緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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気付いたら最新から半年経ってました……。


030.一刻も早く

 ガソリンを給油するついでに、スタンドでオイルレベルも確認したエレノア。不思議なことにオイルの汚れや油量不足といった異状は特に見当たらず、今は大阪へ向け東名高速道路をひた走る。

 520馬力、V12自然吸気エンジンを搭載するシルバーのDBSは日本の道路でも問題無くパフォーマンスを発揮した。

 

「鈴那……」

 

 ステアリングを操りながら、エレノアは目的地で待つであろう友人を思う。美夜についても深くは知らなかった。表で笑い、内で涙を流す彼女を知ったのはつい最近だ。

 そして今度は鈴那。気付けばどこからか見ていて、情報科としてのみならず、兼科である強襲科でも成績は悪くない戦闘センスの持ち主。それが今回の事件で暗殺者にまつわる話が浮かび上がった。ボンドの娘として、友人は助け出す。必ず武偵局より先に彼女を見つけなければならない。それから彼女の過去を聞き出すしかない。彼女についても、美夜のように知らなければならない時が来たのだ。

 

 ギアを更に一段上げて六速へ。リアバンパーディフューザーから覗くマフラーは炸裂音と共に小さな火炎を吐き、DBSはより力強く加速する。

 スマートフォンホルダーは無かったが、車内には通信用のモニターを兼用できるアストンマーティン純正ナビゲーションモニターがあった。鈴那や武偵局の動きは友人たちによって絶えず報告される。とはいえ武偵局を出し抜くのだ、この行動は当然武偵校にも悟られてはならない。

 大っぴらな行動は出来ないが、武偵局がまだ動いていないという報告は入り続けている。

 

『エリー、何となくだけど嫌な予感がする。スズも大事やけど、ムリはすんなよ』

 

「するよ。少なくとも、スタングレネードの分は借りを返さないといけないから」

 

『私たちも別ルートで大阪へ向かいます。エレノア様、止めても無駄ですよ』

 

 詩乃の通信にはヘリコプターのローター音が背後に混じっていた。どうやら彼女たちは空路を使うようだ。

 止めなんてするものか。エレノアは返事をするでもなく、小さく笑うだけだった。これは彼女一人の戦いではなく、エレノアたちの友人関係にかかわる問題。大阪では全員が集合しそうだ。

 大阪府の境界を越え、エレノアは東名高速道路を降りる方向へステアリングを切った。

 

 □

 

 大阪市北区。時計の針は今まさに日を跨ごうとしている。深夜の大阪市、煌びやかなビル街を走り抜けるシルバーのDBSはラグジュアリーな雰囲気に呑まれることなく見事に調和する。

 脇道に車を停め、ハザードを点灯。ナビゲーションモニターの情報を伺うと、武偵局が行動を開始したことが記されていた。

 

「時間が無い……」

 

 鈴那は確かに、武偵高生としては能力は高いだろう。しかしプロからすればまだまだ赤子同然に違いない。

 いくら居場所を誤魔化しても、どこにいるか分からないプロの目をかいくぐれるとはエレノアにも思えなかった。時間は長く掛けられない。仲間たちは先に大阪入りし、行動を開始しているようだが首尾は良くないようだった。

 

「コンチネンタル……。詩乃が少なくとも、もう存在しないって言ってはいたけど……」

 

 結局、どの建物なのか分からない。これでは大阪といえど、まだまだ範囲が広すぎる。DBSのセンターパネルを探っていると、エレノアは一つ特殊な機能を見つけた。

 スイッチを押してみると、すぐさまモニター上にてデータの入力を要求される。

 

「まさか、鈴那を探してくれる? ……ワケ無いわよね」

 

 それでも藁にも縋る思いだ。試しに五十鈴鈴那の名前をモニターに入力すると、すぐさまデータベースを検索し始める。警察の犯罪者リスト、国外旅行者データベース、国内居住者戸籍──ありとあらゆるデータがモニターを流れていく。

 そしてアストンマーティンのモニターは武偵局のデータベースに辿り着いた。五分ほど検索し、画面にその近影を表示する。燃える炎のような赤髪に頭頂部の立派なアホ毛は鈴那本人の写真に他ならない。

 

「……よし! お願い、場所を見つけて……!」

 

 捜索する人物の確認から承諾を選択。今度はGPSを用いた位置検索や、街頭カメラの映像など次々と位置特定を行っていく。しかし、かの007の装備とはいえ鈴那も巧みに姿を隠しているようだ。結果はすぐには出ない。

