緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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016.美夜

 Qと呼称する部門の発足を知ってから、エレノアは毎日のように車輌科で車を乗り回すようになった。

 カスタム後からあまり走っていないヴァンテージも、今では調子良く走っているようだった。

 

 佐々野美夜はそんなエレノアとヴァンテージを見届けてから、狙撃科へ向かう。

 狙撃科で学ぶのは無論、狙撃の極意だ。あらゆる状況でターゲットを待つ忍耐力、長距離の敵を撃ち抜く腕。特に、弾頭に働くコリオリ力や重力、弾頭自体の重さや口径の違いによる狙いのズレを修正する方法も勿論学ぶ。

 狙撃科とは強襲学科でも『他人を巻き込む可能性の高い科』である。その役割上、どうしても必要とあれば味方の近くの敵を撃たなければならない。この時に、弾が逸れれば味方に当たってしまう事もある。

 狙撃科とは、ある意味最も『セルフコントロール』を学ぶ科でもあるといえる。

 

 狙撃科棟シューティングレンジは埋まっていた。最近の事件続きで、依頼の難易度が上がっている。いるのは依頼を受けられない一年生ばかりだった。

 腰に手を当てて、ため息をつく。これでは練習にならないと。

 並んで狙撃姿勢を取る生徒たちを眺めていくと、ふと一人の女生徒に目が留まった。

 浅葱色のショートカットが輝いて見える。使っているライフルはSVD──ドラグノフ自動狙撃銃。それも、SVDSなどといった近代化が施されていないウッドストックモデル。

 セミオート。つまり、自動で次弾が装填される狙撃銃は標的を外したり、多数の標的を釘付けにする際、素早い対応が可能だ。反面、精度では美夜が使うような手動装填式のボルトアクションに劣る──というのが通説。

 近年の自動狙撃銃にはボルトアクションにも劣らない高精度な専用モデルが出回っているが、非常に高価で、入学したての中等部インターンや一年生が購入することはほぼ無いだろう。

 それでも、狙撃に慣れるまでは自動化されたそれらを薦められる事がある。美夜たちのように、頑として手動を選ぶのは現代武装探偵において、稀な存在といえた。

 ドラグノフは自動狙撃銃の中でも有名な、ソビエト製モデル。AKアサルトライフルをベースに再構成され、7.62mmリムド専用弾薬を使用。美夜の見る限り、女生徒のモデルはPSO-1スコープを搭載している。拡大率は4倍率。一般的な狙撃用スコープだ。

 近年見る2キロメートルを超える超長距離狙撃は難しいが、およそ1.2~1.3キロメートルは狙える。

 ただ、問題はその精度。

 

「……すげぇ。気持ちいいくらいだ」

 

 狙撃科はその役割上、通常のシューティングレンジより圧倒的に奥行きがある。場合によっては屋外まで使われる。

 女生徒が狙っているのは約1キロメートル先のターゲットだが、撃つ度に真ん中へ必中している。まるで一度空けた孔へ次弾が吸い込まれるようだ。

 ドラグノフは六十年近い歴史のうちで、『長距離狙撃には向かない』と通説が出来た。様々な要因に基づく諸説はあるが、その古さと設計にあるとするのが大半だ。

 そう言われる狙撃銃を使いこなすのは、広い学園島にも一人しかいない。

 

「レキセンパイ、やっぱすげぇ……」

 

 美夜が嘆息する間にまた一発、中心に弾丸が命中した。

 ふと、女生徒の横のレンジが空いた。すかさず美夜が滑り込む。背負ったバリスタを下ろして準備し、弾倉を叩き込む。

 女生徒は気にしない。スコープを覗けばそこは自分と敵しかいない。距離は手慣らしに600メートル。

 深く息を吐き、そして吸ってから止める。呼吸による銃のブレさえ、狙撃時には手痛いズレを起こす。心拍でさえそうだ。人間が生きるために行っている、あらゆる当たり前の行動が、狙撃には邪魔になる。

 引き金を引き、重さが変わったところで一旦止めて一気に引く。

 銃声と共に、重たい反動が肩を殴り付ける。止めていた呼吸を再開し、肺に新鮮な酸素を取り込んだ。

 観測手がいないためターゲットをスコープで見るが、感覚とのズレはほぼ無し。中心に命中だ。

 距離を更に離して設定する。次は隣の女生徒と同じ1キロメートルだ。ボルトハンドルを操作して排莢、装填して再び体勢に入る。

 引き金の重さが変わるまで引いて、また止める。そこで暫く待ち、再び呼吸を止めて撃つ。

 弾は少々右に逸れた。中心からは数センチメートル程度だが、小さい標的なら当たっていない。更に距離を離せば、その着弾のズレは数十センチメートルから数メートルに広がっていく。

