オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第113話

 ナザリック地下大墳墓、ショットバー。

 たっち・みーとウルベルト・アレイン・オードルと会っていたモモンガが、突如、背景(自身の前方も含む)に花を背負うことになった。

 傍目には少女漫画のキャラのごとしだが、その花に触ることはできず、魅力激増の効果がある。

 モモンガは不本意だ。

 自分は心の底まで男なのに、なんで人化すると女になってしまうのか。原因は解っている。この世界には来ていないであろうギルメンの一人、るし★ふぁーが、引退前に仕込んだ性転換トラップにかかったためだ。モモンガを狙い撃ちするかのような巧妙な罠だったので、ある程度は仕方がない。けっして自分に落ち度があるわけではないのだ……とモモンガは内心で自己弁護している。るし★ふぁーに関しては、この転移後世界で彼を見かけることがあれば、ぶっ殺してやろうと考えている程度だ。

 そういった『仕方がない』事情を踏まえても、なお、現状の女性化については不本意である。

 この女の身体、トイレの我慢が利かなくて大いに不便だ。トイレ介助の一般メイドを引き連れることになるし、用足しの度に申し訳ないやら恥ずかしいやら。

 更に言えば、男の時より感じやすいのも困りものだ。

 夜になると、ついついベッドで……。

 と、そんなことよりも、今度は花を背負うことになってしまった。

 

(男の俺が花! おかしいだろ! どー考えてもぉおおおお!!) 

 

 心の中で咆哮すると、感情の高ぶりによって花……百合が咲く。

 ブワワワッとモモンガの周囲を取り巻き、それによって生じた魅力の波動……乙女のオーラがショットバーを埋め尽くした。

 この場に居るギルメンは、異形種化しているたっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル。人化した状態で駆けつけたタブラ・スマラグディナ、やまいこ、ぷにっと萌えの五人。その内、男性四人がオーラの直撃を受けてよろめく。

 

「ぬわぁ! モモンガさんが愛おしい!?」

 

「気をしっかり持て、糞たっち! つか、俺もヤベぇ!!」

 

「はわわわ! やまいこさん、おたすけーっ!?」

 

「おふぅ! いい歳した私も、これには大ピンチ! 興味深い感じだね!」

 

 身構えて後退するたっちをウルベルトが叱咤し、ぷにっと萌えが頭を抱えた。タブラに特別の動きはないが、プルプル震えているので余裕はないらしい。

 男性陣に与えたダメージは大きいようだ。では、女性二人はどうなのか。

 一般メイドのシクススは、仰向けで倒れている。手は胸の上で組まれ、その表情は鼻血こそ流しているものの至福一色だ。

 居合わせたギルメン中、唯一の女性であるやまいこはというと……半魔巨人(ネフィリム)衣装のまま瞳を輝かせている。その『コスプレ少女』(実年齢は少女ではない)は、顔の前でパンと手を鳴らした。

 

「びゅーちほーっ! モモンガさん! 凄いよ! 僕的に駄目なアレがYESになりそうなくらい凄いよぉ!」

 

 満面の笑顔で頬は紅潮し、大きく見開かれた瞳はキレッキレ……もとい、キラッキラである。これには、よろめくウルベルトとたっちが顔を見合わせた。

 

「なあ、たっち? やまいこさんは、なんであんなに普段どおりなんだ?」

 

「……挙動がいつもと違うのはわかるんですけど……」

 

 戸惑う二人の隣では、ぷにっと萌えが手に取った帽子の端を噛みしめながら……やまいこを見ている。

 

「やまいこさ~ん、そのYESは、駄目なYESですから~……。いや、ジャンルとかに文句はつけないですけど、俺的に困るアレでして……」

 

「というわけでモモンガさん……」

 

 いち早く回復したタブラが、異形種化して更に気を落ち着かせた上で、モモンガに向き直った。

 

「せめて気を落ち着かせてくれません? そうだ、異形種化なんかがいいですね。せえの、さんはい!」

 

「……ふうっ」

 

 タブラの合図で異形種化したモモンガが、死の支配者(オーバーロード)の姿で息をつく。精神の安定化が発動したのだ。と同時に、たっちとウルベルトが残念そうな気配を発した。

 

「たっちさん……」

 

「なんです? ウルベルトさん?」

 

