緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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気付けば1年経ってました……


031.死神達に決着を

 

 エレノアの駆る車が高速道路に乗る頃には、ほのかに暗い空が白み始めていた。

 変わらず無線は開いているが、エレノアは敢えて鈴那に問いかけようとはしない。わざわざ訊ねなくとも、彼女は話してくれる──そう確信めいた考えがあった。

 ちらりと助手席に目を配らせるが、鈴那もリラックスした様子で流れる外の景色を眺めている。

 

「昔の話じゃ」

 

 ごとん。タイヤが高速道路のジョイントを踏み、電車のような音を一つ立てたのを合図にするようにして鈴那は口を開いた。

 

「わしらも想像が付かぬような、殺し屋の連合があったらしい。伝統を重んじ、掟に従う。逆らう者は容赦無く裁いた」

 

 鈴那の表情は特に変わらない。言葉も淡々とした語り口調だった。

 

「彼らは何処にでも居て、誰にも分からぬ。正直わしも詳しい話はよく知らぬ」

 

「そんな組織があったとして、それをよく知らないっていう君が関わる理由は?」

 

 高速道路の道は早朝ということもあって空いている。話を遮るものはない。エレノアはゆっくりと静かなシフト操作でギアを上げ、フロントで唸るV12エンジンをなだめた。

 

「わしの親戚が噛んでおった。この金貨は、その親戚が殺された時に見つかったものじゃ。道端で突如銃弾を受けたようじゃが、犯人は未だに見つかっておらぬ」

 

 手に持った金貨を一枚、鈴那はぎゅっと固く握りしめる。その表情には僅かな悲哀が滲む。

 

「良くしてくれた。もう一人の父親くらいに思っておったが……。この金貨は本来、墓に入れる予定だったものをわしが拝借した」

 

 世話になった親戚が殺された。エレノアは鈴那の話をそう噛み砕く。しかし、問題はそこからだった。

 鈴那は何も詳しい話をしようとしない。本当に知らないままだったのか? 否、それは五十鈴鈴那として考えれば有り得ないだろう。エレノアをジェームズの真相へ導いた一人でもある。何も知らないまま、何の考えもないままに今回の騒動を起こすとはエレノアにも思えなかった。

 

「結局その金貨は? 何を表しているの?」

 

「調べた話でしかないが、一種の通貨だったようじゃ。その連合の中で用いる──な。安心せい、今はもうこの世に二枚しか存在せぬ」

 

 鈴那の手の中で、金貨は二枚に重なった。銃撃犯となった少年から預かった分だ。

 

「おぬしにフラッシュバンを食らわせる前、わしは彼と取っ組み合いになった。その時にポケットから落ちるのを見てな。皆に気付かれぬよう探しておった一枚だと気付いた」

 

 二枚を左右の手に持ち、並べてかざす鈴那。どちらにも同じ刻印がされている。輝きも同じだ。どちらにもくすみ一つ無い。

 ぱっと両方を握り、鈴那は金貨を仕舞って運転席のエレノアへ視線を向ける。

 

「彼もわしのような境遇だったようじゃ。悪人を裁いていけば、いつかはこの金貨の使い道も分かる──そこの考えだけは違ったがな」

 

「放っておいたら本当に暗殺者になってたかもしれないわね」

 

「全くじゃ。学びは自己流だと言っておった。動画サイトなどで銃の扱いは学んだようじゃが……危険だったな」

 

 なるほど、とエレノアの中で合点がいった。銃撃に慣れていないような姿が見られた中で、それなりに銃が扱えていたのは近年のインターネットの進化によるものだったと。

 

「まぁ、後は大体皆が想像するような形じゃ。大阪のホテルを探し、廃墟になってることを確認し、彼から報酬として金貨を受け取る。これで最後の金貨はわしの手に収まる」

 

「……暗殺者連合の通貨なんだよね。鈴那……君は一体、それをどうするの?」

 

「破壊する。粉々に砕き、処分する。その連合自体はもう存在しておらんしのう」

 

 間を置くこともなく、エレノアの問いに鈴那はそう返した。鈴那は金貨を弄びつつ続ける。

 

「今となってはこの金貨だけが、その連合を示す存在じゃ。少年にも頼まれた。『必ずこの世から消してくれ』とな」

 

「それで消えるって確証はあるの?」

 

 車は首都高速を走り続ける。暗殺者連合の存在が消えていると、鈴那に確証はあるのか。漸く慣れた路線を走らせているものの、速度を上げる気にはならなかった。

 

「確証があるからやるんじゃ。そこはわしを信用せい。無線の向こうのおぬしらもな」

 

 鈴那の視線がDBSのセンターコンソールへ向けられる。通信デバイスは格納したままだったが、通用しなかったらしい。

 

「金貨を破壊して、それで鈴那は自由になれるの?」

 

「まぁ、幼い頃から追っておった案件は消える。おおむねその認識で良いぞ」

 

 ぐぐ、と鈴那は車内で小さく伸びをする。どれだけの期間を費やしたのかエレノアにも想像はつかない。

 気付けば陽は昇り始めていた。案内板にも学園島への車線指示が出ている。間もなく彼女たちの学び舎──帰る場所だ。ギアを落として加速しようとする前に、エレノアは鈴那を見遣る。気付けば彼女は助手席で寝息を立てていた。その姿を見てクラッチを踏みかけていた足をフットレストへ運び、シフトダウンの用意をしていた右手も再びステアリングへ戻す。

