オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第11話 弐式さん、彼は犯罪者ですよ?

「なるほど……やはりそうか……」

 

 モモンガは幻術で構築した人の顔を歪ませる。

 村長宅の一室で、彼は様々な情報を得た。幾つかは弐式から聞かされた内容と同じであったが、情報精度が増したと思えば文句は無い。

 リ・エスティーゼ王国。バハルス帝国。ドワーフの国。エルフの王国。ローブル聖王国。竜王国。カルサナス都市国家連合。そして亜人種国家。

 どれもこれも聞いたことが無い名だ。

 やはり、この世界は現実(リアル)ではなくユグドラシルでもない。まったく別な世界らしい。

 

(この転移後の世界で、俺達は生きていかなくてはならないのか……)

 

 自分とギルメン達。ナザリック地下大墳墓。NPC達。それらを抱えて世を渡っていかなければならないときた。正直、モモンガにとっては重荷である。誰かに代わって欲しい。

 救いと言えば、ヘロヘロと弐式炎雷が共に居てくれること。ナザリック地下大墳墓が機能しており、NPC達が忠誠を誓ってくれていることだ。

 スキルや位階魔法が使用可能で、レベル一〇〇の自分達の実力が発揮できることも大きい。 

 

(俺達の諸々が通用しそうなファンタジー系世界だったのも助かるよな。それと十三英雄とかって話も聞かされたけど。そいつらプレイヤーなんじゃないの?)

 

 転移後のこの世界に、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンだけが飛ばされているとは思えない。他ギルドやソロプレイヤーなども転移して来た可能性があった。そこを考慮すると、当面はユグドラシル時代と同じぐらいは警戒していた方が良いのかも知れない。

 

(敵対プレイヤーに見つかることを考えたら、ユグドラシル金貨を軽々しく使うこともできないか。考えなきゃならないことが多すぎだ。誰か代わってくれないかな……)

 

 両隣で座るヘロヘロと弐式にチラチラッと視線を配してみる。するとモモンガの気持ちを察したのか、双方とも視線を逸らしてくれた。どうやら『纏め役』から降りるわけには行かないらしい。

 

(は~。仕方ないか……俺の役目は、みんな(ギルメン)が戻るまで、ナザリック地下大墳墓を維持すること。より強力にすること! みんなに恥じないように!)

 

 幸いなことにギルメンは現状で二名居る。双方、百戦錬磨のベテランプレイヤーで、気心知れた友人達だ。彼らの存在はモモンガにとって、大きな助けとなるはずだ。

 例えば、そう例えば彼らが居なかったとしたら。モモンガは、この部屋にて一人で……NPCが同伴したかも知れないが、村長から話を聞いていたことになる。

 

 ゾワッ……。

 

 寒気がした。

 今考えたのは、十分にあり得た状況だ。だが……。

 

(前にも考えたけど、本当に俺一人じゃなくて良かった。一人にはならなかったんだ! だから、大丈夫! しっかりしろ、俺!)

 

 内心で自分を叱咤したモモンガは、取りあえず話を切り上げることとする。ナザリックに戻って一息つきたいし、ヘロヘロ達の歓迎パーティーもやりたい。その前に、ここで得た情報から今後の方針を打ち合わせることも重要だろう。もちろん、ヘロヘロと弐式だけでなく、アルベドにデミウルゴスも加えて協議しなければならない。

 

「いや、村長殿。実に有意義な話を聞かせて貰った。我らはトブの大森林……だったか? その近くの平原に居を構えている。近々、使いの者を寄こして村に常駐させるから、何かあったらその者に話して欲しい」

 

「ああ、アインズ・ウール・ゴウン様。何から何までありがとうございます!」

 

 村長夫妻が席を立ち深々と頭を下げた。

 完全にモモンガらに対して信服している様子に見え、モモンガは一瞬だが戸惑っている。見ればヘロヘロ達も同じだ。ここまでの感謝をされたことなど、人生で一度も無いのだろう。

 

(村を丸ごと皆殺しにされかけたんだものな。さっきも、立ったまま凄い深いお辞儀して礼を言っていたし……)

 

 モモンガは静かに……だが自分では威厳あると思う仕草で頷くと、ヘロヘロ達を促して外に出ようとした。

 

 コンコン。

 

