オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

10 / 119
第10話 真面目な場所に出せるマスクが無い

「あの、本当にありがとうございます! あのままだと、私だけじゃなくて妹も殺されるところでした!」

 

 エンリ・エモットがモモンガに対して頭を下げている。

 モモンガにしてみれば、弐式が助けようとしている村の住民らしいので助けたまでなのだが、礼を言われて悪い気はしない。それに人化した状態で初めて会った現地人が、割りとモモンガの好みに近い……ドストライクはアルベド……美少女だったので、悪い気どころか機嫌は良くなっていた。

 

(なんだ、俺も結構やるじゃん)

 

 だが、鼻の下を伸ばしていては軽く見られてしまう。

 そう判断したモモンガは、咳払いをしてから周囲を見回した。

 人化したヘロヘロが居て、恐らく異形化している弐式も居る。

 そう、弐式炎雷が居るのだ。この事実によるモモンガの歓喜は留まるところを知らない。今は人化しているので喜びっぱなしなのだ。  

 

(いけない、いけない。喜びすぎて立ち眩みしそう)

 

 他に居るナザリック関係者と言えばアルベドとナーベラルだが、一度、ナザリックに戻った方が良いかどうか。モモンガは下顎に手を当て思案した。死の支配者(オーバーロード)でやると恐ろしげだが、今は電車待ちのサラリーマンが昼食の予定を思案しているようにしか見えない。

 

(待てよ。弐式さんは村の住民を救っていたな。騎士を何人か確保したって言うし。帰りたいのは山々だけど、これは村人に恩を売るチャンスかも知れないぞ!)

 

「弐式さん! 捕まえた騎士というのは、今どこです?」

 

「村の中央の広場だよ! 助かった村人も集まってる!」

 

 弐式がナーベラルを抱きしめたまま返事をする。ちなみにナーベラルの顔は真っ赤だ。

 

(いつまでハグを続けるつもりなんだろう……)

 

 モモンガはジト目になったが、弐式の現状はさておき、今から広場とやらへ行くこととする。暴虐の騎士共を締めあげ、村人に詫びさせたり国の司法機関へ突き出すのだ。そうすることで村人からの好印象を稼げるし、国家機関からの心証も良くなるはず。

 この方針についてヘロヘロと弐式に相談したところ、双方ともが了承した。

 

「すみませんね、弐式さん。本当はナザリックに戻って、ヘロヘロさんと弐式さんの歓迎パーティーでも開きたいんですが」

 

「俺は後回しで全然構いません。今は取り込んでますし、俺の方でもちゃんとしたとこで話したいことがありますから。ササッと片付けちゃいましょう。……ってゆうかナザリックって、ナザリック地下大墳墓のこと!? ギルドホームもこっちに来てんの!?」

 

 驚く弐式を見て、モモンガとヘロヘロは顔を見合わせ笑った。

 そう言えば、発見した弐式の元に駆けつけ、遅れてアルベドとナーベラルが来ただけだ。ナザリック地下大墳墓については何も説明していないままだった。

 

「ええ、ナザリックも……それにNPCらも一緒ですよ? と、そろそろ行きますか」

 

 モモンガは皆と共に村の広場へ行こうとする。が、大まかな方向しかわからない。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で上から見たのと、転移先で自分の目で見るのとでは、方向感覚が違うようだ。<転移門(ゲート)>を使う手もあるが、この短距離で使うのも馬鹿馬鹿しい。

 

(弐式さんに聞けばいいか。分身体が広場に居るそうだし)

 

「弐し……」

 

「あの! 私が御案内します! も、モモンガ様!」

 

 礼を述べた後、ここまで黙っていたエンリが挙手しながら言う。そのすぐ隣りで「あたしも案内する!」とネムも手を挙げているのが何とも可愛らしく、ヘロヘロと弐式がニコニコしていた。もっともナーベラルは不服そうにしていたし、モモンガにしてみるとアルベドがずっと無言なのも何だか怖かったが……。  

 

「そ、そうか。村娘の君なら適任だな。頼もう。それと……ちょっと待ってくれ」

 

 先程からエンリにモモンガと呼ばれていることで、モモンガは何となく気恥ずかしいような気分になっていた。

 モモンガ。それは、ネズミ目(齧歯目)リス科リス亜科モモンガ族に属する小型哺乳類の総称だ。いわゆる小動物であり、キャラメイク時に適当に付けた名である。使用しているモモンガ自身は割りと愛着があるのだが、ユグドラシルのゲームをまるで知らない美少女からその名で呼ばれると、何だか恥ずかしく感じられるのだ。

 

(しかも、名前に威厳とか無いし!)

