エレノア自身の問題に、最近頻発する発砲事件。後者はまだエレノアたち一年生には関わることがないであろう問題だが、肝心なのは前者だ。
おかげで授業にもあまり集中出来なかった。
『キミは父君を尊敬している』
ワトソンにそう言われた時から、なんだか自分の感覚がふわふわとして意識が定まらない感じだった。
あの時は納得したように出てきてしまったが、やはりいざそう言われても実感が湧かない。別に今から秘密組織所属になるわけでもなく、エレノアの生活は普通通りに続くのだ。
「エレノア様……?」
「コイツ、今日ずーっとこんなやな」
「腑抜けてんなぁ……」
詩乃にも、美夜にも、ライカにも。心配はされるし、呆れもされる。
こんな状態で事件にでも巻き込まれたら、命も危ない。
「おーい! 速報だぞ、速報!」
不意に、男子生徒が教室に飛び込んで騒ぎ立てた。エレノアの意識も、否応なしに惹き付けられる。
クラスメイトたちも、『なんだなんだ』と注目し始めた。
「最近の発砲事件、とうとう昨日の夜に武偵とぶつかったらしい! ウチの学校の生徒が、病院に担ぎ込まれたってさ!」
にわかに教室がざわつき出す。もし、最近の発砲事件の犯人だとすれば、その所作は初心者そのものだった筈だ。見習いとはいえ、仮にもプロから指導を受ける武偵校の生徒が病院送りとは、随分と話が違う。
「模倣犯かな……」
エレノアは顎に手を当て、思案に入る。
銃を扱う技術は、確かに見様見真似でも発砲くらいは出来るだろう。ただ、相手を無力化出来るようになるには一日や二日訓練しただけでは難しい。
事件はだいぶ広まっていたし、模倣犯の可能性は十二分にあった。
「そういや今日、スズ見たか? いつも学校来たら合流するよな?」
不意に美夜がそう切り出した。
「あれ、そういや見てないな。あのちっこい赤髪だし、見かけたらすぐ判るハズだけどな」
ライカもまた、鈴那を見ていないという。
休みだろうか? それなら良いが、教室の騒ぎもある。エレノアも、まさかとは思うものの不安が過る。
少しでも不安要素は取り除きたい。その一心で、エレノアは男子生徒に問いを投げた。
「あの! 運ばれた生徒って、特徴は?」
その問いをきっかけに、クラス中の視線がエレノアへ集まった。出過ぎた真似だったかと萎縮しかけるが、男子生徒は少し思案した後に彼女へ答えた。
「赤髪の生徒だって聞いたぞ。チビで赤髪で、でも強襲科じゃかなりやるって話らしいけどな……」
その返答を聞いて、エレノアの顔から血の気が引いた。美夜、詩乃もそうだ。あかりたちも同じ。
いても立ってもいられず、エレノアたちは困惑する生徒の静止も振り切って学校から飛び出した。
「まさか、スズじゃないよな!?」
走りながら美夜がエレノアへ問う。
「信じたいけど、特徴が一致してる! 今はとにかく、武偵病院へ!」
車に乗る余裕も無く、エレノアたちは武偵病院へ向けて学園島を風のように走り抜けた。
□
「はぁ、先輩方も大袈裟過ぎじゃ」
武偵病院で五十鈴鈴那の名前を出すと、一行はあっさりと病室へ通された。
発砲事件の犯人から銃撃を受けたと道中聞かされ、不安もあったものの、病室では一行の心配に反して柔軟体操をする鈴那がいた。
それから暫くして、体操を終えた鈴那が発したのが『先輩方は大袈裟だ』という言葉だった。
「でも、銃撃されたんでしょ? 無理しない方が……」
言葉の出ないエレノアの代わりとばかりに、あかりが鈴那へ言葉をかける。
やれやれ、とかぶり振る鈴那。
「ちょっと油断しただけじゃ。教務科には報告したが、相手はわしと大して変わらないか、年下の子供だったからのう」
「子供……!?」
思わず院内なのを忘れて、声を上げてしまったエレノア。模倣犯どころか、相手は子供。まさか、そんな馬鹿な──そんな思考が彼女を支配する。
「子供だが、明確にわしを撃つ気はなかったといったように見えたな。ひったくりに出会したから追い掛けたんじゃが、その先におってな。発砲しようとしたから取り押さえようとして──」
──それで、このザマじゃ。鈴那は脇腹の包帯をエレノアたちに見せつけた。
「弾は制服が防いでくれたが、至近距離では流石にな……。わしとしたことが、犯人を逃がすとは」
「油断大敵だぜ、鈴那。お前も仮にも強襲科だろ?」
一年の中では、最も強襲科向きな生徒とも言える火野ライカに言われ、鈴那は『面目ない』と頬を掻く。
「おお、そうじゃった。結局、あかりの家にお邪魔する話も放置になってしまったが……」
「あっ……」
鈴那も人が悪い。思わず声を漏らしたエレノアだが、約束を忘れていたことを鈴那は知っていたのではないか。ワトソンとやり取りをしていたということが、その確固たる証拠だ。
しかし、何にせよすっぽかしたのは事実。
