オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第118話

「はい、到着でありんすえ!」

 

 リ・エスティーゼ王国の王都。

 その路地裏で<転移門(ゲート)>の暗黒環が出現し、中からシャルティア・ブラッドフォールンが姿を現す。暗黒環から首だけ出したシャルティアは、周囲を見回し、誰も居ないことを確認すると外へ出てきた。いつものボールガウンの姿であり、薄汚れた路地裏でも輝くような美貌は色あせていない。続いて暗黒環から出たのは、シャルティアの創造主、鳥人ペロロンチーノであったが、今は人化していて冒険者の弓使い……ペロンの姿である。

 

「ご苦労様~。シャルティアが<転移門(ゲート)>を使えて本当に助かるよ!」

 

「でひひ! そんなぁ、この程度のことで褒めていただけるなんて! 心臓が止まってしまいそうでありんすぅ!」

 

 シャルティアがだらしない笑みを浮かべて照れる。なお、彼女はアンデッドなので、心臓は元々動いていない。

 今日、ペロロンチーノとシャルティアは王都でデートなのだが、諸用で寄ったカルネ村にてエンリ・エモットを見かけ、彼女がモモンガに会いたいと言ったことから彼女も連れて来ている。そういった事情から、ペロロンチーノに続いて暗黒環から出てきたのはエンリだった。ペロロンチーノが「じゃあ、今から一緒に王都へ行こう!」と突発的に発案したせいで、服装は普段着のままだ。おっかなびっくり石畳の上に降り立ったエンリは、落ちつかない様子で周囲を見回している。

 

「エンリちゃん、移動するよ!」

 

 ペロロンチーノがエンリに声をかけた。右手の指をこめかみに当てているので、エンリに声をかけてすぐ<伝言(メッセージ)>をしだしたようだが……。

 

「モモン……ガさんと連絡がとれたよ! 合流していいそうだから!」

 

「は、ハア……はい!」

 

 一瞬気の抜けた返事をするも、すぐさま元気の良い返事に切り替える。

 王都にはナザリックの手伝いで幾度か来たことがあった。だいたいはヘロヘロの武器防具店で店員働きをするためだ。発端は、せっかく王都で店を構えている人が知り合いとして存在するのだから、出稼ぎをして収入を増やしたい……とエンリが考えたことによる。エンリの両親は娘の王都行きを渋ったが、ヘロヘロが経営する店と聞いて態度を翻していた。あのヘロヘロの店ならば、エンリが王都で危ない目に遭うはずがないからだ。そしてそれは、エモット夫妻の思い込みや誤解ではない。現に、王都ではナザリックの(しもべ)が配置されていて監視の目が行き届いていたし、それとは別で、今ではナザリック配下となった八本指の目もあったからだ。しかも、モモンガから「王都滞在中のエンリ・エモットには安全面について注意を払うこと」と命が下っているとなれば、エンリの身の安全は盤石と言って良かった。

 

(久しぶりでカルネ村に戻ってたのが王都へ逆戻り……。お父さん達やネムには悪いけど、ゴウン様に会うためだもの!)

 

 両掌を胸前に挙げて、ギュッと握り拳をつくる。

 恋する男性と会うためなら、家族との都合は申し訳ないながら後回しなのだ。なお、モモンガ達と出会うまでは親しい仲だった歳の近い異性……ンフィーレア・バレアレ氏の名は、『申し訳ない人々』に含まれていない。エンリの中で、今のンフィーレアは親しい知人枠であって、恋愛の対象ではないからだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「じゃあ、モモンさん! ここから俺達は別行動で! 行くよ! シャルティア!」

 

「了解! でありんす!」

 

 エンリをモモンガの居る場所……ブルー・プラネットの屋台前に連れて来たペロロンチーノが、シャルティアを連れて足早に遠ざかっていく。モモンガは「え? はい、気をつけて……」とペロロンチーノ達の背を見送ったが……。

 

「さ~て、姉ちゃんが居ないし! 俺達は自由だよ!」

 

「はいでありんす!」

 

「これから大人の玩具のお店や、日中営業しているエッチなお店を探すものとする!」

 

「最っ高でありんすえ!」

 

「もちろん、御休憩はエッチなお店でだ!」

 

「あはぁぁん! 待ち遠しいでありんすぅううう!」

 

 といった会話が聞こえてきたので、聞かなかったことにした。

 

