「え? エンリさんも?」
お昼過ぎのカルネ村。広場の端……木陰に置かれたベンチで、魔法詠唱者の冒険者ニニャが目を丸くしている。話し相手は村娘のエンリ・エモットだ。エンリは得意げに胸を張ると、人差し指を立てて大いに語った。
「そうなんです! ゴウン様とは仲良……コホン、親しくさせて頂いてます」
ゴウン様とは、アインズ・ウール・ゴウン辺境侯のことであり、アインズとはモモンガの貴族名だ。異世界転移後、諸々あって王国から貴族位を貰ったのである。モモンガとしては貴族になるのは嫌だったが、他のギルメンからギルド長が代表して貰っておくべきと圧迫……もとい推され、今は辺境侯となっていた。ちなみに領地運営は、ウルベルトに許可を貰ってデミウルゴスに丸投げ状態だ。忙しいはずのデミウルゴスだが、ウルベルトからも頼んで貰えたことで御機嫌である。領地は主にトブの大森林近辺で、その中にカルネ村が含まれており、村におけるモモンガの通称は『ゴウン様』または『ゴウンの殿様』であった。
エンリとの仲については、帝国兵を装ったスレイン法国の部隊が村を襲撃した際、彼女を救ったことから始まっており、その後にエンリからの告白を受け入れたことで、交際関係となっている。第一村人ならぬ第一交際相手と言ったところだろうか。
一方、ニニャはモモンガが異世界転移してすぐの頃、弐式炎雷と共に冒険者活動をしていたモモンガと合同で依頼行動をしたことがある。その際、冒険者モモンを名乗っていたモモンガとは、魔法職同士ということもあってか親しく言葉を交わしていた。新人冒険者ながら自分よりも魔法を達者に使うモモンガと接し、ニニャは尊敬したし憧れたものだ。そして、長らく行方不明だった姉の発見等、諸事情あってモモンガに対して思いをはぐくみ、告白し、受け入れられて現在に至る。
エンリとニニャ。二人が今会話しているのは、冒険依頼明けの休暇を使ったニニャが、モモンガ目当てでカルネ村を訪ね、たまたま声をかけた村人がエンリだったこと。 そして、話しているうちに双方がモモンガの交際相手だと気がついたことによる。
普通、一人の男性のことで「私が恋人です」と主張する女性が二人いて、その女性同士が顔を合わせたら気まずくなるか喧嘩に発展するものだが、この二人は実に親しげだ。
何故なのか。
答えは、現在のモモンガが貴族……トブの大森林あたりを領地とする辺境侯だからである。早い話が、「お貴族様なら
モモンガの前で交際相手の一人に対してキツい物言いをすれば、自分はモモンガに良くないイメージを持たれるのではないか。そう考えた二人が、攻撃的な態度に出ることを躊躇したのである。もっとも、モモンガの到着前の会話で相手の人となりが把握できたので、嫌悪感はなかったわけだが……。
(というわけなんだけど、俺自身は実に気まずい……)
同じベンチ……右にエンリ、左をニニャが座る配置で、モモンガは人化した顔をひくつかせていた。交際相手二人が顔を合わせていると知り、慌てて<
(なんかこう……ね! 交際相手が容認してると言っても、その交際相手を両側に並べて平気な顔とかできるわけないし! 頑張ってるつもりだけど!)
プレイボーイのハーレム野郎。そういう性根であったなら、この状況も「両手に花だ~っ!」などと鼻の下を伸ばして喜んでいられただろう。だが、モモンガは自らの意思でハーレム環境を構築したとは言え、プレイボーイのハーレム野郎気質にはなれなかった。それについては誇らしく感じるものの、性分的にキツいと悩んでしまうのだ。
エンリ・エモットやニニャ、アルベドにルプスレギナ、そしてぶくぶく茶釜とカルカ・ベサーレス。最後に交際関係となったのはカルカだろうか。ともかく現状で六人。ここまで増えたら慣れたり開き直っても良さそうだが、そうはなれないモモンガは色恋関係では進歩がないと言える。
(たまに腹を括ることはあっても、やっぱり悩んでしまうんだよな~。どうして俺は、こんな感じのままなんだ~っ!?)
