オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第119話

「さて、皆さん。ギルメン会議の時間です」

 

 ナザリック地下大墳墓の円卓。そのギルド長席で一人の骸骨……モモンガが宣言した。

 彼の視界には、たっち・みーやウルベルトなど、現時点で合流しているギルメンが勢揃いしている。その人数は、モモンガを含めて一四人。全盛期の四一人と比べても半数以下だ。しかし、つい最近まで、ほぼ一人でギルドを維持していたモモンガにしてみれば、夢のような光景である。

 

(むふふ、この感動……いつまでも忘れたくないな~)

 

 かつての寂しい思いを二度と体験したくない。そう思うモモンガだが、何らかの理由……ギルメンらが仕方なしと考えた上でギルドを再び引退するのなら、それはそれで受け入れるつもりである。

 

(元の現実(リアル)と変わらないよね~。皆には皆の人生があるんだから……)

 

 元の現実(リアル)におけるユグドラシル終焉の頃も、モモンガは同じように思っていた。思ってはいたが……あの頃の孤独は本当に辛かった。いつか皆が帰ってくるときのためにナザリック地下大墳墓を維持する。ただ、それだけのために生きているようなものだった。だが、ギルメン達が戻ってきた今になっても、やはりモモンガは同じように思うのだ。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を引退するのは、ギルメン個人の自由だと。

 何故なのか。

 それは、この異形種となった身体で生きていく転移後世界こそが、モモンガ達にとっての『今の現実(リアル)』だからだ。ゲーム世界ではない現実で、どこへログアウトすることもできない。ならば、たとえギルドを引退し、その人物が旅立ったとしても、この転移後世界のどこかで顔を合わせることもあれば、<伝言(メッセージ)>で話をすることも容易なはずだ。

 ギルドを引退できても、転移後世界から『引退』することはできないのだから……。

 

(だから、元の現実(リアル)の時ほど、寂しいことにはならない!)

 

 そう思えばこその心境……辿り着いた境地である。

 懸念すべきなのは、元の現実(リアル)に戻れるようになった場合、ギルメンが帰還組と残留組で割れる可能性だ。今は戻る気がないと言っているギルメンも、いざ戻れるとなったらどうなるか解らない。

 

(俺的には……それもまた皆の自由かな。元の現実(リアル)に帰りたい人が居るなら、そうすればいいし、協力だってする。俺は~……転移後世界に残るつもりだけど……)

 

 そう思えるのは、ギルメンの大半は残ってくれるという確信があることが大きかった。さらに言えば、この自然多き転移後世界で、ナザリック地下大墳墓を維持できるのなら、実生活の快適さは元の現実(リアル)の比ではない。

 

(たっちさんはともかく、ウルベルトさんは……どうかな? 行き来が可能な状態でも、基本的に転移後世界で生活すると思うんだけど……)

 

 そういった思案をしつつ、モモンガは各議題を消化していく。最後に残った議題は、メインイベントとも言える重大なものだ。モモンガは、妙に姿勢の正しいたっちとウルベルトを見ると、肉のまったくない下顎をカパッと下ろした。

 

「それでは最後の議題です。え~……ゴホン。ローブル聖王国の聖騎士団団長レメディオス・カストディオさんと、その妹さん……神官団団長のケラルト・カストディオさんが、このナザリック地下大墳墓を訪問する件についてですが……」

 

 言い終えた瞬間。円卓内には『ニヤリ』とした空気が充満する。その中で、たっちとウルベルトが居心地悪そうにしているのが何とも笑え……もとい、可笑しいとモモンガは肉のない頬を緩ませていた。

 ことは二日前に遡る。

 レメディオス達から、聖王国に駐在する八本指の連絡員……及び現地配置の(しもべ)経由で、<伝言(メッセージ)>が入った。内容は「カストディオ姉妹が、たっちとウルベルトを訪ねて、ナザリック地下大墳墓へ行きたいと言っている」というもの。要するに、彼氏の御自宅訪問である。自宅と言っても、場所はナザリック地下大墳墓なのだから、これはギルメン会議で対応を検討すべき……となった。ウルベルトからは「友達の家に遊びに来るだけだし、ギルド内周知だけでいいんじゃないですか?」といった、遠回しに「いちいち会議なんかするな」との意見が出たが、相手二人が一国の重鎮であることから、ギルメン会議事案となっている。もちろん、皆で楽しむべきイベント発生だ! という思いが、ギルメンの大半にあったことは言うまでもない。

 

