オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第108話

 タコ頭の異形種……タブラ・スマラグディナが、ナザリック地下大墳墓の第九階層を歩いている。

 

「さてさて、モモンガさんの椿(つばき)の花が落ちることに……なるかな?」

 

 椿の花が落ちるというのは、花が丸ごと落下するため、首が落ちるようにイメージされ、死を意味することが多い。一方、漫画等の古典的表現においては、女性が処女を失う比喩として用いられることもある。なお、男性が喪失側に回る場合でも使用されることがあり、今のタブラは……。

 

「モモンガさんの『童貞喪失』に向けて使用したわけだね~」

 

 と、このように思い、かつ独り言を垂れ流していた。

 考察であったり思いついた設定を話して聞かせるのは、タブラの数多くある趣味の一つである。一人で通路移動している今は、聞かせるギルメンもNPCも居ないため、それが独り言として漏れ出ているのだ。

 

「今のモモンガさんにとって、すでに交際中のアルベドは手出し不可な異性じゃないし。そもそも創造主である私の許可も取ってるしね~……。デートだってやってたし……。アルベドの方から迫っても逃げたりしないかな……。うん?」

 

 歩きながら、人間であれば下顎のような部位に手を当てていたタブラは、前方に人影を認めた。一人ではない。十数人ほど居るようだ。

 

「あれは……確か……」

 

 タブラは、アイテムボックスから使い捨てのアイテムを一品取り出す。それを使用すると、姿は見えず、音も発生せず、ある程度の魔法探知を無効化することができる。

 つまり、一定時間、自身の存在を隠蔽するというアイテムなのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エクレア・エクレール・エイクレアーは、立ち上がったときの全高が一メートルほどの……イワトビペンギンである。

 黒ネクタイを、人間で言うところの裸ネクタイスタイルで着用し、ナザリック地下大墳墓においては執事助手(副執事長)を務める異形種(バードマン)だ。

 その執務において清掃を重要視する彼は、現在、執事服に目出し帽姿の男性使用人数名と、臨時派遣された一般メイド数名を前に、清掃開始前の訓示中である。

 

「いいですか、皆さん!」

 

 エクレアは、モモンガ達がかつて居た元の現実(リアル)で言えば、アニメで勇者役が務まりそうなキビキビとした声を張りあげた。

 

「ナザリック地下大墳墓を維持するにあたり、軽視してはならないのが清掃です! 一に清掃、二に清掃、三四がなくて五に清掃! ナザリックは、美しく清められているのが当たり前! そのように心がけてください!」

 

 言ってることはいささか極端だが間違ってはいない。男性使用人や一般メイドらは真剣な表情で頷いたが、続く言葉がナザリックの(しもべ)としては大いに間違っていた。

 

「いずれ、この私がナザリックを支配するときのためにねぇ……」

 

「イーッ!」

 

 黒い表情と低い声で言うエクレアに対し、男性使用人らが声をあげたが、一般メイドらは思い思いの方向に目を逸らして溜息をついている。 

 エクレアの『ナザリック支配発言』は、ナザリックの(しもべ)にとって許しがたい、万死では足らないほどの大罪だ。にもかかわらず溜息と嫌悪の表情だけで済んでいるのは、エクレアの言動が創造主……餡ころもっちもちによって設定されたものだと、皆が知っているからである。

 至高の御方の定めたことは絶対。

 それは理解できるが、心情的には良いものではなかった。

 メイド達は、エクレアには聞こえないよう囁き合う。

 

(「ねえ? 毎回、呼び出されるたびにアレを聞かされるのって、ストレス溜まらない?」)

 

(「我慢するしかないでしょ? でも、もしアレが至高の御方のお耳に……」) 

 

「やあ、頑張ってるね?」

 

 突如、声がした。

 それは、すぐ近くから発せられたもので、男性の声だ。囁き合っていたメイド達だけでなく、他のメイドや男性使用人、更にはエクレアまでもが辺りを見回しだす。 

 

「どこ? 今の声は何処からです?」

 

「ここだよ、エクレア君」

 

 次に声が聞こえたのは、エクレアの頭上かつ後方。

 言葉をなくしたエクレアが、呆気に取られた表情のまま頭上を仰ぎ見ると、そこには姿を現したタブラ・スマラグディナが居た。タコ顔の目をギョロギョロ動かしながら、背後よりエクレアを見下ろしている。

 

「タブラ……スマラグディナ様……」

 