 

 モモンガは近くに居たヘロヘロと弐式を手招きして呼ぶと、ひそひそ話を始める。

 

(「俺の名前なんですけど。これからユグドラシルと関係ない相手に名乗ることが多そうですから。対外的に改名しようと思うんです」)

 

(「俺的にはモモンガさんって呼ぶのが慣れてますから。今のままで良い気がするんですけどね」)

 

 改名に賛成しない風の弐式が言う。これが割りと胸にジンときたので、モモンガは「ありがとうございます」と嬉しそうに返した。しかし、反対されてしまったので改名案は却下になるのだろうか。

 が、ここでヘロヘロがモモンガに対して発言する。

 

(「でも、これからナザリックの長……顔役で表に出るなら、確かに立派に聞こえる名前は必要でしょうねぇ。こっちの人達が動物のモモンガを知ってるかは不明ですけど。何か、新名候補はあるんですか?」)

 

 聞かれたモモンガは胸を張った。

 アインズ・ウール・ゴウンを代表して他者に名乗るのであれば、これ以上は無いと言う名前があるのだ。

 

(「あります。アインズ・ウール・ゴウン。ギルドの名で名乗りたいんです。どうでしょう? 有名になればギルメンの耳に入るかも知れないし、名前が三つに分かれてて偉い人みたいでしょ?」)

 

 この提案を聞き、弐式とヘロヘロは諸手を挙げて賛成する。

 

(「なるほど、ギルド名とは考えましたね。いい宣伝にもなるし。第一、うちのギルド名は格好いいですからね!」)   

 

(「モモンガさんらしからぬナイスチョイスだと思いますよ。……変な名前だったら、ジュッとやって正気に戻って貰うとこでしたが」)

 

 何やら失礼な声も聞こえるが、これで決まりだ。

 モモンガは振り向くと、黙って様子を見ていたエンリに向けて宣言する。

 

「ああ、すまないな。仲間と相談をしたんだが、今後、私はアインズ・ウール・ゴウンを名乗ることとする。本名はモモンガだが、そういうことにしておいて欲しい」

 

「はあ。はい、わかりました! 立派なお名前ですね!」

 

 一瞬、呆気に取られたエンリだが、すぐに明るい笑顔で頷いた。隣りでネムもコクコク頷いている。もっとも、ネムぐらいの幼女になると、口約束を守れるか怪しいのが気になるところだ。

 

(エンリはともかく、ネムの方は制限を組み込んだ記憶操作でもしておくかな)

 

 割りと物騒なことを考えている。

 そういう自覚はモモンガ自身あるものの、口止め的なものと思えば許容範囲か……と判断していた。現実(リアル)の頃のぶくぶく茶釜や、やまいこ辺りが聞いたらゲンコツで殴られそうだが、残念なことに今のモモンガを叱れる人物は近くに居ない。

 このように人化した状態であっても、少しばかり死の支配者(オーバーロード)側に意識を引っ張られているモモンガなのであった。

 一方、ヘロヘロと弐式はどうしていたかと言えば、エンリのような美少女にギルドネームを褒められたので御満悦である。そして彼らの様子を見たモモンガもまた、御満悦であった。ただ、このことでアルベドとナーベラルの……エンリ達に向けられる……視線が、より一層キツくなったのだが、モモンガ達は気づいてはいない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が広場に到着すると、そこには大勢の人間が揃っていた。

 まずカルネ村の住人。人数は八〇人ほどだろうか。弐式が村に辿り着いたときに感知したところでは一二〇人と言ったところだった。となると、騎士らの襲撃で四〇人ほど殺されたことになる。居合わせている生き残りの村人にしても、大なり小なり負傷しているのが見えた。