 一年にしては筋がいいと言われる美夜だが、やはり有名な隣の女生徒とは何もかもが違う。

 

「少々力みすぎです。もっと力を抜いて、銃と一体になるつもりで」

 

 次を撃つつもりでスコープを覗くと、静かに風が吹くような声がそう囁いた。

 声の方向に顔を向けると、そこには先ほどの女生徒。まさか自分に声をかけるとは美夜も思っておらず、目を丸くした。

 

「どうかしましたか?」

 

 女生徒──レキ、と美夜が呼ぶ先輩は無表情のまま訊ねる。

 

「あっ──あー、いや何でも無いッス。自分に声を掛けるなんて思ってなくて」

「私をじっと観察していたので、助言が欲しいのかと」

「うえっ!? バレてた……」

「周囲にもある程度は気を配ってください」

 

 手厳しい言葉が送られた。少々落ち込み気味に、再びライフルを構える。

 

「もっと力を抜いてください。脱力ではありません。反動をただ受けるのではなく、身体全体で受け流すように」

 

 レキの言葉をひとつひとつ実践していく。銃と一つに、余計な力は抜く。心拍を落ち着かせると、同時に呼吸も落ち着いていった。

 射撃。刹那に反動が肩を突き抜けるが、先ほどよりも跳ね上がりが小さい。

 

「命中です」

 

 レキがそう語った。弾痕は中心を的確に射抜いたことを示している。

 それから二発、同じように続けて撃った。若干ズレが出たものの、数ミリメートル程度にまでは抑えられている。

 

「狙撃時は、迷いを捨ててください。射手の迷いは弾丸をも迷わせます」

「分かりました。……センパイ」

「レキで構いません。また狙撃を見せてください。……では、また」

 

 ドラグノフを背負って、レキはシューティングレンジを立ち去っていく。その背中を見送って、美夜もブースから立ち上がった。

 余計な弾薬を使うほど経済的な余裕は彼女に無い。家を出て、エレノアと暮らす前までは精神的にすら追い詰められた。死ぬ度胸は無いから、どうにでもなれと思った。

 ただ、エレノア達が強盗を追って現れるのを知って迷った。最後、エレノアに肩を撃ち抜かれて決めた。

 こんな生活なら、無くなっても構わない。学校でエレノアや鈴那、六花。クラスメイト達と笑っていた時間こそ本物だった。

 経済的に苦しくても、あの金色の長い髪を靡かせる彼女(エレノア)についていく。彼女の横で笑って、彼女が背負った重圧も分けて半分にしたい。

 

 狙撃科棟を出ると、目の前に一台の車が停止した。

 

「お迎えに上がりましたよ」

「なんや、ソレ。似合わんで、エリー」

「ジョークでしょうに」

「つまらん」

 

 楽しい。今はただ、全てが楽しい。

 隣で車を運転する彼女と、他愛の無い話で笑い合いながら帰るのが楽しい。だからだろうか、先日現れたという“シノ”と言い残した者には警戒心を抱いている。

 シノが日常を奪い去るのではないか。エレノアを奪っていくのではないか。外を眺め、同じように帰る生徒達を眺める。エレノアの知名度も、かのジェームズ・ボンドの実子と知られてから、なかなか上がってしまったらしい。武偵校の噂の広がりは恐ろしいもので、一部の生徒はエレノアたちへ何か叫んでいるようだ。隠しても何処からか漏れ出てしまう。

 しかし、日常には変わらない。ジェームズ・ボンドとファミリーネームが一緒だからとからかっていたのが、本当だったと分かった今でも美夜は付き合い方を改める気はないし、エレノア自身がそれを望まない。

 レキに見抜かれた力の入りは、そうした日常を脅かす存在が現れたからでもあった。

 

「今日は豚丼でもすっかぁ! 豚肉買ってあったし、本場風で!」

「いいね。また何か手伝うよ」

 

 ──この日常を壊すなら、美夜はその照準をシノの頭へ向けるつもりでもあった。

 今は首を突っ込まないと決めているが、絶対に向こうからやってくる。車の外を眺める美夜は建物の屋上に目を向けた。

 人影がある。()()()()()()()()()()()()に、明らかに人の影がある。美夜達を見ているのか居ないのか判断は出来ないが、美夜はその人影をじっと睨み付けていた。




007のテーマ、実はポール・オークンフォールドのリミックス版が好きです(いまさら)
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