 エクレアが目を見開いたまま、くちばしを大きく開いた。

 一般メイドや男性使用人達は姿勢を正して一礼したが、顔面蒼白となっている。

 至高の御方が目の前に居るのだから恐れ入るのは当然として、問題は、先程のエクレアの発言を聞かれたかどうかだ。 

 場の空気が一気に硬直したが、タブラは気にならない風でエクレアに話しかける。

 

「ちょっとしたアイテムで姿を隠してたんだよ。黙って近寄って悪かったね。弐式さんや、たっちさん。建御雷さんあたりなら気がついたかな? それはそうと……」

 

 早口で話していたタブラが、ズイッと顔の高度を下げる。

 

「何やら興味深いことを言っていたようだね。エクレア君? ナザリックを支配する……だっけ?」

 

 その場の硬直した空気。そこに零度以下への低温化が加わった。

 至高の御方によって定められた使命……設定とはいえ、ナザリックに対する支配宣言を、よりにもよって別の至高の御方に聞かれてしまったのだ。許されるはずがない。

 それが、ただ側で聞いていただけだとしても同罪だ。この場に居るすべての者に、死を超える苛烈な罰(存在価値の喪失判定など)が下るのではないか。

 (しもべ)達の緊張が、呼吸困難の域に達しようとした、そのとき……。

 

「え? はい、タブラです」

 

 エクレアを見下ろしていたタブラが姿勢を正し、こめかみに指を当てる。

 どうやら、<伝言(メッセージ)>が届いたようなのだが……。

 

「はい、はい。ああ、あのドロップ品のこと? 確か、私の私室に在庫があったはずで……ええはい。それでは後で届け……」

 

 <伝言(メッセージ)>通話を続けるタブラは、一瞬、エクレアを見た。

 表情が読めないタコ顔の視線が、なんとなくだがニヤリと笑ったような気がする。少なくとも、エクレアはそのように感じていた。

 

「……届けようと思ったんだけど、時間はあります? 今、第九階層に居る? それは良い! 今から<転移門(ゲート)>を展開するから、こっちに来て貰えると嬉しいなぁ……と。あ、かまわない? では、<転移門(ゲート)>オープン!」

 

 言い終わるや、タブラは<転移門(ゲート)>を詠唱、発動する。

 広がる暗黒環。そこから出てきたのは……。

 

「いや~、すみませんね。タブラさん。俺の部屋にあるかと思ってたんですけど、どうも使い切ってたようでして」

 

「失礼シマス。タブラ・スマラグディナ様」

 

 半魔巨人(ネフィリム)の武人建御雷。そして、その被創造物であるNPC、コキュートスだった。

 暗黒環から出てきた建御雷は、通路にタブラ以外の者……(しもべ)達が居るのに気づき、サッと皆を見回した後でタブラを見る。

 

「エクレアが居るってことは掃除途中だったか? 邪魔しちまったかな?」

 

「通路を歩いてて、それで出会(でくわ)しただけなんだけどね。清掃の邪魔と言えば邪魔だったかな?」

 

 建御雷の発言を受け、タブラが言いながら(しもべ)達を見た。その視線を受けた(しもべ)達は、一斉に顔をブンブン横に振る。

 

「ふ~ん……」

 

 建御雷は小首を傾げたが、<伝言(メッセージ)>で話していたアイテム関連の話題を切り出す前に、この通路に呼んだ理由を確認した。

 

「何かあったんですか?」

 

「いやね、エクレア君が面白い発言をしていたものだからさ」

 

 (しもべ)達に電流走る。

 タブラは建御雷に対し、エクレアの『ナザリック支配発言』を伝える気なのだ。

 何かこう、想像を超えた恐ろしいことが起こるのではないか。

 問題発言の主……エクレアだけでなく、居合わせた(しもべ)全員が、恐怖により再度硬直する。

 

「それでね……」

 

 (しもべ)達の状況を無視し、タブラは建御雷とギルメン同士の会話を展開した。

 

「建御雷さんは、餡ころもっちもちさんから聞いたことがあるかな? ほら、エクレア君の例の設定で……」

 

「お? おーっ! ありましたね! ナザリック支配を目論む……でしたっけ?」

 

 昔を懐かしむ建御雷の声は……実に朗らかだ。

 怒っている様子など微塵もないので、(しもべ)達は「あれ?」と思い始める。

 

「面白いよね。制作時の書き込みが、ここまで影響を与えているだなんて。アルベドを見ている分には、そこまで気にしてなかったけど。いやはや、他の人の制作NPCを見てると興味深いものだよ」

 

 タブラが頷いていると、建御雷は傍らのコキュートスと目の前のエクレアを見比べた。

 