「ギルド長としましては、これこそ『お客様待遇』で行きたいと思います。ブティックやスパリゾートナザリックを満喫して貰えれば……。あ、氷結牢獄なんかは無しで行きましょうね?」

 

 ギルメンから異議は出ない。

 見せて自慢できそうなものは積極的に見せていくし、見せて駄目なものは見せないという方針だ。そこを確認した後、経費に関しては、たっちとウルベルトが持つことも確認されている。

 

(しもべ)については、異形種だからといって姿を隠す必要はないと思います。堂々と行きましょう。先日、『異形種の力を身に宿して戦う』設定で、カストディオさん達には異形種の姿を見せてますし。あちらさんも、そこまで驚いたりしないでしょう」

 

 このモモンガの提案にも反対する者は居なかった。更に相手が外部の者、それも人間だからといって失礼な態度は取らないように通達しておくことも提案したが、これもギルメン達に受け入れられている。

 たっちとウルベルトは、モモンガ、そして他のギルメン達が気を遣ってくれていることを理解しており、黙したまま頭を垂れていた。

 が、その二人の強化された聴覚が、とある声を聞き取る。

 

「たっちさんやウルベルトさんの趣味が実は……とか、聞かせたら面白そうかな~」

 

 瞬間、バッタと山羊の視線が声の主に向けられた。

 声の主とは……鳥人ペロロンチーノ。すぐ隣で座る姉の茶釜から「余計なことすんじゃないわよ?」と釘を刺されているが、それがどこまで効果があるか。

 ペロロンチーノが危ないとなると、次に注意すべきは弐式炎雷だろう。彼もペロロンチーノほどではないが、お調子者だからだ。

 こちらは……。

 

「弐式……。余計なことして、たっちさん達に迷惑かけるんじゃないぞ?」

 

 腕組みをした半魔巨人(ネフィリム)が、正面を向いたままで隣の弐式に忠告している。

 

「バレなきゃ平気、平気!(わ、わかってるよう!)」

 

「本音と建て前が逆だ……」

 

 溜息をついた建御雷が腕を伸ばし、弐式の頭部を鷲づかみした。

 グギギギという石と石を摺り合わせたような音が聞こえ、弐式が頭部に添えられた建御雷の手を掴む。

 

「いだだだだだ! 建やん、しない! 余計なことしないから!」

 

 こちらは建御雷の監督もあって、ペロロンチーノよりは危険度が低そうだ。とはいえ、安心しきるわけにはいかない。

 

((ペロロンチーノさんと弐式さんには注意しないと……))

 

 お互い嫌い合ってるたっち達だが、この時ばかりは心を一つにするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あり得ない……あり得ないわよ。なんなの<転移門(ゲート)>って……。転移距離が無限で、絶対に成功する? そんな無茶苦茶な……」 

 

 朝日が少し高くなったナザリック地下大墳墓の正門脇。そこに建つ受付棟の前で、ケラルト・カストディオが頭を抱えている。いつもの神官服だが、お化粧は普段以上にバッチリ。腰まで伸びた髪の手入れも行き届いている……ものの、その顔色は優れない。

 今、彼女は姉のレメディオスと共に到着したばかりだ。

 ただし、その移動方法が問題で、シャルティアによる<転移門(ゲート)>でローブル聖王国からナザリックまで一気に転移したのだから、世間的に第四位階魔法の使い手(実は第五位階まで使用可)のケラルトを、混乱させるには充分だった。

 一方、レメディオスは眼前のナザリック外壁……受付棟を避けるように土が被せられている……を見て唸っている。

 

「う~ん。これ、あとから土を盛ったのかな? 墓地の規模からすると、とんでもない大規模工事だと思うんだけど……」

 

 野営地や陣地の整備をする部下の姿。それを見る機会が多いだけあり、脳筋娘のレメディオスも外壁への土盛りには感心しているようだ。

 パニック状態のケラルトと、落ち着いた様子のレメディオス。

 この二人の姿を見たそれぞれの従者達は、困惑の表情で顔を見合わせている。

 普段と逆……それが従者達の感想だ。

 この日、レメディオスらは念願叶ってたっちとウルベルトの拠点、ナザリック地下大墳墓を訪れたのだが、従者は数名ずつ……男女混成で騎士や神官らのみとなっている。二人の身分からすれば合わせて数十人、あるいは百人超えで引き連れてくるのが普通だ。しかし、友人の家を訪ねるだけだからと、この少人数での訪問になった。

 後ろで控えていた男性騎士が、ススッとレメディオスに近寄る。

 

「団長、タチ(たっち・みー)殿とアレイン(ウルベルト)殿の二人……。本当に、この墓地を拠点にしているんですか?」

 

