緋弾のアリア-ボンドの娘-   作:鞍月しめじ

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008.ダイバロワイヤル

 強襲科での一悶着を終え、エレノアとミサキは体育館を後にする。

 おっと、と何かを思い出したのかミサキは足を止める。

 

「ピラミディオン台場だっけ? 次は」

 

 ぞわりとエレノアの背筋を寒気が走り抜けた。なぜ赤の他人であるミサキが、武偵の次の依頼について知っているのか。

 

「どこでそれを?」

「私もただの女じゃないよ? 007を日本で補佐したのは、私の母親だし」

 

 けろりとした雰囲気でミサキは明かす。どうやら、ただ単にエレノアの父の知り合いというわけではなかったようだ。

 

「ただまぁ、最近いろんなところで盗みが起きてるからねー。嫌でも耳には入るよ」

 

 ミサキはエレノアの一歩先を行くと、手を振りそのまま歩き去ってしまった。

 自由気ままな女だ、とエレノアは思う。

 とにかく明日はピラミディオン台場での依頼になる。様々な専門科参加の下、何としても強盗を止める。

 エレノアは父親からのプレゼント、V8ヴァンテージでカジノへ潜入することに決めていた。

 本来ならば外で待った方が良いのだろうが、エレノア個人の戦闘能力を鑑みてそういう作戦になっている。

 

「……これ、任務で使ったりしてないかな」

 

 ふと、エレノアはV8ヴァンテージの車内を見渡して呟いた。

 007の映画は有名だ。しかし、まさか英国諜報機関の活躍がそのまま世に出ているとは思えない。とはいえ、彼女に渡された車もその映画で使われている。

 アームレスト部にスイッチパネルでも仕込まれていないかと思ったが、特にそんな事もなく。

 

「バカみたい」

 

 世に出回る『ジェームズ・ボンド』がカバーストーリーであったとしても、知ったものかと込めつつ、エレノアは吐き捨てる。

 車はゆっくりと走り出す。寮へ向かって。そして明日行われる任務へ向けて。

 

 □

 

 ピラミディオン台場、夜九時。

 建物の裏口は全て武偵が張っている。美夜が狙撃銃を構え、狙う扉は一番重厚で大きく、重要な意味を為していることが一目で判る。

 

「警備車輌一台。ターゲットじゃない、一人だけ」

 

 近くのビルからじっとスコープを覗く美夜。高所の風が彼女の黒いショートボブを揺らす。

 彼女の相棒、バリスタは台場の街の明かりを受けて鈍く輝く。しかし、決して反射はしない。反射止め加工によって、明るく色が変わる程度だ。

 

 場所は変わり、ピラミディオン台場店内。

 変わらずきらびやかな空間に、強襲科の生徒たちも紛れている。特別製の防弾スーツに防弾ドレス、年齢はともかく浮いてはいない。

 

「全く。裏口から入るって分かってるのはいいけど、本当にこれでいいのかしら」

 

 少々不機嫌そうな緋色の髪をした少女。不相応に小さな背丈だが、立ち居振舞いは良く出来ている。

 神崎・H・アリア。彼女の血が分かる一面でもある。

 エレノアは展示台に置かれた高級車、ブガッティの側で周囲を探索していた。

 

『ジャガーが一台、私が張ってるポイントAに接近』

 

 美夜からの通信に、エレノアが小声で返す。

 

「そんな裏口にジャガー? 怪しすぎでしょう」

『ありゃあ確かXKRだな。……通り過ぎた。気のせいかな』

 

 特に異状があった訳でもなく、再び警戒体制へ戻る武偵たち。

 途中、何度も警備会社の車両は何台も出入りしている。美夜もその都度通信は入れていたが、未だに怪しい車両は現れない。

 武偵入りがバレたか、と空気も変わろうとした時だった。

 

『来た。警備員三名、それから別なスタッフ二名。──セキュリティメーカーの制服』

 

 美夜の報告で、武偵たちに緊張感が走る。

 残念ながら車ごと内部に入ってしまうため、美夜が狙撃して止めることは出来ない。狙うならば外に出る時だ。

 そして現行犯を取るために、盗みはさせる。相手もわざわざ正面から脅かして入るのではなく、手間のかかる裏口を選んだのだ。無用な殺しをして、見つかる危険性を上げるのは避けるだろうと武偵たちも踏んでいた。

 

「美夜、私は外に出る。それから近くに怪しい車がないか探して」

『了解』

 

 足早にエントランスを通り抜けるエレノア。途中、アリアとすれ違う。

 軽く会釈して通過。ピラミディオンを出て、他所に隠していたV8ヴァンテージに乗り込みピストルを準備する。

 相手もバカではないだろう。何時間も強盗に時間は掛けないはず。安全装置は幾重にも掛けられているのだから、やるならば一瞬だ。

 

『警報だ! フェイルセーフに掛かったぞ!』

 

