オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第117話

「あ~、ナザメシ美味かった。異世界転移して良かったな~……マジで」

 

 食堂帰りの弐式炎雷が、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で自室に転移した。内装は和式、課金アイテムによる空間拡張で庭や縁側まで設けられている。弐式自慢の一室だ。

 

「たっだいま~っ!」

 

 上機嫌で言うが、一般メイドが引き上げられているので返事をする者は……。

 

「お帰りなさいませ。弐式炎雷様……」

 

 返事する者が一人居る。

 一歩入った土間の向こう、板の間で正座……三つ指を突いているのは、戦闘メイド(プレアデス)の一人、ナーベラル・ガンマ。今の彼女は着物姿に白エプロンという、メイドよりは女中と言った服装だ。これは過日の『失態による罰』で、一ヶ月間、弐式の専属メイドとして配置換えになった際、弐式の「気分転換だよ!」の一声でコスチュームチェンジされたのである。NPCにとって、至高の御方……それも自身の創造主の提案ともなると、もはや提案ではなく命に代えても遂行するべき絶対の命令だ。『すべて受け入れます!』がデフォルトのナーベラルは、喜々として着替え……今に至る。

 

(それにしても、マジで似合ってる……。黒髪の設定にして良かった!) 

 

 弐式は人化し、履き物を脱ぐのを(恍惚とした表情の)ナーベラルに手伝って貰いながら彼女の姿を観察した。ナーベラルは二重の影(ドッペルゲンガー)だが、弐式が人間女性として設定した姿は、切れ長の黒い瞳、長く伸ばした黒のストレート髪はポニーテールとしている。きめ細かい色白の肌を有し、十代後半から二十代のお淑やかな雰囲気……というものだ。

 ただし、属性が邪悪であり、カルマ値においてはマイナス四〇〇……同じ戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロンと並ぶ最低値を叩き出している。このこともあってか、ナザリック外の者に対する対応は傲岸不遜を極めていた。なお、そのせいで失敗をし、メイド長のペストーニャに『研修』を受けさせられたこともある。

 

(多少はマシになってて本当に良かった……。ペス、マジでありがと~)

 

 根っこの部分では変わりないようだが、表面上の問題が少なくなっただけでも弐式は嬉しく思う。

 異世界転移してナーベラルと再会した後、ナーベラルは対人間関係で数々の失言を繰り返した。弐式は、まだナーベラルがゲームキャラに過ぎなかったユグドラシル時代……あの頃に、面白おかしくカルマ値を下げたりしなければ良かったと常々思っていたのである。そのカルマ値問題がある程度改善され、今は期間限定とはいえ専属メイドに配置替えだ。こんな幸せなことがあるだろうか。

 

「弐式炎雷様。お食事になさいますか? お風呂になさいますか?」

 

 日本男子なら、愛妻に一度は言って欲しいセリフ。これもまた、弐式がナーベラルに頼んで言わせているのだが、ナーベラル側では創造主からの言いつけに歓喜しているので問題はない。ただし……。

 

「そ、それとも、わ、わたたた、わた……」

 

 最後の一つを言おうとして、ナーベラルはパニックになっていた。

 実のところ、モモンガ達には「俺も機会があったらナーベラルと……」と言っておきながら、弐式はナーベラルとはすでに体験済みだ。夜になると攻めたり受けたり、あれこれと楽しんでいる。にもかかわらず、ナーベラルはいつまでたっても初々しくて、弐式はそんなナーベラルがお気に入りだった。惚れ直したと言っていい。

 

(いつまでも、そんな感じでいてくれよ)

 

 そう思う一方、妖艶なマダム風になったナーベラルも見てみたいと思う。

 

(どのみち、俺もナーベラルも寿命的な意味合いでの時間は多くあるんだから、そのうち見られればいいかな……)

 

 弐式は、ナーベラルが正座したまま目をグルグルさせ、顔真っ赤の状態でアワアワ言っている姿を堪能すると、入浴するべくナーベラルを風呂に誘うのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式の自室は忍者屋敷を意識しているが、掛け軸の裏に隠し通路が……的なギミックは実は多くない。また床板を一枚外すと、収納してあった小刀が……というのも無しだ。

 

(とっさの移動とか、ギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で充分だし、隠し武器とかアイテムボックスで充分だろ?)