「言われてみると……。なるほど、他人さんの制作NPCか……。いや~マジッすわ。コキュートスを見てる分には、そういう感覚がわからんですね。だって、俺にとっちゃ普通で自然なんだもの!」

 

 ガハハハハと笑う建御雷が、コキュートスの肩の辺りをバシバシ叩く。コキュートスは戸惑った口調で「ア、アリガタキ幸セ? デス?」とコメントしたが、何となく嬉しそうであるのは感じ取れた。

 

「さて……」

 

 タブラは、二人の様子を見て何度か頷き、改めて頭を下げてからエクレアを見下ろす。この時点のエクレアは、すでにタブラに向き直っていた。それでも身長差があるので、見上げるのは変わっていない。

 

「エクレア君は……今後もナザリックの支配を目指すつもりなんだね?」

 

 そう問われたエクレアは、我に返ると右翼……フリッパーを胸に当て、生唾を飲み込んだ。そして、少し震えた声で宣言する。

 

「も、もちろんです! これは我が創造主、餡ころもっちもち様から与えられた大切な使命。怠るわけにはまいりませんとも!」

 

 己が創造主から与えられた使命。

 そうだとしても内容が内容だけに、それをタブラや建御雷の居る前で宣言するのは、死に値するほどの苦悩があり、同じくらいに勇気が必要だったことだろう。

 緊張のあまり涙目となったイワトビペンギンを見ていたタブラは、エクレアを見下ろす姿勢を止めて背筋を伸ばし、建御雷を見た。

 

「……とのことです。建御雷さん」

 

「くっくっくっ。いいねぇ、大したもんだ。そうでなくちゃ。餡ころもっちもちさんも喜ぶだろうよ」

 

 そうして二人で含み笑いをし、頷き合う。

 

「では、エクレア君。今後も、そのように頑張りなさい」 

 

「期待してるぜ? 挑戦なら、いつでも受け付けるからよ?」

 

 それぞれがエクレアを激励する言葉を残し、コキュートスを伴って去って行く。

 エクレア達は、タブラらの後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラと建御雷が通路で立ち話をしている。

 コキュートスのみ、先にタブラの部屋前に行かせており、そこで待機を命じていた。

 よって、今は二人だけでの……盗聴防止アイテムを使っての立ち話中だった。

 

「タブラさんは、エクレアのアレ……成功すると思ってないですよね?」

 

「思わないねぇ」

 

 タブラは建御雷の質問に即答する。

 エクレアの言う『ナザリック地下大墳墓の支配』が、ギルメンを打倒し、ナザリックの頂点に立つことを指すのなら、万が一にも成功することはあり得ない。

 

「現時点だと、合流済みギルメンの過半数がエクレア君の味方について……その味方にモモンガさん、たっちさん、ウルベルトさん、ぷにっと萌えさん、弐式炎雷さんが入ってたら、成功するのかな?」

 

 建御雷が入っていたら……と言われなかったことで、建御雷は幾分気落ちしたが、タブラの言ってることは納得できるので敢えて反論しない。

 

(たっちさんが居なかったら、俺の名前が出たかな?)

 

「ふ~ん、フム……」

 

 タブラは、建御雷の心情に気がついていた。だが、敢えて触れることなく話を続けている。

 

「エクレア君は……実際にナザリックを支配する気はない。いや、違うか。支配する気はあるけど、実行する発想は彼から出ないだろうね」

 

「へぇ、どういうこってす?」

 

 面白そうに聞く建御雷に、タブラは思うところを語って聞かせた。

 つまり、エクレアは餡ころもっちもちの定めた『ナザリックの支配を目論む』を忠実に実行している。

 心の底から真剣に……目論んでいるだけなのだ。

 

「餡ころもっちもちさんは、支配を目論んだ先、ナザリックを支配した後でどうするかを設定してないと思う。そうなると、モモンガさんに設定を書き換えられたアルベドと少し似た感じさ。支配は目論むけど、我々ギルメンに対する忠誠心との兼ね合いで、実行策を思いつかない。……思いつこうとしない。無意識にね」

 

「なるほどねぇ……。じゃあ、エクレアは放置でいいですね?」

 

 建御雷としては、ナザリック支配を狙って本当に反逆してくれても面白いと感じている。しかし、餡ころもっちもちの制作NPCを相手に、本気の命のやりとりをしようとまでは思わない。

 

(エクレアのアレは、見て面白がってるぐらいで良いのかもな)

 

