緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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019.彼女を知る

 結局、詩乃の処遇を美夜たちに決められる訳もなく時間は経過する。

 教務科が通した以上、詩乃はもう武偵だ。彼女に武偵憲章を守る必要があると同時に、エレノアたちも詩乃に対して武偵憲章を適用しなければならない。

 彼女はもう“仲間”なのだ。何かあれば彼女を信じ、助けなければならない。

 

「はー……疲れた」

 

 自室に戻ったエレノアは、珍しく美夜への挨拶はそこそこに済ませていた。

 詩乃は正直薄気味悪い感じではあるが、恐らく敵ではない。ただ、自身はともかく、友人たちは詩乃を信じていない。エレノアはどちらかといえば、板挟みにされているようだった。詩乃を突き放す事も出来ないが、味方だと友人たちに説得出来るような材料もない。

 結局、いつもの数倍程度の疲労を抱えてベッドに倒れこんだ始末だ。

 

「こんな時、あの人ならどうするんだろ」

 

 浮かぶのは見たこともない父の背中。その幻。きっと整ったタキシードで戦っているのだろう。場合によっては脱いでいるかもしれないが。

 映画での活躍は本来のものではないだろう。しかし、実際に人脈がある。贈られた車は間違いなく劇中にも登場していた。

 人脈。そう、人脈だ。エレノアは、がばっとベッドから身体を引き剥がす。

 

「そうだ、ミサキさん!」

 

 杠ミサキの名前が真っ先に浮かんだ。詩乃はジェームズを知っている様子だったが、ミサキはジェームズから長らくヴァンテージの置かれていた倉庫の番を任されていた。

 どちらも自身の父を知っていることに共通性がある。

 幸い、電話番号は登録している。というより、気付いたら入っていた。すぐに電話を掛けると、意外にも応答は早かった。

 

『はいはいー。エレノアちゃん、久し振りー!』

「お久しぶりです。今、少し良いですか」

『モチロン。お姉さんに何か用事?』

 

 いつもの調子らしいミサキに、詩乃について幾つか質問を投げ掛ける。現在知りうるありったけの情報を渡すと、ミサキは少々悩ましげに唸った。

 

『うーん。私は彼から倉庫番を頼まれただけなの。流石にあの人自身が何をしていたかまでは知らないかな……』

 

 申し訳ないといった雰囲気が通話越しに伝わってくる。

 空振りだったか、とエレノアも頭を抱えようとした時、ミサキから声が上がった。

 

『あ、でもあの人が色んな女性に対して紳士的だったのは事実。助けられた人は沢山いるんじゃないかな?』

「その中に、なんか怪しい団体みたいなのは?」

『……“教会”でしょ? 別に隠さなくたって良い。関わりがあったのは確かみたい』

 

 ミサキにまで教会の存在は知れ渡っていた。一体どれ程の規模を持つ組織なのか、恐怖にすら似た何かを抱かざるを得ない。

 

「敵なんでしょうか。その“教会”は」

 

 不安から思わず、そう口にしてしまった。

 吸血鬼狩りを生業とするような組織だ、敵だとするなら明らかに実力不足。倒せるような相手ではない。

 電話向こうのミサキは言葉を選ぶようにしながら、それでもハッキリと伝える。

 

『うーん。なんていうか、その“教会”の関係者が君についているんだから、気にしなくて良いんじゃないかな』

「そうなんでしょうか……」

 

 やはり払拭されきらない不安。そんなエレノアの声を聞いてか、ミサキは強気に放つ。

 

『大丈夫! お姉さんがついてるから! 何かあったら、また連絡して』

「はい。すみません、ありがとうございます」

 

 軽い謝罪の後、終話。解決にはならなかったが、ミサキの言うことにも一理ある。スパイの可能性は捨てきれないものの、そもそもエレノアたちをスパイする理由が無い。

 少なくとも今は、敵意の無いものとして見るしかないのだろう。美夜から夕食に呼ばれると、エレノアは少々足取りを軽くして部屋を出た。

 

 時間は過ぎ、次の日。美夜は変わらず詩乃を警戒し続ける。

 放課後。エレノアは全員で依頼を受けようと提案するも、重たい空気のままだ。単位制度は詩乃にも適用される。出来るだけ単位を稼いでおくに越したことはないのだが、感じる重圧から、提案したエレノアの心から先に折れてしまいそうだった。

 こんなことではいけない、と気を取り直し向かった先は都内のビルだった。人気は無く、何かあるようにすら見えない。

 