 

(後で下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)を配ってみるか。好感度アップだ! ……どの程度の負傷まで治るかの実験もしたいし)

 

 低レベルと思われる村人の体力は、どの程度のものなのか。ユグドラシルではHPを五〇回復できるポーションを村人に使用した場合。腕や脚の欠損を治癒できるものなのか。

 それらの点についてもモモンガは大いに興味があった。

 

(村人のHPが最大一〇だとして、五〇点回復のポーションを使えばどんな大怪我でも治るのか? レベル一〇〇プレイヤーの腕一本と村人の腕一本。必要な治癒点数は同じなのか?)

 

 同じかどうかで、ギルメンが重傷を負った際の対応が違ってくる。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)で村人が腕一本治癒しても、ギルメンの腕は治癒点数五〇では足りないかも知れないからだ。

 

(たぶん、同じじゃないんだろうな~)

 

 次にモモンガが目を向けたのは、襲撃してきた騎士達だった。

 弐式の分身体三体に囲まれる形で集められ、大地に腰を下ろして項垂れている。鎧はそのままのようだが、一応、剣や短剣等の武器類は剥がされ、離れた場所で積み上げられている。

 その人数は全部で五人。

 村の片隅には一〇人ほどの騎士の死体があり、これまた武器類と同じで積み上げられていた。森で倒した騎士の実力からすると、弐式の分身体ならば殺さず捕縛できたろう。だが、何人かは手加減を誤るか……もしくは腕試し的に殺したのだろうとモモンガは推察していた。

 弐式には『腕試しによる殺人』の意図は無かったので、本人が聞いたら幾分気を悪くしたに違いない。

 

「弐式さん。村人達は弐式さんが集めたんですか?」

 

「いんや? 分身体からの報告だと、エモットさん……ああ、俺に寝床を貸してくれた親切な人ね。彼が皆に呼びかけて集めたっぽいね。分身体の近くに居る方が安心だと思ったみたい」

 

「なるほど……。友好的な村人が居るわけですか」

 

 モモンガとしては第一発見村なので、可能ならば友好的に接したい。情報だって得たいし、弐式からチラッと聞いた……聞いたこともない王国の側で、ナザリック地下大墳墓を維持していくためには足がかりが必要だ。

 

現実(リアル)じゃ社畜で底辺サラリーマンだったけど、この状態だものな。簡単に他人様の風下に立ちたくないし。ヘロヘロさん達やナザリックの皆のことだってある。上手くやっていかなくちゃ!) 

 

 この村の住人と弐式が友好関係にあるなら、まさに好都合。とにかく場を収めて村長あたりと話をしたいが……。

 

(問題は、俺が死の支配者(オーバーロード)ってことか。アンデッドが相手じゃあ友好的にとはいかないよな……)

 

 人化すれば済む話……とはいかない。

 何故なら、人化すると身体能力が低下するからだ。体感的にレベル三〇と言ったとこだろう。これは捉えた騎士達を軽く薙ぎ倒せるレベルであるが、それでも心許ない。と言うのも使用できる位階魔法もレベル三〇相当になるからだ。良くて第五位階魔法を使える程度だとモモンガは推測する。

 

(最大火力が<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>とかじゃ不安なんだよ~)

 

 人化を解けば第一〇位階どころか超位魔法だって使えるが、それだと死の支配者(オーバーロード)の顔をさらすことになるのだ。村人を怯えさせるのは得策では無かった。

 

(幻術は見破られる恐れがあるし、そもそも触覚を誤魔化せない。手っ取り早いのは骨の部分をアイテムで隠すことだけど……)

 

 肋骨や、腹部に仕込んだ世界級(ワールド)アイテムのモモンガ玉。これらはローブの前を閉じれば隠すことが可能。腕は手持ちアイテムの手甲(ガントレット)、増力効果を有するイルアン・グライベルがあるから、これで大丈夫なはずだ。

 問題は顔。マスクや仮面類を用いて隠すことになるが、マスク類のアイテムとなると、モモンガは一つしか持ち合わせていない。

 

(嫉妬マスクか……。使いたくないな~) 

 