 たっちが左向き、ウルベルトが右向きで視線を交わしあう。

 

「モモンガさんの女姿が見られなくなって残念とか思ってませんかねぇ? 既婚者でしょ、あなた?」

 

 たっちが既婚者であることを持ち出すのは、ユグドラシル時代におけるウルベルトの常套手段だ。これでたっちの頭に血が上り、ウルベルト優勢で口喧嘩が始まるのだが……今回は、そうはならなかった。

 たっちは鼻を鳴らし、甲冑の胸を反らせて言う。

 

「私は元既婚者です~。今はフリーだから関係ないんです~。そもそもウルベルトさんの邪推ですから!」

 

 この反撃にウルベルトは目を剥いた。だが……。

 

「邪推じゃねーし? 言いがかりはよして欲しいんですぅ~」

 

 すかさずウルベルトが言い返すと、後は……やはり、いつもどおりの展開だ。

 

「真似しないでくれませんか? そうやって誤魔化すのは、やっぱりウルベルトさんも……」

 

「あ、今『も』って言いましたね? 『も』って!」

 

 勝機を感じたウルベルトが声を高くする。対するたっちは、ウザそうにシッシッと手を振った。

 

「そこで反応するのは、ウルベルトさん『も』そうだってことじゃないですか。語るに落ちてますよ。はい、事件解決!」

 

「解決してねーだろ! ずさんな捜査をするな! 無能警察! あっ!」

 

「えっ?」

 

 何かに気づいたウルベルトが声をあげ、たっちは腕組みした状態でウルベルトが見る方へ顔を向けた。

 そこにあったは飛来する……<火球(ファイアボール)>。

 

 ずがぼーん!

 

「「おわーっ!?」」

 

 二人して悲鳴をあげるが、そこはさすがに百戦錬磨の強者、たっちは甲冑の防御効果で爆風をいなし、ウルベルトは無詠唱化した防御魔法で爆風を防いでいる。どうやら威力減衰版だったらしく被害は出なかったものの、今の<火球(ファイヤーボール)>は何処の誰が……

 

「今、モモンガさんと話し中ですから。お静かに……」  

 

 肩越しに振り返り、左手の平を差し向けていたタブラが冷たく言い放つ。たっち達が騒がしくしていたのを止めに入ったようだが、威力を落としたとはいえ<火球(ファイヤーボール)>を放つとはいかがなものか。

 しかし、たっち達も自分達の揉めごとがモモンガやタブラに迷惑をかけていた自覚はあったので、大人しく黙り込む。それを見たタブラは、呆気に取られている骸骨……モモンガに向き直った。

 

「あの、タブラさん? ショットバーの中で<火球(ファイヤーボール)>を飛ばすのは……」

 

「大丈夫だよ、モモンガさん。燃焼範囲を狭くしたから、危なくないし。さて、モモンガさんの話に戻るとするかな?」

 

 タブラが人差し指を立てると、モモンガは頷き、周囲のギルメン達も(たっちとウルベルトの周囲からは、プスプスと煙が上がっているが)頷いた。

 まず、花を背負う魅力増の効果だが、モモンガさえ気をつけていれば問題はない。なんなら今やったように異形種化すれば効果をカットできる。

 ただ、魅力にあてられた側は、暫くの間、モモンガに好意を抱いてしまうようだ。

 

「その辺、どうなんですか? 皆さん、本当に大丈夫ですか?」

 

 モモンガが聞くと、ギルメン達は顔を見合わせた。

 そして、男性ギルメンのみ、モモンガからササッと距離を取って円陣を構成。モモンガが「え? あの……皆さん?」と声をかけるも、それに応じず相談を始める。

 最初に発言したのは、たっちだ。

 

「さっき感じた爆発的な愛……じゃなくて、好意や好感は静まってますけど。元々モモンガさんは、友人として好感度高めですから。今の気分がどうなのか……ちょっと自信がないですね。ウルベルトさんはどうです?」

 

「私も同じです。う~ん、死の支配者(オーバーロード)になると魅力効果は切れる。しかし、その余波は残るかどうか……私も未定ですね。まあ、好感度は高めですけどね」

 

 いつもの調子を取り戻したらしいウルベルトが、肩をすくめながら言う。

 一方、異形種化し、肩を抱きながら震えているのが、ぷにっと萌えだ。

 

「いやあ、俺も同感ですけどね……」

 