このように悩み多き
◇◇◇◇
冒険者ニニャは、こう考える。
モモンガさん……その正体はアインズ・ウール・ゴウン辺境侯だから、ゴウン様。いや、今は交際中だから名前呼びの「アインズ様」でも許されるはず。でも、普段はモモンガと呼んで欲しいと言われているから、やっぱりモモンガさん。冒険者として活動しているときはモモンと呼んだ方が良いのは何となくわかるけど、やはり貴族ともなると呼び名は色々あるのだろうか。
はっきり言って、自分は貴族が大嫌いだ。勝手に押しかけてきて姉をさらい、酷く弄んでから捨てて、それで姉は死にかけた。ナザリック地下大墳墓の偉い人が助けてくれなかったら、本当に死んでいたらしい。貴族というのは本当にろくなことをしない。
でも、モモンガは別だ。知り合った後で貴族になったのもあるけれど、出会った頃、一緒に冒険をしたとき……同じ魔法職だから話が合ったし、その魔法の実力と人柄に惹かれた。一緒に居ないときも意識はしていたけれど、ある日<
(そんなとこに、ボクが居て良いのっ!? ボク、一介の冒険者だよ!? しかも、まだ
自分を卑下する。
この辺は、モモンガが時折「俺に対する期待がデカすぎだろ!? 俺は一介のサラリーマンだぞーっ!!」と嘆いているのに似ていた。それだけにモモンガと気が合った部分もあるのだろう。
アルベドなどの存在を知ったニニャは激しく落ち込んだが、時間が経つにつれモモンガとの交際関係を見つめ直している。自分は他の女性に負けている部分が多い。しかし、モモンガのことを好きな気持ちは自分だけのものだ。誰かの想いと比べるものではないし、遠慮したりするものではないだろう。
だからニニャは、俯かずに前を向いた。
ともかく日々を頑張ってすごしながら、できる限りモモンガに会うのだ。
◇◇◇◇
このように、ニニャは浮いたり沈んだりしていたが、エンリの場合はモモンガと出会った当初から大きな変化がない。
正体がアンデッドなことも、そもそも初対面時に骸骨顔を晒していたので今更な話だ。エンリにとってモモンガは、自分の命を救ってくれた人で、凄い魔法使いで、一緒に居ると胸がポカポカする素敵な男性。ただ、それだけだった。
(ん~……でも、モモンガ様は貴族様になっちゃったのよね~。私みたいな村娘じゃあ釣り合い取れてないんじゃないかしら?)
そう思ったこともあるが、平民が貴族に手を出されるのは珍しい話ではない。それに、エンリから見たモモンガは『遊びで女性に手を出す』という行動から縁遠いように思えた。だから、一男性としてのモモンガを信用して良いと判断している。
(……好きになった男の人が、たまたま出世して貴族様になった。これよ!)
力関係で言えば、貴族になる前からモモンガに勝てる王国貴族など存在しない。そんなモモンガにとって、王国の貴族位がどれ程のものなのか。だが、エンリには、『交際相手の出世』は単純に喜ばしいことだった。そして、モモンガの方でエンリを遊び捨てる気がないのであれば、貴族だろうが何だろうが構わないのではないか。
そう吹っ切れた(と言うより、難しく考えるのをやめた)エンリは、今もモモンガの隣でニコニコしながら座っている。
◇◇◇◇
「モモンガ様? さん?」
「ん~……ニニャの場合は『さん』でいいかな? 呼ばれ慣れてるし」
ニニャが小首を傾げているのを見たたモモンガは、このように答えた。そして、口中で「交際女性によって呼び方を変えさせるってか? 俺も大概なアレだなぁ……」と呟き、それを悟られまいと精一杯、普通の笑みを浮かべている。この手の気遣いに関して、ニニャの反対側で座るエンリは勘が良いのだが、この時はモモンガの頑張りが功を奏したらしい。特に気づいた様子はなく「あの~……私は今までどおりモモンガ様……って呼んでも良いですか?」と上目遣いで聞いてきた。ニニャと差が付くのを恐れたのか妬いたのか、ともかくモモンガの内心の葛藤には気がつかなかったようだ。
「かまわないとも!」
モモンガは笑顔で頷くと、女冒険者と村娘を両脇に置いて楽しいベンチでのひとときを過ごすのだった。
そうして小一時間ほど歓談し、ニニャは姉のツアレニーニャに会いに行き、エンリは妹のネムの付き添いでンフィーレアの手伝いに行くこととなる。元々それらの予定はあったのだが、そこはそれ村人時間というか冒険者時間というか、大雑把なのだ。エンリは「それでは失礼します。モモンガ様!」と言って一礼すると背を向けた。ニニャは会いに行く相手……姉の勤め先がナザリック地下大墳墓なので、モモンガが<
そうして、モモンガは一人になった。
ニニャと一緒に<
(そうだ、歩きながら考えよう!)
