緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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018.詩乃

 エレノアからの信用を得るために東京武偵校に入学した櫻羽詩乃。自身の語る通り、彼女は嘘偽り無く、信頼を勝ち取るため身近にやってきた。離れたまま得られる信頼など限られている。

 学校生活という日常を共にして、詩乃は初めて信頼を得られると考えた。

 希望履修科目は尋問科(ダギュラ)を希望した。ただ、外部の人間が突如『入学したい』と言っても怪しまれる。

 それに、吸血鬼狩りの“教会”は既に武偵の間ではかなり有名だった。詩乃も下っ端ではなかったから、尚更だ。

 東京武偵校に情報通の綴梅子という教師が居たのも、詩乃の評価に影響した。

 

 入学の二日前、詩乃は尋問科の尋問室に居た。

 マジックミラーの向こうに、尋問を受ける男が見える。対する武偵の尋問担当は苛立ちも露に資料を机に叩き付け、怒鳴り声を上げていた。

 

「……櫻羽ァ。お前、アイツの尋問代われ」

 

 怪しげな煙草を吸いながら、マジックミラー向こうの状況を見て綴は淡々と告げる。

 既に二時間は膠着状態だ。最初は通常の尋問の体は成していたが、男側の黙秘に武偵が痺れを切らしている。

 

「私がですか?」

「だからここに来たんだろ? ここでヤツから何も引き出せないなら、大人しく吸血鬼狩りに戻れ」

「やってはみますけれど……」

「いいから行ってこい。アタシらがしっかり見ててやるからよォ」

 

 煙草の煙を詩乃に吐き掛け、綴は尋問を担当した武偵に交代を呼び掛けた。

 代わりにマジックミラーの向こうへと向かう詩乃。扉が閉まれば、余計な騒音はなくなった。

 詩乃は対する人間の罪状も聞いていた程度でしか知らない。ここからは、無から有を得る一対一だった。

 

 男の正面の椅子を引き、静かに座る。無造作に置かれたままのファイルを引き寄せると、詩乃は静かにそのページをめくった。

 

「先程の担当は少々うるさかったでしょう」

 

 詩乃の第一声は、全く事件とは無関係の言葉だった。

 勿論、その言葉に反応は無い。とことん黙秘を貫いているらしい。

 

「罪状は殺人の容疑。警察が踏み入る前に、武偵に捕らえられた、と」

 

 静かに。ただ静かに、詩乃はファイルに記された情報を読み上げる。

 マジックミラーの向こうでは綴たちが見ている。不正や拷問は当然無しだ。詩乃にはそんなつもりもないが。

 

「黙秘権は確かにありますが、否定はすべきかと思います。そこに誤りがあるのであれば、謝罪すべきは此方になります」

「……アンタはどう思うんだ。さっきの野郎みたいに、俺を怒鳴り散らして終わらせたいか?」

「いいえ。私は嘘を無くしたいだけです。それは此方の嘘も、貴方の嘘もです。平等に行きましょう」

 

 ファイルをめくる手が止まる。両手を開いたファイルの上に乗せると、詩乃は変わらず静かに尋問を始めた。

 

「まず、貴方は容疑を否認するのですね?」

「当たり前だ。そこのファイルにも、書いてんじゃないのか?」

 

 応答の通り、殺人の容疑は否認している。ファイルにも追記されていた。

 

「そうですね。被害者との面識も無い──と」

「そうだ。殺しなんかやってない」

 

 否認の言葉に頷きながら、詩乃は冷静な手付きでファイルのページを更にめくる。

 殺人の方法は刺殺とある。その凶器に詩乃は着目しつつ、一度それを伏せて正面の男に視線を合わせる。

 

「ご家族は?」

「情に訴えるなら無駄だぞ」

「世間話をしたいだけです。私は両親ともに先立ちましたから、そちらの話も伺えたらと」

 

 男が怪訝そうに詩乃を睨む。しかし、三十秒ほどして口を開いた。

 

「バツイチだ。嫁には逃げられたし、一人息子の親権も取られた。単なるサラリーマンにゃ、ツラい額の慰謝料もあるさ」

「それは……。そうですか。サラリーマンですか……」

 

 男の供述を反芻するように詩乃が話す。あまりの静けさに、時計の針の音さえ大きく聴こえる程だった。

 

「慰謝料をお支払するのも苦労されているサラリーマンが、何処から刃渡り26センチものサバイバルナイフを手に入れるのですか?」

 

 場の空気が凍り付いたようだった。触れてはいけなかった何かに触れたようで、静かだった尋問室がにわかに殺気立つ。

 

