オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第128話

 偽ナザリック調査隊。

 メンバー、モモンガ、たっち・みー、タブラ、ぶくぶく茶釜、弐式炎雷、やまいこ。随行する(しもべ)は、セバス・チャン、アルベド、ナーベラル・ガンマ、ユリ・アルファ。基本的に、参加するギルメンの制作NPCとなっている。モモンガのパンドラズ・アクターと茶釜のアウラとマーレが不参加なのは、それぞれが有力であり、不測の事態に対応するため予備兵力として温存することになったためだ。

 アウラとマーレは最初「自分達も行きたい」と抗議……もとい、至高の御方に対しての抗議は不敬なので、チラチラと茶釜に視線を送るようなことをしていたが、「モモンガさんのとこのパンドラも残るんだし。ごめんね!」と茶釜に押し切られている。

 NPCで残留組が出た一方、サキュロントを案内役にする案も出たが、こちらはいざというときに守ってやるのが面倒という意見が出て却下となった。死んでも構わない使い捨て要員として連れて行くにしても、「一応、傘下の組織の従業員なんだから。そりゃ、あんまりでしょ?」という武人建御雷の言により却下されている。

 そして二日後の早朝、モモンガ達はカッツェ平野に出発した。

 とは言っても、ナザリック地下大墳墓の外に出るなりタブラ・スマラグディナの<転移門(ゲート)>で移動したため、徒歩移動が長いとか馬車に揺られて乗り物酔い……もとい退屈で乗り物あきをしたとか、そういったことはない。偽ナザリック地下大墳墓から少し離れた霧の中、転移門(ゲート)から出た先で、モモンガ達は周囲を見回している。元より知っていたことだが霧が濃い。ギルメン中、最も探知力の高い弐式が口を開いた。

 

「この霧、ユグドラシルで言う地形効果だよ。自然発生じゃないね。俺の目には無いも同然レベルだけど、他の人達は……」

 

 言いながら弐式が視線を向けてくるので、モモンガは「見通せませ~ん」と首を横に振る。一人、たっち・みーが「あ、私、敵が居たら勘で戦えると思います」と挙手していたが、これを聞いたモモンガは、「ほえ~、凄いですね!」と感心することしきりだ。

 ただ、弐式とやまいこは「う~ん、騎士ビルドなはずが探索役並みの勘働き……。建やんが勝利する日は遠いな~」や「僕も似たようなことはできるんだけど。たっちさんのは厳密には『勘』だけじゃないんだよね~」と呟いた後、二人で囁きあっている。

 

(「やまいこさん……」)

 

 弐式は盗聴防止のアイテムを起動させると、対話相手をやまいこに設定してから彼女に話しかけた。

 

(「たっちさんの戦い方が勘だけじゃないというの? 何か特別な理由があるんですか?」)

 

 皆に聞こえるよう質問することも考えたが、たっち本人が居る場所で根掘り葉掘り聞くのも気が引けたのである。ここは自分の好奇心が満たされれば、それで良しだ。

 

(「あ、うん。ええとね……」)

 

 やまいこがモジモジしながら言うのを纏めると、次のような見解となる。

 この霧の中でも、やまいこは戦える。これは本当に勘……五感で得られる情報に経験や周辺状況を加味したもので対応しているのだが、たっちの場合は、勘として判断した事柄を脳内で解析して精査している節があるとやまいこは言うのだ。

 

(「それって、勘で動いてるのとどう違うんです?」)

 

(「全然違うよ~。例えば僕、僕の場合は勘で反射的に動くけど、それって『思わず動く』とかに近いから、正確性に欠けるじゃない? 囮で投げた石に引っかかることもあるよね? でも、たっちさんは勘働きと対応動作の間に『精査』が入るから、行動結果の精度が高いんだよ! 相手の受け技を迂回して斬りつけたりできちゃう! たぶん、それをシャルティア相手にも軽くこなしちゃうだろうから凄いよね~」)

 

 弐式は首を傾げた。

 

(「シャルティアは、俺ほどじゃないけど速いですから凄いと思うんですけど……。気づきと行動の間にワンクッション。それだと行動に遅延が出るんじゃないですか? なんか話が矛盾しているような……」)

 

