緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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028.知らないこと

 品川区へ入ったからといって、まだ事件が起きている訳では無い。

 いつもと変わらない交通の流れに乗り、エレノアはただ車を走らせる。

 

「どこかで適当に車を停めよう。そこのコンビニ、空いていそうじゃな。休憩ついでに駐車場を借りるぞ」

 

「了解」

 

 つい最近もこんなことがあった気がする。エレノアは少々気だるげに、駐車場へ向けてステアリングを切った。

 少し車を停める間に、鈴那が飲料と軽食にサンドイッチを買ってきた。その中から麦茶とたまごサンドを貰い、とにかく事件の手掛かりを待つ。

 今度は武偵の仕掛けた事件だ。一般人の被害者は出ないとはいえ、それはあまりにも賭け。しかし、銃撃事件は学園島からさほど離れていない区域で発生している。犯人が遠くに逃げない限りは、事件が起きるならこの近辺なのだろう。

 

「ふむ……少し車を降りるぞ。辺りを歩いてみよう」

 

「なにか動きがあったの?」

 

「……今のところは何も」

 

 何も無い。鈴那からの答えはあまり芳しいものではなかった。

 無論、事件が起きないことに越したことはないのだが、やはりここまで来て無駄足というのもモヤモヤと心の中に暗雲が立ち込めるような気分になる。

 

「ん……。エレノア、少し外す。ここで待て」

 

 突然、鈴那がエレノアをそう制止した。歩道のど真ん中で。特に何かあるような場所ではないはずだが、鈴那も不必要に冗談を言うような性格ではない。

 突如の別行動に、エレノアも一旦了承した。事件の知らせも入っていない。知らせが入れば、駆け付けるのみ。

 離れていく鈴那の背中を見送って、だが同時に違和感を覚えた。具体的にどんな違和感かはエレノアには形容しようがない。しかし、彼女の中で何かが囁くのだ。

 

『五十鈴鈴那から目を離すな』

 

 そう誰かに囁かれているようだ。そして突き動かされるように、エレノアは足を動かした。鈴那は既に角を曲がって路地に入った。

 どうしてだろう? エレノアは思う。この追跡を、鈴那に気取られてはいけないと考えている。角を出る前に、一瞬覗き込んでから後を追う。

 

「あれ……?」

 

 その先に、よく目立つ赤髪は見えなかった。まるで神隠しにでも遭ったかのように、こつ然と消えた。

 焦らず、短時間で行けそうな場所を探す。更に建物の裏へ折れたか? 一歩足を踏み出した時、パン、と何かが弾けるような音がした。武偵なら瞬時にその音の正体は分かった。

 

「銃声……!」

 

 気づいてから身体に染み付くままにベレッタを引き抜き、スライドを引く。銃声はかなり鮮明に聴こえた。距離は離れていない。音のした方角へ走っていき、その先へ拳銃を構える。

 

「終わったぞ、エレノア。こやつが『死神』じゃ」

 

 銃口の先には鈴那がいた。組み敷いていたのは、一人の少年だ。銃撃事件の犯人はやはり子供だったのか。いや、違和感がエレノアにはあった。

 

「鈴那、そういう割に君は手錠を掛けていないね」

 

 終わった、というにはまだ早い。鈴那ともあろう人物が、犯人に手錠も掛けずにいるのは異常だ。状況終了というには、明らかに早いのだ。

 

「……やれやれ。タイミングの前後ということで誤魔化せるかと思ったが……。すまぬエレノア、事情は後で必ず話す。約束する」

 

「どういうこと……?」

 

「──彼は、逃さねばならない」

 

 鈴那はそう言うと、アンダースローでエレノアへ何かを放った。

 転がってきたそれは、フラッシュバン。刹那エレノアの視界は眩い光に包まれ、聴覚は完全に奪われた。痛みすら感じる程の轟音を受け、完全に戦闘力を失ってしまった。

 悶え、苦しみ、次第に耳鳴りを伴いつつも視覚と聴覚は戻って来る。その頃には、少年もろとも鈴那は姿を消していた。

 ふらつきながら拳銃を取り、辺りを探るがエレノアに鈴那を見つけることは出来なかった。

 

「やられた……。でも、どうして鈴那が?」

 

 エレノアにあったのは、ただひたすらの混乱。なぜ急に犯人に手を貸したのか。事情は何なのか。

 結局事件は起きず、武偵局及び武偵高の一大作戦はそのまま幕を下ろす。

 事件が起きないということは、やはり鈴那が逃がした彼が犯人なのか。それともたまたまか。

 今はともかく、学園島に帰るしかない。この事態を報告すべきなのだろうが、エレノアにはそうするための気持ちの整理ができていなかった。鈴那が何を考えて、犯人を逃がしたのか。それを聞くまで、先輩方に何かあったか訊かれても、エレノアは真実を告げなかった。