 それでも、エレノアの意志に応えようとするかのようにアストンマーティンの検索システムは鈴那を探し続けた。一時間前の位置が判明し、そして三十分前の位置も判明。場所はさほど変わっていない。

 

『COMPLETE』

 

 そして、検索システムはとうとう鈴那の場所を特定してみせた。距離にして1キロメートルも離れていない。まさに至近だった。

 急がなくては、また移動されてしまえばお手上げだ。DBSのシステム経由で自身の位置情報と鈴那の位置情報を仲間たちに送信し、すぐさまアクセルペダルを踏み込んだ。

 

 辿り着いたのは、人気の無い大きな建物の前だった。

 車を降りたエレノアが見上げる限り、嘗ては絢爛な建物だったのだろう。建物の構造を見るだけでもその片鱗は感じられた。しかし、それは昔の話だろう。詩乃の言う通りか外壁の一部は朽ち、人の出入りはすでに無いように見えた。

 

「こちらエレノア、目標地点正面に到着。時間が無い──」

 

『我々は既に到着していますが、ホテルまで十分程かかりそうです。エレノア様、ご指示は?』

 

 詩乃の返答を聞いて、腕時計を確認するエレノア。目を瞑って一つ大きく息を吐く。

 

「先に突入する。詩乃は正面から後を追ってほしい。美夜、裏口を見つけて狙撃姿勢。鈴那が出てきたら足止めを。私が通過した後の正面は、あかり達に任せる。武偵局が近付いたら、やり合わずに知らせて」

 

『ご武運を、エレノア様。すぐに追い付きます』

 

 詩乃の言葉を聞き、ホテルの入口をくぐる。

 人が入らなくなって何年経つのだろうか。比較的大通りながら、内装の劣化は外壁よりもひどい。建材は朽ち、ガラスは割れて散らばっている。外部の力によるものではなく、自然に割れたのだろう。

 微かな明かりを見つけて手元を照らし、P99にアンダーマウントライトを取り付けて点灯した。そうでもしないと、壁にぶつかっても気付かないと思えるくらい暗かったからだ。

 ロビーからは嘗ての絢爛さを微かに感じる。廃墟になっていなければ、暗殺者のホテルと言われてもエレノアには信じられなかったかもしれない。

 

 周囲を警戒しながら歩みを進めるが、人の気配は無い。鈴那たちが物音を立てればすぐに気づけるほどに静かだ。逆に自身の足音にも気を遣う。自分が気付けると思うのだ、鈴那ならもっと早く気付くに違いない。

 しかし、彼女がこの建物に居るのならどこに居るのか。案内板を見つけ、フラッシュライトで照らしながら推測を立てる。

 

「現在地はロビーだから──うわ、凄い数の客室! でも鈴那は泊まりに来た訳じゃないわよね。うーん……」

 

 元は高級ホテルというだけある。小規模なホテルとは比べるべくもない数の客室に圧倒されつつ、鈴那の向かった先を推測する。

 案内板には客室への案内以外にも見受けられ、その中に上層階を示しながらラウンジと記されていた。ロビーには人の気配がない。つまり、鈴那たちはここにはいない。しかしDBSの捜索システムを信じるのなら、間違いなく鈴那たちはこのホテルにいる。

 

「行ってみるか。エレベーターが生きてれば良かったんだけど」

 

 エレノアが視線を向けた先にはエレベーターがあったが、当然のように全て停止している。上層へ向かうには非常階段しか無い。

 一段一段を踏みしめるように上がり、踊り場の度に周囲に耳を澄ませた。ラウンジは十階フロアにあるらしい。真っ暗で視界の悪い階段を鈴那たちの気配を確かめながら上っているせいで、かなり時間を取られている。

 武偵局がこのホテルを突き止めたという話は、少なくとも仲間からは入っていない。しかしアマチュアがここに辿り着けたのだ、プロにも考え付くということに他ならない。

 

「着いた」

 

 十階フロア。ラウンジはすぐそこだ。エレノアも伊達に武偵として暮らしていない、この程度で息は全く上がらない。

 非常階段出入り口を潜り、ラウンジを見つけた。

 フラッシュライトで照らした先には、巨大な窓ガラスにより町並みを一望できる立派なエリアがある。

 そしてまさに、その窓の前で大阪の街並みを見下ろす存在がエレノアの視界に入った。燃えるような赤髪はフラッシュライトによって、より明るく暗闇に映える。

 

「来たか」

 

