装備科、Qの研究室。
車を置いたエレノアが向かったのはそこだった。
「なるほど……確かに、ハンドガンだけだとツラいかもしれないね」
事情を説明すると、Qは深刻そうに腕を組んだ。何しろ相手は吸血鬼を含む可能性が高い。そうなれば、法化銀は無しにしても大火力で足止め出来る程度の武装は要る。
しかし、そこは武偵。民間主体の組織であるため、本来フルオートや過剰な火力を持つ武装は違法だ。軽機関銃といった重火器は当然禁止。エレノアが今回求める『火力』とは、ルールがそもそも正反対にある。
「──なら、これを。レミントンM870をベースに、当たった相手に電気ショックを与える、ショックスタン弾を入れたものだ」
力の弱い吸血鬼程度なら抑えられるはずだ、とQは話す。
見た目には普通のM870ショットガンでしかないが、薬室を見るとシェルケースは黄色と黒のツートンカラー。ケースの色で区別出来るようになっているようだった。
人間相手に使っても、配慮出来れば非殺傷を保てる鎮圧武器に仕上がっているように見える。
「それから、ヴィクターを一度預ける。コイツなら、きっと君を守ってくれる」
Qの視線の先には、エレベーターに鎮座するブリティッシュグリーンのハイパーカーがあった。
アストンマーティン、ヴィクター。『まだ預けるには早い』と言われていた、新世代のボンドカーのキーがエレノアへ手渡される。
「これは
「勿論です。ありがとうございます」
ショットガンを片手に車へ向かったエレノアを、Qは一度呼び止める。
心なしか、その表情には不安が見て取れた。
「ボンド、必ず戻ってくるように。勝手に盛り上がって、『Q』なんて設立した私たちが言えたことではないが……君はダブルオーエージェントじゃない。武偵校の生徒──その一年生。つまり、まだ見習いなんだ」
「はい。……そろそろ行きます。ヴィクターにも慣れないと」
Qはヴィクターの返還も望んだが、同時にエレノアの無事も望んだ。彼女の言う通り、エレノアはエージェントでは無いのだ。同じ学校の先輩として、当たり前の望みだと言えた。
エレノアはショットガンを助手席に放り込み、運転席に滑り込む。
いっさいの調整機能が省かれたフルバケットシートは、彼女の身体をすっぽりと包み込む。上下方向の調整機能も無論無いが、元々エレノアは女性としては高身長の部類に入る。しっかり背中を預けても、メーターパネルで視界が遮られるような事はなかった。
ステアリングホイールは一般的な乗用車ではまず見られない、楕円型。上部は切り欠かれ、あたかも旅客機の操縦桿のようだ。
エンジンスタートボタンを含めたあらゆる操作が集約されているが、明らかに後付のボタンが見られる。その部分だけが、デザインとしての均整が取れていない。武装ボタンだ。ブリティッシュグリーンの内装に不釣り合いな、危険性を見せつけるような赤いボタンが存在する。
「……今は用無しね」
武装スイッチから指を退け、エンジンスタートボタンを押す。一秒ほどセルモーターが回ると、スムーズにエンジンが始動した。エレノアが乗っていたヴァンテージが急造の戦闘車両だとするなら、ヴィクターは完璧で純粋な武装車両。車としても、エレノア用の戦闘車両としても流石に格が違う。
エレベーターが上がり出したのを感じながら、エレノアは慎重にエンジンを吹かす。ヴァンテージに積んだ直列6気筒よりはるかに機敏な反応を示す、V型12気筒エンジン。官能的な高音を奏でるエンジンはアストンマーティンのレーシングモデルカーから利用される、由緒正しいアストンマーティン自社製自然吸気エンジン。
あまりに急激に反応するせいで、アクセルペダルを踏み込む足に躊躇いが生じた。面白半分に回していいエンジンではない──エレノアは直感的にそう感じた。