 

 忍者屋敷風としては見た目重視で充分、住みやすさを犠牲にしてまでやることではない……というのが弐式の方針である。だから木製の引き戸や板張りの床など、雰囲気は和式ながら、居住性に重きを置いた内装となっているのだ。

 ここまで手を入れたのは、ある意味当然だが異世界転移した後である。ユグドラシルのゲーム時代では、住み心地など気にしてもしかたなかった。せいぜいが雰囲気づくりでトイレを設置したり、風呂を設置したりした程度。しかし、実際に住むとなれば、弐式は手持ち資金や課金アイテムを惜しんでいない。この辺は他のギルメンも同じである。

 

(建やんは、大金つぎ込んで鍛治部屋とかを造り直したみたいだけど。あ、道場風の部屋も建て増ししたんだっけ? 胴着を着せたコキュートスと稽古してるとか何とか……) 

 

 脱衣場で、弐式は人化し衣服を脱ぎだした。異世界転移の直後、ハーフゴーレムにならないと最強装備が身につけられないという制限があったが、タブラによって「ただの不具合。バグみたいなもので……デバフみたいなものだね」と診断され、ウルベルトの合流後あたりで彼に手伝って貰い解除している。今では、人化していても最強装備を着用できるため、不自由がなくなっていた。ちなみに建御雷の自力で人化できない症状も、これと同じ類いの『不具合』だったため、同じように解除されている。

 

(今のところ、自力で人化できないのはモモンガさんだけか……。なんでモモンガさんだけなんだろうな。本人は気にしてなさそうだけど……)

 

 シュルリ……と衣擦れの音がした。

 弐式の左隣で、ナーベラルが脱衣中なのだ。

 そう、弐式の自室の浴室は、男女分けでなく一室のみ。脱衣場も一室だけ。なので同時に入浴するとなれば、一緒に着替えることになる。

 

(別々に着替えるとか、入浴も別とかとんでもない! 俺が決めてナーベラルがウンって言ったから、これでいいんだ! 何の問題もなし!)

 

 ナーベラルの脱衣音を鼓膜で感じながら、弐式は隣のナーベラルを見た。ナーベラルは下着は洋モノ……ブラジャー等を着用しているが、この時点ではそれも脱いでおり、弐式からは斜め下向きの角度で乳房が丸見えである。

 

(眼福! 眼福だよ! これが昔のアニメとかなら、変な光で見えないところだよ! 青い円盤を買わなくちゃ! 骨董品はプレミアム価格ぅ!)

 

 声に出さないでいるが、脳内では大騒ぎだ。

 前述したとおり、ナーベラルとはすでに何度もベッドインしているが、彼女の着替えシーンや裸体は見飽きるものではない。ナーベラル側では弐式の視線を感じ取っているのか、頬が赤く染まっていた。

 と、このように、元の現実(リアル)では犯罪そのもののセクハラを行う弐式。しかし、彼自身が言ってるとおり、彼とナーベラルの関係は創造主と被創造物。本人同士の合意もあるため、何の問題もないのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式炎雷からくる直球のエロ願望。

 これを全身全霊で受け止めるナーベラル・ガンマは、至福の極致にあった。

 ナザリックの(しもべ)にとって、至高の御方に構って貰えることが無上の喜びであるのに、弐式炎雷は、至高の御方の中でも特別である創造主。その彼から何か命じられる度に、ナーベラルの意識は幸福の園に投じられるのだ。

 その彼女は今、檜風呂……湯船の中に居る。弐式の左隣で腰を下ろし、たまに弐式が肩を寄せて触れてくると、ゾクリとした感覚が背筋を駆け上がった。

 

(こんなに、幸せでいいのかしら?)