(「確かにね。でも、たっちさんは『ワンクッション分』を刹那レベルの短時間で済ませてるから、遅延がほぼ発生しないの。ゲームや漫画で言う『高速思考』って意味合いの、もう一段か二段上のイメージかな? こっちの世界で言う、生まれながらの異能(タレント)に近いのかもね」)

 

 そう言われると確かに凄まじい。異次元の特技だ。

 聞けば、たっちは元の現実(リアル)のころから、この超高速思考(?)をやっていたらしい。ある意味で生まれながらの異能(タレント)まがいの異能であるが、そんなことをされては建御雷が勝てないのも納得だ。

 

(「僕自身、直感で動くタイプだから、たっちさんには前から違和感があったんだよね~。弐式さんは気づかなかったかな? 少し興味を持ってた僕は、転移後世界に来てからだけどタブラさんや、ぷにっと萌えさんとで考えてみたんだよ」)

 

 それで、この推察に至ったわけだ。

 一連のことを聞かされた弐式はというと、元の現実(リアル)での異能が、この転移後世界でどれ程の優位性を持つのか考察している。何しろこの世界には、本当に魔法、ほかに武技や生まれながらの異能(タレント)などがあるのだ。たっちの異能と似たようなものなら、すでに存在するのではないか。そもそも、ユグドラシルの魔法でも似たような効果を発揮する魔法はあった。

 

(こっち世界の武技で言えば『流水加速』か。武技発動と同時に超素早く動けるってことは、思考も高速化しないと駄目だものな。じゃあ、建やんが流水加速を覚えたら、たっちさんにも勝て……。って、うひっ!?)

 

 気がつくと、半魔巨人(ネフィリム)が弐式をジッと見ている。弐式が少し身構えながら(「な、なんです?」)と問いかけると、やまいこは笑った。

 

(「何考えてるのか解るけど。それでたっちさんに勝つのは難しいと思うよ~?」)

 

(「う、うう……それはいったい……」)

 

 たじろぐ弐式。その弐式を見て目を細めたやまいこは、周囲の霧に目を配りながら最後にたっちを見る。たっちはモモンガの近くに居て、フルアーマー状態のアルベドと共に警戒態勢にあるようだ。二人で周囲を見回している。

 つられてたっちを見た弐式は、やまいこが話し出す気配を感じて視線を戻した。

 

(「だって僕達、こっちの世界で異形種になって身体能力が爆上がりしてるんだよ? 異形種状態だと、元のユグドラシル準拠かもしれないけど、たっちさんは中身の……元からの『性能』がね~……。精神面だって人外のそれになってるし。もしかして、今話した異能なんかも大幅にパワーアップしてたり?」)

 

 ぞっとする話だった。

 たっち・みーは、元の現実(リアル)……ユグドラシルにおいて上澄みの強者である。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』にあっては最強の存在。

 とはいえ、ユグドラシル最強だったわけではない。たっちの上には二人強者が居て、たっち自身は三番目だった。それに、ナザリック地下大墳墓には彼を上回るとされる『最強の個』、ルベドが存在する。つまるところ、たっち・みーの強さとは、そういった『程度』のものだった。ユグドラシル時代では……。

 しかし、である。

 転移後世界に来て、やまいこが言ったように大幅に強化されていれば……どうだろうか。

 ナザリック『最強の個』と言われるルベド相手に、一対一のPVPで勝てるのではないか。もしかすると、ユグドラシルプレイヤーの基準で考えても規格外の怪物に、たっちはなってしまったのではないか。 

 

(「たっちさんより上の二人が転移してて、同じようにパワーアップしているなら、話はまた変わるんだろうけど。……いや、どうかな? ゲームだったユグドラシルの中と違って、今は『現実』で、身体能力が本当に物を言う環境だし。その人達にも勝てたりして……。取り敢えず~、僕らの中では~、たっちさんが一番強いよね?」)

 

 そんなたっちに、建御雷は勝てるのだろうか。

 ユグドラシルで現役プレイヤーだったころ、建御雷はどうしてもたっちに勝つことができなかった。素の実力で追い越すのは困難であるため、勝つためには全てを動員するのだ! ……と、打倒たっち用に刀の改良を続けていたものだ。この転移後世界に来てからたっちと合流を果たし、新たな刀と共に幾度か手合わせをしたが、それでもまだ勝利を得られていない。