 

 □

 

「オイオイオイオイ、そりゃマズいぞエリー」

 

 学園島に着いてから、事のあらましは信用のおける友人にだけ伝えた。美夜は目を真ん丸にして驚いてみせたが。

 

「確かにマズイわ。教務科に知られたら、エリーも鈴那もタダじゃ済まない」

 

 今回は立花も同席だった。先輩である立花としても、今回の状況はやはり楽観出来るものでは到底無かった。

 武偵は少し前の穏健な警察組織などではない。あらゆる手段で人妖問わず捕らえる組織。その中には武偵憲章ギリギリの手段に訴える者もいる。

 武偵の見習いである武偵高生にそこまではしない、と見ることも出来ないのだ。

 

「エレノア様は私がお守りします。元より、そちらが私の本懐。──ですが、鈴那様も裏切るような方ではないはずです。それも、素人の少年に懐柔されるなど……」

 

 詩乃が頭を抱える。鈴那のことは、彼女も彼女なりに見てきた。あの暴力団事務所での第一印象からしても、何かに心を揺さぶられる事はないという考えにしか至らない。

 何かに脅迫されるという弱みも鈴那には無いだろうと詩乃は踏んでいる。もっとも、詩乃の付き合いはほんの一ヶ月かそのくらい。隠された秘密でもあればお手上げだが、少なくとも彼女より付き合いの長い友人たちもその可能性には行き当たっていないようだった。

 

「五十鈴さんについて、何かもっと情報はありませんか?」

 

 今回はあかりたちも話し合いに参加した。その中から、あかりの友人である佐々木志乃が一歩踏み込んでエレノアへ訊ねた。

 

「……ごめん、私にもよくわからない。悪い人じゃないのは確かだけど、鈴那は気付けばどこからか見てるような人だから──」

 

 言い掛けて、エレノアのスマートフォンが振動する。

 鈴那か、と画面を開くと、思った通りの人物の名前が画面に表示されていた。

 場を手で制すると、素早く受話ボタンをタップした。勿論、スピーカー出力で通話を開始する。

 

「鈴那! 今どこ!?」

 

『すまぬが詳細は言えん。逆探知を防ぐために、今いる場所も目的地ではない。だが、あえておぬしらを信用するなら、わしは今大阪へ向かっておる』

 

「大阪……!?」

 

「大阪……」

 

 エレノアのオウム返しに、詩乃がふと呟いた。

 

『今、他に誰かおるか?』

 

「知り合いだけ。バレたら絞られる程度じゃ済まないからね」

 

『そうじゃな。じゃが安心しろ、少年から自白があった。管轄が変わるが、武偵局には必ず連行する』

 

 少年はやはり犯人で間違いなく、そして少なくとも鈴那と一緒にいる。

 

「鈴那様? 詩乃です。一つだけ……お聞かせください」

 

『事と場合によるぞ』

 

 エレノアに代わり電話口に出た詩乃が、鈴那へ一言突き立てた。

 

「貴方を動かしたのは、()()()()()()ではないですか?」

 

 詩乃の言葉に、周囲が固まった。何を言っているのか分からないといった感じで、あかりたちも首を傾げている。

 

『何故そう思った』

 

「大阪です。どうして犯人の護送にわざわざ関東から出て、関西へ向かうのかがわかりませんでした。ですが、もし……私の憶測が正しいのなら辻褄が合う。何故その取引が成立したかは判りませんが、貴方はコインで動いていませんか?」

 

 ますます周囲が混乱していく。コインとは何か? 誰もついて行けていなかった。

 

『敵わんな。博識な奴め。だが、今は何も言わぬ。また電話する』

 

 あまりに一方的な終話に、なんともしがたい重たい空気が辺りを包んだ。

 結局、鈴那は詩乃の追及を認めたのか? 端から聞けば、否定も肯定もない──否、肯定に寄った無回答とも言えるものだった。

 

「詩乃、コインって?」

 

 エレノアが問う。何しろ着信を受けた本人もついていけていないのだ。知る権利はある。

 

「『教会』が吸血鬼専門の暗殺組織なら、人にも。暗殺者が利用するホテルがあります。とはいえ、とうに、存在しない……」

 

「結局なんなんだよ? アイツは武偵として仕事するのか?」

 

 苛立ちを顕にライカが声を上げる。

 その言葉には、詩乃も頷いた。

 

「あの方は暗殺者ではありません。となれば、電話の通りでしょう。大阪の武偵局に犯人は送られるはず」

 

「その前に武偵局にバレたら?」

 

 美夜が訊ねるが、答えを待つまでもない。身内にバレれば、武偵三倍刑の掟で少なくとも長期懲役は免れない。

 

「……明日。明日、大阪に向かう。私は少し探しものがあるから、今日は解散」

 