(王都のそこかしこに(しもべ)が配置されてる……ってことは、茶釜さんの耳に情報とか入りやすいのにな~……)

 

 茶釜とて多少のことは目を瞑るだろうが、ペロロンチーノ達が騒ぎでも起こしたら折檻沙汰になるのは確実だ。ペロロンチーノの悪運が尽きていないことを祈りつつ、モモンガは目の前でモジモジしているエンリを見た。

 

(そう言えば、会うのは久しぶりだ。前にデートして以来かな……)

 

 すぐ隣で、黒衣の女戦士ブリジット……として行動中のアルベドが居るのに、別の女性のことを考えるのはいかがなものか。アルベドとも交際しているのに……となるのが普通だが、モモンガの場合は特に問題とならない。モモンガはアルベドのみならず、エンリも含めれば総勢六人の女性(ほか四人は、茶釜、ルプスレギナ、ニニャ、カルカ。将来的な交際予約としてはアウラが居る)と交際しているからだ。つまり、エンリ・エモットはアルベド達……モモンガの交際女性らのほとんどが容認した存在なのである。

 

(……エンリとニニャって面識なかったっけ? そこはマズいかもしれないな~……。あと、この二人、平民枠だし……。複数交際って嫌がるかな?)

 

 実のところ、エンリ側ではモモンガは貴族……王国の辺境侯であるため、妻や側室が多くても普通という認識があった。ニニャはニニャで、モモンガ……冒険者モモンが「アインズ・ウール・ゴウン」として辺境侯になったことを知らせてある。それに伴い、アルベドや茶釜の存在についても教えてあるので、こちらも問題はない……はずだ。

 

(と思いたいところだけど……)

 

 愛する女性を一人に絞れなかった点において、モモンガは良心に痛みを覚えている。これで嫌われてエンリないしニニャが去って行ってもしかたがないと、そういう覚悟だけはできていた。

 こういったことを考えているモモンガに、アルベドが話しかけてくる。

 

「じゃあモモン、(わたくし)アオボシ(ブルー・プラネット)さんの屋台で待っているから……」

 

 ブリジットとして行動中のため、アルベドはハーフヘルムを着用中だ。角度にも因るが口元が露出しているだけであり、目が笑っているとか、そういった表情は読み取れない。少なくとも口元は笑っているので、エンリの合流により不機嫌になってはいないようだ。そして、言っていることは「ここで待ってるからエンリと遊んできていい」というもの。

 モモンガは複数女性との交際について、時折悩みながらではあるが慣れてきていたため、「すまないな……」とだけ言い残し、エンリを連れて歩き出すのだった。なお、歩き出したものの目的地は決まっていない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガに連れられて歩き出したエンリは、久しぶりに会うモモンガに胸が高鳴っている。やはり憧れ転じて好きになった異性と共に居ると、それだけで幸せなのだ。

 

(少し前までは衣食住が優先だったから、お金持ちが……とか、働いて稼ぎがあるか……とかが気になってたんだけど。ゴウン様は、どっちも満たしている上に……なんというか、それだけじゃないのよね……)

 

 一人の村娘として、エンリは、「自分が恋に(うつつ)を抜かしている?」とも思うのだが、実際に胸は高鳴っているのだからしかたがない。

 こんな気持ちになったのはいつからか。

 やはり、帝国兵を装ったスレイン法国兵に襲撃を受け、モモンガに助けられたあの時からだろう。助けられて惚れたのだから、それはそれで安い女という気もするが……前述したとおり、エンリは自分の気持ちに従うつもりだった。

 

(ゴウン様は私を受け入れてくれたんだもの。私は、私のできることでゴウン様に尽くさなくちゃ!)

 

 意気込みは良し。

 しかし、では何をして尽くすのかというと、エンリには思いつけることが少なかった。

 手料理を振る舞う。

 炊事洗濯で身の回りのお世話。

 あとは、夜の御奉仕……自分の身体を提供するぐらいだろうか。

 

(全部……ゴウン様なら間に合ってそうなのよね~……) 

 

 眉はひそめられ、唇の合わせ目がムニムニと波打ち、視線と肩が落ちていく。

 モモンガは大貴族。当然、金持ちだろうから、食事は豪勢なものを食べているはずだ。身の回りの世話とて、住んでる屋敷には使用人が大勢居るに違いない。夜の相手など、アルベドが居るではないか……。