 騎士の目には規模にこそ驚いたものの、ちょっと立派な墓地にしか見えないらしい。エンリ・エモットなどの田舎村民が見たら、立派すぎる墓地なのだが……。

 騎士の質問に対し、レメディオスは上機嫌で答えた。

 

「そうだ! タチが言っていたんだから間違いない! いや~、なんかこうウキウキするな! 私はな、男の家に訪問するのが初めてなんだ!」

 

 ああ、そうでしょうよ……。

 と、従者達の内心で声が重なる。

 レメディオスの性格を考えれば、色恋とは無縁の人生だったはずだ。そして、それを言うなら……。

 

「な、何よ、あなた達……」

 

 従者達からの視線を感じ、頭を抱えていたケラルトが姿勢を正す。そして微かに聞こえていた姉の台詞を思い返すや、ハンと笑い飛ばして胸に手をあてた。

 

「この私! 神官団団長に釣り合う男が、そうそう居るわけないでしょう? 姉さんと同じで、私も初めてよ!」

 

 強がりなのか勝ち誇ったように言うが、その場に居たレメディオス以外の者達は一様に「そりゃ、あんたが怖くて男が近寄らないだけだし……」と思っている。勿論、声には出さない。言葉一つ間違えたら、裏からどんな報復をされるかわかったものではないからだ。もっとも、男が近寄らないという意味では、方向性こそ違うもののレメディオスとて変わらない。彼女の場合は、彼女自身に男性と交際したいという意識が希薄であったし、交際できたとして喧嘩になったら彼氏側が撲殺されかねないからだ。

 

「お待ちしておりました……」

 

 若い女の声がしたので受付棟を見ると、すぐ近くに一人のメイドが居る。

 少し背が高めの女性で、縦巻きにした金髪が特徴的。そして絶世の美女だ。

 その場に居た者は皆が目を奪われたが、そのスカート丈が短いメイド……ソリュシャン・イプシロンは動じた風もなく話を続ける。

 

「主達の元へ御案内します。こちらへどうぞ……」

 

 そう言って案内したのは、ナザリックの正門ではなく受付棟。内部に転移の鏡が設置してあり、第九階層までの近道として運用しているのだ。無論、転移後世界では聞いたこともないアイテムであり、ケラルトが再び頭を抱えることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 転移後世界の人間は、ナザリック地下大墳墓の第九階層に来ると……絢爛豪華さに目を奪われる。これは聖王国御一行にも当てはまるようで、案内されている間、レメディオス達の目は壁の絵画や、見るからに性能が高そうな甲冑に吸い寄せられてばかりだ。

 

「う~わ、負けてる。ホバンスの王城、負けてるよ~」

 

 ケラルトが肩を落として呻く。

 彼女が所属するローブル聖王国は、宗教色の濃い国だ。そのため、王城は華美ではない。しかし、建材は厳選され、装飾に関しても『神聖さ』を重視して予算を多く投じている。結果として、厳粛かつ神聖さを醸し出す王城となったわけだ。ケラルトとしては、下品な華美さではなく、神聖さに重きを置いた美観を誇りにしていたのだが、ナザリック地下大墳墓の第九階層には、素直に敗北を認めている。

 

「ぐぬぬぬ、アレインめ。凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思ってたけど、実家(?)だって凄いじゃない! 超が付くほどの裕福で……勝ち組よ、勝ち組……」

 

 このケラルトの感想……『負け組』を自認するウルベルトが聞いたなら、ショックのあまり耳と鼻と口から噴血しそうだ。しかし、基本的には羨んでの台詞であり、姿を隠して監視しているナザリックの(しもべ)らは、「良くわかっているじゃないか」と満足げだった。

 

「しかし、カルカ様は少し可哀想だったな」

 

 レメディオスが少し前を歩くソリュシャンの背を見ながら言う。

 聖王国の聖王女、カルカ・ベサーレスはモモンガ(レメディオス達の認識では、冒険者モモンであり、王国貴族アインズ・ウール・ゴウンでもある)と良い仲だ。カルカ自身、将来の夫としてモモンガを欲しているし、モモンガの方でも交際する以上、特に問題がなければ結婚して……と考えていた。

 現状、モモンガの交際相手は、カルカを含めて六人だが、モモンガの好感度や交際進捗度で並べると、アルベド>茶釜>ルプスレギナ>エンリ>カルカ>ニニャとなる。なお、アウラは交際予約者なので、この順位には含めない。