「ごめん、あかり……! 本当に頭からすっぽ抜けてて……」
隣に座るあかりへ、手を合わせるエレノア。
「あはは……。別に大丈夫だよ。あたしも、あの時は緊急でアリア先輩に呼び出されちゃってたし……。また集まろうよ」
「うん。じゃあ、今回の事件が解決したら……あかりの家で何かやる?」
「うえぇ!? 発砲事件のことなら、あたしたちは関われないような……」
あかりが言い切ろうとして、エレノアの視線の先を見た。ベッドに腰掛ける鈴那と、彼女の包帯。エレノアはじっとそれを見つめていた。
あかりも武偵高の生徒だ。エレノアの考えんとすることは分かる。
「お礼参り、する気なの?」
「……まさか。鈴那の言う通りなら、相手は子供。ただ、ちょっと火遊びが過ぎた。危ないオモチャは取り上げなきゃ」
それをお礼参りというのでは。あかりは思わず心の中で突っ込んだ。
「お礼参りするほどのモノではないが、確かに危ないな。あやつ、自分に酔っておるように見えた。そのうち身を滅ぼすぞ」
「なら決まり。その子を止めないと」
エレノアが椅子から立ち上がると、鈴那がそれを止めた。
「待て待て。何の情報もなしに、あの子供が見つかるとは思えん。わしが情報を洗うから少し待て。それに、武器もあの子に奪われたしな……。新しい武器を取りに行かねば」
「ちょっと待て、スズ。
美夜が問うと、鈴那は少々硬くなり気味に頷く。
彼女の愛銃『ナナゴー』ことCz75フルオートは、文字通りチェコ製ハンドガンCz75をフルオート可能にした機関拳銃だ。そんなものが奪われたとなれば、犯人の脅威査定も変わってくる。純粋に火力が上がるのだ、危険性は飛躍的に上がる。
しかも鈴那が語るに、犯人は自分に酔い始めている。更なる火力が手に入れば、大きな事件を起こしかねない。
「どちらにせよ買い替えるつもりではあったがな。あの銃は返してもらう」
左脇腹を押さえつつ、鈴那もベッドから立ち上がった。
「じゃあ、鈴那。情報は君に任せる。私は……」
「何もしなくて良い。おぬしは少し休め。心此処に在らずでは危ない。わしのように運よく済めば良いが、最悪殉職するぞ」
鈴那は撃たれた。犯人が武偵にその場の事件を任せるどころか、抵抗した証だ。下手に関われば死ぬ。これはそういう事件だという、れっきとした証明になる。
「……わかった」
情報を集めることに関して、今病院にいる面子の中で鈴那に勝る者は居ないだろう。エレノアはひとまず、飛び出してきた一般教科の教室へと友人たちと戻ることにした。
□
昼休み。先程のこともあって、今はボンド家の問題は後回しだ。
美夜の作った弁当に手を付けつつ、今回の事件をなるべく洗う。
「最近の銃撃事件の真犯人かはともかく、鈴那を撃った子は自分に酔っているらしい……か」
場所は屋上。傍らでは詩乃と美夜が、スマートフォンで情報を探る。エレノアも同じだ。
食事もそこそこに、色々なサイトを手分けして探っていた。鈴那の読み通りなら、今回の射手は自分に酔っている。何かソーシャルネットか、裏サイトの掲示板に自分を誇示するような書き込みでもないかと、エレノアは思っていたのだが。
「おい! これ、これ見てみエリー!」
美夜がエレノアの肩を抱き寄せ、スマートフォンの画面を見せてくる。ふわりと髪先が頬をくすぐったが、まずは何より内容だ。
スマートフォンに表示されていたのは、至って普通のソーシャルネットアプリの画面。裏サイトでもなんでもない、パブリックなものだ。
そこに、恐らく登録時に割り振られたままのIDと適当なユーザーネームの投稿があった。
『死神が出るぞ。世の中の犯罪者には死を』
ただ、その一文だけ。
「手掛かりには、甘くないですか……?」
詩乃がエレノアに頬を寄せて一緒に画面を確認するが、確かに彼女の言う通りと言えた。デジタル化のこの時代、嘘も真も──虚言も真言もあらゆるものがごちゃ混ぜだ。
毎日世界の終わりが来ると真剣に語る者もいるし、一方で、ただただフィッシングサイトに誘導しようとする悪質なアカウントもある。とにかく、死神が出るというだけでは銃撃事件とは結びつかない。
「見てみ、投稿場所」
美夜は画面の一部分を指した。そこはGPS機能を利用した、位置情報が載るスペース。少なくともその記載は東京都内となっている。学園島から台場から更にバスで行ける位置。遠くはない。
「うーん……。君の気持ちもわかるけど、これだけじゃなぁ」
「くそー! いいセン行ったと思ったんだけどなぁ」
美夜が髪をくしゃくしゃとかき乱すのを眺めつつ、だがその推理には少々舌を巻いた。ネットの海から、所謂『捨て垢』のようなものの発した情報を精査したのだ。それだけでも十二分に凄い。
やはり鈴那を待つしか無いか。エレノアがそう考え始めた頃、詩乃が声を上げた。
