オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第112話

「お許しを得て本心を述べますと……良い気はしませんね」

 

 湯気立つティーカップを皿へ戻しながら、アルベドが言う。

 今、彼女は言ったのだ。

 ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の御方……その代表たるモモンガは「好きなように女性を抱いて許される」と言ったその口で、本心は良い気分ではないと。

 すべてにおいて『至高の御方』を優先するナザリックの(しもべ)が、そういった物言いをすることの異常さ。それを、モモンガは身にしみて理解できていた。

 

(俺達に対して粗相をしたら、すぐ死ぬって言ったり! 下等な人間共は至高の御方に対して頭を垂れるべきとか! そんな感じが基本なのに!)

 

 すぐ死ぬ発言は、ここ最近は聞かなくなっているが、それでも至高の御方に対する忠誠心は絶大だ。にもかかわらず、アルベドは「さっきはああ言ったけど、実際は嫌」と言ってのけたのである。 

 

(た、タブラさん! アルベドが、アルベドがーっ!!!)

 

 混乱の極みに達したモモンガは……ソファに座ったまま異形種化した。

 瞬時に精神の安定化が発動し、モモンガは落ち着いた気分となる。背もたれに体重を掛けて天井を見た後、そのまま視線を下げ、人化してからアルベドを見た。

 

「いや、失礼したな。少し気分を落ち着けたくなったのだ」

 

 魔王ロールの口調で言うも、今は女性化しているので女声。表情とて真面目顔だが、顔立ちが美人なので……今ひとつ迫力に欠ける。

 

(わかってはいるんだ。女の躰になってから、鏡の前で表情作りの練習をしたからな! ……威圧感が必要な表情が上手く出ないんだよ~……)

 

 頬を膨らませてむくれている……そんな自分の顔を確認し、モモンガは脱力したものだ。こいつ殺してやる……ぐらいの殺気を込めると迫力は出るが、それは今のアルベドに見せて良い顔ではないだろう。

 

「失礼など一切ありません。どうぞ、モモンガ様のお心のままに……」

 

 そう言って微笑むアルベドは、本当に美しい。

 アルベドの製作にあたって、タブラはモモンガの好みを調査したそうだが、何から何までモモンガのストライクゾーンにはまっている。種族としての分類上、アルベドはサキュバスであり、もう少しガツガツ攻めてくるかとモモンガは思っていたが、今のところ、彼女は清楚な大人の女性として見えていた。

 

(俺の設定改変が効いてるのかな?)

 

 自らしでかしたことなので、設定改変のことは常々気になっている。

 しかし、異世界転移してから今日まで、アルベドは設定改変のことでモモンガを責めたことはなかった。むしろ喜んでいるぐらいだ。

 かつてはゲーム設定上、モモンガの補佐で(玉座の隣で立たせていただけだが)、今では愛すべき交際女性。そのアルベドに尽くさせ慕わせ、モモンガからは指一本触れない現状は、果たして彼女の気持ちに報いているのか。

 モモンガは考えた。苦悩もした。

 そしてギャグ漫画的表現で言えば、目が渦巻き状になるところまで頭が熱くなったところで、何とか言葉を絞り出す。

 

「だ、抱くとしたら、最初は……アルベドにお願いしたいものだ。……今すぐの話ではないがな!」

 

 アルベドの眼光に獣気が宿るのを見たモモンガは、慌てて付け足した。女性化して声が高くなっているため、ほとんど悲鳴である。アルベドの方でも精神の停滞化が発生し、落ち着きを取り戻している。

 そして二人、同じタイミングで紅茶を飲み干してから、モモンガが口を開いた。

 

「なんか、とんでもないことを言ってしまって、すまないな。いや、交際している間柄ではあるんだが、こういったことを頼むのは何と言うか……その、嫌じゃないか? しかも、今は同性同士だろう?」

 

 ブツブツ呟くように言うモモンガは、顔を伏せがちだが、その目は上目遣い。

 ペロロンチーノが同席していたなら「(にょ)モンガさんの萌え死眼力、マジぱねぇ!」と叫んだであろう視線は、アルベドの胸を正面から撃ち抜いた。

 

「ぐふぅ!?」

 

 ティーカップを置いた後で良かった……と、アルベドは胸を押さえながら思う。

 持っていたら取り落としていたところだ。

 アルベドは「どうした! アルベド!?」と狼狽えるモモンガに対し、大丈夫ですと答えてから、気を落ち着かせるための時間を貰う。

 

(モモンガ様、なんて愛らしいの!? 男性だったときとは、また違った魅力! これがタブラ様が仰ってたギャップ萌え!?)