 建御雷の意見に同意したタブラは、今の一件についてギルメン会議にかけることを相談すると、二人でコキュートスが待つタブラの部屋へと移動を再開するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 去って行くタブラ達の姿が見えなくなり、エクレアは胸を張る。キリリとした表情は、いつにも増して自信に満ちあふれていた。

 

「さあ、お掃除をしますよ! 私がナザリックの支配者となる日のために!」

 

 男性使用人は「イーッ!」と応じ、一般メイド達は一礼する。

 先の宣言時と違うのは、一般メイドの嫌悪感がそれほどでもなくなっていること。

 何しろ自分達の見ている前で、タブラ・スマラグディナと武人建御雷……至高の御方二人が、エクレアの『ナザリック支配宣言』について好感を示したのだ。その効果は大きく、一般メイドらの「不敬! だけど我慢せざるを得ない!」という心情を「不敬! だけど、まあ仕方ないのよね?」に変貌させている。

 

「はい! では始めてください!」

 

 これまでの清掃とは違う少しゆるい……しかし、厳粛ではある空気の中、(しもべ)達はエクレアの号令に従って清掃を開始した。

 この日以降、エクレアは更に大きな声で『ナザリック支配』を口に出すことになる。

 しかし、時折遭遇するギルメンが面白がってエクレアの言動を肯定するため、やがて他の(しもべ)達は大して気にもとめなくなったという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層の一室。

 テーブルや椅子が配置されていないガランとした部屋で、三つの人影が集まり、何やら話している。

 

「アルベド? 私はね、弟みたく、下世話なエロ話をするんじゃないのよ? それで……モモンガさんとは、まだ、してないのよねぇ?」

 

「ひっ……」

 

 ピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜がズイッと前に出て、アルベドが後退する。至高の御方の醸し出す圧を感じ、アルベドは大いに怯えた。

 

「そ、そうなの……ですが……。あの……ぶくぶく茶釜様? (わたくし)は、次の……アインズ様とのデートの行き先について、茶釜様に御相談を……」

 

 そう、茶釜は先程「ベッドイン作戦」などと言ったが、アルベドが持ちかけた相談内容は、そうではないのだ。

 弱々しく訂正するアルベドに対し、茶釜はブフウと音を立てる。どうやら溜息をついたらしい。

 

「あのね? デートなんてのは、いつでもできるの。だから、その話は後でよろしい」

 

 茶釜は続けて言う。

 アルベドは、モモンガの交際相手となったナザリックで最初の女性だ。

 外部ではエンリ・エモットやニニャなども居るが、正式に交際した者としてはアルベドが一番手と言って良い。

 ゆくゆくはモモンガの第一夫人になるのだから、早くモモンガとベッドインした方が良い。と言うか、茶釜やルプスレギナからすれば早くベッドインして欲しい。

 

「ぶっちゃけた話、後がつかえてるのよね~……。ルプスレギナも、そう思ってるんじゃないの?」

 

「え? は、はひゃい!? そそ、そんにゃことは~……」

 

 いきなり話を振られ、ルプスレギナが声を裏返らせた。豊かな胸前で人差し指を突き合わせ、視線は左隣の茶釜でなく、おおむね正面で居るアルベドでもない方向を向いている。

 

「でもっすけど、私も早く……アインズ様の御寵愛を賜りたいかな~~って……」

 

 今室内で居る三人の女性は、全員がモモンガの交際相手だ。まぐわう順番ぐらい好きにすれば良い。第三者が居合わせたら、そう思ったことだろう。

 しかし、三人には明確な優先順位があった。

 一番がアルベド、二番がルプスレギナ、三番が茶釜である。

 ルプスレギナにしてみれば、アルベドは上位の存在だから遠慮するし、茶釜は茶釜で、モモンガの交際相手としては後発なので、やはり遠慮がちになる。

 だが、我慢にも限度があるのだ。

 

「至高の御方だっけ? そういう立場を振りかざして私が一番手……って思ったことはあるけど、それだと私が格好悪いじゃない? で、なに? サキュバスのアルベドが、モモンガさんといたさないのは、何か理由でもあるのかしら?」

 

「そ、それはですね……」

 

 アルベドは説明した。

 過日、創造主であるタブラから「恋人関係でイチャイチャするのは結婚するとできない」と諭されたこと。そして、「モモンガは奥手だから焦らずゆっくりと交際するべきだ」とも言われたことを……。

 それは、茶釜としては納得できる理由だったが、ここで納得するわけにはいかない。

 日頃から弟……ペロロンチーノの変質的なエロ言動を咎めているとはいえ、茶釜にだって性欲はあるのだ。

 

(モモンガさんにアレして欲しいし、あんなことだってしてあげたいし! 私だってイチャラブしたいじゃない! 女の子だもの!)