 エレノアのインカムからけたたましい警報音が漏れる。武偵たちも動き出したらしい。

 V8ヴァンテージのエンジンに火を入れ、追跡に備える。刹那、美夜からエレノアへ交信があった。

 

『ポイントA、XKRが張ってる。狙えない』

「わかった、私が行く」

『こちら強襲科チームA! 強盗が発砲してきたッ! 警備の車両でトンネルから外に向かってる!』

 

 事態は混迷を究めている。エレノアはV8ヴァンテージのギアを入れ、アクセルペダルを強く踏み締めた。

 

『こちら美夜。ポイントAにて、戦利品をジャガーに積み替え。エリー、狙うのはジャガーだ』

「わかった。美夜はヘリへ移って上から狙って」

『あいよ。互いにミスらずいこーな』

 

 勿論、とエレノア。

 重たい車体を暴れさせながら一般車の隙間を抜けていくと、明らかにスピード域の違うスポーツカーが視界に入った。

 ジャガーXKR。エレノアの70年式V8ヴァンテージよりも新しく、まともに張り合っては勝負にならない車だ。

 

「おっ……!?」

 

 エレノアがXKRに接近すると、乗員からの発砲に見舞われる。TMPサブマシンガンの銃弾をフロントガラスにまともに受けたが、流石007のプレゼントか。傷ひとつ付きはしない。

 よほどの重火器でもなければ問題ないと踏んで、エレノアはXKRのリアへフロントノーズを近付ける。だが、少しの直線で簡単に引き離されてしまう。

 300馬力オーバーのV8エンジンも、500馬力オーバーのスーパーチャージャー付V8エンジンの前では勝負にならない。

 

「回り道もないし……ヘリはまだ掛かる。このままじゃ見失う……!」

 

 XKRのテールはどんどん離れていく。

 まもなく見失うだろうという時、純白のスポーツカーが二台の間へ滑り込みXKRの追跡に加わる。

 グラマラスな流線型に、戦闘力をありありと示すようなゲート型リアウィングが良く目立っている。音もV8二台とは異なる、直列六気筒の甲高い唸りだ。

 

「あれは……まさか、トヨタ3000GT? いったい誰が……」

 

 エレノアが疑問を浮かべると、まるでそれを理解していたかのように運転席から手が振りだされる。

 ドライバーはミサキだ。なにはともあれ、トヨタスープラベースの改造車ならば、XKRとも勝負になるかもしれない。

 

「狙撃科各チームへ、白のスポーツカーは味方。射撃禁止、繰り返す。射撃禁止」

 

 通信を入れ、エレノアは更にアクセルを強く踏みしめる。

 スープラと並ぶように走り、XKRの後を追う。荷物は積み替えられている、逃がすわけにはいかない。

 加速では追い付けない。銃撃も止まず、市街地に於ける二次被害の危険が高まってきている。エレノアは必死に考えを巡らせるが、なにも浮かんでは来ない。

 

 個として生きることは互いに望んだ。だがしかし、父ならどうするのだろう? 

 かの『007』ならば、この状況をどう覆す? 

 

「右に曲がる……ならっ!」

 

 XKRは右折しようと姿勢を変えていた。エレノアは更にその内側をまっすぐ突き抜けるラインを描き、公園を突っ切って追跡車両の横っ腹に車を突っ込ませる。

 フルスピードで押し出されたXKRはコントロールを失い、エレノアの車両共々スピンしながら車道を滑っていく。

 

「しっかりしろ私……車輌科だろ!」

 

 アウトオブコントロール。エレノアの視界はぐるぐると回っていた。壁が近い。

 しかし、彼女はそのままアクセルペダルを踏み直してリアタイヤをスピンさせる。

 抵抗が生まれたことでスピンが止まり、V8ヴァンテージは小さく前進した後にブレーキ操作によって停止する。

 

『エリー動くなよ』

 

 インカムに無線が飛び込む。上空にはヘリコプターが待ち構えていて、キャビンの扉を開け放ち、美夜が狙撃銃で狙っている。

 瞬間、リズミカルに二発の銃声が夜空に轟いた。音の主は美夜のバリスタだ。XKRの車内から、手首を押さえて転がり出てくる強盗犯。

 

「おっと、逮捕逮捕!」

 

 エレノアも一瞬どこかへ意識を飛ばしていた。慌てて我を取り戻し、手錠をかけていく。

 多少無茶もあったし、V8ヴァンテージに関してはフロントのダメージが痛々しいが直せないレベルではない。

 なにはともあれ、事件はこれで終わりを告げた。

 ミサキの姿はもはや無かった。助けに入ったのか、野次馬に来たのかこれではわからない。しかし、悪意がなかったのは事実か。

 エレノアは自身の実力不足を痛感すると共に、先人の知恵を借りることを心に決めた。




ミサキが乗って来たのは伝説のTRD3000GTです。
選んだのにも理由があるのですけど、カッコいいですよね。
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