 扉が外からノックされる。村長夫人が席を立ち応対に出たが、ノックの主は戻ってきたアルベドだった。夫人に連れられて入ってきたアルベドは、ヘルムの奥の視線をモモンガに向けて報告を始める。

 

「遅れて申し訳ありません。急ぎお耳に入れたい報告があります」

 

 モモンガはヘロヘロらと顔を見合わせたが、二人が頷くのを見て座したまま頷いた。

 

「聞こう」

 

「馬に乗った武装集団が、この村を目指して移動中のとのことです」

 

 モモンガは舌打ちしなかった自分を褒めてやりたい気分だった。

 また厄介事である。

 

「それは、どのくらいの数で……いつ、ここへ到達する?」

 

「報告によると、三〇騎ほど。到達予想時刻は夕刻ぐらい……とのことです」

 

 アルベドは村長をチラリと見た上で、手短に報告した。

 今は昼前、時間的には随分と余裕がある。モモンガは首を傾げると、重ねて問いかけた。

 

「それは、どのようにして得た情報だ? ……差し障りのない範囲で説明せよ」

 

「承知しました。(わたくし)が最初に情報を得たのは、この村周辺に配した者からです。その者らは、拠点による監視網からの報告を(わたくし)に伝えました」

 

「なるほど。そうか……」

 

 モモンガは納得いったことを示すように頷いて見せる。

 この村周辺に居たのはデミウルゴスが配置した影の悪魔(シャドウ・デーモン)だ。とはいえ、あくまで周辺域での見張りでしかない。そこでナザリックの監視網を広げ、周辺地域一帯を監視していたのである。

 

(それが影の悪魔(シャドウ・デーモン)に情報伝達され、外に居たアルベドに話が行き、彼女が報告に来たわけか……)

 

 実を言えば、カルネ村に隣接する……と言っても、かなり離れた位置にある……村が何者かに襲撃され壊滅しており、その後で王国の戦士隊が駆けつけた。その辺りからナザリックでは動向を察知していたのだが、些細なことであると報告がされなかったのである。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)に連絡が入ったのも、その戦士隊がカルネ村に向けて移動を開始したからだ。

 その連絡状況をモモンガが知れば、「些細なことでも報告するべきだ!」と怒ったに違いない。しかし、現状、そこまで知り得ていないモモンガは、特に気にするでもなくヘロヘロ達を見た。

 

「ヘロヘロさん。弐式さん。どう思いますか? 行動案とか、何かあります?」

 

「モ……アインズさん。慌てるこたぁないよ。報告じゃあ、まだ時間がある。ナザリックから応援を呼ぼう。森に潜ませて伏せておくのは可能と思うんだ」

 

 弐式がギルド長相手の丁寧口調から、気安い口調に切り替えて話しだす。彼は言った。さっき襲ってきた騎士連中は大したことないし、それが三〇人来たところで問題にならない。だが、ひょっとしたら強い奴らが来る可能性もある。

 

「だからさ、場合に依っちゃあモンスターをぶつけて足止めさせて。相手の力量を見る手がある。その結果次第で俺達は……村人を連れて逃げることもできると思うんだわ」

 

 だから、慌てることはない。そう弐式は言って口をつぐんだ。彼の視線がヘロヘロに向かい、モモンガが視線を転じると、後を引き継ぐ形でヘロヘロが口を開く。

 

「馬で移動してるのに、到着が夕刻ですか。やはり休憩などするんでしょうかね?」

 

 言いつつヘロヘロの目が顔ごとアルベドを向いた。ヘロヘロはアルベドが頷くのを確認すると、大きく息を吐いてからモモンガを見る。

 

「モモン……ズさん。弐式さんも言ったとおり、時間には余裕があるようです。その間に、亡くなった方々の葬儀を済ませませんか?」

 

「葬儀? ふむ……」

 

 必要性を感じないな……とモモンガは思った。

 保存魔法を使わないのであれば、死体が傷む前に埋めるのは納得できる。だが、時間的余裕があるとは言え、武装集団が迫る中で葬儀などしている場合だろうか。

 

(そんなものは、後日でいいじゃないか……)

 

「アインズさん。……チェンジ」

 

