ナザリック地下大墳墓、第九階層。
その通路の一角に設けられたトイレ……の女子トイレから、人化したモモンガが姿を見せた。彼(るし★ふぁーの悪戯のせいで人化後は女性体)の顔は赤く染まっており、少しばかり目が据わっている。
「……」
通路へ一歩踏み出たモモンガは、気まずげな目を入口付近へ向けた。そこでは一般メイドのシクススが立ち、胸高に挙げた手で『アインズ様の御使用につき、貸切り中』のプラカードを持っている。つまり、今はアインズ……モモンガがトイレ使用しているので、女子トイレは他者の使用を禁ずるということだ。
今のモモンガは人化すると女性になるので、人化中のトイレ問題は、先のギルメン会議でも話題となっていた。解決策の一つとして、モモンガ用のトイレを設置することが考えられたが、それは大げさすぎるとモモンガが固辞。当のモモンガからは、「その都度、<
「アインズ様、お済みですか?」
シクススがニッコリ微笑みかけてくる。
転移後世界の人間種感覚で言えば、天上の美に例えられる美人の笑みだ。それを、用を足した直後、しかも女子トイレから出てきた際に向けられ、モモンガは更に頬が熱くなるのを感じていた。
「あ、ああ、うむ。待たせてしまってすまないな。シクスス……」
「いいえ! 少しも待ってはいません! アインズ様のお力になれて幸せです!」
おべっかや謙遜は一切含まれていない。
全身これ、忠誠心と忠誠を尽くせることへの喜びで満ちあふれている。
(お、おお……男性上司のトイレ介助をしているというのに、この笑顔の眩しさ……)
モモンガは申し訳ないやら恥ずかしいやらで、精神が安定化……するかと思ったが、今は人化中なので、恥ずかしさ等はそのままだった。
(はうはう、恥ずかしい……。それもこれも、尿意を我慢できないのがな~……)
先程、食堂から出てすぐ、尿意を催したモモンガは手近にあったこの女子トイレに入っている。自室に転移すべきかとも思ったが、男の時よりも尿意を我慢することができなくなっており、やむなく女子トイレに入ったというわけだ。
(ゲートオープン! とか、やってる余裕すらなかったものな~。危うく漏らすところだったよ……。初回から茶釜さん達の心配が的中したわけだけど、ここまで我慢ができないとは……。女になった俺の身体が特別なのか?)
モモンガは頬のほてりが早く治まるよう、風を切って歩き出す。シクススも少し遅れて歩き出すが、「はうううん。恥ずかしげなアインズ様……愛らしすぎて、それでいてお美しくて……」などと呟きが漏れていた。
ちなみに、『女体化したモモンガが特別に尿漏れしやすい』なのではなく、男性と女性の肉体的違いに理由がある。男性と比べると、女性の方が膀胱と尿道口の距離が短く、尿道まわりの筋力は男性より弱い。ゆえに尿が出やすい構造となっているのだ。
茶釜とやまいこは元より女性であるから、当然知っていた。だが、男性ギルメン達の前で排尿事情を語る気になれず、簡単に理由を述べたのみで、モモンガの女子トイレ使用を強く推していたのである。
(もうちょっと尿意に気をつけて、なるべく自室に転移しよう……)
その場合、シクスス等、アインズ当番の一般メイドはどうなるのか。転移前に居た場所で待機させておくのが無難だろうか。
そういった事を考えていたモモンガは、ふと先の女子トイレにおける用足しを思い返している。
(何と言うか……凄かったな。あれが女性の用足しか……。変な性癖に目覚めそうだ……)
自らの視点で見る『女性の排尿シーン』は、モモンガにとって衝撃的だった。彼とて枯れ木ではなく(現在は精神的に)男性であるから、女性のそういうシーンを見て興奮はする。しかし、排尿シーンで興奮する経験は初めてだったため、戸惑いも大きかった。
(あと、ペーパーで拭いたときにビクッてなったし! この身体、感じやすくないか!?)