 自身を照らすフラッシュライトにも驚く様子は見せず、鈴那は静かにエレノアへ振り向いた。

 その目には敵意もなく、かといって諦めも見えなかった。その場にいるエレノアに対し、どうとでも出られるとも感じられる雰囲気だ。

 

「君がとんだ祭り事を突然やらかしてくれたお陰でね。出店も無い、風情も無い。オマケに身内にまで疑われる始末だよ」

 

「それは済まなんだ。気が急いて、詳しい説明をする暇もなくてのぅ」

 

 まだ軽口の叩き合いで済んでいる。エレノアにも分かっているのだ。『今回ばかりは互いに撃ち合う必要など無い』ということを。問題は鈴那がこの場でどう動くか。

 エレノアが構えるP99のサイトの向こうで、鈴那は少々参ったといったような困った笑みを浮かべる。

 

「わしのためにここまで来るとは。撃ち合う必要は無さそうじゃな。用件は済んでおるし、依頼主も承諾しておる。わしは武偵局に自首するとしよう」

 

 鈴那はホルスターから拳銃をつまみ上げるとそれを放り投げ、両手を挙げて投降の意思を見せた。

 不意討ちがあるかと思い一瞬警戒するエレノアだったが、拳銃が地面を滑る中でも鈴那は動かない。気付けば、銃撃犯の少年も鈴那の横で両手を挙げていた。近くのソファにでも隠れていたのだろう。この暗闇では気付きようがない。

 

「待って、鈴那。皆、武偵局は?」

 

 インカムを手で押さえ、外にいる仲間と連絡を取る。

 

『こちら美夜、それらしい人影もオバケらしい影もなし』

 

『詩乃です。一階ロビーにて待機、遭遇した人間は無し』

 

『あかりだよ。武偵局はここに辿り着けてないみたい。ライカたちも見つけてないって』

 

 武偵局は未だ、この『過去のコンチネンタル』を見つけられていないようだ。そして、逃走ほう助が鈴那の仕業だとも知らない。このことに関しては身内にしかエレノアも話していないし、絶対に先に動けている確証があった。

 ──ならば、鈴那が無理に罪を被る必要もない。罰は必要だが。

 

「ねぇ君。鈴那を殴って」

 

「えっ!? そんな……! 『最後の金貨』を受け取ってくれた人に……」

 

 少年は明らかに狼狽える。しかし、それも今更だろう。

 

「君は一度鈴那を撃ってる。──とにかく、時間が無いわ。『君を追って大阪に来た鈴那に、廃墟で見つかり揉み合いになったが制圧されて、武偵局に連行される』には、鈴那に傷がないとおかしいの」

 

「む? まさか、武偵局はまだわしだと気づいておらんのか?」

 

「幸いね。だから早く殴られてくれる?」

 

「確かにのぅ」──鈴那はため息と共にそう吐き捨てると、少年へと向き直る。

 

「少年よ、わしを殴れ。お主が殴らねば、武偵局で疑われる。これは……この組織がわしの手で消える前の、最後の願いじゃ」

 

 鈴那がそう語って取り出したのは、二枚の金貨。察するに、一枚は鈴那の。もう一枚は少年から受け取ったものか。

 エレノアが聞く限りでも、かなり複雑な背景のようだ。一刻を争う今訪ねている場合ではない。

 少年も覚悟を決めたのかぐっと、拳を握り込むと、それを見てしゃがみ込んだ鈴那が彼の渾身のストレートをその顔面に受ける。

 

「うッ……! 効いた……」

 

 よろめく鈴那。

 本当に彼女は顔面の真ん中でパンチを受けた。流石に多少の回避はしたようだが、それでも鼻血は避けられない。しかし、それだけでは足りない。鈴那がエレノアへ視線を向けると、エレノアもまた無言で頷いた。

 

「許せよ、少年」

 

 流れた血を手の甲で拭った鈴那は、その手を握り少年の頬へ渾身の裏拳を放つ。避けようもないまま、少年は地面へ倒されもんどり打つ。

 これで『揉み合いになった』証拠くらいにはなっただろうか。あとは現場での発砲や、彼女自身が彼に撃たれている事からこの犯人に拘った理由はこじつけられる。

 

「こちらエレノア、全員撤収準備。犯人確保、武偵局には鈴那が単独で連行する」

 

 鈴那によって手錠をかけられる少年を眺めながら、エレノアは仲間たちへ撤収命令を下す。

 少年は最後まで抵抗は見せなかった。

 

 □

 

 大阪武偵局へ少年を連行したことで、プロの武偵たちには大変驚かれた鈴那。彼女が即席で組み上げたでっち上げ話も疑われることなく、少年の身柄は無事武偵局へと送られた。

 