 

(武器を新造しても駄目で、転移後世界の武技を会得しても勝てていない。オマケに相手は反則能力持ちで転移後世界での強化版か……)

 

 駄目だ、勝てない。

 少なくとも弐式では無理で、たっち相手に真正面から勝ちを狙うなどあり得ない話だ。

 今聞いた話を建御雷は知っているのだろうか。知らないのだとしたら、打倒たっちを目標とする彼は無駄な努力をしているのではないか。そう思った弐式は、やまいこに聞いてみたが、半魔巨人(ネフィリム)は微笑みつつ頷いた。

 

(「僕達の考察を知ってるのは、僕とタブラさんと萌えさん。そして、今聞いてる弐式さんだね。何となく気がついてるのは、ギルドの前衛系の人で……合流済みのかぜっち……茶釜さんとヘロヘロさん、メコン川さんとベルリバーさん。あとは建御雷さんかな? って、萌えさん達が言ってた!」)

 

 つまり、建御雷は、たっちの強さの秘密に勘づきながら、それでも挑戦を諦めていないということだ。ゲームの世界ではなく現実となった、この転移後世界で……。

 

(建やん、マジで尊敬するわ~。それにしても気づいてる人の数が多いな~。俺が気づいてなかったのは何でだろう?)

 

 弐式が思うに、自分はギリギリの戦闘にスリルを見出す性格なので、たっちとPVPをしても違和感に気がつけないか、そもそも気が回らなかったのかもしれない。

 ともかく聞きたいことを聞けたし、会話も途切れたことで弐式は遮音アイテムを停止すると、相談を始めたモモンガ達に注目するのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「それでは案内を頼む」

 

「お任せください! アインズ様!」

 

 現地で待機していた影の悪魔(シャドウ・デーモン)が片膝を突いている。

 事前にサキュロントから位置情報を聞かされているので、影の悪魔による案内が可能なのだ。

 アインズ……モモンガ達はギルメン六人、NPC四人の十人組で影の悪魔の後をついていく。周囲を満たす濃厚な霧については、特に排除しないままとした。案内付きであるし、モモンガ達の能力であれば霧はさほど苦にならない。見えなくても戦いようはあるし、必要となれば魔法で霧を吹き飛ばしても良いのだ。それに、派手な行動は控えるべきと判断したのである。

 

「偽ナザリックに居るのがギルメンだとして、どういう状態かわからない。仮に発狂しているなら気に障る行動は控えた方がいい。それがギルメンではない何者かだとしても同じ対応で……か」

 

 モモンガは隊列の中程を歩きながら、ギルメン会議で決めた方針を呟く。

 モモンガにしてみれば、大声を張りあげてギルメンを探したかったが、勝手な行動が皆の迷惑になるのであれば、それは『ギルド長』のすることではない。自分を律して、ギルドの取り纏め役を務めるのだ。

 

(のだ! ふうう……ふう) 

 

 骸骨が精神を安定化させている。ギルメンが居るかも知れない期待感と、ギルド長であることの責任感により気持ちが高ぶり、アンデッド特性によってスンとなってしまった。この特性には助けられることも多いが、良い気分なのを中断させられるのは嬉しくない。人化すれば、その心配はないが作戦行動中の今は死の支配者(オーバーロード)で居るしかなかった。

 現在のところ、まだ霧の中を移動中。

 少し離れた前方では弐式が斥候となって影の悪魔と並んで歩き、続く前衛としてたっちと茶釜が並んでいた。タブラとアルベド、そしてモモンガは中列であり、やまいことユリは更に後ろ。最後尾にはセバスとナーベラルが配置されている。セバスはいつもの執事服だが、ナーベラルは戦闘メイド(プレアデス)の専用メイド服ではなく、アーマー装着の黒レオタードに防御効果のある網タイツ。長い黒髪はポニーテールで纏めており、首からは弐式と同じ黒のマフラーがたなびいていた。いわゆる忍者スタイルで、今回の外出に合わせて弐式がコーディネートしたものだ。付与効果は忍者風の活動を重視したものが多く、どちらかと言えば防御重視である。 