 ぷにっと萌えは、この中では戦況を見極めたりする能力が最も高い。それは空気を読む力が高いということでもある。モモンガの魅力爆発に対するたっちやウルベルトの反応を、間近で観察したことで得られた答えとは……。

 

「やっぱり、皆さん影響を受けてますよ。もちろん、俺もですけど……」

 

「そうだね、本当にそうだね……」

 

 いつもより力なくタブラが相槌を打った。

 彼は多くを語らなかったが、実は先程、亡くした妻に対するよりもモモンガを愛おしく感じている。そのことで少なくないショックを受けていたのだ。

 

(危険だ! モモンガさんには、もっと自重して貰わないと……。というか、とっとと男に戻って貰わなくちゃ!)

 

 実のところ、タブラはモモンガの男性復活……女性相手の同衾劇を楽しく見物していた。だが、この瞬間、はっきりと前向きにモモンガを後押しすると決めている。そして、彼が背を押しやすいモモンガの交際女性といえば、言わずと知れた制作NPCのアルベドなのだ。

 

(焚きつけよう! モモンガさんがビビって逃げないように、アルベドを上手く焚きつけるんだ! あと、モモンガさんもね!)

 

「はあ~~っ……さっきのモモンガさん、美々しかった~……。ギュッとされたいかも!」

 

 唯一の女性、やまいこ(シクススは奥のソファで寝かされている)は、モモンガの近くで組んだ手を胸前に挙げ、溶けるような表情となる。

 それを見たウルベルトは首を傾げた。

 

「さっきはいつも通りと思ったけど、やまいこさん……なんか違う感じ……ですかね?」

 

「そう、違ってるんですよ……」

 

 ぷにっと萌えは、やまいこが女性を恋愛対象にしていないことを知っている。本人から聞かされたことがあるので、これは間違いない情報だ。なのに、今のやまいこの様子はどうだろう。ぷにっと萌えからすれば、女性モモンガに対して恋慕の情を抱きかけているように見えていた。

 

「アレは推しのアイドル歌手を前にしたような態度とは、違ってます。絶対に……」

 

 ぷにっと萌えは顔を振り、隣で立つタブラを見上げる。

 

「タブラさんのNPCに対して、こういうことを言うのは何ですけど……。さしあたってアルベドあたりとで、モモンガさんをベッドルームに放り込むべきじゃないですか?」

 

 モモンガを元に戻すのが最優先。

 この、ぷにっと萌えの意見には、元より同じ事を考えていたタブラも賛成した。

 

「ぷにっと萌えさんも、そう思いますか。それが最善策でしょうね」

 

 ギルメン中の知恵者同士で意見が合う。たっちやウルベルトも異論はないようだ。途中から近くによって話を聞いていたやまいこは「ええ~……。女のモモンガさん、美人なのに~……」と不服そうだが、声を大にして反対する気はないらしい。

 そして、当のモモンガはというと……。

 

「ちょっと、皆さん!? そういうのは、もっとお互いの同意とか雰囲気がですね!」 

 

 見苦しい抵抗を始めていた。今は異形種化しているので、オロオロしている骸骨という姿が実に情けない。そのモモンガに、タブラがズイッと詰め寄る。こちらも異形種化しており、タコ顔の圧が凄い。

 

「な~に言ってるのかな~? 私のアルベドが、モモンガさんとのベッドインを断るわけないでしょ~が。モモンガさん次第だよ。モモンガさんの、やる気し~だ~い~」

 

「ううっ!」

 

 顔面圧に正論まで加わり、モモンガは一歩後退した。

 更にタブラの背後……モモンガ視点では、左右前方からウルベルトとぷにっと萌えが回り込むようにして進み出てくる。

 

「そう、モモンガさん次第です! 頑張って!」

 

 身振り手振りを交えてぷにっと萌えが訴え、ウルベルトは困ったように溜息をつきながら首を横に振る。

 

「モモンガさんの特殊な女子力がですね、私達の性癖に悪い影響を及ぼすと言いますか……。つまり、ええと、とっとと男に戻っちゃってください……と」

 

 気取って言うのだが、途中で説得の努力を放棄するのはどうかとモモンガは思う。

 

「ううっ……」

 

 先程発したのと同じ呻き声。しかし、今度は力が籠もっていない。モモンガは一歩後退した。が、タブラ達は一歩半踏み込んでくる。

 

(ち、近いっ!)

