緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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026.覚悟

 車輌科につくと、紺田はまるでエレノアの来訪を予期していたかのようなタイミングで彼女を出迎えた。

 

「クルマは……?」

 

 挨拶もそこそこにエレノアが訊ねるが、紺田の反応は芳しくない。

 

「最悪の事態は免れてたけど、やっぱり身の丈に合わないパワーは持つべきじゃない。ボンドはどうだ? あのまま、600馬力のエンジンでヴァンテージに乗りたいか?」

 

 逆に問われて、エレノアは思わず空を仰ぐ。車を先輩方に任せたが故にこうなったのであって、ハイパワー化はエレノアが頼んだわけではない。しかし、拒否も出来た。それをしなかったのだから、エレノアには改造にあたった先輩たちを責める権利は勿論無い。

 だからこそ悩ましい。先輩方を立てるか、やはり違うと異を唱えるか。

 言葉に出せずにいると、紺田は察したのかエレノアへ語り掛けた。

 

「ヴァンテージはボンドのクルマだ。どうしたいか、ハッキリ自分で伝えるんだ」

 

 彼に言われて、エレノアも覚悟が決まった。

 

「このクルマを、元に戻してください。RBエンジンは、レシピエントがあるはずです」

 

「分かった。他の奴らにも話しておく。──代車はこれだ」

 

 紺田が何かをエレノアへ放って寄越す。胸の前でそれを受け止めると、車のリモートドアロックのデバイスがそこにあった。

 解錠ボタンを押すと、すぐそばからロック解除のアラームが聴こえる。

 シルバーのボディカラーに、低い車体。グラマラスな丸みを帯びたボディは小柄で、ヴァンテージのような大きな車から比べると可愛らしさすら感じた。

 

「エリーゼ……?」

 

 エレノアを待つのは、ロータスエリーゼ。イギリスの名門、ロータス社が製造していた軽量スポーツカーだ。

 

「クルマはトータルバランスだ。それに乗って、ハイパワーだけが全てじゃないってことも勉強しとけ」

 

 紺田はそれだけ告げると、手を振りつつもさっさと車輌科の奥へ引っ込んでしまった。

 ぼーっとしているわけにもいかず、エレノアは取り敢えず車に乗り込む。紺田が語る『トータルバランス』がどれほどのものか、何か依頼を受けて見てみてもいいかもしれないと考える。

 

 ドアを開け、運転席に座るとまず、その低さに驚いた。エレノアが乗ってきた車の中でも、かなり低い部類だ。まるで地面に座っているかのようにすら感じた。

 エンジンを掛ける。エリーゼは運転席の真後ろにエンジンを搭載するミッドシップレイアウト。エンジン形式は直列四気筒で、日本のトヨタ製のものを使用する。

 数度吹かしてみるが、その回転の吹け上がりはやはり少々かったるい。フルチューンのエンジンが積まれたヴァンテージからすれば、天地の差だ。まして詩乃の一件で一度運転した、ヴィクターの針のように鋭く吹け上がるエンジンとは、無論比ぶべくもない。

 

「依頼ねぇ……。何かあったかな」

 

 スマートフォンを開き、武偵校の生徒専用サイトにアクセスする。近年の通信デバイス整備により、こうしたウェブ上での依頼受託も可能になったのは生徒の間でも評判がいい。

 ひとまず簡単そうな、配達任務を受けてみようか。受諾しようとして、不意に通話が入る。

 画面には『ワトソン先輩』とある。朝の登校時間に、学校まで送ってくれた先輩だ。何かあったのだろうか。発進する前で良かった、ひとまずそのまま受話ボタンを押す。

 

『あぁ、よかった。放課後だから忙しいかなと思ったんだけど』

 

「それはそちらもでは……? まだ依頼は受諾していないので、予定は決まってませんけど」

 

『本当かい? それなら、依頼が終わり次第連絡を貰えるかな? ちょっと、二人きりで話がしたいんだ』

 

 二人きりで、とは随分と大事な用事らしい。その中身までは読めないが、少なくともワトソンは悪い人間ではない。彼女──ワトソンは男性のように振る舞うが、立派な女生徒だ──がそういうのなら、話を聞いてもいいだろう。

 

「分かりました。じゃあ、こちらの用事が終わり次第」

 

『うん、持ってるよ。それじゃあ』

 