 ここに居るのが現地民とNPCだけなら、モモンガは嫉妬マスクを着用したかもしれない。だが、今は使用したくない……何故ならヘロヘロ達には言いたくない理由があるからだ。

 ……。

 

「弐式さん。いま、何か仮面のようなアイテムを持ってますか?」

 

「あるけど……どしたの? モモンガさん?」

 

 面と布を下ろし、今は顔を隠している弐式が首を傾げた。

 

「いえ、人化できるようになって人間種の前に出られるのは良いんですが。レベルが……」

 

「ああ、なるほど。人化するとレベルが下がるよね~。モモンガさんもか……。でも、異形種が人化の腕輪で人化したらレベル下がるって、ユグドラシルでもありましたよね?」

 

 言いつつ弐式がアイテムボックスを探っている。

 彼が何か適当な仮面アイテムでも持っていれば、それを着用し、手にはイルアン・グライベルをはめる等の先程考えたプランを実行するのだ。これで完璧なはず。顔を隠すのはマイナスポイントかも知れないが、不測の事態に対応可能な状態で、村人と話ができることだろう。

 しかし、弐式が取り出したマスク類を見てモモンガは肩を落とすことになる。

 ひょっとこ面、おたふく面、能面、般若面、バッタマスクライダーのお面。あと、邪悪で悪そうな忍者面が幾つか……。

 

「うぬぅ。真面目な場所に出せるマスクが無い……」

 

「俺。忍者だよ? それっぽいのばかり持ってるのはポリシーだし」

 

 その割りには特撮ヒーローの面が混じっているが、それは何故かとモモンガが問うと、「たっちさんに貰ったんですよ。ほら、あの人、バッタヒーロー好きだから」とのこと。

 納得だが、そうなると手持ちの面類を使用するしかないのだろうか。

 

(結局、嫉妬マスクになるのか?)

 

 怒ったような泣いたような、見る者によっては切なさを感じさせるマスク。そして入手経緯が、クリスマスにユグドラシルで入りびたりだと強制入手というものだから、ユグドラシルプレイヤーに見られたら笑われること必至である。

 

(腹をくくって嫉妬マスクで行く? 後日、別のに変えるという手もあるしな。でも、やだな。着けたくないな……)

 

 短期間でマスク交換すれば、「今日はこんなマスクを付けたい気分なんです」で通せるかもしれない。しかし、その手法についてモモンガは気が進まないものがあった。顔を売って覚えて貰うのが営業職の本能だからである。そして何より、嫉妬マスクを使用するのが嫌だ。

 

(どうしよう……)

 

「モモンガさん。ちょっとぐらいなら幻術でいいじゃないですか」

 

 暫し考え込んでいると、ヘロヘロがモモンガに提案してきた。

 

「幻術で顔を作れば高位魔法を使えますし、村人も顔のことで怯えません。見破られる可能性は……あるかも知れませんが。触られないように注意することと……」

 

 ナザリックから増援を呼んで、村全体を魔法的結界やバフ魔法で包むという手がある。攻性防壁に一手間加えるわけだ。長期の結界等設置は難しいが、短時間なら問題は無い。この場を凌げばナザリックに戻り、人化顔を再現できるマスクアイテムを作成する手もあるだろう。

 それだ! モモンガと弐式は大きく頷く。

 幻術を見破られる可能性。そこは確かに不安に思うも、襲撃してきた騎士の低レベルさを考慮すれば、まずは安心して良いだろう。

 捕らえた騎士か、元より村内に幻術を見破れる者が居たら破綻する計画だが、その時は……もう、その時のことだ。別の方針を考えれば良い。

 

「決めました。幻術で人化顔を作ることにします。弐式さん。アルベドに言って結界等の用意をさせてください」

 

「オッケー」

 

 弐式が離れていく。

 モモンガはフウと一息つき、エンリから身体ごと顔を逸らす形で異形化した。次いで幻術により人化顔を構築。これにより、モモンガは見た目は人間種でありながら、魔法使用の制限はなくなった。

 

(服の前を閉じて手にはイルアン・グライベルをはめて……と。いや~、嫉妬マスクを着けることにならなくて、ホント良かったよ~)

 

 一人で居たなら絶対にしない判断に行動だったが、モモンガは大きく安堵する。

 

(だいたいさ。ヘロヘロさんと弐式さん。二人とも作成NPCが女性で、しかも仲良さそうだし。そんな人達に挟まれて嫉妬マスクなんか着けられるわけないっての!)