 

 ナザリックの(しもべ)の中には、創造主の帰還が果たされていない者が居る。同じ戦闘メイド(プレアデス)で言えば、エントマやシズがそうだ。彼女らのことを思うと、ナーベラルは申し訳ない気分になった。だが、だからと言って創造主が居ない日々など、もう耐えられない。分不相応ながら、夜も可愛がっていただいている。創造主が自分に夢中になっている時間……なんと素晴らしいことか。掴んだ幸せは手放したくないのだ。

 ナーベラルは背を曲げると、下顎を湯につけた。手を伸ばして両膝を抱え込む。

 

(弐式炎雷様は……もう何処かに行ったりしないと言ってくださったわ。でも、過去に不在の時間が長かった。それは弐式炎雷様でも、どうにもならなかったことだと……。もし、もしも同じ事がまた起こったら?)

 

 弐式炎雷は、またナザリック地下大墳墓から居なくなってしまうかもしれない。

 その時、同行が許されずにナザリックで残っていろと言われたら。自分はどうなってしまうのだろう。自害……は駄目だ。弐式炎雷から直々に禁止されている。大人しくナザリックに残るしかないのか……。

 

(そんなの、そんなことになったら気が狂ってしまう……。私、私は……)

 

「ナーベラル?」

 

 気がつくと、弐式が心配げに顔を覗き込んできている。

 創造主が心配してくれた……というのは舞い上がるほどの歓喜を覚え、己の不甲斐なさで自害したくもなる。いや、それは先程考えたように禁忌だ。

 

「いえ、その……」

 

 目を合わせないのは不敬。しかし、申し訳なさが感情の上位に来ているため、ナーベラルは俯いたままだ。そんな彼女を見た弐式が「う~ん。言ってくれないと解らないんだけど……」と呟き、そのことでナーベラルは胸に痛みを覚えてしまう。

 が、ぼやくように言っていた弐式の声が、唐突に明るくなった。

 

「だが! この俺は、ナーベラルについてタブラさんや茶釜さん、後はやまいこさんに相談しているから! 色々察しちゃうぞ!」 

 

「ええっ!?」

 

 驚き顔を上げたナーベラルが、その顔を弐式に向けた……そこへ弐式の人差し指が突き出され、鼻先をチョンと突く。

 

「ずばり! 俺がナーベラルを置いて姿を消して、もう戻って来ない! ……とか考えてる!」

 

 ナーベラルは、イルアン・グライベル(筋力を増大させる鉄製の籠手)で頭を殴られたような衝撃を感じた。やはり至高の御方は凄い。自分のごとき愚物の思考など、お見通しなのだ。

 

「当たりか~……。あのなぁ……」

 

 目を丸くしているナーベラルから弐式が指先を引っ込める。

 

「前にも言ったけど、もうどこにも行かないし? あり得ない想定だけど、ナザリックから除籍されるか脱退する気になったら、ナーベラルは一緒に連れてくよ。そうだよ、ユグドラシルの時と違って外に連れ出せるんだからさ!」

 

 ザバッと湯から右手をだし、弐式が力説している。

 その言っている言葉が耳から入って鼓膜を揺さぶり、脳内で飛び跳ねるのを感じたナーベラルは、呆然とした表情のまま……落涙した。後から後からあふれ出し、止まることのない涙に、弐式がギョッとする。そして、あたふたと慌てだした。

 

「うぇええ!? な、何!? 俺、なんか泣かせるようなこと言った!? えっと、ごめん? ど、どど、どうしよう!?」 

 

「す、すみませ、止まらなくて、でも少しだけ……」

 