 

 正確には、女性化して違った魅力が見えている……新鮮さだろう。他の要素があるかもしれないが、今のアルベドにはわからない。

 ギルメンを敬愛するナザリックの(しもべ)はもちろん、元よりモモンガを知り、親しみを感じているギルメンまでもが女モモンガに『魅力増し増し感』を覚えるのは、そういった新鮮さが理由なのだ……とアルベドは考えていた。

 

(くふう、この股間を潤す感覚! 女性に魅力を感じるって、こういうことなのね! シャルティアの性癖が理解できちゃって困るわぁ……。ふう……)

 

 精神の停滞化が発生する。

 異世界転移した直後は、モモンガのことで気が高ぶると即座に発生していたものだ。しかし、最近ではタブラが言うところの『設定改変のなじみ』が進んでいるのか、停滞化するタイミングが遅い時がある。

 このまま、自分はどうなるのか……そう思ったこともあったが、その辺は創造主たるタブラが相談に乗ってくれた。

 

「そうだね~……最終的に自制心の強い女性になるのかな? サキュバスとしての行動理念が変質することはないだろうけど、要所要所でグッと堪えられる感じさ。そうなると、奥ゆかしさも増して……モモンガさんの好みにまた一歩踏み込むだろうね! 頑張れ!」

 

 そう言ってサムズアップするタブラ(異形種状態)の姿を思い出し、アルベドは鼻血を噴出しそうになる。

 

(モモンガ様の好みに一歩前進! ふう……素晴らしいわ……)

 

 欲情を噛み殺しつつ鼻血を堪え……外見は清楚なままのアルベドは、穏やかな笑みと共にモモンガを見返す。

 

「他の女性相手だと正直趣味ではありません。ですが、今回は別腹……ふう……いえ、別です。モモンガ様が(わたくし)をお求めになるのであれば、歓喜と共に我が身を捧げます。今す……ぐにでも(わたくし)の準備はできていますので」

 

 言っている最中に、二回ほど精神が停滞化したらしい。

 今の停滞化は間隔が短かったが、どうやら先の停滞化から時間がたっていないと停滞化しやすくなるようだ。

 最終的に落ち着いた物言いで締めくくられたが、モモンガはというと、少しばかり怖じ気づいてしまった。

 

(設定替えしたアルベドでも、ここまで取って食われる感があるとは……)

 

 もしも、モモンガがアルベドの設定替えをした時、『モモンガを愛している。』と最後まで入力しきっていたら……。

 この場でのモモンガは、どうなっていただろうか。

 NPCのアルベドは、創造主……制作者のタブラによって、元からモモンガを愛していると設定されていた。そこへ、更に愛していると加えるのだから、モモンガに対する愛情強化は二倍では済まないかもしれない。

 そう考察したのはヘロヘロだったが、愛情が二倍以上のサキュバスに襲われていたら、モモンガは補食されるがごとく陵辱されていたことだろう。平たく言って強姦である。

 ブルッと背筋を震わせたモモンガは、少し尿意を感じたこともあって席を立った。

 

「参考になった。私の方では気持ち的に準備が必要なのでな。その時が来たら、アルベドに協力して貰うこともあるだろう。その時は……よろしく頼む」

 

 魔王ロールを心がけるのだが、直前までの会話内容を意識して頬が熱くなった。当然ながら、一緒に席を立つアルベドは気がついているだろう。一瞬目の色が変わったものの、奥歯を噛んでモモンガに微笑む。

 

「はい。(わたくし)、その時を心待ちにしていますね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 歩いて通路に出たモモンガは、扉脇で待っていたシクススと共に女子トイレへと向かった。

 そして用を足すと、すでにアルベドが退室している自室へ戻って執務机に移動する。

 椅子の背もたれに体重をかけ、ホッと一息ついたたモモンガは……部屋の隅、モモンガが用意した丸椅子で腰掛けるシクススを一瞥した。

 

(俺のトイレ介助当番だけど、ずっと部屋の前で立たせておくとか無理! 女の子に「俺の尿意が高まるまで立って待っとけ」とか、そんなの言えるわけないだろ!)