食堂でクレマンティーヌが『トイレや風呂での新鮮な感覚』について語ったことで、事前に少し意識していたのもあるだろう。
(さっそく、アレな『新感覚』を体験できてしまったけど……。でもまあ、クレマンティーヌから得た情報は有益だったよな)
モモンガは、食堂におけるクレマンティーヌとの会話を思い出した。
◇◇◇◇
少し前の食堂。
モモンガに『新鮮な感覚』の話をしたクレマンティーヌは、新たな話題を思いついたのか、ニンマリ笑って更に話し出す。
「あ、それとですね、アインズ様。大っきい方をしたとき、女は拭く方向がお尻向きがいいって御存知ですか? 手は股の下をくぐらせたら駄目ですからね!」
「おい……おい、クレマンティーヌぅ!? ここは食堂だぞ!?」
ロンデスが目を剥いて怒っている。声が裏返っているので、その怒り、あるいは動揺は相当なレベルのようだ。その彼を、手の平を突き出すことで制したモモンガは、クレマンティーヌに向けて身を乗り出した。
「ふむ、私は女性になったばかりで、そういったことに疎くてな。是非、聞かせて貰おう」
口調は
一方、クレマンティーヌは軽口として流されることを期待していたため、モモンガが乗り気になると少し驚いていた。そして『その場のノリ』が引いて真面目な気分になると、自分が飲食する場でシモの話をしていることを改めて認識する。
(うっひゃああああ! なにこれ! 超恥ずかしいんだけどぉおおお!!)
言い出したときのノリ。それがそのままなら気にならなかったろうが、一度意識してしまうと羞恥が脳を駆け巡るのだ。
恐れ敬うべき至高の御方に対して何をしてるんだ。相手は『ぷれいやー様』で、神様だぞ~っ! ……と後悔するが、クレマンティーヌにも言い分はある。女性の身体になったモモンガの戸惑ったり恥ずかしがったりしている様子が面白く、さらには至高の御方相手に『女の先輩』として物申せる機会だと調子に乗ってしまったのだ。
(にに、逃げたい! 超逃げたい! けど、アインズ様が聞きたそうにしてるというか、聞かれちゃってるから話を続けないと! ……お、お尻の拭き方を口頭説明しろって言うの!?)
衆人環視の中、しかもロンデスの見ている前で……である。
クレマンティーヌは、自分を一女性として普通に扱ってくれるロンデスに惹かれていた。出会って暫くしてから意識するようになり、ナザリックで共に働くようになってからは心底惚れてると言っていい。
そんな惚れ込んだ男性の前で……それもトイレ指導とは言え、食堂でのシモ話だ。
せめて、モモンガと一対一、個室で話をするのならサラッと話せたのだろうが……。
「クレマンティーヌ、どうかしたのか?」
声をかけられたので、いつのまにかテーブルに向けていた視線を上げると、モモンガが心配そうに首を傾げている。そして、周囲からは興味深そうな視線と聞き耳。極めつけは隣でロンデスが座っていること。
「あ、あうう……」
進退窮まったクレマンティーヌは、涙目で語り出した。
「お、おお、男の人は、どっちに拭いても大差ないですけど、その……女は前の方に、お、おま……じゃなくて、ひ、泌尿器とかがありますから……」
クレマンティーヌは殺害対象をいたぶる際、口調が下品になる……ことがある。
その性癖からか、とんでもない単語を言いかけたが、すんでのところで言い換えていた。この時点で、周囲の一般メイドやロンデスはもちろん、ヘロヘロですら顔を赤くし絶句している。だが、ソリュシャンのみは変わらず平然と聞いているようだ。大して興味がない話題なのだろう。
そして、モモンガはと言うと、性転換した自分の身体のことなので……。
「ふむ、ふむ……それで?」
ひたすら真面目に、クレマンティーヌの講義に耳を傾けていた。
◇◇◇◇
(考えてみれば、食堂で物凄い話をしたもんだよ。恥ずかしい……。けど、ん~……それほど恥ずかしくもないかな? なんでだろうな?)
