緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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022.月下

「まさか、偽の情報とは……!」

 

 吹き飛ばされはしたものの、詩乃はすぐさま体勢を立て直す。デザートイーグルの安全装置を外し、初弾を片手で装填(エアラック)する。

 彼女にとって、教会が自身を排除しに掛かるという展開は想定に無かった。そもそもそれなりに自由な組織なのだ、何を以て裏切り者とするのかが分からない。

 

「詩乃! 無事!?」

「えぇ、なんとか。ご迷惑をお掛けします」

 

 ショットガンを手に、詩乃の元へ駆け寄ったエレノア。しかし、詩乃の前には居るはずの敵対者の姿がなかった。

 フォアエンドを操作して弾薬を装填し、敵に備える。

 重苦しい空気が一層厚くなったようにすら彼女には感じられた。敵が居なくなった訳では無さそうだった。彼女たちを狙う存在は明らかな敵意と共に二人を囲んでいる。

 

「あの男は傍観ですか。……エレノア様、危なくなったらすぐに逃げてください。教会は、その誓いを破りました」

「誓い……? 破ったって──」

 

 詩乃の言葉を、エレノアは理解できなかった。ほんの一瞬の間だけ。

 すぐにその意味を理解した。──周囲を駆け回る存在が、人間や詩乃と同じような存在などでもないことも。教会は純血の吸血鬼を狩る存在と詩乃はエレノアに話していたが、あろうことかその教会が、詩乃の排除のために吸血鬼と手を組んだ。

 クリスの発言の意味もわかった。彼女は同族の気配を感じ取ったのだろう。本来、居るはずのない場所にその気配があったことも。

 

「仕方ありません。援軍を呼びましょう。……向こうから接触はありましたね?」

「クリスのこと? 信用は?」

「……私より、よほど信用出来ます」

 

 自嘲する詩乃。クリスは詩乃の呼び掛けを待たず二人に割り込むと、本能のままといった雰囲気で吸血鬼たちへ向かっていく。

 吸血鬼たちも早かった。しかし、クリスは明らかにそれ以上だ。風のように駆け、そして一人一人を確実に倒していく。

 

「クリス……! 私達より、人間を選ぶというの!?」

 

 詩乃たちを狙っていた吸血鬼の一人が、クリスに問い掛ける。組み伏せられそうになるのを寸前で回避し、距離を置きながら。

 

「“私達”? お前らは私を、『所詮は余所者』と笑って蔑んだッ! 純血、混血の差別と何が違うッ!」

 

 叫ぶクリス。胸を押さえ、訴えかける彼女の気迫はエレノアに接触した時とはまるで違う。

 彼女は尚も叫ぶ。

 

「だから私も差別主義になった! 独りで故郷(ここ)に隠れてたっ! 私の願いは教会の打倒なんかじゃない、お前ら“ヨーロッパ産”の打倒だッ!」

 

 姿がかき消える──かと思えば、次の一瞬で吸血鬼一人の首から血が噴き出る。クリスの戦闘能力は、明らかに詩乃を狙う者たちより頭一つ抜きん出ていた。

 エレノアには目で追えない。何も出来ない。本来の目的すら果たせるかどうか。

 

「ボンドッ!」

「やばっ……!」

 

 別な吸血鬼がエレノアを狙っていた。名前も知られているらしい。

 鋭い爪が見える右手をショットガンでガードし、くるりと銃を反転させストックで顔面を殴打してやる。顔面強打で怯んだ隙に、エレノアは間髪入れずスタン弾を発射した。

 夜闇に目がちらつくような電光が一瞬走る。思わず至近距離に居たエレノアは腕で目をかばったが、吸血鬼はまだ立ち上がってくる。

 

「ダメか……!」

 

 襲い来るラッシュ攻撃を数回受けながらも、なんとか凌ぐ。スタン弾を撃つ暇も与えてもらえない。

 エレノアは美夜のように遠距離狙撃が得意なわけでもなければ、鈴那のように近距離戦と情報収集が得意なわけでもない。まして立花や偉大すぎる実父のように諜報が得意なわけもない。彼女には、まだ何もない。──いや、そうではなかった。

 

「伏せてっ!」

 