「ハァ!? おい、エリー! 待てって! おい!」

 

 美夜の制止も振り切って、エレノアは友人たちの輪から離れた。

 校舎を出て、空を見上げる。今の彼女には、友人たちは巻き込めない。しかし、彼女には力もない。また鈴那に言い逃れされては困る。

 鈴那を知るためにも、エレノアは彼女に今回ばかりは勝らなければならなかった。しかし、どうやってか。それは、先日会ったワトソンが手掛かりをくれていた。

 

「ジェームズの隠し装備……。もし、それが見つかれば」

 

 今エレノアが持つものは、修復中のヴァンテージを除けば装備科製の007コピー装備しかない。もし、本当にMI6の秘密装備が彼女に残されているなら、使い方次第で助けになるに違いない。鈴那にも、一泡吹かせられる。

 先輩や教務科に突っ込まれないためにも、彼女の所在を突き止めなければ。

 ──しかし、問題はその装備の場所だった。

 

「はぁ……。どこにあるのよ、そんなもの」

 

 隠し場所はノーヒントの筈だ。少なくともエレノアは知らないし、知る人間もいないはずだ。こればかりは倉庫番をしていた杠ミサキも知らないだろう。

 ため息をつくと、カラスがカァと馬鹿にするようにひとつ鳴いた。少々虚しい時間が過ぎていく。

 

「おぉい、ボンド! やっと出てきた」

 

 校門でエレノアに手を振り、車輌科の紺田が駆け寄ってくる。右手に一枚の紙切れを持っているのが目に入る。

 

「お前のヴァンテージ弄ってるとき、グローブボックスで見つかったんだ。しっかり読んだわけじゃないけど、流し見た感じ大事な手紙っぽかったからな……。持ってきたぞ、ホラ」

 

 紺田から差し出された手紙を受け取るエレノア。思えば、この手紙からすべてが変わった気がした。

 今まで冗談半分だと思っていたものが、全て事実に変わった。この手紙からだ。

 

「そうだ……! 紺田先輩、ワルサーは?」

 

「あぁ、車輌科のガレージに置いてあるよ。内装もやり直すし、置いとくわけにいかなくてな」

 

「後で取りに行きます。すみません、また後で!」

 

 呆気に取られる紺田を余所に、エレノアは手紙を開いた。文章が変わるわけもないが、今思えばこの手紙には不可解な事が書いてあった。

 

『君にこの車を。だがもし、君が楽園の戦士を求めるのなら、自分の足下を一度見てみることだ。自分とは、この先も会うことはない。それが君の幸せだと考えた。君は君として、一人の人間、武偵として生きるんだ。ミサキが加減を間違えて、君に怪我をさせていないことを祈る。親愛なるエレノアへ、ジェームズより愛を込めて』

 

 改めて読む手紙の内容に変わりはやはり無く、父から娘への普通のメッセージに見える。

 しかし、明らかに関係のない事が記されているのだ。動揺が強かったあの時には気付かなかったが。

 

「『楽園の戦士』……『足下』──」

 

 その表現に違和感を抱いた。ただのメッセージにそんな物は必要無いし、何より、かのジェームズ・ボンドらしくない。

 足下と言われて下を見るが、見慣れた埋立地のアスファルトがエレノアを見つめ返すだけだ。

 

「あの場所に、何かあるんじゃないかい?」

 

「っ……!?」

 

 不意に声を掛けられて、エレノアは思わず身体を縮こまらせた。

 背後にはワトソンがいる。手紙を読んだわけではなさそうだが、彼女にはどうも誤魔化す手は通用しない感じがある。

 

「あの場所って、まさか──」

 

「キミの父君が残した、あの場所さ」

 

 ワトソンの言わんとする事はわかった。考える必要もないくらい、エレノアの記憶にもはっきりと刻まれている。

 

「江東区の倉庫……」

 

 何年も見張りを付けて守らせていた倉庫に置かれていた手紙だ。ジェームズ自身、手紙はそこで見つけられることを前提として記したに違いない。ならば、今は空のはずの倉庫にまだ何かあるのか。

 

「行くなら、ボクも行くよ」

 

「でも、実際に何かあると決まったわけじゃ……」

 

「きっと、あの人は何かを残してる。意味のない事は記さないさ」

 

 ワトソンの自信はどこから来ているのか。エレノアには知る由もないが、少しでも手掛かりがあるなら足踏みしている場合でもない。

 学園島を2台の外国製スポーツカーが飛び出していく。目的地は江東区の倉庫。手紙の通りの手掛かりとはエレノアには思えなかったが、今縋ることが出来るのもまた、その手紙しかなかった。




久し振りに上がりましたが、急に激動になりましたね。
次回をお楽しみに……!
なるべく早くお届けできればと思います。
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