「たっだいまーっ!」
寮へ飛び込んだ美夜が玄関先で、両手を元気よく挙げつつ、開口一番に叫んだ。
美夜の明るさとは反対に、電気もなにもつけられていない真っ暗な廊下が、二人の前にはただただ広がっている。
「私の部屋なんだけど」
買い物袋を押し付けられたエレノアは、不機嫌さを隠すこともせず美夜の背後で抗議の声を上げた。
「いいじゃんいいじゃん。ほい、エリー。手紙来てるよーん」
地面に落ちていた手紙を拾い上げ、美夜は背中越しにエレノアへ差し出す。しかし、それを取る手は無く。
美夜が振り返れば、そこにはしっかり買い物袋を両手に握り締め、睨み付けるエレノアがいた。手紙など受け取れるわけがない。
「すまん」
「許す」
あまりにも重い空気を背負いすぎていた。お調子者な美夜でさえ、瞬時に謝罪する程度には。
そしてエレノアもまた、秒速で美夜を許す。食事は彼女が作るのだ、ふてくされても仕方ない。
美夜が料理を作り出すと、エレノアにはとてもではないが、キッチンは立ち入れない空間に変わってしまう。
美夜もエレノアには寛いでいるように話しており、仕方なく受け取った手紙を開いた。
「また手紙か」
何気なく渡されたが、便箋は海外郵便のもの。発送国はイギリスだ。
同じような海外郵便は過去に幾度も受け取っている。今回も普段と変わらず、様子をうかがうような手紙だった。
差出人はいつもと同じく『ドゥシャン』とあったが、変わらずエレノアには聞き覚えのない名前だ。鈴那に調べてもらっても、ヒットすらしない。
「全く……」
こんなものを寄越されたところで、感謝のしようなど無い。差出人のことは知らないし、何か世話をされた覚えもない。
いつもなら捨てる手紙。実際そうしようとしたとき、エレノアは手紙に記された異変に気付いた。
『J Koto N.26』
エレノアを気遣う手紙の最後に、そう記されていた。いつもはなかったものだ。
首をかしげ、意味を考える。キッチンから聴こえてくる音はいよいよ仕上げに入ったような雰囲気だった。
「Koto……江東? んー。Jって何?」
全くのノーヒントから繰り出された謎かけだった。クイズにもなりはしない。
「何悩んでんの?」
料理を作り終えて、食卓へ運び始めた美夜が不思議そうにエレノアを覗き込んだ。
手紙のことを話してみたが、彼女も少々大袈裟に悩むだけで、答えは導き出せそうに無いようだった。
「ま、飯食ったら頭も働くって。食お食おー」
食卓に並ぶ焼き魚定食。美夜いわく、武偵校の学食で食べてから気になっていたらしい。
彼女なりにアレンジを加えたのか、どこか洋風な味付けになっていた。
「あれ? 他の食材は?」
「冷蔵庫。使わなかったモンは好きにしていいよ」
大量に買い込んだ食材はどうやら余ったらしい。朝食分はあるが、それでもかなりの食材が余るだろう。
好きにしろと言われても困るのだが、全く料理をしない訳でもない。エレノアは魚をつつきながら、素直に礼を述べた。
食事を終え、食器を下げて食洗機に放り込み一息つく。
美夜も流石に銃器のメンテナンスを始めており、エレノアもそれに続いていた。
高精度のボルトアクションスナイパーライフルであるバリスタ。美夜は普段使いに.308ウィンチェスター弾を使用する。距離次第では.338ラプアマグナムへ換装することも考慮して、ボルトとバレルの交換は特に早い。
あっという間にシャーシフレームを分解し、オイルを注していく美夜。ふと彼女はエレノアのワルサーP99が気になった。いや、普段から気にしてはいたが、訊ねる機会がなかったという方が正しい。
「なあエリー。そのP99の刻印、なんか意味あんの? 特別仕様?」
美夜が指差したのはスライドの刻印だった。
特徴ある紋様は、リボルバーなどを装飾するエングレーブとは異なった雰囲気だ。まるで何かの組織に使われるような、そんな雰囲気。
「さあ。私がこれをもらった時、もう入ってたし」
「んー、納得いかねー!」
もやもやとした疑問が残る返答。美夜が自身の髪を掻き乱す。
「納得行かないっていったって、私だって知らないんだから仕方ないでしょ」