 指や手の甲で目元を拭いながら、ナーベラルは泣き続ける。

 嬉しさが極まった自分が、こうも泣いて……泣き止まないとは……。

 情けないやら嬉しいやら、やっぱり情けないやら……。

 一方、混乱が収まらない弐式は、ナーベラルをあやすように言葉を紡いでいく。

 

「はわわわわわ、そ、そうだ! 何かして欲しいことある!? 俺、何でもやっちゃう!」

 

 そう言い放たれたところで、ナーベラルは上下させていた肩の動きを止めた。涙は止まっていないが上目遣いで、右隣の弐式を見る。

 

「そのような……なんでもだなんて……。恐れ多いことで……」

 

「だから、そういうのはいいから! 特別大サービスだよ! ほら、言って言って!」

 

 困り顔を無理矢理笑顔にしている弐式を、本当に申し訳なさ一杯で見たナーベラルは、その重い口を開いた。

 

「そ、それでは……」 

 

 ……翌日。

 ナザリック地下大墳墓第九階層の通路を、弐式が歩いている。その左腕には戦闘メイド(プレアデス)服のナーベラルが居て……二人で手をつないでいた。弐式は仮面の下でハーフゴーレム化しているものの、仮面越しに頬を掻くような仕草をしている。ナーベラルはと言うと頬を染めていた。時折、一般メイドと擦れちがうのだが、一人の例外もなく弐式達を見て黄色い声をあげている。

 

「ナーベラル? 手をつないで第九階層を歩きたいって……そういう願いで良かったのか?」

 

 もっと凄い『お願い』を想像していた弐式は、拍子抜けした気分だ。だが、自身の最高傑作NPC、ナーベラル・ガンマを、他者に見せつけるように歩き回るのは実に気分が良い。

 

(今度、王国の王都でやってみるかな? うひょー、ワクワクしてきた!)

 

 弐式が上機嫌で歩く姿を、ナーベラルは手を引かれながらジッと見ていた。やがて少し俯き、ほんの僅かに力を込めて弐式の手を握り返すのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 亜人に関する経過報告が、ギルメン会議に持ち込まれるまでの間。

 各ギルメンらは思い思いに余暇を過ごしている。

 たっちとウルベルトのように朝飯前の『プロレス』をしたり、弐式とナーベラルのように、スキンシップを重ねてイチャイチャしたりなど。

 そして、ここにもまた余暇を過ごすギルメンが……。 

 

「はい、頑張って作った野菜ですよ~。美味しいですから~」

 

 リ・エスティーゼ王国の王都、大通りの端で木箱を並べた屋台がある。角材と板からなる……手作り感満載の屋根の下で、大男が声を出していた。朝の早い時間帯であり、寄ってくる客層は主婦等の女性が多い。

 男の名はブルー・プラネット。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンで、自然をこよなく愛する樹人だが、今は人化しており、岩のような顔立ちの大男となっている。

 今日は、カルネ村の近くで本格的に栽培した野菜類を売りに来ているのだ。お供はブレイン・アングラウスとカジット・デイル・バダンテール。この組み合わせで外出するのは戦力的に心許ないという意見もあったが、近くにヘロヘロが経営する『ヘイグ武器防具店』があるので、いざとなったらそこに駆け込むといった打ち合わせが成されている。

 そもそも……。

 

「やあ、ブル……じゃなかったアオボシさん。売れてますか?」

 

 声を掛けてきたのは、魔法使いの冒険者モモン……として活動中のモモンガ。当然ながら人化している。その隣には、顔の上半分をヘルムで覆った黒衣の女戦士ブリジット……としてモモンガに同行中のアルベドも居る。

 このように、ブルー・プラネットの近くにギルメンを一人置くという名目で、モモンガもデートしつつブラブラしているのだ。ひとまず、戦力的に問題はないと言って良い。

 

「やあ、モモンさん。うちの野菜は良い出来ですからね。奥さん方に大人気なんですよ」

 