 このように、エンリより下位というカルカであったが、組織のトップという境遇(そして、その苦労人ぶり)からモモンガとは非常に話が合い、その合い具合はギルメンの茶釜と同程度か上を行く。ある意味において、モモンガと最も相性が良いのがカルカ・ベサーレスなのだ。

 

「うぁああん! レメディオスとケラルトだけだなんてズルいぃいい! 私も行くぅううう!」

 

 前傾姿勢になって両拳を上下に振り、涙ながらに訴えるカルカの姿。それが、レメディオスの脳内に焼きついていた。そのカルカを断腸の思いで振り切ったのは、外ならぬレメディオスなのだが……。

 

「しかたないわよ。私達が二人で出国するのも厳しい話なのに、聖王女まで不在ってマズいでしょ? 今回、カルカ様には涙を呑んで貰うしかないのよ」

 

 そうケラルトは言うが、だったらカストディオ姉妹の方で遠慮して、カルカ様と代われば良かったのでは……という思いが従者達の中で浮かぶ。しかし、それを口に出して言う者は居ない。レメディオス達の機嫌を損ねるのが怖いからだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 レメディオス達が案内されたのは、第九階層の中でモモンガ達が応接室として使用している部屋である。ギルメンの私室でも応接機能(ソファやテーブル等一式)を備えている部屋はあるが、モモンガなど、レメディオス達のお目当てでないギルメンの部屋に案内するのはどうかと思われたし、たっちやウルベルトの私室にいきなり連れ込むのも躊躇われたのだ……と言うよりも、たっち達が嫌がった。曰く、「まだ部屋に連れ込むような段階ではない」とのことで、ギルメンらは「うぶなこと言ってるよ」と半ば呆れている。

 ちなみに、たっちは「付き合いの浅い女性に対する礼儀上」から自室使用を拒否したのだが、ウルベルトは「へ、部屋の片付けとかしないといけないし!」と女慣れしていないことおびただしい心境から拒否している。なので、ギルメンらの感想は、主にウルベルトの反応と態度から来ていると言っていい。

 

「ようこそ、お二方。あらためて名乗らせていただくが、私はナザリック地下大墳墓の取り纏め役、アインズ・ウール・ゴウン。冒険者モモンとして……あ~、小遣い稼ぎなどをしていることもあるが……王国では辺境侯の地位を与っている」

 

 長方形の協議テーブル、その対面中央で座るモモンガ(人化中)が立ち上がって挨拶すると、入室してきたレメディオス達は一礼した。彼女らと共に、男性の騎士と神官が一名ずつ(他は別室で待機中)随行しており、こちらもモモンガに対して一礼した。

 

「ここからは座って話したいですな。どうぞ、おかけになって……」

 

 言いつつ自分も座ったモモンガはレメディオス達が席に着くのを見ながら、自分の左右に意識を向ける。右側にたっち・みー、左側にウルベルト。レメディオス達を見てソワソワしている様子だが、そういう者を両脇に置くモモンガとしては、ひたすらに居心地が悪い。

 

(サッと話を流して、あとはたっちさん達に任せちゃうか……) 

 

 お客様扱いが決定しているとは言え、たっちとウルベルトの『お相手』である。あまり深く関わって、たっち達に睨まれる展開は御免被りたいのだ。

 

(寝取りとか俺の趣味じゃないし、する気もない。痛くもない腹を探られたくもないし? カストディオさん達には、ナザリックを満喫して貰って、気分良く帰ってもらおう!)

 

 そうしたモモンガの思いもあり、会議室での会話は極短時間で終了する。

 

「それでは、私はここで……」

 

 通路に出たモモンガが去って行くと、その後ろ姿を見送りながらケラルトが鼻を鳴らした。

 

「ふぅん……前にあったときも思ったけど、良い人ね。私的には、もうちょっと悪いところがあっても良いと思うけど。……アレインみたいに」 

 

 そう言い終えて隣のウルベルトを見ると、ウルベルトは肩をすくめる。

 

「それだと評価が低いですねぇ。モモ……おっと、あのアインズさんは凄いんだから」

 

 ウルベルトにとってのアインズ……モモンガは、侮れないプレイヤースキルを有し、人当たりが良く、とっさの交渉に頭が回り、自分達のようなくせ者達を取り纏められる男だ。まさしく凄いの一言に尽きる。

 

(ユグドラシルの時、アインズ・ウール・ゴウン……ギルドが駄目になったのは、ユグドラシル以上に優先すべき現実(リアル)があったからだ。みんな、ゲームの外で人生を抱えていたし、俺とたっちも……な)

 