 詩乃の声だ。エレノアは慌てて頭を下げる。

 刹那、デザートイーグルが吼えた。巨大なスライドを前後させ、銃口からは火炎放射のような炎が上がる。エレノアを襲っていた吸血鬼は膝を撃ち抜かれ、もんどり打って倒れた。

 銀で出来た銃弾だ。吸血鬼にとっては、身を焼かれるのに等しい。しかし、詩乃も武偵。心臓を狙えば殺せはしただろうが、彼女は敢えて無力化という手段を取った。

 彼女の現在に秀でたものはなかったが、少なくともエレノアには仲間が居た。一人ではない。それが心強い。

 

「助かった、詩乃」

 

 頬を伝う血を拭い、エレノアは後ろに位置取りしていた詩乃へサムズアップを見せる。

 

「いえ、私も愚かでした。……美夜様のご両親が、ご無事だといいのですが」

「それだ。あのクリスって子も心配だけど、私の目的はそれ。何か情報は?」

 

 吸血鬼はクリスが一手に引き受けている。今は詩乃、エレノア共に敵の目から逸れていた。

 詩乃のしがらみはともかく、エレノアも目的があってこの場にいる。それを果たさなければ無意味であり、詩乃もわかってはいる。

 何か情報があったか、と問われると詩乃も悩まざるを得ない。今回の狩りに置ける所謂『ブリーフィング』は偽装されていた。詩乃自身を狩るためなら、詩乃に情報を流しはしないだろう。

 

「……今こそ5W1Hでしょうね」

「いつどこで、美夜の両親が何の目的で何故、どのように教会にさらわれたかってこと?」

「ええ。吸血鬼の根絶が教会の目的のはずです。わざわざ敵に人間を差し出し、敵を増やす真似はしないと思いますが──」

 

 言葉を切り、デザートイーグルを再び構える詩乃。銃口の先には、がら空きだったクリスの背後を狙う吸血鬼。

 間髪入れずに放たれた銃弾は、クリスへ伸びていた右手を的確に弾き飛ばす。

 

「──情報があるとするなら、あの廃屋です。ただ、私には美夜様のご両親の詳細が判りません。援護します、エレノア様が小屋へ侵入を」

「了解。すぐに動く。弾は?」

「ご心配為さらず。十二分に用意はありますし、最悪は徒手にて戦えます。こちらにはクリスも居ますから」

 

 心強い。エレノアはそう呟いて緊張を少し綻ばせたが、ショットガンのローディングゲートを確認すると共に再び切り替える。

 姿勢を低くする意味はない。詩乃へ合図を出すと、エレノアは足早に廃屋へ向けて駆け出した。

 銃を撃つ暇などない。援護が間に合う内に、詩乃が飛び出してきた窓から廃屋へ飛び込む。窓枠に残った鋭いガラス片が右股を切り付けたが、痛みに足を止める暇もない。

 建物に入ると、外の戦闘が嘘のように静かに感じられた。ショットガンを構え、左右上下とクリアリング。敵影はない。詩乃を攻撃していた代表格はどこへ消えたのか。一歩踏み出したその瞬間、暗がりからショットガンの銃身を強い力で掴まれる。

 

「愚かな。人間ごときが来るとはな」

 

 教会の半吸血鬼──詩乃を攻撃していた男はそこにいた。

 ショットガンはびくともしない。抵抗しようにも、まるで意味をなさなかった。

 

「美夜の……佐々野の人間はどこ?」

「質問出来る状況ではないだろう」

 

 ショットガンを奪われ、刹那に銃身のフルスイングがエレノアの側頭部を襲った。声を上げる間もなく、出入口の壁へ叩き付けられた。意識が瞬く間に混濁する。抵抗しなければ、本当に殺される。

 視界の焦点も定まらないまま、感覚のままホルスターからピストルを抜き、震える手で構える。壁に左半身を預けていたが、狙いなどまともに定まらない。発砲しても、案の定命中弾は一発もなかった。

 

「……く──」

「こんな弱々しい女の為にシノは教会を裏切ったか。──やはり所詮はただのオニか」

「ハ──本当に鬼がいたら、その場で戦争になりそうね……」

 

 エレノアが息も絶え絶えに笑う。もはやピストルを支える力も入らない。出来ることといえば、ただの一撃で戦闘不能に陥りかけている自分を嘲りながら、目の前の男へ意味のあるかも分からない悪態をつくことくらい。