 弐式の声がモモンガの聴覚を刺激する。幾分伏せていた視線を彼に向けると、弐式は人差し指で自分の左腕……手首の部分を指差していた。

 どうやら、人化の腕輪で人化しろと言っているらしい。

 

「……少し、失礼する」

 

 モモンガは村長に一言断ると席を立ち、土間の片隅に移動した。室内の皆に背を向けた状態になったが、そのまま人化を行う。

 すると先程のヘロヘロの言葉が、驚くほどすんなりと胸に入ってきた。

 

(葬儀。葬式か……大事だよな~。大事すぎる。いやあ、異形化ってヤバいわ……。ここまでヒトの心が無くなるのか……)

 

 異形化しているときと人化しているときの自分。生者に対する認識が、ここまで大きく乖離していると自覚したモモンガは、まさに背に氷柱を差し込まれたような気分を味わっていた。

 

(ヘロヘロさん達が居るのに、俺が頭の中まで死の支配者(オーバーロード)になってどうする! 俺は……鈴木悟だぞ!)

 

 たまに人化した方が良いと言ったのは弐式だったかヘロヘロだったか。とんでもない話だ。この有様だと、早々に心根の底まで死の支配者(オーバーロード)になってしまう。

 モモンガは可能な限り人化の時間を取ることを決め、軽く深呼吸をする。

 

「ふむ……ふむ。そうだな。いや、失礼した……」

 

 クルリと皆に向き直り、モモンガはテーブルに歩み寄ると、先程自分が座っていた椅子に腰を下ろした。

 

「すみませんね、弐式さん。ちょっと……そう、ちょっとばかり気が動転していたようです」

 

「いえいえ。構いませんとも」

 

 弐式は朗らかに言うと、面と布をまくり上げる。

 

「それで、ヘロヘロさんが言った葬儀ですけど。俺は賛成ですね。略式にはなるでしょうが……。村長さん、そんな感じでどうでしょう?」

 

 見慣れない暗紫の衣装を着た青年……弐式に話しかけられた村長は、背筋を伸ばして弐式を、そしてモモンガを見た。

 

「そうしたいのは山々ですが……」

 

 やはり迫る武装集団が気になる様子だ。

 モモンガは大きく息を吐く。人化しているだけあって口から息が出ていく感覚があり、そのことがモモンガを苦笑させた。

 

「構いませんよ。その連中のことも私達で何とかしましょう。場合によっては、村人全員で逃げることもあるでしょうが……」

 

 そうモモンガが告げると、村長夫妻は揃って深く頭を下げるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 カルネ村。

 昼を回り、小休止の後に埋葬及び葬儀の準備が粛々と進んでいく。

 数十人殺されたとはいえ、死人以上の人間が残っているのだ。弐式も分身体を一〇人ほど出して手伝っているので、人手は多いし作業の進捗も早い。

 アルベドとナーベラルが、「弐式炎雷様の御手を煩わせるなどとんでもない。モンスターなどを使役して作業させ……」と進言したものの、弐式は「スキルの実験をしたいんだよ」と言って取り合わなかった。

 ちなみに、アルベド達のやり取りを見たモモンガが、もし自分が異形化していたら「私もゾンビやスケルトンで埋葬作業を手伝いましょうか? 幸い、ゾンビの材料なら大量にありますし!」とか言ってたかも知れないと考え、密かに身震いしていたのは誰も知らない話である。

 ともあれ、この調子であれば夕刻まで……馬の武装集団が村に到達するまでに、葬儀を済ませられるだろう。なお、村に接近する武装集団について知るのは、村では村長夫妻のみとなっている。

 どうせモモンガ達で対応するのだし、手に負えなければ村人を連れて転移して逃げるつもりだった。なので、わざわざ不安にさせる必要は無いと弐式が提案したのである。

 その後は暫く、村長宅の前で、墓地へ死体が運ばれる様子などを見ていたモモンガ達だが、村の子供らを連れてやって来たエンリと話したりしているうち、ナザリックから伝言(メッセージ)が弐式に入った。

 弐式は少し離れた位置に移動し、報告内容を聞いていたが……。

 

「え? なに? 他にも魔法使いの集団みたいなのが居る!?」

 