モモンガは歩き出した。選択肢が多いというのも考え物だ。大抵のことが実行可能となると、逆に迷ってしまう。もっとも、今の精神状態……気分に関しては大いによろしい。何しろ交際女性二人を両脇に置いて、問題なく会話をこなしたのだ。これは元の
(いや~、ギルメンからはモモンガハーレムとか言われてるけどさぁ。上手く回してる分には良いものじゃあないか~。ハーレムの何が悪いってんだかね~。ギスギスしない男女関係万歳!)
そもそもナザリック地下大墳墓には、モモンガとは別にハーレムを築いている男が居る。複数NPCと爛れた関係を満喫している悪いスライム……ではなく黒いスライムだ。そのスライム……ヘロヘロは、直属の
(当社比だけどな! はっはっはっ! ……は?)
意気揚々と家屋の間を通り抜けようとしたとき。モモンガの鼻歌が途切れた。彼から見て右方にある民家の壁に、寄りかかってるピンクの肉棒……ぶくぶく茶釜の姿が視界の端に入ったからだ。
「へっ!? 茶が……いや、そこで何を……」
モモンガは戸惑った。
茶釜は、二本の粘体を腕のように組んでおり、ドヤ顔をしている……のが何となくわかる。その表情や雰囲気も気になるが、やはり重要なことは何故カルネ村に居るのかだろう。
「いや本当に、何をしてるんです?」
「ちょっと小耳に挟んだのよ~」
茶釜が組んでいた触腕状の粘体を持ち上げて言う。
「交際相手の二人がカルネ村で顔を合わせてるからって、ダーリンが慌てて出て行ったってね~」
「……ふう」
今のは精神の安定化ではない。何故ならモモンガは人化中だからだ。
精神の安定化を欲するなら、異形種化することで解決する。しかし、それを茶釜の目の前でやれば焦っているのがモロバレだ。また、何か隠し事をする気なのかと勘ぐられる恐れもある。
つまり、モモンガは人化状態のまま、この場を乗り切らなければならない。
一息吐いたモモンガの脳内では、次のような思考が高速展開されていた。
(え?
内心狼狽えていたモモンガだが、顔に出す驚きを最低限に抑えていた。かつてのサラリーマン業、その外回りやプレゼンで鍛えられた表情筋が、モモンガのために力を発揮した……のもあるが、ついさっきまでニニャ達の相手をしていたのが大きいと言えば大きい。
(あらかじめ頬が暖まってたというか、おかげで表情をつくりやすくなってるというか。でも、ほっぺたが痛い……)
後で頑張った頬肉をマッサージしてあげよう。そう心に誓いつつ、モモンガは頷いた。
「なるほど。それで茶釜さんの御用は何でしょうか?」
「ぬっ、見た目は冷静な対応! やるわね、ダーリン!」
茶釜は家の壁にもたれたまま、もぞりと全身を揺らす。繰り返し述べるが、今の彼女は異形種体……ピンクの肉棒姿なので、非常に気まずい絵面だ。モモンガは茶釜の異形種姿を嫌悪しているわけではないが、上を向いたイチモツを連想する見た目と動作には、わざとらしい咳払いを禁じ得ない。
「んっ! げふんごふん!」
「はいはい、咳払い咳払い。途中までは良い感じで動揺を隠せたのにね~。と、そうそう用件よね!」
交際相手の咳払いを笑い飛ばししつつ、茶釜が話し出した。
特に予定がないなら今……つまり、お昼過ぎの今から出かけないか……とのことだ。
「具体的には王都よね。ヘロヘロさんの武器防具店を覗きに行って、あちこち散策するとか~……その場の流れで臨機応変?」
もしも茶釜が人化していたら、口元に人差し指を当てて小首を傾げていただろう。中々に可愛い仕草だ。しかし、今は異形種化しているため、モモンガには『そそり立つピンクの肉棒がグニュリと先端を曲げている』ようにしか見えない。
(これを人化すれば長身美人な女性がやってると思いますとですね。美女が肉棒で、肉棒が美女で! 俺としては何だかこう……くわ~っ! 今からでも
下唇を噛み、気合いと根性で耐えたモモンガは判断を急いだ。
自分がカルネ村に居るのは、エンリとニニャが一緒に居るのを知って飛び出してきたからだが、ナザリックに戻ったからと言って急ぎの仕事はない。
(手早く片付けちゃったから、本当に仕事がないんだよな~……)
大方のことはアルベドとデミウルゴスで処理……代理決裁できてしまうし、余程のことがあれば二人から連絡が入るはずだ。そもそも、今のナザリックには『
(ま~……俺はギルメンの取り纏め役ってことらしいですから? 俺でしか決裁できないこともあるんですけどねぇ)
下唇を突き出したくなったが、それは交際女性の前でする表情ではない。
自分に予定がないことを確認したモモンガは、茶釜の申出を快諾した。
「いいですとも! 茶釜さん!」
「さっすがダーリン! そうこなくっちゃ!」
茶釜が細長くした粘体を振り、先端部の二股を弾く。
指を鳴らそうとしたらしいが、ニチャンと湿った音がしただけだった。
「むう~……」
茶釜は不服そうに粘体を戻し、顔(?)の前で二股部を擦りあわせている。
(あああ、ニチャニチャ音! ニチャニチャ音が~っ!!)