 

 このとき、茶釜の脳内でペロロンチーノによる「姉ちゃんは『女の子』って歳じゃないだろ?」というコメントが聞こえた……ような気がしたので、茶釜は後でペロロンチーノを絞めることにした。

 それはそれとして……。

 

「ルプー、ちょっと……」

 

「はいっす、茶釜様!」

 

 伸ばした触腕状の粘体でルプスレギナの肩をつつき、二人でアルベドに背を向ける。そうしてからルプスレギナを中腰にさせると、茶釜はルプスレギナを相手に囁き合いだした。

 

(「アルベドは、ああ言ってるけど? ルプスレギナはどう思う?」)

 

(「アルベド様に対して失礼ながらっすけど、セックスしちゃいけない理由っぽくは聞こえなかったっす」)

 

(「そうよね~」)

 

 そうやって話していると、二人の後方で居るアルベドが下腹の前で指を組み合わせ、口を尖らせた。

 

「あの、聞こえてますので……」

 

 気まずそうに頬を染めているのが何とも可愛らしい。だが、サキュバスがそれで良いのか……と茶釜は思うのだ。

 

「アルベド、あのね……言っておくけど、貴女たちが敬うギルメン……至高の御方だけどさ。別に結婚してなくて、恋人関係の段階でもエッチするときはするのよ?」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

 アルベドが口元に手を当てて驚くので、茶釜は「そこで驚くのね……」と嘆息し、話を続ける。

 

「そうなのよ。だからね? ま、アレだわ。子供ができないように気をつければ、いたしても良いと思うわけ。……なんで私が、愚弟みたいにエロで語らなくちゃ……」

 

「あの? 今、何か……」

 

 ポロッと出た本音を聞き取ったらしいアルベド。その彼女が、不安そうに覗き込んでくるので、茶釜は慌てて触腕状の粘体を振った。

 

「いやいや、こっちの話。つまり、妊娠に気をつけて存分にやっちゃいなさいってこと! ただし、タブラさんが先に言ったかもだけど、無理強いしたり襲ったりしたら、モモンガさんは逃げるから。そこは注意しなさいよね?」

 

「承知いたしました! 御教授いただき感謝します!」 

 

 輝くような笑みを見せるアルベドを見て、茶釜は安堵の息を吐くが……浮かれるサキュバスがモモンガ関連で感極まり、それでスンと停滞化するのを見て苦笑した。

 

「あとは……モモンガさんが、その気になってくれると手っ取り早いのかもね~……」

 

 だが、それがかなり難しいことは皆が理解しているため、三人は顔を見合わせて苦笑するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓の宝物殿。

 その最奥……ではなく、入ってすぐの地点では、そこかしこに高く積み上げられた金貨の山が存在する。ただし、所々に宝石や、宝飾がゴテゴテ施された剣や王冠などが見えていて、金貨だけの山というわけではない。

 その金貨山の傾斜が緩くなったあたりで今、死の支配者(オーバーロード)と軍服姿のドッペルゲンガーが発掘作業を続けていた。

 掘り出される宝物やアイテムの多くは、そこそこの値打ち物どまり。しかし、アンデッドに精神系魔法が通用するようになるアイテムがあったりと、色物アイテムが発見されたりもする。

 

「今の俺にも精神系魔法が……ねぇ。これ、俺が使ってたらヤバかったのか?」

 

 パーティーアイテムのクラッカーに似たアイテムを、モモンガは手に持ってしげしげと覗き込んだ。

 

「見た目はオモチャなんだけどな~。パンドラに教わって助かったというところかぁ?」

 

「お力になれて感激の極みどうぇっす!」

 

 金貨山の少し高いところで、パンドラズ・アクターが下方のモモンガを振り返って敬礼している。ゆるめとはいえ傾斜地であるから、片手を離して敬礼する姿は見ていて危なっかしい。

 

「あ、こら。金貨が転がって落ちてくるだろ。少し、横にずれて作業をしろ」

 

「仰せのままに! 父上!」

 

 パンドラズ・アクターが右方に移動するのを確認し、モモンガは自分の手元……まさぐっている金貨の斜面に視線を戻した。

 

「まったく。今日は、やたらとテンションが高くて困るよ。うん?」

 

 何やら指先に当たる感触。

 王冠とかの換金アイテムかな……と探ってみたが、手応えは小さい。どうやら指輪のようなアイテムのようだ。

 

「と言うか、指輪そのものだな。何のアイテムだっけ?」

 

