エレノアが属する
主に目立った活動こそ自動車メインではあるものの、上空はヘリコプターなども飛行している。エレノアも勿論、車以外に様々な乗り物の操縦を勉強中。
「はぁ……」
明るい生徒達が乗り物を動かす状況から翻って、盛大にため息を吐いたエレノア。先日の事件から、てっきり車からは遠ざけられると思っていたのに、目の前には全高の低いスーパーカーと言うべき車体が停められていた。
その名もフェラーリ488ピスタ。イタリアの名門自動車メーカー、フェラーリアウトモビリが製造した限定車だ。そこらを走る車とは明らかに雰囲気が違う。ボディを包むシルバーメタリックの仕上がりは勿論、ドアウィンドウから覗ける室内までスパルタンかつ優雅な雰囲気が漂う。
ボディ中央を突き抜けるダークブルーのストライプに、空気を取り入れるため曲面の多いボディのあちこちに作られたエアインテークも、異質さの表現に一役買っている。
「エレノア、来てたんだ。今回はこれだってさー」
「貴希……私に何があったか、勿論知ってるでしょ?」
「っていっても、預けてこいってあたしも言われてるし?」
ずしりとエレノアにプレッシャーがのし掛かる。問いに問いを返されても困るだけだ。
渡したからね、とクラスメイトは言う。
サーキットに響く様々な乗り物の音さえ遠くに聴こえるほど、エレノアは意識をどこかへ飛ばしてしまっていた。
「おっと。とにかくやらないと」
ふと我に返る。逃避している場合ではないと思い直した。
前回全損させた車もそうだったが、恐らく今回もこの車とそれなりに長い付き合いになるのだろう。といっても、前回は数週間だったが。
今回は全損など有り得ない。なんと言ってもフェラーリの限定車だ。4000万円以上もする車体を、仮に爆発で吹き飛ばすなどといったことがあれば、東京湾に身投げでもしなければならなくなりそうだった。
「おーい、ボンド! 知り合い来てるぞ」
練習でもしようかとドアを開いた時、車輌科生徒に名前を呼ばれた。
「あー、そのままそのまま。気にせんでよい」
上級生に入れてもらったのか、来客は既にエレノアの視界にいた。
「いやー、先日は災難じゃったな。街頭カメラではいいセン行っておったんじゃが……」
「鈴那、何しに来たの」
来て早々に語り出す少女も、エレノアの友人だ。五十鈴鈴那、情報科一年である。
一年生にして強襲科まで兼科する、意外なやり手だったりもする。赤い髪、頭の天辺で立派に反り返ったアホ毛が目を引く。目下の悩みは“鈴と鈴”で続く名前。
「おー、そうじゃったそうじゃった。前に調べておったろ。あのー……例の鍵」
「……これ?」
使い道の分からないシャッターキーを取り出すと、鈴那は肯定する。
独特な言葉遣いがエレノアには未だ慣れない。どうしてそうなったかさえ、鈴那は語らないのだ。
「借りても良いか? もしかすると、アタリくらいは付くかもしれんのじゃ」
「本当に? 前は『諦めろ』だったけど?」
「そうは言ったが、やはり気になるじゃろ!? あれからわしも、方々を回って多少絞り込めた自信はある」
無い胸を張る鈴那。シャッターキーを手渡すと、余らせた袖をぶんぶんと振り回しながら去っていった。
美夜も鈴那も、まだ半年も付き合いはない。エレノアからアプローチしたわけでもないが、気付けばこの交友関係が出来上がっていた。
「……整備しておくか」
すっかり走行する気は失せてしまった。
車を動かし、割り当てられたピットに仕舞うとエレノアはすぐに整備体制に入る。
帰りは車で帰れる。フェラーリで帰ることになるとは思わなかったが、降ってきた幸運を払うような人間ではない。
高級車故に複雑で手の出しにくいパーツに苦戦しながら、彼女は点検と整備の終了を上級生に報告する。
専門学科は基本的に一般学科の終了後、つまりは放課後に行われる。終われば挨拶だけをして直帰だ。
結局フェラーリを預けられるのは変わりがないらしく、低い運転席に腰を下ろし深く息を吐く。フェラーリのイメージカラーである、鮮烈な赤色のキーデバイスをホルダーに置いて、ステアリングに備えられたエンジンスタートボタンに手を伸ばす。
「んっ?」