スライムが何かしている。そう思えたら何も問題ないのだが、茶釜がやってると意識してしまうと、どうにも脳を揺さぶられるモモンガであった。
◇◇◇◇
リ・エスティーゼ王国、王都。
ヘイグ武器防具店の店長……ヘロヘロは、黒道着風の冒険者衣装を着込んで店内を見回している。今は昼を少し回ったところで、客入りは悪くない。どの程度の客入りかと言えば、どの陳列台にも誰かしら客が居て武具等を覗き込んでいるぐらいだ。
客層はというと、高品質武具が目当ての貴族や、中堅層の冒険者。あとは、ご家庭で必要な金物を買いに来た地元民の人々。そう、この店では隅の方ではあるが小さく包丁等の金物も置くようにしたのである。無論、低所得者層でも買える程度の品質と値段に留めてはいた。この金物を置くというのは弐式炎雷の発想で、武器防具店の店長を気取っていたヘロヘロは当初反対したものだ。しかし、弐式が「俺達、元の
(元からあったよそ様の金物店……道具屋とかに喧嘩売りたいわけじゃないし、値段設定には苦労しましたね~)
性能は一般の流通品より良く、その上、値段が安いとあっては他の金物店への迷惑になる。このことから、一般流通品よりも高めの値段設定にした。ただし、高めと言っても庶民が出費を切り詰めれば買える程度。この値段は高いから、いつもの店でいい。あるいは、長く使うんだから思い切って買ってみるか。そういった案配になるわけだ。
「良い物ですし。お試しで買ってみてはいかがでしょうか?」
「そぉねぇ。買っちゃおうかしら!」
メイド服の店員、ツアレニーニャ・ベイロンが接客し、真剣な表情のオバサンが包丁を購入していく。その様子をヘロヘロは頷きながら見ていたが、そんな彼の眼前で<
「へっ!?」
ヘロヘロが目を丸くする中、暗黒環からぬらりと光るピンクの肉棒が……。
「おわぁあああああああ!?」
こんな猥褻物、店内で出してなるものかと、ヘロヘロは両手でぶくぶく茶釜を押し返した。
「あん! そんなところを触るだなんて! ヘロヘロさんったら、だ・い・た・ん」
「どう見ても頭の部分でしょ! 馬鹿言ってないで『ちゃんとした格好』で出てきてくださいよ!」
渾身の力を込めて押し返すと、数秒たって人化した茶釜が顔を出す。
「んもう、ちょっとしたジョークなのに……って、やだ! 店の中じゃない!」
周囲を見て驚き、茶釜はバツが悪そうに暗黒環から出てきた。服装は冒険チーム『漆黒』仕様だが、甲冑は未装着だし二枚の大盾を背負ってもいない。
「ダーリンったら、駄目よ? 転移先の指定は慎重にしないと~」
「茶釜さん。魔法が発動するなり、あの姿で入ったんじゃないですか。俺は悪くないと思うんですぅ~」
続いてモモンガが出てきた。
「でも、店内はマズかったですね。ごめんなさい、ヘロヘロさん」
こちらも人化しており、冒険者活動する際に着用するシンプルなデザインの黒ローブ姿。杖は持っていない。店の床に降り立ったモモンガは<
「
大きな声を出すわけにいかず、ボソボソと言うのだが口調は苦い。きつく叱る気はないものの、困っているのが伝わってくる……そんな口調だ。言われたモモンガは店内を見回したが、確かに居合わせた客達、貴族や冒険者に子連れのオバサンらが困惑している。
(ここは、フォローが必要だ!)