 ──否。()()()()()、何かあると思えてしまうような雰囲気だ。

 

「美夜、狙撃位置を捜して配置に。着いたらインカムに。南野先輩は、美夜と一緒に観測手と彼女の護身を。良いですか?」

「私は良いけど……」

 

 六花はエレノアたちの先輩だ。選択権はあって然るべきだが、彼女に異論はないようだった。だが、ちらりと横目に美夜に視線をやる。

 狙撃は貴重なスキルを要する、極めて重要な仕事であると共に、一番現場から離れる仕事でもある。その配置に選ばれては、エレノアの近くにいるのは美夜にとって信用ならない詩乃ということになる。

 

「スナイパー、必要か? エリー」

「念のためよ。依頼主はここを調べるように指示を出した。何かあるのは間違いないから、視野を取れるスナイパーは重要なの。分かって」

 

 説明されても、美夜自身の納得はいっていないようだ。しかし、反論しようもない。不承不承といった雰囲気で美夜はライフルを背負い直す。

 

「鈴那と詩乃は私と一緒に。ここで情報を見回る意味はないと思うから」

「わかった。お主につく。──念のためにもな」

 

 鈴那すら、疑心な視線を詩乃に向ける。しかし詩乃は全く気にしない様子で了承した。

 人数を分け、エレノアたちはビルへと足を踏み入れる。埃まみれのビル内部は今にも倒壊しそうなほど老朽化していて、すえた匂いが鼻腔に突き刺さる。

 一体こんなビルに何があるのか。歩みを進めれば進めるほどに、エレノアはその問いを繰り返す。

 

『配置についた。西側から見てる』

 

 インカムに届く美夜の声。窓はあるが、エレノアの視線の先に当然彼女らの姿は見えない。

 

「美夜さん。私に照準を向けるのは構いませんが、備えてください」

 

 ふと、エレノアの傍らについていた詩乃が語りかける。

 

『私はお前を信用してないからな。何かエリーたちに仕掛けてみろ──』

「美夜、落ち着いて。何かあったらちゃんと報告するから」

 

 武偵は常在戦場の心を持って生活する。その戦場で喧嘩をしている場合ではない。照準を味方に向けるなど、もってのほかだ。

 詩乃がハッタリを利かせたのかはともかく、美夜は本当に照準を彼女へ向けていたらしい。エレノアは制するが、先が思いやられる。

 ビルを進むと、不意に何かが目の前を横切った。

 

「何かいる……」

 

 エレノアを始めとして、鈴那も武器を構えた。だが詩乃はM1911を抜いていなかった。

 

「お二人とも、下がってください。ここは、()()()の住処だったようです」

 

 エレノア、鈴那に声を掛けて二人の前に出る詩乃。右手を振り上げると、彼女は何かを掴むかのように手を握る。そこに握られたのは、人の手首。フードを目深に被った何者かが、詩乃へ攻撃を加えようとしていたらしい。詩乃がそれを止めたと見るや、襲撃者は詩乃を蹴り飛ばし、強引に距離を取る。

 

「詩乃!」

 

 ベレッタ92Xを襲撃者へ構えるエレノア。しかし、詩乃はあくまでもエレノアたちには攻撃させようとしない。

 それどころか更に前へ踏み出し、襲撃者を睨む。

 

「教会のヤツがこんな所に……」

 

 襲撃者はフード越しに詩乃を睨んだ。目は陰になって見えないが、確かに睨み付けている。それだけの雰囲気をはらんでいる。

 声は女性のようだったが、低く殺意の籠った声だった。

 

「教会は関係ありません。私はもう武偵です。吸血鬼であろうが、我々には貴方を殺すことはできません」

「フン……。教会の人間は嘘が得意だから、信じられないね」

「では、掛かってきてはいかがですか? 貴方には武偵法はありませんし」

 

 言われなくとも。襲撃してきた吸血鬼はまるでその場からかき消えるようにして滑走する。

 鋭く伸びた爪を突き立てようとするも、詩乃は軽く身体をスウェイさせると軽々と回避してみせる。それから二擊、三擊。次々と迫り来る攻撃さえ、詩乃には触れる事さえなかった。

 

「お二人共、周囲警戒を。吸血鬼は彼女だけでは無い可能性があります」

「言われるまでもないわ」

 

 襲撃してきた吸血鬼らしい人物の攻撃をかわしながら詩乃は言うが、当然鈴那たちも準備出来ている。

 ただ、先に進まない事には依頼も先には進まない。詩乃は攻撃こそ受けていないが、反撃もしていない。このまま遊ばせておくわけにも行かない。

 