 また面倒事が増えたわけだが、今度の報告については非常に早い。発見するなりの報告であり、弐式に対し直接に伝言(メッセージ)が飛んできた。

 これは先程、騎馬の武装集団について、発見から報告までにタイムラグがあったことが発覚しており、モモンガがこっぴどく叱責した結果だ。……いや、訂正しなければならない。伝言(メッセージ)の向こうで死人が出そうになったので、慌てたモモンガがヤンワリと注意したところ、その魔法使いらしき集団に関しては発見するなり報告があったのだ。

 

「ええ!? また何か来るんですか!?」

 

 そう叫んだのはモモンガ……ではなく、村娘のエンリ・エモット。

 最初、彼女は埋葬作業を手伝おうとしたのだが、年頃の若い娘ということで生き残りの子供らを預かり、モモンガの近くで待機していた。村の大人達としては、若い娘に接待させる意図があったらしい。もっとも、それをエンリに伝えていなかったので、エンリはモモンガやアルベドと談笑したり、子供らの相手をしているのみであったが……。

 そうしてモモンガらの近くに居たことで、弐式の伝言(メッセージ)会話を耳にしたのである。不安を感じたエンリは、すぐ近くに居たモモンガに声を掛けようとした。

 

「あの、ゴウン……様?」

 

「おじさん、魔法使いなの?」

 

「そうだよ」

 

「雷とか出せるのよね?」

 

「よく知ってるねぇ」

 

「お菓子も出せる?」

 

「それは、ちょっと無理かなぁ……」

 

 魔法使い姿の保父さんと化していたモモンガは、少年少女を前にフムと思案する。

 

<星に願いを>(ウイッシュ・アポン・ア・スター)流れ星の指輪(シューティングスター)を使えば、あるいは……。いや、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)なら大丈夫だろうか?」

 

「アインズさん。お菓子ごときで何する気なんですか……」

 

 ヘロヘロからツッコミが入るが、こちらは子供らのジャングルジムと化していた。

 モモンガもヘロヘロも、人化した姿は気優しそうな雰囲気を醸し出しているので、子供に人気なのだ。

 

「あ、あう~……」

 

「アインズ様。エンリが何か申し上げたいことがあるそうです」

 

 声をかけ辛そうにしているエンリをチラ見したアルベドが、モモンガの前に進み出る。エンリはアルベドに感謝の意を伝えるべくペコリと頭を下げたが、結果として彼女が話しだす前にモモンガが顔を向けてきた。

 

「む? そうか。で、何かな?」

 

「あ、い、今ですね。あちらの御方が、魔法使いの集団も見つけた……って」

 

「なるほど。すまないな、知らせてもらって」

 

 言いつつ、恐縮するエンリを前にモモンガは立ち上がる。子供達が「もっと遊んで~」とまとわりつくのを追い払おうともせず、ゆっくりと弐式に歩み寄った。  

 

「弐式さん? 今度は魔法使いの集団ですか?」

 

「そうなんだ。けどさぁ。コイツら、騎馬の連中より村に近いところで居るのに、動こうとしないんだよね~。てゆうか、アインズさん。子供に人気ですね」

 

 伝言(メッセージ)を終えた弐式が指摘すると、モモンガは「そうですかぁ?」と満更でも無さそうに後ろ頭を掻いた。

 

「おじさん。おじさんも魔法使いなの?」

 

「ん? 俺?」

 

 少年、少年、少女。三人の子供が興味深そうに弐式を見上げている。弐式は一瞬何かを考えたようだが、サッと身をかがめて少年らに顔を近づけた。

 

「お兄さんは魔法使いじゃなくて……こういう者なのさ!」

 

 パッと面と布をまくり上げると、そこにあったのはハーフゴーレムのツルンとした顔。

 

 わーっ!

 

 少年二人が悲鳴をあげ、ヘロヘロの元へと駆け去って行った。

 

「ぬっふっふ。子供をキャーキャー言わせるのは楽しいぜ」

 

「弐式さん……それじゃ、危ない人ですよ」

 

 呆れ顔で突っ込んだモモンガは、少女が一人残って弐式を見上げていることに気づいた。特に怖がるでもなく、興味深げに弐式のゴーレム顔を見つめている。

 

「お嬢ちゃ……さん。私の友人がどうかしたかね?」

 

「おかお、つるつる……」

 

 子供らしくストレートな感想に、モモンガと弐式は顔を見合わせた。

 