 ギルメンらの重すぎる現実(リアル)事情(仕事や生活、体調の問題等)が、ゲームの継続を困難にしたわけだ。

 そして、その状況はモモンガの対処能力を遙かに超えていた。

 

(だが……今度は、あんなことにはならない)

 

 この転移後世界こそが今のウルベルトにとっての現実(リアル)だ。他のギルメンだってそうだろう。この世界を捨てて、他の何処へ行きようもない。当分、ナザリック地下大墳墓に寄り添って生きていくのだ。

 ウルベルトとしては、もう一歩先……可能であれば元の現実(リアル)との往来を可能にしたいのだが……。 

 

(ま、それを研究するのは落ち着いてからだな。……ベルリバーさんとは相談済みだが、モモンガさんや他の人達にも相談しておかなくちゃ……)

 

 こういったことを考えつつ、ケラルトと話していたウルベルトだが「あ、アレインさん。私とレメディオスさんは、これから第六階層の闘技場に行って来ますので!」と無駄に元気な声をかけられ、たっちを見た。

 

「闘技場? レメディオスさんをボコボコにするつもりですか? 感心しませんねぇ」

 

「違います」

 

 憮然とした口調で、たっちは言う。が、「ひょっとしたら、そうなるかも……」と呟いた声をウルベルトは聞き逃さなかった。

 

「おい、マジか? ……結婚してもいないのに夫婦喧嘩は無しにしてくださいよ?」

 

「だから結婚……でぇい! 喧嘩じゃないんですってば!」

 

 焦ったのか、言い間違いを勢いで誤魔化すたっちに、ウルベルトは「へ~、そうなんですね~」と生返事をし、その視線をレメディオスに向ける。レメディオスは……両頬を掌で挟んで真っ赤になっていた。妙に可愛らしい。

 

「……で? 実際は、どのようにボコボコにするんです?」

 

「ああ、もういいです。今、闘技場に建御雷さんが居るから、レメディオスさんと手合わせして貰おうと思ったんですよ。指導者としては私よりも上手ですしね」

 

 ウルベルトは、なるほど……と思った。武人建御雷は、元の現実(リアル)では武術か何かの道場を経営していたはずだ。不況の煽りを受けて閉める羽目になったそうだが、彼ならばレメディオスに適切な指導ができるだろう。

 

(そういや建御雷さん、ヤベー感じで強くなってるんだっけ……。異世界効果、凄いわ~……)

 

 建御雷が強くなった要因は、主に三つ。

 一つは、異形種の身体を本当の身体として使えるようになったこと。いくらユグドラシルのVRシステムが優れていようとも、本当の身体を再現するにはほど遠かった。だが、今は違う。身体に叩き込んだ技を、何の制限もなく使用できるのだ。元の現実(リアル)では身体が痛むのを気遣って練習しづらかった技だって、平気で練習できる。仮に怪我をしても魔法やポーションで治せるのだから、もはや何の遠慮も要らない。

 次に、実戦の機会が多いこと。相手が野盗であれモンスターであれ、相手を殺すことを前提に戦えるのだ。これで強くならないわけがない。

 最後は、武技を幾つか修得していることだろう。元々の強さに武技の効果を上乗せするのだから、これまた強くなっていて当然なのだ。

 気になる問題点と言えば……。

 

(そんな建御雷さんを一方的にボコれるんだよな……このバッタ……)

 

 先日、たっちと建御雷がPVPを行ったのだが、ユグドラシル時代以上の差を付けてたっちが圧勝してしまったのだ。真っ二つにされた自慢の大太刀……建御雷八式を手に呆然とする建御雷の姿をウルベルトは記憶している。これほど差がついたのは、やはりたっちが強くなったことにある。どうして強くなれたかと言えば、理由は建御雷と同じだ。要するに建御雷が強くなったのと同様に、たっちも武技を会得する等して強くなっていたのである。ただ、その強化の度合いが、たっちの方が大きかったらしい。

 ウルベルトは溜息をつき、顔を横に振った。

 

(個人の資質とか素質とか、そういうのだろうけど。転移後世界歴は建御雷さんの方が長いってのにな……。ひどいインチキだ……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おっ? たっちさんと……レメディオスさんだっけ? 待ってたぜ!」

 

 建御雷がたっち・みーにボコボコにされたのは数日前のことだ。つまり、さほど日が経っていない。にもかかわらず、闘技場の中央で立つ半魔巨人(ネフィリム)は、朗らかに手を振ってみせる。ご自慢の赤い重甲冑姿、抜き身で肩に載せているのは、長大な日本刀……建御雷九式。先代の建御雷八式は、転移後世界におけるPVPで破損した……のだが、即日、ノリノリで新製作に入り、遠慮無しの課金アイテム投入で作り上げた新しきメインウェポンだ。

 

(もうちょい練り上げて、今度こそたっちさんをバッサリだぜ!)