 

 かくしてシクススは、モモンガの自室内にて待機することとなったわけだ。最初は部屋の隅で立っていると主張したが、それでは部屋に入れた意味がないし、モモンガの精神衛生上良くない。なので、命令により丸椅子で座らせているのである。

 

(今も真剣な顔で俺のこと見てるし!) 

 

 モモンガは頬を染め、苦虫を噛みつぶす表情でシクススから目を逸らした。

 

(こうなったら、早いとこ女の身体に慣れて、誰の手も借りずにおトイレできるようにならなくちゃ! ……って、女の身体に慣れてちゃ駄目だろ! 元に戻るんだよ! 男の身体に!)

 

 内心の独白に声なくツッコミ。

 執務机をドンと叩きたいが、それをやるとシクススが怯えてしまうので、ストレスの発散もままならない。

 モモンガは異形種化して死の支配者(オーバーロード)になった。

 

「……ふう。落ち着いたか……。このアンデッド特性……精神の安定化は素晴らしいな」

 

 動揺しても異形種化をすれば落ち着くことができる。

 先程のアルベドとの対談時にも役立ったし、まことに便利だ。

 難点を言えば、喜びの感情なども抑制されることだろう。

 実際、ギルメンとの合流確定の報告を受けた際、死の支配者(オーバーロード)の姿で居たことから歓喜が抑制されることもあった。

 その時は腹が立ったものだが、それ以外、これまで特に問題はなかった……とモモンガは思う。

 

(改めて思うに、精神の安定化は本当にメリットが大きい。いや、ギルメンが大勢一緒に居てくれるから精神的に助かってるのは、もっと大きいし、理解もしてるけどさ。だが、もしも、俺一人で異世界転移していたとして……特に不安なく過ごせていたかもしれないな!)

 

 ギルメンが居ない状況は想像するだけで胃が痛くなる。血を吐きそうだ。しかし、この精神の安定化があれば、少なくとも自分は不安でおかしくなることもなく、せめて精神ぐらいは人のままで居られるのではないか。

 

(今と同じで、ナザリック地下大墳墓が一緒に転移してるとしたら。まあ、NPC達も一緒だよな? 忠誠心が凄すぎるのはアレだけど、いたらない俺のことをフォローしてくれるだろうし……こりゃもう大丈夫ってことだよ!)

 

 と、このようなことを考え、モモンガは気を紛らわせている。モモンガ自身、難点を無視した脳天気な発想だ……という自覚はあった。しかし、気晴らしで都合の良いことを考えているだけなのであり、当人としてはこれで良いのだ。

 ……『だが、もしも』……別の世界線で、ギルメンとしては一人きり、ナザリック地下大墳墓と共に異世界転移をしたモモンガが居たとして……。その『彼』が、今の脳天気な考えを聞いたとしたら、どんな顔をするだろうか。

 今のところ、おおむね満たされているモモンガには想像もつかない。

 だから、それ以上深く考えることをせずに席を立った。

 

(アルベドは待ってくれると言っていた。俺は……もう少し気持ちの整理をするか……)

 

 人化して女性体となり、おトイレ番のシクススを伴って通路を行く。モモンガは特に行き先を決めて歩いていたわけではないが、ふとギルメンの誰かに会いたくなった。

 今居るメンバーは、ナザリック地下大墳墓の行動表……ギルメンの在席や外出、外出しているなら行き先が一目で把握できる掲示板。円卓に設置されている……で把握できている。

 

(建御雷さんは武器作成、ブルー・プラネットさんはカルネ村で農作業中、メコン川さんとベルリバーさんは請負人(ワーカー)と冒険中だったかな。……たっちさんとウルベルトさんは外出してないはずだから……)

 

 モモンガは、ウルベルトに向けて<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 二人並べてウルベルトを選択したのは、たっちは家庭事情の問題で精神が不安定になることがあるからだ。それを理由に、たっちとの面会を嫌がるモモンガではないが、この時は、そっと見守りたい気持ちがあった。

 