「ツルツルか……。よし」

 

 弐式は少女に顔を向け直すと、両手の平で顔を覆うようにし、人化してから手を下げる。今度はゴーレムの顔ではなく、気の良さそうな青年の顔だ。それを見た少女は、感心したような声をあげた。

 

「おじさん。すごい! どうやったの?」

 

「お兄さんの秘密さ。まあ、修行次第では君もできるかもね」

 

 子供相手だからって適当なこと言ってるよ。

 そんなことをモモンガが考えていると、気が済んだのか気が移ったのか、少女はヘロヘロの方へと駆けて行った。

 

「あの子は見込みありますね。俺をオジサン呼ばわりするのは、どうかと思いますけど。大物になりそうですよ」

 

「どういう意味の大物なんですかね。ところで、騎馬集団に魔法使いの集団ですか」

 

 弐式が少女の相手をしている内に追加でナザリックからの報告があり、モモンガが聞いたところ……双方集団の装備は同じではないとのこと。

 それぞれ別組織の可能性が見えてきたが、まだ確証は無い。

 

「俺が分身体を出して様子を見てきましょうか? 一体や二体やられても何てことないですし」

 

「弐式炎雷様の分身体が倒されるなど、あってはならないことです! ……はっ!」

 

 突然、会話に割り込んできたのはナーベラルだった。

 村人へのポーション配布が完了したので、その報告に来たのだが、至高の御方の会話に割り込んだことで激しく狼狽している。それを弐式が宥めているうちに、モモンガの考えがまとまった。

 

「弐式さん。騎馬か魔法使いか、どっちかの集団を潰す……いや、解消したいですね」

 

「解消……。問題事じゃ無くすってことですか?」

 

 モモンガは頷く。

 二つの集団は同じ組織から派遣されたかも知れないし、敵対関係にあるかも知れない。ひょっとしたら関係の無い別組織ということもある。

 現状、どちらもが不気味な存在だ。

 

「騎馬集団は村に向かってるそうですが、魔法使いの方は留まっているそうです。後者だって村に来るかも知れませんが……」

 

「来ないかも知れない。アインズさんは、そう思うと?」

 

 再びモモンガは頷いた。

 一方は接近し、一方は動かない。これら所在が判明してる二集団を放置しておくのは気分的によろしくないし、村に害意が無いのを確認できるなら、以後は気にしなくて良くなるはずだ。つまりは問題の解消である。

 

「なるほど。確かにそうですね。慎重に接触して、安全度を測る……敵か味方か。来ないことが確認できれば、まあナザリックの監視を向けておくだけにして……俺達は騎馬集団に注目するとかかな」

 

 弐式が乗り気で考察している。しかも、考えを口に出して。ナーベラルのキラキラした眼差しのせいだろうが、モモンガは咳払いをして二人の空気を打ち破った。

 

「うぉっほ~ん。私としては、まずは動かずに居る魔法使い集団に接触したいですね。走ってる騎馬連中を止めるとか面倒ですし、警戒されるでしょう? 接触が楽そうな方から行きましょう」

 

「同感です。じゃあ、俺が分身体を出しましょうか」

 

 アインズさん、邪魔しないでくださいYO!

 イチャイチャしてるのが悪いんです。なんでラップ風なんですか。

 そんなことを言い合いながらも、モモンガは潜伏している魔法使い集団と接触することを決めた。ヘロヘロにも確認を取ったが、こちらも賛成とのこと。

 ヘロヘロからは「両方に接触しても良いのでは?」という意見が出たが、両方にちょっかい出して一斉に敵に回す可能性を考慮すると、やはり片方に絞るのが良い。

 

「最初に揉めた方を先に始末する感じですかねぇ。と、同時進行で、村を襲撃した騎士達の方の取り調べもしておきましょうか」 

 

 村を襲撃してモモンガらに壊滅させられた騎士集団。その生き残りの五人のことをモモンガは思い出す。できれば忘れていたかった。

 実は喚き立てるリーダー格……ベリュースという名の隊長騎士を、モモンガによる<麻痺(パラライズ)>で転がしておいたのだが、モモンガ達が村長宅から出たときに失禁脱糞したのである。

 他四人の騎士は、弐式の分身体によって管理され、用便については見張りつきで移動するなりしていた。だが、麻痺状態のベリュースは、一言も発することが出来なかったため、気がつくと漏らしていたのである。