 

(アルベドさんは、以前に私のことを応援してくれるって言ってくれたけど……。でも、アルベドさんだってゴウン様のことが好きで……。ううう……)

 

 アルベドが、ベッドでモモンガと絡み合ってる様子を妄想したエンリは、力一杯頭を振って妄想を振り飛ばす。嫌だったというのではない、アルベドが羨ましく思えてしまったのだ。そして、そんなことを考える自分が、淫らな人間なのでは……と、羞恥が許容値を振り切ったのである。

 この『突然に頭を振る行動』に驚いたモモンガが振り返り、声をかけてきた。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「ふえええっ!?」

 

 エンリの方でもパニック気味だったところへモモンガが声をかけたため、パニックに拍車がかかる。

 

「ななな、なんでもなくて……その、アルベド様とゴウン様が……ですね!?」

 

「はいいっ!?」

 

 モモンガの脳裏に電流が走った。

 アルベドと『初体験』をしてから、さほど時は経っていない。

 交際相手から、別の交際相手の話題を持ち出されて、それが、よりによってアルベドのこととなると……。今のモモンガにとって結構効く一撃なのだ。

 

「そ、それについてはだな……」

 

「いいえ、その! 私は気にするとかでなくて、その、(うらや)ま! ……あああああ、違うんですぅううう!」

 

 両目をグルグルさせたエンリは、わたわたと口走る。だが、自分の思ってることを上手く喋れずにいた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

(うらやま……羨ましい? 妬いてくれているということなのか?) 

 

 女性関係で自分はニブチン。そんなモモンガでも、さすがに今のは気がついた。一人の男として嬉しく思うが、どう応えたものだろうか。

 

(対応一つで大惨事になるのが男女の仲だ。これは熟慮が必要だぞぉ!)

 

 ギルメンの誰かが「女性がらみでモモンガさんの熟慮! これは失敗の予感!」と脳内で叫んだ気がしたが、モモンガは無視をした。

 

(ええい、うっさい! 俺だって、やるときはやるんです!)

 

 ともかく、王都の通りで騒ぎ立てている現状は良くない。各屋台の店主からの視線が痛いし、ブルー・プラネットの屋台にも迷惑だろう。モモンガはエンリの手を掴む。

 

「ひゃ!?」

 

「こっちへ行くぞ! 場所を変えよう!」

 

 向かう場所は路地裏。ペロロンチーノが<転移門(ゲート)>の出口を路地裏にしたのと理由は同じで、人目が少ないからだ。モモンガの場合は、路地裏から別所へ移動……転移するつもりである。

 そうしてモモンガが転移指定した先は、トブの大森林の奥部だった。

 余人の視線を避けようと考えた瞬間、森の風景が思い浮かんだのだからしかたがない。出現した暗黒環にエンリの手を引いたまま飛び込むと、通り抜けた先は無事に森の中。

 

(どこかで見た覚え……があるから、とっさに転移先指定できたんだけど。え~と、ああ、ザイトルクワエの居たところか) 

 

 以前に倒した巨大魔樹、その跡地にモモンガは転移していた。

 現在、ザイトルクワエの残骸は、根の部分も含めてナザリック地下大墳墓に回収済みである。なので、そこに巨木が存在した痕跡は根を掘り出した後の穴……に雨水が溜まってできた池のみだ。

 モモンガが聞いたところでは、ブルー・プラネットが「アゼルリシア山脈近くの川から水を引くのは手間ですし、イイ感じの水源にしたいです!」と発案し、それに乗ったタブラがブルー・プラネットの出資で必要なアイテムを製作、ちょっとした浄水及び湧水施設が沈められているとのこと。

 

(氾濫しないように水位設定もできる……だったかな?)

 

 この森にはすでにブルー・プラネットの畑があり、必要に応じて取水できるよう水路も設けられている。調査した結果、トブの大森林には地下水なども存在するそうだが、ブルー・プラネット的には森の泉から水を取って……というのが好みであるらしい。

 

「あの、ゴウン様? ここは、どこなんでしょう?」

 

 その日の午前中でカルネ村から王都、王都から森林地帯という、転移後世界の村人としてはあり得ない移動。エンリが戸惑っているようだ。

 

(たまに俺やタブラさん、それに今日みたいにシャルティアの<転移門(ゲート)>で送迎して貰ってるはずなんだけど、まだ慣れてないのかな?)