 

 追い込まれている感覚は増す一方だ。

 こんな時、モモンガが頼みとすべきは、やはりたっち・みーだろう。

 モモンガは救いを求める視線を、タブラ達の後方で立つたっちに向けた。

 しかし……。

 白銀の騎士は、顔の前で手をヒラヒラ振る。

 

「私も、自分の性癖がおかしくなるのは嫌ですし……」

 

「なっ!?」

 

 モモンガの骸骨顔が驚愕で歪み……はしなかったが、下顎は大きく落ちた。

 裏切られた、と思う一方「女性化した俺は、身体的に『女』なんだから、それを見て男性の性癖が歪むって、それどうなの!?」とモモンガは内心憤慨する。

 後日、この時の思いをタブラに訴えたところ、タブラからは「モモンガさん、世の中にはTSというジャンルがありましてね。身体は女でも精神が男であればこそ、萌えがはかどるという。これはつまり……」といった具合で三時間ほど語られ、大いに消耗することとなるのだった。

 

(や、やまいこさんは!?)

 

 チラッと彼女の姿を探すと、やまいこは倒れたシクススの傍らでしゃがみ込み、彼女の頬を人差し指で突いている。

 

「鼻血噴いて倒れるとか、どんな妄想したの? ね~?」

 

「そ、それは、その、恐れながら、アインズ様が……」

 

 どうやらシクススの意識が回復したようだ。だが、悲しいかな意識がシクススに向いているので、やまいこに救いを求めるのは無理のようだ。

 このまま、大人しくアルベドと二人で寝室に押し込まれるのだろうか。

 

(否っ!)

 

 死の支配者(オーバーロード)の暗い眼窩で炎が燃えあがる。

 

(俺の童貞は、もっとこう、男の夢がつまったアレな感じで捨てるべきだ!)

 

 いかにも童貞臭いことを雄々しく思い、モモンガは行動に出た。

 

(アイテムの『不可視の黒霧』を使用、そして!)

 

「<転移門(ゲート)>、オープン!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 突如、目の前……モモンガとの間で黒い霧状のモノが出現し、タブラ達は数歩後退した。

 一部の例外(例:るし★ふぁー)を除けば、モモンガはギルメンに対して危険なことをしない。それは皆承知していたが、見慣れない効果だったので一応警戒したのである。

 

「課金アイテム? いえ、これは通常のアイテムですかね?」

 

 タブラが興味深げに覗き込んだ。無論、触りはしないが、その距離が霧に近づいていくので、ウルベルトが肩を掴んで引き戻す。

 

「危ないですよ、タブラさん。しかし、その黒い霧……モヤかな? 私たちが知らないって事は、そんな大層なモノじゃないんでしょうね。と、こんな風に考察させて……モモンガさんの狙いは時間稼ぎかな?」

 

 山羊顔でフフンと笑う。「知恵比べですかね~」と楽しそうだ。

 

「ま、そんなところでしょうね。やまいこさ~ん、ちょっとこっちに来てください」

 

 ぷにっと萌えが、やまいこを呼ぶ。彼もタブラやウルベルトと同様に、慌てていないようだ。

 そういった空気の中、一人落ち着かないのが、たっち・みー。

 

 彼は戸惑ったように、皆を見回した。

 

「ちょっと皆さん。モモンガさんが<転移門(ゲート)>で逃げちゃいましたよ!? 追わないんですか!?」

 

「追わないの?」

 

 焦った声で訴えるたっちと、その横に立ったやまいこが声を合わせる。もっとも、やまいこは焦っていない様子で、たっちと同じ疑問を持っただけらしい。 

 

 これらの問いに対し、タブラとぷにっと萌えは顔を見合わせたが、二人で頷き合った後でぷにっと萌えが口を開いた。

 

「たっちさん、<転移門(ゲート)>に顔だけ入れて、向こうを見て貰えます?」 

 

「はあ? いいですけど、黒い霧は大丈夫なんですかね?」

 

 さすがのたっちも、よく知らないモノに触れたくないらしい。

 

「大きなダメージは無いと思いますよ。不可視効果だけが強烈なのかと……」

 