主に恥ずかしい思いをしたのは、飲食の場でシモ話を振って、それを思い人の前で解説する羽目になったクレマンティーヌであり、モモンガはただの聞き役だったからだ。
(話し終わった後のクレマンティーヌ、泣いてたな~……。悪いことしたかな? したんだっけ?)
モモンガは「う゛わぁあああん! ロンぢゃん! あだじ、頑張っだよぉ~」と号泣するクレマンティーヌと、その頭を撫でながら「そうかそうか、次からは調子に乗るんじゃないぞ?」と慰めていたロンデスを思い出している。
実に仲が良さげで、誰とも交際していない異世界転移直後に見たなら、モモンガは嫉妬したことだろう。
(だが、俺は! すでに交際相手が居るからな。嫉妬するにはあたらないぞぉ! しかも、確定で三人! 未確定のエンリとニニャと……あと、アウラを入れたら更に三人加算だ! ハハハハ! はは、ハァ……。交際相手が予定も含めて六人とか……。俺は、一〇〇年前のラノベの主人公か? 今更だけど……)
そういった事も問題……かもしれないが、今重要なことは、モモンガが人化すると女性になってしまうことだ。そして、そんなことはないと思いたいが、もしも、このまま女体化したままだとしたら……。
リンゴーーン。
モモンガの脳内で鐘の音が鳴り、とある教会での結婚式が再生された。
神父だか牧師だかの格好をしたコキュートスの傍らで、ウェディングドレスを着たアルベド、ルプスレギナ、茶釜、アウラ、エンリ、ニニャが立っている。それら並んだ女性らの対面で立つのは、同じくウェディングドレスを着た女性……のモモンガ……。
(お、恐ろしい……)
モモンガは歩きながら身震いした。
(登場人物全員が幸せそうだったのが、本当に恐ろしい……)
モモンガが女性のままアルベド達と結婚するとしたら、その時点でモモンガの精神は、完全に女性化していることだろう。なんの不満もないに違いない。一点の曇りもなく幸せ……というやつだ。
ところが、今現在のモモンガは、少なくとも精神上は『男性』である。
今考えた『未来図』は、彼にとって恐ろしいと言うほかなかった。
(でも、どうしたらいいんだろう? 本当に誰かと……するしかないのかな?)
今この時、モモンガに答えを出すことはできない。
男に戻りたいから、女の身体で女を抱く。
ギルメン会議で決定した方針とはいえ、そんな手前勝手な都合で、誰か女性に手を出して良いものか。それが交際中の女性であっても、良くはないとモモンガは思う。
いや、良い悪いの前に、性分的に受け入れがたいのだ。
しかし、男に戻りたい気持ちは大きい。
(わからないな、本当に……。どうしたらいいんだろう? 誰かに相談したいけど……。会議決定した後で、誰かギルメンに……ってわけにもな~……)
ギルメンが駄目となると、パンドラズ・アクターが候補に挙がる。彼の知謀は頼りになるが、彼の創造主……父親としての立場があるため気軽に相談しづらい。
こういう時に相談相手として思い浮かぶのは、やはり恋人だろう。
アルベド、ルプスレギナ、ぶくぶく茶釜。
誰に相談するべきだろうか。
複数居る交際相手に、優劣や順位をつけたくはないとモモンガは思う。
だが、思い浮かべた三人の顔。中でも印象が深かったのは……アルベドだった。
(アルベドかぁ……。ルプスレギナは凄く話しやすい感じだし、茶釜さんは『任せんしゃい!』的な包容力を感じるのに……。やっぱり、アルベドなんだよな~……)
タブラが製作にあたり、モモンガの女性の好みを事前調査したため、アルベドは生まれた瞬間から、茶釜やルプスレギナに対して優位らしい。
恋愛ドラマや、恋愛シミュレーションゲームであれば、ここでアルベド・ルートが確定して、他のヒロインを切り捨てたり泣かせることになる。あとはアルベドとのハッピーエンドに向けて、ほぼ一直線。
別の攻略対象に浮気すれば、一転してバッドエンドを迎える可能性もあるだろう。
ところが、モモンガの場合……そうはならない。
何故なら、すでに彼はハーレム・ルートに乗っているからだ。
(……ってことで、いいんだよな? 他の交際相手を差し置いて、アルベドだけに相談しちゃっていいんだよな? だ、大丈夫なんだよな? あとで茶釜さん達、怒ったりしない?)