 

 もちろん、殺すところまではしないが、やる以上は勝つことを念頭に置く。脳内で、ああしてこうして、こうやって斬りつけて……と建御雷が考えていたところ、たっちとレメディオスがすぐ前まで移動してきた。たっちに促される形でレメディオスが一歩前に出る。

 

「たっち? ええと、タチからは噂を聞いている。武人建御雷殿。私は、ローブル聖王国の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。よろしく頼む」

 

「御丁寧な自己紹介、痛み入る。え~……武人建御雷です」

 

 武人ロールで話し出したものの、性に合わないと考えた建御雷は、ギルメン同士で話すときの口調……その中でも丁寧寄りの口調に切り替えた。 

 

「それで、タチさん? レメディオスさんと、まずは手合わせ……で良いんですか?」

 

「そうです。その後、いくつか指導をお願いできれば……と」

 

 実のところ、建御雷は事前に<伝言(メッセージ)>で聞いて把握している。今のやりとりはレメディオスに聞かせるためのものだ。建御雷は、少し考える素振りを見せた後で、大きく頷いた。

 

「かまわないですよ。じゃあ、レメディオスさんは俺と中央に行きましょうか?」

 

「ああ!」

 

 喜々とした……という表現が適切だろう。レメディオスは歩き出した建御雷について行った。

 その後ろ姿をたっちは見送ったが、その彼に後方のコキュートスが声をかける。

 

「タッチ・ミー様。アノ人間ヲ武人建御雷様ト手合ワセサセルノハ、何カ深イ思惑ガアッテノコトナノデショウカ?」

 

「……」

 

 たっちは最初、首を回して左肩越しにコキュートスを見た。無言で……である。

 次に口を開くまでに時間がかかったのは、「深い思惑って何だっけ?」と考えてしまったからだ。無論、思惑などというものは存在しない。ナザリックに合流する前は、ローブル聖王国でレメディオスと時折手合わせをしていたので、相手を変えれば新鮮かも……と、そんな感覚で建御雷に手合わせを頼んだだけなのだ。

 

(それを、そのまま言うのってマズいかな?)

 

 たっちはナザリックに合流してから、NPCや(しもべ)達の忠誠心の高さを知った。迂闊なことを言うとマズいことになるのも知っている。なので悩んだ結果、素直に話すことにした。慣れない嘘をついて話がこじれることを警戒したからだ。

 

「なに、色んな相手と手合わせしたら学べることが多い。そう思っただけだよ」

 

「ナルホド! サスガハタッチ・ミー様!」

 

 コキュートスの昆虫顔では表情の変化が判別できない。だが、声が震えているので感動しているようなのはわかる。

 

(こんなので、さすがと言われてもな~……)

 

 馬鹿にされているようだが、そうではない。コキュートスは心の奥底から、たっちを褒め称えているのだ。それがナザリックのNPCであり(しもべ)なのだから。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「なにこれ? 天国? 天国なの? 本で一杯じゃない!?」 

 

 ウルベルトに連れられて最古図書館に入ったケラルトは、両手の平を合わせてウキウキしている。床と天井以外のどこを見ても本棚があって、書物が隙間なく詰め込まれている。試しに一冊抜いて開いてみれば、魂に関する斬新な考察が記されていた。錯覚かもしれないが、ケラルトは読んだだけで魔法技術が上達したような気がする。

 

「アレイン! ここにある本、全部がこのレベルなの? 凄すぎるわ!」

 

「え? え~、あ~、うん。真面目な本ばかりじゃなくて……単なる娯楽系もあるんだけどな」

 

 興奮気味のケラルトに対し、少し引き気味のウルベルトはケラルトから目をそらすと、左方向に視線を移動させた。そこには大きなテーブルがあり、一人のリッチ……デイバーノックが読書中である。顔の高さ、真っ直ぐ伸ばした両手で漫画書籍を保持し、真剣な表情で読みふけっているのだが……。

 

(なんだありゃ? ねこ・ね○・幻想曲? 少女漫画か? また見た目から掛け離れたものを読んでるな……)

 

 見ればデイバーノックの両脇には漫画本が平積みされている。ウルベルトの知らないタイトルばかりであったが、カバーのデザインからして置かれているものすべてが少女漫画らしい。

 

「リッチが絵本を読んでる……。あれ、そんなに面白いの?」

 