 まさにぷにっと萌えの言ったとおりで、たっちが黒い霧に触れても何のダメージも受けない。そのまま素通りして開いたままの<転移門(ゲート)>……暗黒環へ顔を突っ込んでいく。頭だけ差し入れた先は、薄暗い通路……。

 

「ああ、第一から第三階層のどこかですね。モモンガさん、ここから上に移動して外に逃げたかな?」

 

 左右を見回すたっちだが、背後からぷにっと萌えが「そうではない」と言い、説明した。

 

「モモンガさんによる、引っかけです。このナザリック内で転移したいなら、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使えばいいじゃないですか。これ見よがしに出した<転移門(ゲート)>は意識誘導と、あわよくば我々を別所に移動させたい狙いがあるんでしょう。要するに<転移門(ゲート)>を使ってないんですよ、あの人」

 

「はい? つまり、どういうことなんです? ぷにっと萌えさん?」

 

 たっちが身を引いて、<転移門(ゲート)>から顔を戻した。

 

「今、魔力探知系の魔法を使いましたが、<転移門(ゲート)>の向こう……暗黒環を通った先じゃないですよ? ……この部屋の扉と<転移門(ゲート)>の間に、魔法を使った痕跡があります。幻術の類かな……。あと非常に小規模な、静寂系魔法の痕跡も感知できました」

 

 ぷにっと萌えは話しながら、感心したように唸る。

 

「背景とまったく同じ『背景』を出したので、気づけませんでした。いや~、ギルド長は結構なお手前ですね」 

 

「感心してる場合ですか、ぷにっと萌えさん。じゃあ、モモンガさんはどうしたって言うんです?」

 

 こうして話している間にも時間は経過していく。

 たっちが再び焦り出すが、ここでタブラが肩をすくめた。おどけたようにタコ顔を傾け、彼は言う。

 

「つまり、モモンガさんはですね……。アイテム効果の黒い霧で視界を妨げた後、<転移門(ゲート)>を使うと見せかけ、幻術に紛れて扉前へ移動。無詠唱の静寂系魔法で音を消しながら……歩いて出て行ったんですよ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「さ~て、どれくらい時間を稼げるかな?」

 

 フル装備に戻した死の支配者(オーバーロード)……モモンガが、ナザリックの通路を走っている。

 即興で小細工をしたが、あの場にはタブラにぷにっと萌え、ウルベルトも居た。自分が徒歩でショットバーを出たことは、すぐにバレるはずだ。

 

(あの<転移門(ゲート)>を普通に使って、地上に近い階層まで転移した方が良かったか? いや、駄目だな。ナザリックを出る時に感知されるだろうし、転移阻害の効果を切る指示を出しても、その間に距離を詰められる。それ以前に、ウルベルトさんあたりが指示を出して、外に出られなくされるか……)

 

 外に出ず、地下大墳墓の中で、ほとぼりが冷めるか自分の覚悟が決まるまで隠れる。

 これがモモンガの選んだ選択だった。

 

(ていうかさ~。アルベドと前に話をして、おおむねの覚悟は決めてたはずなんだけどな~)

 

 しかし、ギルメン達から「早くしろ」と詰め寄られたことで、腰が引けてしまったのである。モモンガの女性化に脅威なり危機感を覚えたぷにっと萌え達が、モモンガを急かした結果でもあるが、武人建御雷が居合わせていたら違った展開になっていたかもしれない。

 

(建御雷さんなら「アルベドのことが嫌じゃないなら、スパッと話を前に進めたらいいんじゃないですか? 嫌なんすか?」とか言いそうだな~)

 

 そして、そう言われたとしたらモモンガは聞き入れて、アルベドに会いに行った可能性がある。自分のことだから良く解るのだ。先程、タブラに似たようなことを言われて、今こうして逃げている点については……。

 

(圧力の差……だよね~……)

 

 自分のことをヘタレだと感じつつ、モモンガは走り続ける。

 何はともあれ、次の行動に出なければならない。

 ショットバーから、たっちが飛び出てきたら追いつかれるからだ。弐式には遠く及ばないが、たっちの勘働きは元警察関係者だけあって鋭い。ショットバーを出る際は上手く出し抜けたが、少し距離を取ったからと言って安心できるものではなかった。

 

(なんでナザリック内で、ギルメンから逃げ回ってるんだか。嫌になっちゃうな……)

 