元々がプレイボーイ気質ではないため、モモンガはオドオドしながら<
「……モモンガだ。アルベドよ、今は手が空いているか? 何処に居る?」
◇◇◇◇
聖王国の従者ネイア・バラハ。彼女の訓練指導を請け負ったペロロンチーノは、迷わずこの方法を採っている。
つまり……。
「はい、次でありんす!」
青空の下、人里から遠く離れた荒野で……深紅の鎧を身に纏ったシャルティアが亜人を蹴り飛ばした。岩のような鱗の亜人は、粗末な槍を持っていたが、事前に受けたシャルティアからの殴打で意識朦朧としている。槍を杖代わりとしているものの、膝は生まれたての子鹿のように震えていた。
そうしてよろめき出た彼を、少し離れた位置からネイア・バラハが狙っている。
構えた弓から矢を放つと、真っ直ぐ飛んで亜人の胴体に突き刺さった。
「ぎげっ!?」
引きつったような呻き声と共に亜人は倒れ伏す。
こうして『新たな死』が、ネイア・バラハの『経験値』となった。
と、このように、ペロロンチーノはネイアを荒野に連れ出し、適当に痛めつけた亜人を前に出してはトドメを刺させていたのである。
もっとも、亜人を用意する担当はシャルティアであり、ペロロンチーノ自身は人化スタイルのままを通しているため、たまに助言する程度なのだが……。
「うう……」
ネイアは殺した亜人に対し、その殺人鬼のような目を向ける。
「モンスター……を倒して強くなるのは知ってましたけど……。このやり方は、どうも……その……」
最初、ボコボコにされた亜人を放り出され「さあ、トドメを刺してくんなまし!」と言われたときは、目が点になったものだ。しかし、結果は着実に現れ、ネイアは強くなっていく。更には、
「ペロ、ンさ……んの御指示に、間違いはないということでありんすえ!」
顔の脇にかかった髪を手ではらい、シャルティアが自慢げに言う。最初にネイアが疑問を口に出したときは、「てめぇ、ペロロンチーノ様の仰ることに嘘があるとでも言いやがるか!」と激昂したものだ。しかし、すぐ後ろに居たペロロンチーノの咳払い一つで制されている。
ペロロンチーノの名が早々に明かされたわけだが、ペロロンチーノは「ペロンが通り名で、本名はペロロンチーノだよ! 内緒にしててね!」と、あっさり流しており、ネイアも「そういうことなら……」と特に気にするでもなく受け入れている。
一方、創造主が偽名を使っているのに、その本名を明かしたシャルティアは大失態だと顔色をなくしたが、ペロロンチーノは「どうせ、そのうちバレるんだし! 気にしない、気にしない!」との言葉どおり、まったく意に介さなかった。
そのペロロンチーノは、人差し指を立てると明るい笑顔で宣言する。
「じゃあ、ネイアちゃんもイイ感じで強くなってきたし、次は模擬戦をしよっか! 迎撃のね!」
「迎撃の模擬戦……ですか?」
返事をしつつ、ネイアは二歩ほど右側で居るシャルティアを見た。
ペロロンチーノの
「次のを用意してくるでありんす~」
そう言って翼の生えた甲冑姿で舞い上がり、十数える間に亜人を連れて戻ってくる。
連れて来られた亜人は、飛んでいるシャルティアにちょっかい出そうとした者達らしいが、ネイアの前に出されたときは一人の例外もなくシャルティアに対して怯えていた。拉致するにあたって相当恐ろしい目に遭わされたことが窺える。もっとも、亜人達は皆、ボコボコに顔を腫らしているので、どんな目に遭ったかの想像は容易なのだが……。
そんなシャルティアと模擬戦。
相手になるわけがないと思う一方、ネイアは更に首を傾げた。
迎撃ということは、相手はネイアに向かって接近してくるのだろう。訓練に付き合ってくれる知人を相手に、矢を放つのは気が引ける。そもそも戦闘時、弓手が単独で戦うことは少ない。接近されたなら、前衛の戦士職などが戦うべきなのだ。