 素性の解らないアイテムを手にしたとき、モモンガが取る行動は……ただ一つ。

 

「<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>!」

 

 発動した魔法の効果で、モモンガは指輪の名称や効果が把握できた。

 

「おお? 魔法習得数を二〇増やす指輪……だと? 割と良いアイテムじゃないか!」

 

 モモンガのテンションが著しく上昇する。が、今は異形種化しているため、アンデッド特性である精神の安定化によって、普通の気分へと戻されていた。

 

「がっで~む! なんで俺は、こういう時に限って骸骨になってるかなーっ! まあ、いいか……良いアイテムを見つけたには違いないんだし」

 

 気を取り直したモモンガは、アイテムを確認してみる。

 アイテム名称は、『魔法増加の指輪』。効果は先述したとおりだ。

 モモンガ自身、習得魔法数は七〇〇を超えるので、それと比べると『誤差』を超えて、『けっこう()しになる』といった感覚だろうか。

 

「修得を諦めた魔法の中から、二〇個増やせるとなったら……それなりに大きいよな!」

 

 静まったばかりのウキウキ感が甦ってくる。

 モモンガは金貨山に向けていた身体を回し、斜面へ腰を下ろした。そして、指輪をかざすようにして見ると、おもむろに左手の薬指にはめる。

 

「さぁて、修得魔法のスロットに何を入れるかな~」

 

 アイテムボックスにしまい込んである、消費アイテムの魔導書。そして、魔法習得に必要な触媒。それらを物色していたモモンガは、奇妙なことに気がついた。

 

「ん? あれ? 修得魔法のスロットが……増えてないのか?」

 

 ゲームだったユグドラシル時代と違い、転移後世界においては脳内でスロットめいた物が思い浮かぶ。しかし、その何処にも空きがない。

 まるで、『魔法増加の指輪』を使う前のように……。

 

「へっ? あれ? そんなはずは……」 

 

 先程の鑑定で、ミスでもしたのだろうか。

 モモンガは焦る気持ちを根性で抑えながら、改めて<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>を詠唱する。

 そうして左薬指にはまった指輪の情報を再確認したところ、どういうわけかアイテム名と、詳細説明が変わっていた。

 

「はあっ!? ええっ!? なんでだっ!? 別のアイテムが偽装されてたとか……って、誰? <伝言(メッセージ)>? いや、これは……め、メールぅ!?」 

 

 この転移後世界では、ユグドラシルから来たプレイヤーぐらいしか知り得ないメールシステム。それも、今となってはモモンガ達でさえ、どうやって使うか把握できていないものだ。そのメールが今、モモンガに対して届いている。

 モモンガは恐る恐るメールを開き、内容に目を通したが……。

 

『やあやあ、るし★ふぁーだよ! 引っかかったのは誰かな~? モモンガさんあたりだと超ウケるんだけど! <道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>は使った? 残念でした~! 課金アイテムで偽装してるから、二回鑑定しないとアイテムの詳細は見破れませ~ん。で、このメールは二回目の鑑定に反応して、指輪装備者……の、たぶんギルメンに送信されるようになってるんだ。取り敢えず、本当のアイテム詳細を見て爆笑したら、てきとうに遊ぶなりしておいてね! ばいび~!(死語、いや古語?)』

 

 るし★ふぁーとは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンの一人だ。

 弐式炎雷が提唱した『モモンガさんに対して申し訳ないギルメンの集い』には参加しなかった人物で、ユグドラシル時代のナザリック地下大墳墓に顔を出していた頃は、度の過ぎた悪戯によってモモンガ達を悩ませていた。

 

「あ、あんにゃろう! こんな所にまで仕込みを~……」

 

 モモンガは、歯ぎしりして怒りを表現する。

 未合流のギルメンからの通知。

 本来なら喜ぶべきだが、地雷のごとき悪戯を引き当てたのでは喜びがたい。メール本文からすると、この悪戯はユグドラシル時代に仕込まれたと思われる。

 ナザリックの困ったちゃんによる、世界越えの悪戯。

 その直撃を受けたモモンガは、即座に精神の安定化が発動。

 金貨山の斜面に腰を下ろしたまま……白骨の顔面を両手で覆った。

 

「ち、父上っ!? いかがなされましたか!?」

 

 パンドラズ・アクターがモモンガに駆け寄る。様子がおかしいと見て降りてきたらしい。我が子の心配する姿を見て、モモンガは気を落ち着けたが、次に気になったのは自分が何をされたか……だ。