 

 モモンガは小首を傾げながら、ここはトブの大森林であり、世界を滅ぼすと言われた巨大魔樹の居た場所であることを教えている。モモンガ達にとってザイトルクワエは大した敵ではなく、どちらかと言えば発見したブルー・プラネットの狂いっぷりが印象的だった。だが、エンリにとっては伝説級のおとぎ話を聞かされたに等しく、目を丸くして驚いている。

 

「そんな物凄いモンスターが居たんですね! 怖い!」

 

 軽く怯えてるのがモモンガとしては不思議だ。ザイトルクワエはもう滅んでいるというのに……。

 そこを確認すると、エンリは「もう!」と頬を膨らませた。

 

「カルネ村に近い……ってわけじゃないですけど、お隣の森で強いモンスターが居たって聞かされたら怖いですよ! しかも放っておいても復活したかもしれないんでしょう?」

 

「ああ、なるほど。そりゃあ怖いか……」

 

 元の現実(リアル)で言えば、住んでる場所の少し離れたところで爆弾テロが発生したようなものだ。かつて人間だった頃の記憶と感覚を呼び起こしたモモンガは、寒気を感じてフルルッと身体を震わせた。

 こうして現地情報を共有したわけだが、これからどうしたものかとモモンガは思う。また王都に戻るのも何だし、このまま森を散策してみてはどうか。

 

(エンリにしてみれば滅多に来ることがない森の奥地だし。これは良い感じのデートコースになるかもしれないぞぉ! 他のことは、その都度……うん?)

 

 一人盛り上がっていたモモンガの脳内で、<伝言(メッセージ)>の糸が伸びてくる感覚が発生した。受信してみたところ、相手はギルメンのベルリバー。

 

『モモンガさん、今どこに居るんです?』

 

「うあっと、報告するの忘れてた!?」

 

 外で<転移門(ゲート)>を使うときは、事前か事後でナザリックに連絡を入れる。それがギルメン間で定められたルールだ。

 今回のモモンガの場合、とっさに王都で<転移門(ゲート)>を使ったので、王都配置の(しもべ)らがモモンガを見失っている。そして、モモンガが転移後すぐに連絡しなかったため、(しもべ)からナザリックに報告されたのだ。では、その報告を受けたのが誰かというと……当番制でお留守番しているギルメンが宿直ないし日直業務担当となっているため、今週(ナザリック内では日程管理のため『曜日』を使用している。)当番だったベルリバーに報告を受けたのである。

 

「すみません、ベルリバーさん! 今はトブの大森林で、ザイトルクワエ跡地に居ます! 同行者はエンリ・エモット!」

 

 同行者についても報告したのは、ギルメンの単独外出が好ましくなく、ギルメン二人以上で行動するか、護衛として(しもべ)を同行させることになっているからだ。戦力に数えられないエンリの名前を出したのは、彼女以外の同行者が居なくて、護衛が居ないことを意味している。その結果、ベルリバーの声が渋さを増した。

 

『モモンガさん……』

 

「ご、ごめんなさい! 以後、気をつけます! それで、護衛……なんですけど」

 

 考えてみればエンリと二人っきりなので、今の状況はモモンガにしてみれば悪くない。一方、ここへ護衛という『邪魔者』が加わるのは、あまり嬉しくない感じだ。そう思ったモモンガは口ごもる。が、そんな内心は、ベルリバーにはお見通しだったらしい。

『ははん、なるほど……。では、ハムスケを向かわせます。喋りますが、ペット枠なので邪魔にはならんでしょう。三十分ほど遅れてエントマとシズを向かわせますので、居場所を変えるときは<伝言(メッセージ)>してくださいね? それと、リザードマンの集落に建御雷さんが居ますから、念のため覚えておいてください』

 

「ベルリバーさん……」

 

 色々と察してくれたベルリバーの采配に、モモンガは感動した。

 最初に来るであろうハムスケは、ナザリック合流前のクレマンティーヌでも手こずるレベルの魔獣だ。最悪、ハムスケを盾にして撤退する手も使えるだろう。エントマとシズも、転移後世界では強者であるし、仮に敵性プレイヤーの襲撃があっても、やはり撤退の助けにはなる。

 

(ハムスケはともかく、エントマやシズを置き去りにはできないけどね~) 

 