 ブルー・プラネットは人化して活動する際、ブルー・プラネット……青い星……アオボシを名乗っている。本人は大して気にしていなかったが、モモンガや他のギルメンから偽名は使っておくべきと言われたので、この名を使うことにしていた。ベルリバーのバリルベなどと比べると日本人っぽい偽名なので、ブルー・プラネットとしては気に入っていたりする。

 

「お店が流行っているようで何よりです。アオボシさんの汗と努力の結晶ですものね!」

 

 嘘偽りなし。おべっかや世辞ですらない本心でブルー・プラネットを讃えたモモンガは、売り子として精を出しているカジットを見た。ナザリック地下大墳墓で居るときの赤ローブ姿ではない。対面側で屋台を構える者達や、その辺の通行人と変わらない服装。そして無毛の頭部には、ねじり鉢巻きが巻かれている。

 

「おじさん! そのニンジン? っていうの一〇本ちょうだい!」

 

「はい、ありがと~ねぇ! 銅貨五枚だよ!」

 

 おばちゃん……奥様相手の接客態度に違和感がない。似合いすぎていると言っていいくらいだ。

 カジットは、その人生を捧げた目的……母親の蘇生のため、ナザリック入りをしていたが、その目的は達成されている。と言っても彼の母は蘇生していない。母親側で蘇生を拒否してきたのだ。これによりカジットは失意のどん底に陥ったが、さすがに哀れに思ったモモンガ達でアイテムをやりくりした結果、カジットの母親と会話することができている。

 

「死んでから随分経っているし、生まれ変わりのための時間を過ごしている。息子が何だか悪さしてたみたいだけど、成長して大人になったのを確認できただけで満足」

 

 とのことで、カジットは一応説得を試みていたが、しつこく蘇生を迫ったりはしなかった。どうやら「悪さをしていた」というコメントが心に刺さったらしい。親に向けて合わせる顔がない状態となったカジットは、「今更、謝罪とか償いとかやりようがないんでしょうけど、せめて真人間になりなさい」とのお説教に涙を流して頷き、母親との別れ、あるいは親からの卒業を果たしたのだった。

 以後のカジットは、せっかく身につけた魔法に関して、ナザリックの最古図書館での勉学により継続。ブルー・プラネットの農作業手伝いをメインとして、各ギルメンの手伝いをしている。

 このように外部からナザリック入りした人間として、カジットは有意義な毎日を過ごしていた。では、野盗集団所属から武人建御雷を追いかける形でナザリック入りをした……ブレインはどうだったか。本日はカジット共に、ブルー・プラネットの屋台を手伝っているのだが……。

 

「おにいさん、そのキャベツ二つとジャガイモ一〇個ね!」 

 

「それなら、銅貨七枚だ」

 

 ぶっきらぼうな物言い。愛想笑いすらない。それが客商売の態度で良いのかと問われると、まずは失格であろう。

 これが一部の奥様からは「野性的で格好良い」とか「しびれる」らしいのだが、そうでない男性客からは「なんだその態度は!」と不評である。が、ブレインは鼻で笑うのみで意に介さない。剣に生きる男、ブレインとしては客商売など性に合わないのだ。しかし、そのような『ふんぞり返った接客態度』は、いつまでも続かなかった。なぜなら、この場でのブレインの上司と、その上司の(ブレインの認識での)上役が二人とも揃っているからだ。

 

「う~ん。営業マン経験者としては、今の態度はいただけないな~。と言うか、ヘロヘロさんの武器防具店で接客してたのに、何でそんな感じなんだ?」

 

「すみません、モモン~……ガさん。俺から建御雷さんに言って、ブレインの武器防具のグレードを下げて貰いますから」

 

「ちょ、まっ……」

 