 

「ふくくくっ! どうですか皆さん! 俺のナーベラルの忍者スタイルですよ! 以前にも着せましたが、今回はニューバージョン! 最後尾で警戒をさせるに不足ない性能ですし、何と言っても俺より防御が硬いのがいい!」

 

 ナザリックを出発する前、弐式は鼻息を荒くして皆にナーベラルを紹介したものだ。ナーベラルは『俺のナーベラル発言』を聞いて真っ赤になっていたが、創造主よりも守りが硬い装備編構成と聞いて心配そうにもしていた。そして、そのナーベラルの様子を見た弐式は、彼女の思いを読み取って両肩を叩いている。

 

「用心だよ、用心。だって、俺ほど避けるの得意じゃないだろ? そうなるよう俺が作ったんだからさ! 今回は忍者働きしてもらうんだから、用心のために良い装備を回したんだ! 頑張って貰うぞ! 張り切れ!」

 

 そう一気にまくし立てたところ、ナーベラルは「それほどまでの御期待を!」と感涙している。正直な話、弐式は忍者スタイルのナーベラルを見たかっただけなのだ。弐式は「騙してるというか、本音は別のところにあるから気が引けるな~」と思ったが、ナーベラルの忍者スタイルは良いものなので満足するだけでとどめ、敢えて何も言わなかった。

 このように余談を挟んだが、偽ナザリック調査隊の隊列は以上のとおりであり、霧中でどの方向から襲撃されてもおおむね対応が可能なものとなっている。言わば防御重視の隊列だ。

 そして、ギルメンとNPCに囲まれて移動するモモンガは……心の底からウッキウキしていた。異形種化しているので骸骨顔から表情が読めないものの、右手に持ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン・レプリカ(以下、ギルドの杖(仮)とする。)の頭頂部が時計回りに揺れていることから、機嫌が良いのは一目瞭然だ。前を行くたっちや茶釜、後ろのやまいこ等は「モモンガさん、機嫌良さそうだな~」と声には出さないが皆同じことを考えている。

 

(フフ~ン、みんなと冒険~♪ やはり、ギルメンとお出かけするのは最高だ~)

 

 他の者から温かい視線を向けられていることに気がつかないモモンガは、あと少し機嫌が上向けば踊り出してしまいそうだ。そうなった場合、クルクル回る変な骸骨ダンスを披露して……タブラに録画され、恥ずかしさのあまり精神が安定化してしまうことだろう。そのことを連想したモモンガは精神の安定化ではなく、素でスンとなった後に脳内で現状を取り纏める。

 

(この先に偽ナザリックがあるのか。中に居るのがギルメンだったら万々歳なんだけど。本当に、そうなるかな? なって欲しいな~……)

 

 ギルメン会議ではギルメンでなかった場合、取り敢えず友好的接触を図ることとなっていた。仮にユグドラシル・プレイヤーであったなら余程の悪人でなければ親しくしておきたいし、この世界の住人の拠点であったとしても無闇に敵対しない方針だからだ。

 

(非友好的な相手で喧嘩することになったら、状況によっては撤退して対策を練れば良いし)

 

 勝てそうなら倒してしまうまでである。

 共に居るメンバーが、たっちを始めに弐式やタブラや茶釜等、頼れる友人ばかりなので、モモンガは気楽に構えていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 元の現実(リアル)

 時系列で言えば、モモンガ……鈴木悟らが異世界転移する少し前。

 ここは貧困層の区域にある個人経営の部品工場。小さな機械部品を製作する、大企業の下請けの下請けの下請けの、そこから貧困層に仕事が回ったような工場だ。住家を改造しており、工場というよりも家庭工房レベルの大きさである。そんな工場が、この日の夜に操業停止を迎えていた。

 工場長である中年男性は、畳三畳ほどの事務室に四人の従業員を集め、腰を折るようにして深々と頭を下げる。

 

「皆、本当に良く付き合ってくれた。工場が今日まで存続できたのも、皆が頑張ってくれたおかげだ。本当に感謝する」

 