エレベーターが上がり切ると、駐車場に戻ってきた。ゆっくり車を出すと、先程見せた機敏さとはうって変わり、従順に操作へ追従する。
停めておいたヴァンテージを横目に、エレノアは敷地から車道へ出ると、ゆっくりアクセルペダルを踏み込んでいった。
830馬力という、怪物のような力を誇るエンジンが徐々にエレノアへ牙を剥く。しかし、それでも安定感は桁違いに高かった。ブレーキもよく効き、加速、旋回、減速全ての操作に対し従順な反応を示す。
詩乃との約束まで、時間はさほど残されていない。美夜の両親の安否も掛かっている以上、失敗も許されない。エレノアはそのまま、ヴィクターで首都高速へと繰り出した。
ドライビングに慣れるには、結局実際に走るしか無い。首都高速はそんな練習にはピッタリと言えた。
□
ヴィクターを走らせ、イメージトレーニングを行い──週末を迎える。
いよいよ、『教会』の“ハンティング”に紛れる時が来た。この仕事を友人に明かすことはしなかった。危険を背負うのは自分だけでいい──エレノアはそう考えていた。
気持ちばかり身体に馴染んできたヴィクターを運転しながら、学園島外の待ち合わせ場所へ向かう。吸血鬼狩りの仕事になると、何が起きるかわからない。エレノアの心臓も、待ち合わせ場所に近付くにつれて早鐘を打ち始める。冷静でなどいられない。装うことしか出来ない。だが、退くことはない。この作戦で、美夜の両親の安否を確認しなければならないのだから。
「……早いわね」
待ち合わせ場所には、既に詩乃がいた。時間にはまだ猶予があったが、彼女は車を停めたエレノアを真っ直ぐに見つめている。『覚悟はできたか』と問わんばかりの雰囲気を纏いながら、路肩に佇んでいた。
「まだ時間には早いですよ、エレノア様」
「そういう君こそ、時間にはまだまだ早いわ」
「私は……そうですね。ある種、依頼者でもありますから」
話を聞きつつ、ちらりとエレノアは腕時計を流し見た。23時30分を指している。あまりに早すぎたか。
念の為、周囲警戒も怠らない。詩乃も完全に信頼を得られたとは考えていないのか、エレノアのそうした動きにも不平を唱えはしなかった。
「それで、ハンティングとやらに関して私はほとんど何も知らないんだけど……。教えてくれる?」
エレノア自身が語るように、彼女は『教会』のハンティングについてはほぼ何も知らない。せいぜい『半吸血鬼による、吸血鬼狩り』程度の知識だ。どう動けばよいのか、このままでは何も計画が立たない。
「エレノア様の解釈で問題無いかと。教会による吸血鬼狩り──それがハンティングであり、教会のハンターの召集が行われるものです」
「……そう。今回は友達に話もしてない。援護はないけど、どうする?」
「もし手に負えないと判断した時の手段は用意してあります。……あまり使いたくはないですし、使わずに済むのならそれに越したことはありません。──そうだ、エレノア様はこちらを」
詩乃がエレノアへ手渡したのは、イヤーピースだった。武偵が作戦行動の際に利用する、ミリタリースペックの小型高性能な代物だ。
エレノアはそれを受け取り、耳にはめる。しかし、その真意がわからない。
「これを渡した意味は?」
「教会は外部の人間を嫌います。エレノア様はハンティング開始まで、少し離れた位置で待機してください。私は一度集合で顔を見せておかないと……」
「なにか企んでない?」
エレノアは完全に詩乃を信用した訳では無い。一度彼女が監視の目を離れるような状況になるのは、避けるべきと判断する。だが、一方の詩乃は『信じてもらえないなら今はそれでいい』といった雰囲気で、企みについては否定しつつも強く言い返しはしなかった。
──そして時間がやってくる。