 『至高の御方』二名による会話を聞き、ブレインが震え上がる。己の強さを磨くことに貪欲で、強くなるためには武具への拘りも強い男。そんな彼が、今持ってる剣を劣化させるなど耐えられるはずがない。反射的に通りへ向き直ると、ブレインは必死の形相……もとい、精一杯の愛想笑いを浮かべながら声を張り上げた。

 

「そこのお嬢さん! そう、そこのあなた! 今日は取れたての野菜が安いんですよ! 栄養満点で、食べたらお肌が艶々!」

 

 かつての剣鬼とも言える彼を知る者が見たら、我が目を疑うであろう姿。モモンガ達は「よきかな~」と満足したが、そこへ一人の男が通りかかった。

 

「もしや……ブレイン・アングラウスか?」

 

 がっしりした身体つきに、アゴ髭のある精悍な顔立ち。王国戦士団の甲冑を着込んだその男……名をガゼフ・ストロノーフという。王国の戦士長を務める、周辺国家最強の戦士だ。

 

「げぇ!? ストロノーフか!? ……はい! これ、おつりね!」 

 

 超えるべき男に嫌なところを見られた……と、ブレインは一瞬顔をしかめたものの、接客中なので業務は遂行する。そうして一段落させたところに、モモンガが進み出た。

 

「これはこれは、ガゼフ・ストロノーフ戦士長殿。お久しぶりです」

 

「むっ?」

 

 ブレインを注視していたガゼフは、漆黒のローブを身に纏った魔法使いを見て目を見開いた。モモンガとはカルネ村で面識がある。弐式炎雷とガゼフが手合わせをする一幕もあったが、思い起こせば遠い過去だったような気もする。その感覚は、モモンガとガゼフとで同じだったらしく、二人でフッと笑みを交わした。 

 

「ゴウン殿、久しい……と言うほどでないかもしれんが、久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」

 

「そちらこそ……」

 

 どことなく、たっち・みーの雰囲気を感じる男……ガゼフ。好感に近い気分となったモモンガは、ふと思いついたことがあって話題を持ち出す。

 

「ブレインとはお知り合いのようですが、よろしければ話などしていかれてはどうです? アオボシさんも構いませんよね?」

 

 ブレインとガゼフの関係は以前に聞かされていたため、モモンガは理解のある上司ムーブをやってみた。途中で話を振られたブルー・プラネットは、モモンガの気持ちを良く理解しており、この時点で持ち込んだ野菜が残り少なくなっていたこともあって鷹揚に頷いている。

 

「問題ないですとも。ブレイン、離れていいよ~。あ、これ、預かってた刀ね!」

 

 ガゼフの目があるのに、ブルー・プラネットは()()()()()()()()からブレインの刀を取り出した。モモンガは「あちゃ~」と声を漏らしたが、ガゼフが目を見開きながらも「いや、聞くまい」と呟いてるのを聞いて内心安堵している。

 

(俺的に好感度が加点一……いや、二!)

 

 モモンガの中でガゼフという男は、『現地における良い人』の位置づけとなっていた。今日もまた好感度が上昇したわけだが、そのガゼフは、モモンガとブルー・プラネットに対し「かたじけない」と一礼をする。

 

(きちんとした人だな~……)

 

 なにげにブルー・プラネットの好感度も加点されているようだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ブルー・プラネットの屋台の裏。そこに路地があったので、ブレインはガゼフと共に路地へ入って立ち話を始めた。

 

「本当に久しいな、アングラウス! それにしても剣をやめた……わけではないようだが?」

 

 屋台で野菜売りをしていたことを言っているのだ。言いながらニカッと笑うので、ガゼフは嫌味を言っているわけではない。ブレインは肩をすくめると、通りの方を見た。

 

「世話になってる方……人達の手伝いでな。別に、剣に生きることをやめたわけじゃあない」

 

 不必要な情報を出さないよう、ブレインは言い方を変更している。モモンガやブルー・プラネットは気にしないかもしれない。しかし、今の屋台前にはブリジット……アルベドも居るので、口を滑らせるとどんな目に遭わされるか……。