 そこまで言い終えると、工場長は頭を上げて皆を見回した。

 四十代が三人に、三十代が一人。

 工場の全盛期には営業担当込みで十人居たが、一人辞め、二人辞め、最後に残ったのがこの四人だった。ちなみに創業時からのメンバーは残って居ない。途中で退職や転職をして居なくなったから。だから工場長にとって、この四人は最後まで残ってくれた本当に信頼できる仲間だった。本心から、心の底から感謝しているのだ。

 従業員らも察しているらしく、全員が瞳を潤ませている。

 その後、少しの時間を思い出話などで費やし、従業員……元従業員らは去って行った。最後の給料は色をつけて振り込んであるし、あとは各々が自分の人生を生きていくことだろう。

 皆を笑顔で送り出した工場長。彼の名は野間一敏(のまかずとし)

 元ユグドラシルプレイヤーで、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』においては、あまのまひとつの名で知られた男である。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 野間一敏(のまかずとし)……あまのまひとつは貧困層の生まれで、小さい頃から父の工場を手伝っていた。学歴は中卒であり、モモンガよりも上であるのは実家が小規模とはいえ工場持ちの……貧困層の範疇ではあったが裕福だったおかげだ。実家住まいのまま両親と工場を続け、最初に母、次に父の順で亡くしている。劣悪な気候状況からくる呼吸器系の疾患が原因だった。この時代、葬儀場で多くの人が来て葬式や通夜……などという贅沢は貧困層には許されない。父親の家族葬を自分が喪主を務めて済ませ、あまのまひとつはいよいよ一人となった。そして、その後、独身のままで二〇年踏ん張った末に工場閉鎖という結末を迎えたのである。

 なお、工場閉鎖の直接的な原因は、仕事を降ろしていたアーコロジー側が他の贔屓の工場に乗り換え、ついでにあまのまひとつの仕事ルートを毟り取り、あろうことか身に覚えのない負債を背負わせたため。ここまでされて潰れない貧困層の工場など、存在しないのだ。

 

「……」 

 

 あまのまひとつは、事務室で一人立ちながら周囲を見回した。誰も居ない。当然だ、自分以外の工場関係者は帰ったのだから。もう来ないけれど。あまのまひとつ自身も帰りたくなったが、帰ることはできない。何故なら、ここは工場であるが自宅でもあるのだから。すでに帰っている状態だから、何処へ帰ることもできはしない。

 

「は、はは、これからどうしよう。いや、工場の機材を売ってできた金で、負債を何とかして……。何とかなるはずだよな? 残った金でひとまずは……。いや、そうじゃなくて、どうやって食っていけばいいんだ? この先……」

 

 どこかの工場で雇って貰うか。

 それなりに伝手はあるが、自分のような若くない男を雇って貰えるかどうか……。

 表面上は気の毒そうながら、門前払いされるのが目に浮かぶようだ。

 ならば、自分でもできる仕事を何か探して収入を……。

 

(この年で、一から出直し? ここから出直せるのか? え?)

 

 あまのまひとつは周囲を巡らせていた視線を足元に落とした。

 脳内で……父が死の間際に発した声が聞こえる。

 

(一敏……工場と皆を頼む……)

 

「あ、あ……あああああ―――――っっ!!」

 

 手近にあった事務椅子を蹴り飛ばした。キャスター付きの回転椅子は横にスライドせず、その場で横転。隣の机の椅子に激突する。派手な転倒音や激突音が生じたが、工場の建て屋は都市条例によって防音構造となっているため、事務室で暴れようが外に音が漏れることはない。

 

「俺かっ! 俺が悪いのか!?」

 

 あまのまひとつは、今蹴り飛ばした椅子を見て叫ぶ。椅子は何も答えてくれないが、カラカラ回るキャスターに対して彼は叫び続けた。

 

「納期を遅らせたこともないし、品質だって維持できてたじゃないか! それがなんで契約解除なんだ! その上、仕事ルートを全部横取りしやがって! ふ、負債丸投げとか馬鹿じゃねぇの!? 息子の嫁の親戚が工場建てたからとか、そんなの知るか! この前に仕入れた資材の支払いは、こちら持ちなのに! 裁判して勝てると思うならどうぞだぁ!? ぐぎぎ……」

 

