025.新たな一日を
「なんか、市街は大騒ぎだったみたいね」
美夜と共に帰った翌朝。東京武偵校の周知メッセージを確認しながら、エレノアは呟いた。
メッセージには昨日の銃撃事件の続報が入っていて、そこには『被疑者逃走中』の文字が並んでいた。一年次であるエレノアたちに声こそ掛からないが、車輌科のグループトークも大騒ぎだ。
「大騒ぎだっつっても、結局私らが出る幕無いしな。──そろそろ学校行こうか」
「ん、了解」
美夜の言う通り、要請のない手出しは出来ない。余計な足を引っ張るより、武偵としての学業に専念するのが先だった。──最近、それが出来ていたかとエレノアが問われるならば、首を傾げざるを得ない状況ではあったが。
二人で車に乗り込み、学校へ向かう。島内の道路をいつも通りに流していると、不意に車からガラガラと異音が立ち始めた。
「何の音? 前こんな音したか?」
「何か引き摺ってる訳じゃないわね。下から……?」
異状を探る間アクセルを緩めはしたが、どうやら一足遅かった。一瞬、エンジン回転数だけが上がり、刹那にエレノアはクラッチを切り、アクセルから足を離す。
惰性走行により若干の自走は可能だったが、止まるのも時間の問題となる。エレノアは大人しくハザードを焚いて、路肩へ車を寄せた。
「──まさか、ドライブシャフト折れた……!?」
エレノアの頬を冷や汗が伝う。横に乗る美夜も不安そうだ。
「……あー、それ走れんくなるヤツ?」
「うん……多分。本当だとしたら、かなりヤバいわ」
学校に急ぎたくはあるが、不意に駆動系であるドライブシャフトが折れてしまったとなれば危険だ。何しろ600馬力のハイパワー車。異音が出た時点で、自走不能は時間の問題といえた。
「ゴメン、美夜。今なら間に合うから、先に学校行って。私はこの車、どうにかしないと……」
「そうは言ってもな……。大丈夫か?」
「車輌科のメンバーに声かけて、積車してもらうから大丈夫。遅刻にはなるかもだけど」
「うーん……。分かったわ、先行ってるな」
美夜が車から降りるのを見送り、エレノアはトークアプリの車輌科グループへ救難メッセージを送信した。
車を放置するわけにも行かず、しかし教務科に連絡を入れるも『なんとかして来い』と無茶振りを受けてしまい、誰かが来るのを祈りながら待機するしかなかった。
「よう、メッセージ見たぞ! 助けが要るんだろ?」
短いホーンと共に、一台の牽引トラックが停車。運転席の窓から、男子生徒が顔を出した。
「紺田先輩? 確かに助けは要りますが、授業は……」
「さっき長期の依頼から戻ってきたばっかなんだよ。だから、学校側には『朝は出ない』で通ってる。で、クルマ止まったのか?」
車輌科の生徒である紺田はトラックから降りると、エレノアと共に車を見回る。
「異音がしたと思ったら、駆動が伝わらなくなって……。ドライブシャフトかなって」
「──にしたって急だな。だからコイツに600馬力なんてムリだって言ったんだよ」
呆れたようにため息をつく紺田。彼はどうやら、ヴァンテージの改造計画に不満があったようだ。
どこに故障があるにせよ、まずは移動しなければ。
「とにかく、
見透かすような紺田の言葉。エレノアも思わずどきりとしたが、教務科の無茶振りは何も初めてではない。全生徒必ず一回は通る道だと言ってもいい。
「すみません、この借りはいつか必ず」
「おう。行って来い」
紺田に送り出され、エレノアは学校へ向けて駆け出す。既に始業チャイムもギリギリ。遅刻で怒鳴られるのも覚悟が出来始めていたが、少し走ったところでクラクションによって足を止めさせられた。
「乗っていくかい? ボンド」
路肩に停められたのはポルシェカブリオレ。云わずと知れた高級外車であり、そのオープンルーフバージョンだ。故に、ドライバーの姿はハッキリと認識出来た。
運転席に座るのは中性的な顔立ちの青年。エレノアはその正体を知っていた。
「ワトソン先輩? どうしてここに……」
「とにかく乗りなよ。本当に遅刻だよ? このままじゃ」
ワトソンに言われて、腕時計を見る。武偵たるもの時間は正確に。時計は寸分の狂いもなく合わせてある。
──間違いなく、徒歩では間に合わない。
ワトソンとは別に知らない仲ではない。お互いイギリス出身ということもあって、意外と話すことも多かった。決断するのに難しいことはなく、一礼と共に助手席へ滑り込む。
「キミがやっと父親の手掛かりに辿り着いたと聞いた時に、実のところ少し話はするつもりだったんだ」
車が走り出してすぐ、ワトソンはそう切り出した。まるでエレノアの父親を知っていたかのような口振りに、思わず彼女も『へ?』と間の抜けた声を出してしまった。
「──父をご存知なんですか?」
「直接会った訳じゃないけど。一応、ワトソン家としてもボンド家の令嬢とあっては『よく監視すべし』といった感じでね」
「令嬢って……」