 

 つまりは、それが本音でありヘロヘロ達には言えない……嫉妬マスクを使いたくない理由であった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エンリとネムに先導される形でモモンガらが広場に踏み込むと、皆の視線が集中する。

 村人も騎士も、そして弐式の分身体も、すべての視線がモモンガを見ていた。

 そして、すぐに弐式やヘロヘロ、アルベドらにも視線が向かうが、最も気になるのはモモンガであるらしい。

 一行の真ん中を歩いているので、文字どおりの中心人物として認識されたようだ。

 サワサワと話し合う声が聞こえてくるが、それがどよめきに変わる。騎士達を囲むようにして立っていた弐式の分身体三体が、モモンガに向けて片膝を突き、頭を垂れたためだ。

 

「弐式さん……」

 

「演出だよ。え・ん・しゅ・つ」

 

 アルベドとの打ち合わせを終えて戻っていた弐式が、茶目っ気たっぷりに言う。しょうがない人だな……と思うも、この場で談笑するわけにもいかず、モモンガは咳払いをして集められた人間達を見回した。

 

「はじめまして。皆さん。私は、アインズ・ウール・ゴウンと言う。旅の魔法使いとでもしておこうか。仲間を探して森に入ったら、村が襲撃されているのを見てね。そこの面を着けた友人に連絡をつけて手助けさせ……私も騎士を倒していたわけだ。ちなみに探していた仲間は彼なので、御心配には及ばない」

 

 これを聞き、村人らからは「おおっ!」という安堵や喜びの声があがり、五人居るだけとなった騎士達からは「奴が敵の首魁か!」といった声が聞こえる。多少癇に障る声だったが、モモンガは「首魁とか、時代がかった物言いだな」と思いつつも気にはしていない。

 どちらかと言えば、アルベドとナーベラルが騎士らの声に反応していたが、モモンガと弐式らで押しとどめている。

 

「まあ、負け犬の遠吠えだ。気にせずともよい」

 

「ですが、モモンガ様。あの下等生物らの言い様は不敬に過ぎます。耐え難き苦痛の後に死をくれてやるべきかと」

 

 アルベドが食い下がった。ナーベラルは不満げでありつつも引っ込んだのだが、アルベドはモモンガ達を首魁呼ばわりされたことが許せないらしい。

 

「至高の御方と呼ぶべきなのです!」

 

(それ、俺達のことを知らない人に一発目から言わせるのって不可能じゃない? それに下等生物って……。アルベド、人間が嫌いなのかな?)

 

 見た目が超好みな美女の過激な言い様。モモンガは少しばかり引いてしまう。一方、アルベドはなおも続けようとしたのだが……。

 

「第一……っ。いえ、モモンガ様。少し興奮したようです。お見苦しいところを御覧に入れました」

 

 唐突に冷静さを取り戻したアルベドが詫びてきた。

 それはまるで、アンデッドの精神安定化のようだ。

 サキュバスにその様な特性があったかどうか。記憶にないモモンガは首を傾げたが、人間達への話が途中であったことを思いだし、意識を前方に向けた。

 

「さて……村長は、どなたかな? 色々と話がしたい。その騎士共の処遇や、その他諸々……。そう、色々と聞かせて欲しいのだが……よろしいか?」

 

 そう述べたところ村人の中から初老の男が立ち、怖ず怖ずと前に進み出る。騎士達の方はと言うと、指揮官らしき男が甲高い声で文句を言っていたが、モモンガは聞かないことにした。

 とはいえ、アルベドとナーベラルが再びキレそうになったので、やむを得ず麻痺(パラライズ)を使い指揮官を黙らせている。殺しても良かったのだが、アルベドらの反応を見るに、少し吠え立てられたからと言って人を殺すのは、どうも重みに欠けるような気がしたのだ。