もし異形種化していたなら、骸骨の暗い眼窩で光点がギンと光ったことだろう。
モモンガは一息吸うと、ニッコリ笑顔で周囲に聞こえるようヘロヘロに話しかけた。
「いやあ、すみませんね! 先日発見した魔道具の実験で店内に直接来ちゃいまして! もう少し練習することにしましょう!」
「……はっはっはっ! そうですか、気をつけてくださいね!」
なんか拾った魔道具で転移してきました……ということにしよう。そんなモモンガの狙いをくみ取り、ヘロヘロが話を合わせた。
周囲からは「ああ、魔法のアイテムか。凄いものだな」とか「売ったり買ったりしたら幾らぐらいなんだ?」とか「魔法って凄いのねぇ……」といった声が聞こえる。どうやら上手く誤魔化せたらしい。もっとも、王都で話題の武器防具店の店長と親しい間柄に見えるモモンガのことは気になるようで、ほとんどの者はモモンガにチラチラと視線を向けていた。
しかしながら、ここは物販店。物を買うなら買って帰るし、買わないなら暫く品物を見た後で帰って行くものだ。モモンガの転移時に居合わせた客達は、次第に店外へと去って行く。ちょうど客入りも途絶えた頃で、残ったのはモモンガと茶釜とヘロヘロ。後は、ツアレニーニャと一般メイドが数名。そして……人相の悪い男性軽戦士が一人だ。
「むむ? 確か、六腕のサキュロント?」
モモンガが一瞬だけ目を細め、相手の名を言い当てる。
王国の裏社会では最大の犯罪組織・『八本指』。その警備部門において、最強戦力である『六腕』の一。それが幻魔サキュロントだ。サキュロントとはあまり話したことがないモモンガであったが、元の
「覚えていただいてて光栄です。モモンの大将」
言い淀むでもなくモモンガを冒険者名で呼ぶあたり、モモンガ的にはかなりの好印象だ。こういう柔軟な対応をナザリックの
(いや、ナーベラルも最近は随分とマシになったし。ルプスレギナとか、上手くこなせる者も居るんだよ。やればできるはずなんだけどな~)
今後も継続して指導しなければなるまい。
そう思いつつサキュロントを見返すと、何か言いたそうな様子だ。視線はヘロヘロの方を向いているようだが……。
「サキュロントは、
「え、ええ。ちょいと気になる情報が入ってきまして……。できれば、直接お耳に……」
「ほう?」
席を外した方が良いのかどうか。モモンガは迷った。ナザリックに関わることであれば聞いておきたいが、最初から終わりまでヘロヘロが聞くべき話……例えばヘイグ武器防具店関連の話ならモモンガが口を挟むことではないだろう。
(ヘロヘロさんは、ヘイグ武器防具店の収益の大部分をナザリックに納めてくれているから、完全に無関係というわけではないんだけど。う~ん……)
チラッとヘロヘロに目を向けると、ヘロヘロが糸目でニンマリ笑った。
「取り敢えず、俺の方で聞いておきましょう。判断に余るようなら<
気にしないでデートの続きをどうぞ。
声には出さないが、そう言われた気がしたモモンガは照れ臭そうに視線を下げるのだった。
◇◇◇◇
ヘイグ武器防具店を出たモモンガと茶釜は、大通りを散策し、最終的に冒険者組合の酒場に落ち着いている。人混みの中で手をつないで歩き、デート気分を概ね満たしたとなれば、次は御休憩というわけだ。もちろん、『お泊まり』という意味での御休憩ではない。
今は酒場のカウンターに並んで座っているが、モモンガ達が冒険者チーム『漆黒』の拠点としている王国東の都市……エ・ランテルの組合酒場と比べると幾分か豪華に思える。
「夕刻を過ぎて……ディナー・タイムよね~」
気分が盛り上がっているのか上機嫌の茶釜がニコニコしながら言った。その言葉、ディナー・タイムは、左隣りで座るモモンガの鼓膜を左から右へ貫通する。
(ディナー・タイム!)
何となく流れで組合酒場に入ったは良いが、女性とのデートでディナー・タイム。それをこんな酒場でやって良かったのだろうか。しかも、今居るのはカウンター席。酒を飲むだけなら良いのだろうが……。
(せめてテーブル席に行くべきだった~っ!)
周囲を見回すと、後方の木製円テーブルの幾つかでは冒険者パーティーが陣取り、夕食をとっている。酒が入っているのか下品な笑い声が騒々しく……。
「うん?」
騒々しくはなかった。
数組居るパーティーは、それぞれが顔を突き合わせてモソモソと食べ、チビチビと酒を飲んでいる。なんだかこう、モモンガが思うところの『冒険者酒場の雰囲気』ではない。
(ここって、こんな感じだったっけ? それとも何かあったのか?)
実は、王都でも名の知れだした『漆黒』のメンバーが顔を出したので、ヒソヒソと噂話をしているのだ。普通の人間であれば聞き取れないだろうが、異世界転移後のモモンガらは、人化状態であっても身体能力が強化されており、ちょっと耳を澄ませば……。
「あの二人って、エ・ランテルの『漆黒』のメンバーだよな?」
「なんで知ってるんだよ?」
「いやほら、ヘイグ武器防具店で何度か見かけたことがあって、店長が得意げに説明してくれたから……」
(へ、ヘロヘロさ~ん!)