 

「ササノ……といったか。何のことだ?」

「……嘘吐かないで。どうせ私を殺すなら、本当の事を言って」

「悪いな、本当に知らん。確かに日本人の夫婦は居たが……」

「──その人が……」

 

 その夫婦が、美夜の両親ではないのか。

 そう問う前に、エレノアの意識は闇へと落ちていった。

 

 □

 

「ん……んぅ──」

 

 頭部の激しい痛みと、手首の違和感に気付いたエレノア。あれから敵の前で昏倒したと考え至るには時間は掛からなかった。しかし、不思議とその割に生きている。

 手首は縄で縛られていた。縄抜けを試そうとするが、上手くやられている。もがけば余計に縄がきつくなった。

 

「私はこのような事をする為、教会を創ったわけではない」

 

 ふと、先程の現場には居なかった声がした。老人らしい男性の声だ。

 

「教皇、それではいけないのです。時代は進む。吸血鬼たちはどんどん狡猾になっていく」

「吸血鬼に教会の者を襲わせた輩が、言えた口ではないわ!」

 

 エレノアが覚醒すると、老人と先程の男が言い争っていた。詩乃もそこに居たが、クリスの姿はない。詩乃は特に捕縛されることはなく、教皇と呼ばれた老人の傍らに控えていた。

 

「今回の件、お前はどう責任を取る? 無関係の人間を多数巻き込み、教会の信者を襲わせた」

「信者? 彼女は裏切ったのですよ、教皇。間違えてもらっては困る」

「いいや、シノは掟に従った。……見せてやろう」

 

 教皇はエレノアへ足を向けると、ゆっくりと歩み寄ってくる。しかし、不思議と彼からは敵意らしいものを感じられない。暖かな空気が教皇を包んでいる。先程までの冷たく重たい空気感とは、まるで違っていた。

 

「すまないな、エレノア・ボンド。少し触るぞ」

 

 教皇もまた、エレノアの名を知っていた。彼はエレノアの防弾制服を軽く叩き、スカートのポケットから銀の十字架を取り出して男へかざした。

 

「これは教会の十字架だ。信者──もとい、我々の狩人が私の託す十字架を別の者に託す時、狩人は教えを離れる。お前も狩人だ、忘れたとは言わせん」

「しかし、教皇。シノの離れ方は些か納得が出来ません! 何故そのような人間に彼女ほどの狩人が付くのです!?」

「……彼女はジェームズの実子。いつかは、彼を超える日が来る。シノもあの男には世話になった身だ……そうだな?」

 

 教皇の問いに、詩乃は静かに頷いた。

 

「私は、エレノア様を通してジェームズ様へ恩を返すつもりでした。でも今は、エレノア様を直接お助けしたいのです。どうしてかは分かりません。彼女についていっても、ジェームズ様には会えないでしょう。でも──」

「もう良い。数日でも心が変わることはある。とにかく今は、此奴の処遇を決めなくては」

 

 教皇の言葉と共に、詩乃がデザートイーグルを持ち上げた。処遇とは、男の処刑だろうか。しかし、彼女の表情には迷いがあった。明らかに殺しをためらっている。トリガーへ掛けた指は震え、照準も正確とは言えない。

 

「──今は武偵だったな。お前が手を汚す必要はない、銃を貸せ」

 

 優しく、軽やかに詩乃からデザートイーグルを取り上げた教皇。しかし、彼は男へ一瞥もせずに発砲する。デザートイーグルの撃ち出した.50口径弾は、真っ直ぐに男の眉間を正確に射抜いていた。銀弾の処理もあってか、即死のようだ。仰向けに倒れた男は身動ぎもしない。

 

「この銃は返してもらうが、お前は自由だ。最後に迷惑を掛けたな」

「いえ、そのようなことは……。ただ教皇、一つだけお願いが」

「外の吸血鬼、か?」

 

 ハッとしたように詩乃が目を丸くする。クリスは純血の吸血鬼だ、教皇も教会としてならばクリスを殺す。

 

「あの吸血鬼は、()()()()だろう。年を取りすぎるのも良くない。──さて」

 

 教皇がエレノアへ歩み寄ると、装飾の入ったナイフで縄を切断する。

 