エンジンを掛けるその直前に、エレノアのスマートフォンが振動した。マナーモードにしているせいで、スカートのポケット内で暴れまわる。
慌てて取り出すと、画面には美夜からの着信が示されている。受話ボタンをスライドして、応答。繋がるとすぐに美夜が泣き付くような声を上げた。
『アカン! アカンわー! 寂しくて死ぬ』
「……はい? 何言ってるの?」
『明日休みやん? 土曜だし。泊まり行っていい?』
絡まれてしまった。エレノアはそう思ったが、既に手遅れ。彼女は必死に頭脳を回す。泊まりは吝かではないが、美夜を相手取るのは少々手間だ。
鈴那ならまだしも、美夜を相手にするとなると休みにならない。
『なーんで返事に時間かかってんだよ』
返答に迷うと、美夜は声を低めて囁いた。
その言葉にはどこか刺がある。顔が見えていたら、膨れているに違いない。
「いや、なんでだろうね」
『私泊めたら良いことあるよ? 南野先輩言うとったんやろ、飯喰ってへんて』
「それはそれであって……」
『晩飯と明日の朝飯は保証するけど』
「今どこ?」
問答の後、即答。悩んだ時間が水泡に帰した。
なんだかんだ言って友人であり、美夜の食事は美味しい。エレノアが簡単に意思を曲げることになる程度には。美夜がなぜ、自信も無さげに練習だのと理由を付けて食べさせるのか、第三者からすれば分からないほどだ。
『んー、今ちょうどスーパーにいるし……そこまで来てもらうか』
「待った。今私の車、荷物積めない」
提案されかけて、改めてエレノアは自身が腰掛けるシートと助手席に記されたエンブレムを眺める。
何しろフェラーリだ。本来は日常使いするような車ではなく、荷物を積むスペースなど存在しない。
車、と美夜は反応を示す。
『まさか、もう車貸与されたんかお前』
「フェラーリをね……」
『荷物積めへんやんけ』
「だから言ったんだけど?」
通話口の向こうから、美夜の唸り声が聴こえてくる。
美夜は車に詳しい訳ではないが、付き合いのある相手がエレノアだ。彼女と過ごせば少なからず覚えることはあったし、フェラーリと言われれば多少はイメージも出来ている。
『最近出てるとかいう、4人乗りとかワゴンみたいなフェラーリの可能性がまだワンチャン……』
「いや、488ピスタ」
『名前からしてそれはちゃうな。あー、もう! いいや、買い込んで足にとか考えたけど、夜と明日朝の分買うか』
危うく足に使われるところだった。エレノアは心中ほっと胸を撫で下ろす。フェラーリ様々だ。
電話口からは献立を悩む美夜の声が漏れていた。
『まあ、メニューは考えとくわ。取り敢えず、いつものスーパー来てー』
「了解。あんまり買いすぎないでよ?」
ほいほい、と美夜から気の抜けるような返事が返ってくる。いつものことだ、アリアを相手にしても態度に大きな差は出ない。差と言えば、口調が砕けながらも敬語に変わるか否かくらいだろう。
通話を切ると、エレノアは真っ先にエンジンを始動させた。セルモーターの回転がエンジンへ伝わり、タイムラグも無く運転席の真後ろに搭載されたV8エンジンが唸りを上げる。
紛れもなくそれは騒音だろう。否、確かに喧しいが、聴く人間が変われば意見の変わる音とも言えた。音量は前回のインプレッサよりずっと大きいが、それでもエレノアには不思議と悪い気はしなかった。
□
「遅いわ。時間かけすぎ」
学園島の外にあるスーパーまでひたすら車を飛ばし、到着したエレノアに美夜は冷ややかな言葉を投げた。
「急いだんだけど?」
「もー、かなり待ったよ。腕が千切れるー」
気だるげな美夜。両手にはいっぱいに食材が詰め込まれたエコバッグが握られている。
「バリスタ一挺の方が重いでしょ」
「それとこれは別。身体の一部だし」
けろりと美夜は答えた。背中に背負われた狙撃銃は登校時と違い、ソフトケースに覆われていた。一般人への配慮だろう。
行きに何故ケースが無かったのかは、恐らく問いただしても美夜は答えない。
「しっかし、本当に“フェラーリでーす”ってヤツだなぁ。ホンマに荷物積めへんやん」
「だから言ったでしょ」
「ま、買う量は抑えたし抱えて乗れば……」