『ボンド家の令嬢』とは、流石のエレノアも初めて呼ばれた。そもそも生まれてすぐ孤児院だったのだ、令嬢と言われても実感がない。令嬢と呼ばれるほど、自身の家の位が高いと思ったこともない。
「でもね、ボンド。キミに注目してるのはボクだけじゃない。アリアもだ。知ってるだろ? 彼女のフルネームを」
「神崎・ホームズ・アリア──ホームズ家……」
今になって実感が湧いた。アリアもまた、かの有名なホームズ家の息女。
「分かったかい? キミがどれだけ知らないフリをしたって、家柄は付き纏う。──ボク達と同じだ」
「……でも、父は──」
それ以上、エレノアから言葉は出てこなかった。『父は他人として生きることを望んだ』──だから、なんだ。事情を知る他人からすれば、そんなこと関係無い。エレノアは立派なボンド家の娘。血筋とはそういうものだ。
話がそれ以上膨らむわけもなく、学校に到着。もやもやとした感情を胸に抱えたまま、エレノアはワトソンと別れた。
□
「また銃撃事件か……」
昼休み。昼食の間にも、周知メールは届いた。再びの銃撃事件。エレノアたちに交ざって食事をとっていた火野ライカが眉をひそめた。
「昨日から続けてだよね? 何があったんだろう……」
間宮あかりも自身のスマートフォンで確認しつつ思案顔だ。
「……ん? グループに動画が上がってる」
エレノアはふと、車輌科グループトークに動画がアップロードされていることに気付く。『これスクープかも!』と題されたそれを、彼女は再生してみることにした。
『おい! 金だよ、金! 早く出せ!』
一分にも満たない長さではあったが、夜の住宅街で撮影されたらしいそれは驚くべきものと言えた。
強盗を働く一般人。通行人を襲ったのか否か。武器も、拳銃のようなものを構えているようにも見える。
「強盗の動画かぁ? エリーも趣味悪いなぁ……」
スマートフォンの音声に気付いてか、美夜たちも画面に食い付いていた。
「違う違う! ……ん?」
そのまま強盗が成功するのを見続けるしかないのか。そう思い始めた時、動画の画角にフレームインしてきた人物にエレノアの視線が奪われた。
フードでシルエットを隠しているが、比較的小柄に見える。ポケットに両手を突っ込んだまま強盗へ歩み寄ったその人物は、おもむろにポケットから何かを取り出す。
真っ直ぐに強盗へ向けられたそれは、紛れもなく拳銃だった。
警告をすることなく銃声が響く。一発、二発、三発。強盗に銃弾が当たることもなく、構えもプロのそれとは言い難かった。しかし、突如発砲されて泡を食ったのか、強盗はそのまま走り去っていった。
それを見届けると、フードの人物も動画からフレームアウト。動画はそこで終わっていた。
「この動画、最近の銃撃事件のものかしら。よくもまぁ、こんな腕前で向かっていったものだわ」
扇子を広げ笑うのは、間宮あかりの友人である高千穂麗。今回は珍しくエレノアたちの昼食に交ざっていた。
「しかし、良くはないのう。この銃撃事件も古いものではないはず。犯人が同じ人物だと仮定すれば……」
鈴那が思案に入る。人間には『ヒーロー』に憧れる意識は必ずあると言える。普段はそんな機会に恵まれる事はないが、もし何らかのタイミングでその快楽を知ってしまったとすれば。
「スズはまた銃撃事件は起きるって踏んでるん?」
「うむ。この予測が当たってほしくはないがな。こちらでも調べてみるとしょう」
ヒーローになれるとすれば、また同じ事件は起きる。
鈴那の予測が当たらない事をエレノアは祈りつつ、弁当箱を閉じた。
「あ、そうだ! 美夜も櫻羽さんとちゃんと友達になれたんだよね? 良かったら、放課後に皆でウチに遊びに来ない?」
ふと思い立ったのか、あかりはパチンと手を叩いてそんな提案をする。
「えらい急だな。私は良いけど……」
美夜に拒否する理由は無く、エレノアたちも同様。
あかりがそう動くのなら、必然的に彼女の友人たちもついてくる。
「私も構いません。こういった付き合いには慣れていませんので、粗相をするかもしれませんが……」
詩乃もすんなりとあかりの提案を受け入れた。
漸く、美夜と詩乃も和解した。エレノアの周りにあった重たい空気も、あかりの招待でより明るくなってくれれば──エレノアもそう考えて、彼女の招待を受け入れる。
約束は放課後。それぞれの履修学科が終わってから、間宮家に向かうことに決まった。
「行く前に、車をどうにかしないと……」
エレノアには一つ、問題がある。自身の車が壊れたことだ。車輌科に言えば、また暫く貸してくれるだろうか。紺田に相談するのもいいかもしれない。
昼休み終了のチャイムが鳴る前に教室へ戻り、エレノアは席につく。
午後の一般教室学科を受け、エレノアは車輌科へと向かった。
時間掛かった……
色々やってると、どうしても小説が後回しに。
色々問題が起こりつつも、今回はより強くボンド家に触れた一話でもあります。
また次回も、宜しくお願い致します。