「弓手ってのは、後ろで弓引いてるだけとは限らないよ!」
こういった疑問をネイアが持つことは想定範囲だったのか、ペロロンチーノが追加説明を行う。
「人手が足らないときは斥候になることもあるしね! そういうとき、敵に襲われて接近戦になることだってあるじゃない! 前衛を擦り抜けて、後ろまで敵が飛び込んでくることもあるし! 要はアレだよ、迎撃の模擬戦って言ったけど、護身術の訓練みたいなものさ!」
そう言われると、納得できる……ような気がする。
ただ、相手がシャルティアとなるとネイアは怖じ気づいてしまうのだ。
「で、でも……ですね。シャルティアさんは強すぎて……」
「ネイアちゃん」
ペロロンチーノが鼻の下を指で擦り、自分を親指で指し示す。
「俺はシャルティアが相手だなんて、一言も言ってないけど?」
◇◇◇◇
ペロロンチーノが考案した、迎撃の模擬戦。
それはネイアが、遠くから迫ってくるペロロンチーノと戦うというものだ。
ペロロンチーノを良く知る弐式炎雷などが聞いたら、「それって事案じゃないの?」と言いそうだが、良く知らないネイアは真面目に確認している。
「本当に私だけが攻撃するんですか?」
弓矢装備のままのネイアが言うので、ペロロンチーノはニコニコしながら頷いた。
「大丈夫だよ! 渡した矢じりは、怪我しない仕様のマジックアイテムだし!」
どのみち、ネイアが普段使いしている矢を使ったとして、それが当たっても装備の差でダメージは通らないのだ。ペロロンチーノは、そのままの矢で模擬戦を行おうとしたが、ネイアが危ないと言うので、アイテムボックスから前述の矢じりを持ちだしたのである。
「いえ、そうではなくてですね……」
ネイアが言いたいのは、非武装の相手を射る行為が、やはり落ち着かないというもの。それを説明されたペロロンチーノは、少し考えてからニパッと笑う。
「俺が必要だと思ったことなんだよ。俺は弓使いだからね。ネイアちゃんが弓を使ってるのを真正面や間近で見て、それで色々と解ることもあるわけ。それにさ、俺の避け方とか立ち回りを見るのは、ネイアちゃんにとって良い勉強になるんじゃないかな?」
「な、なるほど!」
ようやく納得したのか、ネイアが興奮気味に感心している。
「わかってくれて嬉しいよ!」と言いながら、ペロロンチーノは内心でほくそ笑んだ。
(計画どおり……)
それっぽくネイアを諭していたが、言うまでもなく狙いがあってのこと。
そもそも迎撃での護身術を向上させたいのなら、シャルティアと模擬戦をすれば良い。何も後衛のペロロンチーノが相手する必要はないのだ。
では、ペロロンチーノの狙いとは何か……。
「ルールの説明をするよ! まず、弓の射程ギリギリまで俺が離れます! ネイアちゃんは特別な矢だけど、殺すつもりで攻撃してきてね! 俺は歩いたり走ったりして……何射目で到達するかは、その時によるかな。俺がネイアちゃんの肩とか頭とかにタッチしたら、それで一回終了だよ! 接近戦になっても諦めずに、タッチされるまで頑張って躱してね!」
「は、はい!」
ネイアが固い声で返事をした。
ダメージの入らない矢とは言え、敵でもない知人を弓で射るのは、相当なプレッシャーなのだろう。そして、特別なアイテムの持ち出しまでしてくれるペロロンチーノに対し、ネイアは大きく感謝しているようだった。
……と、そんな大真面目な少女を前に、ペロロンチーノは『合法的なタッチ』について了承を得られたことで内心舞い上がっていたりする。
(ひゃっほ~い! 昔のエロゲーなんかで、よくあるじゃん! 『君のラケットの振り方はなっていない、こうするんだ!』『こ、コーチ、身体がくっつきすぎです……』みたいなやつ! あれ、やってみたかったんだ~っ!)