 他のギルメン達が集まるまで、自分だけでも時間稼ぎぐらいはできるだろう。そんな自信がモモンガにはあった。

 

『それじゃ、俺はこれで……』

 

 ベルリバーが<伝言(メッセージ)>を遮断する。

 気を使って貰ったモモンガとしては、ナザリックで留守番中のベルリバーを拝みたい気分だったが、ふとベルリバーが何をしていたのか気になった。

 

(ちょっと不機嫌だったようだけど……)

 

 実を言えば、(しもべ)から報告があったとき、ベルリバーはスパリゾートナザリックに居てベンチに寝そべり、お付きのエルフ三人娘にマッサージをして貰っている最中だった。ちなみに人化している。最初は遠慮していた彼も、三人娘に押されてマッサージされることとなり、始まってからは極楽気分を満喫していた。そこへ(しもべ)からの<伝言(メッセージ)>で、内容はモモンガの凡ミスだったのだから、少し機嫌が悪くなるのはしかたがないだろう。

 

「あ~、ゴホン。暫くしたらハムスケが来るから……」

 

 咳払いして誤魔化しながら伝えると、エンリが顔と胸の間でパンと掌を合わせる。

 

「ハムスケさん! ハムスケさんはですね! たまに村まで、顔を見せに来てくれるんですよ!」

 

「ほほう?」

 

 右手の人差し指を立てたエンリが言うには、ハムスケはカルネ村周辺を巡回しており、時折、顔を出しては村に異常はないか確認して行くらしい。

 

(トブの大森林の調査や支配域の管理は、アウラに任せていた。その下で頑張ってるようじゃないか、ハムスケ!)  

 

 今度、上等な餌でも差し入れてやろう。そう考えて頷いたモモンガは、エンリを見て言う。

 

「ハムスケは後で褒めてやらないとな。さて、森に来たのは緊急避難だが、せっかくだ。エンリには見せたいものがある」

 

「見せたいもの……ですか?」

 

 エンリが「ん?」と小首を傾げた。自然な仕草なので実に可愛らしい。

 そして話しかけたモモンガは……人化したことで確かに存在する脳細胞をフル回転させていた。

 

(次は、ええと、ええと、何を言えば良いんだ?)

 

 これがアルベドやルプスレギナ相手なら、(しもべ)の方で勝手に納得してくれたり、何を言っても受け入れてくれたりする。ある意味で楽だ。

 ぶくぶく茶釜であれば、モモンガが女性慣れしていないことを心得ているので、気軽なトークによりリードしてくれるだろう。

 だが、エンリ・エモットは転移後世界の一般人。モモンガは今、(しもべ)ではない上、旧知でもない女性と二人きりなのだ。

 

(くう~、事前に資料を揃えて説明するプレゼンとかなら得意……とまではいかないけど、そこそこ自信があるんだけどな~)

 

 モモンガはローブが汗ばむのを感じながら、次の言葉をひねり出す。

 

「うむ、見せたいもの……。それは……野菜だ」 

 

「野菜……ですか?」

 

 つい先程、王都でブルー・プラネットが屋台で野菜売りをしていた。そこから着想を得たわけだが、相手が村娘とはいえ、デートで野菜を見せたいとは如何なものか。だが、モモンガには勝算があった。

 

(前回のデートで、エンリは宝飾品よりも日用雑貨にご執心だった。さっき王都に居たときは、ブルー・プラネットさんの野菜に目が向いていたのを俺は見逃していない。ならば!)

 

 今居る地点から、そう離れていない場所にブルー・プラネットの畑がある。

 これは、王都で屋台売りしていた野菜類とは別で、ブルー・プラネットが趣味で栽培している……採算度外視の畑だ。時々、ブルー・プラネットがサラダや煮物にして振る舞ってくれるが、ナザリック食堂の上を行く美食品となっている。

 これをエンリにプレゼントするのだ。エンリが抱えきれなくとも、アイテムボックス持ちのモモンガが同行するので問題ない。

 

「そう、野菜だ。しかしな、ただの野菜ではない。エンリも王都で見ただろう。私の友人が居た屋台を!」 

 

「あの野菜を売っていた? ああ、ブルー・プラネット様ですね! 確かに、あれは見ただけでも美味しそうな野菜でした!」

 

 エンリの声に力がこもる。村娘魂に火が着いたようだ。

 

(あ、そういやブルー・プラネットさんはカルネ村にも足を運んでるんだっけ。顔見知りか~……じゃなくて、良い反応!)