 麻痺状態のまま転がしておくと失禁脱糞する恐れがある。しかし、自分に敵対的な人間が恥を掻くことなど、モモンガは気にとめる必要性を感じなかった。この判断により、モモンガは暫く後に後悔することとなる。

 

「では、アインズ・ウール・ゴウン様。狭苦しくて恐縮ですが、私の家へどうぞ」

 

 村長が自宅を協議場として提供してくれた。

 騎士達については弐式の分身体が見張りを続け、他の村民らは一先ず解散とした。ただし、自由に帰宅して良いとはならず、村長からの指示によって負傷者の治療や死体の回収……埋葬を行うこととする。

 ここにモモンガはナーベラルを加え、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポ-ション)の配給を行わせることにした。

 このポーションはユグドラシル製のアイテムで消耗品だが、費用がかかるとは言え追加作成できる品だ。先程も考えたことだが、村人の好感度アップを狙いつつ、回復実験を行えるなら、安いものだとモモンガは判断している。

 事実、このポーションで回復した村人は、村内で先頭を切ってモモンガ……アインズ・ウール・ゴウンを崇めていくことになるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガとヘロヘロ、それに弐式。三人が村長宅に入る際、アルベドは私用があると別行動を申し出ている。短時間で戻ることも付け加えると、モモンガ達は快く了承した。

 至高の御方の護衛任務について、ナーベラルが別行動を取っている時点でアルベド一人が残るのみ。そのような時に御方のみで護衛無しの状態を作る。しかも私用で。これは本来、ナザリックのNPC観点で言えば万死に値する大罪だ。

 そこを理解できないアルベドではなかったので、彼女は併せて謝罪している。対するモモンガは「短時間ならば大丈夫だ」と言い、弐式は「俺達がモモ……アインズさん? を護るから大丈夫だよ」と笑って掌をヒラヒラ振っていた。

 

「感謝いたします……」

 

 至高の御方の御厚情に激しく感動したアルベドは、瞳を潤ませながら深くお辞儀をする。

 なお、ヘロヘロが「お花摘みですかね?」と小さく言っていたことについては、敢えて反応を示してはいない。

 

「ヘロヘロさん。デリカシーが……」

 

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を持ってなかったかな?」

 

 弐式とモモンガの呟きを背で聞きながら村長宅を出たアルベドは、周囲を見回し、ある人物を探した。それはアルベドが下等生物と蔑む一個体。

 エンリ・エモットだ。

 どうやら彼女はモモンガの歓心を買ったらしい。アルベドはアルベドでモモンガにアプローチし、彼女(アルベド)的に忌々しいことだが、シャルティアもモモンガにアプローチしてる。にもかかわらず、エンリに対するモモンガの反応が特に良かったのは、どういうことなのか。エンリ自身のモモンガへの好意的な反応も気になるが、重要なのはモモンガについてである。

 その謎を解明しなければならないとアルベドは考えたのだ。

 

「居たわね……。ねえ、そこの貴女……」

 

 水の入った木桶を運んでいたエンリを発見し声をかける。エンリは何か驚いた様子だったが、木桶を持ったまま駆けてきた。

 

「はい! 何か御用ですか!?」

 

 間近まで来たエンリは、何処か嬉しげにアルベドを見上げている。

 

「私の顔に……何か気になることでも?」

 

 首を傾げたところガチャリと甲冑が鳴った。その様子を見たエンリは、顔を左右にブルブル振って言う。

 

「いえ! 違うんです! お声が綺麗だな……って。女の人だというのは解るんですけど、そんな凄い鎧を着て……尊敬します!」

 

「あら? ありがとう……」

 

 自分にとってゴミでしかない人間種。その雌から褒められたところで、アルベドの心は小揺るぎもしない……はずだったが、この時の彼女は、どことなく照れ臭い気持ちになっていた。

 それは、同じ男性を意識する同性としてシンパシーを感じているのであるが、この時点でのアルベドは気がついていない。同様の存在としてシャルティアが居るが、こちらはアルベドに対して攻撃的であり、シンパシーよりも敵愾心が湧く相手なのだ。

 

(現状、上手くあしらえてる感じだけど。すぐに噛みついてくるし……)

 