 終話。ワトソンの用事が何なのかは気になるが、依頼を受けなければ。サボりになってしまっても良くない。

 依頼の受諾を改めて完了し、車を発進させる。

 道に出て、少しアクセルを強く踏み込む。なかなかどうして、先程のかったるいレスポンスが気にならないほどエリーゼは力強く、元気な加速を見せた。

 二速から三速。シフトアップももたつかず、再びパワーが盛り上がってくる。馬力にすれば200馬力もないかもしれない。だが、数字では現れない何かがエレノアの気分を盛り上げる。

 交差点を減速し、曲がる。そして加速する。何一つ気を配る必要がない。走り、曲がり、止まる。エンジンではなく、車自体のレスポンスが凄まじく良い。エリーゼはその車体の軽さで有名だ。馬力ではなく、軽さで勝負するのがロータスの車。ターボでは感じることの出来ないフィーリングと、軽さとパワーの『トータルバランス』──その実力は、確かにエレノアに伝わった。

 

 □

 

 配達依頼自体はなんてことはないもの。エレノアより下のランクでも受けられるような、裏も何もない単純な配達だった。

 単位を得るよりはエリーゼの性能テストだったが、ちょっとした小遣い稼ぎにはなった。依頼主も急ぎの配達が済んだと喜んでいたし、最近の事件に比べれば平和そのものだ。

 コンビニで飲み物を買い、駐車場の車内でワトソンへ電話を繋ぐ。

 

「ワトソン先輩? こちらの用事は終わりました。今、渋谷駅前です」

 

『お疲れ様。随分と早いところを見ると、あまり大した依頼ではなかったのかな。……渋谷駅前か。なら、ボクがそちらに向かおう。ちょうど用事で近くにいたんだ』

 

「用事……? ワトソン先輩が、渋谷にですか……?」

 

『──え? あっ……! な、なんだ? ボクが渋谷にいたらおかしいか? とにかく。すぐに向かうから、ちょっと待っててくれ』

 

 渋谷にいる事を突かれたワトソンは、何やら声を震わせる。何か恥ずかしい事を隠しているのか、彼女にしては、その返答は要領を得ないものだった。

 電話はとっとと切られてしまったが、彼女の行動にはエレノアも少々疑問を覚える。渋谷は若者の街というが、ワトソンのようなハイランクな人種が出入りする街とはあまり思えない。エレノアの返事に対し、一瞬虚を突かれたような声を漏らしたのも怪しい。

 

「……気になる。けど、誤魔化すってことはそういうことなんだろうなぁ」

 

 好奇心は猫をも殺すという。実際、それで首を突っ込んだ事件が大事だったことはエレノアの過去にもあったわけで。触れないほうが今回は身のためだろう。

 後付されていたドリンクホルダーに、コンビニで買ったペットボトル飲料を差し込み、シートに寄り掛かる。

 リクライニングがあるわけでもなく、ましてや乗用車のようにふかふかとした乗り心地でもない。ただ、長距離ドライブでは今座っているような、ホールド性が高いシートが絶対に楽なのだ。おかげでエレノアも疲れは感じていない。

 

 体感で十分ほどだろうか。待っていると、ワトソンのポルシェがエレノアの車が停まる横のスペースに滑り込んだ。

 場所を教え忘れていた筈だが、流石にワトソン家の娘か。少ない情報で探し当てたのだろうか。

 

「待たせたね、ボンド」

 

「いえ。むしろ、場所を伝え忘れていたので……」

 

「いや、それはいいんだ。スズナに連絡を取ったら教えてくれたしね」

 

 ワトソンからそう聞いて、エレノアは思わず周囲を見渡す。コンビニ前に監視カメラがある。防犯用だろう。彼女のことだ、そこでエレノアの姿を確認し、出庫が無いことを根拠にワトソンに居場所を伝えたのだろう。

 やはり彼女からは逃げられない。それにイギリスの名家、ワトソン家が組んだら鬼に金棒といったところか。

 

「場所を移そうか。結構長い時間占有しただろう? そろそろ店員に怒られるよ」

 

「それもそうですが、どこに?」

 

「車で移動しよう。先導するから、着いてきて」

 