「佐々野の夫婦は、無事だ。しかし、狩りを目撃されたのは良くない。だから今晩見たことについては、忘れてもらった」

「どういうこと……?」

「今晩のことは、悪い夢だと思っている。教会に吸血鬼、そんなものはあの方たちには存在しない」

「無事なの?」

「それは保証しよう。しかしさっきも言ったが、記憶までとなるとそれは別だ」

 

 美夜の両親に今晩の記憶は無い。しかし、安全の保証はする。それが教皇の言葉だ。

 信用すべきか? いや、それ以外にない。

 

(教皇……。コイツ、さっきのハーフなんかよりずっと強い)

 

 反論など出来ない。教皇には圧倒的強者たる余裕があった。

 エレノアがちらりと詩乃へ視線を配らせると、彼女は小さく頷く。

 

「分かった。ただ、もし何かあったら──その時は」

「私はその罪を、自らの手で償おう。武偵の目の前で、人を殺した。そちらの目的を果たさせる代わりに見逃してもらうが、もしエレノア・ボンド──お前の思う通りでなければ、私は武偵局に自首をする」

 

 先程行われた殺人。その罪を担保に、教皇は改めて美夜の両親の無事を強調するようだった。

 

 気付けば綺麗な月の晩。教皇は現場を立ち去った。

 残されたのはエレノアと詩乃だけ。クリスもまた、姿を消していた。

 

「ねぇ、詩乃。この十字架って、そんなに深い意味があったの?」

 

 先程教皇が取り上げた十字架。エレノアはそれを掲げ、月に照らす。教皇の言葉を纒めるなら、忠誠の証とでも言うべきだろうか。それがエレノアたちへ渡った時点で、既に彼女は教会の者ではなくなっていた。教皇はそう言っていた。

 

「ええ。ただ、こうなるとは思っていなくて。この秘密も、本当は知られずにいるつもりでした」

「そして、君の本心を知るのも今や私と教皇だけ?」

「ええ。美夜様方には、変わらず敵対されるでしょう」

 

 “教皇”とまで称されるのだから、あの老人は教会のトップだろう。そんな存在にクリスを見逃させ、更には自身の身の自由まで認めさせた。それでも、詩乃は変わらず美夜たちには警戒される。

 なんと空しい結末か。何も詩乃を取り巻く環境は変わらないのに。

 

「でもそれで良いのです。エレノア様、美夜様、鈴那様、立花様──武偵校で過ごす日々が、これからの私の本物。シノはここで消え、普通の武偵校生、櫻羽詩乃として、皆様と歩むのです」

「たまにはクリスもね」

「……ええ。話を聞けば、彼女も私と同じ孤独の者でしたから」

 

 孤独の者──吸血鬼にも更に差別があるらしい。詩乃とクリスは少なくとも、その非難の対象になっているようだ。

 ヨーロッパ発祥の吸血鬼伝説。西洋発祥の怪異だからこそか、日本の血が入った吸血鬼は彼らの中でも位が低いらしい。しかし、それに類するであろう話は世界各地にある。

 今はただ、それを聞き流していく他にない。

 

「頭痛いな……」

「ヤツに強打されましたからね。運転出来ますか?」

「難しいかも。車輌科に連絡を──」

「私が運転しますよ」

「免許がないでしょ」

「やっぱり駄目ですか? ──でも、私も少し疲れたかもしれません。皆様がいらしたら、少し休ませていただきますね」

 

 詩乃が地面へへたり込む。彼女もかなりの実力者であるはず。この先こんな姿の彼女を拝むことはないかもしれないと思いつつ、エレノアも釣られるように座り込んだ。

 スマートフォンを取り出し、車輌科の援護を要請。積載車が到着し、荷台にヴィクターが積まれると、二人は武藤が乗ってきたサファリの後部座席で頭を寄せ合い、深い眠りに落ちていた。

 

「……結局、コイツらあんなところで何してたんだろうな」

 

 武藤だけでなく、武偵校生全員が分からないままだろう。吸血鬼狩りの『教会』──そのトップに会い、話をしたことも何もかも。

 いや、しかし或いはアリアなら──聡明な彼女たちならば、もしかしたら気づいているかもしれない。




ガジェット大合戦やりたいと思っても
気付くと普通に書いて終わってしまっている……
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