個人情報等には、もっと気をつかって欲しい。いや、ユグドラシル時代だと各ギルメンの名前や能力が知られていたから、あの頃の感覚で言えば、このぐらいは許容範囲なのだろうか。
なんとも表現しがたい思いを味わいながら、モモンガは茶釜に意識を戻した。
いつの間にか……モモンガに顔を向けてジッと見つめてきている。
「あの、かぜっちさん? なにか……」
「よそ見しちゃ駄目……」
妙に色っぽい声。頬が紅潮し、瞳がトロンとなっていた。
見とれたモモンガは心拍数が上がるのを感じながら、目を逸らしたところ、カウンター上にて陶器製ジョッキを持つ茶釜の手を目撃する。
(もう飲んでる!? てか、酔いが回るの早っ! ……ええ?)
アルコールというのはモモンガ達にとって『毒』判定だ。一〇〇レベルプレイヤーは耐性が高いから、そう簡単には酔わない。そもそも、モモンガの記憶では茶釜は酒類に強いはずだ。
(元の
つまり、わざと酔いを回らせたということになる。
いったい、どんな思惑が茶釜にあるというのか。
モモンガは何となくではあるが不安になるのだった。
◇◇◇◇
思惑も何も、茶釜が意図的にほろ酔い状態を作り出したのは単なる色仕掛けである。
組合酒場に入るようモモンガを誘導した茶釜は、次のように思っていた。せっかくのデートで、お酒の場。ここで女をアピールしてモモンガを刺激せずして、何が交際相手だろうか……と。
(実際は大して酔ってないんだけど、舞台やドラマの出演で培った演技力、今こそ発揮するとき! 声優業ってのはねぇ、女優業の一部でしかないのよ~っ!)
頬の紅潮だって酔いだけのものではなく、ちょっとしたコツで赤らめているのだ。ジョッキ一杯程度のエール酒、茶釜にとってはジュースと変わらない。
「モモンさん、あのねぇ? 私ぃ……」
ジョッキを置き、カウンター上で右手を伸ばす。目的地はカウンターに置かれたモモンガの左手……の甲。人差し指で突くとモモンガはビクリと身体を揺らしたが、手を引っ込めるようなことはしない。ただ、目を合わせるのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして視線を下に向けている。そんな情けない素振りも、惚れた弱みなのか茶釜の胸に突き刺さった。
(きゃわわ! 萌えよ、萌え! どうよ愚弟! これが萌えってやつなのよ!)
脳内でペロロンチーノに呼びかける。ここに居ない彼が返事をすることはないが、もし居合わせたとしたら「え~。
◇◇◇◇
「へっぷし!」
ナザリック地下大墳墓の自室。
執務机で弓の手入れをしていた
「だ、大丈夫でありんしょうか!? ペロロンチーノ様!」
「いや、単にクシャミが出ただけで……。ベタだけど、誰かが噂してるとかかな?」
セリフの後半を小声で呟いたペロロンチーノは、馬鹿馬鹿しいと思いつつ、噂をしているとしたら誰だろうかと考えてみた。
(未発見のロリキャラかな~。あ、貴方様は! 夢で見たペロロンチーノ様! 事案間違いなしの年齢差だけど私を抱いて! な~んて、デュフヘヘヘヘヘ!)
変質者の発想である。
しかし、実行はしないのがこの男、ペロロンチーノ。YESロリータ、NOタッチ。
気を取り直して作業を再開しようとしたところ、ペロロンチーノはシャルティアが頬を膨らませて横を向いていることに気づく。
「あの、シャルティア……さん? どうかした?」
「むう~……。できれば説明したくありんせん」
目尻には薄ら涙が浮かんでいた。
何か気に障ることや悲しいことでもあったのだろうか。
こんな時、モモンガや漫画の鈍感系主人公であれば、的外れなことを言って交際相手との間に危機的状態が生じるかもしれない。しかし、数多くのエロゲーを制覇してきたエロゲーマスター……ペロロンチーノは、脳内でエロゲ事案を検索。類似性の高い情報を読み取った。
ゴトンと机上に弓を置き、シャルティを見直す。
「ひょっとして、俺が他の女の子のことを考えてたから? プンムクなの?」
「はううう……。そ、そういうわけでは~……」
正解だったらしい。しかし、『至高の御方』に意見するのが恐れ多いのか、シャルティアは俯いてしまった。
(う~ん、そんなにニヤけてたかな? てゆ~かさ~、黄金仮面を着けてるのに表情を読んだんだ? 女子力ってヤベ~……)
そんな言葉を飲み下し、ペロロンチーノは慣れた手つきでシャルティアの頭を撫でる。子供扱いされたと怒りだす女性も居るだろうが、シャルティアはペロロンチーノにとって交際相手であり創造物だ。言ってみれば子どものようなもの。
また、脳内検索して得た対処方法がこれだったというのもある。
「にゃん! やん! はう! あう! あん!」
小さく揺さぶられる度にシャルティアが声をあげる。最初は嬉しげにしていた表情が徐々にとろけ、恍惚に満ちだしていた。
(よし、切り抜けた! やはりエロゲー、エロゲーはすべてを解決する!)
