ用の武装を内部に格納するために実車よりエンジンが小さかったりしたそうですよ。

なぜそんな話をするかって?
さあ……((
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