 今は急ぐよりゆっくり休ませよう。エレノアも疲れてはいたが、鈴那に比べればまだまだだ。どちらにせよ、もうすぐ目的地へ到着だ。無理に車を飛ばす必要もない。

 学園島へステアリングを切ったエレノア。時計を見れば始業まで数時間を切っていた。

 

 □

 

「それで結局遅刻してたんだ……」

 

 その日の放課後。エレノアたちはあかりの家に招かれていた。ヘリ内部で通信を聞いていたであろう友人達に仔細の説明は不要ではあったが、鈴那とエレノアが揃って遅刻した件については説明する羽目になっていた。

 

「やけに遅えとは思ってたんだよなぁ。ウチ、エリーのことギリギリまで待っとったんやぞ」

 

「その……いざ鈴那を部屋に運ぼうとするには、ちょっと腕力が……」

 

 申し訳無さそうに苦笑と共に頭を押さえるエレノア。

 学園島に着いてから、鈴那の住む寮まで彼女は目を覚まさなかった。運ぶにもあまりに距離があり、結局は鈴那が目を醒ますまで運転席で仮眠をとるしかなかったのだ。

 

「呼んでくださればお手伝い致しましたのに……」

 

 詩乃の見せる心配そうな目がエレノアにはざっくりと突き刺さるようだった。確かに半鬼とも言える彼女なら鈴那一人を運ぶくらいは余裕だったかもしれない。

 

「君は寮住まいじゃないから。呼ぶには申し訳ないでしょう?」

 

「そんなこと……」

 

「はいはい! 一旦それは終わり。鈴那は結局金貨をどうしたの?」

 

 集まりには六花も友人として同席している。年上らしく場を制すると、訊ねた。

 あかりが用意した緑茶を姿勢正しく飲んでいた鈴那はそれに応えるように一息をついた。

 

「もう使った。手元には無い」

 

 けろりとした顔で鈴那は言ってのける。間宮宅の居間は一瞬張りつめた空気に包まれる。

 場にいる皆が金貨の正体も鈴那の目的も、それをどうするかも知っている。それをあっさりと『使った』と答えられれば、動揺もするというものだ。

 

「ん……。もしやお主ら、わしが連合の為に金貨を使ったと思っておらぬか?」

 

 周囲から向けられる視線が思ったものと違うことに気付いた鈴那は逆にエレノアたちを訝しむように鋭く睨んだ。

 

「いや、あの流れじゃ普通はそうなるだろ……」

 

 ライカの突っ込みももっともで、あかりたちも揃って頷いている。それが尚更鈴那には気に食わなかったらしく、残った緑茶を煽ると冷静を極力保ちつつ語る。

 

「金貨は粉々にし、弾頭の鉛に混ぜて訓練に使った。元々血を吸った金貨じゃ意味も無く消えるのが一番良いじゃろうしな」

 

「なんだ……ちゃんと処分したんですね」

 

 志乃を初めとする面々もほっと胸を撫で下ろす。

 

「じゃから、そうすると言うたじゃろ。これで『主席連合』の痕跡はこの世から消えた。わしの肩の荷も下りたというものじゃ」

 

 あかりから緑茶のおかわりを受け取りながら、鈴那は心底安らいだように目を細める。

 

「『ババ・ヤガ』はどうなりましたか」

 

 前触れも無く、詩乃は鈴那を真っ直ぐに見据えて問う。対する鈴那は詩乃に目もくれず答える。

 

「知らぬ。わしはわしの知る限りのことしか知らぬからな。おとぎ話は信じぬことにしておる」

 

「そうですか。少し安心しました」

 

 詩乃と鈴那の会話は第三者にはさっぱり意味がわからないものだった。エレノアですら頭にクエスチョンマークが浮かんで見えるほどだ。

 

「すみません皆様。どうかお気になさらず。世迷い言です」

 

 小さくも礼儀正しく頭を下げる詩乃。結局、追及は誰からも無かった。

 

「なんだかまた疲れてきた……。あ、そういえば鈴那を追う前にワトソン先輩に何か渡されたっけ」

 

 エレノアはふと急ぐあまり気をつけて確認しなかったタブレットについて思い出す。幸い車に積んだままだった為、今も鞄にしまっている。

 女子会の最中、会話の輪から外れつつタブレットを開く。

 

『航空券の予約完了』

 

 タブレットにはそう記されていた。予約日は一ヶ月後。行き先はイギリス、ヒースロー空港。

 イギリス。そう言われて浮かぶのは、MI6本部だ。このタブレットが見つかった場所もそれを十分に裏付ける。

 

「これ、行けってことよね……。はぁ……」

 

 もうイギリスには戻らないと思っていた。まさかこのような形で戻ることになるとは思っても見なかった。

 休みを取るべきか? 無視してもいいだろうが、孤児院を出てから少しでも歳を重ねた今だからこそ知りたいこともある。特に父親に関して知るのならばこれ以上のチャンスも無いだろう。

 しかし、まだまだ時間はある。心地良い騒がしさに耳を傾けながら、エレノアは一旦タブレットを閉じた。細かい話は後だ。今はこのゆっくりとした学生らしい時間を大事にしたい。彼女はそう考えて、再びあかりたちの会話に交ざっていった。




久し振りの更新です。
少々短めですが、鈴那の背景もようやくハッキリしたのではないかと。
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