 メールの内容からすると、左薬指にはめた指輪に何かあると見て間違いないだろう。

 モモンガは改めて指輪を凝視し、その詳細内容に目を通した。

 

「あ~……なになに? はっ? はああああああっ!? ふう、はああああああっ!? ふう、はあああああっ!? ふう、はああああああっ!?」

 

 驚きのあまり立ち上がり、アンデッド特性の精神安定を繰り返すモモンガ。そうなるほどに彼を驚愕させたアイテム詳細とは……次のようなものである。

 

『性転換の指輪。この指輪を装着した者は、アバターの性別が反転する。他のパラメータや修得魔法等に変動なし。この変更は、運営にバレたら垢バンされかねない、ちょっとアレでヤバい手段により行われる。解除する方法は二つ、一つは使用中のアバターを廃棄して、作り直すこと。もう一つは、性転換後の状態で、元の性別に対する異性と、同じ寝具アイテムを使用してセ……げふんごふん……つまりは、そういう事をすること。制限の厳しいユグドラシルにおいて、どの程度までやれば解除されるかの見極め。アイテム制作者のさじ加減が問われる逸品である。なお、装備者に対し幻術の完全耐性付与あり。』

 

「な、ななな……」

 

 モモンガは右方……斜面側に二歩よろめき、頭を抱えた。

 

「せ、性転換……。じゃあ何か? 今の俺は女か? 上から幻術を被せるのも駄目だと? だったら、悟の仮面も駄目じゃないか。あの馬鹿、なんてことを……なんてことを~……ふう」

 

 精神が安定化する。

 落ち着いた頭で考えると、垢バン覚悟の地雷を残すとは、相当な覚悟が必要だ。おそらくは、ナザリックと距離をおくにあたっての……るし★ふぁーなりの置き土産だったのだろう。

 そう考えると、モモンガは少ししんみりした気分になったが、我が身が置かれた状況を思い出したことで、再度、頭に血がのぼる。

 

(合流できたとしたら、どうしてくれようか。……いや、今は俺の状態異常の解消が先だ。アバターの再作成とかは真っ平御免。というか、こっちの世界でやったら俺、死ぬんじゃないか? 却下だ、却下。だから、もう一つの手段を取るのが無難か……。早い話が、性転換した状態の俺が、女性とエッチなことをすれば……)

 

 こんなことで童貞卒業かよ……とまで考えたモモンガは、直後、その思考を停止した。

 

(ば、ばばば、馬鹿野郎! 今の俺がやったら女性同士の行為だろ!? それにもし、このトラップに茶釜さんや、やまいこさんが引っかかってたら……)

 

 考えるのも恐ろしい。

 

(いや! 待て! 慌てるのは、まだ早い!)

 

 そもそも、このアイテムの詳細内容について、本当のことが書かれているかどうかを怪しむべきなのだ。るし★ふぁーであれば、そのぐらいのフェイントは仕掛けてくるだろう。

 

(今回の引っかけ自体、ハッタリという可能性もある。それに、アイテムの『設定』が転移後世界で現実化すると限ったわけでもない! ……アルベドのアレとかあるけどさぁ! た、タブラさんに相談するか? いや、いい歳して「俺、性転換しちゃったんです……」とか言ったら、それが思い違いでも死ぬまでネタにされる! 俺はアンデッドだから、半永久的に生きたまま笑いものだぁぁぁぁぁぁ!! 死んでるけど!)

 

 ギルメンに相談することは絶対に避けよう。

 そう考えたモモンガの脳内で、新たなメール着信が感知された。

 心当たりのある送信者と言えば、現状で一人しか居ないが……。

 

『追伸(笑):さっきのメールは、ギルメン全員に「引っかかった人が居ます!」メールとして送信する設定だから! メアドを変えてなかったら、引退してる人にも届くよ! 引っかかった人には、もう一通、この追伸と一緒に届くかな? 時間差をつけたメール送信でゴメンね! そんなわけで炊飯器! ではなくて、じゃあ!』

 

 読み終えたところで、更なるメールが着信した。

 おそらくは、追伸メールにあった『引っかかった人が居ますメール』などだろう。

 

(……終わった……)

 

 モモンガは、自分の顔から血の気が引く音を聞いた。幻聴だっただろうが、確かに聞いた。

 そして、この日、何度目かの激昂が湧き上がってくる。

 

「あぁんのぉ……ふう……どぐされがぁ! ……ふう」

 

 激昂と精神の安定化が交互に繰り返された。本来なら、微動だにせず安定化するのが、ガクンガクンとモモンガの上体を揺らしている。

 