「<伝言(メッセージ)>。……あ、ウルベルトさん? 俺です、モモンガです。今、大丈夫ですか? いえ、ちょっと暇してたもので、誰かの所に遊びに行こうかと……え? ショットバーに居る? じゃあ、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)……じゃなかった、シクススを連れていますから<転移門(ゲート)>で行きますね」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「いや~、モモンガさん。シクススは勿論だけど、女っ気が増えて良いことですよ。はははは……」

 

 黒いシルクハットを被った二足歩行の山羊が、乾いた笑いでモモンガを出迎えた。

 ウルベルト・アレイン・オードルが居るのは、ショットバーのカウンター席。座席を回し、<転移門(ゲート)>で出現したモモンガを見ている。それほど酔っているようには見えないが、雰囲気がおかしいのは……隣に白銀の騎士、たっち・みーが居るからだろう。

 二人の不仲は周知のとおりなので、並んで座っているのを見れば、「ああ、面倒くさいところに出会した」とギルメンなら誰もが思う。

 モモンガはヒクリと引きつった笑みを浮かべると、静々と進んでウルベルトの隣、たっち・みーとは反対側に腰を下ろした。その際、最強装備では肩アーマーが邪魔なので、簡易的な漆黒のローブに(アイテムボックスを活用した瞬時の装備替えで)着替えている。

 ビクビクしているマスターのクラヴゥを一瞥し、モモンガは「まずは水」とだけ言って、ウルベルト側に肩を寄せた。

 

(「何なんですか、この状況。たっちさんが居るのは聞いてなかったですけど、居るのは良いんですよ。ただ、何故たっちさんは、ああなってるんです?」)

 

(「私だって解りませんよ。後から入って来て、わざわざ隣で飲んでたんですけど……最初は特撮話をしていたのが……」)

 

 途中から家庭事情の話になり、こりゃヤバいと思ったウルベルトが席を立とうとすると、肩を掴んで立たせてくれないらしい。

 

「なんで俺が、こいつのこういうのに付き合わないといけないんだか……」

 

 ウルベルトは山羊顔を左右に振りながら溜息をつく。

 

(こんな情けない顔をしたウルベルトさん、滅多に見ないよな~……)

 

「そう言えば、お二人のNPC……デミウルゴスとセバスはどうしたんです?」

 

 ウルベルトが言うには、デミウルゴスに関しては通常業務に戻しているとのこと。元より一人で飲みたい気分だったので、同行させなかったのだ。セバスの場合は、たっちがショットバーへ入った時点では彼に同行していたが、たっちの様子がおかしくなったので通常業務に戻したらしい。

 そこまで説明したウルベルトは、右側で飲んだくれているたっちをチラ見してから、モモンガに囁きかけた。

 

(「一応、たっちの許可を貰って俺が命じたんですけどね。いや、だって、創造主がアレな感じになって、セバスのオロオロした様子ったらなかったですよ……」)

 

(「たっちさんを悲痛な顔で見ているセバスの様子、容易に想像ができますね……」)

 

 どうやら、「たっちの面倒は見ておくから、お前は仕事がてらツアレって奴の様子でも見てこい」と言いつけたそうだが、モモンガはナイス判断だと思う。若い娘さんと話でもして、気を落ち着かせるのが良いのだ。

 そうなると、次はたっちの気を落ち着かせなければならないのだが……。

 (しもべ)の前で内輪話をするのもどうかと思う。

 

「今更かもしれんが、クラヴゥは席を外してくれ。たっちさんを宥めるのでな……」

 

 モモンガが言うとクラヴゥは頷いたが、席を外す前にウルベルトから「あ、酒瓶を幾つか置いて行ってくれます? お薦めのでね?」と要望されたので、酒瓶を十数本、そしてモモンガのグラスを出して奥へと姿を消した。

 更に、シクススにも通路での待機を命じると、ショットバーにはモモンガ達三人だけとなる……。

 

「さて、どうします? モモンガさん?」

 

「どうしますって言っても、ウルベルトさん……どうしましょう?」

 

 モモンガとウルベルトが顔を見合わせていると、たっちが「んあ?」と声を出した。ブツブツ呟きながらの飲酒だったが、ここでようやく、モモンガが居ることに気がついたらしい。剥き出しの虫顔をゆっくりと左に回し……最初に目が合ったウルベルトは無視(ウルベルトのこめかみに血管が浮くが、これも無視)して、前のめりにウルベルトの向こうに居るモモンガを覗き込んだ。

 一方、表情が解らない虫顔なのに目が据わっているように感じたモモンガは、数センチほど、たっちとは反対側に上体を反らしている。かなり酔いが回っているたっちに、どんな絡まれ方をするのか。

 

(うう……。しっかりしろ! 俺はギルド長だぞー!)