「それは俺のじゃないッ!」

「指紋が出ていますね。これについては?」

「それは……」

「面識の無い被害者に、貴方の指紋がついたサバイバルナイフ。指紋は複製できません。貴方が嵌められたと仮定しても、どちらにせよ正当な理由無く刃物を持ち歩く事は法律違反。そして、中でも刃渡り6センチ以上の刃物は、銃刀法に違反します」

 

 静かに。だが、確かに詩乃の語調が強くなっていく。

 

「もう一度お訊ねします。凶器のサバイバルナイフについた貴方の指紋は、どう説明されますか」

「……キャンプで使った時の指紋だろ。嫁と別れてから、ソロキャンプが趣味だった」

「指紋は明らかに、事件の直近についたものだと鑑識が調べをつけています。貴方は生活の苦しさから、苛立ちを誰かにぶつけたかったのではないですか?」

 

 手錠を付けられて机の上に乗せられていた男の手が、叩き付けられた。

 目を見開き、男は憤りもあらわに言葉を荒げる。

 

「証明出来るのか!? 俺がやったとッ!?」

「はい。残念ながら、貴方はもう詰んでいます」

 

 詩乃はファイルに挟まった写真を数枚取り出し、机の上を滑らせた。

 防犯カメラの映像には、サバイバルナイフを持った被疑者の姿。ソーシャルネットのスクリーンショットには、同型のサバイバルナイフを掲載し犯罪をほのめかす投稿。

 

「どうして先程の担当からこれが出なかったのか、少々不思議ですね」

「でっち上げだッ!」

「では本当に貴方が嘘を吐いていないか、試します」

 

 椅子を立ち上がった詩乃はホルスターから拳銃を抜くと、男の後ろから抱き着くようにして拳銃の存在を知らしめる。

 スライドを引くと、金色の弾丸が姿を見せた。

 

「この拳銃はドット45口径。どちらにせよ、至近距離で撃たれれば即死ですが……」

 

 男から離れた詩乃は、眼前にある男の後頭部へ向けて銃口を押し当てる。

 

「脅迫かよ……!?」

「貴方が本当にやっていなければ、怪我をせずにすみますよ」

「こんな尋問、あっていいと思ってるのか!?」

「最初に言いましたよね。『お互いに嘘は無し』と。私は誠実に対応したつもりです。次は、貴方の本心を聞かせてください。命を懸けた、貴方の本心を」

 

 尋問室は一転してパニック状態の被疑者に銃を突き付ける詩乃という、尋問を超越した状態となった。しかし、綴からストップは入らない。

 詩乃の世界は広がる一方だった。

 

「5、4、3──」

 

 突き付けた拳銃が構え直される。非情なカウントダウンは止まることはなかった。

 

「──2、1……」

「やった! 俺がやったッ!」

「本当に? 助かりたい一心で、媚びようとしていませんか?」

「本当だ! 捨てアカでSNSに投稿したのも間違いないッ! 頼む、撃つなッ!」

 

 詩乃は被疑者のパニック状態を更に悪化させたようだった。暴れる男から銃を離し、それからマジックミラーの向こうにいる綴を見た。

 

「終わりました」

 

 拳銃に安全装置を掛け、ホルスターに押し込む詩乃。泣きじゃくる男を一瞥することなく、彼女は部屋を後にした。

 

 無論、部屋を出てからすぐに彼女は綴に捕まる。

 椅子に無理矢理座らせられ、苛立ちを隠すことなく煙草を灰皿に押し付けた綴は詩乃へ詰め寄った。

 

「お前なァ! 今回は拷問じゃねェ、尋問だ! 最後のありゃなんだ!?」

「リラックス状態から一気にストレスを掛けると、人間は驚くほどあっさり防衛に動きます。もしあれでも『知らない』と言っていたら、私は素直に謝罪していましたよ」

「チッ……。まぁ、悪かァないか。結局ヤツもゲロったワケだしなァ」

 

 綴は連行されていく被疑者を見送りつつ、煙草をもう一本取り出して火を点ける。

 クリームのような濃い煙が充満しても、詩乃は顔色一つ変えなかった。

 

「よし。分かった、手続きは進めとく。ただ一つ聞かせろ。なんでボンドを気にする?」

 

 綴の気にするところは最早一つ。半吸血鬼のヴァンパイアハンターが、普通の武偵校一年生であるエレノアを追うのかだ。

 

「簡単ですよ──」

 

 詩乃は顔の前で手を会わせると、満面の笑みを浮かべて告げた。

 

「──恩人の娘だからです」

 

 そう語る詩乃は、やはりボンド家に心酔しているように見えた。




銃刀法はちょっと調べつつ書きましたが、割と曖昧な所はフィクション流で書かせてもらってます。

そういえば、ここまでしっかり原作キャラ出したの初めてかもしれませんね。
蘭豹と綴、大好きです。
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