 弐式の分身体によって知らされたモモンガらは一様に嫌な顔をしたが、放ってはおけない。ベリュースが気の毒なのではなく、糞便の臭気漂う状況が嫌なだけだ。

 そこでモモンガが取った行動とは……。

 <支配(ドミネート)>で騎士の内、身分が低いと思われる二人を支配し、ベリュースのシモの始末をさせることだった。

 ここで解説しなければならない。

 <支配(ドミネート)>とは、精神魔法の一つであり、対象の意識を支配し操ることができる。ただし……ただし、操られた記憶は残るのだ。

 ……。

 今、モモンガ達の視線の先では五人の騎士が居て、広場の片隅で腰を下ろしている。

 その内の一人、ベリュースは顔を赤く染めて男泣きに泣いていた。ベリュースよりも気の毒なのは、支配を受けて作業に従事していた騎士二人で、こちらは身を寄せ合いさめざめと泣いている。

 副隊長ロンデス・ディ・グランプと残る一人の騎士は、なるべくベリュースらを見ないようにしているようだ。ちなみに、その表情は脱力しており、もはや戦う気力など無いことが見て取れる。

 モモンガは、その他必要な情報を村長から引き出すべく、アルベドを村長宅に残すと、ヘロヘロと弐式、そしてナーベラルを連れてロンデスに近寄った。

 

「ふむ。お疲れのようだな……」

 

「お陰様でな……」

 

 座したまま、ロンデスが視線だけを向けてくる。さっきは脱力していたように見えたが、敵対者たるモモンガらが近寄ると気を持ち直すようだ。見上げた根性と言えるだろう。

 

「さっきのアレは魔法なのか? どっちも二人がかりで取り押さえようとしたが、凄い力だったぞ。やろうとしてる事がアレだったから、諦めたが……」

 

「<支配(ドミネート)>を受けた者は、命じられた行動を取るために全力を出すからな。取りあえず話ができるようなら大変に結構だ。所属と名を教えて欲しいのだが? あと、目的も話して貰おう」

 

 隊長のベリュースが使い物にならないので、副隊長に聞く。

 見た様子からの判断だったが、これは正解だったようだ。

 ロンデス本人が諸々諦めていたこともあるが、実直な性格のせいかスラスラと解りやすく答えてくれたのである。

 まず、ロンデスが語り出すまで、モモンガが認識するところでは、騎士らはバハルス帝国所属の騎士だった。村長の見立てなのだが、胸の紋章がバハルス帝国の物だったらしい。

 バハルス帝国は、カルネ村が属するリ・エスティーゼ王国と長年交戦状態にある。バハルスの騎士が襲撃してくるのは、辺境の開拓村を襲うことに意味があるかは不明としても不思議ではないのだとか。

 ところが、この話がロンデスの供述により引っ繰り返った。

 ロンデスらの本当の所属は、スレイン法国。

 つまり身分を偽り、バハルス帝国の仕業と見せかけての村落襲撃であったらしい。

 その狙いは……リ・エスティーゼ王国の外縁部に位置する村々を襲撃し、王国最強……そして近隣諸国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフが出張ってくるのを誘うこと。

 

「誘い出して、どうする気だったのだ?」

 

「暗殺だな。そこは我々の仕事ではないが……」

 

「誰の仕事だと?」

 

「さあな。我々とて何もかも知らされているわけではない。ただ、我らはガゼフが来る前に撤退し、ガゼフが現れたら彼を襲う者が居る。そういう事だったんだろうな」

 

 ともあれ大まかではあるが、ロンデスらの行動予定と意図は掴めた。

 法国という字面からして堅苦しいし、村長の話では人類の護り手だとか何とか。

 そういう国に狙われるということは、そのガゼフという男。とんでもない悪人なのだろうか。

 気になったモモンガはロンデスに聞いてみたが、想像に反して彼は首を横に振る。

 

「人物としては高潔な部類だ。政治に関与せず、民衆からの支持も高い。国王からも信任されているようだな。強さにおいても文句のつけようがなく……まずは英雄の一人と呼んで良いだろう」

 

