東京、台場。夜の帳が下りても、この場所はいつも明るい。
ピラミディオンと呼ばれる、ピラミッドのような建物の合法カジノが出来てからは尚更だ。
エレノアが駐車の順番待ちをする周囲の車も、とてつもない高級車ばかりになっている。フェラーリにメルセデス・ベンツ、アストンマーティンなどなど。
フロントウィンドウ越しに見えるリムジンには、先輩である六花が運転手付で乗っていた。エレノア、美夜の二人もまた、無用な警戒心を客に抱かせないよう、指定されたドレスに着替えている。
銃撃戦は想定されていないが、武偵校制服に使われる防弾繊維が編み込まれた特注品だ。そういった事情もあって、美夜も今回は目立つ狙撃銃を置いてきている。
黒いワンピースタイプのドレス。その太股に、FNX-45ピストルだけを装備する。スカート部分でホルスターごと隠れるため、下手な動きさえしなければ見つかりはしない。いざとなればスリットを作れるよう、ジッパーも隠されている。
そして同じようにエレノアもまた、深紅のドレスにP99ピストルのみだ。年相応ではないと騒いだのだが、エレノアもハーフ。見た目だけで言えば、その辺りの男の目すら引いてしまう。
「いい? 美夜。銃は無し」
「あいあい。分かってるって、チャカにナイフは無しやろ。エリー、車。前出せ」
順番が回ってくる。走り去っていくリムジンにあわせて入り口へ488ピスタを乗り付ける。
完全停止と共に、六花と目があったエレノア。六花はまばたき信号で先へ行く旨を告げ、巨大なカジノへ足を踏み入れる。
バレーパーキング式のピラミディオン。美夜とエレノアで車を降り、駐車係へ鍵を渡す。引換券を受け取って、二人は漸く現場入りを果たした。
広い店内は水の演出も使われた、豪華絢爛で涼やかな空間だ。
チップの交換は事情を説明し、スキップ。あくまでもビジターになりつつ、二人は広大な空間から異変を探さねばならなくなる。
「すっげぇ。こんなん私、映画でしか見たことないわ」
見渡せばあちこちでルーレットやポーカー、ブラックジャックなどに興じる客がいる。騒がしい歓声に、チップのぶつかる音が混じり合う感覚は、美夜には不思議としか表現出来ない。
慣れないドレスを気にして浮き足立つ美夜。対するエレノアは冷静で、すぐにロビーへ下りていく。
「行くよ、美夜。南野先輩とは一旦別で、私たちも探さなきゃ」
振り返り、手を差し伸べるエレノア。明るい照明にさらけ出された白い肌、青い瞳。金色の長い髪がさらりと揺れる。
すらっと長い指に綺麗な手。それが真っ直ぐに、美夜へ向けられていた。
「なんか、ズルいわ」
「何が?」
思わず見とれてしまった自分を戒めつつ、美夜はその手を取った。ほんのりと暖かい手が、美夜の手を優しく握り締める。
「ボンドガールってこういうことなんかな」
「だから、私は違うって」
「にしたって、慣れてへん? もうちょい落ち着かない感じしないん?」
「何でだろ。別に何も? ドレスもサイズいい感じだし」
どうやら答えにはならなさそうだ。美夜は嘆息しつつかぶりを振る。
ピラミディオンロビーを抜けた二人は、スロットコーナーを通過する。無限に現金を呑み込むこの機械は、カジノを知らない二人からすれば得体の知れない怪物だ。
「そういえばさ」
美夜がふと、右を歩くエレノアへ声をかけた。
「なんかあるかもしれないってなら、閉鎖すりゃええんと違うの?」
美夜の話も尤もだ。
強盗とは人の目が多いこの場で口には出せないが、強盗に狙われているのは事実。
それでもピラミディオンは恐らく普段と変わらずに営業しているのだろう。行く先々で、二人は人をかわして歩かなければならなかった。
「閉鎖すれば向こうが感づく。そうしたら、ターゲットは別な場所になる。それなら分かりやすくピラミディオンを使った方が良いでしょ」
「ふーん。それは武偵の考えだな」
「勿論。要請あるから手を出し、無用な被害は極力出さない。悪は逃がさず、必ず捕まえる。今回はやり方分かってるし」
犯人は恐らくバックヤードを抜ける。二人の歩く先にスタッフオンリーの扉があった。
セキュリティカードが必要なタイプだが、近くの関係者に声をかければ手を貸すと、条件には含まれている。
そこで詳しい情報を洗う。六花は念のためカジノエリアを捜索し、鈴那へ情報を送る手筈だ。
スタッフルームへの扉に辿り着き、二人はそれぞれ分かれて関係者を探した。
幸いピラミディオンは広大な敷地に充分なスタッフを配置しており、苦無くバックヤードに入り込む事が出来た。
扉が閉まると、一気に喧騒とは掛け離れた重苦しい空気に包まれる。通常営業のようで、バックヤードは巡回警備が増えているようで、訝しげにエレノアたちを追い掛ける視線もあった。
「出入り口は金属探知機、監視カメラは多数か」
警備員に紛れつつ、美夜は周囲の状況を観察。一通りのセキュリティシステムは揃えられていた。
通常なら侵入する気も起きないような数のカメラに、巡回まで。それを抜ける手段を向こうは用意しているのか。
「警備会社の制服が盗まれてるし、紛れる気なんだろうけど……」
エレノアが呟く。セキュリティシステムは厳重だ。
銃撃戦で突破すれば大騒ぎになるし、見つからずにピラミディオンへ近付くのも至難の業。となれば、関係車両で裏に乗り付ける手段しかないだろう。