「待ってください。美夜様の推理、強ち間違いとも言い難いかもしれません」
詩乃がエレノアたちに見せたのは、匿名掲示板のスレッドだった。スレッドタイトルは『死神が出るぞ』──とシンプルなもの。
その中身は所謂『死神』について語り合い、盛んに更新されていた。
『東京都内で犯罪を犯せば、武偵より先に死神が出るな(笑)』
『無能武偵より死神のほうがガッツあるだろ』
『でも問答無用で銃撃とか危なくね? 俺達も撃たれそう』
『武偵も変わんねーだろ(笑)』
エレノアがざっと目を通しただけでも、掲示板内には死神支持派が多く存在することがよくわかった。
とにかく武偵が信用されていない。確かに、ここ最近は武偵より先に銃撃によって結果的に犯罪を阻止されていた。武偵が銃撃者の後手に回っている、と言わざるを得ない状況なのは明らか。
しかし、身内がやられたとあっては黙ってもいられない。
「詩乃、もう昼休みが終わる。その掲示板、少し張り付いてみて。何かあったら教えて欲しい。鈴那からも情報が来るはずだから、彼女の情報とも擦り合わせてみよう」
「はい。では、サイトは引き続き表示しておきます」
チャイムが鳴る。昼休みが終わりを告げ、エレノアらも教室へ向かう。鈴那はどうなっただろうか。ちょっと気にはなるが、彼女もまだ情報は洗えていないだろう。
もう暫く待つ必要があるかも知れない。
□
放課後。この後は生徒も依頼か、専攻科目の履修かで分かれ始める。中には帰り支度をする不良生徒もいる。
ぱたぱたと武偵高生が行き交う最中。まさにエレノアはその中にいた。左に右にと行き交う生徒たちをただ見送るのは、鈴那に一因がある。
彼女が放課後に会おうとアポイントを取ったのだ。美夜や詩乃、立花たちは専攻科目の履修に一足先に向かってしまったのだが、エレノアだけはそうもいかなかった。
しかし、これで単位を落とそうものならどうしてくれようか。段々と苛立ちが足に現れる。パタパタとつま先を鳴らし、少々眉間にシワも寄って。
「確かに待たせたのは謝るが、かのボンド家の娘じゃろうに。あまりイライラしていては父上も嘆くぞ」
「君が待たせなければ、私は何も困らなかったんだけどね。鈴那」
ひょい、とエレノアの脇から現れた鮮血を思わせる赤髪は鈴那だ。『やれやれ』と年相応でない仕草とともに、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
「あの後少し洗ってみたんじゃが、どうもあの子供……。発砲する前の警告として『これは死神からの罰』だとか宣ったそうじゃ」
鈴那が見せたのは、銃撃事件を捉えた防犯カメラ映像を更に解析したものだ。夜のため画像は変わらず不鮮明だが、音声は綺麗に抜き出せたのか、映像に対して違和感を覚えるほど鮮明に聴こえる。
『これは、死神からの天罰だ。犯罪者』
エレノアにも、確かにそう聴こえた。刹那に三発の銃声。映像から確認するに、撃ったのは件の犯人だ。余韻もなく、その後直ぐ様悲鳴が響いた。
「陶酔してるわね」
「かなりな。これを受けて、武偵局側も動くことになった。何しろ自分らの手柄を横取りされてる挙げ句、全て後手に回っているときたからな」
いよいよ武偵局が動く。鈴那が掲示板サイトを開くと、そこにはとてつもない数の犯罪予告があった。
しかし、それ自体は過去のログからしても別に変わった様子では無さそうだ。
「これは全て、武偵の囮じゃ。わしらは少し動いて、品川に向かう」
「品川? なんでまた」
「そういう指示じゃからな……。ピットバイパーにも、出番はないかのう」
鈴那は少々寂しげに新しく調達したであろうカスタムハンドガンを取り出して呟く。1911ベースのレースガンだろうが、スライド前方に斜めに切ったコンペンセイターが存在するおかげで1911らしいシルエットは薄れている。
エジェクションポートや肉抜きされたスライドからは金色のバレルが覗く。
ともかく、鈴那の語り口を紐解くに二人の向かう場所が当たりか外れかは全くの運らしい。スッキリしないが、武偵局が決めたことには逆らえない。
「じゃあ、先に現場向かおうか。車乗って、鈴那」
「うむ。──そういえば、おぬしの運転はあまり経験したことがないな? 安全運転じゃぞ」
「分かってる。人目を惹きたくないから」
エリーゼに二人で乗り込み、学園島を出る。
夕日に照らされる首都高速を走り、品川へ。一体どうなることやら、エレノアどころか鈴那にもそれは分かっていなかった。
ただ、いよいよ武偵局も本気を出してきたことは確か。なるべくなら二人の現場が当たりであったほうが、手心も出来るというものだろう。
ちょっと間が長くなりました。
絵描く練習しながらゲーム用のモデルいじりつつ小説はなかなかハードですね(笑)