 ワトソンがポルシェに乗り込むのに続いて、エレノアもエリーゼに乗り込んだ。車を発進させ、ワトソンの先導で道路を走る。どこに行くかは、エレノアには分かっていない。

 交通の他に、ポルシェの方向指示器にも気を付けつつ、車を走らせること暫く。ワトソンの車は人気の少ないカフェの駐車場に停まった。エレノアも後に続いて、横に停める。

 人気は無いが、雰囲気は悪くない店だった。隠れ家のような店というべき佇まい。モダンな外観の建物には、木目の綺麗なドアがある。ワトソンとエレノアは二人、その前に立った。

 クローズドの札が下がるその扉を、ワトソンは躊躇うことなく開く。ドアベルの音が二人を出迎えるが、肝心の店員の姿はない。

 

「……あれ? ここ、カフェじゃ? 店員は──」

 

「今は外してもらってる。客も来ないから、適当に座ってくれ」

 

 ワトソンの発言には、エレノアの頭上にもクエスチョンマークが浮かぶ。しかし、少なくともワトソンが何かしらの話をするために、わざわざ店を貸し切ったのだろう。それはエレノアにも分かった。

 問題は、何の用事があるのかだ。

 

「コーヒーは飲めるかい?」

 

「え? ええ。飲めますけど……」

 

 一体この店は何なのか。ワトソンは勝手知ったるといった感じで、コーヒーを淹れ始めた。『インスタントだけどね』と彼女は後で付け加えたが、エレノアからすればそれすら奇妙な雰囲気だ。

 それからまた少しして、ワトソンはコーヒーカップを手にエレノアの座るカウンター席の横に腰掛けた。

 

「どうぞ。あぁ、シュガーとミルクが必要なら左手側のケースに入ってるよ」

 

「あの……。この店、ワトソン先輩のお店なんですか? 随分と詳しいというか──」

 

 耐え切れず、直球に訊ねてしまった。

 対したワトソンは、少し悩む素振りは見せたものの、とくに何かを隠す様子は無いようにしながら返した。

 

「まあ、協力者かな。とにかく、ここなら邪魔は入らない。今回キミにコンタクトを取ったのは、他でもないキミの父君の事だ」

 

 何の話かと思えば。エレノアは身構えていたが、ジェームズの話となれば答えは決まっている。

 

「私はあの人について、何も知りませんし後を追う気もありません」

 

 毅然とした態度で言い放つエレノアに、ワトソンは『違うんだよ』と同じくらい強く返した。

 

「キミとジェームズ氏の関係は知っているさ。ただ、それでも父親だ。聞かされている以上、ボクには話す義務がある──」

 

 ワトソンは一呼吸置いて、コーヒーカップの縁を撫でる。それから、まっすぐにエレノアを見つめて告げた。

 

「──ジェームズ・ボンドは死んだ。つい最近の話ではないが、後任を立てる直前の任務でね。とある島の実験を止めるため、自ら犠牲になることを選んだそうだ。彼はMI6によって、英雄として葬られることになったらしい」

 

「……え?」

 

 “ジェームズ・ボンドが死んだ”。その言葉は、まるで狭い土管の中のようにエレノアの頭を殴り付けながら反響するように感じた。

 自身がジェームズの実子であることさえ、まだ完全には受け入れられていないのに、今度はその父が死んだ? 理解が追い付かない。会ったこともない父の死を告げられても、悲しみは込み上げない。涙も出ない。他人の死を聞かされているようにすら感じた。

 しかし、不思議と少しだけ心がざわついた。悲しみはない。しかし、嫌な焦燥感に襲われる。

 

「それを聞かされても、私はどうしたら……」

 

 焦れる気持ちはある。だが、それ以上にどうしようもないのだ。エレノアには戸惑うしか無かった。

 ワトソンからの返答はなく、カフェの壁に掛かったアンティークな時計が奏でる一定のリズムだけが寂しく響く。

 

「……ハァッ」

 

 不意に、ワトソンが大きな溜息を漏らした。

 

「そうだね。確かにキミとジェームズは違う人物だ。それにボクはね、キミの父親であるジェームズは、随分と007らしくないと思ってるんだ」

 

「え?」

 

「スマートに事を運ぶことが007だ。キミの父親の代で、それは大きく崩されたと言っていい。随分と問題も多かったようだ」

 

 ワトソンから溢れだしたのは、ジェームズへの誹謗だった。それもまだ留まることを知らない。

 

「確かに英雄として葬られたかもしれないが、結局は任務の失敗だ。これじゃダブルオーエージェントとしては、出来が知れてる」

 

「……先輩」

 