 

 内心で自らを叱咤するモモンガ。しかし、引きつった顔で見ていると、たっちが振りまく負のオーラが霧散していく。プシューというガス抜けの音が聞こえるようだ。

 たっちは、スッと背筋を伸ばすとカウンター上に置いたヘルムを取って装着。咳払いをしてからモモンガに語りかけた。

 

「え、ええと、これはモモンガ……さん!? は、はは、いやあ、お酒ですか? ちょうど良いことに、そこに沢山のボトルが……ええと、え……ええ?」

 

「ちょっと待てーっ!!」

 

 震える声で話すたっちを、目を剥いたウルベルトが遮る。

 

「何ですかウルベルトさん、突然大声を出して……。頭が痛くなるじゃないですか」

 

 少し飲み過ぎましたかね~。妙なモノが見えちゃって……と首を振るたっちを見て、ウルベルトは更に頭に血が上ったようだ。

 

「何ですかじゃねーよ!」

 

 呆気に取られているモモンガを放置したまま、ウルベルトが席を立ってたっちを指差す。

 ついさっきまで、壊れた家庭事情について愚痴を言いながら、酒に溺れていたではないか。それが、モモンガを見るなり落ち着くとは……。

 

「俺が、もう止めとけとか言っても聞かなかったくせに! それに、お前の様子が変だぞ! いったい、どういう……うっ!?」

 

 我慢の限界に来ていたウルベルトだが、ジッと見つめ返してくるたっちに気圧されて言葉を切る。たっちは言った、「やっぱり見えてる……。目の錯覚じゃない……。ウルベルトさん、気がつかなかったんですか?」と。

 

「気がつかないって……何を?」

 

「モモンガさんの背後ですよ! いや、背景と言うべきか!」

 

 突然に名前を出されたモモンガは、戸惑いつつ自分の顔を指差した。

 

「……俺?」 

 

 モモンガにしてみれば一連の会話の、このタイミングで自分の名前が出る理由がわからない。しかし、たっちに言われて反対側、すなわち自身の左側で座るモモンガを見たウルベルトは、その山羊顔を驚愕で染めた。

 

「な……んだと? モモンガさん……それは、課金エフェクトか何かですか?」

 

「はい?」 

 

 わけがわからない。

 モモンガの記憶では今、たっちやウルベルトが驚く、あるいは知らないエフェクト効果がある何かを発動していないはずだ。

 

(絶望のオーラだって出してないよな? 人化してると出せるものじゃないし。二人とも、何を言ってるんだろう?)

 

「あの、お二人とも? 俺に何かあるんですか?」

 

 この問いに対し、ウルベルトがモモンガを指差しながら上擦った声で答える。

 

「何かって、花ですよ、花! モモンガさん、背景に百合の花を背負ってるんですよ!」

 

「はっ? はあああああっ!?」

 

 モモンガが驚愕の声を挙げた瞬間、彼(彼女)の周囲で咲く……よう、たっち達に見えていた百合の花が増量した。

 同時に、モモンガからは普通に見えていた二人は、爆発の閃光に溶けて消えるような感覚を覚える。カッ! と閃光で視界が埋まり、自分達が影を溶かすように消失するという、あの視覚効果だ。

 

「な、なんつー破壊的な魅力だ。モモンガさん、ヤバすぎですよ……」

 

 爆心地のすぐ隣で居たウルベルトが、右手の甲を額に当ててよろめく。その向こうの席で座るたっちは、カウンターに手を置くようにして身を乗り出していたが、力なく肘を突いていた。

 

「危ない……本当は男性なのに……。これは危険だ……」

 

 鬱も吹き飛んだようで、何やら驚いている。

 しかし、一番わけがわからないのはモモンガだ。

 