だが、エロゲーでならともかく、そのまま現実でやると……ただの性犯罪者だ。
そこでペロロンチーノは訓練を隠れ蓑とし、いきなりの密着ではなく少しずつの『お触り』とした。この小細工は上手く行ったようで、ネイアも今のところは不審に思っていないらしい。
(いいね、いいね! さ~、何処までやっても大丈夫か、少しずつ確認しますかね~……)
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にその人ありと言われた爆撃の翼王……ペロロンチーノ。エロゲーマスターとしての一面は、ギルメンや近しい者が知る程度だったが、本来、こういった直接的な行為に及ぶ男ではない。ネイアが細身かつ、怖い目つきという付加価値があったとしてもだ。
どうしてこうなったのか。
やはり、異世界転移して異形種化したことに原因があるのだろう。
アンデッドであるモモンガなどと違うのは、ペロロンチーノが鳥人であること。猛禽類の本能のようなものが、ペロロンチーノの歯止めを効きにくくしているのだ。
有無を言わさず手籠めにしたりしないのは、元々のペロロンチーノの気質と、エロに対する彼のこだわりが関係する……のかもしれない。
ともかく、模擬戦は始まる。
「いつでもいいよ~っ」
充分に距離を取ったペロロンチーノが声をかけると、遙か遠くのネイアから……少し遅れて矢が飛んできた。ただし、当たらない。有効射程ギリギリなのだから当然だ。
「俺の理想としちゃ、この距離ぐらいなら頭に当てて欲しいんだけどね~……」
「ペロロンチーノ様は、あの娘のことがお気に入りなのでありんしょうか?」
隣で立つシャルティアが話しかけてくる。
ペロロンチーノ一人で的になる予定だったが、シャルティアが「御一緒しても?」と上目遣いで訴えてきたため、ペロロンチーノは承諾するしかなかった。
そして模擬戦が始まるなりの質問。ペロロンチーノはシャルティアの意図を掴めなかったが、それでも回答するべく空を見上げる。
「お気に入り? ん~……」
自分にとって、ネイア・バラハとはどういう存在なのか。
お気に入りか……と聞かれると、気に入ってるとペロロンチーノは思う。
頑張り屋で、真っ直ぐで、自分を信頼してくれる女の子。
元の
(エロゲーでは何千人と見たけどね~……)
そんなネイアに対し、自分は訓練の一環と称して『お触り』をしようとしている。
現実の……エロ行為だ……。
(はうあっ!?)
……ペロロンチーノは正気に返った。
空を見上げたまま、顔の左側で汗が伝って落ちる。
(やべぇ……。俺、発狂しかけてた? そんなにゲージは溜まってないと思うんだけど……)
少し考え、自身の種族特性にかかる問題ではないかと思い当たり、ペロロンチーノは舌打ち……しようとして、見上げてくるシャルティアの視線に気がついた。
周囲を幾本かの矢が通過していく中、ペロロンチーノは不安げなシャルティアに笑いかける。
「お気に入り……かな? こっちの世界に女の子は大勢居るだろうけど、その一番手かもしれないね、ネイアちゃんは……」
そうペロロンチーノが言うと、シャルティアはこの世の終わりのような顔になるが、ペロロンチーノは手を伸ばし、ヘルム越しでシャルティアの頭を撫でた。
「まあ、特別の一番はシャルティアなんだけどね!」
「ペロロンチーノ様!」
さっき曇ったばかりの顔が輝かんばかりだ。
潤んだ瞳で見上げてくるシャルティアに、ペロロンチーノは気恥ずかしさと嬉しさを隠せない。
シャルティア・ブラッドフォールンは、ペロロンチーノにとっては理想……エロゲー的な理想を可能な限り詰めこんだ女の子である。転移後世界で動いている彼女を見たときは悶絶しそうになったが、生きて動き、考えて話す彼女に夢中になるまで時間は掛からなかった。
(俺は、幸せだなぁ……)
あの先のない『元の