車で近辺に向かい、集合場所らしい廃屋から少し離れた場所でエレノアは待機する。嫌な雰囲気を感じる場所、としか彼女には思い至らなかった。海外のホラー映画にでも出てくるようなロケーションとでも言うべきなのだろうか。その周辺だけは、まるで隔絶された陰鬱な空気があった。
イヤーピースからは詩乃の話し声がしっかりと流れてきていて、現在は教会のハンターと話しているのか、獲物についての作戦会議中のようだった。
「何を言ってるのか、理解を超えてるわね」
作戦会議に使われる用語はどうも専門的なものなのか、理解できて七割といったところ。場所も暗号によるもので、部外者のエレノアには理解できない。
結局、今回は詩乃に従う以外クエストを有効に運ぶ手立てはないように思えた。
『ねぇ、今イイ……?』
不意に、車の窓がノックされた。静かな問いに驚いて、エレノアは反射的に窓へピストルを向けた。
暗がりに溶け込むような黒い洋服……セーラー服にも見えるが、トップスの裾あたりはボロボロになっている。同じく黒いパーカーはフードを下ろし、詩乃によく似た白髪を風になびかせる。エレノアを見つめる瞳は紅く、だが、どこか暗く濁っていた。
「……誰?」
ヴィクターの窓は防弾だが、相手の異様な風貌と現在の現場を考えるに過信はできない。銃は下ろさないまま、窓越しにエレノアは問い掛けた。
『クリス。……クリス・イトシロ。この前はどうも』
クリスと名乗る少女は、一度エレノアに会ったかのように振る舞う。エレノアに覚えのある少女ではなかったが。
睨み付けたまま、ハッキリ伝わるようにピストルの安全装置を外して相手を牽制する。
『……詩乃に呼ばれてここにいる。聞いてないの?』
幼さの残る大きな瞳が彼女の疑問とともに瞬いた。
詩乃の名前が出たことで、エレノアに思い当たる人物が一人増える。
「まさか……あのビルで、詩乃が逮捕した──」
詩乃が無力化した純吸血鬼。エレノアを知り、詩乃と繋がった上でこの場にいる人物がいるとするなら、あの時相手にした吸血鬼しかいない。
クリスも小さく頷いて、正解を示した。
「なんで、こんなところに……」
『彼女に呼ばれたから。私があの場で外の世界に──奴等に一矢報いるには、この誘いに乗るしかなかった』
「つまり、今は味方?」
撃鉄に指を掛けつつ、エレノアが問う。クリスは再び頷いた。撃鉄から指を離し、銃口をクリスから外す。
何が起きているかエレノアに分かりはしないが、少なくとも最早ただの任務ではない。本来ならばSSRあたりの出番になる任務なのだろう。
僅かだが張り詰めた空気が弛緩する。廃屋の周辺は最早異世界めいた雰囲気だ。恐らく時間は近い。外にいるクリスも、横目で廃屋の様子を確認している。
『奴等がいる』
「奴等って……」
クリスの言わんとする事はわかる。吸血鬼がいるのだろう。
一体どれだけの数が現れるのか──エレノアはショットガンに手を伸ばすが、クリスは告げた。
『違う……。これは、教会の狩りじゃない──あの建物の中にいる……!』
「なっ……!?」
クリスが告げると共に、イヤーピースは騒々しい雑音が流れ出す。
今すぐにでも耳から引き抜いて捨ててしまいたかったが、破壊音と銃声に紛れ声が聴こえたのがエレノアの手を止めた。
『ハンティングなど無い! 全ては裏切り者の排除のためだ、シノッ!』
男の怒声と共に廃屋の窓が割れ、詩乃が飛び出してくる。受け身も取れないまま地面を転がり、起き上がらない。
明らかに様子がおかしい。エレノアはイヤーピースを外し、ショットガンを手に車を飛び出した。
すみません、随分とお待たせしました。
恐らく大半の方が『エタったもの』と思われたかと思いますが、エタらせる気はないのです……。
活動報告にも書くのですが、最近体力と集中力がおちてきまして、なかなか筆が進まなかったのです。
また次話でお会いしましょう。
少し半端ですが、戦闘シーンに割きたいのでキリ良く。