「どういう事なんですか! 説明してください! たっちさんが落ち込んでるんじゃなかったんですか!?」

 

 真剣な表情で怒るも、やはり二人の反応は微妙である。「いや、そうじゃなくて」とか「私のことは別に良いんですよ!」とか、よく解らないことをモゴモゴ言っている。

 色んな意味で話にならないため、モモンガは助っ人を呼ぶことにした。

 こめかみに指を添えると、<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

「あ、モモンガです。ちょっと御相談がありまして、ショットバーまで来て貰えますか? え? ぷにっと萌えさんと、やまいこさんがそっちに居る? ぐぬぬ……よ、よろしくお願いします。タブラさん……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「うっはぁああああ! モモンガさん、お花を背負ってるーっ!? 可愛いよぉおおおおおお! 少女漫画みたーい!」

 

 <転移門(ゲート)>の暗黒環から出てきたやまいこが、モモンガを見るなり縮地のごときダッシュで抱きついてきた。やまいこは衣装こそ半魔巨人(ネフィリム)時の装備だったが、人化していたため小柄である。従って黒ローブのお姉さんに、少女が抱きついているという百合百合しい光景が……。

 モモンガは「はは、ハハハ……」と困り顔だが、その大きな胸に顔を埋めてグリグリしているやまいこは満面の笑顔だ。

 そして、そういった光景を見せられている男性陣は、驚くやら呆れるやらで言葉もない。

 たっちとウルベルトは疲れたのか、やまいこにせがまれて彼女を膝に乗せているモモンガをジッと見ていた。

 

「事案……なんですかね?」

 

「いつまで、おまわり気分なんだよ? じゃれてるだけだろ?」

 

 力なく呟く二人の側に歩いてきたタブラとぷにっと萌え(共に異形種状態)は、興味深そうにモモンガを見る。そして、タブラが先に口を開いた。

 

「たっちさんの『正義降臨』みたいな、課金エフェクトじゃないんですよね?」

 

 自分達が知らない以上、違う……と、タブラ達は思う。ああいった面白効果のあるアイテムを購入したら、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンなら、ネタにしようとして見せびらかすはずだからだ。

 

「俺たちが引退した後に、モモンガさんがお遊びで入手したアイテム……という線もありますけど。まあ、違うんでしょうねぇ」

 

 ぷにっと萌えが、乾いた笑いと共に頭を掻く。そして周囲の男性陣を見回した。

 

「それで……ですね」

 

 モモンガがやまいこの相手をしている間に、タブラ達四人は互いの意見をまとめる。

 まず、人化したモモンガが、たっち・みーの課金エフェクトのように花を背負っていること。

 今は百合の花を背負っているが、他の花も出現するかは検証の余地があること。

 背負った花に、何かしらの効果があるのか……ということ。

 最後に、この花が出現したように見える効果は、いつ、どのタイミングで発生するようになったのかということ。

 おおむね意見を取りまとめた四人は頷き合うと……タブラ以外の三人が、タブラに目を向けた。

 

「はあ、わかりました。私が聞き取りをするんですね?」

 

 困った様子で溜息をついているが、声が弾んでいるのは楽しいからだ。それが理解できるたっち達は、足取り軽くモモンガの席へ向かうタブラを「行ってらっしゃ~い」と見送るのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 タブラを始めとした五人のギルメンから、「今のモモンガさんは花を背負ってる!」と聞かされ、モモンガは驚愕した。

 やまいこのセリフであるが、まるで少女漫画だ。

 しかし、言われたところで自分の目には見えないのだが、本当に百合の花など出現しているのだろうか。確認のため、皆に聞いてみたところ、その時々で出たり消えたりしているとのこと。

 通路で待機させていたシクススを呼び入れ、驚く彼女に、いつから花が見えていたかと聞くと「今、初めて見ました!」と証言したことから、ショットバーに入ってシクスス達を退室させてから花が出現したと推測される。

 

「しかし、何故、俺の背景に花が出現したんでしょう? 何の効果が……いや、このタイミングというのがどうにも不可解で……。何で今頃……」

 

 途方に暮れるシュンとした姿が、またもや花を背負った。今度も百合の花だ。

 やまいこが「綺麗~っ!」とはしゃいでいるが、これを見たタブラはぷにっと萌えと視線を交わす。

 