 叫んでいるうちに視界が滲み、頬を涙が伝って落ちていく。

 あまのまひとつは、事務机の上の文房具を鷲掴みにすると、壁に投げつけた。放物線ではなく一直線に飛んだそれらは、壁に激突するや事務所内へ散らばっていく。

 

「ふざっけんな糞企業がぁ! 潰れろ燃えろ腐って消えてしまえ! お、親父から引き継いだ工場を駄目にしちまって、従業員もみんな居なくなって、こんな、こんな……」

 

 よろけるように数歩歩き、あまのまひとつは頭を、そして顔を掻きむしった。頬を伝う涙よりも多く、血の筋ができあがっていく。

 

「親父達にも、誰にも顔向けできないじゃないかぁあああ……。ああ、おあああ……」

 

 号泣するあまのまひとつの両手は血で汚れ、その右手で再度頭を掻きむしり、左手は下から顎を掴んで指をくわえていた。顔面は血まみれとなっている。

 そんな彼の耳に、メールの着信音が届いた。聞いている本人が号泣の最中だったので、奇跡的に聞こえたと言って良いだろう。瞬間、あまのまひとつはシャキッと姿勢を正し、着信音があった方を見た。音源は自分の仕事机だ。そう言えば端末を起動させたままだった。

 

(仕事のメール? 発注か?)

 

 最初に思ったのはそれである。長年培った仕事根性からくるものだが、残念なことに彼の工場は稼働不能の状態だ。何しろ、もう彼しか居ないのだから。

 

「今の状態で何か発注があってもさぁ……。ばっかみてぇ……」

 

 吐き捨てるように言いながら、あまのまひとつは自分の机に移動した。歩くと床に血が滴ったので、取り敢えずタオルを顔に巻いて止血する。掻きむしった傷は、そこまで深くはないため出血は直におさまるだろう。できた傷の本数は問題だが、今はどうでも良い話だ。

 机に左手をつく姿勢で端末を覗き込み、メールをチェックすると最近は思い出すことも少なくなっていた人物からのメールだった。

 

「弐式炎雷さんか……。あれ? モモンガさんからもメールが来てる……。はは、ユグドラシルを引退してから数年くらいなのに、何だか凄く懐かしいな……」

 

 こんな状況だが、荒んだ気分が和らぐ。

 あまのまひとつは、先にモモンガのメールを開いてみた。ユグドラシルがサービス終了するので、最後に皆で会ってみないか等、そういった内容である。これを見た時、あまのまひとつは自分でも意外に思うほど気まずい気分となった。

 

(モモンガさん、まだユグドラシルを続けてたのか。集合場所はナザリック地下大墳墓……って、ギルドホームが存続してる!? ええと、最後に元ギルメン経由でナザリックの近況を聞いたときは、あそこにはもうモモンガさんと二人か三人しか残ってなかったはずで……。よくもまあ、維持費とか捻出できたな……)

 

 この時点、あまのまひとつはモモンガが最後の数年を一人で頑張り抜いたことを知らない。だが、少ない人数で頑張り抜いたのは確かだ。たった今、自分の工場が駄目になったあまのまひとつだが、今日まで頑張ってきた自負があるだけにモモンガには強い共感を覚えている。しかし、着信時間から少しばかり時間が経過しているようだった。

 

(今更ノコノコ顔を出して、久しぶりです~……か。うう~……ゲームだけど、モモンガさんを置いて逃げ……辞めちゃったし。合わせる顔がな~……)

 

 モモンガのことは一端保留とし、続いて弐式炎雷からのメールを開いてみると、こちらはナザリックに顔を出しづらいので元ギルメンだけであってみないか……というもの。こちらもこちらで何だか情けない気分になる。普段のあまのまひとつであれば、「なんだか行く気になれない」とか「仕事が忙しいし」と誘いに乗らないだろう。しかし、今は誰かと話したい気分であるし何より暇だ。忙しい思いをさせる仕事なんてないのだから。

 

(工場内の機材を処分したりする作業とか手続きはあるんだけど、俺は暇。そう、暇なんだよ!)