 そういったブレインの焦りを読み切れないガゼフは少し首を傾げたが、やがてブレインが腰に佩いた刀に目をやった。

 

「その剣……刀か。鞘だけでも大層な品と見たが……」

 

「おっ? わかるか!」

 

 ブレインは喜色満面で反応する。

 ブレインが持つ刀は、武人建御雷から譲られたものだ。ナザリックに加入してすぐに貰った練習刀は今でも愛用しているが、外での活動用にと建御雷が新たに打ってくれたのが、この刀であった。

 頑丈さで練習刀に劣るものの、切れ味で大いに上回っている。

 注目すべきは、増力、増速、体力回復、気力回復の付与効果が、転移後世界における最高級品を突き放す性能でありながら、使用者の思考一つで能力封印できる点だ。武具の性能頼みではなく、自力で戦えるようにと建御雷が仕込んだギミックであり、ブレイン自身はこの仕様を大いに気に入っている。

 

(剣の腕だけで勝負できるし、いざとなったら能力解放! 最高じゃないか!)

 

 そして、この最高の刀に見合う男になれるよう、ブレインは日々の鍛錬を欠かしていない。とはいえ、素振りでは上達に限度があるし、少し前までは野盗狩りをしていたが……今ではギルメンの武技修練に交ざって模擬戦等をしていた。

 

(建御雷の旦那にお手玉にされたり、弐式炎雷様に手を引かれて高速移動に慣れさせられたり……最近じゃ、たっち・みー様がな~。……構えもしてないのに、立ち姿だけで手出しできないとか。隙がないって次元の話じゃないんだよ……。高みが高み過ぎて、何が何だか……うぷっ)

 

 ギルメン相手の修練はハイレベルかつ高密度であり、思い出すだけで胸に込み上げてくるものがある。

 

「どうかしたか? アングラウス?」 

 

「ああ、いや……この刀に慣れる修練を思い出して、ちょっと胸焼けがな……」

 

 ギルメン相手では良いところなく転がされているブレイン。だが、それ以外が相手の時には、良い場面もあった。ここ最近で「やった!」と思ったのは、自身の高速斬撃<神閃>に命中率補助である<領域>を載せた上で、今、目の前に居るガゼフの技……四光連斬を放つ……超高速かつ超精密の攻撃武技を会得したことだ。

 

(こうやってストロノーフの顔を見てると、技の盗用かな~……と思うんだが。建御雷の旦那に「ショーでやってる興業試合ならともかく、技に著作権なんかねーよ!」って言って貰ってるし。いや~、あの新武技……名付けて<四神閃(ししんせん)>で、シャルティア様の爪を切ったときは最高の気分だったな~)

 

 模擬戦に交ざりだした当初、シャルティアには、ありとあらゆる攻撃を小指の爪でさばかれて泣きたくなったものである。だが、修練の結果、シャルティアの爪を<四神閃(ししんせん)>で切ることができた。爪の先端部分だけだったが、紛れもない成長の証だ。これを成し遂げた際、シャルティアが驚き、居合わせた建御雷やたっち・みー、それにモモンガなどから「レベル差を考えたら物凄いことしてる!?」と、やんややんやの喝采を得ている。

 技名に関しては、シャルティアの爪を切った記念で『爪切り』にしようとしたものの、居合わせた建御雷と弐式から「ださい」といったクレームが付き、同じく居合わせていたモモンガを除いた全員で考えた結果、<四神閃(ししんせん)>となっていた。

 なんにせよ、その時のブレインは、天上の存在達に認められて有頂天だった。

 

(もっとも、そのすぐ後でシャルティア様が<要塞>を使ってきて、二度と通用しなくなったんだけどな……)

 

 武技<要塞>とは、気力を消費して防御力を高め、攻撃を弾き返したりする武技だ。元漆黒聖典のクレマンティーヌが得意とする<不落要塞>の下、<重要塞>の次に下位の武技である。

 

(地力の違いすぎで、その辺の人間が使う<重要塞>より頑丈とか……。マジで勘弁して欲しいぜ……。シャルティア様が<不落要塞>を覚えたらどうなるんだ?)