ならば、それがあるとすれば? エレノアは近くの警備員へ身元を明かしつつローテーションを訊ねる。
「えっと、近々貴方の会社で警備人員の入れ替えだとかあったりしませんか?」
エレノアの問いに、警備員の男は暫し視線を泳がせつつ、だが思い出したのか声を上げた。
「確か、金庫室の定期メンテナンスだよ。うちの人員が、作業員についていくことになってるな」
その答えに、エレノアが美夜へ振り返る。美夜もしっかりと頷いた。
「その警備員、名前は?」
「いや、その時に行ける人間が行くことになってる。勿論、身元示せるようにカードはあるが。こんなのさ」
警備員は首に提げた社員証を見せる。
だが、盗まれたのは
「その定期メンテナンス、いつですか?」
「明後日だな。その頃には業者とうちのスタッフとも顔は合わせてるだろ」
エレノアの中で、かちりとパズルのピースがハマった。
忠告をすべきか迷う。忠告をすれば、間違いなく警備員が厳戒体制に入るだろう。下手をすればピラミディオンも閉鎖されかねない。
警備員が急に増えれば、犯人も怪しむ。だが、伝えないのは正義ではない。
「強盗の話は聞きましたか?」
「ああ。だから、こうしてる」
「もしかすると、その金庫室のメンテナンスが狙われるかもしれません。ただ、私たち武偵としてはここで犯人を捕まえたい」
エレノアは拳を握りしめ、警備員へ訴えた。
「だから、このままで居てください。明後日には私たちも任務で付きます」
「それを聞かされて、俺個人で『はい、そうしましょう』とはな……」
「ピラミディオン側とこちらの人間は既に話をしています。今の状況も、仲間は見ていますから」
エレノアは自身の胸元を親指で指し示す。
既に状況はピラミディオンに回されているはず。盗みに入るには、そこしかない。
「私たちは一旦引き上げますが、警備は緩めないでください」
「勿論だ」
エレノアは美夜と共に、バックヤードを後にする。
スタッフオンリーの扉からピラミディオンカジノエリアへ戻り、スマートフォンを取り出した。
ロックを解除すると、同時にメッセージを受信する。送信者は鈴那だった。
『ご苦労じゃったな。ピラミディオンとは現在協議中で、今夜には結果も出るじゃろ。我々は引き上げじゃが、エレノアは一度わしと会ってくれ。報酬を渡そう』
依頼自体はさほど難しいものではなかった。むしろ本番は明後日、恐らく強盗が入る当日といえる。
しかし、鈴那の記す報酬とは何なのか。エレノアは訊ね返すが、応答はなかった。
「エリー、美夜ちゃん。終わったみたいね」
純白のドレスを着こなす六花が二人へ合流する。
「話は行きましたか?」
「えぇ。明後日でしょう? CVRでは手出しできないから、あなた達に任せちゃうけど」
「問題ないです。私たちは帰りますが、南野先輩は?」
「またリムジンよ。一応、そういうロールだから……。またね」
ひらひらと手を振り、六花はカジノエリアから去っていく。
エレノアは美夜と顔を見合わせ、その後を追うようにピラミディオンを後にする。今はすることもない。カジノに興じる依頼ではないし、むしろ今は準備が先だろう。
引換券を駐車係に渡して、車を待つ。
車へ乗り込んで、台場を出る頃には美夜は少々眠そうに船を漕いでいた。
「美夜、学園島着くよ」
「ん……。りょーかい、ちょっとエリーの部屋で休ませて。少ししたら帰るし」
「わかった。私は少し出掛けるから、自由に使って」
「ん」
美夜からの返事は単純だった。寝息を立てているようにも聴こえる。
学園島への出入りに、エレノアはちょっとだけ気を遣いつつ車を運転して帰った。
□
美夜を自身の寮まで連れていき、それから鈴那が指定した広場へ。
首都高速に向けて巨大な看板があるこの広場は、もっぱら武偵同士の私闘のリングにされている。
強襲科も履修する鈴那にそんな場所へ呼び出されて警戒するが、彼女は騙し討ちをするような人間ではない。報酬が何か、それはまさに今現れた彼女が明かそうとしていた。
「鍵の謎が解けた。ほれ、今回の報酬は謎の鍵の答えじゃ」
鈴那がエレノアへ放って寄越したのは、長年使い道もわからず放っておいた鍵だった。
新しく鍵には質素なメモホルダー兼用のキーホルダーが付けられていて、鈴那の物であろう殴り書きが為されていた。
『江東区、26番倉庫』
読みづらい字ではあったが、解読は可能だ。そして、その字の並びにエレノアの記憶が既視感を生む。
「江東……N26。ナンバー26……そっか、倉庫の答えだったんだ」
「そのようじゃな。わしは手紙までは見とらんが、それを残したお主の父親は、流石に業を煮やしたのではないか? いつまでも解き明かせないものだから」
「仕方ないじゃない。でも、それじゃあ『J』は何?」
エレノアへ届いた手紙には、その答え以外に記された文字があった。
Jとただ一文字。
「行けばわかるじゃろ。少なくともわしは、驚きはしなかったが。行け、エレノア」
「……ここに答えがあるの? Jの答えが」
「行ってみてのお楽しみじゃ。時間も遅い、行くなら早く行くか明日へ回すかじゃぞ?」
既に日は沈み、日付すら跨ごうとしている。
エレノアには、もはや日を改める余裕は無かった。488ピスタに乗り込むと、やや乱暴にアクセルを踏み込む。
砂利を飛ばしながら急発進した車を遠目に見送りつつ、鈴那は呟く。
「本当に、こんなことがあるんじゃな。付いてきて正解か……。のう、エレノア」