 溜息をつきたくなるが、ひとまず身を隠し、考える時間を確保できる場所を選ばなくてはならない。

 ぶくぶく茶釜の下へ転がり込むか。

 その場合、茶釜から説得されてアルベドと寝室へ入ることになりそうで、モモンガは却下する。交際相手の一人に諭されてアルベドとベッドイン……というのが、果てしなく情けなく感じたからだ。

 次は、自分の製作NPCであるパンドラズ・アクターを味方につけ、宝物殿に立て籠もるというもの。

 これが最良だと思われるが、そこまでやってしまうと『本気の拒絶』風になって、引っ込みが付かなくなりそうだ。アルベドも傷つくだろう。だから、これも却下。

 今のモモンガにとって大事なことは、一人で考える時間を確保できる場所だ。

 

「気が落ち着いて腹が決まったら、その後は、タブラさん達に見つかってもいいわけだし。そうだな、あそこか……」

 

 モモンガは、ショットバーでは使用しなかったギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用する。

 

(それにしても、花を背負う効果。これも、るし★ふぁーさんの仕込みかな? だとしたら、合流時にブッ殺すとして、その前に拷問しよう。そうしよう……)

 

 そう心に決めつつ、モモンガは転移した。

 行き先は第六階層、大森林。

 茶釜の製作NPC、アウラとマーレの姉弟が居住する巨大樹である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ぷにっと萌えさん。デミウルゴスに言って、ナザリックの出入りを封鎖しました。他のギルメンにも事情を話して、この措置に了承して貰ってます。あと、モモンガさんを見かけたら親身になって話を聞いて、こっそり私達に連絡するようにと……」

 

 山羊の悪魔、ウルベルトが<伝言(メッセージ)>を終えて報告する。

 場所は変わらずショットバーのままであり、今はボックス席を『モモンガさんの捕獲対策本部』として使用中だ。座席配置は、ウルベルトの隣にタブラ・スマラグディナ。対面にやまいこ、その真ん中にぷにっと萌え、右側、タブラの対面にたっち・みーというもの。なお、隣のボックス席には急遽呼び出された武人建御雷と弐式炎雷が座っている。

 

「お疲れ様です、ウルベルトさん。防衛時のNPC指揮官設定だからと、デミウルゴスを便利使いして申し訳ないですね。あと、各ギルメンへの連絡役もお疲れ様です」

 

「いえいえ、そんな手間でもなかったですから。それにしてもデミウルゴスの奴、いきなりの<伝言(メッセージ)>で驚いたのかな? 声が上擦ってたし、用件を言ったら張り切りだしたし。情緒が不安定なのかな?」

 

 ウルベルトは、ぷにっと萌えに対して笑って答えた後で首を傾げた。

 ショットバー内のギルメン達は「創造主のあんたが突然連絡したからだろ? それで喜んでるし、張りきってるんですよ!」と言いたかったが、それを言うとウルベルトのデミウルゴス自慢が始まるので、誰も口には出さなかった。

 

「萌えさ~ん」

 

 ウルベルトの後方、隣のボックス席で背を向けて座る弐式。彼が右手を上げてぷにっと萌えを呼ぶ。

 

「俺と建やんはどうすればいいんです? モモンガさんを追いかけるなら、ここに呼ばずに、俺が出動すれば良かったわけですよね?」

 

 この質問を受け、ぷにっと萌えはウルベルト越しで弐式の背に答えた。

 

「弐式さんには、もう暫くしたらモモンガさんのところへ行って貰います。どうせ大森林に転がり込んでるでしょうしね。<伝言(メッセージ)>で説得できれば手っ取り早いんですけど、向こうで通話に応じなければ意味がありませんから。それにまあ、少し時間をおけばモモンガさんも腹が決まりますよ」

 

「そっすか。じゃあ、暫くはここで建やんと酒でも飲んでるかな?」

 

 弐式は納得したようだが、今度は彼の対面側で座る建御雷が挙手する。

 

「じゃあ、俺は? 探索や人捜しなら、弐式だけで手が足りると思うんですけど?」

 

「建御雷さんを呼んだのは私の判断だよ」

 

 反応したのはぷにっと萌えではなくタブラ。

 実のところ、モモンガの潜伏先を推察したのは、ぷにっと萌えだが、放って置いても大丈夫そうと考えたのはタブラだった。ただ、こうして今、モモンガには逃げられているので、同じ失敗をしないように『説得役』として建御雷を呼んだのである。