「それと、お顔ですけど……鎧を着ているので、よく見えません」

 

「そう、そうだったわね……」

 

 恥ずかしげではあるものの悪戯っぽくエンリが言うので、アルベドは何となくではあったが肩の力が抜けるのを感じている。

 

(私、人間種相手にムキになっていたのかしら? 普段、シャルティアの相手をしているからかしらね。まあ、話がし易い相手ではあるようだし。聞きたいことを聞くことにしましょう) 

 

「少し……お話があるの。お時間を頂けるかしら?」 

 

 

◇◇◇◇ 

 

 

 怪我人の傷を洗うための水。

 それを運ぶ手伝いをしていたエンリ・エモットは、漆黒の甲冑を装備した女性に呼ばれ、足を止めた。

 女性とわかるのは、声が女性のそれだからだ。

 モモンガに助けられた後、非常に美しいメイド服の女性と共に出現したが、その時点で戦闘はほぼ終了していたため、アルベドと呼ばれる女性が戦う姿は見ていない。だが、このような全身甲冑を身につけ、軽々と行動しているのだから強いのだろうとエンリは考えていた。

 

「じゃあ、ついて来なさい。それほど時間は取らせないわ」

 

 少し立ち話をした後、エンリはアルベドによって誘われている。行く先は……村長宅の裏手だ。柵を乗り越え、茂みの向こうへと移動する。要するに連れ出されたわけだが、エンリは特に危険を感じていない。先程話したアルベドの声からは、敵意を感じなかったからだ。

 

「この辺で良いかしら……」

 

 アルベドの眼には潜んだ影の悪魔(シャドウ・デーモン)が見えていたが、彼女は視線の指図によって悪魔らを遠ざけている。勿論、エンリには見えていない。

 

「さてと、お話をするのに(わたくし)だけ顔を隠すというのは失礼だったわね」

 

 そんなことを言うので、エンリは「お、お気遣いなく! そのままでどうぞ!」と言おうとした。しかし、最初の「お」を発音したところでアルベドがヘルムに手を伸ばし、カチャリと音を立てて脱ぎさってしまう。

 

 ふぁさり……。

 

 最初にエンリが知覚したのは、黒く長く広がる……艶やかな髪。

 次に頭部を額冠の如く多う、巨大な角。

 最後に、そして先の二点よりも心奪われたのは、同性のエンリをして胸をときめかせるほどの美貌。

 ナザリック地下大墳墓、守護者統括。アルベドの素顔だった。

 

(綺麗……ううん、綺麗なだけじゃなくて……。ああ、私じゃ上手く言えないよぉ。それに何だか……)

 

「女神様みたい……」

 

「女神?」

 

 つい声に出してしまったことを聞かれ、エンリは顔を赤くする。アルベドのキョトンとした表情が、更に羞恥心を煽った。

 

「いえ、あの……その……」

 

「光栄だけど。このような角をした(わたくし)が女神に見えるのかしら?」

 

 手で頭部の角を触っている様が、妙に可愛らしい。

 だが、本人の自己評価が低い……と思い込んだエンリは、ギュッと拳を握りしめ断言する。

 

「私からすれば女神様です! だって、お美し……いんだもの……」

 

 途中から失速したのは、アルベドの視線が再度自分に向けられたためだ。

 目の前の美を具現化したような女性と比べて、自分はいったい如何ほどのモノなのだろう。そう思うと、何だか自分が惨めに思えてくるのだ。

 しかし、そんなエンリの視線を上げさせる一言をアルベドは放った。

 

「ありがとう。嬉しいわ。でもね……貴女も十分、綺麗よ……」

 

 ハッと顔を上げるエンリの瞳を、自らの視線で射貫きつつアルベドは花のような笑みを浮かべる。

 

「それで、お話というのはね。モモ……いえ、アインズ・ウール・ゴウン様のことなのだけど……」

 

 守護者統括に与えられた高い知能と、サキュバスの話術。

 その前に抗しきれるはずもなく、エンリは多幸感に包まれながら聞かれたことについて答えていくのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「くふふっ……」

 

 会話終了の後にエンリを解放。ポウッとなったままの彼女を残し、一人村長宅前に戻ったアルベドは小さくほくそ笑んでいる。

 

(なるほど……。人化しているときのモモンガ様は、女性との接近や接触に敏感。検証としては人間種一個体だけのデータだけど。これは良い情報だわ!)