 ウルベルトの視線の先に目を向けたケラルトが驚いている。ウルベルトは、ニヤリと笑って肩をすくめた。

 

「仲間達が趣味とノリで集めたものばかりだからな。探せば気に入るのがあるんじゃないか? 俺のお薦め漫画は、エコエ○アザラクとか、殺しても生○ている女とか、悪魔の招○状とか、地獄○子守歌とか、魔女が○る館あたりかな~」

 

 ここぞとばかりに推し漫画の名を出すが、そのすべてがホラー漫画なのは彼の悪魔性を示していると言えよう。無論、タブラに薦められて読んでいるうち、どはまりしたというのもある。なお、ウルベルトの名誉のために補足すると、これは若い女性を怖がらせて楽しむという主旨ではなく、心からお薦めの漫画を紹介しているだけなのだ。

 自宅呼びした交際して間もない女性に、そのチョイスはどうなのか。幸いなことにケラルトはウルベルトが言う漫画のすべてを気に入り、二人で肩を並べて座って漫画を読みふけることとなる。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「だああああああっ!」

 

 裂帛の気合いと共にレメディオスが突き込んだ。

 使用している剣は、聖剣サファルリシア……の持ち出し許可が(涙目のカルカが駄目だと言ったので)出なかったため、普段使いの剣である。性能は格段に落ちるが、今やっているのは手合わせであるため、とにかく相手の身体にさえ当たればそれで良い。

 今放った突きは身体ごと突進して放つもので、大盾を構えて踏ん張る騎士を、その後ろで支える者ごと吹き飛ばす威力があった。だが、建御雷九式で受け止めた建御雷はビクともしない。

 

「急所狙いは防がれると見て、狙いを絞らずに胴体のどこかに当たれば……ってか?」

 

 レメディオスが渾身の力で押し込んで行くが、建御雷は涼しい顔でレクチャーを続ける。

 

「バクチは嫌いじゃないが、地力の開き具合が問題ですよ……っと」

 

「うあっ!?」

 

 軽く振り払ったようにしか見えないのに、レメディオスの身体が浮いた。本当なら観客席付近の壁に激突させることも可能だが、建御雷は数歩分の距離を取らせるに留めていた。友人であるたっちの交際相手だから気を遣っている……というのは当然ある。が、大きい理由としては、離れて見ているたっちの視線が怖いことにあった。

 

 ……ンジィィィィィイイ……。

 

(背中! 背中に視線がーっ!)

 

 前衛を務める戦士職系。それ故、今の建御雷は気配や視線に関して敏感なのだ。そうやって感じるたっちの視線が実に痛く、そして重い。レメディオスに対して何かするたびに剣呑さを増していく。このとき、たっちは少し離れた場所でコキュートスと共に立って見物していたが、建御雷は背後に『負の暗黒空間』とでも言うべき異変が生じたように感じていた。

 

(これでレメディオスさんに怪我なんかさせたら、俺、たっちさんに何をされるんだ!?)

 

 本気の手合わせは臨むところだが、色恋関連、それも嫉妬で微塵切りにされるのは御免こうむりたい。そこで建御雷は、建御雷九式を肩にかついで休憩を行う。レメディオスも肩を上下させながら足を止めたので、休憩には応じるようだ。

 

「れ、レメディオスさんの剣の振り方とか、スジは悪くないんだよ。けど、素直に過ぎらぁな」

 

「素直すぎる?」

 

 レメディオスが問うてきたので、建御雷は大きく頷いた。

 レメディオスは、自身の筋力や素早さなりに、最適に近い形で剣を振っている。身のこなしなどもそうだ。

 

「けどな、戦いってのは剣を振って当てるだけじゃあない」

 

「次の攻撃につなげるための攻撃。剣を振り抜いてからの、次の行動を踏まえて戦う。そういったことが必要だと、建御雷殿は言いたいのか? それなら、心がけているつもりだ。……気にくわないが虚実織り交ぜてもいるぞ? だが、ん~、む~ん……」

 

 レメディオスは、表情を難しくして唸っている。今の会話で「元より知っていることを聞かされた」ということではなく、そういうことを敢えて聞かせた建御雷の真意を探っているらしい。

 

(このレメディオスって人、脳筋って聞かされてたけど。剣のことになると、そうでもない感じか?)

