014.いつもの日々-変異-
授業が終わり、エレノアは自身の所属科へ向かう。
そこで待ち構えていた装備科や車輌科の先輩に車を止められ、漸く彼女はつい最近の事件でのガジェットの扱いを咎められるのだった。
「ガジェットの説明もしてないのに!」
そう叫んだのは帽子を被った装備科女生徒。
「ごめんなさい。メモがあったので、それで良かったのかと……」
詰め寄られては、エレノアも小動物のように小さくなるしかなかった。
実際、説明を受ける事無くさっさと車を乗り回したのは彼女なのだ。致し方無かったとはいえ、言い訳も出来ない。
「まぁでも、大方予想してた動きはしてたよな」
別な装備科生徒が語る。
台場では見事なフライトを見せた。ロケットモーターにも異常はない。考えれば、今さら説明の必要はないようにも思えたが。
「それこそ映画みたいに、廃車になって戻ってこなくてよかったよ」
多少のダメージはあれど、エレノアのヴァンテージは無事だ。映画では毎回廃車になっているということをイメージしてしまえば、やはりマシもマシ。
「ガジェットに関しては考えて使ってね。使いどころさえキマれば、最強だから!」
装備科生徒たちにそう念押しされ、エレノアはこくこくと頷く。
少しして、車輌科の生徒がエレノアを呼びに来た。今日はヘリコプターの操縦訓練だ。訓練といっても、まだ一年生。シミュレーターによる仮想体験となる。
残念ながら、今日は武偵たちも静かではなかった。暴力団の抗争で鎮圧に当たっていた警察からの要請で、強襲科と狙撃科が出ている。通信科は言わずもがな。情報科も動いているかもしれない。
先輩にシミュレーターを起動してもらいながら準備をしていたエレノアだったが、ふと車輌科生徒の世間話が耳に入ってきた。
『なぁ。今回の警察からの依頼、
『マジらしいよ。強襲科の……なんだっけ? あの小さいヤツ』
『いや、あそこ抜きん出て小さいヤツ三人はいるぞ。でも一年なら神崎じゃねーよな』
『赤い髪のヤツだよ。ボンドと良く話してるヤツ』
世間話を聞いて、エレノアが動きかける。だが押さえた。今は動く時じゃないのだろう。
それに悪いニュースばかりが聴こえてきた訳でもなかったのだ。
『まぁ、問題無いさ。三年の強襲科もとっくに動いてるって話あるし』
『あそこが動いてるなら問題ねーか。あの一年もそこそこやるって話だし、ウチらは車の支度でもするかァ』
いわく、もっともプロに近い、最高学年の強襲科が動くらしい。エレノアはひとまず安心する。噂に上った一年生は恐らく鈴那だが、噂通り強襲科はあくまでも“兼科”でありながら、実力はBランクにも匹敵する。
胸を撫で下ろし、エレノアは一旦目前のシミュレーターに集中する事にした。
□
「ふむ……囲まれてしまったな」
場所は変わり、東京都内。赤い髪についたゴミを払い落として、五十鈴鈴那は自分が飛び降りたビルの窓を見上げた。
所詮簡単な依頼だと、油断が無かったとは言わない。それが暴力団の乱入によって暴力団同士の抗争に発展し、慌てて二階の窓から路地裏のごみ溜めに飛んだのが、つい二分ほど前。
依頼自体は単純なお使いだった筈なのだが。
今も怒声に銃声、ガラスや壁の壊れる音が聴こえてくる。武器を抜いておくべきだろうと鈴那は判断した。
「帯銃が義務で良かった。危うく何も出来ぬところじゃった……」
ホルスターから抜いた拳銃はベレッタ86。小振りすぎず、だが大きすぎず。バレル
跳ね上げた銃身から弾を込め、撃鉄を起こす。愛用のカランビットも確かめたところで、鈴那は敵の接近を感知した。どうも抗争に絡んでいると思われたのだろう、味方と取るには難しい苛立ちの言葉ばかりが耳に入った。
裏路地は広くないが、敵は一方向からしか来ていない。声のする方へ銃を向けて、鈴那は備える。
「やれやれ……」
鈴那は確かに一年だが、肝は据わっていた。拳銃で武装した、屈強な男二人に怒鳴り付けられても呆れたようにかぶりを振るくらいには。
銃を向けられる前に駆け出し、塞がれた道を右へ。パルクールの要領で壁を蹴り、身体を捻りつつ飛び越えると、鈴那は直ぐ様後ろから敵対者の膝裏を拳銃で一発ずつ撃ち抜いた。
「依頼は果たした。撤収するとしよう──」
いや、駄目だ。撤収しようとした鈴那は踏み出そうとした足を止める。
まだ敵は来ていた。どうあっても彼女を逃がす気はないようで、数にモノをいわせて突撃してきている。