「ぷにっと萌えさん。モモンガさんの感情の起伏によって花が出ているように見えますね」

 

「タブラさんも、そう思いますか? そうなると、モモンガさんの意思でオンオフができそうですね」

 

 二人の考察は続く。

 モモンガの意思で花の出し入れができるとしたら……あれ? これは、もしかして……。

 

「うん?」

 

 カウンター席に座り、膝の上にやまいこを乗せたモモンガは、タブラとぷにっと萌えが進み出たので、そちらに目を向ける。

 

「どうしました? 何か解りましたか?」

 

「いえね、少し試して欲しいんですけど……」

 

 タブラが言う試して欲しいこととは、今の状態で『絶望のオーラ』が出せるかというものだ。最初、モモンガは冗談を言われているのかと思った。絶望のオーラは種族スキルだから、男とか女とかは関係なく、人化している状態では使えない。それを知っているはずのタブラが言うのだから、これはおかしな話だ。

 しかし、タブラの口調は笑っていない。向かって左側で立つぷにっと萌えも、表情こそ解らないものの真剣な様子だ。

 モモンガは、笑みの方向で弛んでいた表情を引き締めた。

 

「わかりました。やってみますね? ええと、絶望のオーラを使う感じでいいのかな?」

 

 膝の上のやまいこに降りてもらい、モモンガは絶望のオーラを使う際の感覚を呼び覚ました。人の状態で、死の支配者(オーバーロード)の時にしていたことをしようと言うのだから、これは難しそう。そんな風に思ったのは、実行直前までで、「やる!」と決めた途端、ギルメンらから驚きの声があがる。

 

「やはり出ましたね。百合の花だ……」

 

「何かバフとかの効果があると思いますか? タブラさん」

 

 タブラとぷにっと萌えが考察し合い、たっちとウルベルトは「美人だな~……というか可憐だ」や「百合か~……悪魔的には薔薇とかがいいんだけど、百合の花言葉って何だっけ?」と囁きあっている。

 このうち、ウルベルトの呟きにやまいこが反応した。

 

「百合の花言葉はね~、『純粋』『無垢』『威厳』だよ~っ!」

 

 万歳するように手を挙げて言うのを聞き、たっちが「純粋……」、ウルベルトが「無垢……」、ぷにっと萌えが「威厳……」と呟く。そして最後にタブラが「何となくモモンガさんっぽいですよね」と言うと、会話の内容を把握したモモンガが頬を膨らませた。

 

「花言葉で俺を語らないでくださいよぅ……」

 

 その後、皆で話し合い、考察や検証をした結果、次の様なことが判明したり把握できている。

 まず、死の支配者(オーバーロード)になると花を出せないこと。

 人化状態では、死の支配者(オーバーロード)時の『絶望のオーラ』操作で花を出し入れできるが、完全にオフにはできないこと。

 花は百合だけでなく、その時の強い感情を表現する花が出る……が、多くの場合は百合の花が出現すること。

 そして、バフ効果としては、モモンガの魅力を激増させるというものが確認された。

 人化して女性になったモモンガが、自分を指差す。

 

「え? じゃあ、さっきやまいこさんから花言葉を教わりましたけど、『呪い』や『復讐』のクロユリを出しても、魅力が上がる効果に変わりはないと?」

 

 事実、頑張ってクロユリを出しても、モモンガには見えない上、見ているたっち達の感想は「ヤバい魅力です」というものだった。なお、同じ部屋に居たままだったシクススは、興奮のあまり鼻血を垂らして蹲っている。

 

「……鼻血を出す要素があったっけ? ま、とにかくです。後は、何で今頃になって、こういった能力だか現象が出てきたかですよ。俺、何かしたっけかな?」

 

 ここで意見を求められるのが、設定好きのタブラ・スマラグディナだ。

 確証は無くて、こういう風に考えられるだけだけど……と前置きして、タブラは語り出す。

 女性化してからのモモンガは、不安や緊張によって抑圧されていて、花を背負う能力が出なかったのではないか。そして、今のモモンガは少し前よりもリラックスしているように見えるので、何か精神的に楽になったことで能力が解放されたのではないか。

 