 

 モモンガから逃げるつもりはないが、自分のように気まずい者たちの集いがあるなら、そちらに合流したほうが気が楽になるだろう。自室に向かおうと歩き出したあまのまひとつは、一瞬、右肩越しで背後の事務室を見た。だが、すぐに前に向き直ると再度自室へと歩き出す。自室端末のメール着信は仕事用端末でも確認できるが、ユグドラシルをプレイするためのヘッドセットは自室にあるのだ。

 

(なんとなく捨てずに置いてあったけど、役に立つことがあってよかった)

 

 ナノマシンも在庫があったはずで、ユグドラシルをプレイする分には問題はない。

 アバターは引退時に削除してしまったが、顔出しする程度ならてきとうに作ればよい。あまのまひとつは、人間男性のアバターを作成すると、久しぶりで見るユグドラシルのスタート画面を見ながら、ゲーム世界へと入っていく。

 

「いやぁ、ははは、たまにはゲームも良いよな! あ~……顔が痛ぇ……」

 

 ……この日、一つの町工場が廃業するとともに、一人の男性が姿を消した。

 放置された住居兼工場や支払いの滞りなど、残された問題は多いが、それらから解放されることになったあまのまひとつは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンらが居る場へと行き、異世界転移に巻き込まれることとなる。

 それが彼にとって幸福あるいは不幸の始まりかは、まだ定かではない。

 




今回の捏造ポイント……あまのまひとつの生い立ちとか人間名とか。ぶっちゃけ、あまのまひとつという名前と異形種形態の見た目以外の全部。

久々の鬱展開、いかがでしょうか?
モモンガさんと合流した各ギルメンは、だいたいが悲惨な目にあって異世界転移していますが、それぞれでパターンが被らないようにしています。

ヘロヘロ……ブラック企業で酷使されて過労死寸前。
弐式……本編で描写なし。
タブラ……病死目前であり、自殺方法を模索するべく映画鑑賞の直前。
武御雷……本編で描写なし。
茶釜姉弟……姉が枕営業を強要されてて崖っぷち。
ブルプラ……アーコロジー等の空気環境改善のために奔走して過労死。
ベルリバー……原作本のギルメン紹介であった大企業に口封じされる前後。
メコン川……ベルリバーから企業データを受け取ったことで自宅爆破の前後。
※ベルメコの二人はお互いの死亡記事を見てるという、時空歪んだ状態で異世界転移。
やまいこ……本編で描写なし。
ぷにっと萌え……本編で描写なし。
ウルベルト……最後のテロ作戦に向かう前ぐらい。
たっち・みー……妻子に逃げられて憔悴のあまり拳銃片手でテロリストの集合地に乗り込む直前。
本編で描写がないギルメンも、もれなくひどい状況にあった設定です。
これまではギルメンの口から状況を語らせていましたが、情景描写としてシーンを書いたのは、あまのまひとつさんが初めて……だったかな?


あまのまさんが事務室でキレ散らかすあたりは書いてて気鬱になりました。
内容もそうなんですけど、ほっぺた掻きむしったあとの『右手で頭掻きむしって、左手で下顎掴んで指くわえて号泣』のポーズは、実際に自分でやってみて、こりゃひどい……と。
パパさんの「工場頼む」幻聴は、全体を荒書きした後で追加で書きました。
ここで入れたら、悲惨さが際立つかな~……みたいな。
ちなみに、あまのまさんが異世界転移した後も、彼を破滅に追いやった企業とかはノンダメージで存続しています。胸くそ度が増し増しだー!
いや~(上向き前の)鬱展開って、ほんっとうにイイものなんですね~。

あまのまさん関係の話は、あと何話か続く感じです。
段階踏んで上向かせていく所存。(3~5話くらい?)
はよ円満解決させたいです。

最近、原作の聖王国編を読み直して気分が重くなりました。(褒め言葉
まだ、レメディオス一行がアインズに泣きつきに行くあたりまでしか読み直せてませんが。
普段、こんな二次のお気楽作品を書いてるもんで、そっちに感覚が慣れちゃったみたいです。
亜人連合と戦う前に聖王国編を履修しておきたいんだけど、読み切れるかしら。読まねば。

集う至高は、予定としては原作時系列で聖王国編あたりまで書いたら終わるつもりです。
その先の原作を読み込めていませんので。なので原作の先で出てくる情報は、あまり取り入れられないかも。
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