美夜の見舞いから一日。久し振りに車輌科に顔を出したエレノアだったが、詩乃の来訪で自習は一旦中断していた。
「あのクルマはどうされたのですか?」
詩乃はエレノアの背後に鎮座する車へ視線を遣りつつ訊ねる。
停められているのはヴィクターではなく、いつものヴァンテージだった。
「返した。そもそも借り物だったし、アレはまだ私には早そうだから」
「そうでしたか……」
「それより、教会についてはどう? 本当に抜けられたの?」
詩乃と話すことがあれば、エレノアには確かめたいことがあった。それが教会について。現場では教皇自身が彼女へ教えたが、実際組織としての動きは分からない。
もしかすると、まだ教会に動きがあるのではないかと疑念が残っていた。
「教皇が語った掟は本当です。裏切り者も処刑されましたし、これでまた元に戻るはずですが──私にはもう判りません」
詩乃はもう、教会のハンターではない。それはあくまでも変わらないようだった。
そっか、とエレノアは呟く。
「じゃあ、クリスについては? 彼女、吸血鬼なんでしょ?」
「クリスは私の家に居ます。一応陽の光が当たらない部屋を用意できたので、そこで生活してもらって。もし機会があれば、また彼女にも動いてもらおうかと」
「武偵でないのに?」
エレノアの問いに、詩乃は「だからこそです」と間髪入れず返す。
「──武偵には沢山のルールがあります。私もソレに従いますが、それだけでは足りない。彼女には衣食住と引き換えに、“ジョーカー”になってもらいます」
「ルールブレイカーか……」
「勿論、真の最終手段です。誰かの生命に危機が訪れでもしない限り、彼女は動かしません」
下手にクリスを動かせば、詩乃も武偵のルールを遵守する意味がなくなる。彼女を使うのはあくまでも、武偵のルールでは仲間を守れないと判断した時──詩乃はそう語った。
「そっか。とにかく、面倒事は終わったのね」
「そうですね。美夜様からお話していただきましたし、私も少しは馴染めてこれたかなと思っています」
「面倒事って、そうじゃなくて……」
なんだか勘違いというか、食い違いがある。とはいえ、仲間内でいがみ合うのも終わりになるとなれば、エレノアの気持ちも楽になるというものだ。
彼女達はまだまだ勉強中の一年生である。学校生活で息を詰まらせれば、その勉強も捗らなくなってしまう。取り敢えず、当面それに悩まされるのは無くなりそうであるという意味では、一つ肩の荷が下りたと言っても良さそうだった。
話題も尽きかけた頃、エレノアのスマートフォンがメールの受信を告げた。全く同じタイミングで、詩乃のスマートフォンにもメールが届いたようで、二人で画面を開く。
「発砲事件ね……」
メールの内容は武偵周知メール。都心部にて、発砲事件を知らせるものだった。
「銃撃を行った犯人は逃走……。銃撃を受けたのはカージャック犯との報告──複雑そうですね」
出動の要請はなかった。詩乃もエレノアも、スマートフォンを仕舞う。彼女たちに出来ることはない。余計な手出しは無用──それもまた武偵だ。
夕陽が車輌科のピットに射し込む。詩乃が眩しそうに目を細めた。風になびいた白く細やかな髪は、あたかも光を反射するように輝いたようだった。
「……それで、父について調べるのは諦めたの?」
一瞬彼女に見惚れた。それではいけないと、エレノアは軽く頭を振ってから訊ねる。
「諦めてはいません。この世界のどこかに、あの方はいる。ですが、“追う”ことならば諦めました。いつかあの方に、貴女は出会う。私はそこに立ち会いたいのです」
「無駄な話よ。私はジェームズにはならない。ううん、なれない。私は、あの人にはなれない。そして会うこともない」
「1パーセントでもあるのなら、私はそれに賭けるだけです。それについては諦めません」
どうやら言って聞かないのは今も変わらないようだった。詩乃はやはり、ジェームズを追っている。エレノアと彼が邂逅することを、どこかで期待している。無論、エレノアにはジェームズと出会う気はないし、向こう側にも無いだろう。それでも、100パーセント無いとは詩乃に告げられなかった。
エレノアは何処かで、やはり父の背中を探している。彼ならどう動くのか、どう戦い、どう凌ぐのか。彼女に分からない振る舞いを、ジェームズに求めている。エレノアからすれば複雑だった。モヤモヤして、答えを出せない自分にイライラする。
「まあ、好きにして。私は責任取れないけど」
「構いません。これは私が勝手に決めたことですから」
詩乃が話し終えたところで、チャイムが鳴った。
結局、話し込んだだけで授業が終わってしまった。
「詩乃は寮じゃないんでしょ? バス停までなら、乗せてあげるけど」
「お気遣い感謝いたします。ですが、今日は少し寄る場所があるので。お先に失礼致します」
ぺこりと頭を下げると、詩乃はそのまま踵を返し車輌科を立ち去る。どこに行く気かはエレノアには分からないが、変なことは考えないように祈るしかない。
「おっと、美夜を迎えに行かなきゃ!」
腕時計を見て、いつもの待ち合わせに遅れそうになっていることに気付く。美夜もようやく退院して、今日から再び一緒に過ごすことになる。送迎に遅刻したら、彼女の事だからネチネチと突いてきそうだ。
ヴァンテージのキーを放り上げ、キャッチ。車に乗り込むと、エレノアはそのまま武偵病院へと向かった。
□
「遅い」
病院につくなり、美夜から飛び出したのは棘のあるそんな一言だった。
「ごめん。ちょっと詩乃と話し込んでて」
「ほーん? アイツと話してて、ウチは待ちぼうけ喰らわせてもええってことか」
じっとりとエレノアを睨み付ける美夜。エレノアも思わずたじろぐ。
「ごめんって。意地悪はやめてよ」
「意地悪なんてしてないぞ。本当の話」
「今度なんか奢るから」
「──冗談だよ。ライフル貰ってんのに、すぐに物貰えるかよ。取り敢えず、帰ってベッドで寝たいかな。明日からまた学校やしな」
ライフルケースを背負い直すと、ヴァンテージの傍らに美夜は歩み寄る。
先程の呆れ半分のような視線は、もうエレノアには向けてこない。逆に彼女に微笑みかけるようにエレノアを待っていた。
「よし、じゃあ帰ろうか。ご飯無いから、今日は何か注文しよう」
「おっ……それなら久々に身体に悪いもん食いたいな。ピザとか行っとく?」
二人で車に乗り込むと、エレノアは美夜の問いにくすりと笑って返す。
「ゆっくり帰るから、考えといて」
キーを回し、エンジンを掛ける。甲高く勇ましいエンジンサウンドと共に、武偵病院前からヴァンテージがゆっくりと発進した。
エレノアは美夜に話した通り、いつもよりゆったりとしたドライビングで寮へ向かう。
病院で退屈していたのか、その間美夜からの会話が途切れる事はない。夕陽に向かって走る車内で、友人の話に相槌を打つ。分からない話があっても、エレノアは必ず応えた。彼女には久々のその時間がどうしようもなく楽しく、何処か愛おしさすら感じてしまうほどだった。
今、過去話の行間も空ける作業をしてます。
暫く混在しますが、お許しを……