「すまぬな、エレノアに皆も。まずは帰ろう。どうやって来た?」

 

 大阪市内某所で、仲間たちは全員が集う。

 

「エリーはクルマ、ウチらはヘリ。すぐ帰らんと、明日もガッコあるぞ」

 

 しっかりとカバーを掛けて仕舞った狙撃銃を背負い直しながら、美夜は小さな鈴那の頭をぽんぽんと優しく叩く。

「ウチが言えたこととちゃうけど、心配掛けさせやがって」──彼女は小さな声量でそう付け加えた。

 

「もうあんまり寝る時間無いけどね……」

 

 時計を見つつ、あかりが苦笑気味につぶやく。大阪入りで既に日は跨いでいた。今から帰れば、早くても早朝の太陽が拝めるか拝めないかの瀬戸際になる時間だ。

 

「とはいえ私たちはヘリで来ましたし、エレノア様のお車はツーシータ──―二人乗りですね。車を置いていくわけにはいきませんし、どうでしょうか? 鈴那様とエレノア様、お二人で帰っていただくのは」

 

 ぽん、と手を叩いて提案するのは詩乃だ。小さく傾げる首とともに浮かべた笑みは、何処か意味深にも見える。

 

「え……? でも、そうしたら鈴那も確実に明日がツライわよ?」

 

 ヘリならば大阪から真っ直ぐに東京を結べる。当然だが、時間も車より圧倒的に掛からない。エレノアからすれば自身はともかく、鈴那まで巻き込む必要があるのか。

 詩乃はエレノアの手を掴むと、彼女を一団から引っ張り出して皆に背を向ける。

 

「──私は、このまま終わりでは納得出来ないのです。帰りが車なら時間も掛かりますし、彼女の過去について訊く良い機会でしょう。車両の通信は開けておいてください」

 

「詩乃……。君も大概な趣味をしてるみたいだね」

 

「これでも元裏稼業ですよ? とにかくこれは……これからの私が、エレノア様へする『お願い』の一つになるでしょう」

 

 小さく頭を下げた詩乃は、エレノアを置いて仲間たちの元へと駆けていく。しばし悩むエレノア。

 詩乃の言う通り、車内は完全に一対一の空間になる上に時間も掛かる。鈴那を無事に連れている以上、行きほど急ぐ必要もない。

 

「鈴那は? 早く帰りたい?」

 

 詩乃の提案には乗ってもいい。むしろエレノアも鈴那の秘密は知りたかったし、鈴那は『今は何も言わない』と言っていた。

 つまり、事件が解決した今なら話してくれるかもしれない。が、まずは彼女自身の意思も確認する必要がある。

 

「お主らが何を考えているか分かっているぞ。じゃが、良いじゃろう。心配も掛けた。わしはエレノアに送ってもらおう」

 

 小さく足を踏み出し、エレノアに並び立つ鈴那。小さな彼女は、傍らに立つ金髪の少女を見上げた。

 

「分かった。じゃあ、先に失礼するね。また明日。行こう、鈴那」

 

 エレノアは詩乃たちの一団に手を振り、鈴那と共にその場を去る。

 車はすぐ近くに停めてある。遠隔でロックを解除すると、甲高い威嚇音と共に暗闇の中からハザードランプの明かりが見えた。

 

「これは……。まさか、エレノア──」

 

「うん。ジェームズの──ううん、お父さんの車だよ。さぁ乗って、帰ろう」

 

 助手席のドアを開けて鈴那を先に乗せ、車の後ろを回り込み運転席へ滑り込む。

 キーを挿し込みエンジンを掛けると、深夜には不釣り合いなV12サウンドが響いた。

 

「高速に乗ったら話を聞かせて。ゆっくりでいいから」

 

 エレノアは助手席にちんまりと収まる鈴那へ視線を配らせてから、ゆっくりと車を発進させる。

 DBSの通信回線は開いてある。今の言葉ですら、仲間には聴こえているはずだ。市内から高速道路へ向かう間だけは、二人の口数も多くはなかった。




気付けば半年です。
え、これはエタったと思われても仕方ないですね。

なかなか書く余裕が無かったのと、ちょっと周囲の環境が変わったのもあります。

さて、今回は鈴那を助けに大阪からトンボ返りでした。
たまには一発も撃たないで解決する話は必要ですよね。
次回、いよいよ鈴那の秘密も明らかに。宜しくお願いします。
暑い日が続く季節ですが、頑張ります。
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