タブラが解説付きで見せてくれた、大昔の推理漫画のスピンオフ作品。そこで登場する犯人のセリフを流用しつつ、ペロロンチーノは天井を見上げた。
(そういや、姉ちゃんは、モモンガさんとデート中だそうだけど。上手くやってるのかな~)
ベッドでも『やってる』のかな……とは思わない。さすがのペロロンチーノも、実の姉のアレとかコレとかをネタにしていじる性分じゃないからだ。
時折、口から出る失言は別として……。
◇◇◇◇
同じ頃、茶釜はモモンガに乗って揺れていた。
形の良い唇から熱い吐息が漏れ、頬は紅潮しており、瞳は潤んでいる。
上下に揺れる茶釜は、モモンガの頭部に顔をよせ耳元で囁いた。
「ダーリン……。……なんか吐きそう……」
「ちょっとぉ!? 俺の背中で! 吐き気とか、レジストするか解毒のポーションを飲めばいいじゃないですか!」
「や~、ダーリンの背中がいいのぉ~」
茶釜を背負うモモンガは悲鳴をあげたが、茶釜は離れるどころかしっかりとしがみついてくる。美女の吐瀉物。それを浴びせかけられるのは、ある方面の男性にとって御褒美かもしれない。だが、当のモモンガにその趣味はないのだから、絶対に御免
二人は現在、酒場を出て大通りを歩いている。
どうしてこうなったかと言うと、モモンガに色仕掛けをするべくアルコールを少量受け入れていた茶釜は、加減をミスして酔いつぶれてしまったのだ。ディナー・タイムのはずが二人飲み会で終わり、ナザリックへ帰ることとなったが、茶釜のリクエストによりおんぶして歩いている。双方とも人化状態であり、魔法職者が戦士(傍目には長身の女性)を背負うという目立つことこの上ない絵面だ。当然ながら、夜の通りを行く人々の視線を集めていた。
(どこかの路地裏で<
とんだデートになったものだ。
とはいえ、茶釜と一緒に居ると概ね楽しいので悪い気分ではない。それに女優業が務まるくらいだから、存在としての『華』が備わっていると言うべきか。文字どおり華やかな気分になれるのも大いによろしい。
(やっぱり、俺なんかと違って皆を惹きつける人は違うな~)
しみじみ、そう思う。
(今回のデートで良かったことは~……茶釜さんと二人で酒を飲んだことと……今、おんぶしていることかな~。うひ~……)
茶釜は今、甲冑を装着していない。なので厚手の冒険者着を内側から押し上げるお胸。それがモモンガの背に当たっているのだ。その二つの円形接面積に生じる肉圧状態の圧倒的柔らか空間は、まさにダブルボインの小宇宙。
(いや~、こんなドキドキ体験。元の
時間的に夜とはいえ、周囲にはまだ通行人が居る。股間にテント張りして歩く勇気はモモンガにはなかった。
(こういう時、気を落ち着かせるにはどうすればいいんだろう!? や、山羊を数えるんだっけ? ええと、ウルベルトさんが一人、ウルベルトさんが二人、ウルベルトさんが三人……)
馬鹿なことをしている。そんな自覚はあったが、意外にも効果が出た。
脳内で「そんなことで私を呼ばないでくれますかねぇ」と少し醒めたウルベルトの声が聞こえ、モモンガの股間は平穏……平坦を取り戻したのである。
一先ずの危機は去ったが、その様子を感じ取ったのか、今度は茶釜が囁きかけてきた。声が甘ったるいので、まだ解毒ポーションを飲んでいないようだ。
「ねぇ~……」
「はいはい、何です? どこかの路地裏で<
苦笑交じりで言っていたが、言い終わるより先に首に回された茶釜の腕がキュッと締まる。
「違うの~。ねえ、鈴木……悟さん?」
不意に元の
「好きよ。大好き。ユグドラシルで初めてあった頃から、ずっと、ずっと好き……」
告白は以前にも受けた。
だが、今回は背負った状態で、それも耳元で囁かれている。訓練された声優ボイスはモモンガの鼓膜だけでなく、背筋まで震わせていた。こんな時にきちんと返事できなくてどうする……と、モモンガは生唾を飲み込み声を絞り出す。
「お、俺も、ちゅ、
「……く~……すぴ~」
ぶくぶく茶釜は就寝中。モモンガの左肩に頭を寄りかからせるようにして、寝息を立てている。寝息まで可愛く聞こえるとは、さすがは声優だ。