 

 手応えを感じたモモンガは大きく頷くと、エンリに背を向ける。

 

「少し彼と連絡を取るので、待っていて欲しい」

 

 こめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>をした先は……王都のブルー・プラネット。

 

(「あ、モモンガです」) 

 

 すぐ近くにエンリが居るので、モモンガの声が自然と小さくなった。

 

『ありゃ? エモットさんとデート中じゃなかったんですか?』

 

 モモンガの交際状況についてブルー・プラネットは知っている。これがペロロンチーノや弐式炎雷であったなら、からかいや軽口の一つも入ったろうが、ブルー・プラネットは極普通に聞いてきた。

 

(「いや実は、ちょっとしたことでエンリと一緒にトブの大森林へ移動してまして。で……ですね、ブルー・プラネットさんに御相談が……」)

 

 ブルー・プラネットによるポーションやアイテムを駆使した『究極の野菜』類(空間操作のやりくりで果樹系もあったりする)。それをエンリに採取させて良いかの確認である。聞く前のモモンガは「事前に相談すれば大丈夫そうだ」と考えていたが、その予想どおりブルー・プラネットは快く了承した。

 

『いいですよ~。モモンガさんの良いところの見せどころですしね。根こそぎ持ってくとかだと困りますが……そろそろカルネ村での食レポを探ってみたかったんですよ』

 

 言い終わりに「はっはっはっ」と笑い声が聞こえたので、モモンガは胸を撫で下ろす。

 

(よし、了解を得たぞぉ! しかし、あの趣味の究極野菜類を無償提供? いいのだろうか?)

 

(「後で、お代は支払いますので……」)

 

 モモンガの声が更に小さくなった。が、ブルー・プラネットは軽く笑い飛ばす。

 

『かまいません。趣味の菜園ですから! ただし……』

 

 ここでブルー・プラネットの声が低くなった……と同時に危険な気配を感じ、モモンガは生唾を飲み込んでいる。

 

『俺が、ザイトルクワエの上で発狂してるときの映像……。あれを教材で使うのを止めるよう、タブラさんに言ってくれませんかねぇ?』

 

 そこまで気に病んでたのか……。そんな感想を持ったモモンガであるが、要求されたことの難度を考えると気が重くなる。何しろ、ブルー・プラネットの狂態の映像データを保管しているのはタブラ・スマラグディナ。その彼に「映像使用を止めてください」と言って納得させるのは至難の業なのだ。

 

(言い負かされるかも……)

 

 だが、エンリに良いところを見せるため、友人であるブルー・プラネットの心に平穏をもたらすため。モモンガは腹筋に力を入れる。

 

(「わかりました。俺の方からタブラさんに話します!」)

 

『頼みましたよ~……』

 

 おどろおどろしい声を残し、ブルー・プラネットが<伝言(メッセージ)>を切った。後に残るのは、ちょっぴりの達成感と共に、重い使命を背負ってしまったモモンガのみ。

 

「あのう……ゴウン様?」

 

 モモンガの背にエンリの声がかかり、モモンガはビクンと身体を揺らした。目の前でそびえ立つ『難題』に立ちすくんでいたモモンガであるが、明るい笑顔で振り返る。気合いと根性による笑顔は効果を発揮し、エンリがホッとしたのが確認できた。

 

(また墓穴を掘っちゃったな~……タブラさんを説得か~……。対価に何を要求されるんだろうか~)

 

 別の重たい使命を背負いそうでゲッソリするが、こうなったらやるしかない。ブルー・プラネットの野菜に手をつけようなんて思わなければ良かった……と少し思うものの、結果良ければすべて良しだ。

 

(俺の予想される苦労と胃痛にさえ目をつむればな! さて……)

 

 モモンガは、エンリの前に立って歩き出す。

 

「許可は貰った。家族で消費する分には、好きなのを持って帰って良いとのことだ」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エンリ・エモットは思う。

 自分は幸せだ……と。

 この森でスレイン法国の兵に殺されかけ、そこをモモンガに救われた。最初は憧れ寄りの尊敬だったが、何度か会っているうちに心惹かれ、アルベドの後押しを得てモモンガを男性として意識するに至る。その後、モモンガの方でもエンリを気に入り交際することになったが、モモンガは多忙であるから頻繁に会うことはなかった。

 