「と、こんな感じだけど。モモンガさん、ショットバーへ来るまでに何か良いことでもあった?」

 

「良いこと……ですか?」

 

 モモンガは自分の行動を振り返った。

 思い当たることと言えば、自分の部屋でアルベドと話していたことだが……。

 

「ん~……アルベドと話したりしてましたけど、気は楽になりましたっけかね?」

 

「ほう、アルベドと……。今、男の身体になっていないということは、まだいたしていないようですが?」

 

 アルベドの創造主……タブラがタコ顔を寄せてくる。カウンターに背を向けていたモモンガは、仰け反るようにして距離を取った。

 

「そ、それはまあ、してないですけど。い、急ぐようなことでもないでしょ!?」

 

「そうとも言えませんよ?」

 

 タブラの横で居たぷにっと萌えが進み出る。

 モモンガの精神は当然ながら男性のものだが、人化状態が女性体のまま時間経過すると、分泌される女性ホルモン等で、精神に影響が出るのではないか。

 

「つまり、今の状態が長く続くと、モモンガさんは身も心も女性になっちゃったり?」

 

「ううっ……」

 

 モモンガの顔色が目に見えて悪くなる。

 自分としては男に戻りたいと『今は』思っているだけに、ぷにっと萌えの指摘は恐ろしかったのだ。

 

「い、急ぐべきでしょうかね?」

 

「さて……」

 

 ぷにっと萌えが首を傾げる。

 時間経過で女性化が進むという見解は、ぷにっと萌えとしても間違っていないと思う。しかし、どれほど時間が経てば女性化が完了するのかは、さすがの彼にも解らなかった。

 

「俺が見たところ、モモンガさんは自分をしっかり保っているようですし。危ないと思ったら、それこそアルベドとでもベッドインすればいいんじゃないですか?」

 

「やはり、そんなところですかね……。うう、女性同士か~……」

 

 こうして話が一段落付いたところで、ウルベルトが人差し指を立てる。

 

「モモンガさんが人化したら花を背負うようになる効果だけどさ……あれ、何か呼び名でも付けません?」

 

「ウルベルトさんにしては良いことを言いますね。何か呼称があると便利なのは確かです」

 

 続けてたっちが発言するも、余計な一言が混ざっていたのでウルベルトと睨み合いになった。その二人を無視して、やまいこも発言する。

 

「僕も良い提案だと思うけど、そうなると、こういう事で得意なのはタブラさんだよね~」

 

 それもそうだ……とギルメン達の視線がタブラに向けられた。ワクワクしているやまいこ。どうなるか興味があるたっちとウルベルト。ぷにっと萌えも、少しだけ興味がある様子だ。そして、モモンガはというと、どうか変な呼び名が付きませんように……と祈るような気持ちでタブラを見ていた。

 では、肝心のタブラは、どうしていたか。

 タコ顔の下に手を当てると、少し頭を傾けてから指を一本立てる。

 

「まあ、奇をてらってもしかたないね。能力操作が『絶望のオーラ』に似ているんだし、ここは『乙女のオーラ』ってことでいいんじゃないかな?」

 

 おおおおおお!

 

 ショットバーが、どよめきで揺れた。

 さすがタブラさんだ!

 乙女のオーラ、最高!

 モモンガさん、素敵だよ~っ!

 様々な声が溢れる中、モモンガのみ肩を落としている。

 

「とほほ、また俺の女要素が増えたって事じゃないかぁ~……」

 

 悲しむ乙女の呟きは、騒ぎに掻き消されて誰にも聞こえなかったという。

 




 乙女のオーラ。
 前話を書き終えた時点では、まったく話に盛り込む気はありませんでした。
 何と言うか、思いついたのでそのまま入れた感じです。
 最初、絶望のオーラみたいに段階分けして、効果がヤバくなっていくようにしようかと思ったのですが、それだとモモンガさんの『乙女のオーラ』が具体的な効果になっちゃって、何か違うな……と思い、単に魅力上昇としました。
 予定としては、モモンガさんの女性化が終わるのは決戦前ぐらいですかね。
 
<誤字報告>

 アカイカさん、冥咲梓さん、サマリオンさん、佐藤東沙さん、リリマルさん、tino_ueさん、
 毎度ありがとうございます
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