これが普段なら鈴那もまだ返り討ちには出来る。だが、
先に進めないのなら、建物を回り込むか。
迷ってる場合ではない。鈴那が踵を返そうとしたその時、瓶の栓を抜くような音がした。すぐに周囲は濃い煙に包まれ、視界は無くなっていく。
刹那、煙の中から人が飛んできた。鈴那の行く手を阻んだ暴力団員の一人だった。決して軽くはないだろう大柄なその身体は、あたかもダンプにはねられたかのように軽々と鈴那の横を飛び、壁に激突する。
何かがいる。腰を低くし、カランビットと拳銃を交差させて構える。
スモークを振り払い、何者かが抜け出てきた。鈴那が拳銃を構えるよりも早く、その懐を許す。
「しまっ──」
一瞬の焦り。しかし、鈴那はすぐさま持ち直した。
相手の眉間へと拳銃の銃口を向ける。引き金は引けないが、普通ならば抑止にはなる。
「……!」
飛び込んできた相手が、鈴那を見て何かに気付いたように目を開く。
瞬間的な反応で拳銃を逸らし、鈴那の制服に付けられたネクタイを引っ張った。
「このっ……!」
拳銃を再び向け直そうとするが、鈴那の身体はあまりにも軽すぎた。すぐに天地が引っくり返り、鈴那は敵に組み敷かれていた。眉間にはクロームメッキの巨大な自動拳銃──デザートイーグルが向けられている。
闖入者を良く観察すれば、儚げな雰囲気を持つ少女だ。白髪で切れ長の眼だが、厳つい顔立ちではない。哀しげに物を見るように、少女は鈴那を組み敷いていた。
「わしを殺すか……?」
「……いいえ。殺しません」
艶やかな唇。デザートイーグルの向こうに見える少女が語ったのは、鈴那への敵意ではなかった。
まだ暴力団員は残っているが、少女は鈴那に馬乗りになったまま、振り向きすらせずデザートイーグルで敵を撃つ。
.50AE弾を使用する最強の自動拳銃。重量2kg、弾頭エネルギーはソビエトのAK-47と同等。反動は史上最大とも言える拳銃が、少女の手によってまるで身体の一部のように制御される。
近距離でその銃弾を受ければ、防弾装備の無い人間なら即死。良くて重傷は免れない。
巨大なスライドがロックすると同時に、暴力団員たちは血の海に沈んでいた。
「お主……!」
目の前の人間が暴力団員を射殺した。いくら鈴那にとっての敵対者でも、射殺は許されない。それが武偵だ。いかなる状況においても、殺傷は許されない。
現場には警官も張っている筈だ。狙撃科のスナイパーも見ている。
「ボンドに伝えてください。シノが貴方を探している、と」
鈴那を解放すると、少女は背を向けてそう言い残した。
立ち去ろうとする少女に、鈴那は拳銃の銃口を向ける。逃がさない。逃がしてたまるか。
「逃げられると思っておるのか? 現場には警察も、スナイパーもいるぞ」
「知っていますよ。また会いましょう、五十鈴鈴那さん」
教えた覚えの無い名前を呼ばれ、鈴那は目を丸くする。一体彼女は何者なのか。
少女の姿が再び焚かれたスモークに消える直前、彼女は地面に何かを落としていった。
『スズ! 無事か?』
インカムに飛び込んできたのは狙撃科、美夜の声だった。
「なんとか無事じゃ。……法化銀の十字架か」
『なんだって?』
「後で話す。エレノアへの連絡を頼む」
鈴那が知る限り。“アレ”は武偵ではない。見た目に似合わぬ圧倒的な筋力は人間のそれではなかった。
武偵にはCVRの他に、
隠されたニュース、消されたニュース、既に過去となったニュースに残された映像。
この世界には、人間以外の“異形”がいる。
偉業を成し遂げた人物がいるのはエレノアで証明された。
そして今、立ち尽くす鈴那は少女の眼を思い出してもう一つの仮説も立証しようとしていた。
「バケモノめ……」
現場は片付いた。鈴那はゆっくりと表通りに目掛けて歩みを進める。
気付けば、見慣れたチョコレートブラウンのクーペが停まっている。
「乗って、鈴那」
「エレノア……。わざわざ来たのか」
「そりゃね。美夜から話は聞いたから、部屋に向かうけど良い?」
「んむ。それで良い」
騒がしい現場を立ち去る二人。
一体何が待っているのか。窓から外を眺めて黄昏る鈴那には分からない。だが、何かある。だから少女は接触してきたのだと。
そして、それはエレノアに関係してくる。理由は分からないが、それが確実なのだ。
お疲れ様です。
最近なんだか色々忙しくて書く暇が無かったです。
デザートイーグル、私の小説で出したのは久し振りですかね。
この世界だから許される、という感じであります。