(でも、時々、こうして私のことを思い出してくれる。構ってくれる……。嬉しい……それだけでも本当に嬉しい……)

 

 こういった思いをモモンガ以外の男性に抱いたことはない。だから、これは初恋だ。田舎の村娘に過ぎない自分が初恋を実らせるなど、まさに幸せと言って良い。下世話な話であり当然のことでもあったが、モモンガが金銭的に裕福で、魔法使いとしても強大無比の実力者であること。これらのことも、エンリがモモンガに惹かれた要因だ。やはり、出来る男はモテる……ということなのだろう。

 

(んふふ~、お野菜、お野菜~)

 

 今日のモモンガは、自分の友人が栽培している野菜類を譲ってくれると言う。エンリのツボに刺さる贈り物だが、モモンガが一生懸命考えてくれたのがまた嬉しい。

 

(私のことで頑張ってくださるゴウン様。可愛いって言ったら失礼なのかしら? でも、こう……ギュッてしたくなるのよね~)

 

 クスクス笑っていたが、案内された畑……いや菜園を見てエンリは目を丸くした。

 森を切り開いて一〇〇〇平米ほどの広さ。そこにキャベツ、カボチャ、大根、ジャガイモ、ニンジン、白菜、様々な野菜類が見えていた。エンリの知らない野菜もあったが、どれも立派で美味しそう。しかも、柿の木やミカンの木、リンゴの木など、果樹の類いも少量ずつ植えられていて、そこでなっている果実も美味しそうだ。

 普通、こういった多種多様な果樹野菜を一箇所で栽培するのは難しい。一種あたりの収穫量が減るのは当然として、管理が多様化して手間だからだ。しかし、ブルー・プラネットの自然愛と根性は、諸問題を(アイテム類の使用込みで)クリアしていた。モモンガら、他のギルメンとしては感心するばかりである。

 

(これ……持って帰っていいの? 本当に?)

 

 王都で売れば一つ幾らになるか想像もつかない。

 エンリには目の前の野菜や果実が、まるで宝石のように見えている。ブルー・プラネットの屋台で見た野菜も凄かったが、目の前のこれは凄すぎる。

 

「え、ええ? えええ!?」

 

 声は出ても言葉が出ない。興奮のあまりの混乱状態……そんなエンリにモモンガが声をかけた。

 

「驚いているようだな。まあ、野菜や果実は逃げない。好きなものを持って帰……おい!?」

 

(あ、私、やっちゃった……)

 

 モモンガの驚きの声を、エンリは遠くなる意識の中で聞き取っている。驚きの連続だったところに興奮も加わったことで、頭が沸騰……失神状態となったのだ。こうなってはエンリに出来ることはない。後は倒れるだけ……。

 

「おっと……」

 

「ふえっ!?」

 

 背中側に倒れていたのが抱き留められ、エンリは目を瞬かせた。そして、自分の状況を理解する。

 

(私……ゴウン様に抱きしめられてる~)

 

 ぽやんとした感覚の中、エンリが頭上を見上げるとモモンガが見下ろしているのが見えた。実際は抱き留められているのであって、抱きしめるまでには至っていない。

 こんな粗相をしたのに手間までかけさせて本当に申し訳ない。そう思うのだが、それは意識の中の片隅のことで、半朦朧状態のエンリは無邪気な笑みを浮かべた。

 

「ゴウン様。少し離れてたのに……凄いです」

 

「そ、そうか? まあ、人間……普通の……いや、並の人間よりは速く動けるのは確かだがな」

 

 魔法使いは身体能力が高くない。それは、知人のンフィーレア・バレアレから聞いて知っているのだが、それゆえ、エンリは改めて凄いと思った。

 

「すみません。野菜や果実が凄すぎて……。ゴウン様は凄いです……」

 

 本心からそう思う。野菜や果実の世話の手間、それを知っているだけにエンリには良くわかるのだ。

 

(私の……ゴウン様)

 

 実際は、エンリだけのモモンガではない。交際相手の上位者としてアルベドや茶釜、それにルプスレギナなどが居る。エンリは、外にも幾人か存在するだろうとは考えていた。そんな中で、自分はいったい何番目なのか。

 

(それでも、私は……)

 

「いや、褒めて貰っておいてなんだが……」

 

 ボウッとしたままのエンリに、モモンガが言い訳めいたことを言い出す。

 