一方、渾身の返答を聞かれそびれたモモンガは、口を一文字にしてからムニムニと波打たせていたが、やがて一息吸って吐き、茶釜に囁いている。
「茶釜さん。寝てないですよね?」
「……はい、寝てないです」
発声による振動が左肩に伝わった。
素直に応じた理由は、寝たふりを続けることによって何か追い込まれることを危惧したからだ。モモンガとしては寝たふりを続けるなら、アウラ達の住処……ではなく、ペロロンチーノの部屋を訪問して茶釜を預けるつもりだったから、茶釜の判断は正しかったと言える。
モモンガは咳払いをした。
「言うだけ言って寝たふりは駄目ですよ。だから、もう一度言います。俺も好きですよ」
「うっ! ううう~っ……ふぉぉぉ! ぅ男前ぇぇ~……」
首元に顔を埋めた茶釜が、今までに聞いたことのない声を出している。
(男前? 俺が? そうだっけ?)
茶釜からどう見えているのかは別として、自分では解らないのでモモンガは首を傾げた。しかし、好きに対して自分も好きと返せたのは、我ながら上出来だとモモンガは思う。異世界転移直後のモモンガであれば、動揺することしきりで『俺も好きですよ』などといった言葉は出せなかったろうが、本人でも気がつかないうちに成長……あるいは男として鍛えられたらしい。
(最初の一回目は噛みながら言ったし、二回目はまあ、なんとかできたけど……ねぇ。しっかし、さっきの茶釜さんの声は可愛いかったな~、マジで……)
ああいう茶釜の声を聞けるのは彼氏の特権かもしれない。そんなことを考えていると、茶釜がモモンガの両肩を掴んだ。
「ダーリン、これで勝ったと思わないことね。第二、第三の私が必ずや……」
「増えてどうするんですか……。あと、転移後世界で合流したときのタブラさんと同じようなこと言ってますよ?」
確かあれは、タブラの土下座をキャンセルしたときのことだったか。
(なんだか、ずっと以前の出来事のようだ……)
「た、タブラさんと一緒……」
過去を振り返るモモンガの背で、茶釜は何やらショックを受けている様子。そんな様子も可愛いし、素敵だ。モモンガは改めて茶釜のことを好きだと思う。
「ナザリックに戻ったら、バーでデザートを頼みましょう。飲酒の後に合いそうなのをね」
「あ、それ、賛成~」
話題を振られて気を取り直したらしいが、モモンガの背から降りる気はないようだ。
背中から聞こえる「メロンを器にして、日本酒とか入れて~」といった茶釜の声に「まだ飲むんですかぁ!?」と相槌を打ちながら、モモンガは歩き続けるのだった。
ごぶさたしております。
ようやく仕事が落ち着いた感じでして、さらば今年はやたら長かった繁忙期……。
そして、こんにちは台風の季節……。
今回はリクエストのモモンガ&茶釜のイチャイチャとなります。
読み返してみると、あんまりイチャイチャしてないのかな?
活動報告でも書きましたが、ヘロヘロさんとサキュロントの伏線というか、あのあたりが次のイベントに絡むんですけど……。
今回の話を書いてて、気がつくとそっちのイベントに流れそうになりまして難儀しました。
予定してる話に重めのシリアス部分があるので、今回の話に組み込むと、モモンガ&茶釜感が薄れるのが大問題。改行して本文から切り離しては、別の文章を書き始めるというのを何度もやってました。
次の(リクエストとは関係ない)イベントは、まあ「その話は必要なの?」といったものですが、本作はサザエさん風の時空に入ってますので、亜人決戦をしなければ時系列は進まないですから、書けるものは書いておこうかな……と。
次回投稿はいつになるか未定ですが、とにかく書きますので。
……次のリクエスト分って、どんな組み合わせだっけ?
「マーレを蒼の薔薇のティアとティナがみたらどんな反応になるか」
お、おおお……。
普通は変態姉妹に絡まれてアウラ&マーレが迷惑する……で良いと思うんですけど、本作の蒼の薔薇は、ナザリックのギルメンにボコボコにされた程度にギルメン、それに