 

 目の前の女性騎士に対し、ちょっとした見どころを感じつつ、建御雷は話を続けた。

 

「うんうん、それも大事だ。こっちでもそういった事は考えてんだな……いや、こっちの話。それでな、レメディオスさんは人間だし、鍛えても筋力なんかは限界とかあるじゃないか」

 

 その限界点を伸ばすのは不可能ではないだろうが、時間がかかる。手っ取り早く戦力を底上げするにはフェイント……虚実織り交ぜた戦い方を身につけることだろう。レメディオスが言うには、彼女はすでに虚実織り交ぜて戦っているそうだが、建御雷が見る分には小手先のものや、動作の緩急でタイミングをずらす程度でしかなかった。

 

「相手の動作を、自分に都合良く誘導するんだ。虚実の一種だが、意識して出来るようになると便利なんだぜ? 何なら、相手の構えを崩すだけでもいい。自分の攻撃を当てやすくなるし、相手にしてみたら避けたつもりのところに攻撃が飛んできたりするから、くらう攻撃を速く感じるわけだ。死角に滑り込むように刃を入れられたら、更に効果が高くなるぞ?」

 

「ほほう! それは面白そうだ!」

 

 レメディオスが機嫌良く笑う。

 女性からの手応え良い反応に、建御雷は気を良くするが……背に刺さるたっちの視線が圧を増したので硬直した。

 

(なんだよ、レメディオスさんと歓談してるだけじゃーん! それも駄目とか、マジで勘弁して欲しいぜ……)

 

「まあ、なんだ。こういうのはタチさんも……と言うか、俺がやったのを防いだり躱したりするんだよ。マジで信じらんねぇ、あの人……で、タチさんも詳しいから、デートがてら教わってみてもいいかもな!」 

 

 ガラじゃないと思いつつフォローしたところ、レメディオスは顔を真っ赤にして「な、何を言ってるんだ! デートは、ちょっと早いと思うぞ!」と建御雷の甲冑……胸の部分をバシバシ叩く。照れ隠しだが結構な威力であるため、建御雷は「それを人間にやるときは、手加減しろよ~?」と考えていた。

 そして、たっちのすぐ近くでコキュートスが冷気の息をブシーッと吐いているのを見て硬直する。

 

(怒ってる!? 何でだ!?)

 

 ひょっとして、レメディオスがバシバシ叩いていたのが気に入らないのか。そう思い至った建御雷は、「いちいち目くじら立ててると、忠誠心とやらが安っぽく見えちゃうんだがなぁ」と呟きながらコキュートスの方へと歩き出すのだった。

 一方、たっちもコキュートスの怒りっぷりには引いている。

 

「……そんなに怒っちゃうんだ?」 

 

 自分は自分で、レメディオスと建御雷が歓談している様子が気に入らず、良い気がしなかった。それに、つまらないことで建御雷を睨んでいた自覚もある。だが、コキュートスの憤慨ぶりを見ていて、急に頭が冷えたのだ。頭に血が上っているとき、すぐ近くで他人が怒っていると冷静になってしまう、あの現象である。

 戻って来た建御雷がコキュートスの肩を叩きながら、「細かいことで怒るな。ちょっとしたスキンシップだろ?」と諭しているのを見ると、何だか自分が説教されているようで気が重くなるたっちであった。

 




たっち&ウルとカストディオ姉妹のお話。
取りあえず書きたい分の半分ぐらいですが投稿してみました。
次回、鳥と忍者が……。ポロリもあるかも。
今回は前半部分のようなものですから、後半である次回は色々と盛り込みたいと思います。

ウルベルトさんが言う、ホラー漫画の数々は、子供の頃に私を恐れおののかせ、夕暮れ時に外を歩けなくした作品群。
今となっては絵柄が古いかもですが、小学生低学年に読ませてはいけない類の本だと思います。

建御雷さんの虚実関係の指導については、完全に漫画やアニメの受け売りです。レメディオスが虚実を上手く使いこなせていない件については、原作での戦いぶりから判断しました。
まあ、妹やカルカを駄目にされて、普段どおりに戦えなかったのもあるんでしょうが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと前まで体調がヤバかった(頻発鼻血地獄)のですが、
処方して貰った薬が効いたのと、慌てて早朝ウォーキングを始めたのが効いたのか
ここ2日ほどは発症しておりません。やったぜ!
その前の1~2週間、睡眠時間が小一時間刻みとかだったので、昼すぎ暫くの頃になると体力切れおこしてキツかった。
横になろうが座ろうが、寝ると鼻血出るってのはな~……。
病院の待合で座り、うつらうつらした途端にドロッときたのも難儀だった。
終盤、シャワー中に出血しても構わず洗髪やらし終えてたけれど、慣れちゃ駄目ですよね~。

不摂生すると私のようになりますので、皆さんもお気をつけ下さいませ。


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佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます
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