不意に、美夜がその発言を止めた。そして背中の狙撃銃を肩越しに眺め、暫し沈黙。
「アカン、どないしよ。バリスタ背負っとったら車に乗れへん」
今更か、とエレノアが深いため息を吐く。
「分解して乗れば?」
「それだ! 多少嵩張るけど、行けるやろ」
ほい、と美夜はエレノアへ買い物袋を預けて、ソフトケースから狙撃銃を取り出し分解していく。
エレノアは周囲に視線を配り、一般人が来ないのを確認。テイクダウンを終えた狙撃銃を手に助手席へ腰を下ろし、美夜は買い物袋を膝の上に受け取った。しかし今度は車内スペースを取りすぎて、シートベルトが締まりそうにない。
「美夜、せめてベルトして」
「このシートから出た変なベルト? どうすりゃええの」
「リュックみたいに、左右に腕を通したら、腹のところのバックルで留めて」
エレノアの指示通りにベルトを締める美夜。特に戸惑うことはなかったが、彼女にふと疑問が湧いた。
「確か、日本って三点式無いと違反だったような」
「そんなの着いてないわよ。ベルトしたわね、よし発進ー」
あっさりと美夜の疑問を受け流したエレノア。
車はしばらく徐行した後、リアタイヤをスピンさせながら大通りを急加速していった。
「おぉー……! 速い速い! ゆっくり行って!」
エレノアからすればさほど飛ばしてはいないものの、助手席からは悲鳴にすら近い懇願が聴こえる。
「そんな飛ばしてないよ?」
「バカ! そりゃ車輌科視点や、ボケナス!」
「君、いつもヘリから狙撃したりしてない? 一年で現場出られる生徒、珍しいって……」
「今はええねん、そんな話!」
美夜はあまりに必死だった。エレノアの話は事実だが、そんなものは助手席で震える少女からすれば、どうでもいいものらしい。ヘリコプターの方がよほど速いのは事実なのだが。
仕方なく、エレノアはいつもよりも速度を落とす。巡航レベルから、文字通りの速度制限遵守レベルへ。
「そういや、南野先輩から聞いてる? 例の武器密売」
速度が落ち着いて、美夜自身も余裕を取り戻したのだろう。運転席へ視線を向けつつ、エレノアへ問う。
「なんのこと?」
エレノアはなにも聞いてはいなかった。聞き返すと、美夜は呆れたようにかぶり振る。
「例の武器密売、CVRが盗んだ情報だと幾つか盗まれた痕跡があるらしいぞー」
「情報が? 武器が?」
「武器だっての。といっても、拳銃程度らしいけどな」
ふーん、と興味無さげにエレノア。
背後のエンジンもつまらなさそうに唸っている。
四点式シートベルトにバケットシートのホールド性も相まって、美夜が反論しようにも身体が動かない。ちょっかいを出すにしても、膝の上には買い物袋、片手には分解したライフル入りのソフトケースだ。狭い車内で暴れては大変なことになりかねない。
「腹へったー。寮着いたらすぐ飯にするからな」
「やった。楽しみにしてるけど、ご両親は?」
美夜の両親は健在である。仕事で忙しく、滅多に家に居ない。一人暮らしと変わらない、とは美夜がいつかエレノアに語った言葉だ。
「今度は旅行だってさ。まー、いいけど」
「なるほどね……。ウチには大したものないけど、まあ持て成しくらいはするわ」
「おおきにな、エリー。本当にアンタとスズくらいだわ、私に良くしてくれんの」
美夜は車窓から外を眺めつつ、目を伏せる。
彼女の態度と異例の扱いから、一部で疎まれているのをエレノアは知っていた。もっとも、美夜を疎む連中には誇るほどの技術も無いのだろうが。
彼女の狙撃技術だけで言えば、上から数えた方が早い。Sランクの一個下であるAランクでも、エレノアからすれば異論はなかった。
だが故に、美夜は上級生に疎まれた。それでも彼女は滅多に弱音を吐きはしない。弱音を吐けば思う壺だと知っていたから。
フェラーリは首都高速へ乗り、学園島へ入った。センチメンタルな美夜もその頃には影を潜め、献立を次々に羅列していく。
疲れはするが、悪くない休みになりそうだ。エレノアはステアリングを握りしめながら、小さな笑みを浮かべた。
時間かかった……。
今回は更なる新キャラが登場致しました。
第四話は武装神姫二次を更新したら書きますので、暫しお待ちくださいませ。
次回もよろしくお願い致します。