「ある意味良かったんじゃないか? その父親と絶縁になったんだ、キミまで同じ轍を踏む必要はないからね」

 

「先輩ッ!」

 

 気付けば、あろうことかエレノアは拳銃を抜いて、その銃口をワトソンへと向けていた。力強く握り締めすぎて、その銃口は震えている。ワトソンほどの実力なら、あっさり武装解除出来ただろう。しかし、彼女はそれをしなかった。

 

「ほら。キミはジェームズ氏を貶されて、感情に任せて銃を抜いた。理解は出来てないかもしれないが、ボンド。キミは、父君をしっかり尊敬している」

 

「な……? 何が言いたいんですか!? ジェームズが死んだといえば、急にバカにして。そしたら今度は私があの人を尊敬してる!? 貴方は何が言いたいんですか!?」

 

 叫ぶエレノア。向けられた銃口を目の前にしても、ワトソンは眉一つ動かさずエレノアへ告げた。

 

「キミは──自分の役割が曖昧になっている。そうは感じないかい? 彼にはなりたくないが、でも心の中では彼の背中を追っている。『ジェームズとは違う』というのは、自身への言い聞かせに過ぎないんだと。そう思い始めてはいないかい?」

 

「私は……」

 

 その先の言葉が出てこない。ワトソンの言う通りだ。ジェームズ・ボンドではないと公言しながら、あの手紙とヴァンテージを受け取ってから、確かに彼の背中を追い始めている。

 ワトソンがジェームズを誹謗した時には、怒りに任せて銃を抜いていた。関係無いと断言するなら、そんな動きはしない。

 

「ジェームズ氏は、確かにキミの父親なんだ。父親に憧れることの、何が悪い」

 

「でも、手紙には……」

 

「『自分の人生を歩め』──『自分になるな』とは書いていなかったはずだ。素直になれ、エレノア・ボンド。ボンド家の血を絶やしてはならない」

 

「──!」

 

 ボンドの血を絶やすな。ワトソンに言われた言葉が、強く頭の中で反響した。ジェームズの後を追わないということは、ダブルオーエージェントとしてのボンドの血は失われるということ。

 銃を下ろしたその先で、エレノアを真っ直ぐ見つめるワトソンは告げるようだった。

 

『今こそ、本当のエレノア・ボンド──ボンドの娘になる時だ』──と。

 

 さぁ──と、頭の中が醒めていく。一種の緊張感、焦燥感。それが纏めて消えていく。

 迷いが消えたといえば嘘になってしまうが、少なくとも覚悟は決まった。

 

「……いい眼だね。さっきは、発破をかけるには仕方ないとはいえ、キミの父親を馬鹿にしてすまなかった。だけど、それでボクに銃を向けた時の眼は──明確な怒りだった。……さて、もう一つキミには話があるんだ」

 

 すっかり温くなったコーヒー。それを軽く一口含み、飲み下すワトソン。

 

「キミには、ジェームズ氏から預かっている物があるはずなんだ。ヴァンテージ以外に」

 

 ヴァンテージ以外に預かっているものといえば、エレノアにはいくつかの心当たりはある。

 

「孤児院を出る時に、金庫に預けられていたP99とこの92X……。それくらいしか──」

 

「違う。まだあるんだ。彼がキミに預けた装備が、どこかに。──とはいえ、それが何処かは流石にボクも分からないし、色々圧迫感があってキミも疲れただろ? 今日はここまでにしよう。手掛かりを見つけたら、一応連絡してくれ。是非立ち会いたいんだ」

 

 ジェームズはまだ何かをエレノアに隠しているのだろうか。ワトソンの口振りから推察するに、そうとしか思えない。

 カフェを後にして、用事があるというワトソンと別れ一人学園島に向かうエレノア。一体何を隠しているのだろう? 美夜からのメッセージが鳴り止まないが、思考の半分はジェームズの装備に取られていた。

 

 学園島に着く頃には夜になっていた。美夜は自力で帰ったようだが、『来ないなら連絡を寄越せ』と恨み言がつらつらと書かれていて、思わず頭が痛くなる。

 寮に向かう車内。自分の決めた道に、不思議と後悔がない事にエレノアは一人静かに驚いていた。




だいぶ間が空きましたが、やっとエレノアも向き合う用意ができたようです。

それと、一話から『東京武偵校』に関する文字類が全て間違っていたので、修正していきます。
お恥ずかしい……。
次話はその修正が終わり次第開始します。
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