 

「たっちさんも適役だろうけど、さっき逃げ出したのでモモンガさんが気まずいと思うんだ。そこで、モモンガさんが素直に出頭するか連行されてきたら、建御雷さんにはビシッと言ってあげて欲しいと……」

 

「ビシって言われてもな~……。俺は、思うところを言うだけっすよ?」

 

 それでかまいません……とタブラが答えたところで、ショットバーでの会話が途切れた。

 この後の展開としては、モモンガがショットバーへ来て、腹を括ってアルベドに会いに行くというのが予想される。

 何となく、居合わせたギルメンらの胸が甘酸っぱい思いで満たされた。

 

「……お赤飯の準備でもしますかね?」

 

 タブラがボソッと呟き、たっちが反応する。

 

「それって、女の子の初潮の時にするやつじゃなかったですか?」

 

「こいつ、娘さんが居る……居たからって、ズバッと言うよな……」

 

 先のタブラよりも小さな声で言うのはウルベルト。今のたっちは異形種化しているので聞こえただろうが、ウルベルトがたっちの離婚事情に配慮して小声で言ったのは理解できているので、聞こえないフリをしているようだ。

 

「大昔、吉事に赤飯を炊く風習が一般的だったようですから、『女性の初めて』に限ったものではないですよ。今回の場合、モモンガさんとアルベド用ですかね」

 

 タブラが説明すると皆納得したようだが、不意に弐式が笑い出す。

 

「おめでたに、お赤飯で初潮か~……何と言うか際どい会話してるよな、俺達。茶釜さんが居たら、ヤバい会話内容だったんじゃね?」

 

 それがツボに入ったようで、タブラ達は「ハハハハッ」と爆笑ではないながら、笑い出す。デリカシーの観点から、女性の居るところで話す内容ではない。いやあ、茶釜さんが居なくて良かった。

 そう言って笑い合ってると、ぷにっと萌えの隣で剣呑な気配が噴出した。

 この場に居る、唯一の女性ギルメン……やまいこだ。

 

「楽しそうなところに水差しちゃうようだけど。僕が一緒に居るってこと、忘れてないか……な~?」

 

 半魔巨人(ネフィリム)時の装備を着た少女が、言い終わると同時に半魔巨人(ネフィリム)へと変貌する。ムキッとビルドアップし、体格も肥大。隣のボックス席で居る建御雷と似たような体格だが、怒っていることもあってか実際の体格以上に大きく見えている。

 

「はわわ……」

 

 引きつった声を出したのはぷにっと萌えだが、他の男衆とて同じように「はわわ……」と言いたい。硬直するタブラ達を見回してから、やまいこは立ち上がり、指関節を鳴らし出した。

 

「人化してる時の僕はチンチクリンだけどさ。こうも女として気を遣って貰えないと、傷ついちゃうんだよね~……」

 

 ごきり、ばきり。

 

 大昔のアニメに登場した『世紀末救世主』のごとき指関節鳴らし。

 直後、ショットバーには男数人による「すみませんでした!」の大合唱が響き渡った。

 なお、ショットバーには一般メイドのシクススも居たが、事後、ギルメン全員から「このことは黙っているように」と箝口令を出され、誰にもショットバー内での出来事を喋ることはなかったという。

 

 




 お待たせしました。
 令和5年のGW土曜日に間に合いました。
 今回の投稿も、かなりギリギリだったという……。
 今年度も仕事が変わったので、また1年キツい感じです。

 今回、アイテムで黒い霧を出してますが、本作オリジナルの捏造要素です。

 次回、舞台は大森林に移りますが、掲示板で『今の女体化モモンガさんをマーレが見たらなんかヤバそうな気がする』という御意見がありましたので、いただいてマーレを出すことにしました。

 予定の上では、モモンガさんの女性化現象が終わりそうです。
 ちょっとしたTS展開でしたが、いかがでしたか。

 さて、前述したとおり、まだまだ仕事がヤバい感じなのです。
 結局、4月30日~5月5日まで連続出勤してましたし。(1日と2日は平日ですけど)
 不定期投稿になりますが、よろしくお願いします。

<誤字報告>
 何でもいいでしょ?さん、tino_ue さん、佐藤東沙さん

 毎度ありがとうございます。
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