 そんな立派な人物を暗殺する理由とは、王国の力を削ぐこと。

 スレイン法国は王国と帝国の戦争に関与してはいないが、王国側の政治的腐敗が目に余り、どちらかと言えば王国に滅んで欲しいそうなのだ。帝国に統治させた方がマシと言うことである。

 

「そのためには、毎年の交戦で戦果を挙げるガゼフさえ居なければ……とな」

 

「なるほど。どうも……法国とやら、自分で言ってるほど立派な国ではないようだな」

 

 そうモモンガが言い捨てると、ロンデスは悔しそうな顔をしたが反論はしなかった。彼自身、この作戦には気が進まなかったらしい。

 

(スレイン法国かぁ。亜人蔑視とか言ってるそうだし。ナザリックとは相性が悪そうだな。今聞いた話でも裏で何やってるか……。お付き合いしたくない国だ。……うん?) 

 

 ロンデスとの会話を打ちきったモモンガは、ふと思い当たることがあった。

 ロンデス達は王国の村を襲撃して、ガゼフを誘い出すつもりだった。

 ガゼフが来たら、その彼を襲う別働隊が居たと彼は言う。

 

「弐式さん。今の話……騎馬集団と魔法使い集団に関係あると思います?」

 

「あるでしょうね。と言うか、どんぴしゃでしょう」

 

 察するに、村へ接近する騎馬集団がガゼフ・ストロノーフの一隊で、近隣で潜伏している魔法使い集団がスレイン法国の暗殺部隊というわけだ。

 

「スレイン法国とリ・エスティーゼ王国ですか。話を聞かせて貰いましたが、私的には王国の方がマシなんですかね~。政治的には糞だそうですが」

 

 この頃になるとヘロヘロも子供達と別れ、モモンガの近くに寄ってきている。 

 その呟きにモモンガと弐式は頷いたが、モモンガとしては双方共に関わり合いになりたくない。どっちも、ろくでもないからだ。

 

「まだまだ判断材料は少ないですけど。私としてはガゼフって人に会ってみたいですかね。あと、強いて言えばヘロヘロさんが言う『王国の方がマシ』に一票投じたいです」

 

「俺も、アインズさんと同意見かな。幾ら強いって言っても、人一人殺すのに村々襲って住民皆殺しとか。悪魔の国かっての」

 

 弐式もモモンガに同調した。

 一方、ロンデスは苦々しくも情けない顔になっている。

 自分達を捕らえた者達のリーダー各三人が話し合い、それまではよく知らなかったらしいスレイン法国の評判がダダ下がりであること。そのことがロンデスをして忸怩(じくじ)たる思いに駆らせているのだ。

 

「そうではない。そうではないのだが……」 

 

 襲撃隊の一員であった自分としては、弁解する言葉が思い浮かばないのだろう。二度ほど頭を振ってロンデスは黙り込んでしまった。

 その様子を見たモモンガ達は、数メートルほど距離を取って相談する。

 

(「モモンガさん。あのロンデスって人、そこそこ普通というか真面目な感じですね」)

 

(「ヘロヘロさんも、そう思いますか? 俺もです……。なんでこんな任務に就いてるんでしょうかね?」)

 

 なんでも(なに)も、それが軍隊というものだ。命令されて否は有り得ない。

 自分が社畜だったときもそうだった……と思うと、モモンガもヘロヘロも、ロンデスには少しばかり同情してしまう。弐式にも聞いてみたが、彼も同意見だった。

 

(「モモンガさん。あのロンデスって人、ナザリックに引き抜けませんかね?」)

 

(「ええ? 弐式さん、彼は犯罪者ですよ?」)

 

 そう、人柄に好感は持てるし境遇に同情もするが、犯罪者だ。ましてやスレイン法国よりもリ・エスティーゼ王国に接近しようと言うのなら、このロンデスを引き抜くわけにはいかない。村人側の感情的な問題もあるだろう。

 

(「う~ん。駄目ですか。スレイン法国にある程度詳しそうだし、村長さんよりは情報が引き出せると思ったんですけどね~」)

 

(「ああ、なるほど。それがありましたね。俺達、こっちの世界の常識とか、まだまだ知らないことが多いし」)

 

 目からウロコの思いに、モモンガの一人称が素のものになる。

 モモンガは弐式にも意見を聞いたが、そういう理由であればナザリックで確保しても良いだろうとのことだ。

 場合によっては拷問部屋に放り込んで、脳から情報を吸い出すことになるかも知れないが……。

 