ナザリック地下大墳墓があるし、モモンガを初めとする気心知れた友人達が大勢居る。
口うるさくて怖いけど、姉も一緒だ。
何より……シャルティアが居る。
「さて、ネイアちゃんの所に行こうか……。彼女にタッチする度に仕切り直しだけど……。それはシャルティアにお願いしようかな? 結局、シャルティアにお願いすることになっちゃったね!」
「よ、よろしいのでありんすか? 本当はペロロンチーノ様が……」
一瞬、肉欲に瞳を歪ませたシャルティアは、すぐに遠慮してみせた。楽しいことは創造主に……と思っているらしい。そんな彼女に、ペロロンチーノは「いいの、いいの」と言って笑った。
「いきなり俺が色々するのもね~。これからも時間はあるんだし、今日は女の子同士で仲良くするといいよ!」
「そ、そういうことでしたら! お任せでありんす!」
シャルティアが甲冑の胸を反らせる。と、ここで、ついに矢が命中するコースで飛んできた。数を撃てば何とやらだ。
もっとも、それはシャルティアが持つスポイトランスで弾かれる。
「ようやく、当ててきたようでありんして……」
フンと鼻を鳴らし、ネイアを見やるシャルティア。その横顔に惚れ惚れしながら、ペロロンチーノは歩き出す。
「弾くのは簡単だろうけど、いい感じで動いて狙いをつけさせないようにね。でも、到底無理だとか思わせるのは駄目だよ~」
「委細承知でありんす!」
弾んだ声で言うシャルティアが、ペロロンチーノの前に出て蛇行しだす。たちまち矢が当たらなくなった。
ペロロンチーノは頷くと、自分も蛇行しながら遠くのネイアを見る。
強化された視力で表情がよく見えるのだが、真剣な表情で次の矢を放つ彼女を見ていると、ペロロンチーノは何となくだが嬉しいような気分になった。
(何だろうね、この感覚……)
それは親しい者と一緒に何かをする楽しさか、あるいは異性と共に過ごす時間の楽しさか……。ペロロンチーノには解らない。
シャルティアが質問し、それに対して答えたときの「お気に入り」というのが、自分で思っていたよりも、言葉どおりの意味だったのだろうか。
「わからないな~。わからないけど……女の子と楽しくするのは、嬉しいかな……」
少なくとも悪い気分ではない。
そうやって自分の気持ちを確かめていると、遠くから「ひゃあああ!? しゃ、シャルティアさん! 胸を
ペロロンチーノが前方に注意を向けると、弓と矢を両手に持ったネイアが、そのままの手で胸を隠すように自分を抱きしめている。そのネイアを、シャルティアがニタニタ笑いながら見上げているのが見えた。
「もう、あそこまで行ったのか……。シャルティアには、もっと手加減するように言わないとな~」
ぼやくように言ったペロロンチーノは、意識して明るい声をあげる。
「はい、一回目終了! シャルティア! 俺のところへ戻って来て!」
その声を聞いたシャルティアは、ネイアを見たままで一瞬動きを止め、驚いたようにペロロンチーノを見た。そして、弾けんばかりの喜色を表情と声に宿して叫ぶ。
「はい! 妾は御身の元に……戻ります! 今すぐに!」
2022年、最後の投稿になります。
感想や評価コメントに支えられて、ここまで書いてきました。
大晦日にシモ話で申し訳ない限り。
そして、ペロロンチーノさんを危うく性犯罪者にするところでした。書き始めた頃は、本当にタッチさせようとしてたんですけど、こんな感じになってます。
もうすぐ最終回と言って、なかなか終わらないのもどうかと思うのですが、亜人との決戦について開始タイミングを好きなように出来るようにしましたので、暫くは日常回が続くと思います。
ギルメンが複数居ますので、この機会に色々書いておかないと。
頃合いを見て、亜人と戦う感じですかね~……。
それでは皆様、良いお年を……。
<誤字報告>
D.D.D. さん、トマス二世さん、戦人さん
毎度ありがとうごさいます。