点検整備を終えたエレノアはP99を組み上げ、スライドを数度引いてオイルに慣らしていく。
小気味良い金属音が部屋に響いて消える。それと同時に、エレノアのスマートフォンが着信を告げた。
「今日はよく電話が鳴るなぁ」
着信は鈴那から。受話ボタンをフリックすると、すぐさま声が上がる。
『出たか出たか! んむ……もしや夕飯じゃったか?』
「いや、違うけど。さっき終わったし」
ふむ、と声を漏らす鈴那。
『美夜も一緒じゃろう。スピーカーにしてくれ、お主らの力を借りたい』
どこからバレたのか。しかし鈴那に関して言えば、考えるだけ無駄だった。
先日のCVR救出でさえ一部始終は見られていたのだ、情報科にいる彼女に隠し事は出来ない。
スピーカー出力に切り替え、テーブルへスマートフォンを置く。美夜はバリスタを組み立てつつも、注意をそちらへ移したようだった。
『明日は土曜日じゃが、すまぬがピラミディオン台場へ行ってはもらえぬか』
「ちょ、スズ! 明日休みやん!? なんで私らが行くん?」
ライフルパーツをやや乱暴にテーブルへ置くと、端末に噛みつかんばかりに身をのりだし抗議する。
電話口でも困惑の声が聴こえていたが、咳払いと共に調子を取り直す。
『単なる警備……と言いたいのだが、不審な動きがあってな。先日盗まれた密売武器も判明して、ちょっとな』
「盗まれたのは?」
『グロック19が四挺。それからシュタイアーTMPが複数』
鈴那の情報を聞いたエレノアが小さく笑った。
「随分いい銃ばかりね」
『笑ってはおれぬ。直後にピラミディオンが利用する警備会社の制服が紛失しておる。その会社がメインにしておるのが、グロック19じゃ』
なるほど、と美夜が手を叩いた。
彼女の中で物事は繋がったようだった。
「要するに、ピラミディオン台場をペテンに掛けるとか、何か良からぬことをしようとしてるアホがいる。それもとんでもない規模で」
「でも、ピラミディオンへ何をしに? カジノでしょう?」
『カジノには何が集まる? 答えは単純、金じゃ』
鈴那はさらに言葉を紡いでいく。
『先輩方が大立回りをしてから、ピラミディオンも変わった。最新型の地下金庫セキュリティシステム、金属ドア……その奥にはいつもはち切れんばかりの金がある』
「……決行される日は?」
『わからぬ。明日頼みたいのは、その辺りの偵察も含めておる。南野先輩に衣装を頼んでおくから、CVRへ寄ってからピラミディオン台場へ行ってくれ』
事件の匂いがあるのはエレノアも美夜も理解はした。しかし、折角の休みを潰してまで一年である彼女たちを利用する意味がわからない。
「私らを使う理由は何?」
美夜が端末に向かって問う。エレノアが彼女へ視線をくれると、ライフルが組み上がっているのがわかった。
『一年は警戒されづらい。わしらはひよっこじゃからな、犯人が仮にお主らに気付いたところで、一年程度しか動いていない──としか思うまいよ』
「……わかった。美夜も連れて明日行くけど、鈴那たちは?」
『南野先輩は別な車で。わしはカメラ映像のチェックじゃ』
仕事は決まってしまったようだ。恐らく、鈴那側でピラミディオン台場へ警告はしているのだろう。
武偵校からも依頼受諾のメールが二人へ届いた。これで、武偵として公認の仕事になる。
通話を終えると、美夜はすぐに机へ項垂れた。
お陰で休みは潰れてしまった。武偵として事件を見逃すことはしたくないものの、休みは休みとしてゆっくりしたかった。それはエレノアも同じだった。
週末の特権、ちょっとした夜更かしも無しである。
「しゃーねー。風呂入って寝よか」
「だから、ここ私の部屋なんだけど。ルームメイトいたら怒鳴られてるからね?」
呆れるエレノア。とはいっても、やることは美夜の言う通り程度にしかない。
夜も更けていく中で、仕方なくエレノアは項垂れる美夜に従った。
今回の事件、もしかすると「おや?これは?」と思ってしまった方もいるのではないかと……。
はい、モデルにしてます(笑)
次回はガーリーエアフォース二次の後になるかと。
次回もよろしくお願いいたします?