(「じゃあ、引き抜き交渉をしてみますか。一人ぐらいナザリックで匿うのは難しくないでしょう」)

 

 そう言って内緒話を締めくくると、モモンガはロンデスに歩み寄り彼を見下ろした。

 

「ロンデスと言ったな。このままだと私達は、お前達生き残りの騎士を王国に引き渡すことになる」

 

「当然だな。そして、我らの運命は死刑か……法国との交渉材料だ。帝国に問い合わせたところで、我らのことなど知るはずがないのだからな。もっとも、法国から我らに暗殺の手が差し向けられるだろうが……」

 

 最後の言葉は苦渋に満ちていた。

 祖国がそういう国であることを知り、それが当然と思っている。

 彼の態度が現実(リアル)での社畜生活を思い出させ、モモンガは少しばかりイラッとしたが、それを表に出すことなくロンデスに語りかけた。

 

「ふむ、ふむ。なるほど。どのみち死しかない運命か……。ときにロンデスよ。我らの下で働く気は無いか?」

 

「俺を誘うと言うのか!? 俺は、ただの騎士隊の副官だぞ!? こう言っては何だが、俺達程度の実力で、そちらの役に立つとは思えないが……」

 

 ロンデスは自分を指差している。周りで聞いていた騎士らも、驚きの顔でロンデスを見ていた。

 

「我々は、とある事情でこの辺一帯の世情に疎くてな。解説役、あるいは案内人のような者を欲している。この先は、そのような者と多く知り合うことになるだろうが……。どうだ? 今なら先着特典で歓迎するぞ? 前科は問わない」

 

 この村に住まわせるのには難があるので、別に住処を用意する。

 給金も出すし、働きによってはボーナス……特別賞与もあるだろう。

 そう説明したところ、ロンデスは暫し考え込み、部下の騎士らと相談を始めた。

 

(乗り気のよう……かな?)

 

 ロンデスの人柄からすると、部下も共に連れて行って欲しいと言ってくるかもしれない。その場合でも、モモンガは承諾するつもりだった。ナザリック地下大墳墓は広いから、人間の数人ぐらい住まわせるのは問題ではない。第六階層の森林の辺りに住居を構えさせるのも良いだろう。

 ただし、ベリュースに関しては王国に引き渡すつもりだ。

 襲撃があったのは事実だし被害も出た。騎士らは皆殺しにした……と言うこともできるかも知れないが、隊長ぐらいは引き渡した方が良いだろう。

 

(隊長の記憶操作をしなくちゃな。生き残りが他にも居るとか言われても面倒だし。いい魔法実験になるか。しかし、夢が膨らむな~。ロンデス達を案内役に、エ・ランテルとかに繰り出すのもいいかな。うん、ヘロヘロさん達と冒険ができるぞぉ)

 

 モモンガの胸に楽しさが込みあげてくる。

 そうだ、冒険だ。

 ヘロヘロと弐式が居る。現地住民の案内役も確保できそうだ。

 この空が青くて空気も美味い世界で、あちこち見て回ろうじゃないか。

 これから先の期待感が膨らむばかりのモモンガであったが、ロンデスらを取り込む……つまりナザリックの一員として人間種を組み込むことの重大さについて、まるで想像が及ばないでいた。

 そのことをモモンガは、アルベドとナーベラルによって思い知らされることとなる。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<次回予告>

 

 デミウルゴスです。

 

 至高の御方が、人間を雇う……。

 (しもべ)としては中々に口惜しく感じますが、それを頓挫させるような言動は万死に値するもの。

 いえ、死を以て償うといったことは、至高の御方の好むところでは……。

 ナーベラルに、それが理解できますかどうか……。ハア……。

 

 

 次回、オーバーロード 集う至高の御方 第12話

 

 モモンガ『あの、ナーベラルは大丈夫なんですか?』

 




「あなた達、悪人さん?」
「そうさ」
「あたし達、人質ね」
「そうだよ」
「空賊っていうのよね」
「よく知ってるね」

 一番好きな作品です。

 う~む、それにしても原作で死んだキャラって、このSSだとナザリック行きになることが多いのかも。そっち系になるかな?

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