学園島に戻り、武偵校本校舎の前に車を停めたエレノア。校門前にいたのは、鈴那、六花。そして間宮あかりだけだった。
「すまぬ、エレノア。都合がついたのはここに居る人間だけじゃ。どう思う?」
申し訳なさそうに鈴那は話すが、そもそも揃ってくれただけでもエレノアからすれば大変に助かる話だった。
「このまま行こう。あかり、鈴那と後ろに。南野先輩は助手席に乗ってください」
シートから身体を動かし、助手席の背もたれを倒す。リアシートへ二人を導くと、あかりと鈴那の小さな身体は綺麗に収まった。
「美夜が大変だっていうのは聞いたけど……具体的にこれからどうするの?」
あかりが前席の間から顔を出して、エレノアへ問う。ハッキリ言えば決まってなどいない。とにかく友人を捜し出す。それだけだった。
車を走らせながら、エレノアは唇を噛む。何も策はない。
「まだあやつが何かをしでかした訳ではないしのぅ。
鈴那の語ることは間違っていない。全て偶然で片がつく。しかし、何らかの犯罪に巻き込まれているという可能性は払拭出来ない。
車のギアをゆっくりと変え、話を聞きながらエレノアは学園島を流す。
「美夜から挑戦状が来た。『次は殺し合いになる』って。彼女は彼女なりに、依頼を果たす気でいるはず」
「でも、犯罪だって分かってるなら契約破棄しても……」
リアシートから身を乗り出しつつあかり。
彼女の言い分ももっともではあるが、武偵は受けた依頼が絶対なのだ。だが、武偵にはまだ憲章がある。鈴那がシートに寄り掛かったまま、腕を組んで語った。
「『任務は、その裏の裏まで完遂せよ』──もしかすると、あやつなりに考えはあるのかもしれんが……」
「だからって、相手はピラミディオンに強盗に入る連中よ? 放っておけないわ」
焦り気味に六花が語る。まるで心配性の母親のようだ。
「不発の爆弾に、狙撃手……。それから強盗団か」
強襲手段の爆弾に、暗殺手段や後方支援の狙撃手。これらの繋がりがあまりに薄い。エレノアも袋小路に差し掛かってしまったようで、ただ苛立ち気味に舌を打つ。
「エレノア、前じゃ!」
不意に後部座席の鈴那が叫んだ。瞬時に注意を前方へ向けると、エレノアは道路の真ん中に人影を見た。
慌ててブレーキを踏み込む。タイヤがロックして路面と激しく擦れる。クラッチを全開まで踏み込むと同時に、ブレーキを踏み直すことでロックを外し、車体前方をわずかに人影から逸らして停車する事が出来た。
「はー……!」
シートにもたれたエレノアの心臓が早鐘を打っている。スピードを出してはいなかったが、注意は完全に逸れていた。危うく重大事故で仲間どころでは無くなるところだ。
車道で立ちはだかっていたのはミサキ。物干し竿を思わせる巨大な大太刀を片手に、数センチまで車が迫ったというのに涼しい顔で上着を右肩に掛けている。
「久しぶりー。その様子だと、まだ知らないみたいね」
運転席の窓を開けさせたミサキは、ドアに腕を乗せて車内へ頭を突っ込んだ。
前髪がエレノアの顔を撫でてこそばゆい。思わず助手席側へと身を仰け反らせる。
「どういうこと?」
腰に負荷を感じつつ、エレノアはミサキの顔をまっすぐに見つめて問いを投げる。あまりに近いのか、助手席の六花がエレノアの背中を支えた。
「奴等、今度は派手にやるみたい。ブローカーによる車の調達が活発なの。取引先があのときの奴等なら、このヴァンテージと私のスープラに対策をしてくるわ」
「要するに、前のジャガーより速くなるってこと?」
「その認識であってるけど、爆弾だとか狙撃手を使ってる辺り、それだけでもなさそう。それはまだ、調べがついてないからまたね」
ミサキは軽くエレノアの肩を叩くと、ゆっくり車から離れた。
車内でミサキに会釈する少女たち。車はゆっくりと発進していく。
「爆弾……警戒が強まるけど、台場の話じゃない。ピラミディオンをまた襲うって話じゃないのかしら」
やはり犯人の目的が読めない。エレノアは苛立ち気味にステアリングをノックする。
「やっぱりもう少し洗った方がいいんじゃ……。ん? 南野先輩、足元に何か落ちてます」
悩ましげな表情を浮かべていたあかりが、不意に助手席の足元に何かを見つけて指差した。
六花は足下を探り、メモ帳を纏めたような冊子を拾い上げた。
「ガジェットガイド……? これ、エリー宛だわ」