「……ふう……こっちに来てるか知らんが! ふう、合流したら……ふう……絶対にブッ殺し……ふう……」

 

「父上っ!? 父上ぇえええええ!?」

 

 正面で立つパンドラズ・アクターが必死に呼びかけ、それにより、モモンガはどうにか平静を取り戻した。そして、あることを思いつく。

 

「そうだ……そうだよ! このメールが、ただのハッタリの可能性! これが消えたわけじゃないじゃん! そもそもさ、ユグドラシルでアイテムをでっちあげたからといって、それが転移後世界で有効とは限らな……いや、これはさっき考え……ああもう! とにかく確認しなくちゃ! ぱ、パンドラズ・アクター!」

 

 拳を握りしめたモモンガは、パンドラズ・アクターを呼んだ。「はい、父上!」と目の前で敬礼する彼に対し、何でも良いから姿見を出すように命令する。

 言いつけたモモンガ自身、「そんなに都合良く姿見を持ってるのか?」と思ったが、どうやら持ち合わせがあったらしく、パンドラズ・アクターはアイテムボックスから姿見を取り出した。

 枠や背板が金で装飾された、上品かつ豪華な品。だが、今は自分の姿さえ確認できれば良い。

 モモンガは急ぎ立ち上がると、アイテムの力で人化しながら姿見を両手で掴んだ。そして、鏡に映る自分を凝視する。

 そこには……一人の女性が映っていた。

 二〇代半ば、黒髪ショートの気優しげな女性だ。着ている衣服は、グレート・モモンガ・ローブのままだが、普段はモモンガ玉を見せつけるべく前を開いているので、大きな乳房がこぼれ出そうになっている。

 

「なんだ……けっこう美人じゃないか……。スタイルだって抜群だし……」

 

 我知らず出たコメントなので、これは本心からのものだ。だが、言い終えたモモンガの目尻には涙が浮かんでいる。

 

 ズシャリ……。

 

 そんな音をたて、彼……いや、彼女は金貨の上で膝をつき、少し遅れて両手もついた。この行動により、目の前にあった姿見が倒れ、振動あるいは衝撃によって高所の金貨が降ってきた。

 それら金貨は、倒れた姿見と横で立つパンドラズ・アクターの間……モモンガの眼前を通過し落ちていく。だが、モモンガにはパラパラと転がり落ちる金貨が、宝物殿の室内風景も含めて滲んで見えていた。

 

「は、はは、ハハハ……」

 

 力なく笑う中、モモンガの聴覚が「父上が母上に……」というパンドラズ・アクターの呟きを捉え、ここで涙腺が決壊する。

 

「ははは、はああぁぁぁぁぁん……」

 

 金貨は止めどなく降り注ぎ、パンドラズ・アクターがオロオロと見守る中……モモンガは、さめざめと泣き続けるのだった。

 




 モモンガさんがTSしました……と言っても、そんなにTS状態は続かないです。
 集う至高は、主人公TSメインじゃないのでサラッといきます。
 TS苦手な方、申し訳ないです。展開上、しかたのないことなのです。その辺どうなるかは、数話先をお楽しみに……ということで。
 一応、精神的な女性化はしません。元の人格のまま性別変わるのが、自分的にツボですので。

 昔、エロゲ主人公(鬼畜王ランスのランスですが)をSS中で女体化させたことがあるので、なんとなく懐かしい感じです。

 女体化モモンガさんが人化したときのビジュアルは、ピクシブとかで見かける絵を参考にしています。集う至高における身長は、アルベド170㎝、ユリ174㎝に対して、172㎝と設定。つまりアルベドよりは背が高いけど、人化した茶釜さんよりは低いです。
 本作の茶釜さんは、ユリのモデルという設定なので高身長。
 
 日常エピソードのリクエスト分は、規律式足さんの『エクレア』になりました。
 声のイメージは、もちろん勇者王。私自身は、アズラエル理事長の大ファン(後半の脚本でキャラが壊れるまで)だったり。
 エクレアの『支配言動』を、モモンガさん以外のギルメンが聞いたら……とは常々思ってましたので、ナイスリクエストでした。タブラさんが呼び出すギルメンを、ペロロンチーノさんにするかウルベルトさんにするかでちょっと悩みました。最終的に威圧感のある建御雷さんとなりました。
 次回もリクエストのキャラエピソードを入れようと思いますが、さてどれにしましょうか。あと3件分。
 日常回投稿は最低でも、あと3回は続くかもです。

<誤字報告>
 tino_ue さん、D.D.D.さん、冥咲梓さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。
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