 

 本来の自分であれば、興奮した物言いと乱暴な行為でエンリを怯えさせていたかもしれないが、先程の尋問……ではなく、ガールズトークは上手くいった。

 人間種ごときに愛想良く振る舞うのは業腹極まるが、欲する情報を得るためであれば躊躇うことはできない。それに……やはりエンリ・エモットに対して嫌悪感は無い気がする。

 

(わたくし)……本当に、どうしたのかしらね)

 

 やはり、モモンガに変えられた影響だろうか。

 傍目にはホンの一瞬。だが、アルベドは脳内にて高速の長考を行った。

 

(そもそも人間種ごときがモモンガ様に対して、憧れや好意を抱くなんて。おこがまし……いえ、まあ敬愛するのは良いことだわ。でも、(わたくし)より貧相な身体でモモ……シャルティアよりはスタイルが良いのは認めないと。だけど、このままエンリがモモンガ様の正妃に……モモンガ様の御意思が重要よね)

 

 確認がてら考えてみたが、やはり妙である。

 つい先頃……玉座の間にヘロヘロが出現したすぐ後の事。モモンガによって命令を与えられ、玉座の間を後にした時にも思ったことだが、どうもモモンガのことを絡めた思考で感情が昂ぶると、一気に精神が安定化するようなのだ。

 とはいえ、前に気にした時よりも、少し違う精神安定だった気もする。

 

(徐々にだけど、モモンガ様に関連しない思考でも、感情の高ぶりが抑制されるようになっている! でも……心なしか緩やかになったような……)

 

 自己分析は進むものの、決定的な解答を得られない。

 アルベドは正面に見えている、粗末な木造の扉。その向こうに居るであろうモモンガに視線を向けた。

 

「一度、モモンガ様にお伺いするべき……なのかしら?」

 

 どのような意図を持って、どのような変化をお与えになったのか。

 不敬かも知れないが、守護者統括として自身の変化は把握しておくべきだろう。しかし、それをするのはナザリックに戻ってからでも遅くないことだ。今はモモンガの護衛の任に戻らなくてはならない。

 アルベドは表情をキリリと引き締め、扉をノックしようとした。

 そこへ背後より声がかかる。

 振り向くまでもない。影の悪魔(シャドウ・デーモン)だ。

 

「……何か報告が?」

 

 そう言ってアルベドが小脇に抱えていたヘルムをかぶると、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は跪きながら報告を開始する。

 

「はっ。実は、村に近づく武装した集団を発見したとナザリックから連絡がありました。この村には夕刻に到達する見込みとのこと。如何いたしましょうか?」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 ヘロヘロです。

 

 次回予告は、基本的にギルメンで回して、たまに他のキャラで……おっと、そうそう、予告でした。

 カルネ村の襲撃犯達は、おおむね捕縛しましたが、見どころのある人というのは居るものです。現地人を雇用するってのはありでしょうね~。

 モモンガさんは首を傾げてるようですけど……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第11話

 

 モモンガ『弐式さん、彼は犯罪者ですよ?』

 

 モモンガ「でも、弐式さん達が良いなら良いのか……」

 ヘロヘロ「それ、ネタバレですよね~」

 




ヘロヘロさんに現実(リアル)で彼女が居なかった理由が垣間見える回かも。
気づかいにエスコート。どっちも出来るがデリカシーに欠ける部分がある……みたいな。

次回は物差しさん登場です。彼が来る以上、続いてニグンさんらが登場する予定なのですが。死亡キャラ生存となるか。

……その前にベリュースとロンデスですね。今のところ生存してますが、まだまだ未定です。

<誤字報告>
忠犬友の会様、ありがとうございます。ホント、この機能便利。

<特設! 誤字報告 第10話分>
忠犬友の会様、アイリス4様。ありがとうございます
正直言って、まだあったの!? と言う気分でございます
投稿前の手入れで2回、素で3回ぐらい読み返してるのですが……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。