 

 思い出しの高揚感が一転してダウンな気分となる。ブレインは下唇を突き出したくなったが、眼前のガゼフが怪訝そうな表情になったことで意識を相手に向け直した。

 

「この刀は実に凄いんだが……俺だって成長して凄くなってるんだぜ? 人間の中では……だろうけど……」

 

 人間の中で……と言えば、ナザリック所属の人間に、前述したクレマンティーヌが居る。ブレインは出会った当初の彼女に勝てなかったものの、今では四回に一回は勝てるようになっていた。この結果を見てもブレインが成長しているのは間違いない。ただ、勝ち越せていないのは、クレマンティーヌも建御雷製作の武具を使い、ナザリックでの鍛錬をしているからだ。また、実戦経験の差もあるだろう。現状、彼女との差が縮まったように思えず、ブレインにしてみれば不満であった。

 

(クレマンティーヌ、マジで()ぇえんだよ。下手したらナザリック入り前でも、ストロノーフより強かったんじゃね? 世の中って(ひれ)ぇよな~……)

 

「なるほど! アングラウスとは今度手合わせしたいものだ!」

 

 ガゼフが興味深さと嬉しさの入り交じった顔で言うと、ブレインは肩をすくめた。

 

「ふふん、今度か……。はっきり言って俺の勝ちだな。だが、ま……お互い頑張ろうや……」

 

 最初、自信ありげに言い出したブレインは、言い終わりで声のトーンを落としている。

 かつて、御前試合でガゼフに敗戦した後のブレインは、自分を鍛え直し、ガゼフと再会したら己の勝ちを事前宣言してやろうと考えていた。だが、今のブレインはナザリックに所属し、強力な武具を得るだけでなく、遙か天上の強者らと手合わせする機会を得ている。強くなるのは当然だとして、これはガゼフに対して不公平ではないだろうか。現に、初対面時に勝てなかった相手……クレマンティーヌは、今なお勝ち越せない相手であり、その強さはナザリックで向上したものだ。であるなら、ガゼフがブレインと一緒にナザリック入りしていたら、ガゼフは今も勝てない存在だったのではないか。そう考えたブレインは浮かない気分だったが、その内心を読めないはずのガゼフがカラカラと笑う。

 

「どうした、アングラウス? 俺より強くなったのだろう? 俺を気遣うのなら、無用の心配だ。俺が負けたとしても、更に俺が強くなれば良いだけのこと。お前がそうしたようにな!」

 

「ストロノーフ……」 

 

 剣の腕以外の部分では、まだまだ負けている。

 そう感じたブレインは、先程まで感じていた重い気持ちが霧散し、小さく笑みを浮かべるのだった。

 





日常回で、弐式&ナーベラル。
活動報告で、「弐式&ナーベラルのイチャイチャ回があれば」とのことでしたので、採用して書いてみました。
完全に自分好みで、言うことを何でも聞いてくれて、しかも慕ってくれてる女性。男の理想です。弐式さんも、することはしていたというわけで……。

後半は、ブルプラさん、カジット、ブレイン、そしてガゼフとなりました。
『爪切り』を『四神閃』にしています。
原作とではブレインとシャルティアの関係性が違いますので。

活動報告では、日常回リクエストを受け付けてまして。
今回の投稿時点で、リクエスト受付は3つまで。先着10名様までなので、あと7つ。
リクエスト分は大体5000文字ぐらいで、後半は別キャラらの日常回が入る……とか、その順番を入れ替えたり……とか色々やってみようと思います。


<誤字報告>
佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます。
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