「詩乃、その吸血鬼を捕らえるわ。公務──ではないけど、依頼遂行の妨害で」

「かしこまりました」

 

 上体を大きく仰け反った詩乃。そのままバック転で襲撃者との距離を置くと、彼女は制服から手錠を取り出して拳に握り締める。まるで即席のナックルダスターのように。

 手錠は法化銀処理済みの対吸血鬼用。相手からすれば、焼きごてで殴られるようなものになるだろうか。

 

「では、貴方を逮捕します」

 

 詩乃が地面を踏み締めると、瞬く間に襲撃者の懐へ飛び込んだ。既に反撃が可能な位置ではない。近すぎる。

 左足でブレーキをかけ、襲撃者の胃へ法化銀手錠によるストマックブロウを叩き込む。いくら吸血鬼が相手だとしても、詩乃も半分は吸血鬼だ。

 衝撃は相手を浮かせ、胃の中身を吐き出させる。

 

「抵抗は出来ませんよ。──すぐに追い付きます、エレノア様方は先に」

「わかった」

 

 ダウンした襲撃者に手錠を掛ける詩乃を流し見て、エレノアと鈴那は先へ進む。

 暫く警戒と共に歩みを進めると、美夜が通信を入れた。

 

『……妙な車が一台来てる。速度を落として──停まったぞ』

 

 美夜からの報告は続く。

 

『敵だ。あまり訓練されてるようには見えないけど、数はいる。ギャングあたりの下っ端っぽいな』

 

 敵が接近している。狙撃手が言うのだから、間違いはない。

 幸いにして、現在ビル内部には敵らしい気配は無く、先ほどの吸血鬼だけが住み着いていたと考えられた。

 

「鈴那、周囲警戒。引き離せないかやってみる」

 

 エレノアはそう語ると、スマートフォンのアプリケーションを立ち上げる。エンジンスタートボタンをタップし、ビル前に停めたヴァンテージのエンジンを遠隔始動。同時に、遠隔操作用の車載フロントカメラが起動した。

 

「美夜、集団は車に気付いた?」

『あぁ、群がっとるわ。本命は吸血鬼とやらじゃない。どうする気だ?』

「オモチャの再テストをね」

 

 端末の操作で車を発進させる。ピラミディオンから更に、ヴァンテージのガジェットはアップデートされている。シフトリンケージのアップデートとエンジン点火カットの自動化により、遠隔操作中にも車が自動で変速する為、速度もより出せるようになった。

 唐突に発進する車に、敵の注意が逸れたと美夜が告げる。

 

「鈴那、この辺りで情報探せる? 流石に手ぶらじゃ帰れない」

「任せろ。ならず者の溜まり場ならば、何かしらの手がかりは残っとるじゃろ」

 

 最早廃ビルを探索する意味はない。恐らく、詩乃が相手にしている吸血鬼はたまたまその場に居合わせただけなのだろう。本命は美夜が観測した集団の正体だ。

 

 暫く探索を続け、情報を入手する。

 どうやら警察に拘留されている仲間がいるようだが、それ以上は何も出なかった。

 道を引き返すと、詩乃は完全に吸血鬼を屈服させてしまったようで、膝をついて肩で息をする敵に対し、詩乃は涼しい顔をしていた。

 

「エレノア様、鈴那様。終わりましたよ」

「……念のため、逮捕しましょう。妨害された訳だし」

「かしこまりました」

 

 法化銀手錠が吸血鬼の手首に嵌められる。これで彼女も力を出せなくなった。

 SSRの応援を呼んで、逮捕した吸血鬼は厳重な監視のもと連行されていった。

 

「……美夜、まだ怒ってるの?」

 

 先ほどの集団は騒ぎに気づいて戻ってこない。

 なかなか戻ってこない美夜へ、エレノアが呼び掛ける。

 

『別に。怒ってへんよ。今戻る』

 

 そう語る美夜の言葉は、やはり刺を感じさせる。

 このままではいけないのだが。エレノアは夕方の風に髪を靡かせつつ、夕日に目を細める。

 詩乃はまだ何か隠しているかもしれないが、それもまだ分からない。傍らに立つ、透明感のある作り物のように綺麗な少女に何があるのか。

 エレノアはまず、それをハッキリさせるべきだと心に決めた。




なんと年末ですよ。
皆様良いお年を。

来年もまたよろしくお願いいたします。

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