ガジェットガイドをエレノアに手渡すと、彼女はゆっくりと車を減速させた。すっかり忘れていたことに、思わず頭を抱えそうになる。エンジン載せ換えの理由は元はといえばそれが目的だったのだ。ただ戦闘力を上げるためではない。
「ちょっと空き地に向かうね。悩んでても仕方ない、私たちはいざというときの為に万全を尽くすしかないわ」
曲がり角を曲がり、方向を変える。向かうのは学園島空き地。テストにはそこがピッタリだ。
空き地に車をそのまま乗り入れ、エレノアは同乗者を車から下ろした。
「アームレストを開ける……」
説明書ともいうべき冊子の通り、エレノアは運転席で左手側のアームレストを触れる。蓋が後ろへスライドしたかと思えば、中には物々しいスイッチ類を備えたパネルが鎮座していた。
「本当に仕込んだんだ……」
エレノアが感心する間も、外にいる友人たちは不思議そうに首をかしげていた。車は特にまだ変わった動きを見せていない。
「これは?」
メタルのスイッチパネルにテープで『RKT』とだけ記されたボタンを押す。
フロントウィンドウにHUDが立ち上がり、戦闘機のような近代的なレティクルが表示されるが、すぐにブザーと共にエラーが表示された。
『ERR/ROCKET AMMO:EMPTY』
「ロケット? 弾切れみたいで良かった……」
車にも動きがあったのか、六花が驚きを見せている。
HUD上はロケット弾の弾切れを知らせる文字が点滅していて、仮に発射してしまっていた場合武偵校から大目玉を食らうところだ。
「あとはラジオ──」
操作すると、普通のラジオから自動的に警察無線にチューニングが行われた。オートチューニングされた周波数では事件は告げられていない。至極平和のようだ。
「それと防弾ガラスは装備。──で、これは?」
装備一覧にはまだまだたくさんのガジェットが記されていたが、『オートドライブ』と書かれた部分にはQRコードが記載されていた。
試しに読み込んでみると、自身のスマートフォンにアプリケーションがダウンロードされる。ウィルスの類いではないようだが、起動すると車体のカメラ映像が端末画面に映し出された。車体前面にカメラが仕込まれているのか、まるでレースゲームのように鮮明な映像だ。
試しに車から降り、軽く画面を下から上へなぞる。すると、車はゆっくりと前進して自動的にブレーキを掛けて停車した。
エレノアの口角が愉快そうにつり上がる。察したのか、仲間たちは車からすぐに距離をとったようだ。
画面をなぞり、左へ旋回。テールスライドさせつつ前進。右、左とスラロームさせ、エレノア自身に目掛けて車を加速させる。
「エレノアッ!」
轢き倒される。そう考えたあかりが叫ぶ。だが、外部操縦のヴァンテージはエレノアの直前でピタリと停止していた。
「肌が合いそうね」
眉ひとつ動かさず、涼しい顔でエレノアは笑った。
仲間を救うには充分な武器、そして仲間たちだ。あとは美夜を救うだけ。
空き地の向こうに掛かるレインボーブリッジを睨み付ける。あれやこれやと手を考えてもダメだ。エレノアは仲間たちを見回して告げた。
「犯人が戻ってくるとは限らない。けど、台場に行こうと思う」
「理由は?」
鈴那が少々厳しめに問う。
「奴等は前の失敗でピラミディオン内部と考えうる戦力を知った。他の銀行やらを襲う下調べの手間が省けるわ。それに、美夜が向こうにいる。私たちが出てくることも知ってる筈」
「つまり、やっぱりまたピラミディオンを襲うってこと?」
あかりの問いに、エレノアはハッキリと頷いて見せた。奴等はまた来る。確かに、彼女はそう伝えていた。
警備状況も、安全装置も、考えうる戦力も。そして周辺の状況も犯行グループは知ったのだ。逮捕された実行犯がほんの手先程度ならば、十二分に考えうる。ピラミディオンも、『失敗した強盗は無い』と油断していないとは言い切れないのだ。
「まぁ、ここで油を売ってるよりはマシね。行きましょう、エリー」
六花はエレノアの肩をそっと叩いて、ヴァンテージの傍らに立つ。それはエレノアを信用する──その意思表示に他ならない。
あかり達を車に乗せ、六花も乗り込んだ車をエレノアは台場に向けて走らせる。この先が外れか当たりか、とにかくぶつかってみるしかない。
エレノアに父のような切れる頭脳は無い。スマートでもなければ、ダーティでもない。だが、仲間を想う気持ちは負けない。だから必ず美夜を連れ戻す。ステアリングを操りながら、彼女は確かに心の内でそう誓った。