「この野菜や果実は、私が作った物ではなくてな。私の友人……ブルー・プラネットが、精魂込めて栽培したものなのだよ。無論、今日採って帰る分については、私から話して許可を貰っている」

 

「そうだったんですね~」

 

 一通り聞いてみたが、エンリには「とにかく凄い」としか思えなかった。モモンガは凄いが、その友人も凄い。モモンガの友人が凄いのだから、モモンガも凄いのだ。

 ……朦朧とした頭では思考が定まらない。

 だが、モモンガが何か気に病んでいるようなので、ここは何か言わなければならないだろう。

 エンリは、ニッコリ微笑みながらモモンガに言った。

 

「凄いですねぇ、ゴウン様の御友人の方も凄いです……」

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ゴウン様の御友人の方も凄いです。

 その言葉を聞いた瞬間、モモンガの胸にジンワリとした感動が生じた。爆発的な感動ではないが、とにかく嬉しい。ユグドラシル時代から自慢の友人であったギルメン達。その彼らを褒められるのは、モモンガにとって喜びなのだ。現在は十人を超えるギルメン達が復帰しているが、友人を褒められて嬉しい気持ちに変わりはない。

 

(こちらの世界の人間に、俺の『友人』が凄いと褒められたのは初めてだっけ?)

 

 誰々が凄いの類いはよく聞くが、『モモンガの友人は』というのが妙に新鮮に感じられる。それに、それをエンリが言ってくれたのが、また嬉しい。

 

(そっか……そっか俺……エンリのこと本当に好きなんだな)

 

 そう改めて自覚すると、エンリを抱きしめている今が何とも愛おしい時間のように感じられた。

 

「さ、さて、こうしていても時間が過ぎていくだけだな……」

 

「あ~……は、はい! そうですね!」

 

 弾けるようにエンリが離れたので、何だか惜しい気分になる。しかし、ここでベタベタと寄り添っては嫌われるのではないか。そう考えたモモンガは、エンリと共に野菜や果実の採集を行うこととした。

 

「はい! ゴウン様! これもお願いします!」

 

「おお……って、カボチャでか!? この前、食堂で食ったのって、これなのか!?」

 

 手渡されたカボチャ。それをアイテムボックスへ収納するのも忘れ、モモンガは目を見開いた。大きい野菜は中身がスカスカ。そんなイメージがあったのだ。だが、モモンガがブルー・プラネットから聞いた話では、以前に食べた途轍もなく美味しいカボチャは、この畑の物を使用しているとのこと。

 

(この直径五〇センチはあるカボチャの中身が、あの食堂で提供された美味の塊なのか……)

 

 このように驚くことも多いが、エンリと語り合いながらの収穫作業はモモンガの心に癒やしをもたらしていた。

 その後、ハムスケが到着し、遅れて戦闘メイド(プレアデス)……エントマとシズの二人が到着すると、人手が増えたことで作業は更にはかどることとなる。ただ、後でブルー・プラネットから「もう少しこう、何というか……手心というか」と言われ、モモンガは平謝りすることになるのだった。

 




 活動報告でやってる日常回リクエスト。前回の弐式&ナーベラルが募集前だったので、今回のモモンガ&エンリが第1回目となります。
 前回がリクエスト分と外キャラでパート分けしてたので、今回はおおむね一本で纏めました。その分、関わるキャラが増えたので文字数が増えています。
 アルベドやルプスレギナ、それに茶釜と違ってエンリは、恋愛でありますが打算も込み……稼げて地位もあって実力もある点も重視してモモンガに惚れているキャラとして扱っています。
 この辺は自分で稼ぐことのできるニニャとも、少し違うのかな~と。

 ペロロン&シャルティアは……無事に王都デート成功か、何かやらかして茶釜折檻になるか、どっちが良いんでしょうね。書くかは未定です。

 ベルリバーさんの出番を突っ込んでみました。
 順調にイチャイチャしているようで何より。

 ブルー・プラネットさんの脱黒歴史の教材運用なるか?
 あんまりいじり続けても何ですし、この辺で解放してあげたいかな……と。

 次回は、たっち、ウルベルト×カストディオ姉妹で姉妹がナザリック御訪問。う~ん、これ、いよいよナザリック勢がヤバい連中だってバレるのかな? 


<誤字報告>
ジュークさん、佐藤東沙さん、tino_ueさん

 毎度ありがとうございます。
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